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■オープニング本文 ● 魔の森。 並の人間なら決して足を踏み入れないその地に、彼は居た。 全長8メートルの炎を纏いし鬼。 炎羅――かつて繰り広げられた緑茂の戦いでその力を発揮し、そして開拓者達に討伐された大アヤカシである。 「‥‥こいつぁ」 その口から発せられた声は、意味のある言葉だ。 唸り声や咆哮ぐらいしか発しないと思われがちな彼だが、事実はそれに反しており、人間の言葉を喋ることができる。 過去の戦いで話す事がなかったのは、人間と意思疎通をする必要がなかったからだ。 「体は‥‥思い通りに動く」 炎羅は、自分が完全な復活を果たしたことを実感する。 その気になれば、辺りを火の海にすることも可能だろう。 「だが‥‥わからねぇな」 粗暴な性格の彼だが、腐っても大アヤカシ。自分が何故復活したのか、と考えるぐらいの知力はある。 そして、ある考えが浮かび‥‥彼は直感的にそれが正しいと理解した。 「――俺はまた倒される為に復活したのか!!」 身も蓋も無い言い方だが、そういうことだ。 天儀に現れ、そして倒された唯一の大アヤカシ。それが炎羅だ。 つまり天儀のボスらしい存在と戦おうと思ったら彼に復活してもらうしかないわけで、それ故に世界の意思とかそういうのが彼を復活させちゃったのだろう。 「あーあー、そういうこったろうと思ったぜ! どうせ俺は人間風情に倒された大アヤカシだよ! 他のやつらにゃ『ふ‥‥炎羅がやられたか』『しかし、奴は大アヤカシの中で最も小物』『むしろ大アヤカシに分類されていたのが不思議なくらいよ』とか言われてんだろうよ、けっ」 炎羅がやさぐれてしまった。ある意味無理もないのだが。 その時だ。森の闇の中から、何者かの笑い声が聞こえてきた。 「クックック‥‥まぁ、落ち着きたまえ」 「あぁ? 誰だ‥‥今、俺を笑ったかぁ?」 「おっと、これはすまんね」 闇の中から現れたのは1人の初老の男性だ。ぱっと見る限り、普通の人間と殆ど変わりはない。洋服と和服を重ねて着たり、日本刀を何本もぶら下げている奇異な格好が普通かどうかは置いておくとして。 ともかく、炎羅を前にして、余裕のある笑みを浮かべたままの老人が決して普通の人間なわけがない。 炎羅もそれを理解したのだろう。目の前に立つ老人へと問う。 「ナニモンだ?」 「私はクリス・カッシング。所謂異世界の住人であり、君と同じく地獄から来た男だよ」 老人‥‥カッシングの言葉によると、彼はとある異世界において人類と敵対する存在だったらしい。 そして人類との戦いに敗れて死亡した。 「ククッ、いや私はある意味バグアには勝利したのかもしれんがね。と、それはともかくとしてだ」 気付いた時には天儀の地にて復活していた。 日本の文化が大好きなこの老人。テンションが上がって思わず様々な土地を巡ったりしたらしい。天儀は厳密には彼の知る日本文化とは違うのだが、彼にとっては些細なことだ。 「そして私は理解したのだよ。何故この世界にて復活を遂げたのか」 「‥‥おう、なんだ?」 「世界の意思は、この世界で好きなように過ごせと告げているのだ。前世で頑張った私へのご褒美というやつだな。スイーツ括弧笑い括弧閉じる」 お爺ちゃん、どうやらネジが完全に外れちゃってるようです。 「だから君も悲観しないで、楽しむ事を考えればいいのだよ」 カッシングが笑顔で炎羅に告げる。 「さぁ、君も私と一緒に世界を恐怖のズンドコに陥れないかね!」 「どん底じゃね?」 ● 「皆様お久しぶりです。良い事かどうかは分かりませんが、一先ずこうして再会できた喜びを分かち合いましょう」 一礼をするメイド。両腕を機械の篭手に包んだ彼女の名はエルオール。 彼女が現在立っているのは神楽の都のとある広場。そこには現在、多くの人々が集まっていた。 細かい経緯は省いて簡潔に現状を語ると、様々な異世界の住人が天儀に飛ばされてしまい、この地に集まっているというわけだ。 顔を上げたエルオールが、現在の状況を集まった人々に伝える。 「クリス・カッシングと炎羅が手を組み、大暴れしているそうです」 ざわめきが広がる。 その場に集まった者の1人、ジ・アースの円卓の騎士エクター・ド・マリスが手を挙げてエルオールへと問う。 「具体的にはどのように暴れているのでしょうか?」 「愉快型決戦兵器・獣騎士を各地に差し向けているとか。『お前もネコミミにしてやろうかー』と言いながら人々を襲うそうです」 「え、はい? ゆか――なんですって?」 それを聞いた一部の間に溜息が広がる。 「まただよ」 「あの爺相変わらずだな」 「ってか、シリアスな決戦望めない雰囲気漂ってねぇか」 といった声が次々と上がる辺り、能力者達にとってはそんなに珍しいことではないのだろう。 「よくわかんねぇけど他の世界ってすげぇんだな。なぁ、お嬢?」 「私に振らないでくださいな。というか、正史じゃ私と武蔵さんは面識ありませんし。あとお嬢って呼ばないでください」 「‥‥どの世界の敵組織も似たようなものなのですね。神帝軍も一部がそうでしたし」 「そう決め付けるのはどうかと――なんですかその『イギリスの一部の連中も‥‥』と言いたげな視線は!?」 「何はともあれ、だ」 1人の青年がマントを翻しながら立ち上がる。 その場の人々の視線を集めた彼は、前髪を掻きあげると、爽やかな笑顔で言い放った。 「あの老人が我々の世界のスタンダードだと思われても困るからね。頑張ろうではないか、諸君」 青年の名はカプロイア。カッシングと同じ世界の住人だ。 「‥‥スタンダード、ですか」 エルオールが、カプロイア伯爵が後ろ手に持っている者に気付く。それは黄金のマスクだ。 「‥‥スタンダード、ですか」 「おい既に誤解されてねぇかあれ」 ともかく。場が落ち着いてからエルオールが告げる。 「相変わらずカオスな雰囲気ですが、皆さん頑張ってください。我々密もバックアップしますし、王立セントメイド学院の方々も協力してくれるそうです」 「ほぅ、世界によってはそんなものもあるのか」 「‥‥伯爵。カンパネラにメイド科作ろうとか考えてませんよね?」 「おや、マウル君。何故私の考えてたことが?」 エルオールがマウルと呼ばれた金髪ツンデレ美少女を確認すると、得心したように頷き、『こんなこともあろうかと』である服を取り出す。 「あなたが噂のマウル様ですね。大丈夫です。ちゃんとミニスカサンタ服を用意いたしました」 「何の噂よ!? というか、誰から聞いたの!?」 ばっと顔を伏せる男が数人。恐らく犯人だ。 怒っているマウルを気にも留めず、伯爵が言う。 「どうした? 着替えないのかね?」 「やめてくれませんか! それを着るのが当たり前みたいなことを言うのは!」 結局着替えたかどうかは‥‥今は語るまい。 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / 音羽 翡翠(ia0227) / ヘラルディア(ia0397) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / ハッド(ib0295) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / 禾室(ib3232) / あるにゃん(ib3758) / 音狐(ib3767) / 煉一(ib3773) |
■リプレイ本文 ●出撃前 異世界から多くのものがやってきたことによって、混乱に包まれる天儀。 だが、そんな混乱を収めるのが開拓者の役目。転移してきた魔皇や冒険者達も同じく、だ。 ならば為すべき事を為そうと、1人の開拓者が気合を入れる。 「‥‥初仕事か‥‥気合入れんとなぁ‥‥!」 彼の名は煉一(ib3773)。最近開拓者になったばかりの魔術師である。 どんな事も経験が大事、ということで今回の事件を無事解決して、その経験を糧にしようと考えている。 ――が。 「これがそちらのペインブラッドですか‥‥。こうなるとガンスリンガーやピュアホワイトも気になりますね」 「どうやらそれらはまだ開発が難航しているようでね。尤も私はMSIの者ではないので詳しい事は分からないのだが」 声に釣られてそちらを見やれば、会話をしているのは無表情なメイドと派手なマントを着けた青年。 彼らの背後にはいくつもの巨大なロボ‥‥KVが立ち並んでいる。明らかに煉一の知識の範囲外のものだ。 これからの戦いではそれらが戦場を闊歩するのだ。 「‥‥まともな経験積めるのかなぁ、これ」 思わずそんなことを呟くのも仕方なし。 また、彼と同じようにKVや殲騎に圧倒されているものがいた。やはり開拓者の禾室(ib3232)だ。 「なんか変な土偶ゴーレムや、でっかいアヤカシ、見知らぬ連中が溢れかえっとるのじゃ!」 土偶でもゴーレムでもない。アヤカシでもない。だが何も知らぬ彼女からしてみればなんだか怖いものには変わりない。 よくわからないものに囲まれているという状況が、彼女を不安にさせる。 「このわけわからん状況は正直、ちと怖いのじゃ‥‥あ」 その時、禾室の目に1人の少女の姿が映る。見知らぬ者ばかりの中にいるよく見知った者。 「ローズ、ローズではないか!?」 ジルベリアに住む少女騎士、ローズ・ロードロールの姿を見て思わず早駆で駆ける。 ブレーキをかけることなく勢いそのまま、ローズに突進するかのごとく‥‥というか突進していた。 「え、ちょっ!?」 突進され、倒れそうになるのをなんとか踏ん張るローズ。 驚きに目を白黒させながら、何事かを問う。 「あなたは‥‥禾室さん? いきなりなんですの!?」 「えっと‥‥その‥‥不安じゃったものだから、つい」 「つい、で突進されては困りますわ。まったく‥‥」 怒られて禾室はしゅんとしょげてしまう。耳や尻尾もそれを表すかのように垂れてしまっている。 ローズはそれを見るとそっぽを向き、しかし禾室の手を取る。 「またさっきみたいなことをされては困りますからね。‥‥こうやって手を繋いでいれば安心できますわよね?」 禾室が思わず顔を上げる。相変わらずローズはそっぽを向いたまま。だが、手はしっかりと握られていた。 彼女を安心させる為、ローズなりに考えての行動なのだろう。相変わらず素直ではないが。 そんなローズの思いやりが分かり、禾室の顔がぱぁっと明るくなる。耳と尻尾もぴんと立った。 「ありがとうなのじゃ!」 「‥‥お礼を言われる事ではありませんわ」 「あ、そうじゃ! とりあえず炎羅がアヤカシで、倒さないといかん事はわかるので、炎羅を倒しに行こうと思うのじゃ。‥‥ローズも一緒に行ってくれぬか?」 しばらく待ってみたものの、ローズからの返事はない。 駄目なのだろうかとまた禾室がしょんぼりして耳と尻尾が垂れ始めた時に、ローズが溜息を吐く。 「はぁ‥‥仕方ありませんわね。この状況をなんとかしたいのは私も同じですし」 禾室の耳と尻尾がどうなったかは言うまでもない。 「まったく‥‥帰ったらアラスカでサーモン数えさせてやるんだから‥‥!」 言いながらメモ帳に何人かの名前を書くミニスカサンタ――マウル・ロベル。 「今はこんな事してる場合じゃないってのに‥‥」 彼女が振り向いて見上げれば、そこにあるのは巨大な空母。 ヴァルキリー級空母ブリュンヒルデ。マウルが指揮するこれも転移してしまったようだ。尤も、諸所の問題で飛ばす事はできないのだが。 そんなブリュンヒルデを同じく見上げている少女がいた。ヘラルディア(ia0397)‥‥天儀の世界の巫女だ。 だが彼女が浮かべる表情は、多くの天儀住人が浮かべるものとは違うものだった。大半の天儀住人は有り得ないものを見る目をするのに、彼女は懐かしいものを見るような目をしているのだ。 それが気になって、マウルは思わずヘラルディアへ声をかける。 「えっと‥‥あなた、この世界の人‥‥よね?」 「あ、はい。この世界在住の巫女、ヘラルディアです」 ヘラルディアはそう答えた後、マウルの姿を見てくすりと小さく笑う。 「な、何かしら?」 「‥‥いえ、この度は色々ご苦労が有りますでしょうが、不肖ながらわたくしが御協力させて頂きますね」 思わず顔を赤くするマウル。ミニスカサンタの格好も苦労といえば苦労なのだが‥‥それを改めて指摘されると無性に恥ずかしくなる、というものか。 そんな彼女の様子を見て、ヘラルディアはまた小さく笑うと、再び視線をブリュンヒルデへと移す。 「微妙に懐かしい気がするのですよね」 その理由は、未だ分からない。 こうして多くの者たちが集まり、そして戦いに向けて準備をしていた。 ジ・アースの冒険者、フィーナ・ウィンスレット(ib0389)も同じくだ。 密の逢魔やセントメイドらから聞き出した情報を纏めながら、やれやれといった様子で呟く。 「愉快型決戦兵器? 変態ってイギリスだけじゃなくて、どこにでも湧いてるものなんですねぇ」 彼女の言う愉快型決戦兵器とは、現在巷で暴れている獣騎士のことだ。ライトニング娘と名乗っている集団もあるとかないとか。別に高貴だったり重力を操ったりはしない。 それはともかく、と彼女の発言を見過ごせない人物がいた。イギリス王国円卓の騎士、エクター・ド・マリスだ。ちなみに本名はコレットである。 「今の発言ですとイギリスに変態がいるのは当たり前のように聞こえたんですが‥‥」 「え、私何かおかしな事言いましたか?」 とぼけたような表情をするフィーナ。いや、彼女の事だから間違った事を言ってないと本気で思っている筈だ。 「イギリスがまるで変態の国みたいなこと言わないでくださいよ!?」 「そこまでは言ってませんが‥‥思い当たることでもあるんですか?」 「う、ぐ」 言葉に詰まるコレットを尻目に、フィーナがふと周囲を見渡せば、そこにはミニスカサンタやらゴールドマスクをつけたマントの人やらがいた。 「異世界の方々も、中々に濃いんですねぇ」 「え、いや、あの人達を基準にするのはどうかと思うのですが‥‥」 「まぁまぁ。私達の世界にも濃い方々はおりますし」 そう言うフィーナの視線は、コレットの背後にいる男達に注がれていた。 彼らはエクター配下の騎士団の者達である‥‥表向きは。 だが、その実態はコレットファンクラブなるものに所属している、ちょっとアレな人達だ。ちなみにファンクラブを管理しているのはフィーナである。 「というか、私を濃いカテゴリに入れるのやめてもらえないかしら!?」 遠くから金髪ツンデレ美少女の声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。 人気者は辛いの‥‥なの。 さて、とある場所に白い神殿のようなものがあった。 地上から1本の管のようなものが伸びているだけで、その大半は宙に浮いている実に奇妙な建物。神帝軍の居城であるテンプルムだ。 大きさによってはメガテンプルムと呼ばれたりするものだが、そこにあるテンプルムはそれ程大きくない。通常サイズといえる。 そんなテンプルムの一室。椅子に座る銀髪の美女に、ファンタズマと呼ばれる天使が声をかける。 「バルトロマイ様、魔皇が面会したいとやってきておりますが‥‥」 「あァ? 今回、オレたちゃ大人しくしてるってのに何の用だ?」 面倒そうな表情で振り向くは権天使が1人、霊皇バルトロマイ。 本来なら彼女の居城はインドにあるメガテンプルムなのだが、所用でこのテンプルムに訪れた時に転移に巻き込まれたらしい。 その為、大した戦力があるわけでもなく、元の世界に戻るまで大人しくしようと考えていた。 そんな彼女らに接触しようとしているのは、神帝軍と同じ世界の住人、黄金の魔皇である礼野 真夢紀(ia1144)と逢魔フェアリーテイルの音羽 翡翠(ia0227)だ。 現在彼女達はテンプルム所属のグレゴールに案内されて、ある一室で待機していた。 ソファーに座りながら、真夢紀は自分の体に浮かぶ刻印をまじまじと見る。 「‥‥又ちぃ姉様と同じ黄金‥‥だから私は黒の魔皇だって‥‥」 以前この世界に転移した時と同じ。元の世界では黒だった筈なのに、こちらでは黄金に変わってしまっているのだ。 何故かは分からない。理由をこじつけるならば、きっと大人の事情というやつだろう。 沈んだ様子の真夢紀を、翡翠が慰める。 「まぁ、あの状況だと甥っ子さんの紫や御姉様の白に変化した可能性もありますし、まだましかと」 「白はねぇ。オリジナル魔皇殻使えないと、使えるDF限られるし」 刻印の組み合わせに頭を悩ませるのは、どの時代の魔皇も変わらないらしい。 「まぁ愚痴るのはやめましょう。すごく好きだったのに体力気力いるからって――」 「おぉっと、そこまでだ」 ちょっとアレな事を口走りそうになった翡翠の言葉を止めるかのようなタイミングで、部屋にバルトロマイが入ってきた。 バルトロマイは真夢紀達と正面に向き合うようにソファーに座ると、足を組みながら口を開く。 「んで、率直に聞くけど何の用だ?」 「警戒も何もしないだなんて、随分な余裕ね」 「は、絶対領域下でただの魔皇にオレをどうこうできるかよ」 「‥‥元の世界に戻ったら覚えてなさい。で、その戻る事についてだけど‥‥協力してもらえないかしら?」 真夢紀の提案を受けて、しかしバルトロマイは乗り気ではないようだ。 「あー、わざわざ戦力減らさなくてもお前らが何とかするんだろ? せいぜい早いか遅いかぐらいの問題で」 「でも、もし見たいテレビとかあったらどうするの? 見逃すことになるわよ」 「録画予約してるし」 「権天使が文明の利器に頼るなんて‥‥知りたくなかった‥‥!」 「真夢紀様、つっこむべきは見たいテレビがあるのを否定しなかったところかと思います」 と、その時。部屋の端の方で待機しているファンタズマがおずおずと手を挙げて発言する。 「あの、バルトロマイ様。私の記憶が正しければ‥‥そろそろハードディスクの空きが無くなる頃かと」 「――よし分かった。このテンプルムの全戦力を事件解決の為に動かそう。勿論オレ自身も動く」 「そんな理由で動いていいの権天使!?」 ●Beast kNight そんなこんなで多くの者たちが戦いの地へと赴いていった。 神楽の都に残っているのは多くがバックアップの者達だ。 だが、バックアップではなくとも残っている者もいる。ジェシュファ・ロッズ(ia9087)とベルトロイド・ロッズ(ia9729)の双子の兄弟だ。 彼らが残っているのを不思議に思い、エルオールが声をかける。 「ジェシュファ様とベルトロイド様、でしたか。お二方は出撃なされないのですか?」 それに答えるのは弟のジェシュファだ。 「うん。無理して戦うこともないかなって」 「神帝軍も出てこないなら殲滅する理由は無いしね」 兄のベルトロイドが言葉を続ける。 その言葉を聞いて、エルオールが無表情のまま、しかし不思議そうに首を傾げる。 「‥‥お二方はこの世界の住人だと聞いておりましたが。何故神帝軍を目の敵に‥‥?」 それには理由があった。なんと、2人にはそれぞれある魔皇の記憶が引き継がれているのだ。 ジェシュファには天宮要、ベルトロイドには天宮司。やはり双子の兄弟だ。 何故彼らがそのように記憶を引き継いでいるかは分からない。こまけぇこたぁいいんだよ!! 「細かいことが大事なんじゃろうが」 「鼎様、それを言う為だけに来たのですか」 「‥‥こまけぇこたぁいいんじゃよ!」 閑話休題。 「ともかく、僕達は専守防衛でいいかなって」 「そうですか‥‥。ではお二方にお願いがあります」 何、と双子が問うと、エルオールは都の外を指差す。 「ちょうどそちらの方向から敵が来ているとの報告を受けました。つきましては、防衛をお願いしたく」 「もしかして‥‥愉快型決戦兵器、ってやつかな?」 「ってやつです」 事前に集められた情報によると、愉快型決戦兵器・獣騎士はネコミミ化ビームなどの効果的かどうかいまいち判断し辛い攻撃を繰り出す生体兵器らしい。 「にゃんにゃん様のような方が増えましても‥‥正直困りますので」 「いや、ネコミミが生えるイコールにゃんにゃん化とは違うと思うよ‥‥?」 何はともあれ、とジェシュファとベルトロイドが武器を召喚する。得物は魔皇が使う魔皇殻だ。 「攻められてるならしょうがない。迎撃に行こうか、ジェシュ」 「攻められてる、っていえるのかな‥‥あれ」 ジェシュファが疑問に思うのも無理は無い。 獣騎士は歌ったり踊ったりしながら、ビームを振り撒いてるだけで実害といえるものは大してない。ネコミミ化が害といえるかどうかも怪しい。 「いやぁ、むさい男にネコミミが生えたら結構害だと思うよ」 そう言うベルトロイドの視線は、ネコミミ化ビームを浴びた男集団に向けられている。 大抵の男達は阿鼻叫喚であった。悪くないとか言っている伯爵は見なかったことにしよう。 そんな存在をこのまま増やすのもなんだ、ということで双子は積極的に獣騎士の排除に移る。 ジェシュファが後衛で弾幕を張り、ベルトロイドが前衛で動き回って敵を斬るのが基本だ。 双子ならではの連携で、次々と獣騎士は排除されていく。「せめてマウたんがビーム浴びてから倒してくれ!」という声が聞こえたが、やっぱりそれも聞こえなかったことにしよう。 目に付いた獣騎士を一通り倒してから、ベルトロイドは一息ついて空を見上げる。 「他の皆はどうしてるのかなぁ」 「ちょ、フィーナさん! 私を盾にしないでくださいよ!?」 「いいじゃありませんか。か弱き乙女を守るのがナイトのお仕事ですよ?」 こうしてました。 漆黒の全身鎧を纏ったエクターの背に隠れながら、ライトニングサンダーボルトを敵に撒き散らすフィーナ。 さしずめ、LTBは任せろーバリバリ、といったところだろう。効果音含め。 獣騎士のメインの攻撃はネコミミ化ビームなので、浴びてもダメージといえるものはないのだが、それでもフィーナは徹底してエクターを盾にする。 エクターは既に何回もネコミミ化ビームを浴びているのだが、顔を丸ごと隠す兜のせいで変化は分からない。 「兜にネコミミが生えてもそれはそれで面白かったのですが」 「普通に怖いですよ、それ!?」 「というか、せっかくですから兜脱いじゃいましょう。どうせ敵の攻撃は大したことないのですし」 フィーナの手がエクターの兜へと伸びた。急なことだったのでエクターは反応できず、そのまま兜を脱がされる。 現われたるはしっかりネコミミが生えたエクター‥‥コレットの素顔だ。 「あら可愛い」 「にゃー!? そ、そそそそれより早く兜を返してくださいよ!」 「新しいファン獲得できるんじゃないですか? どうせなら後で色々着替えてみましょう」 会話を聞いていた周囲の男達――異世界の者も含めて――が親指をぐっと上げる。 コレットファンクラブが異世界にも伸びた瞬間であった。 「あ、でも異世界の方々からどうやって管理費徴収しましょうか」 黒い人の狙いはそれのようだった。 ●戦いは続く こうして獣騎士により様々な愉快な現象が起きていた。愉快型決戦兵器は伊達ではないといったところか。 とはいっても、敵はそれだけではない。普通にキメラやアヤカシもいた。 それらと戦う魔皇、冒険者、能力者、開拓者達を遥か上空から見下ろし眺める者が2人いた。 「ほほ、中々に面白い事になってるぞよ」 1人は悪魔にして魔王、バアル3世(ib0295)。ジ・アース世界のデビルの末裔、といったところか。 もう1人はそれと対になるエンジェルの姿をしているが、実際は違う。彼女もまたクロセルという名のデビルであった。 「獣騎士は思っていたより愉快なものでしたので大した事にはなりませんでしたが‥‥通常戦力は中々ですね」 「そうじゃな。お陰で魂も回収できそうじゃ。思っていたより量は少ないとしても、のぅ」 その言葉を聞いてクロセルがふふ、と笑う。天使の笑みを浮かべながら悪魔の言葉を述べた。 「それならば閣下自らが皆さんの試練となり、魂を狩ればよいではないですか」 「お主もワルよのぉ〜。確かに力が戻ってきたので、狩りに出かけるかの〜」 バアル3世が翼を広げる。軽く羽ばたいて空中を移動したかと思うと、思い出したようにクロセルへと振り向く。 「そうじゃ、戦力のバランスが悪くなりそうだったら神帝軍を動かしてくれんかの?」 「その必要はなさそうですよ。あちらを」 クロセルの言葉に従い、指示された方向を見てみれば、ネフィリムなどの神帝軍の戦力がワームやキメラと戦っていた。バルトロマイの指揮によるものだろう。 「ほほ、これはいい。誰が勝とうと魂は削られ、回収しやすくなる‥‥もっと争ってほしいものじゃの」 言いながらバアル3世がどこからか赤い本を取り出し、広げる。 「赤い本に散った者を回収して次の聖戦に備える‥‥ふふ、さすが我輩。完璧な計画よ」 「次、あるんですかねぇ‥‥」 クロセルの小さな呟きがバアル3世の耳に入ることはなかった。 獣騎士以外のキメラやアヤカシ。これらの通常戦力との戦いは、実に普通であった。 とはいえ、煉一はその普通の戦いの経験を何よりも積みたかったのだ。ネコミミが生えても別に嬉しくはない。悲しくはなるかもしれないが。 敵全体を巻き込むようにファイヤーボールを放ったりなどの彼なりの工夫をしているが、彼の最大の問題点は敵に突っ込んでいることであった。 魔術師の彼としてはあまり得策ではない。なるべく距離を取るのが魔術師のセオリーだ。 味方の援護はあるものの、敵に囲まれてあっという間に服がぼろぼろになる。 「なけなしの一張羅をどうしてくれやがる‥‥」 が、言ってる場合ではない。このままでは服だけではなく体もぼろぼろになるだろう。 傷ついた体を叱咤しながら戦っていると、煉一の体が急に温かさに包まれた。 「何だ‥‥?」 「大丈夫でしょうか」 煉一に少女が駆け寄ってくる。ヘラルディアだ。彼女が回復の術をかけたのだろう。 「援護は私にお任せください」 「‥‥あぁ、よろしく頼む」 こうして態勢を整えると、彼らは反撃に移る。 キメラとアヤカシも大分減った頃だろうか。ヘラルディアは妙な感覚に襲われた。 何かは分からない。だが、空を見るべきだ‥‥と感じていた。その感覚に従い空を見上げると、そこに居たのは5機のヘルメットワーム。 だが、見上げた直後それらは全て撃墜された。途轍もない数のミサイルの弾幕によって。 撃墜したのは1機のKV、メルス・メス製の機体であるサイファーだ。 ヘラルディアには知る由も無いが、その機体には搭乗するパイロットによって名前を付けられていた。 ――Heralldia、と。 ●やりすぎなやつら 空を飛ぶヘルメットワームが一刀の元に両断される。 「‥‥ちぃ姉様の戦い方だって、これ」 両断したのは真夢紀の駆る殲騎ディアブロだ。その手には真シルバーエッジが握られている。 「――真夢紀様!」 「!?」 翡翠の警告。多くは語らないそれだが、真夢紀は全てを理解し、殲騎を動かす。 直後、先程までディアブロが居た場所を光線が通過した。 「ふむ、今のを避けるか」 老人の声。 翡翠が事前に集めた情報が正しければ、声のした方向にあるのはクリス・カッシングの駆るファームライドがある筈だ。 ディアブロをそちらに向き直させ、目の前の――もしくは光学迷彩で見えなくなっている――ファームライドを視界に収めようとする。 「――は?」 だがそこにあったのはファームライドではなかった。 最強最悪の敵、シェイドがそこにあった。 「おい爺!? シェイドってどういうことだよテメー!!」 殲騎ではないKVのディアブロを駆る能力者の1人が吼える。その直後に撃墜されたのだが。 シェイドを駆るカッシングが笑いながら答えた。 「はっはっは。いやなんというべきかね――出来ちゃった」 「おいなんだよその若い恋人同士でありそうなセリフ――ぐあぁぁぁ!!?」 「栗崎ぃぃぃ!!?」 また1機、落ちた。 最強最悪の敵というのは伊達ではないようだ。 「願えばこれぐらいの無理は通る‥‥ということかね」 「そ、そんなのってアリ!?」 たじろぐ真夢紀。まぁ、ありなんだろう。 「それでは諸君、頑張ってくれたまえ。――シェイド無双はもう飽きたのだろう?」 激戦の幕が上がる。 瘴気に包まれた魔の森の中心部。 「来たか」 発言したのは赤き巨鬼、炎羅。 彼を囲むように、開拓者を始めとして多くの者がいた。 「くそっ、またこいつと戦う事になるなんてよ‥‥!!」 開拓者の1人が愚痴るが、仕方のないことだ。大アヤカシである炎羅は怖ろしく強いのだから。 「グォォォ――!!」 炎羅が吼える。 開拓者達は怯みそうになる心を叱咤しながら、悪鬼との戦いに臨む。 禾室もまた、炎羅と戦う者であった。 「む、むぅ‥‥やっぱり火遁は効かんのかのう。‥‥何せわし、炎羅戦の時はまだ開拓者じゃないでの。その辺よくわからんのじゃ」 「ジルベリアにいた私にも分かりませんわ――って危ない!」 大木のような炎羅の豪腕が唸る。ローズが突き飛ばすことで禾室は難を逃れるが、ローズ自身はそれで吹き飛ばされてしまった。 「ローズ!? く、くぬぅ‥‥このぉ!」 禾室は木刀を強く握り締め、あらん限りの力で炎羅を殴る。 だが力の差は圧倒的であった。まるで効果は無い。 「ガァァァ――!」 咆哮を上げると共に、炎羅の腕が振り上げられる。このまま振り下ろされてしまえば禾室の命は危うい。 そして振り下ろされ―― 「――気に入ったぜ!」 禾室まで届く事は無かった。長い銀髪を蓄えた翼を生やした女性‥‥霊皇バルトロマイがその拳を手で止めたのだ。 一見、見麗しい女性が巨大な鬼の拳を手で受け止めたのだから、実に異様な光景と言える。 バルトロマイは拳を止めたまま、炎羅を見ずに禾室へと声をかける。 「友の為に身を投げ出し、そして友を倒した敵へと立ち向かう‥‥いいじゃねぇか。そういうの、嫌いじゃないぜ」 「テメェ‥‥ナニモンだ!」 バルトロマイがただものでない事に気付いたのだろう。炎羅が意味のある言葉を放つ。 それ受けてバルトロマイはようやく炎羅へと振り向くと高らかに名乗った。 「オレぁ、霊皇バルトロマイ。そうだな、こう言えばいいか? ――未だ倒されてないボスキャラ、ってな。テメェみたいな最初に倒されたボスとは違うんだよ!!」 それを聞いて、その場にいた魔皇の1人がぽつりと呟いた。 「倒されてないっていうか‥‥まともな登場すら――」 「百雨失楽園<パラダイスロスト>」 「またこんなオチかー!?」 ●終宴‥‥? そんなこんなで。 「皆様、お疲れ様でした」 「それで片付けるのかよ!!!?」 戦いは終わり、神楽の都にて打ち上げのようなものが行われていた。 カッシングやデビルのバアル3世、クロセルが参加してるような気がするが、細かいことは気にしてはいけないのだろう。 戦い自体は開拓者達の勝利と言っていい、筈だ。 「クク‥‥第2、第3のクリス・カッシングが現れても大丈夫なように鍛えるといい」 「おーい、この爺さんぶん殴ってもいいよな?」 煉一の言葉に、首を横に振る者はいない。 こんな夢のような悪夢のような事件がまた起こるかどうかは‥‥今はまだ分からない。 |