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■オープニング本文 ● 武天にある一つの村。 その村の広場の奥には、土蔵があった。 土蔵の中。薄暗く埃っぽい空間に少年と少女がいた。 少年――七歳のタツヤが自分の傍らにいる妹を励ます。 「大丈夫――。じきに誰かが助けにきてくれるさ」 震える妹の背中をそっと撫でてやる。 「大丈夫、大丈夫、大丈夫‥‥」 タツヤは何度も繰り返した。 少し前に、村をアヤカシたちが襲った。黒い肌の鬼に率いられたアヤカシたちは、村人たちを追いまわした。 タツヤ達兄妹も追われ、何とか土蔵の中に駆け込んだのだ。 扉は内側からかんぬきをかけてある。 「グゲヘヘヘヘヘ!!」 扉の外からは鬼の笑い声が聞こえた。鬼は、扉を叩いてくる。扉が壊れない、けれど、大きく震えるほどの強さで。 ドン。ドン。ドドン。 扉が叩かれるたびに、妹は震える。目に涙を溜めている。 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」 繰り返しながら、タツヤは妹の体を抱きしめた。自分も泣きたいのを必死でこらえながら。 ● 場所が変わって、開拓者ギルド。一人の農夫がギルドへ大慌てで入ってくる。 「助けてくれ‥‥っ。おらの村が‥‥それに村の子供が!」 農夫は事情を説明し始めた。 農夫はとある村の村長。 彼の村にアヤカシたちが襲来した。 村人たちのほとんどは、安全な場所まで逃げのびることができた。 だが、農夫は村人の一人から『村の子供二人が、村の広場にある土蔵に駆け込むのを見た』と聞いたのだ。 その村人によれば、アヤカシたちは、子供が逃げ込んだ土蔵に近づき、扉を手加減したような力で叩いていたという。 「アヤカシは子供を怖がらせてから――それから殺すつもりかもしれねえ。どうか――急いで村へ行ってくれ!」 広場は村の奥にある。円形の空間。村の居住区に続く入口以外は、森の木々に囲まれている。入口以外からの出入りは、開拓者アヤカシ共に難しいだろう。 また、村人たちの証言によると、アヤカシは五体。四体が、獰猛な猪の姿。 一体が鬼の姿。鬼は刀を持ち、また、気の塊らしきものを口から遠距離に吐き出したという。猪は、鬼の指示を受けたかのように動いていたらしい。 説明を終えると、農夫は叫んだ。 「両親もとても心配している。だから、子供達の命を、どうか!」 |
■参加者一覧
氷(ia1083)
29歳・男・陰
天水・夜一郎(ia2267)
14歳・男・志
天水・紗夜(ia2276)
18歳・女・巫
狼(ia4961)
26歳・男・泰
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
フレデリカ(ib2105)
14歳・女・陰
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
久木 満(ib3486)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●走る 強い日差しが、村の中へと降り注いでいた。 その村の小道を、開拓者たちは走っている。人気のない民家を通り過ぎ、広場を目指す。 「それにしても、アヤカシのやり方は、いつも趣味が悪いわね‥‥」 「確かにそうだな。‥‥でもまぁ、今回のアヤカシは遊んでいたことを後悔するんだろうなぁ、最期に」 ギルドで聞いた情報を思い出したのだろう、西光寺 百合(ib2997)が顔をしかめた。氷(ia1083)は苦笑いを浮かべつつ、百合の言葉に頷いている。 「アヤカシにとっては実益を兼ねているのかもしれないけれど、こっちにとっては迷惑な話だから――さっさと潰させて貰おう」 中性的で落ち着いた声は、フレデリカ(ib2105)の声。 不意に、前方――広場の方向から、 「ギャハハハハハッ!!」 人ならざる者の笑い声が聞こえた。地面を踏みなす音や、何かを叩く音。――きっとアヤカシが子供たちを脅しているのだ。 開拓者の数名は、顔をこわばらせる。狼(ia4961)は握りしめた手を震わせた。怒っているのか? しかし、狼は、感情を抑えた冷静な声で、仲間へ問う。 「夜一郎‥‥視えるか?」 天水・夜一郎(ia2267)は神経を研ぎ澄まし、心眼を使う。 「‥‥気配は七つ。一番奥に二つ。その手前に一つ。さらにその手前に四つ。おそらく、奥の二つが子供達で、後は鬼と、猪」 端的に述べる。開拓者たちは、手短に作戦を再確認しながら、広場へと急いだ。 「早く助けて出してあげなくちゃね‥‥子供たちを土蔵の中から」 「うん。子供達の限界が来る前に、早く」 天水・紗夜(ia2276)と千代田清顕(ia9802)は、足に一層の力を込める。敵に気づかれないようにしながらも、できる限り早く現場に着くために。 「ああ――護るためにも、速やかに狩りの時間を始めねぇとな」 久木 満(ib3486)は唇の端を歪めて笑った。瞳をぎらつかせて。 ●闘う 開拓者たちは広場の入り口にたどり着く。 雑草が茂る村の広場。広場の奥の土蔵の前に、アヤカシども。頭髪のない頭に、角を二本生やした鬼。普通より一回り大きな猪ども。 アヤカシたちは皆、土蔵を見、入口に背を向けていた。が、気配に気づいたのか、振りかえる。開拓者たちと目があった。 清顕は、慌てた様子の猪一体へクナイを投げると、気の力を自分の足へ使う。走りだす。瞬時に、猪どもを迂回し鬼との距離を詰めた。 「タツヤくん、助けに来たよ!」 蔵の中に届かせようと、叫んだ。 鬼は刀を構える。切っ先を清顕へ向けた。その鬼の腕へ、氷(ia1083)が呪縛符をまとわりつかせた。式の力が、鬼の動きを鈍らせる。 「あとは、皆に全部任せた‥‥ってワケにもいかないしね」 ふぁ、あくびを漏らしながら、氷はさらに式を発動させる。白狐を召喚し、猪を襲わせた。 「さぁ、猪に鬼。遊び相手は、こっちよ!」 「まずは一匹、片付けておこうか」 百合は挑発的な声を出す。フレデリカは呪殺符「深愛」を持つ手を動かし、精神を集中した。 二人の言葉が終わると同時に、猪の体に電流が流れ、さらに、鏃の形をした式が猪の胴を貫く。 フレデリカと百合の力に、猪は背中をのけぞらせ、そして横向きに倒れた。 三体に減った猪。うち二体が、開拓者たちめがけ駆けてくる。鬼は立ち止まったまま口を開く。青く光る気の塊を生み出し、飛ばす。標的は――狼。 塊は狼の体をかすめたが、狼は怯まない。猪に自分からも接近。 「貴様ら、一匹たりとも逃がさん!」 猪の顎をつま先で蹴りあげ、更に脳天に踵を落とす。蹴りの連打に猪の体が揺れた。 夜一郎も前に出る。槍を猪の腹の下に滑り込ませ、強烈な突き上げを腹に喰らわせた! 「敵のほとんどはひきつけた。頼むぞ」 夜一郎は視線を、土蔵に向かう仲間へ向けた。 その仲間は、紗夜と満。二人は他の六人の支援もあり、無事に蔵の前までたどり着けた。 紗夜は、扉の向こう側へ語りかける。 「助けに来たから、もう大丈夫。二人とも怪我はない?」 数秒後――扉ががんがんがんと音を立てる。内側から少年が叩いているのだ。大丈夫です、と少年の声。 ――でも、はやく。妹が怖がってます。はやく助けて下さい――少年は強く訴える。ごくかすかだが、妹とおぼしき嗚咽も聞こえる。 少年と会話する紗夜に、猪の一体が近づいていた。猪は跳んだ。紗夜を体で押しつぶそうと。だが――満が立ちはだかった。 満は跳んでくる猪の体を、己の体で受け止める。全身に衝撃。だが、満は唇を釣り上げた。 「コレでも元騎兵隊なんでねェッ! てめぇ等ごとき外道無象に突破された日にゃ、隊長に合わせる顔がネェんだよっ!」 言い放つ。 猪は地面に着地した。開拓者たちへ忌々しげに視線を向けてくる。 ●闘いの終末 広場の奥では蔵の前に、紗夜と満。その二人を一体の猪が狙っている。 広場の中央で、清顕が鬼と対峙し、狼と夜一郎は二体の猪と交戦。 入口付近に、氷、百合、フレデリカの三人。後衛として仲間たちを支援している。 「乱戦か‥‥。負ける気はしないけど‥‥困ったもんだねぇ‥‥」 戦況を分析していた氷は、小さく肩をすくめつつ、力を使った。土蔵の扉の前に白い壁を出現させる。子供らのいる土蔵を、アヤカシの攻撃から守るために。 「氷さんのおかげで、ひとまず子供達の安全は確保できた‥‥。でも、長引かせるわけにはいかない――夜一郎、いけるわね?」 紗夜は真剣な声で問いかけた。夜一郎は頷く。 「ああ。勿論だ、紗夜。猪どもの動きの癖はすでに把握した」 紗夜は舞った。舞いに籠められた熱意で、弟を強化する。 夜一郎は、己の槍に炎を纏わせた。突進しようとする猪の死角から、槍を叩き込む。 二種の力で強化されたその一撃! 猪に瀕死の傷を与える。 狼は猪の側面に回り込み――、 「ここで、確実に仕留める!」 体を回転させ、猪の胴を己の脚でしたたかに打つ。猪の体を吹き飛ばし、活動を停止させた。 土蔵付近では、猪がさきほど己の攻撃を止めた満を睨みつけた。 後ろ足で地面を蹴り、満へと駆ける。体をぶちかますつもりなのだ。 だが、満はよけようとはしない。 「ブヒイィィッ!!」 「いくぞ、バスターランスの名にかけて――突貫激進! 猪よ、どうせ声を聞かせるなら、断末魔の叫びにしてもらおうかぁぁぁぁっ!!」 猪の吠え声に笑顔と絶叫で応じた。体当たりに体力を奪われたが、ランスで敵を突き返す。 猪のうち一体は、広場の入口に向かって移動しはじめていた。 「後衛の私たちから崩そうというの? それとも、仲間がやられたから尻尾を巻いて逃げるつもり? どっちにしろ――思い通りにはさせないわ」 猪が近づいてくる圧力を感じながら、百合はあくまで平静さを崩さない。二発の電撃で猪の体を打ち抜いた。猪の体から体力を大幅に奪う。 けれども、猪は止まらない。突進する。その標的は百合の隣にいた、フレデリカ。 フレデリカは、横に跳んだ。猪の攻撃を回避し、その直後、斬撃符を放つ。敵の背中を――斬る。 「猪突猛進っていうか、そんな単純な攻撃当たらないよ」 余裕の感じられる声で、宣告する。 その後も開拓者たちは猪の突進に対処し、反撃を加えていった。 清顕は、仲間たちが猪に対応している間、鬼を押さえていた。氷の支援を受けながら。土蔵に攻撃がいかぬよう、鬼を土蔵から引きはがすよう意識しながら。 やがて猪を倒した仲間たちが合流し、ともに鬼に攻撃を仕掛ける。鬼の浅黒い肌に、傷が増えた。 鬼の顔に焦りが浮かぶ。鬼は一瞬だけ、目前の敵ではなく、広場の入り口に顔を向けた。 清顕はその一瞬を見逃さない。 「ここまでだ。子供たちを生かしておいてくれたお礼に、さっさと地獄に送ってやるよ」 左拳でみぞおちを突き、右手の刃で敵を袈裟切りにする。漸刃による連続技。 鬼の手から刀が落ちた。瞳から光が消える。 ●守り抜いたもの 戦闘が終了した。 やがて、かんぬきが外される音がして、扉が開く。中から兄と妹が出てくる。二人は手を繋いでいた。 二人のうちの片方、妹は涙や鼻水を垂らしていた。繋いでいない方の手を目元にあてがい、ひっくひっく、しゃくりあげている。 兄タツヤの表情はこわばっていた。きっとまだ泣くのをこらえ続けようと、立派な兄であり続けようとしているのだ。 「あ、あ、ありがとうございました。ほら、お前も、ちゃんとお礼を」 タツヤは震える声で礼を言い、妹にも頭を下げさせようとする。 清顕は、タツヤの正面でしゃがみこむ。 「タツヤくん。君のおかげで、妹も助かったんだ。さすが兄さんだな。‥‥でも、もう頑張らなくていい。偉かったね」 清顕はタツヤと視線を合わせ、優しく微笑んだ タツヤの体からふっと力が抜けた。途端、目から涙がこぼれ出す。うわあああ、声をあげて泣く。妹もつられたように泣き声をあげた。 「泣いたらいいさ。今までよく我慢したんだからな。でも、もう大丈夫だぞ。村の皆も無事みたいだしな」 氷は緩やかな口調で労う。タツヤは、皆が無事でよかったと言いながら、さらに泣く。 少年と少女の頭を、狼が撫でた。 「頑張ったな」 短い言葉を二人へ。 「そうね。二人とも頑張ったわね。特にお兄ちゃん。大きくなったら、いい男になるわよ。後で、ご両親にも褒めて貰わなくちゃね」 「うん、ちゃんと妹を守って、偉いよ」 百合も二人に近づく。その瞳から、仲の良い兄妹への羨ましさを、ごくごくかすかに漂わせながら。けれど、心からの笑顔と称賛を贈る。 フレデリカは百合に同意しつつ、タツヤの背中をぽんぽんと軽くたたいた。 「皆の言うとおりだ‥‥良くやった」 「ええ、本当にそうね。立派よ」 夜一郎もタツヤの頭を軽く撫でる。紗夜は兄妹を両の腕で柔らかく抱きしめた。 紗夜は子供を抱きしめたまま、青い瞳を夜一郎へ向ける。夜一郎もまた、紗夜を見ていた。 皆に撫でられ、抱きしめられながら、タツヤと妹は泣き続ける。自分たちが生きていることを、確かめるように。 少しの時間が経過した。 泣き続ける兄妹へ、満が明るい声をかけた。 「でもまぁ、いつまでも泣いてちゃいけねぇな‥‥よし! つまらねぇギャグだ、よく見とけ」 満は土蔵の壁を蹴りつけた。そしてひっくり返った。足の小指をぶつけて痛いと、のたうちまわる。 子供たち二人は涙を止め、きょとん。やがて、妹が満に近づき 「大丈夫ぅ?」 と心配そうに尋ねた。彼の頭を撫でようと手を伸ばす。 そんな様子に開拓者の何人かが、思わず噴き出したのだった。 |