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■オープニング本文 火事があった。 真夜中のことだから、お壱の家族は着のみ着のままで逃げ出した。 幸いにも大火にはならず、すぐに消し止められたが、寝る場のない一家は、一晩を寺で厄介になることにした。 お壱と吉作は、そこで出会った。 吉作は若く、美しい僧だった。お壱は、一目で恋に落ちた。その日から、寝ても覚めても吉作のことしか考えられず、逢いたい思いが募るばかりであった。 参ってしまったのは吉作である。 たった一晩泊めた女が、毎日のように追いかけてくるのである。 そりゃあ、焼け出された家族があるなら、誰だって優しくしよう、吉作の行為も、その範囲に収まるものであったはずだ。 だが、女は何を勘違いしたのか、運命だ赤い糸だ前世の縁だと、意味のわからないことを言って近寄ってくる。いつもどこかしらから覗いており、吉作がどこかへ遣いに行こうものなら後をつけてすり寄り、寺の中に入り込んでくるのもしょっちゅうだ。ある晩など、寝苦しいと思ったら布団の上に跨っていた。他の僧侶たちももちろん気づいて大騒ぎとなり追い出したものの、あとは一晩中、吉作の名を呼びながら雨戸を叩いているのだからたまったものではない。 「吉作を出せ。出さないなら、火をつけて炙り出すぞ」 金切り声でそう叫び続ける。お壱の両親を呼んで、引きずるようにして連れ帰させるまで続いたのだ。そして翌日以降も似たような事を起こし、両親が平謝りをするのが毎晩の常となった。 さあ、こうなれば修行どころではない。住職もこのままではどうにもならぬ、と、前々から話のあった、吉作の、本島にある総本山行きを早めようということになった。 「来週、知り合いのいる商団が港に来る、その飛空船に乗せてもらえるよう、話を通しておこう」 「お気遣いありがとうございます。私のせいで、申し訳ありません」 「なに、お前は何も気にすることはない‥‥ただ」 住職は言葉を濁す。なぜなら、吉作を本島へやることは、女に知られないために、誰にも秘密にせねばならない。となると、盛大な見送りなどできるはずもなく、場合によっては夜逃げ同然のことをやらせてしまわなければならないのだ。総本山へ呼ばれるという名誉なことであるはずなのに、こんな事態になってしまって申し訳ないのは自分だと、住職は顔をゆがめた。 「私のことは、色沙汰で破門になったとでもしてください。この寺から消えたと知れば、あの娘ももうここには来ないでしょう」 この誠実な若い僧のけなげな言葉に、ついに住職は涙をこらえきれなくなった。そうして二人してさんざんに泣き明かし、鼻を啜りながら言った。 「せめて、おまえが無事に船に乗れるよう、開拓者を呼ぶことにしよう。彼らなら、まちがいなくおまえを守ってくれるからな」 |
■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
斎宮 桜(ib8406)
10歳・女・泰
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志
レオニス・アーウィン(ic0362)
25歳・男・騎
迅脚(ic0399)
14歳・女・泰
システィナ・エルワーズ(ic0416)
21歳・男・魔
島野 夏帆(ic0468)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 愛だの恋だの、幻のようなものに酔いしれるとは‥‥。 厄介なアヤカシに取り憑かれた哀れな女よ、とシスティナ・エルワーズ(ic0416)は独りごちた。 ●根回し 寺の坊主の醜聞は、近所に住む話し好きの女たちにとっては面白おかしい噂でもあるようで、迅脚(ic0399)が軽く水を向けただけで、わっと話が盛り上がった。 「こないだの火事のときに、あそこの坊さんが手を出したらしいじゃないの」 「修行中って、そりゃ女の人に飢えてるものねえ、あらやだ、アタシったら」 「女も女よね、そんなの真に受けちゃってさ」 どこまで噂は膨れているのか、ともあれ、かなり下劣な方へ行ってしまっているようだ。けれど、迅脚はそれに更に油を注ぐ。 「そのぼーさん、修行よりも女を選ぶらしいよ。一緒になりたい女がいるとかなんとか」 「まーーーッ!」 途端に目が輝きだす。これで数日は、ここらの女房たちは退屈を知らずに済むだろう。 島野 夏帆(ic0468)と斎宮 桜(ib8406)は並んで歩き、寺から飛空船港までの道順を確認していた。なにせ、作戦は夜。目立つ灯りもたくさんは持てまい。用心するに越したことはない。 「なんでお壱さんは、そこまで吉作さんがすきなのかなあ? さくらにはわからないよ。夏帆おねえちゃんはわかる?」 歩きながら、ふと、桜は夏帆に聞いた。 「残念ながら、私も分かんないわ」 「おとなでも、わからないことはあるんだね」 「分からないことだらけよ」 まったく、分からないことだらけだ。たかが色恋に、なにをそんなに熱狂するのか。迅脚が相手をしていたあの女たちも、他人の話をなぜあれほど面白がれるのか。惚れたハレタで明日の飯が食えるものか。自分がするべきことは、引き受けた依頼を忠実にこなすことだけなのだ。 作戦の大体はこうだ。 まず、囮として開拓者が吉作に変装し抜け出す。お壱がそちらに気を取られている隙に、箱に隠れた吉作が他の荷物に紛れて逃げる、というものだ。 「ちょうどいい箱がありましたよ」 と嬉しそうに言ったのはレオニス・アーウィン(ic0362)。寺の物置に、座布団を入れていた箱が5つ6つあったのだ。大きさといい、丈夫さといい、形の揃い方といい、まさにうってつけの箱だった。 「よし、コレやったら、わしの白蛇さんも入れられるな」 八十神 蔵人(ia1422)は、運ぶべき荷物として『金運の白蛇像』を用意していた。これを大層に紙に包み、いかにも大切な荷物のようにこしらえる。他の箱も似たように作り、箱のひとつには吉作のための空間が作られた。 「大八車で運ぶさかいに、相当ゆれるで。覚悟しときぃや」 「そのくらい、我慢出来ますよ」 「吉作さん、それと服の件なんですが‥‥」 囮役のKyrie(ib5916)が吉作に頼んで用意させたのは、お壱と初めて会ったときに身につけていたものだった。だが、焼け出された家族が訪れたのは真夜中、ということで、吉作が来ていたものも寝間着であった。さすがに、これを着たまま外を歩き回るわけにはいかない。 「袈裟でも何でも借りりゃあいいじゃないか。坊主なんて、皆同じ格好だろうよ」 佐藤 仁八(ic0168)がなんとも失礼なことを言うが、吉作は気にする様子もなく、むしろ「その通りで」と笑っていた。 「となると、よほど似せないと吉作さんと思ってもらえないかもしれませんね」 「おい吉作、普段使ってる香なんかないのかい?」 仕草はKyrieの演技力に任せるとして、あとはより吉作らしい演出だ。 「匂いも同じにすりゃあ、完璧ってぇ寸法よ」 吉作の渡したものは、毎日の勤めで着ていたものだ。似せるも何も、とうに抹香の匂いがたき染められている。 「もう一人二人、ニセ吉作を拵えちまうか? なんなら、おたくの坊主を数人貸して貰って」 「これ以上、中の者に事情を知られるのは‥‥」 吉作の総本山行きは、誰にも知らせていないことだ。この寺の総本山がどこにあるかなど、ちょいと調べれば分かることで、あの偏狂女が嗅ぎつければ、元の木阿弥なのだ。事情を知るものが増えれば増えるほど、漏れる可能性も増えていく。 「私の変装ではご不満で?」 「女が一目惚れする男の身代わりだぞ」 「この私以外の、誰が出来るというのですか?」 声楽家と聞き間違う美声でさらりとそう返されては、もう何も言い返せない。そういえばKyrieはこんな男だった‥‥仁八は今更ながら頭を抱えた。 「狂った愛に絡め取られて滅びゆく男の姿をこの私が‥‥嗚呼、見事、演じてみせますとも!」 「分かった分かった、よろしく頼む」 そろそろ、吉作が女と逃げるという噂は、お壱の耳まで届いているだろうか。夜中に寺から抜け出す、見慣れた袈裟を着た人物を、お壱は吉作だと思い込むだろうか。 どんなに策を練っても、完璧なものなど存在しない。開拓者たちは更に第2、第3の策をそれぞれに考え、少しでも不安を和らげようとした。 いよいよ今夜、出発する。 ●脱出 お壱は待っていた。 愛しの吉作が、寺を出て行くらしいという話を聞いた。一緒になりたい女がいるものの、未だ修行中の身でそれが許されず、仏の道を捨てる決意をしたそうだ‥‥。 「吉作さま。壱のためにそこまで‥‥」 うっとりとした声を漏らすお壱。いつものように、吉作が寝ているだろう房の見える場所に立っている。今すぐにでも吉作の胸に飛び込んで行きたいが、迎えに来てくれるというのだ、ここは女として待つべきだろう。 と、裏口の方に、周囲の様子を気にしながら動く人影があった。袈裟を纏っているはいるが、この寺の僧ではないどころか、とても僧侶とは思えない怪しさだ。かといって、泥棒という風でもない。人影‥‥仁八は、さっと塀を跳び越え、中に入った。 ああ、あれはきっと、吉作と私との、愛の逃避行を手引きする協力者に違いないわ! お壱は色めき立った。 しばらくすると、裏口の扉が静かに開き、中からさっきの協力者と、もう一人の僧が現れた。顔を笠で隠しているが、あの、ゆっくりと柔らかく頭を下げる仕草、見慣れた袈裟、吉作に違いない。ついに今夜、壱を連れて行ってくれるのね!! 吉作に駆け寄ろうとした時だ、別の方向から女が駆け寄り、吉作に抱きついたのだった。 「後のことは任せて、二人で幸せに」などと、協力者の男が言い、吉作と女は礼を言っている。 「ま‥‥待ちなさいよ、何なのよ!!!」 顔を真っ赤にしたお壱が叫んだ。それに気がついた仁八も負けじと叫んだ。 「走れ!!」 その号令に男と女はパッと駆けだした。手を取りあい、まさに駆け落ちそのものの様相だ。 二人の正体は、吉作に化けたKyrieと、女の方は迅脚である。逃げ足に自信のあるダチョウの神威人は、この役にうってつけだった。 「待ちなさいって言ってんの‥‥」 「悪いな、姉ちゃん」 仁八は、ハリセン「笑神」でお壱の後頭部を思いっきりひっぱたく。すぱーんと良い音がして、お壱はすっ転んだ。 「くっ‥‥、覚えてなさいよ!!」 お壱は立ち上がると、着物の泥を落とす間も惜しみ、急いで吉作の後を追う。道を曲がり、逃亡者と追跡者の姿は見えなくなった。 「‥‥よし、そろそろいいだろうよ」 仁八の合図で別の道の角から大八車を押して現れたのは、レオニスと夏帆。再び裏口の扉が開き、中から蔵人が顔を出した。 「急いで運びぃや。音、立てるなよ」 蔵人の後ろには、例の箱が3つ。もちろん、その一つには本物の吉作が入っている。住職から大八車を借りられたのは幸いだった、これがなければ3つもの荷物を背負っていく覚悟であった。この大八車が裏口をくぐれる大きさなら、中で荷造りが出来たのだが、言っても詮無きことだ。 髪を振り乱し追いかけるお壱が、またも転倒した。彼女の足に、システィナの『アイヴィーバインド』により生み出された蔦が絡まったのだ。 「な、なによ、これ!?」 (「ふふふ、気味悪いでしょう?」) その様子を物陰から見ていたシスティナは微笑む。夜の闇の中、こんなものに絡みつかれた気分はどうだろうかと思うと、自然に顔もゆるむのだ。お壱は懸命に引きちぎろうとするが、焦りもあるのか、なかなか思うようにいかない。 と、お壱が懐から取り出したのは、小刀だった。乱暴に鞘から抜き取り、蔦を裂いていく。 「このっ、このっ、この!!!」 ‥‥いや、蔦を裂こうとはしていない。ただ闇雲に、刃をぶつけているのだ! 振り上げた小刀を、蔦にも、足にも、構わず突き立てる。動きがひとつ終わるごとに、脛から血が噴き出している。 爛々と輝く目は、とても正気のそれとは思えなかった。 「だめだよ、そんなことしちゃ、だめだよ!!」 飛び出したのは桜だった。目の前で血を流す人間を見て、どうして止めずにいられようか。 「放せ、放せェッ!!」 「いやだ、はなさないっ!!」 桜は強引にお壱から小刀を奪い取る。 「落ち着いて‥‥。その足、手当しましょう」 システィナは蔦をほどきつつ近寄り、手荷物から止血剤を取り出そうとした。だが、お壱は何も言わず立ち上がると、その手を払いのけ、ふらふらと寺の方へと戻りだした。 「どこへいくの?」 「吉作さまの行ったところよ‥‥。住職なら知ってるでしょうよ」 駆け落ちの二人を完全に見失ったと知ったお壱は、彼らの行き先を知ろうとしていた。足が痛くないわけがなかろうに、システィナの追いつけないほどの早さで寺へ戻っていく。 道の角を曲がり、寺の裏口を見たときだ。 大きな箱を運び出している集団がいるではないか。 こんな真夜中に、人間がすっぽり隠れるような箱を運び出すなんて‥‥お壱は悟った。さっきまで自分が追いかけていたのは偽物で、今度こそ吉作が自分のために抜け出してくれたのだと。 「吉作さま、吉作さま! お壱です。出てきて下さい」 箱にすがるように駆け寄るお壱。だが、レオニスがそれを止める。 「困ります、ご住職から預かった、大事な荷物です」 「嘘よ、いるんでしょう、吉作さま!!」 乱暴に箱をバンバンと叩く。その間に蔵人が割って入り、凄みを利かせて言った。 「おい、姉ちゃん。仕事の邪魔しやがって、何様や?」 「いいからこの箱を開けなさいよ!」 お壱も負けてはいない、女とは思えない迫力で蔵人に食ってかかる。 「だったら、好きなだけ見たらエエやろ!」 蔵人が蓋を開けると、中に入っていたのはあの白蛇像だ。そして今度は、『剣気』を伴って蔵人は怒鳴りつけた。 「どないしてくれんねん、姉ちゃんが叩いたさかい、ホレ、欠けとるやないか! これ以上、相手してられんわ!!」 さすがに志体を有する開拓者から発せられる怒気に、いち町娘のお壱がかなうはずもなく、毒気を抜かれたようにへたりこむ。蔵人たちは、ぶつぶつ文句を言いながら荷を直し、お壱を置き去りにしてその場を離れていった。 ●飛空船へ 「ふぅーっ、思っていたより、早く着いたね」 「夏帆殿が下調べしてくれていたおかげですよ」 「へへ、私も役に立った?」 夜明け前のまだ薄暗い港、しかしまもなく出港を控えている飛空船のまわりはあわただしく動いていた。目的の商船も、すでに灯りが煌々とともされていて、何人かが出入りをしている。 剣気に当てられたお壱が付いてきている気配はない。無事にここまでついたものの、レオニスはいまだ緊張が解けなかった。それは一緒に荷を運んだ夏帆も、蔵人も同じ事で、よくぞあそこまで接近されて気づかれなかったものだと幸運に感謝した。 「もう出発の時間でしょう、お気を付けて」 「なんか、寺の連中に伝えたいことはあるか? なんなら、あの女にも」 この際、言いたいことは全部言うてしまえ、と蔵人は焚きつけたが、吉作はあのゆっくりとした仕草で頭を振った。 「何もありませんよ、ただ‥‥寂しいですね」 吉作は辺りを見回した。本来なら、多くの仲間達に見送られての旅立ちのはずだった、けれど今は、なんとも寂しい光景だろう。 「総本山での修行を終えて帰ってくるときは大歓迎や。楽しみにしときぃや」 「そうですね。何年先か分かりませんけど、頑張りますよ」 吉作は晴れ晴れとした表情で、開拓者たちの協力と成功に何度も感謝の言葉を重ねていた。 「うまいこと行ったみたいですね」 「そっちはどうでした?」 「ちょっと、修羅場があったけどね」 再び、寺に戻り合流した開拓者たち。残されたお壱の様子を聞くと、案の定、一悶着あったらしい。 寺に押し入り、寝ていた他の僧侶たちを叩き起こして吉作の行き先を聞き出そうとした。しかし彼らは誰も聞かされておらず答えようがない。むしろ耳にしていたことは女と駆け落ちであり、その相手がお壱だという噂だったのに、なぜ残っているのか逆にこっちが聞きたいと、そんな問答が続いた。迅脚の噂は確実に効いていたようで、誰も本当の行き先は微塵も思いついていなかった。それでも暴れるお壱に埒があかないと知るや、僧侶たちはお壱を抱え上げて力ずくで外に放り出したそうだ。 追い出され呆然としていたお壱に、桜とシスティナが声をかけた。 「お壱さん、足はもう大丈夫?」 言われて初めて気付いたように、お壱は自分の脛を見た。傷は浅かったのだろう、すでに血は止まっていた。 「ねえ、お壱さんは、吉作さんのどこが好きなの?」 「全部よ、全部」 お壱は答えた。あの美しい顔も、焼け出された自分を優しくいたわってくれたところも、体から漂う甘い香りも、あどけない寝姿も、何もかも全部が。 「どうしてそんなに一生懸命になれるの?」 「子供には分かんないわよ」 「みんな、子供扱いするー」 ぷう、と頬を膨らます桜。 「分かんないから、知りたいんだよ。お壱さんのことだって、さくらは知りたいよ」 「私のことを?」 「うん、お壱さんのことを」 「いやあね、会ったばっかりの人間に、気持ち悪い」 お壱は未練がましく房の方を見上げていた。それっきり、桜が何を尋ねても答えることはなかった。そのうちお壱の両親が迎えに来て、いつものように頭を下げて連れ帰っていった。 「願わくば、貴女を心から想ってくださる方とご縁が繋がりますように」 システィナの言葉も、むなしく空に響くだけだった。 |