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■オープニング本文 父親は酒と博打で身上を潰して8年前に出て行った。 などということを、幼い我が子に言えるわけがない。父ちゃんが何故いないのかと聞かれて母は、おまえの父ちゃんは開拓者なのだよと言い聞かせてきた。悪いアヤカシからおまえや母ちゃんを護るために、世界中を飛び回っているんだよ、と。 「僕も大きくなったら開拓者になるよ! そしたら、父ちゃんに逢える?」 「逢えるかもね」 大きくなったら開拓者になる‥‥それが嘉糸の夢だった。 嘘から出た実というか瓢箪から駒というか。 父ちゃんは本当に開拓者になっていた。 それが分かったのは、父ちゃんが家に戻ってきたからだ。 白い小さな箱に納められて。 「千弥さんぁ、俺っちを庇って崖から落ちたんです」 汰丹という若い開拓者は、瞼を赤くし、時々洟をすすりあげた。 父親はサムライとしての資質を見いだされたらしい。『咆哮丸』と銘打った太刀を相棒に、まさに刀に咆えさせ哮らせ、数多のアヤカシやケモノを滅したという。 「御家族に迷惑をかけたって、ずっと悔やんでらして。この帳簿にめいっぱい金が貯まったら帰ろうって決めてたらしいっす」 ろくでなし亭主は稼いだ金に手を付けず、ギルド預かりで残していた。帳簿には、千弥の受けた依頼の内容とその報酬がずらりと書き連ねられていて、それはあと数回もすれば最後の頁まで終わるところに来ていたのだった。 「奥さん、申し訳ないです! 俺っちが未熟なばっかりに!!」 汰丹は畳に額をこすりつける。 だが女房は、亭主のために流す涙など8年前に使い切っていた。後悔に苛まれる若い開拓者を責める気にはこれっぽっちもなりはしない。 「あんたが謝ることは何もないよ。事故なんだから、しょうがないじゃないか」 「いいえ、あるんです、謝らなきゃならんことが」 少年は頭を上げようとしない。 「咆哮丸が、まだ見つかってないんです」 最後の依頼は、大鴉のようなケモノが群れている森でのことだった。こいつらは光る物を集める癖があるらしく、食い散らかした屍体に金属のかけらでもあろうものなら、ほじくって何処かへ持ち去るのだ。先の依頼主は高価なものを無くしたらしく、それを取り返すという仕事であった。 簡単な仕事、と高を括っていたと言われればそれまでだ。その報いは十分すぎるほど受けている。 「だったら母ちゃん、僕が捜してくるよ」 そう言ったのは、それまで隣でじっと座っていた息子の嘉糸だった。 父親が消えたのは3歳の頃。顔なぞまともに覚えてはいないだろう。しかし、母親から繰り返し聞かされた法螺話を信じ切った息子は千弥を英雄にしてしまっていた。 英雄の形見と意志の正統な相続人であると自覚した息子は、自らそれを捜し出すと立ち上がったのだ。 「馬鹿なことを言うのはやめなさい」 「何が馬鹿なもんか。僕は開拓者になる、そう言っただろ!」 止める母親と引き下がらない息子、押し問答が夜まで続き、汰丹も帰るに帰れなくなった。 「じゃあこうしましょう」 今思えば、余計な口出しだった。自ら枷を増やしたようなものだ。 「もう一度開拓者を集めるっす。嘉糸くん一人じゃなければ奥さんも安心でしょう?」 長い正座と疲労で鈍る判断力、これが汰丹という少年開拓者の未熟たるゆえんだったのだろうか。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
涼魅月夜(ib1325)
15歳・女・弓
ミヤト(ib1326)
29歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●千弥という父親 もともとの千弥は、真面目で平凡な男だった。親の土地を本格的に継ぐとみるみる大きくしていき、食うのに困らない稼ぎを得るようになった。ちょっと小銭が入ったので遊びを覚えた。これがいけなかった。なまじ真面目で通った男が悪い蜜を覚えてしまってからは、絵に描いたような転落劇だ。土地は全て失い、家財道具も無くなってから、尻ぬぐいを全部女房に押しつけて男は出て行った。 その男が帰ってきた。 頭を下げれば可愛げがあるものを、白い小さな箱に納まって何も言わない。女房に何か一言あるだろうに。 「‥‥教えろというのかい、千弥のことを、嘉糸に?」 女房は琉宇(ib1119)の顔を見た。息子と同い年ぐらいの開拓者だ。 「あんたは、どう思う? 自分の父親が、自分を捨てて出て行ったんだって知ったら」 「確かに、辛いよ。でもね、お母さんが嘘をついてたってことの方が、もっと辛いと思うんだ」 琉宇はまっすぐ見つめ返した。嘉糸が開拓者を目指すというなら、いずれ千弥の過去を知るだろう。それは同時に、母親が自分を誤魔化すために綺麗事を並べていたのだと知ることになる。 琉宇の言葉が効いたのか、母親の顔に逡巡の色が見えた。すかさずミヤト(ib1326)も援護する。 「嘉糸くんは、もう子供じゃないよ。自分で決める力があるんだ。一緒に行くにしても、思い留まるにしても、真実を知ってからじゃないと何も決められないよ」 なんともきつい所を突いてくる。 母親にとって、嘉糸はいつまでも子供なのだ。「大きくなったら開拓者になる」なんて、ただの夢ものがたりだと思っていた。 けれど、息子は、父親の死を知って尚、開拓者になろうと言い出したのだ。この決意を、子供の戯言と一笑に付すべきなのか。 「僕たち、千弥さんのことは、開拓者仲間の噂としてしか知らないけど、真面目な人だって聞いたよ。開拓者としての千弥さんは、嘉糸くんが恥と思うような人じゃ無かったと思うよ」 千弥が本当に開拓者になっていたことは幸運なのだ。立ち直ろうとした父親の姿がある。母親が息子に真実を告げるとしたら、今しかない。 ●最後の依頼 母親はどんな風に話をしたのだろうか。 ともかく、現れた嘉糸の顔は晴れやかだった。 「絶対に父ちゃんの咆哮丸を取り返します! よろしくお願いします!!」 そう元気よく言って、頭を下げる。 「いいか、あんたはお父さんの為にもお母さんの為にも、死んだらダメだ。死にたくないなら、うちらの言う事をよく聞いて、絶対に先に走らないで」 涼魅月夜(ib1325)はまず最初に、それを嘉糸に強く言い聞かせた。一緒に行くと決めたからには、傷ひとつ付けさせるつもりはない。 月夜の覚悟が伝わるのだろう、嘉糸は素直に頷いた。 「わたくしの隣へ」 ヘラルディア(ia0397)が嘉糸の手を繋いだ。進む列の中より後ろ側へ位置し、他の開拓者達も嘉糸を護るように陣形を作る。 「汰丹様、案内をお願い致します」 「あいよ!」 汰丹も今度は油断するわけにはいかない。また己の甘さで誰かを犠牲にするかもしれないのだ。 「それで、先の依頼で頼まれた品って、なんだったんだ?」 道中、オラース・カノーヴァ(ib0141)が尋ねた。 「鞍っす」 「鞍ぁ? 馬の?」 「ええ、蒔絵の上に更に石を散りばめた、豪華なものらしいっすよ。祝い事があって馬を使うってンで、ぎらぎら着飾らせてここを通ったら襲われたそうで」 残念なことに馬は喰われて、祝い事も台無しになったらしい。 「鞍を持ち去るたぁ、そうとうな大きさだな」 「ええ、まさに化け物です」 汰丹は思い出していた。その羽ばたきだけで、よろけそうなほどの風を起こした鴉のことを。汰丹が放った矢が翼を射抜いた時、未熟な弓術士は命中の感触に酔いしれ、鴉は増幅させた怒りを携え反撃してきたのだ‥‥そして結末は、皆の知るとおりである。 どんよりした空気を入れ換えるように、高倉八十八彦(ia0927)が話題を転じる。 「わしの『銀扇』は、大鴉は好むかのう?」 『銀』の名の示すとおり、輝く刃を持つ太刀を八十八彦は鞘から出して見せた。 「ピッカピカっすね」 「手入れを怠った事はないけんのう」 褒められたのが嬉しいのか、八十八彦はにこにこと笑っている。ぬばたまの髪と白磁の肌を持つ八十八彦がそんな顔をすると、本当に人形のようだ。 「これを囮にしてやろうかと思うとるんやが」 「勿体ないっすよ」 「『囮』言うたやろが。やるワケやない、きっちり利子付けて返して貰うけん」 人形の笑みは不敵なものに変わった。 ●大鴉 ケモノが見つかった地点が近付いてきた。皆の神経が否応なく張りつめられてくる。嘉糸も無口になり、ヘラルディアの手を握る力が知らずに強くなっていた。 「大丈夫ですよ」 安心させるように言いながらも、ヘラルディアは五感の全てを周囲に開放していた。木々の間を巡る存在を、空の光を閉ざす影を、迫り来る羽音を、不意に生じるケモノの匂いを‥‥たとえわずかでも、決して逃さぬように。 「馬が襲われたのは、ここいらだ」 開けた場所で、なるほど、空から見れば丸見えのようなところだ。 「罠をしかけやすいね」 月夜が言った。彼女の言うとおり、鴉の喜ぶ光り物は、見つけて貰わねば意味がないのだ。八十八彦の銀扇が、これ見よがしに置かれた。 待つことしばし。 大きく空気が動いた。 葉ずれの音が、けたたましいものに変わった。 風の向きが狂った。 絞め殺される獣のような声が響いた。 真っ黒い影が降り立った。 『グエエエエエ!!』 巨大な鴉がピカピカの太刀を見つけ、迷うことなくそれを掴んだ。 「追うぞ!」 でかい目標とはいえ、気を抜くと見失いかねない。南西の方角へ向かって飛ぶ鴉を、森の木々に邪魔されながらも必死で追った。 鴉は、くぬぎの木まで来て止まった。 木の股に、不自然に積み上げられた枝の塊が乗せられてあり、鴉はその上に止まっている。そこから他へ移る気配はない、どうやらあれがやつらの住処なのであろう。 (「‥‥2羽、いるね」) ミヤトが小声で囁いた。おそらく鴉どもは、集めた光り物を巣に隠しているだろうと予測される。1羽なら、居ない隙を狙って巣を探ることも出来ただろうが、2羽とも居なくなる可能性は低い。そしてそれを呑気に待っているほど開拓者たちは悠長では無かった。 「嘉糸くん」 琉宇が呼びかける。琉宇だけではない、誰もが、嘉糸にこう言いたかった。 「今はみんなを見ていて。君の役目は、お父さんがどういうことをしてきたのかを知ることなんだから」 「耳を塞いでて!」 月夜の放った矢の先には、かんしゃく玉がくくりつけられていた。まっすぐ巣に刺さり、同時に激しい破裂音がした。 『グエエ、グエエエエエ』 2羽の鴉が巣から飛び出した。しかし逃げるわけではない、この程度の音で怯えるような、そんな繊細なケモノではなかったようだ。 琉宇のリュートから『武勇の曲』が奏でられる。その曲に闘気を奮い起こさせて、ミヤトは『阿見』を握る。 向かってくる大鴉に向かって振り下ろした。 確かな手応えだ。斬ったのは翼の一部。だが風切羽を削いだことで、鴉は高く飛べなくなった。 「もう一羽も!」 ヘラルディアの舞がミヤトに精霊の加護を与える。護られているという安心感が、彼を後押しする。 「めんどうだ、まとめて片付けるぞ!!」 ちまちました消耗戦は性に合わないと言いたげに、オラースの作り上げた吹雪が2羽の大鴉を包み込んだ。 「カラスシャーベットの出来上がり☆」 吹雪に視界を塞がれた鴉どもは、ただやみくもに暴れるだけだった。 「オラース、もう一回行かんかい!」 八十八彦の神楽舞がオラースを急かす。願ったりだ。舞に抗う事無く、オラースは再度、精霊の力を呼ぶ。 最後は、落ち着いて、慎重に‥‥。 確実に。 ●咆哮丸 木に登り、巣を調べると、出るわ出るわ、金銀財宝‥‥もっとも、見た目だけのことだけれど。光っていれば何でも良かったのか、小さな物は簪から、大きなものは悪趣味な鞍まで、囮となった銀扇も含め、様々なものが見つかった。 そして、探し求めていたものも。 「嘉糸くーん! あったッスよ、お父さんの咆哮丸、あったッスよーーー!!」 汰丹はぼろぼろ泣いていた。ミヤトも、嬉しさのあまり釣られて泣いてしまった。 「お父さんの事を知って、どう思った?」 咆哮丸を手にした嘉糸に、月夜は聞いた。 「‥‥よく分からないよ」 正直な答えだった。 母親は、父親を許していない。償いがどうこう言うのなら、帳簿よりも生きて戻ってくれば良かったのだ。 顔も覚えていない父親より、これまで育ててくれた母親の気持ちを大事にはしたい。けれど、ろくでなしと言われた父親のために、これだけの開拓者が助けてくれたのもまた事実なのだ。 開拓者になりたい。 嘉糸は改めて、強くそう思った。 「嘉糸くん、いつかギルドで逢おうね」 それが彼らの別れの挨拶だった。 |