狂おしいほど大好き
マスター名:えのそら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/02 17:27



■オープニング本文

「な、なんなんだよ、なんなんだよ一体っ!」
 リンタロウは喚いた。
 彼は、森の中の道を恋人と一緒に歩いていたのだ。腕を組みながら。
 だが、今、リンタロウたちの前方に、森の木々の隙間から現れた三人が、立ちはだかっている。
 その一人、10歳くらいの少女が潤んだ目で訴える。
「おにいちゃん、おにいちゃん。あたし欲しいものがあるの。……おにいちゃんのお手手。だから、切り取って持って帰っても、いいよねっ? いいよねっ?」
 二人目の、ジルベリア風の青いドレスを着た令嬢は、顔をそむけながら、言い訳がましく喋る。
「‥‥べ、べつに、殴りたいから殴るだけなんだからっ。あんたを怪我させて看病したいなんて思ってないんだから、勘違いしないでよねっ」
 最後の一人、母性を感じさせる豊満な肉体の熟女は、悲しげな目をしていた。
「‥‥坊や‥‥可愛い坊や‥‥私の胸の中で眠りなさい‥‥永遠に‥‥」
 彼女らの瞳は正気が感じられず、なにより、体からは強烈な異臭が漂っていた。
 異臭? これは――肉の腐ったにおいだ。
 リンタロウは、目の前の三人が、人間ではない事を悟る。
 状況を理解していない恋人の手を引き、逃げ出そうとしたが‥‥三人のアヤカシは、容赦なく追いかけてくる。リンタロウ達と三人の距離は縮まり――。
 ……この日、二人の命が失われることになる。

 数日後、神楽の都の開拓者ギルド。
 ギルド員が開拓者たちに依頼の説明をしている。
「‥‥とある村からの依頼です。
 村の近くにある森。その森の中の道で、アヤカシが出現、犠牲者も出ているので、退治してほしいとのことです」
 ギルド員は、眉を寄せて続ける。
「ただ、目撃情報によると‥‥このアヤカシは森の木と木の間にでも潜伏しているらしく、普段は人前に姿を見せません。
 けれど、どうやら、『男女が恋人同士のように、いちゃいちゃしている』と、潜伏するのをやめ現れるようです。
 森の中、木と木の間の道なき道で、アヤカシを探し闘うのは、不可能ではないかもしれませんが、大変です。
 なんとかして道の中におびき出した方がいいかもしれません」
 アヤカシは三体。彼女らの特徴についても目撃情報がある。
 一人は、幼い少女の姿。見た目と違って、怪力。のこぎりを振り回す。
 一人はジルベリア風の令嬢。金色の髪を伸ばしたり、硬くしたりすることで、遠距離の相手を攻撃できる。
 最後の一人は、着物姿の熟女。近くにいる者を抱きしめることで、三十秒ほど、魅了したり恐怖させたり、できる。
 森の中の道は、四人がなんとか並んで戦うことならできるだろう。
 
「‥‥なぜ、このようなアヤカシが生まれてしまったのかはわかりませんが‥‥。けれど、開拓者の皆さん、皆の安全の為にも、どうかよろしくお願いします」
 ギルド員は開拓者の一人、「あなた」へ真摯な眼差しを向けた。


■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
白藤(ib2527
22歳・女・弓
一 千草(ib4564
19歳・男・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
悠・フローズヴィトニル(ib5853
13歳・女・泰


■リプレイ本文


 森の中を通る一本道。足元は、むき出しの土。雑草がところどころ生えている。道の両脇には、幹の太い木が幾本も生え、太陽の光を遮っていた。
 その道を、緋炎 龍牙(ia0190)と白藤(ib2527)が、並んで歩いている。
「いやはや、こんな人気のない森だと幽霊というものが拝めそうだね」
 ほがらかな龍牙の言葉に、白藤は体を小さく震わせた。
「こ、怖い事を言わないでください。只でさえ不気味な森なのに‥‥。緋炎さん‥‥と、とりあえず、腕を貸してて貰えると嬉しいです」
 不安げに周囲を見回しながら頼む、白藤。
 二人は、そっと体を近づけ、腕を組む。
 二人の行為は、アヤカシを誘き寄せるための演技。
 
 その二人からやや離れた位置に、悠・フローズヴィトニル(ib5853)と御調 昴(ib5479)が歩いていた。彼らも囮役を務めているのだ。
「昴くん、ここ変なのがでるんだって。怖いね」
 悠はぎこちない口調で言いながら、怯えた表情を作り、昴を見つめる。
「ええっと‥‥大丈夫ですよ。僕がいますから‥‥」
 昴は、悠の手に自分の手を近づける。指先が触れて‥‥昴はすぐに手をひっこめた。顔が赤い。そんな昴の様子を見て、悠も少しく赤面。

 秋桜(ia2482)は、悠や昴以上に心臓を高鳴らせている。喋る口調も早口。
「一様、大変です。御調様の顔が真っ赤‥‥。先程から何度か手を繋ごうとして、その度ためらっている模様。あ、ついに手を繋がれ‥‥」
 秋桜は、一 千草(ib4564)と共に木の枝の上にいた。事があれば囮役を補助するため、ここで囮役達を監視しているのだ。
 千草は狐の半面をつけていた。秋桜の報告へ曖昧に相槌を打ちつつ、地上を監視し続ける。
(――姉さんが、無茶をしなければいいが。‥‥しかし、今の所、あの二組の周囲には異常はないようだ。なら、もう一組の様子は‥‥)
 口の中で呟きながら、視線を移す。

 囮役の最後の一組は、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)とクラウス・サヴィオラ(ib0261)。
 クラウスは、リンスガルトの手を取り、一歩先を歩いていた。
 リンスガルトの体が揺れた。バランスを崩したのだろうか? クラウスは体の向きを変え、リンスガルトの背へ、腕を回し支える。
「この道は少し危ないですよ、お姫様。お怪我はございませんか?」
 リンスガルトは、クラウスを見上げた。囁くような声で応える。
「大丈夫じゃ。‥‥それよりもクラウス‥‥そなたの凛々しきおもて、もっとようみせてたも」
 クラウスは頷き、顔の位置を下げる。二人の顔が近づき‥‥リンスガルトの顔が夕焼け色に染まった。
 がさり。
 道の脇から物音。何者かが、森の枝や草を踏みつつ接近してきている。
 二人は、体を離した。ともに呼子を取り出し、吹き鳴らす。


 道脇から現れたのは、白い着物を着た熟女。青いドレス姿の令嬢。おかっぱ頭の幼女。すべて、腐臭を漂わすアヤカシ。
「おにいちゃん‥‥遊んでぇ? お医者さんごっこ、しよーよー」
 幼女が、あどけなく笑いながら、のこぎりを振り上げた。
「笑止。貴様等はアヤカシ、ならば戯れることなどできぬ。妾たちは貴様等を――討ち果たすのみっ!」
「そうだね。遊んであげられない。歪んだ愛の犠牲になるわけには、いかないんでねっ」
 リンスガルトは盾を掲げ宝剣を構えた。クラウスは両手で「クラァップ」の柄を握る。二人は移動し、敵との距離を詰める。
 リンスガルトは、腕を黙視できぬほど早く動かす。流し斬りで、幼女の胴を切り裂いた。クラウスは、熟女の前に。大剣を振り、渾身の力と共に叩きつける。
 さらに熟女の背中に、手裏剣が突き刺さった。
「人に被害を出すアヤカシなれば、野放しにする訳には参りませぬ。‥‥お覚悟を」
 手裏剣を投じたのは、秋桜。紫の瞳で敵を見据えた。
 彼女の隣には、千草もいる。樹上で状況を観察していた彼らは、早駆にてここに辿りついたのだ。
 令嬢が千草を見た。令嬢の金髪が急速に伸びる。髪は、地面を這い、千草の脚に巻きつこうとする。
「べ、別に、きてくれて嬉しいだなんて思ってないんだからねっ」
「髪まで凄い臭いだ。‥‥それじゃ、男に嫌われる気がする‥‥」
 千草は、横跳びで髪の毛をかわす。着地と同時に、黙苦無にて打剣を放つ。令嬢に命中させた。

 他のアヤカシ二体も、動く。幼女がリンスガルトに斬りかかり、熟女はクラウスに抱きつこうと手を伸ばす。
 リンスガルトはかろうじて、盾で攻撃を弾いた。
 しかし、クラウスは熟女に抱擁されてしまう。女の魔力に抗い切れず、味方に剣の切っ先を向けた。
 このままでは、開拓者が不利なのは、明らか。
 だが、
「アヤカシよ、君達の相手はここにもいる――虎砲」
「皆さん、遅くなってすみません。さっそく加勢しますっ!」
 力強い声。別所で囮役を務めていた四人が、到着したのだ。
 その一人、龍牙は、忍者刀の黒き刀身で地面を強く打つ。衝撃波を生み出した。
 昴も指に錬力を籠め、引き金を引く。
 衝撃波と強弾撃が、熟女の体を打ちのめす。よろめく熟女。
 令嬢が、二人を睨みつける。髪を操り反撃しようとするが――
「女性が強いことはいい事。だけど、人の幸せを壊すのは、赦さない‥‥!」
 白藤が令嬢より早く動く。紫の瞳に力を注ぎ――射る。加速する矢を令嬢の胸に刺す。
 悲鳴をあげる令嬢の側面に、悠が立った。
「言っておくわね。もうこれ以上、あなたの好きにさせない」
 相手の腰へ、蹴りを叩きこむ。只の蹴りにあらず、空気撃。令嬢を前のめりに転ばせた。


 戦闘が続く中で、クラウスは我を取り戻す。
 クラウスは、息を大きく吸い込んだ。
「斬るんじゃない‥‥叩き潰す!」
 気力を籠めたスマッシュ! 熟女の体の前面を切り裂く。生命力を大いに奪う。
 だが、熟女はそれでも倒れなかった。穏やかに笑むと――両腕を広げた。再び開拓者の誰かに抱きつこうと。
「仲間を操らせるわけにはいきません。撃破させてもらいますっ!」
 昴は、体内の気を練り上げる。
 そして、熟女が仲間に近づくより早く、弾丸で額を貫通。熟女は腕を広げた体勢のまま、地面に倒れ――消えた。

 リンスガルトは幼女と対峙し続けていた。
「おにいちゃんは私の物なのに、あなたなんかにデレデレして‥‥許さないっ」
「誰もデレデレなどしておらぬわっ! 妾のような幼子に懸想する騎士がいてたまるか! 総ては貴様等を誘い出す為の芝居よ!」
 幼女ののこぎりは、今度はリンスガルトの脚を斬った。
 リンスガルトは歯を食いしばる。痛みをこらえつつ、剣を振り落とす。幼女の頭に深い傷を刻みつけた。
「今こそ好機――負の想い、断ち切らせていただきます」
「アヤカシは闇の中で、常世に眠ってくれ」
 秋桜と千草は、畳み掛ける。
 幼女の喉に、秋桜の手裏剣が突き刺さり――さらに左胸を、千草の蛇剣が突いた。
「お、おに‥‥ちゃ‥‥ん」
 幼女は息絶える。

 残る敵は令嬢のみ。
 それでも、令嬢は、開拓者の攻撃のいくつかをよけ、その場に立ち続ける。
「べ、別に‥‥あんたを倒したらあの人が手に入るとか思ってないんだからっ」
 令嬢の髪が鞭のように変化し――悠を打とうとする。
 悠は運足の足捌きで、それを避けた。
「恋敵を殺して手に入れる‥‥そんなのは、愛でも何でもないよ。ただの傲慢、自分勝手な自己満足」
 悠は令嬢の顎に、掌の底を打ちこんだ。骨法起承拳! 顎の骨を砕く。
 令嬢は、打たれた場所を抑え、目に苦痛の涙を浮かべながら、なお髪を操る。開拓者を執拗に狙う。
「懸命の反撃だが、動きに無駄が多いな。もう、息切れかい? もうちょっと頑張ってくれると思っていたんだが‥‥残念だ。――眠れ『龍槍』」
 龍牙は令嬢へ、薄く笑いかける。声は、優しげで、けれど冷たい。
 踏み込む。令嬢の腹を渾身の力で、刺し貫いた。
 けれど。なお、令嬢は生きていた。自らに刺さった龍牙の忍者刀を抜こうとしている。
 白藤は、首を左右に振った。弓の弦を引き絞る。矢尻が、僅かな陽光を反射。
「――アヤカシ、きみがアヤカシである限り、たとえ姿が女子供でも容赦はしない」
 全神経を集中し、強射「朔月」を放つ。矢は令嬢を貫通、森の木に突き刺さった。
 令嬢は消える。


「さ、仕事も終わったし‥‥帰ろうか」
 龍牙は、刀を鞘へ収める。仲間を振り返った。何事もなかったのかのように、柔和な笑みを浮かべながら。

 しばらくして、開拓者たちは、森の近くの村を訪れていた。依頼人である村人達に報告をすませ、今は村の宿屋の食堂で、休憩している。
「囮役は、ちょっと楽しかったわね‥‥ありがとう、昴くん」
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました。僕は役者不足で‥‥」
 悠は、共に囮役を務めた昴に、微笑みかけた。
 昴は恐縮しきった顔で、言葉を返す。頭を深く下げ返礼。彼の様子を見て、悠は口元に手を当てる。くすりと笑う。
 リンスガルトも、囮役をしていたことを思い出しているのだろうか? クラウスの方を見ないようにしているようだ。頬はほんのり朱色。
「妾は剣の素振りでもするとしよう‥‥うむっ」
 立ち上がる。剣を持って、食堂の隅へ歩いていく。

 一方、千草は、今は狐の半面を外している。実姉の白藤に話しかけていた。
「姉さん、お疲れ‥‥。でも、幽霊出なくて良かったな‥‥?」
 僅かに目を細める千草。
 余計な事を言わないで、と白藤は千草を睨んだ。数秒して、白藤はため息をつく。
「‥‥でも‥‥村の人に聞いてみたけれど、誰もあのアヤカシの由来を知らなかったわね。なぜ、あんな風に恋人ばかり――やっぱり、人の幸せは妬ましかったのかなぁ」
 白藤の言葉をきき、秋桜は顎に指を当て、思案顔で言葉を紡ぐ。
「ほんに何故、あのようなアヤカシが生まれたのか‥‥妬みや恨み、負の感情から生まれた者なのでしょうかね‥‥」
 秋桜は戦場だった森の方向に、視線を向けた。
 秋桜と同じ方向を、クラウスも見る。数秒考えてから
「あるいは、彼女らはアヤカシに憑かれ、食われた者の慣れの果てだったのか? それとも‥‥。
 けど、いずれにしてもあの道は安心して通れるものになりそうだね」
 と、口にする。
 開拓者の多くが頷く。通行人やこの村の安全を守れてよかったと、皆で依頼の成功を喜びあうのだった。