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■オープニング本文 青井屋の丁稚である梅太は、少々間の抜けた男だった。 蚊帳と茅を間違えて買ってきたり、十と千の字を書き間違えて大変な数の品を仕入れてしまったり、その他やらかした失敗を数え上げるときりがない。 さて、この日も梅太は遣いを任されていた。隣町の綿問屋へ行き、夏用の布団を注文してくるのだ。コンニチハ、アオイヤデス、フトンヲヒトツ、イレテクダサイ。それだけ言えれば勤まる遣いだった。 しかしそれでも、失敗を繰り返す梅太にとっては大仕事、緊張した顔で往来を進んでいた。と、顔なじみが声を掛けてきた。 「おお、梅太さんじゃないか、どちらへ? ほう、旦那のお遣いで。夏の布団を? ああ、世間もすっかり贅沢になったよねえ、季節で布団を買い換えるなんてさ。俺なんか年中、薄っぺらい煎餅だよ。」 などと話をしていると、恰幅のいい、目の垂れた男がにこにこしながら近づいてきた。 「おや、布団の話ですか」 男はにこにこと、手を音のするほど摺りあわせ、話に加わる。 「いえねえ、近頃は布団が飛ぶように売れましてねえ。やはり皆様、流行には敏感だ、アタシどもも綿を売ってますが、仕入れても仕入れても追いつかない」 大げさに言ってみせる男。梅太は「ハァ、そうなんですか」と感心したように相槌を打つ。男の流れるような話は続く。 「いやあ、普段に売る布団はまだいいんですがね、困るのが嫁入り布団ですよ。これがね、生半なものじゃお客さんは満足してくれない。それでね、うちも伝手という伝手を回って、やっと人様にお出しできるものを用意できまして。けど、こうなると逆に、価値を知らない人に売るのは惜しい。あら、おたく、青井屋さん? ええ、存じてますよ、御立派な旦那さんがいらしてねぇ。これは御縁ですかね、いかがです、青井屋さん、うちの布団。隅々までぎっしり綿を入れてね、それを絹でくるみましたよ。おっと、青井屋さんには物足りない品かもしれませんね。でしたら、こっちも勉強させて貰いましょう。ひい、ふう、みい‥‥3組のお代で、もう1組を付けさせて頂きましょう。夏布団? ああ、いけません、夏布団なんて薄いもの、嫁入りに持たせられませんよ。アタシが、青井屋さんのお名前に恥じない品を揃えさせていただきます‥‥」 などと梅太が見知らぬ男と会話をした数日後。 青井屋に、見るからに柄の悪そうな男たちが大八車を押してきた。 「おい、おめぇんとこの注文の布団、8枚だ」 どかどかどか、と乱暴に降ろされた大量の布団。 「何かの間違いでは?」 「間違いなもんか、ここの丁稚が注文したぜ。ほれ、これが証文だ」 顔に派手な傷のある男は懐から出した紙を広げる。そこには確かに青井屋と。そしてその下手くそな字は、番頭も見覚えのある、梅太のものに間違いなかった。さらに、その証文にある膨大な請求額。そして分かったことは、この布団を持ってきたのは、この辺りでもあこぎな商売で有名な和文屋だということだった。 「確かに、渡したぜ。金は月末に貰いに来るからな、きっちり揃えておけよ」 そうして和文屋の男たちは、空の大八車を引き上げていく。 「‥‥‥‥う、梅太ぁああ!!」 温厚な番頭もいいかげん堪忍袋の緒が切れた。 「遣いひとつ満足に出来んとは、どういうことだ。どうすれば布団1枚が8枚になるんだ? ああ、ああ、言い訳は聞かん。おまえ、この布団を全部和文屋に返してこい! 大八車? 知るか知るか、何で店のものを貸さにゃならん! お前に貸したら、布団を倍にして戻して来かねない。背負っていけばいいだろう!!」 梅太は何も言い返せず、うな垂れるしかなかった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
久喜 笙(ib9583)
22歳・男・シ
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
能山丘業雲(ic0183)
37歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●青井屋 さて、久喜 笙(ib9583)は青井屋の店先に座って、呑気に茶などを啜っていた。 「ここの梅太とやら、ずいぶんと抜けているようだが」 「まったく、とんまな奴でして。開拓者さま達のお手を煩わせてしまって、申し訳ございません」 出来の悪い丁稚に灸を据えるつもりが、大事になってしまって番頭は冷や汗をかいていた。笙は、そんな番頭の心情を知ってか知らずか、淡々と自分の聞きたい用件だけを聞いていく。 「それで、和文屋とは、どういう店だ?」 「へえ。表向きは大きな綿問屋なんですがね、ろくな噂は聞きません」 質の悪いものを高値で売ったり、脅迫まがいの手で断れなくしたり、しかしそれを訴えられても握りつぶせるように役人に賄賂を贈ったりしているという。今の時点で間違いのないことは、梅太の掴まされた布団は婚礼に使えるような上等のものではなく、とても証文の金額を求められるような布団ではない、ということである。なるほど、叩けばいくらでも埃が出そうだ、と笙は考えた。 「あの、開拓者さま、もし?」 考え込んでいる間は何を話しかけても答えないのが、笙の悪い癖である。 ●梅太(1) そのとんまな丁稚はリィムナ・ピサレット(ib5201)が丁寧に風呂敷に包んだ布団を背負って、よろよろと和文屋への道を歩いていた。 「こういう事はまたあるかもしれないし、自分で火の粉は払えるようにならないとね」 いくら相手があくどいとはいえ、8枚もの布団を買う証文にほいほい署名をしたのは梅太自身である、自分の行いの尻ぬぐいはするのがケジメというものだ。 「1枚ぐらいは、自分で返しなさいよ。根性あるっってことがちゃーんと分かったら、あたし達も協力するからね♪」 どんっ、と梅太の背中を叩くリィムナ。ただでさえ重たい布団を担いでいる梅太は、その勢いでつんのめった。 背中にあるのは、和文屋の布団‥‥ではない。リィムナの用意した、別の布団である。まともに返品に行ったところで、和文屋が大人しく受け取るとは限らない。あらゆる展開を想定して、少々傷が付こうが汚れようが構わないものを持ってきたのだ。しかし梅太にはそれを知らせていない。保険があることなど、知らなくてよい、というのがリィムナの考えだ。梅太は転んで偽の布団に土を付けないよう、なんとか体勢を立て直す。 「や、やめてよ、汚したら、何て言われるか‥‥」 梅太は、青井屋に来た荒くれ者達の顔を思い出して膝を震わせていた。 「大丈夫だよ、あたしが付いてるよ」 自信たっぷりに、胸を叩くリィムナであるが、梅太は不安だった。なぜなら彼女は、まるごとにゃんこの着ぐるみに身を包んでおり、ちょこまかと動いているのだ。こんな、ぬいぐるみのような出で立ちの開拓者が護衛だと言って付いてきたところで、頼もしいという感情がどうして沸いてこようか。 「さ、練習してみよ。言ってみて、『布団を返します』って」 「ふ、布団、布団を‥‥」 「もっと大きな声で」 「布団を返します!」 「はい、よくできましたー」 猫に頭を撫でられてもなあ、と梅太はため息をついた。 ●和文屋 その頃、残る開拓者たちは、和文屋から離れた茶屋で一服をしているところであった。 「なにやら、不満そうだね」 そう三笠 三四郎(ia0163)に尋ねる藤本あかね(ic0070)。 「まあ‥‥丁稚の自業自得なんでしょう、今回の件は」 2本目のだんごを囓り、三四郎はつまらなそうに答えた。まったく、こんな天気のいい日はこうしてだんご片手に花でも愛でておきたいものを。 「なーにが、自業自得か! 聞けば和文屋の悪事の数々、許しがたいではないか!!!」 「シーッ、声が大きいッ」 立ち上がり拳を突き上げて吠える能山丘業雲(ic0183)を、二人が押さえ込む。いまから行う作戦の前に、目立ってはならないというのに、この男と来たら。 「その怒りは、本番にぶつけてね。‥‥あ、私はもうごちそうさま。先に行くわね」 と、あかねは一足先に茶屋を出た。ここから先は、3人は無関係だ。目的地は同じであるが、無関係な3人なのである。 「ならば、わしもそろそろ‥‥」 「私も、これを飲んだら出ますよ」 こうして3人は、和文屋を目指した。それぞれが、自分の顔を隠す変装をして。 和文屋でこれから始まることは、正体不明の賊が、たまたま偶然、同じ場所に集まった、それだけのことである。 「てめぇら、何者だァーーッ!」 鬼面の武装女が乗り込んできたかと思うと、巨大な龍が現れて店の中を暴れ回る。喰われるかと身構えたが、何のことはない只の幻だ。ならばと、次に現れた覆面の巨人も幻かと一瞥すれば、こちらは本物の大男、どでかい手を振り回し、周りの人間をばったばったとなぎ倒す。くらくらする頭を押さえてなんとか立ち上がったはいいが、今度は別の覆面男が木刀を持って待ちかまえており、起きた端からまた眠らされる。 (「しょせん、ちんぴらが集まっているだけですか」) 和文屋には、とても大店とは思えないほど人相の悪い連中が集まっていた。騒ぎが始まると同時に、次から次へと油虫のように沸いてきたが、数が集まったところで油虫。多少、喧嘩慣れしているようではあって、ほどほどに手応えはあった、が、気が付いたときには立っているものは誰もいなかった。 「引き上げますか」 「おっと、こんなところに、いいものが落ちているぞ。ちょいと借りていこう」 覆面の巨人は、大八車を見つけたので借りることにした。 (「笙さんは、うまく行ってるかな?」) この騒ぎに乗じて、笙が潜り込んでいるはずである。突入の計画までは上手くいった、計画は引き続き順調に進んでいるだろうか‥‥。 さあ、困ったのは和文屋の主である。突然入ってきた賊たちは、なにが目当てなのか。金に手を付けるでも、商品を盗み出すわけでもない。応戦した連中は、あまり関係を表沙汰にしたくない荒くれ者だ。さんざんに暴れて、持ち出されたものは古い大八車ひとつ。役人を呼ぶか、呼ぶまいか、明らかにうろたえていた。 しかし突然、なにかに気が付いて、弾けるように奥の部屋へ駆け出した。だが、時すでに遅し。 「和文屋の悪徳の数々、たとえ天が許しても、黒猫が許しはせぬぞ」 謎の猫耳覆面男が高笑いを残し消えていった。 見られてはならない帳簿とともに。 ●梅太(2) 和文屋の用心棒たちは苛立っていた。 突然現れた賊に、こてんぱんにのされてしまい、体のあちこちが痛い。主はなにやらピリピリして、こちらに当たってくる。 そこへやってきた、まぬけ面の丁稚と着ぐるみ猫。噂通りの阿呆だったと、つい先日も仲間内で大笑いしていたところだった。そいつがいったい、何の用かと尋ねれば、布団を返しに来たと言う。 「あぁン? 聞こえねぇなあ。もう一度、ハッキリ言ってくんねえかなあ」 「こちとら、今、機嫌が悪いんだけどよぉ」 男は、泥の付いた雪駄で、丁稚の脚を小突く。元々震えていた脚なものだから、簡単に尻餅をついてしまう。着ぐるみ猫が抱き起こし、何やら耳元でごぞごぞ言っている。 真っ青な顔の丁稚は、上ずった声でこう言った。 「フ、布団、要りマセンッ! 返シますっ!!」 はい、よくできましたー、とリィムナはやっぱり頭を撫でる。 これに腹を立てたのはごろつき共だ。虫の居所の悪いところへ、小僧が調子に乗ったことをほざく。いい鬱憤の晴らし場所が出来たと、梅太の顔に拳をめり込ませようとした。 「はい、ここから先は、あたしが相手だよ♪」 リィムナの歌う『夜の子守歌』が、拳が届く前に効いてきた。男はそのまま、前のめりに倒れてぐうぐう寝息を立て始めた。男だけではなく、その周りにいた他の連中も。梅太も。 「何だ、昼間ッから大の男たちが昼寝かい? やっぱり春はいいもんだなあ」 業雲と三四郎が、8枚の布団を乗せた大八車を牽いて来た。その後ろには、数人の役人が。 「おーい、和文屋の亭主、居るか? 布団を返しに来たぞーっ」 店ががたつくほどのどでかい声で呼びつけられ、何事かと出てきた主。見れば、役立たずの用心棒と、売りつけたはずの布団。そして、持ち出された大八車。 「さ、さては、おまえら‥‥!!」 顔色が青くなったり赤くなったり忙しい店主は、業雲の後ろに馴染みの役人がいることに気づいた。こういう時のために、安くない投資をしているのだ。 「おい、こいつらは‥‥!」 だが、彼は目を逸らす。別の役人の手には、例の帳簿。 ここまでハッキリした証拠があっては、いくら賄賂を貰っていようが、木っ端役人にはもう手の打ちようがないのだ。 「あ、あ‥‥‥‥」 さあ、後のことは知ったことではない。こちらは、要らない布団を返しに来ただけだ。 「おーい、梅太。起ーきーろ」 頬をぺんぺん叩くが、ぐっすり気持ちよさそうに寝ている梅太に起きる気配はない。 「どうします? 連れて帰りますか?」 「いいんじゃない、放っておいて」 だって、私たちは青井屋と、何の関係も無いんだもの。 そう言ってあかねは、さっさとその場を離れるのだった。 |