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■オープニング本文 「アヤカシと対等に渡り合うおたくらなら、祟りや呪いなんぞ、平気だろうて」 開拓者が呼ばれたのは、そういった理由からだった。 古い神社がある。 正確には、『かつて神社だったもの』だ。 雑木の生い茂った山の頂に、誰にも顧みられることなく建っている。 風雨にさらされた柱や梁はとうに色を失い灰色に近い。屋根に積み上がった土埃から草が好き放題に生えている。社の扉はぴっちりと閉められ、小ささに不釣り合いな頑丈な閂が、これまた不釣り合いな大きさの錠で止められていたが、それらは錆でがちがちに固まっていた。どこを見てもなにを見ても、すでにここへ参る者が無いことの証明としかなっていなかった。 今回、依頼を出したのは志武介という材木屋の男で、彼は、この山とあばら屋の現在の正統な持ち主である。 『現在』というからには、当然『過去』もある。 前の持ち主は、この山を代々守ってきた一族の七代目だ。祖父か、曾祖父までは神主をしていたらしい、という以上の興味をこの社には持っていなかった。それよりも、山を欲しがっている男がいて、承諾した時に懐に入る金額への興味の方が大きかった。 そんな男だから、社の閂の奥に、何が入っているのかを気にかけたことも無かったのだった。 さて、山を手に入れた志武介であるが。 彼もまた、これから植える木と、そこから得られる収入の方が大事で、放っておいても崩れそうな建物になぞ興味は持っていなかった。 ただ、あまりにも不釣り合いな閂と錠が気になった。荒れ果ててもここは神社だったところ、なにかとんでもないご神体でも隠されているのではあるまいか、と。 その夢物語のような思いつきに僅かの可能性を感じたのは、ある時、偶然八代目に会った時だ。16歳になったばかりの八代目は、これまた神職とは程遠い商売に就いている。 彼の父親に世話になった礼と世間話を適当にしている時に、何気なく志武介はこう言った。 「あの神社には、なにか大事なものが隠してあるのかい?」 一瞬、八代目の顔色が変わったのを見逃さなかった。 そういった経緯があって、軽い興味から、社を開けてみることにした。しかし、そう思いついた日から、奇妙なことが起こり始めたのだ。 石段の石が割れて足を滑らせる、置いていたはずの道具が無くなる、血のようなものがこぼれている、鬼火がちらつく、等々。 まるで子供のいたずらのような怪異だが、使用人の中には、ここが仮にも聖域であることを過剰に畏れるものが出始めた。 「‥‥‥‥とまあ、そんな訳でね。わしの単なる好奇心でこれ以上うちの者を使えないしな。けどまあ、中が気になるのは分かってもらえるじゃろう?」 志武介はにやりと笑い、開拓者達の顔を見回した。 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
日向 亮(ia7780)
28歳・男・弓
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
千古(ia9622)
18歳・女・巫
紫焔 鹿之助(ib0888)
16歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●閂と錠 まずは日向 亮(ia7780)と青嵐(ia0508)と亘 夕凪(ia8154)が、一足先に社を調べに来た。もとい、夕凪に言わせれば『一足先に怪異を体験に』来た、である。 「さあ、何が起こるでしょうか? 石段の次は灯籠ですか。鬼火の次は落雷ですか」 先の使用人が踏み外したという石段を慎重に昇る一行。問題の割れた場所は、踏み石のど真ん中だった。雨水で土の流される脇のほうではなく、中央の1段だけが割れた。どんな不自然な力が生じたのやら。 「何か感じるかい?」 「なぁんにも。寧ろ清々しいぐらいだ」 青嵐の言葉は全て右腕に抱かれたの西洋人形の口から発せられる。奇妙な会話だが、とうに慣れてしまった亮も夕凪も構わず続ける。 「まったくです、また今日は一段と良い天気ですしね」 木々には若葉が芽吹き、虫の動きも活発になる、一年で最も力強い季節であるのだ。目に眩しい緑色を見ていると、なぜこの世からアヤカシなどというものが生まれるのかと疑いたくなる。 昇りきると、苔むした小さな鳥居が見えた。続いて、草ぼうぼうの参道、台座しか残っていない石灯籠、泥と埃で染まった社、とうに形を成していない賽銭箱。 亮は、崩れた社に向かって手を合わせた。 「‥‥これより御社に立ち入ることをお許し頂きたい‥‥」 何が祀られていたのか、もう誰も知らない、けれど、この山に建てられているからには、この山を護るものが確かにいるのだろう。社の無と神の無は同義ではない。狩人として亮は、山への敬意を忘れてはいない。 顔を上げて、改めて本殿に目を遣る。 話の通り、不釣り合いな錠がかけられていた。 錆だらけの錠に手を遣ると、赤茶色い屑が指を汚した。軽く振ると、中でじゃりじゃり音がした。錆が鍵穴から入りこんでしまっているのだろうか。 続けて、閂を動かしてみる。金具の隙間が許す範囲でしか動かない。鋲も触ってみるが、さすがに素手で壊せるほど脆くはなっていなかった。 「聞く話では鍵の中には、鍵穴はまやかしで、別の部分を組木細工を解くようにすれば開くものがあるそうだが?」 青嵐は、その可能性も考えてあちこちいじってみる。調べた結果、その可能性は低いと断定した。 続けて、社の周りを回る。依頼人の期待するご神体がどこかから覗き見えないかと隙間を捜したが、拝めそうな場所は無かった。もしや床下から潜り込めたりはしないかと、夕凪がそこに顔をつっこんだところ、ついに面白いものを見つけた。 「おい、みんな来てよ」 床下に、半分に割れた石灯籠が。 その幅は、床下を塞ぐに丁度良い寸法だった。 無理矢理押し込んだようで、地面が擦れている、その削られた土は最近のものを示すようにまだ湿っていた。 一人の力で十分動かせる重さだ、亮がそれを引きずり出した。 3人は、二つのことに満足した。 ひとつは、社の床に開けられた穴を見つけたこと。 もうひとつは、ここまでして、何の邪魔も入らなかったことだ。 ●八代目 3人が神社を調べていた時間、残りの者は八代目と逢っていた。 八代目は吉右という名で、17歳の少年だ。団扇屋で働いており、開拓者達が訪れた時には忙しそうに、骨組みに涼しげな絵を貼っていた。 「綺麗な色だろう? うちの品はいい絵師が描いてくれてるんだ」 などと説明をしながら、次々団扇を仕上げていく。これからの季節に売り出すためのものなのだろう。 「それで、話って?」 一段落ついたところで、吉右は顔をあげた。 「神社の鍵を開けたいんですの」 千古(ia9622)はずばりと言った。 「な、なんのことかな」 吉右の表情が一瞬曇り、目を伏せたのを斎 朧(ia3446)は見逃さなかった。この男は間違いなく何かを知っている、朧は確信した。 「お父さまがお持ちだった山に、神社があるのはご存知?」 「あ、ああ‥‥そうらしいな」 「勿体ねえなあ、なんで手放したんだ? 手を入れる人がいないったって、神社だぜ?」 紫焔 鹿之助(ib0888)が率直な感想を言う。寂れたとはいえ、建てられた当初は多くの人が居ただろう。そんな彼らに積み上げられた祈りの数を、もう一度手に入れようとしたらどれだけ時間がかかることか。 「知ってっか? 材木商の志武介さん、神社を取り壊そうとしてるらしいぜ。そんなことしちゃ、祟りがおきても不思議じゃねぇな」 鹿之助は自分の体を抱き、大仰に身震いした。 「祟りがおきてるんですか?」 吉右が興味ありげに聞き返す。 「おうよ、それで皆、怖がって近寄りたくないんだとよ」 「へえ‥‥」 吉右は笑っていた。よく見なければ分からないほどの微かな動きで、唇の端をあげていた。 「お聞きしたいのですが、あの神社の謂れなんかご存知ありません? ご先祖様からの言い伝えが残っているとか」 「さあ、全く」 これは本当に知らないらしい。千古は、問いが空振りに終わって残念がった。 「まあ、誰も鍵を持っていないなら仕方ないですね。もう壊すしかないでしょう」 と、朧はさらりと言った。 「こ、壊すって!?」 大声を上げた吉右は、慌てて取り繕うように言葉を続ける。 「ああ、いえ、物騒なことを言い出したもんで驚いちまった」 「ええ、祟りを畏れた志武介さんが、私たちに頼まれたんですよ。あの鍵を開けてくれ、って」 「は、は。あんなオンボロに、お宝が眠ってるとでも思ってんのかな」 ぎこちなく笑う吉右は、己が神社を知っていると口を滑らせたことに気付いていない。 「ともかく、明日中に済ませてしまう予定です。そうね、これから準備を整えて、朝から始められるでしょう」 朧ははっきりと脅したのだ。 明朝、社を暴くと。 ●ご神体 開拓者のいう準備が本当に明日に備えて布団にもぐることであったろうか。まさか。彼らの整えるべき準備はここまでのことなのだ。 さあ、八代目はどう動くか。 開拓者達は社の周りに潜み、変化の生じるのを待った。 一刻ほどが過ぎた頃に、予想通りの事が始まった。 吉右が石段を登ってきた。 辺りを見回し、誰もいないことを確かめて、迷うことなく社の裏へ、そして床下へと潜り込んだ。 石をどけ、開いた穴から社の中へ入り込む。 壁は隙間無く真っ暗なのだが、用意のいいことに行燈を持ち込んでおり、吉右はそれに火をともした。 「ぎゃああああああ!!!」 そして八代目は腰を抜かした。 真っ暗闇の中に亮の顔が浮かんだのだ。 いや、亮だけではない、夕凪も、青嵐も、ここでずっと待っていたのだ。 「あ、あわ、あわわ‥‥」 「お待ちしてましたわ、吉右さん」 さて、こんな暗いところでは話も出来ない。外へ促すと、吉右は大人しく従った。 「志武介さんが体験した祟り、あれはあんたの仕業?」 夕凪が尋ねると、吉右は諦めて頷いた。 「いったい、何で?」 「‥‥‥‥」 しかしこれには答えようとしない。よほど言いたくないのか、俯いたまま動こうとしない。 「祟りといっても、イタズラ程度のものばかりですよね。あなたは誰も傷つけるつもりじゃなかったんでしょう?」 青嵐が穏やかな口調で、少しずつ吉右の心を解きほぐす。 「人を近づけたくなかった、ってことか?」 「‥‥まあ」 「いいか、俺らはあんたの味方なんだぜ!」 飛び出したのは鹿之助だ。瞳に熱いものを湛え、拳を握って説得する。 「ここにどんなご神体があるのか知らねぇが、護りたいモンがあるんだろ? いいか、世の中で大事なものは金じゃねえ! 人の生きてきた歴史っつーもんがよ、俺ぁよく分かんねーけど詰まってんだろ? だからよ」 ずい、とにじりよる鹿之助。吉右は勢いに押されて後ずさる。 「志武介のおっさんがなんて言おうと、足蹴にするような真似はさせねぇ! ありゃあ、金のためにここを暴こうってんだ。そんなふてぇ野郎のいいなりになることは無ぇ!!」 「‥‥いや、そんな御大層なモンでもないんだけど‥‥」 八代目は申し訳なさそうに、鼻の頭を掻いた。 「あのう、いったいここには、何が祀られてるんですの?」 千古は、おそるおそる聞いた。 本当に分からなくなったのだ、吉右は何を護ろうとしているのか。 「そこまで言われたら、俺も知りたくなってきたな」 しまいに吉右は、そんなことを言い出した。 「‥‥よし!」 そして決意した。 「あんたら、俺の味方って言ったな! じゃあ手伝って貰うぜ」 ついに扉が開かれる。 錠を解いたわけではない、閂を鋸でぶった切ったのだ。 「床下からちまちま出してたんじゃ、時間がいくらあっても足りやしない」 正面からまとめて運び出すから手伝えと、開き直った吉右は言った。 何十年かぶりに太陽の光を受け入れた本殿は、大量の埃を舞い上げて歓迎する。 「皆、慎重にな。床板が朽ちていても、おかしくな‥‥」 言い終わる間もなくメキメキッと音がして、亮の体が視界から消えた。 「‥‥おお、おそろしい怪異だ!」 「いいから上がってこい」 まったく、よくもここまで放置されたものだ。床は一歩進む毎にたわみ、次の犠牲者が誰になるか分からない。 それが、ある部分だけ、やたら頑丈に作られてある。 『ご神体』のおわす場所だ。 「‥‥石、ですね」 千古はきょとんとする。 「‥‥石、だな」 夕凪は困ったような顔をする。 巨大な縦長い石と、亀裂の入った丸い石の二つが、それぞれ注連縄をかけられて並んでいた。稀少な材質でもなく、自然に出来上がった形の石である。 「これがご神体かよ!」 吉右はけたけたと笑った。なるほど、神秘ではあろうが、これにあんな頑丈な鍵がかけられていたのかと思うと、ご先祖様の俗っぽさに笑いたくもなる。 「相応しいご神体と言えなくもないがな」 笑いをこらえながら吉右は、皆をそことは違う場所‥‥床下へ繋がる穴のそばへ呼んだ。 「これを運び出してくれ、全部」 「なんとまあ」 山積みにされた柳行李だった。 「中はなんですの?」 「本だ」 よい隠し場所だと、何年もかけて運び込んだものだという。しかし山が売り渡され、置いておくわけにもいかなくなった。運び出すにも掛けた年月を思えばすぐには終わらず、こうして今日までかかっているのだ。 「なんの本? 見せていただいていいかしら」 ひょい、と朧が蓋をあけた。吉右が止める間もなく。 軽蔑を含んだ朧の視線が吉右を貫いた。 黄色い表紙で閉じられた絵本の中身は、およそ年頃の娘が見てよい内容ではなかったのだ。 そしてこれが、山積みの行李に目一杯。 「すげぇな、これは」 さすがにこの量には鹿之助も顰蹙した。1冊2冊なら笑って済ませられるが、これは‥‥。 「‥‥そんな目で見てやるな」 庇う青嵐も失笑が隠せない。 「ええと、これは、世話になってる絵師が! そう、仕事の一環で!!」 「‥‥まあ、そうだな」 亮に優しく肩を叩かれるが、ちっとも嬉しくない。 運び出す作業は、なんとも苦痛であった。 誰も彼もが、無言だったのだから。 さて、成果はその日のうちに依頼人に伝えられた。社の中身が判明したことで志武介は満足し、これまでどおり朽ちるに任せることにしたようだ。 「仔細隠さず報告せよ、とは言われてないのよ。良かったわね」 朧は最後にそう言った。 黙っていてくれるのだろう。 だから、あの柳行李の山が今どこにあるのかも、秘密なのである。 |