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■オープニング本文 武天は此隅にある寺子屋。 12歳までの子供達が通う寺子屋。この寺子屋の教室の中はにわかに騒がしかった。 男子生徒らと女子生徒らが言い争っているのだ。 「肉、肉、肉、肉うっ。野菜なんてまずいんだようっ! 苦いしっ」 と男子が喚き、 「肉はだめよおっ、牛さんや豚さんがかわいそうじゃないのっ! お野菜にしましょうよっ」 女子が反論する。 「はっ、肉を食わねえから、不細工になるんだよっ」 「なぁんですって!? あんたこそ、肉ばあっかり食べてるから、野蛮なのよおっ」 この寺子屋では、もうすぐお食事会が行われる。 生徒同士の親睦を深めるのが主目的だ。 お食事会の献立は、教師が決めることになっている。が、教師が生徒の意見を聞いてみたところ、男子と女子とで意見が食い違った。 野菜は嫌いだから、肉を食べたい、と男子らはごねる。 動物好きが多い女子らは、動物を殺すのはかわいそう、と感情的になる。 男子と女子、両者の話し合いは平行線のまま、やがて罵りあいに発展した。 「ばかばかばかばか、女子のばーか」 「馬鹿って言う方が馬鹿なんです。ばーか!」 終わりそうにない罵りあいを見ながら、寺子屋の教師――25歳女性は、頭を抱えたのだった。 そして、数日後。開拓者ギルドを、寺子屋の女教師は訪れていた。 「‥‥というわけで、今、うちの塾では男の子たちと女の子たちとの間で、険悪な雰囲気が漂ってまして‥‥」 女教師は、寺子屋に起こった問題について受付に説明していた。 最終的に食事会の献立を決めるのは、女教師だ。 「ですが、今のままですと、肉を出しても、野菜を出しても、生徒達全員が楽しめなさそう。 そこで、皆さんのお知恵を借りることにしました。 お食事会で出す料理の献立を考えてほしいんです。男の子も女の子も、楽しめるように」 考えるだけではなく、当日の調理などのお手伝いもしてくれるとなお嬉しいとのこと。 「それと……男子は野菜が食べれるよう、女子は肉が食べれるよう、説得して欲しいんですね。 偏った食事は、よくありませんから」 野菜や肉を食べるよう働きかけるのは、食事会の前でも終わってからでも、どちらでもよいとのことだ。 「子供たちが楽しめるよう……どうかよろしくお願いしますっ」 女教師は頭を深く下げたのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
介(ia6202)
36歳・男・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ
ラティーシャ ブロン(ib6744)
20歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●準備しよう! 背の低い草や小石が、陽光を受け輝いている。今日は晴れ。ほとんど雲の無い青空。 八人の開拓者は塾の子供達や女教師を連れ、此隅の一角にある空き地に来ていた。 今はそこで、食事会の準備をしている。準備と子供の説得、どちらを先にするか――相談した結果、準備が先になったのだ。 剣桜花(ia1851)と雲母(ia6295)の二人は、石で作った調理台の前にいる。 「玉ねぎの切り方はこうでいいですか?」 「ああ、おーか。それでいい。切ったあと、少し水にさらして貰えるか? 辛みがとれるからな」 煙管を咥えたまま、左手に持つ包丁の背で、肉の筋をきる雲母。桜花は雲母に相談しつつ、手際良く野菜に下拵えを施していく。 二人の元に、プレシア・ベルティーニ(ib3541)がやってきた。野菜の入ったざるを台の上に置く。 「お野菜洗ってきたよ〜♪ バーベキュー、楽しみなんだよ〜」 食材を見つめながら、尻尾を揺らすプレシア。二人は手を止め、微笑みあう。 開拓者らが子供たちに提供しようとしているのは、ジルベリア風にいえばバーベキュー。石で造ったかまどに網を敷き、そのうえで肉や野菜を焼こうというのだ。 石かまどの設営を担当しているのは、コトハ(ib6081)と風雅 哲心(ia0135)、介(ia6202)。 「コトハ、石の並べ方はこれでいいか?」 「手前の石をもう少し、左に――はい、ありがとうございます。あと、三基ほど必要ですね。では、この石を――」 無駄のない動きで石を並べていく、哲心。彼の問いに答えたのはコトハ。コトハは答える間も自分の手を止めず、着実に作業を進めていく。 介も石の運搬を行っていたが、子供たちに声をかける。 「餓鬼共、働かざる者食うべからずだ。手伝いたまえ。調理台の方に――何? 料理したことがない? なら今日、覚えれば良いだけだな」 手伝いたくないとごねた子供の反論を、介は正論で一蹴。 子供たちはしぶしぶ、調理台に向かう。 ラティーシャ ブロン(ib6744)は仲間と共に、肉や野菜の下拵えをしていた。 「あら、手伝ってくれるの? ありがとう」 手伝いに来た子供をみて、顔をほころばすラティーシャ。 「なら、きみは、お野菜を切ってくれるかしら? そうそう、野菜を抑える手は、猫みたいに丸めてね? そっちのきみは、こっちのお肉を‥‥」 子供たちが怪我をしないよう、十分な注意を払いつつ、子供たちに料理の基礎を教えていく。今日、食事を作ることが、子供たちの良い体験になればいい、と願いながら。 からす(ia6525)は、既に出来上がった石のかまどに、寸胴鍋を置き、何かを煮ていた。鍋と蓋の隙間から、湯気と甘い匂いが漏れている。 そこに、子供の一人が、近づいてきた。子供は興味深そうに鍋を見つめる。 「どうかしたかな? 何を作っているかって? さて――。出来てからのお楽しみ」 肩をすくめはぐらかす、からす。ずるーい、子供は頬を膨らませながらも、目に期待の色を浮かべるのだった。 ●伝われ、この想い! 肉と野菜の下拵えは完了した。かまどの用意も整っている。 後は火をつけ網に材料を載せれば食べられる。 けれど、男子は野菜を見て顔をしかめているし、女子は肉から顔をそらしている。 そんな子供たちに、コトハが語りかける。 「みんな。食事の前にする『いただきます』。これってどんな意味があるか分かる?」 仲間に対する時と違い、柔らかい物腰で子らを安心させる。 一人の女子が手をあげ、答える。「料理した母さんへのお礼でしょ」と。 「正解ね。でも、もう一つとっても大切な意味があるの」 コトハはそこで、視線を仲間に移した。彼女の言葉を、からすが引き継ぐ。 「その意味を語る前に、肉を作る人の話をしよう。彼らは動物を可愛がって育てている。けれど、彼らも肉を食べる。なぜか?」 普段通りの微笑に、真剣さを籠めて。 「それは肉がヒトの体を作る大切な食物だから。野菜だけでは体を動かせないから。『彼ら動物がいるから、私達が生きていける』、感謝を込め、食べる。 ――だから『いただきます』なんだ」 「そう、彼女の言う通り、私達の命は他の生き物の命の上に成り立ってるの。 ――いただきますというのは『命を頂く』ということ、他の生き物への感謝の言葉なの」 私達の為に食料になってくれた生き物に感謝しましょう、とコトハは話を締めくくった。 からすとコトハが語った『いただきます』の意味に、子供たちは黙る。二人の言葉を、真剣に受け止めよう、考えようとしているのだ。 「野菜も生き物でしょう?」 桜花は調理する前の野菜を皆の前に並べた。姉が妹を諭すような口調で言う。 「人間は生き物を食べないと生きていけない生き物。それは業が深い、けれど仕方ないこと。 だからせめて、有り難うございましたと感謝して食べることが、大事だと、お姉さんは思うんだ」 ラティーシャは屈む。地面にふわふわの尾の先がついた。ラティーシャは、子供らに視線の高さを合わせる。 「食べ物は、多くの人が汗を流してできたもの。そうして出来た野菜や動物の命を頂いて、私達は生きてる」 紫の瞳に悲しみの色を混ぜ、続けた。 「それなのに、あなた達は食べ物のことで喧嘩しているわね。あなた達の命の糧になってくれる野菜や動物が喧嘩を見たら、どう思うかしら‥‥?」 対照的にプレシアの声は、はつらつ。 「誰だって自分が食べられるのはヤだよね〜。でもね〜、食べてあげて、命を受け継いであげないと、その子が生きていた事が、どこにも残らなくなっちゃうんだよ〜」 子供達は用意された野菜や肉を見る。その目は――いままでと少し変わっていた。 「既に食肉となったものは、俺たちが食べずとも、誰かが食べる――それは分かるな?」 淡々と告げたのは、介。 「その者は、何の感謝もなく、貪り食うかも知れん。なら――俺達が感謝して食べてやった方がいいだろう?」 ごく微か唇の端を釣り上げてみせた。 ●野菜を食べないと起こる、それはそれは怖いこと 男子たちはまだ、不機嫌そうだ。 「でもよ、野菜はまずいだろ‥‥なんでわざわざ‥‥」 「野菜はぜんぶ美味しくな〜い? じゃあね〜、西瓜や苺は好き〜?」 ごねる子供の目を、プレシアは覗き込む。 「実はね〜、西瓜も苺もホントは野菜なんだよ〜。野菜は美味しいよね〜? だから、もう大丈夫だね☆」 男子たちはぽかーん、とした顔になる。西瓜は果物だろ? あれれ? でも畑になるよな? 果物は木になるんだっけ? プレシアの言葉の魔法に、子供たちは混乱し、ざわめく。 そのざわめきが収まった頃合いを見て、桜花が発言。 「野菜を食べないと‥‥うんち出なくなりますよ? お肉しか食べないと、厠でうんうん唸るはめになるけど、それは嫌だよね?」 桜花から放たれた台詞に、子供は凍りつく。予想外だったらしい。何人かが顔を青くする。 「それに、太るぞ」 ぼそ、介がいう。やや太り気味の少年が体をぐはぁ――とのけぞらせた。 「まあ、俺たちみたいないい大人になるには、野菜も肉もしっかり食べないとってことだな。男なら、嫌いなもんなんてない、と胸を張って言えるようにならんと」 のけぞったり青くなったりしている子らに、哲心はやや苦笑気味。不意に、哲心は声を低くする。 「野菜を嫌いだと言ってると、野菜の形したアヤカシがでるぞ」 以前遭遇した野菜型アヤカシの事を語る。数人が、震えだす。小さな子供が目に涙を溜めて、ボクやさいたべるー、と。 その子供たちの鼻が、ひくひく、動いた。 雲母は、かまどの一つに炭火を起こしていた。ネギと肉を串にさし、タレを塗った物を炙っている。 その、ネギとタレの香ばしい匂いが、子供たちの鼻に届いたのだ。 雲母は、言葉ではなく、料理の工夫で、子供たちの食欲を促そうとしている。 匂いを嗅いだ男子や女子、数人のお腹から、きゅう〜。愛くるしい音。 食べてもいい? 食べたいよ、と、開拓者たちに瞳で訴えてくる子供たち。 雲母は目を、少し細めた。 ●さあ、食べようっ 子供たちはもう、野菜が食べたくないとか肉は駄目とか、言わない。開拓者たちの説得の成果だ。 ラティーシャが 「さぁ‥‥今日は食べることの意味を考えて、有難く、そして美味しく頂きましょう?」 笑顔で言うと、子供たちは頷く。そして 「「「頂きまぁあすっ!!」」」 力強く挨拶。 「ほら、このかまどにも火をつけたぞ。網も熱くなった。焼き始めるといい」 介が火種で火をつけていう。 彼の指示に従い、子供たちが肉や野菜を載せ始めた。 女子の一人は「頂きます」もう一度口にしてから、肉の串に手を伸ばす。 男子の何人かは野菜をみてまだ、嫌そうな顔をしている。 頭では野菜も食べるべき、と理解している。でも――嫌いな野菜がそのままの形。抵抗があるようだ。 「よぉ〜し、そんなに食べないんだったら〜〜、ボクがふるもっきゅするからね〜☆」 プレシアは、串の一つを掴む。刺さっていた野菜をぜんぶ口の中に。 もきゅもきゅ、と咀嚼。ごっくん、と飲みくだす。そして、さらに次の串へ。怒涛の食べっぷり。 「ずるい、俺も食べるっ」 男子の一人が、思わず、かぼちゃの串を取って食べ始めた。 「そっちの少年もプレシアも良く食べた。えらいぞ」 雲母は男子の頭を撫で、それからプレシアの頭を撫でる。 雲母がプレシアの頭を撫でたのに気付いて 「プレシアちゃん、かわいいですよねー」 と桜花もやってきた。一緒になってプレシアの頭や耳を、撫でさすったり。 「ほら、おーか。おーかにも食べさせてやる。『あーん』だ」 雲母が串を掴み、桜花の前までもっていく。 桜花は口を開く。食べさせてもらいつつ、えへへ〜と幸せそうな声をあげる。愛する旦那へ体を寄せた。 プレシアもあむあむっ、もきゅもきゅっ、大量の牛肉を頬張り、心の底から嬉しそう。 雲母と桜花とプレシア、仲睦まじく食事をしていく‥‥。 別の場所でも、少年が野菜を見て顔をしかめていた。 「少年も野菜が嫌いか? なら、これを食ってみろ」 哲心は、少年にトウモロコシを勧める。甘くて香ばしい味に、少年は「うまい」と声を出す。 野菜は種類や調理法によっては甘くなると、哲心は説明する。 「それから、肉の表面はしっかり焼くことだ。タレよりも塩胡椒で食うのがうまいと、俺は思うぞ」 などと、哲心は子供たちに料理や食べ方を助言していく。 おにーちゃん料理詳しいねー、女子の一人が尊敬の目で見てくる。 他の開拓者にも、子供たちは話しかけていた。 「おにーちゃんは好き嫌いはないの?」 「俺は美味ければ、何でも喰うさ。‥‥不味いのは何でも食いたくはないがな」 話しかけてきた子供に、介は気だるげに答える。串に刺さった鶏肉をおもむろに、口の中に入れ、噛む。 その傍で、別の子供が串を食べようとしてタレで頬を汚していた。 ラティーシャが子供の様子に気づく。「あらあら」といいながら、ラティーシャは清潔な布で、少年の顔を拭いてあげた。 まだ夏ではないとはいえ、快晴。かまどを囲む子供たちは、額に汗を浮かべだす。 からすは子供たちの前に、陶器の椀を置いた。中には赤い汁物。 それは、トマトと酢で作った冷製スープ。 爽やかな酸味と甘みに、子供たちは一息ついた。 「気に入ってくれたなら何より。ああ、後で、デザートに焼きリンゴとクッキーをだすからね」 からすのことばに、女子たちが歓声をあげた。 からすは子供たちを見ながら(今日の事をきっかけに食べ物の元にある命に気づいてくれればいいな)と声に出さず呟いた。 デザートを楽しみにしている子供たちもいるが、とはいえ、まだまだ肉や野菜も食べたいようだ。 そんな子供たちの前に、コトハが大皿を持ってくる。 「はい、お肉と野菜の追加よ。どうぞ。いっぱい、食べてね?」 「コトハお姉ちゃん先生も一緒にたべようよーっ。ほら、この肉もナスも、もう焼けてるよーっ!」 子供たちは肉の載ったとり皿をコトハに渡してくる。 『お姉ちゃん先生』というのは、子供なりの敬意と親しみの表し方。 コトハを見る子供たちの目は、きらきらと輝いていた。 子供たちは今は、顔を肉汁やタレで汚しながら、一生懸命、肉や野菜やスープを食べ続けている。 食べ終われば、きっと『ご馳走様』と『有り難うございました』を言うだろう。――開拓者達と、食物になった命に向かって。 |