全ては闇の中で
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/08 19:36



■オープニング本文

 日は沈み、月は雲に隠れて明かりといえるものは一点を除いて無いに等しい。
 その一点とは、とある川の傍にある焚き火の明かりだ。
 1人の男が焚き火の前に座り込んで番をしていた。彼の名は武蔵、開拓者である。
 また、その場にいるのは武蔵だけではない。何人かの開拓者達がそれぞれ動いていた。
 彼らはあるアヤカシ退治の依頼を受けたメンバーだった。その依頼自体は日中に無事終えている。
 帰途にて森に差し掛かったのだが、日が沈んで夜の現状、森に入るのは危険だということで森から少し離れたところで野宿をすることになったのだ。
 武蔵は野宿の準備を各々進める仲間達を視界に収めながら、体の調子を確かめるように腕を回す。
「あー、疲れた‥‥。野宿じゃなくて家でさっさと休みたいもんだぜ」
 いくつか傷も負ったし、練力も消費している。とはいっても街に戻って何日か休めば回復する程度だ。仲間達も大体似たようなものである。
 体調を確認した武蔵は、刀の手入れをしようと思い腰に提げていた刀を抜いた。
 その刀の柄には紋様――既に滅びた氏族である天羽家を示すものが印されている。
 天羽家は3年程前に賊の襲撃を受けて滅びた石鏡の巫女氏族である。特別有名とは言い難く、その地域に住んでる者を除き、情報が命の商人や賊と戦う事が多い職の者でなければ知らない者も多いだろう。
 武蔵が何故そんな氏族の刀を所持しているかというと、彼が天羽家の最後の生き残りだからだ。
 だが今の彼には襲撃以前の記憶は無い。そんな彼にとって、天羽の刀は過去に繋がるかもしれない唯一の手がかりといえる。
「うん?」
 刀の手入れをしていた武蔵だが、何かが近づいている気がして顔を上げる。
 直後、目の前の焚き火がいきなり水柱に包まれて、消えてしまった。
 辺りは一瞬で闇に染まる。仲間の開拓者達も異変に気付き、すかさず武器を手に取る。
「な、なんだ――っつぅ!?」
 突如武蔵の左腕に走る激痛。なんだとそこに手を伸ばしてみれば、刃物らしきものが突き刺さっていた。
 襲われている。状況を開拓者達は、武器を構えて辺りの様子を窺う。
 暗闇で殆ど何も見えないが、確かに誰かの気配を周囲に感じ取ることができた。それも1人ではなく、複数である。
「何者だ!?」
 問いかけへの答えは、闇の中から聞こえた。
「‥‥あぁ、夜分遅くに済まないね。何者かと問われたら、襲撃者だと答えるしか無いかな」
 その声は、男か女か大人か子供かも判別しにくい。
「何が目的で!」
「目的、と言われても我々は雇われただけだからね。天羽‥‥だっけか? その家の刀を持ってる男を殺せと」
 それはつまり、
「俺かよ‥‥!?」
 襲撃者の狙いは武蔵、ということである。
「そういうことだね。だから邪魔しないでくれるんだったら、他の人には手を出さないんだけど‥‥」
 その言葉への応えとして、開拓者達は武器を構えたままであった。
 各々思うところはあるだろうが、襲撃者の提案を呑みはしないという意思の表れだ。
 襲撃者達もその意思を理解したのだろう。最早言葉を発する事無く殺気を隠そうともしない。
 明かりといえるものが何も無い闇の中、謎の襲撃者達との戦いが始まる。



 そして武蔵達より少し離れたところで、何者かが様子を窺っていた。
「‥‥ようやく、見つけた‥‥。天羽の刀を持つ男‥‥」
 声は、女性のもの。
「殺す‥‥絶対に、殺す‥‥。許しはしない――!」
 狂気と怒りを孕んだ意思が、闇の中蠢く。


■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
辟田 脩次朗(ia2472
15歳・男・志
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
羊飼い(ib1762
13歳・女・陰
月影 照(ib3253
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●何を狙う
 闇の中、謎の集団に襲撃された開拓者達。彼らは状況を整理する為、落ち着いて思考を開始する。
「‥‥!?」
 妙に慌てた様子の羅轟(ia1687)だが、彼自身も追っ手を差し向けられるような立場だからだろう。だが襲撃者の狙いは彼ではない。
 襲撃者の話を信じるなら、狙いは武蔵。
「事情は良く解りませんが、開拓者仲間である武蔵さんをむざむざと襲撃者の手に掛けさせるわけにもいきませんね‥‥」
 辟田 脩次朗(ia2472)が武蔵を守るように彼の前に立つ。昼の戦いの後、符水と梵露丸を服用したお陰で体力などが少し回復しているのは好都合か。
「‥‥武蔵さん?」
「ん?」
 武蔵の服の裾を羊飼い(ib1762)がきゅっと掴む。何事かと武蔵が視線を送れば、彼女は不安そうな表情で俯く。
「べ、別に怖いわけじゃないんだけど‥‥女の子だもん」
 羊飼いは意を決して顔を上げると、武蔵の前に出る。
「‥‥て、狙われてるのは武蔵さんだから庇わなくちゃですねー」
「‥‥へっ、お前さんにそんな無茶させてられっかよ」
 直接の戦闘向きではない少女ですら自分を守ろうとしてくれる。その事をありがたいと思ってか、武蔵は自然に笑みを浮かべながら羊飼いの頭をやや乱暴に撫でる。
 そして彼は羊飼いの肩に手を置くと、彼女を自分の後ろにやるよう引っ張る。
「こういう壁は俺に任せな」
「武蔵さん‥‥」
 羊飼いとしては武蔵の猪突を防ぐ意味合いもあって前に出たのだが‥‥彼の言葉を信じるなら、無理に前に出ることはないだろう。
 それを信じて、でも不安を隠すためにも羊飼いはまた武蔵の服を掴む。彼がいなくならない事を願いながら。
 また、他の者達も武蔵を守るように陣形を固めていく。
 そんな中、1人違う行動を取る者がいた。喪越(ia1670)だ。彼は両手を上げながら歩を進めると、近くにいるだろう襲撃者に向けて声を飛ばす。
「って、さっきはつい勢いで構えちまったけどよ。この兄ちゃんを見捨てれば、本当に見逃してくれるのかーい? 目撃者として口封じされるのは御免だぜ」
「え!? 喪越様!?」
 趙 彩虹(ia8292)が驚愕の声を上げる。無理もないだろう、共に戦った仲間を見捨てるなんてことを言い出したのだから。
 他の者たちにも動揺が伝わる。そんな中、竜哉(ia8037)は至って冷静に周囲の様子を探る。
(あれは行動はともかく仲間を売るような愚は犯さないと信用できる。‥‥だとすりゃあれは時間稼ぎ)
 竜哉の推測は正しく、喪越がとんでもない事を言い出したのは時間を稼ぐ為である。それに気づいた開拓者達はこの隙を利用して状況を好転させる為に動く。
「辟田様月影様、よろしくお願いします」
 本気で騙されかけていた彩虹だったが、なんとか落ち着いて状況を理解し、仲間達に合図を送る。
 脩次朗は心眼を発動し、シノビである月影 照(ib3253)は暗視で暗闇での視力を得た。
(さっきの焚き火消したのは水遁ってーことでシノビで間違いないと思っていましたが‥‥やはり)
 暗視のお陰で今まで見えなかったものが見える。襲撃者の数は6人。全員が濃紺系の服を着ているので、明かりが無い状況では視認するのは非常に難しいだろう。
 そして刀を持って攻めようとした襲撃者の1人を、別の1人が手を伸ばして制止の合図をかけることで止めていた。
 喪越の言葉を吟味する為にも、制止したのだろう。声ではなく手を動かすだけで合図をするということは、襲撃者はこの暗闇の中見えているということになる。
 つまり、襲撃者全員暗視が使えるシノビ、ということだ。
 また喪越も見えないにしても、敵が攻めてこない気配を察したのだろう。時間稼ぎとして効果があると判断し、襲撃者達の返事を促す。
「で、どーなんだい? 見逃してくれるのかどうか、そこらへんはっきりしてくれYo!」
 対する襲撃者の返答は、
「去れ」
「へ?」
 実にシンプルなものであった。それ故に、喪越は呆気に取られて間抜け声を出してしまった。
 再び襲撃者が口を開く。
「去れと言っているんだよ。何も見るな、何も聞くな、何も語るな。目を閉じ、耳を塞ぎ、口を固く結んで去るのであれば我々は一切手出しをしない」
 つまり命が惜しければ何もするなということ。何かをしようとすれば、その時点で見逃しはしないということだ。
 それを聞いた竜哉はやはり、と考えを巡らせる。
(唯の物取りなら話も聞こうが‥‥奴らにゃ武蔵の刀に関わる何らかの『目的』がある。会話も時間稼ぎだと見破るだろうと思っていたが‥‥予想以上に取り付く島がないな)
「余計なことをしているものもいるようだしね」
 襲撃者が言うが早いが、風切音が開拓者達の耳に入った。直後、羊飼いの「あっ」という小さな声。
 彼女が密かに夜鷹として作り出した人魂が手裏剣で攻撃されたのだ。暗視を使っている襲撃者にはバレバレだったのだろう。
 尤も、人魂はどのような動物をモチーフに作ろうとも人間と同じ視力しか得ることができないので、結局何も見えないのだが。
 とはいえ、このまま襲撃者の言葉に従い去るわけにもいかない喪越は慌てた様子で声を荒げる。
「えー‥‥あー、くそっ、そうだ! 武蔵!」
「あ、俺?」
 矛先は唐突に武蔵へと向けられる。
「刀の事言ってるみたいだけど、お前ぇ何しやがったんだYo!」
「何もしてねぇよ!?」
 そこに、更に羅轟が会話に加わる。
「武蔵殿‥‥その刀‥‥何か‥‥曰くが?」
「曰くがあるかどうかなんて知らねぇよ! この前山賊から奪い返したばっかなんだからよ――」
「――来ます!」
 照の警告。
 それはつまり、襲撃者達が仕掛けてくるということ。開拓者達がどんな話をしようと、襲撃者にとっては関係の無いことなのだろう。
「人の話聞けよお前ら!」
 そんな喪越の叫びも虚しく、戦いが始まるのであった。


 戦いは始まったが、開拓者達に著しく不利な状況は変わりない。視界の差だ。
 この暗闇の中、襲撃者達と同じように動けるのは照だけである。他の開拓者は襲撃者達の接近を気配でしか察知できなかった。
 照が状況を仲間たちに伝える。
「敵の数は6、全員シノビです! 距離に差はあれど、近づいてきています――ん?」
 その時、彼女はあることに気づく。
「少し離れた所で‥‥様子を窺ってる人物がいます、ね?」
 開拓者達はその人物が何者か考えを巡らせる‥‥が今はそちらに構っている場合ではない。
「ともかく明かりを作れば万事OKだぜ!」
 喪越の言う明かりとは、夜光虫の事だ。特別強い明かりとは言えないが、あると無しでは雲泥の差である。
 明かりに照らされて、近づいていたシノビの姿が3人程浮かび上がる。だが、直後彼の生み出した夜光虫は全てかき消されてしまった。
 直接叩いたわけでもなく、手裏剣などが投げられたわけでもない。恐らくはその辺に落ちてる石を投げたのだろう。
「でも消すって事は、やっぱり作られると嫌みたいですねー」
 羊飼いも、先程シノビの姿が浮かび上がった場所の周辺に夜光虫を飛ばす。すぐに消されるにしても、シノビが余計な行動を取る機会になるには違いないからだ。
「更に‥‥追加‥‥」
 羅轟がヴォトカの口に包帯を詰めた物に火をつけて投げる。火炎瓶とはいかないが、明かりにはなる筈だ。
 だが、やはりというか水遁で消されてしまった。夜光虫とは違い、ヴォトカは有限と考えて火消しを優先したのだろう。
 シノビ達は接近しているものの、明かり消しを優先した為か、攻撃は飛んでこない。
 今のところ攻撃はされていないが、有利になったといえるわけでもないだろう。火は消され、夜光虫はすぐに潰される。
「っつ!?」
 武蔵が声を上げる。どうやら再び手裏剣を投げられたようで、胸に刺さっていた。襲撃者は武蔵以外は眼中に無いのだろう。
「ちっ‥‥男を守る趣味はねーが、くたばられても寝覚めが悪い、か!」
 竜哉が吼える。その咆哮は近くにいたシノビのうち1人を引き寄せ、竜哉の下へ走らせる。
 更に羅轟も吼えた。2人のシノビが彼へと走る。
「馬鹿が‥‥!」
 咆哮にかかっていないシノビが愚痴りながら夜光虫潰しに専念する。襲撃者が初めて感情を見せたような気がする。
 目は少しずつ闇に慣れたとはいえ、やはり夜光虫が無いと殆ど見えないに等しい。竜哉も羅轟もシノビに押され気味であった。
「‥‥やるっ!」
 竜哉の拳が空を切る。せめて受けてもらえればその場所に向けて追撃のしようがあるものの、見えない状態で回避されては追撃を加えても当てるのは非常に厳しい。
 だが、どうしても夜光虫がすぐに消えないタイミングというものがある。その機会を狙い、今まで息を潜めていた者が攻撃を開始する。
「ふっ‥‥!」
 茜ヶ原 ほとり(ia9204)。今まで決して口を開かず、気配を殺す事に徹していた彼女が矢を放つ。
 夜光虫の明かりが小さなもので、よく見えるとはいえない状況だが、彼女はそれでも的中させた。
 決して動かず狙撃に徹し、精神を集中させたその一撃は、闇の中とは思えない正確さであった。
 彼女は気配を消しながら場所を移動し、再び次の機会を待ち気配を殺す。
「彩虹殿!」
 全体が見える場所で指示を飛ばしている照の警告。それは、彩虹‥‥つまり、彼女が守る武蔵に敵が近づいている事を示すものだ。
 光がついたり消えたりする中、彩虹は八尺棍を振り回して敵の察知に使う。
「狙ってるのが判ってる以上、好きなようにさせませんよ!」
 だが振りまわすことで隙はできる。振るった直後、その隙を縫うようにシノビが彼女の懐に潜り込み、刃を突き立てる。
「くっ!?」
「彩虹さんっ!!」
 同じように武蔵を守っていた脩次朗が心眼を頼りに薙刀を振るう。中々当たらないとしても、
「なかなか当たらないのなら、当たるまで振ればいいだけです‥‥!」
 それだけのことだ、と。
 態勢を立て直した彩虹も、反撃へと移る。
「よっしゃ、撃つなら‥‥今だね!」
 喪越が焙烙玉を構え、撃つ。狙いは羅轟のところに咆哮で集まったシノビ2人。
 果たして狙いは外れ、ダメージを与えることはなかったが、思わぬ副作用があった。
 火を持った塵が辺りに広がり、かすかな明かりとなったのだ。さすがに広範囲に及んでは水遁で消す事もできないのだろう。水が飛ぶことはない。
「ちっ、引き際か‥‥!」
 状況を不利だと判断したのだろう。照と拳を交えていたリーダー格のシノビが退くように指示をする。
 それを受けて、正気に戻ったシノビ達も含め、撤退していった。雇われの身だからか、引き際は潔い。
 こうして、開拓者達は無事この場を切り抜けたのだった。

●依頼主の真実
 襲撃者のシノビは全て退け、戦いは終わったと言ってもいい。だが、全てが終わったわけではない。
「月影様!」
「あっちですね」
 彩虹の呼びかけの意味を理解し、照が闇に向かって駆ける。彩虹はすぐにその後を追い、瞬脚も利用して追い抜く。
 彼女らの向かう先、そこには1人の女性が居た。巫女服らしきものを着ていることから、巫女と推測できる。
「くっ‥‥やられたの‥‥!?」
 向かってくる2人を見て、驚いた様子の女性。照の話によれば、こちらの様子を窺っていた女性‥‥恐らくは襲撃者の雇い主だろう。
 ただ、シノビ達は敗走したことを雇い主に告げる事なく去ってしまった為、暗視などの暗闇でものを見る術を持たない彼女は襲撃者が敗北した事に気づくのに遅れ、逃げるより先に彩虹と照に追いつかれたのだ。
 浄炎と思わしき炎が舞うが、近接戦に持ち込まれれば巫女が泰拳士とシノビに勝てる道理は無い。女性はあっという間に取り押さえられてしまう。
 直後、他の開拓者達もその場に駆けつける。
「この女が‥‥依頼人、か?」
「くっ‥‥殺す‥‥殺して、やる‥‥!」
 駆けつけた武蔵の顔を見ると、女性は取り押さえられているというのに狂気を孕んだ殺気を迷いなくぶつけてくる。
 ぶつけられた武蔵は、戸惑うばかりだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!? 俺があんたに狙われる理由って何だよ!」
「本気で‥‥言ってるの‥‥!?」
 そんな2人の間に羅轟が割り込み、女性へと声をかける。
「誤解してる‥‥のでは‥‥? 天羽の刀は‥‥最近まで‥‥別の山賊が‥‥持っていた」
 だから女性が憎む対象はそちらではないのか、と。
 だが女性は狂気に染まった目で武蔵を見るばかりだ。羅轟の話を聞いているかも怪しい。
 照が懐からメモを取り出してそれをめくる。それに書かれているのは記者である彼女が調べた天羽の事件に関することだ。
「まーぶっちゃけ、武蔵殿の命とか拙者は知ったこっちゃないんですが、どうも天羽に関する過去との因縁があるようですからね。折角掴んだ事件の糸、手繰り寄せる前に切られる訳にはいきません」
 だからきっちり話してもらいましょうか‥‥そう言葉を続けようとして、女性の様子が変わったことに気づく。
「武蔵の命‥‥? 何を、言っている‥‥の? 武蔵はあの日に‥‥死んだ‥‥殺された‥‥!」
「えっ」
 一同の視線は一斉に武蔵に。場を妙な沈黙が包む。
 その沈黙を破ったのは、何故かバツが悪そうに口を開く武蔵だった。
「‥‥いや、なんか生きてて悪いみたいな雰囲気があるけど‥‥俺が武蔵、だぜ?」
「え?」
「もしかして、俺の知り合いか何か‥‥なのか? 俺、3年より前の記憶がねぇからさ」
 それを受けて、女性が武蔵の顔をじっと見る。先程までの殺気が、感情が消えた表情で。
 再び訪れる妙な沈黙。それを破ったのは今度は女性であった。
「‥‥そう。随分大きくなったから‥‥分からなかったわ、武蔵‥‥」
「分からなくなる程、成長したのか、俺?」
「えぇ‥‥私の記憶が確かなら‥‥今のあなたは19歳、だったかしら‥‥」
 えっ、と今度驚嘆の声を漏らしたのは周りの開拓者達だ。今の武蔵は20代半ばぐらいに見えるからだろう。
「それは確かに分かりませんよね。一般的な16歳男子が3年でこうなってれば‥‥」
 開拓者達が思ったことを、ほとりが代弁する。
「で、結局あなたは‥‥?」
 脩次朗の問いに、女性は感情の無い笑顔で答える。
「私は‥‥天羽・扇姫‥‥。弟がお世話になってます‥‥」
「えぇぇぇぇ!?」
 生き残りは武蔵だけだと思われた天羽家の生き残り。扇姫の言葉を信じるなら、彼女は武蔵の姉、ということになる。
 それを聞いて竜哉は得心がいったと頷く。
「成る程。刀を持った武蔵を、天羽を襲撃して刀を奪った山賊だと誤解し、敵討ちの為に襲撃させた‥‥といったところか」
 それを聞いた開拓者達は苦笑いをするしかない。
 何はともあれ、と彩虹は安心したように息を吐く。
「誤解が解けて本当に良かったです。‥‥武蔵様と再会できて、よかったですね」
 それを受けて扇姫は再び微笑む。相変わらず感情の無い笑顔で。
「えぇ‥‥本当に、よかった‥‥」