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■オープニング本文 占いは信じるか? 圓沙は全く信じていない。 ばらまいた骨の向きや、亀の甲羅のヒビや、星の動きや水紋の広がり、そんなものでいったい何が分かるというのか。 葉羽は正反対で、たいへん気にする質だ。 世の中にはあらゆる不思議がある、自分たちはその全てを理解できるほど万能ではないのだ。掌の皺の数と、人間の運命の無関係さを誰が実証出来るというのか。 だから、道ッ端に座り込んでいた黒ずくめの老婆が彼女達に不吉な予言をした時も、二人の反応は正反対だった。 「そっちの、背の高いお嬢さん。死相が出ておるよ」 指さされたのは圓沙だった。 葉羽はがたがたと震えだした。老婆はなんと言うことを言い出すのだろう! 「あまりにも気になったんでね」 構わず、老婆は続ける。 「誰も通らない退屈しのぎに、何気なく占っただけのつもりだったんじゃけど、こいつがとんでもなく動くもんでね」 老婆の手には、紐の付いた紡錘型の石がぶら下がっており、それがゆらゆら揺れていた。 「それで、死相? あたしに?」 愉快な話ではない、占いを信じていないとはいえ、すんなり耳を素通りさせるのも難しい。 「あんた、開拓者だろう? こっちの巻き毛のお嬢さんは違うみたいだけど」 老婆はずばりと言い当てる。 「そうよ」 「だったら益々だ。開拓者ともなれば、危険な仕事をすることも多いじゃろう。けど、悪いことは言わん、ひと月ほど、大人しくしときなさい」 「あいにく、そんな長く休めるほど貯金は無いのよ」 「せいぜい、気をつけなされ。わしの占いはよく当たるんじゃぞ」 圓沙は泰拳士である。開拓者という生き方を選んでから、命の危険などとうに覚悟している。 だが幼なじみの葉羽は生き死にとは無縁の商人の娘だ。そして商人の娘らしく、験担ぎにたいそうこだわっている。 「人の忠告は素直に聞いておきなさい! あんたはひと月、仕事をしちゃダメ!!」 真っ青な顔をして、そう止めるのだ。 さて、開拓者ギルドでは新しい依頼が出ていた。 沼の縁に現れた、巨大ながま蛙に似たアヤカシを退治して欲しい、というものだった。 人間の子供を軽々飲み込んでしまえそうな大きな口をしており、しかもご丁寧に鋸のような牙まで持っているそうだ。最初に見つけたのは中年の男性で、彼は散歩をさせていた飼い犬が、沼の中から伸びてきた舌に捕らえられ、あっという間に食われてしまった様子を震えながら話してくれた。 他の開拓者達も集まってくる、人数が揃い次第、出発できそうだ。 しかし、圓沙がこの依頼を受けたと聞いて、葉羽が震えながら止めに来た。 「やめなさいって言ったでしょう! どうしてたったひと月が待てないの!!」 友人の心配する気持ちはありがたい、けれど、開拓者ともあろう者が、たかが占いで悪く言われたというのを理由に引き下がっていられようか。 「あたしは全力で止めるわよ」 まさか、ついてくる気ではあるまい。 ‥‥葉羽は、そのまさかを実行する気だった。 |
■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
詠月(ib2494)
22歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●葉羽と圓沙 葉羽の店は豆富屋、つまり豆腐屋である。『腐』の字を『富』に変えてあるのは、もちろん験担ぎだ。 新鮮さが命の豆腐を昼過ぎに買いに来るような呑気者はこの町にはいないようで、葉羽はおからの山の横であくびをしていた。 「ヒマそうだな」 声を掛けたのは、このところよく買い物に来ている詠月(ib2494)だった。葉羽は、顔なじみの客に手を振って答える。 「あんたもヒマそうね、こんな時間にぷらぷらと」 「自由な時間は開拓者の特権だ」 陳列台の隅っこに売れ残っていたがんもどきと懐の小銭を交換して、詠月はおやつ代わりにそれにぱくついた。 「開拓者ねえ‥‥」 葉羽は、目の前にいる男に友人の姿を重ねた。あの娘はどうしてあんなに頑なに、依頼を受け続けようとするのか。この男もそうなのだろうか。 「ねえ、開拓者の仕事って、楽しい?」 「どっちかっていうと、めんどくせぇな」 「怖くないの? 死ぬかもしれないのに」 「さあな‥‥」 はっきりしない返事をして、詠月はがんもどきを飲み込んだ。 一方の圓沙は、間借りしてある小料理屋の2階で、同じ依頼を受けた開拓者達に愚痴をこぼしていた。 「はぁ〜。頭が痛いわ」 話にならない、という感じで圓沙は座りこんだ。 友人が心配してくれるのはありがたい。けれど、たかが占いではないか。こちらは運気が戻るまで仕事を休むなど悠長なことの出来る身分ではないのだ。命の危険? 開拓者なら、運勢が良かろうが悪かろうが、常に危険と隣り合わせではないか。 という話を、もう何度もした。しかし互いの言い分はいつまでたっても平行線だ。いや、これはもう、二人がむきになっているのだろう。なまじ近しい関係だからこそ、こじれてしまっている。 (「お互いの気持ちがすれ違ってるだけ、なんだよね‥‥」) 二人のどちらの気持ちもよく分かる、だからこそモユラ(ib1999)は悲しくなった。圓沙も葉羽も、互いを思いやっているのは間違いないのだ。なのにどうして、こんな事態になってしまったのか。 「あたしが依頼を断ればいい? でもね、これはあたしの仕事なのよ! ねえ、そう思うでしょ!!」 圓沙は隣にいたオラース・カノーヴァ(ib0141)に賛同を求める。有り難いことに彼は圓沙と全く同意見だった。 「たぶん普段から、おまえの仕事に反対なんだろうな。そうじゃなきゃ、いくら占い師に言われたからって、そんなに信じ込むことはない」 「あたしは豆富屋の仕事を一度たりとも反対したことはないってのにさ!」 だいぶ愚痴をぶちまけて落ち着いたのだろうか、冗談を言う余裕が出てきた。 「私は、圓沙殿が一緒に仕事をしてくれるのは大歓迎です。開拓者としての覚悟を持ってる貴方となら、心強いですから」 アルネイス(ia6104)はそう言い、圓沙と握手を交わす。けれど、すぐに厳しい顔に変わった。 「ですから、葉羽殿がついてくるなどという事態になってしまうことは、何としても避けなければなりません。貴方のご友人は、ただの人なのでしょう?」 今のままでは葉羽は、圓沙を文字通り『体を張って』止めるためについてくる勢いだ。少しでも圓沙に危険が近付こうものなら、己が盾になりかねない。はっきり言おう、開拓者でも何でもない人間がそんなことをしても、まるっきり役には立たないのだ。 「ここはひとつ、おまえ抜きで、わしらが葉羽のあねさんと話をしてみるけん」 「ナァム、それがいいでしょう。我々が戻ってくるまで、出発は待っていただけますか?」 高倉八十八彦(ia0927)とモハメド・アルハムディ(ib1210)がそう言うので、圓沙は信頼して任せることにした。 ●説得 (「来たか‥‥」) 豆富屋で葉羽を足止めさせていた詠月は呟いた。圓沙が一緒ではないということは、向こうの話もまとまったのだろう。 「事情は聞いたぁで」 自分は圓沙と同じ依頼をうけた開拓者だと八十八彦が名乗ると、葉羽は身構えた。 「聞いた? なら、分かってもらえる? 圓ちゃんを連れていかないで頂戴」 「本人の意志で受けた依頼である以上、わしらには止められやせん」 「なんてこと! あの子が死ぬかもしれないっていうのに!!」 「だからこそ」 語気の荒くなる葉羽をなだめるように、アルネイスは強く言った。 「だからこそ、葉羽殿にお願いしたいことがあります」 「え‥‥?」 それは思いもかけない提案だった。 「貴方には、彼女の力になれることがあります」 「ヤー、葉羽さん。あなたのムヒッマ、使命・役割・神仏が与えた役目、それを考えて下さい」 葉羽は圓沙を、物理的に止めることばかりを考えていた。危険な場所に行かさなければ死ぬことはないのだと。 「おまえは泰拳士以外の開拓者の力を知っとるか? 戦うだけやない、護る力もあるんや」 八十八彦は続ける。自分なら、圓沙に精霊の加護を与えられる。開拓者である八十八彦にできることはこれだ。 「おまえには、その力があるか?」 ふるふると頭を振る。とんでもない、ただの豆富屋の自分にそんな力があるわけない。 「貴方にできることは?」 アルネイスが問う。 「なにも‥‥」 「彼女のために祈ることも?」 葉羽は顔を上げた。すかさず、モユラが続ける。 「よくある方法だけど、お百度参りとかどうかな? 御守りを作ってあげるとか、おいしい夕食を作って待ってみるとか」 「それなら‥‥」 なんだ、できることは、いくらでもあるじゃないか。 「見ず知らずの人間が告げた運命なんか、親友のあなたが心を込めたお祈りで打ち破れる‥‥あたいは、そう思うよ」 モユラの言葉は、葉羽の心を決めた。 ●がま蛙 アヤカシの現れた沼は、季節が季節なら釣りを楽しむ子供で賑わいそうな明るい場所だった。犬を散歩させていたという男性も、まさかこんな場所にアヤカシがいるなど思っても見なかっただろう。 開拓者達がアヤカシ退治に乗り出した。豆富屋の娘はいない。代わりに御守袋が泰拳士の懐の中にいる。 その他にも圓沙は、あらゆる方法で以て護られていた。必ず無事に帰すこと、それが葉羽との約束なのだ。 「蛙の姿を借りて悪さをするとは許し難いのです!!」 アルネイスは怒っていた。彼女の式はまさに蛙。今もまさに、蛙のぬいぐるみを抱えている。このままでは皆が、可愛い可愛い蛙の心証を悪くすると、心より憂えている。 「この沼のどこかに、がま蛙がいるのか‥‥」 「『がま蛙』じゃありません、『蛙に似たアヤカシ』です!」 詠月の用いた言葉をすかさず訂正するアルネイス。 (「どっちでもいいじゃん」) と思ったなどという事はおくびにも出さず、詠月は『心眼』で沼を探る。聞いた話では巨大なアヤカシのようだ、沼の小ささからすれば、すぐに見つけられるだろう‥‥と考えた瞬間。 「うわあぁっ!?」 突然、沼から飛び出してきた赤黒い物体が圓沙の腰に巻き付いた。それはもの凄い勢いで、圓沙を沼に引きずりこむ。 「ま‥‥圓沙さん!?」 沼と同化した、腐った藻のような色をした巨大なものが先にはあった。 がま蛙のようなアヤカシだ。 口を開き、いまにも圓沙を飲み込もうとする。 「くっ‥‥」 圓沙は耐えていた。手足がまだ自由なのが幸いした、脚と腕を突っ張って舌の力に抗っている。鋸のように規則正しく並んだ歯の隙間からよだれが落ちてくる。 「このっ!!」 咄嗟に、モユラの斬撃符が放たれた。符は見事舌に当たり、巻き付きを弛めた。その隙に圓沙はアヤカシの下あごを蹴り、緊縛から逃れることに成功した。が、真下は沼だ、無事であったとは言えない。 「ぺっ、ぺっ」 全身に泥を浴び、しきりに吐き出す。なんと生臭い泥か。 「捕まれ、圓沙」 詠月は汚れるのも構わず、沼に進み圓沙の腕を掴む。泥まみれの圓沙の姿を見て、盾になりきれなかった己に後悔をしたが、それを引きずっている場合ではない。後悔は家に帰っていくらでもすればいい。まだ戦いの途中なのだ。 アヤカシは舌を斬られたぐらいで怯んだりはしない。未だ足下でばちゃばちゃ暴れる獲物に再び食らいつこうとする。 「ヤー、おまえの獲物はこっちですよ!」 モハメドは『怪の遠吠え』を奏でた。水しぶきの音よりよっぽど気になるのか、アヤカシは向きを変えた。じりじりと、モハメドに近付いてくる‥‥そして再び、口を開けた。短くちぎれた舌を、それでも伸ばしてくる。 「ヤッラー、今です!!」 「よっしゃ!」 その口の中に、オラースは焙烙玉を放り込んだ。鉄菱がはじけ飛び、アヤカシがもがいた。 「まだじゃ、まだ生きちょぉる」 「イラーハナー・アクバル、祝福を!!」 八十八彦の舞が、モハメドの歌が後押しする。暴れるアヤカシの動きを止めるべく、オラースはブリザーストームを巻き起こした。 「蛙シャーベットの出来上がり☆」 「だから蛙じゃないって!!」 蛙に似たアヤカシはしぶとい。喰らうつもりだった獲物に次々と逃げられ、それでもしつこく追い回してくる。舌が斬られようが、口が焼けようが、本能の乾きに従って開拓者達を狙う。 「モユラ殿、符を!」 「ええ!」 二人の陰陽師から同時に符が放たれる。 がま蛙の口が裂けた。 二つに分かれたがま蛙の体は実体を失い、そして消えた。 ●その後 「無事に帰すと、葉羽のあねさんに約束しとったのに‥‥」 しゅんとする八十八彦だが、実際圓沙はどこも怪我などしていない。どこに約束を破ったという要素があるのか。 「けど、心配はされそうね」 「そもそも、こんな格好で町を歩くのも、な」 泥だらけなのは圓沙一人ではない。こんな集団がうろうろするわけにもいかず、風呂屋にでも寄って帰ろうという話になった。 「あ、そういえば」 思い出したように、圓沙が言う。 「たしかこの通りだったわ、占い師に会ったの‥‥ていうか、いるわ」 指さす先に、黒ずくめの老婆が座っていた。老婆は圓沙を覚えていたようで、「おお」と声を掛けてきた。 「なんじゃ、その格好は」 「まあ、いろいろね」 「聞いたぜ婆さん、不吉な占いをしたそうだな」 オラースが聞くと、老婆は悪びれず肯定した。 「残念ながら占いははずれだ。こいつはこの通り、生きてるぞ」 「そりゃそうじゃ、お嬢さんがわしの助言に従って気をつけた結果じゃろうて」 老婆はけたけたと笑った。 「運命なんぞ、いくらでも変えられる。お嬢さんが慎重になったから、ほれ、運気も変わったようじゃ」 老婆の手に握られた振り子はゆらゆら揺れていた。それが何を意味するのかはさっぱり分からない。 「口がうまいな、婆さん」 「わしはこれが商売なんでな」 |