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■オープニング本文 神楽の都にある寺子屋。その教室。 今は昼休み。品のいい着物を着た子供たちが、会話をしている。 「今日は、どこのお店、食べに行くー?」 「近くなら『トキタヤ』だけど‥‥」 「えー。つまんなくない?」 「あそこのおばさん、いい人そうだけど‥‥。でも、ぱっとしないんだよね」 「それよりさ、少し歩いたところで甘味屋が新しく‥‥」 子供たちは和気あいあいと相談を続けるが、それきり『トキタヤ』の話題が出ることはなかった。 時と場所が変わってギルド内。香ばしいにおいが漂っていた。 受付嬢の前に立っているのは、皿を手にした女。年のころは三十といったところか。エプロンを身につけている。 女は皿を受付嬢につきだす。皿の上には、箸と鮎の塩焼きが載っている。 「私は、定食屋『トキタヤ』の主人で料理人、ミズっていうの。これは、店の目玉商品。まずは、自己紹介代わりに食べて頂戴。少し冷めてて悪いけどねっ」 と、笑顔で言う。 受付嬢はしばらく困った顔をしていた。が、やがて箸を受け取り、魚に口にする。 「美味しい」 と一言。ミズは、得意げに胸を張る。 「でしょ! 素材はいいものを仕入れたし、焼き加減も、塩の振り方も、全部自信があるの! 他にも、野菜の煮つけでしょ、お味噌汁でしょ‥‥うちの店の料理は全部美味しいんだからっ。 で、頼みたいのは、その店のこと」 ミズは本題に入る。顔を若干曇らせた。 「あのね、うちの店のお客は、皆おじさんばっかりで‥‥」 トキタヤに来るのは、ほとんど独り暮らしの大人の男性。付近には若者もそこそこ住んでいるし、近くに寺子屋などもある。なのに、若者たちは昼休みにも夕方にも、休日にも、寄り付かない。 「おじさんたちが、私の料理を楽しんでくれるのは嬉しいんだけど‥‥やっぱり、若い子にも楽しんでほしいし、栄養をつけてほしくて、さ」 憂い顔を笑顔に変える。身を乗り出して、受付嬢へ告げた。 「それでね、若い子がうちの店にくるために、何かしてほしいのよ。 たとえば、新しい料理を、作ったり、提案したり。これは、あんまり高価ではなくて、私に作れるものが条件。 たとえば、客寄せ。チラシを配ったり、店先で声をかけたり、かな? 他にもいい考えがあれば、やってほしい。 必要なら、私だって、もう一人いる従業員だって、全力で働く。お金は、大金はないけど、それでも必要ならある程度出すしね。 期間は一週間。それで、できるだけのことをしてほしいの。じゃあ、お願いね?」 ミズは顔の前で手を合わせ、片目をつむる。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
ベート・フロスト(ib0032)
20歳・男・騎
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
ティエル・ウェンライト(ib0499)
16歳・女・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
橘(ib3121)
20歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●調査と打ち合わせ 太陽が真上から、昼の街中を照らしていた。 からす(ia6525)と无(ib1198)は、一人の少女と話をしている。情報収集の為だ。 眼鏡を外した无が、相槌を打つ。 「へぇ、そうなんだ。‥‥それで、トキタヤについてなんだけど」 「トキタヤ? フツーの物ばっかりのお店よね。従業員のお姉さん? おばさんじゃなくて? いた? 私は、トキタヤよりこの近くの甘味屋が‥‥他の子たちにもすごい人気で……」 无の話術に誘導され、少女の舌は滑らか。 やがて、話し終えた少女に、からすは微笑を浮かべ、 「大変参考になった。ありがとう。これは食べてくれ」 と礼を言う。栄堂の小豆桜餅を手渡した。少女は喜んだ様子で受け取る。 少女の話に出た、甘味屋。そこに、橘(ib3121)とベート・フロスト(ib0032)が客として訪れていた。 「甘味を食べながら年頃のお嬢さんを眺めていると、若返る気が‥‥、もとい、この最中、中の餡が緑色ですね。他の品も、見た目に凝っているようです‥‥」 「持ち帰れる品も多い‥‥携帯できる食べ物は、重宝されるようだな。‥‥もう一つのポイントは店員か。礼儀正しく親しみやすい接客、清潔感‥‥」 目立たぬように会話する二人。味や雰囲気を楽しむだけではなく、仲間に報告する為、観察し分析している。 同じ頃、トキタヤの店内。今日のトキタヤは、十日に一度の定休日。 開拓者のうち四人とミズと従業員は、調査に出た仲間達を待ちつつ、今後の方針を相談していた。 胡蝶(ia1199)が、冷めた口調を作りつつ、意見を述べる。 「立場も年齢も違う大人と子供の相席は、互いに遠慮ができそう。だから、店内は大人向けのまま、店頭でのお弁当販売で子供向けを狙ったらどう?」 明王院 未楡(ib0349)は、前からの常連を大事にしなくては、と首肯する。 「お弁当の他に‥‥常連さんが来ない時間帯、夕刻などにおやつを食べに来てもらうのもよいかもしれません」 と、言い添えた。 ティエル・ウェンライト(ib0499)が手をあげる。 「おやつ、賛成です! おやつなら、甘いものを出すべきですよね! ――あ、いえ、あわよくば私が試食したいとか、そんなことはっ!」 元気いっぱいに、進言したり言い訳したり。 「面白い子だねぇ。‥‥でも、皆の言うことは、確かにその通りかもねぇ」 ミズは、ティエルの様子にくすりと笑ってから、弁当販売や昼過ぎにおやつを売ることに同意した。 具体的に何を作るかは、調査組が戻ってからにしようと、皆で話し合う。 ニノン・サジュマン(ia9578)は、店内を見回し、告げた。 「他に改良点を挙げると、いくつかの椅子や机が傷んでおる。補修したり、取り換えるべきじゃの。壁も年季が入っておる。簾で目隠しして、涼しさを演出するのは如何かの?」 ニノンの指摘に、ミズは頷く。 皆で椅子や机を一つ一つ点検することになった。ミズと開拓者たちは、傷ついたもののどれを補修するか、どれを買い換えるか、簾はどんなものを買うかを検討していく。 ●試食会と準備 点検が一段落した頃、調査組が帰ってきた。 「トキタヤは地味な印象を持たれている。料理も従業員も」「特に女子は甘いもの好き」「見た目がよいものが、売れ筋。持ち運べるものも、重宝されている」‥‥。 これらの報告を聞き、ミズは腕を組んだ。 従業員は、足元を見る。 「私って、印象が薄いんですね‥‥」 と、自虐的に笑う。ベートは彼女の肩に優しく触れた。 「そんな顔をしてはいけない。女性はいつでも華やかにあるべきだ。その方が、皆も自分も嬉しいだろう?」 ベートは化粧道具を取り出して、従業員に見せる。彼女が望むなら、印象を変える方法を教えようと。従業員は、しばらく黙った後、小さく頷いた。 彼が従業員に化粧や髪の結い方を教えている間、開拓者の七人は、ミズとともに厨房へ。そこで調査結果も考慮に入れた、新しい料理を試作し、完成させていた。 「ミズ殿の得意は魚。そこで、店頭に販売するものにも、ミズ殿の得意を活かし、かつ子供に喜ばれるものを考えてみた」 「あ、これ、私も手伝ったんですよ! 魚の身をすり鉢ですったりとか」 そう言って、ニノンとティエルが皆に差し出した皿には、串に刺さった団子。団子は、いわしのつみれに衣をつけ、揚げたもの。 外はかりっ、中はふんわり。串に刺さっているので食べやすい。食べ歩きもできる。 それを見、胡蝶は頷く。 「すり身にして骨を気にならなくしたのは、悪くないと思う。私も天儀の料理で、魚の骨だけは慣れないもの。子供は魚の骨が嫌い。だから、私も‥‥」 胡蝶は釜から飯を茶碗へよそう。魚の品のいい香りが漂いだす。薄く味付けした米に、鮎の身をほぐし入れた、鮎めし。弁当用に考案された品。 「ボクのも焼き魚を少し変えたものです。子供達は、新しいものが好きそうでしたから」 无が作ったのは、ジルべリア風のムニエル。切り身の両面に小麦粉をつけ焼いたもの。狐色の表面が食欲をそそる。 未楡も自作の料理を勧める。 「私は野菜の取れるもので、子供が楽しんで食べられるようにと、これを。皆さんもどうぞ?」 ソースの焦げた匂い。小麦粉と卵、千切りキャベツを入れて焼いた――お好み焼きだ。 「ミズ殿には甘味の作り方も、憶えてもらいたい。この季節だ。涼しげな甘味は、格別だろうから」 からすが出した器には、盛り付けされた餡蜜。甘く煮た小豆と白玉団子、四角い寒天。それらが、砂糖水を煮詰めた透明な汁の中。匙が入れば寒天が、ぷるん、と揺れた。 「俺のは、皆さんに比べて、簡単ですけど‥‥箸を使わず、手軽にご飯とおかずが一緒に食べられるかな、と」 橘は三角形のオニギリを、皆に見せる。具は二種類。ほぐした焼き魚と、ミズが漬けた梅干し。米の表面に軽く塩味。 皆が作った料理を、八人とミズは試食し、舌包みを打ちあう。 そして、決めた。これらの料理を弁当やおやつとして、店頭・店内で売り出すと。 ただし、販売開始は三日後。そのときまでトキタヤを通常営業しつつ、ミズと開拓者で、新商品を売り出せるよう準備をするのだ。 翌日の朝。无と橘は、仲間から頼まれたものを仕入れるため、青果の問屋を訪れていた。 (売り手、買い手、世間の三方よしのためには、いい調達をねっと) 声に出さずに无が呟く。真剣な眼を商品に向けて。 (確か、昨日のあの店の値が‥‥。ですから仕入れ値は‥‥) 橘は、昨日入った店の値を思い出しつつ、商品の値が適正かを考察する。 二人は店を複数回り、安い、かつ良い品を探していく。 ティエルは寺子屋に通う子供に、チラシを配っていた。 ビラには『とてもおいしい新生トキタヤ!』と大きな字。その字の下ではお弁当など新商品が近日中にでる、と説明文。 昨日あんみつを食べたからか、ティエルは普段以上に、元気良く手際良く配り続ける。ビラを見た子供が何人か、へぇー、と声を出す。興味を持って貰えたようだ。 開店前のトキタヤで、従業員が笑顔を作り『いらっしゃいませ!』を繰り返していた。 従業員は薄く化粧を施され、髪は高く結ってお団子。印象が地味から、落ち着いた感じに。彼女は接客の練習中。彼女を指導しているのはニノン。 「まだ、声が小さいのう。――よいか、寺子屋の子らから見ればそなたは『お姉さん』なのじゃ。自分の弟妹じゃと思い、臆せず接するがよい」 ニノンの自信に満ちた言が、従業員を一層練習に集中させる。 いつも通りの営業が始まり、そして終わった。内装や従業員の変化は、従来の常連にも好意的に受け取られたようだ。 閉店後の店内。 開拓者は新商品をより良くすべく、努力を重ねていた。未楡は、昨日作ったお好み焼きに工夫を加えている。 「薄めに焼いて、くるくる巻いて、シソや柏の葉で持ち手を作れば、持ち歩きながら、食べられますわ」 説明し、実演する未楡。その手際に、皆が感心する。 その隣では、からすとニノンが、甘味のメニューについて話し合っていた。 「餡蜜に入れる餡は甘さ控えめのものに変え、さくらんぼの甘露煮を乗せては如何か? ヘルシーじゃろ? あと、寒天はハート形のものを少量混ぜると楽しみが増えると思うのじゃ」 「いい考えだ、ニノン殿。その案を取り入れ、もう一度作ってみよう。後、お弁当を売り出すなら、三色団子も一緒に‥‥」 互いに意見を出し、試作を重ねる。 店の二階は、ミズの住居になっている。その一室。ベートは手に針を持っていた。従業員用の服を作っているのだ。生地は、昔ミズが購入したという物を貰った。 その部屋に、胡蝶が入る。手には杯。いつもの表情を崩さず言葉をかけた。 「さくらんぼを買いこんできて貰ったから、こんなのを作ったわ? ‥‥味見をしてくれる? 忙しいなら、後でいいけど」 ベートは手を止め、胡蝶から杯を受け取り、口に。爽やかな酸味。それは、砂糖とさくらんぼを煮詰めたチェリージュース。 「――ありがとう。作業が進みそうだ」 ベートは胡蝶へ、深く頭を下げる。 ●決戦の時 そして、新商品発売の日がやってきた。 朝。ベートは従業員の前に立つ。従業員の装いは、青い、泰国風の半袖シャツにハーフパンツ、腰から下にはハーフエプロン。ベートが拵えた物。 「動きやすく、見た目は少し華やかに――を心がけた。あとは、あんたの努力だな」 着こなしや、化粧や髪を確認した後、問題なしと、親指を立てる。 他のものは、材料の下拵えの真っ最中。 胡蝶と橘は、弁当のおかず等を担当。 「胡蝶さん、釜の火加減、こんなものでいいですか? あ、あと、人参の皮むきも終わりました」 「ええ、火加減も人参も問題ないわ。――橘、本番はもうすぐ。お互い、気を抜かずに行きましょうね」 二人は視線を交わし、頷き合った。煮物にする人参を、花や動物の形に切り抜いていく。 「いらっしゃいいらっしゃーい、新生トキタヤですよー! 美味しくて栄養満点のお弁当ー! 甘くて冷たい飲み物もありますよーっ」 昼になり、ティエルが店前で呼び込みを開始。はりのある声に、十代前半の少女二人が足を止める。 「「いらっしゃいませー」」 売り子をしているのは、従業員とからす。からすは少女らと談笑。試しに中を見てほしい、と弁当の蓋を持ち上げた。 「わぁ!」 少女の歓声。箱の中は、鮎めし、鮭のムニエル‥‥。花形の人参や、さくらんぼで彩りも鮮やかに。 弁当の他にも品ぞろえは豊富。お好み焼きのくるくる巻きや、つみれ揚げの団子に、三色団子、オニギリ‥‥。少女二人は高い声で、どれを買おうか相談し合う。 さらに別の少年がやってきた。チラシを見てきたらしい。 夕刻にも、客はくる。寺子屋帰りの生徒が主。昼間の客も何人か。 女子達は、あんみつに夢中。餡子とシロップの優しい味にうっとり。 女子の一人が、おもしろーいとはしゃぐ。四角の寒天の中に、ニノン発案の、ハート形の寒天が混じってるのを見つけたのだ。 男子に人気なのは、お好み焼き。ボリュームのあるそれを、がぶりと、食べている。 彼らには、おまけとして煮物の入った小鉢が、出された。煮物もいける! と少年の声。 その声は厨房で調理している未楡たちまで届いた。 「美味しく食べていますわ、ミズさんの煮物。これをきっかけに、子供達の『おふくろの味』になるといいですね」 未楡は単衣にエプロン姿。柔らかな口ぶりでミズに告げる。 店頭では、つみれ揚げ団子が売れている。厨房に立つ者たちは、作業に一層熱を込めた。 開拓者たちは大忙しで動き回る。そして時間が、日が、あっとういう間にすぎていく。 新商品は子供たちに概ね好評。若い客は確実に増えた。毎日来る子もいる。従来の客も、オニギリ等が店頭販売されたこと等、喜んでいるようだ。 開拓者が来て一週間後。夜。今は暖簾を下ろし、店内ではお疲れ様会が行われていた。 「今まで私たちが提案したことを紙に記しておきました。図書館で調べた料理も書き留めましたので、ご参考に」 「何から何までありがとう」 紙を数枚渡す无。その无にミズは頭を下げた。 无にだけではない。ミズは開拓者の一人一人に、従業員と一緒に深々と礼をする。 「皆、本当ありがとうねぇ」 皆に飲み物が入った杯を配る。 「トキタヤと皆の開拓者稼業の、両方の成功を願って――乾杯っ」 「「「乾杯!」」」 ミズの音頭と共に、皆は杯を打ち合わせた。 トキタヤの今後は、ミズ達次第。開拓者の数人はそれぞれの言葉で、あるいは表情で、眼差しで、ミズ達を励ますのだった。 |