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■オープニング本文 とある村にて、2人の男が向かい合って食事をしていた。それぞれ一郎、大介という名だ。 食事は各々が家から持ってきた弁当だ。一郎が弁当の蓋を開けて苦い顔をする。 「あっちゃー‥‥。椎茸入れんなって言ったのに」 「その歳にもなって好き嫌いかよ」 「うっせぇ、嫌いなものは嫌いなんだよ。嫁には入れんなって言ってんだがなぁ」 一郎が持ってきた弁当は、彼の妻に作らせているのだ。夫の好き嫌いを直す為にもわざと嫌いなものを入れているのかもしれない。 だが入れられた身としてはそんな思いやりはどうでもいいことだと、しぶしぶ椎茸に箸をつける。 それを見た大介は得意げに弁当の蓋を開けると、その中身を見せ付ける。 「へへっ、その点俺の弁当は俺の好きなものばっかり入ってるぜ。これが愛の差ってやつだな」 「いやお前それ‥‥」 「いやぁ、聞いてくれよ。昨日の夜なんて大変だったんだぜ。俺は仕事あるから早く寝たいって言ってるのに、嫁が甘えてきてよ。その嫁が可愛いのなんの――」 大介ののろけ話は止まらない。一郎は最初何か言おうとしたが、結局諦めて自分の椎茸と格闘することにした。 どうせ話を止めようとしても止まらないと彼は知っているからだ。 何故ならば、 「最近の妄想はすげぇな。弁当まで作ってくれるんだから‥‥」 大介は嫁も彼女もいない正真正銘独り身の男であり、彼が語る内容は全て妄想だからだ。 そんな妄想の世界に生きる彼を止める術を、一郎は知らない。 この村ではそんな悲しみを背負っている男は、大介だけではなかった。 ちょうど大介ら世代では生まれた女の子が極端に少ないということもあって、村には独り身の男性が多くいた。 一郎のように村の女性と運良く結ばれた者もいれば、村の外の女性と結ばれた者もいる。 だが、幼い頃から女性に触れる機会が殆ど無かった男性達は、村の外に出ても女性に声をかけることができず、結局寂しい独身生活を送ることになっていた。 そんな彼らが身につけた心を守る術‥‥それが妄想である。 妄想の世界で理想の嫁と理想の生活をすることによって、寂しさとか色んなものを紛らわせているのだ。 ある意味どうしようもない彼らのことを考えると、つい溜息が零れてしまうのも無理はないことだろう。 「まぁ、迷惑はしてないっちゃしてないんだけどなぁ‥‥」 どうしたものだろうか、そう考えながら一郎が仕事場に向かっている時だ。 「兄さーん! 大変だ!」 「ん? どうした二郎」 声をかけてきたのは一郎の弟である二郎。村の外の女性と結ばれた数少ない男だ。 二郎は一郎のところまで駆け寄ると、荒い息のまま兄へと告げる。 「それが‥‥村の、近くの森で‥‥村の人達が倒れていて‥‥!」 「何!? 二郎、お前はすぐに村の皆に知らせてこい!」 「分かったよ、兄さん!」 一郎はどこで村人達が倒れていたのかを二郎に聞くと、すぐさま森へと走った。 そして、一郎が森で見たのは‥‥悲しみを背負った男達の倒れた姿であった。 倒れていた男達は意識が無かったものの、息はあった。 彼らが目を覚ましたのはその日の夜のことだ。一郎を始めとして、村人が何をあったのかを聞く。 だが‥‥。 「何があったかなんて聞かれても‥‥その答えにくいっていうか」 「は?」 男達は皆顔を赤らめて中々話そうとしない。それはまるで思春期の男が恋の話をしようとした時の雰囲気にも似てる。 だがこれでは話が進まない‥‥と問い詰めた結果返ってきた答えは、意味不明なものであった。 「嫁とちょっといちゃつきすぎて体力が尽きちまっただけだよ、言わせんな恥ずかしい」 「‥‥え、いや、何?」 重ねて言うが、森で倒れていた男達は皆悲しみを背負った男‥‥独り身の男である。彼らの嫁というのは、妄想の世界にしか存在しない。 だが、彼らは全員嫁といちゃついてたら体力が無くなって倒れてしまったというのだ。 「いやぁ、凛がどうしても俺に料理を食べてほしいって言うもんだからさ。見た目やばかったんだけど、それを愛で乗り越えるのが男ってもんだろ? で、それを食べたら――」 「ねね子がこけたせいで服が泥まみれになってな。そのままじゃ大変だろうってことで、俺の家に来ないかって――」 男達がどんなことがあったのかを次々と語りだす。だが、それはどれも妄想の世界で理想の嫁といちゃついたどうのこうのという話だ。 結局、一郎らは有益な話を聞くことなく、その日は終わった。 それからだ。 森の中で男が倒れているという事件が度々起こるようになった。被害者は勿論言うまでもない。 彼らの話によると、森に入ると理想の嫁といちゃつける、その為なら倒れようが構わない‥‥とのことだ。 これらを受けて村人たちは、森にはアヤカシがいて、それが幻覚を見せている間に体力を奪っているのでないか‥‥という結論に至った。 わざとなのか、被害者は死ぬような目には遭っていない。その為、被害者は体力が回復するとすぐに森へと入ってしまうのだ。 この事態を重く見て、ついにアヤカシの調査・退治がギルドへと依頼される。 「最近のアヤカシはすげぇな。理想の嫁といちゃつけるっていうんだから‥‥」 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
シエラ・ダグラス(ia4429)
20歳・女・砂
辺理(ia8345)
19歳・女・弓
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
千亞(ib3238)
16歳・女・シ
ウィリアム・ハルゼー(ib4087)
14歳・男・陰
ルー(ib4431)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●森へと 妄想を幻覚として見せるアヤカシを退治する依頼を受けた開拓者達は、そのアヤカシが住むという森に足を踏み入れた。 千亞(ib3238)やラシュディア(ib0112)が村人達に事前に聞き込みをしたものの、被害者である男性は黙秘し、彼ら以外の村人は森に入らない為有効な情報を得る事はできなかった。 とはいえアヤカシに遭遇すること自体は恐らくそんなに難しいことではないだろう。 何故ならば、 「妄想を見せるアヤカシ‥‥ですか。私にはよくわかりませんね」 「妄想が暴想で有名な御主人様がさらに妄想に磨きをかけてどうなさるおつもりですか‥‥」 アヤカシの特徴を反芻したものの、結局よく分からないと首を傾げるシエラ・ダグラス(ia4429)に、彼女のメイドであるウィリアム・ハルゼー(ib4087)がシエラの無自覚さにつっこみを入れる。 彼の言葉によれば、シエラは相当な妄想癖があるらしい。 更には村の男性達と同様に愛に飢えている男も2人。恵皇(ia0150)と、相馬 玄蕃助(ia0925)だ。 もし玄蕃助に後ろを振り向く余裕があれば、少しは救われたかもしれない‥‥のだが。 「はあ、理想の殿方、ですか?」 辺理(ia8345)は自分にとっての理想の男性とはどのような人物なのか‥‥と考えようとするが、どうにもイメージが固まらない。 だからこそアヤカシがどのような人物を見せてくれるかを心の中では期待している。 そんな彼女の視線はついつい前を歩く玄蕃助の背へと注がれていた。無自覚の行動ではある、が。 ――と、このように妄想逞しい開拓者達が何人もいるのだ。アヤカシが彼らに幻覚を見せる為に現れる事は間違いない。 「例え、妄想や幻でも、独りの人達からそれを取り上げるのは少し気が引けるけれど‥‥」 先頭を歩くルー(ib4431)は後ろを振り返ってから、気を引き締めなおす。 彼女が見たのは既に妄想に耽っているだろう開拓者達の緩んだ顔。‥‥これは早く取り上げるべきなんだな、と。 ●妄想タイム 幻覚は突然だった。 千亞が超越聴覚で辺りの気配を探っていたにも関わらず、突然開拓者達を幻覚が襲ったのだ。 こうして、開拓者達は敵の襲撃を察知することなく、妄想の世界へと落ちていった。 「ん‥‥あれ?」 恵皇が次に目を覚ました時は、彼は自宅の食卓についていた。 もっと別のところに居たような、何かをやっていたような気がするが、頭に靄がかかったようで何も思い出せない。 どうしたものだろうかと思っていると、おいしそうな匂いが彼の鼻腔をくすぐった。 1人の女性が食卓に料理を運んできたのだ。 ここで恵皇は思い出す。可愛い嫁が食事を作るというので、それを心待ちにしていたのだと。 気丈なところがあって、素直じゃない嫁。こうして料理を作ってくれるのも珍しいことなので、どうしたのかと問うてみる。 すると嫁は目を合わせないようにそっぽを向き、顔を赤くしながら言う。 「べ、別にあんたの為に作ったんじゃ‥‥!」 「いや、じゃあ何の為に作ったんだよ」 「材料が余ってたからよ、材料が!」 材料が余ってたと彼女は言うが、恵皇は知っている。彼女がこの時の為にわざわざ食材を買いに行ってたことを。 まったく素直じゃない彼女に、ついニヤニヤとした笑みを隠し切れず、だが深くは追求しない。 「折角だから美味しく頂くさ」 「‥‥ふふっ、召し上がれ」 そして食事が終わった後も、嫁は暇だからという理由で一緒にいてもいいと言ってきた。 勿論本心は分かってるが、つっこむのは無粋というもの。彼女を抱き寄せ適当にだらだらと過ごす。 と、そんな恵皇の首に嫁じゃない別の女の腕がすっとまわされる。 何事かと後ろを見てみれば、神秘的な雰囲気の女性が覆いかぶさるように抱きついてきたのだ。‥‥彼女もまた恵皇の嫁だ。 更に気立てのいい尽くす第3の嫁が、切り分けた果物を恵皇の口へと運ぶ。 思わず「爆発しろ!」と言いたくなるような絵面だが、ある意味では悲しくなってくる。 ――妄想なのだから。 千亞は愛しい人の帰りを今か今かと待ち続けていた。 彼女が愛するダーリンは、千亞の3倍の年齢はいってるような紳士。おじさんという呼び方よりもまさにおじ様という呼び方がぴったりな人物だ。 年齢差はあるが、愛の前には壁は無いに等しい。穏やかで落ち着いた物腰の、色々とテクニシャンな紳士に千亞はメロメロだった。色々ってなんだ。 家の扉が開く。扉の向こうに立っているのは勿論紳士だ。その手には美味しそうなお菓子をたくさん抱えている。 「わぁ、おかえりなさい、ダーリン‥‥♪」 千亞は頬を染め、潤んだ瞳で紳士に飛びつき抱きつく。紳士は慣れたものなのか、当然のようにその勢いを抱きとめる。 「いい子にしてたかい? 千亞」 「勿論です、ダーリン」 にっこり笑顔の千亞の頭を撫でる大きな手。千亞の顔が更に幸せで緩む。 「それじゃあご褒美だよ」 紳士が褒美として渡したあん団子を、千亞は早速食べる。 「美味しいですー!」 幸せの為か、美味しさの為か。ついついかぶりついた千亞の口元にあんがついてしまった。 だが、 「千亞」 そのあんは紳士によって拭われてしまった。彼の優しい口付けによって、だ。 「団子より千亞の方が甘いな」 「ダーリン、恥ずかしいよぉ‥‥!」 そのまま千亞をお姫様抱っこする紳士。千亞はもうされるがままだ。 紳士マジテクニシャン。 「お、あそこにいるのは‥‥」 ラシュディアはいかにも自分好みな女性が前を歩いているのを見かけた。恐らく年上、スタイル抜群の美女だ。 そんな彼女に声をかけようと近づき、肩に手をかけてみる。 「あ、あれ?」 振り返る女性。だが女性は先程までのような年上の美女ではなく、明らかに年下だろう美少女に姿を変えていた。 青みがかった紫色の髪で眼鏡をかけているその姿は知り合いのようにも見える‥‥が。 「あ‥‥」 知り合いと違うのは積極的に甘えてくることだろうか。ラシュディアの懐に入るように抱きついてくると、顔を胸へと摺り寄せてくる。 そんなことをされて大人しくしているようでは男ではない。‥‥例え相手が10歳の女の子だとしても。 ラシュディアは自分の心のままに、少女を抱きしめ頭を撫で、彼女の耳元で何事かを囁く。 「――」 それを受けて、少女は顔を真っ赤に染めながらもこくりと頷く。 愛の前には年齢差なんて――ということだろう。社会の目はともかく。 ルーは1人の男性と、ある街にたどり着いた。 男性とはひょんな事をきっかけに出会い、共に行動している。 とはいっても、男性がこちらに何か声をかけたりする事は少ない。あくまでも必要なことだけを伝える、という場合がほとんどだ。 「うわぁ‥‥すごい人‥‥」 2人がやってきた街はかなり賑やかのようで、人も多い。そうなると自然に行きかう視線も多くなる。 嫌だな、とルーは思った。過去の経験から人に見られたり触られたりするのを苦手としているからだ。 そう思っていると、彼女の頭に何かが載せられた。 「ん‥‥」 「え、これは‥‥?」 男性がルーの頭に笠を載せたのだ。どういうことかと目で問うてみるが、男性は何も言わずに先を歩く。 だが‥‥ルーにはなんとなく分かった。彼が何故こんなことをしたのか。 思わず笑みを零しながら、ルーは笠を深く被る。 朝、シエラは料理をしていた。いや、ただ料理をするだけなら何も問題ないのだが、格好が問題であった。 服などを何も身につけずにエプロンだけを身につけた姿‥‥いわゆる裸エプロンで料理をしていたのだ。 勿論、そんなのを目の前にして男が我慢できるわけがない。シエラの旦那である男は、料理している彼女を後ろから抱きしめる。 「あん、駄目ですよ。まだお料理の途中なんですから」 とはいっても、シエラは抵抗らしい抵抗はしない。こんな風に襲われる事も考えて裸エプロンをしているからだ。 ちなみに男の姿は靄がかかったようになっていてその姿を確認する事ができない。シエラが男性経験皆無な為に、明確な像を浮かべることができない為だろう。 一通りイチャついてから、ようやく朝食を始める2人。だが2人ともあーんとお互い食べさせあっている為に中々進まない。 2人が幸せならそれでいいんだろう、きっと。 朝の日差しが一段と強くなる。その日に照らされ、靄が晴れた。 「‥‥あれ? なんでウィリアムさんが旦那様で‥‥あれ?」 ウィリアムは幸せな結婚生活を送っていた。先日ついにご主人様であるシエラに告白されてゴールインしたからだ。 つい癖で御主人様と呼んでしまう時があるが、そういう時は決まってシエラが 「シエラって呼んでくれなきゃ嫌」 と拗ねてみせ、甘えてくるので、ウィリアムは名前で呼ぶように心がけている。 今朝のシエラの格好は裸エプロンだったが、日によっては水着にエプロンという時もある。 勿論、どちらもウィリアムを喜ばせる為だ。 「ウィリアム〜はい、あーん」 こうして食べさせあうのはいつもの日課だ。時間はかかろうが、幸せなので問題ない。 食事が終わると、ギルドへと仕事を探す為に家を出る。 勿論家を出る時は、新婚夫婦にお決まりの行ってらっしゃいのちゅーをする。 そもそも2人一緒に出かけるのに、行ってらっしゃいのちゅーをする必要があるのだろうか。 2人はギルドで依頼を受け、アヤカシ退治へと向かう。 敵は服を溶かしてくるスライムやら、うねうねした触手だったり――後の展開は言わずとも分かるだろう。 それにしても、一体どこからどこまでがシエラの妄想でウィリアムの妄想なのだろうか。混ざっているようでよく分からない事になっている。 玄蕃助は嫁との愛の巣にてまったり寛いでいた。 土間からは味噌汁の香り、それと共に響くは何かを刻む音と鼻歌。 愛しい嫁が料理をしているのだ。その後姿を玄蕃助はじっくりと眺める。 割烹着に包まれたふくよかな尻が揺れるたびに、思わず玄蕃助の視線も揺れる。 「うむ‥‥やはり撫子の尻たるもの、着物に包まれて尚その肉置きを主張してこそ!」 彼に言わせれば裸なんとかは風情が無いらしい。 そんな彼の思いを知ってから知らずか、嫁は料理の仕込が終わったようで、掃除を始める。 雑巾を手に取り、床を拭いていく嫁。四つんばいになっているので尻を見放題である。勿論玄蕃助はじっくりと凝視。 「なんと素晴らしい‥‥! ここで飛びかからずは男にあらず!」 座った姿勢からなんとも器用にぴょーんと跳ねて、嫁に覆いかぶさる玄蕃助。主に尻の辺りに。 そんな玄蕃助の行動を、嫁は頬を膨らませて怒る。また汚れてしまうからやめてくれ、と。‥‥掃除中でなければやぶさかではない、といった風に。 それを受けて、玄蕃助はしょーがないなーと退散。どうせ後でもっとイチャつけるのだ。 こうして嫁の掃除が終わり、2人は縁側で日向ぼっこをすることにした。 玄蕃助は横になり頭を座っている嫁の膝の上に載せる。膝枕というやつだ。その上嫁による耳かきをついているのだからたまらない。 嫁のむっちりとした太股の感触と体温を感じながら、2人はとりとめもない話をする。 「うむ、そうじゃな‥‥子供は幾人欲しいかの? んんっ?」 そこで玄蕃助はある事に気付く。今まで嫁の尻にばっかり目が行っていた為に、嫁の顔を見ていないなと。 今は逆行でよく見えないが起き上がれば顔は分かる筈だ。どれ、と玄蕃助は起き上がり嫁の顔を見る。 「むう!? 辺理殿!?」 辺理はある男性に口説かれていた。 その男性とはなんと玄蕃助だ。だが現実の彼と大きく違う点があるとすれば、きりっとしていて渋く、更に鼻血を出したりしないのだ。 つまりは相当に美化されているのだ。 「辺理殿は可愛く優しく‥‥正しく理想的な女性でござる」 「そんな、私なんか、ぽっちゃりだし、可愛くなんか‥‥」 顔を真っ赤にして照れる辺理。思わず手を顔に当てるが、頬の赤みは隠せそうに無い。 何故美化されたとはいえ玄蕃助に口説かれているのか。‥‥つまりは、それが彼女の想いということだろう。 だからこそこのような妄想を見たのだ。 その妄想にある変化が訪れる。 「なっ、これはどういうことでござるか!?」 「えっ‥‥?」 なんと、玄蕃助がもう1人現れたのだ。こちらは美化された彼と違い、いつもの彼と変わりはない。 恐らくはまた妄想が混ざった結果なのだろう。 理由はどうあれ、辺理としては混乱するしかない。想い人に口説かれたと思ったら、その男性が増えたのだから。 わけがわからないこの事態を解決する為に、彼女はある方法を取る。 「え、えーい!」 2人の玄蕃助の手を取り、そのまま自分の胸へと押し当てる。混乱の極みだからこそこんな事をしてしまったのかもしれない。 直後、 「最近の妄想は凄いですな。乳の感触まで――ぶふーっ!?」 後から現れた玄蕃助が鼻血を噴いた。それはつまり、 「こちらが本物です!」 ‥‥そのような理由で本物と判断されるのも少し悲しいものがあるが。 何はともあれ、妄想の中で現実の感触を味わった玄蕃助――実際に揉んだのだろう――は、鼻血を噴くと同時、意識が現実へと戻っていく。 ●現実の愛 玄蕃助が目覚めた直後、他にも妄想で何やらあったのだろう。数人が目覚める。まだ幸せな妄想を見ているものもいることはいるのだが。 そんな彼らの目に入ったのは、何やらスライムのような物体であった。サイズはそんなに大きくない。 考えるまでもなく、アヤカシだろう。開拓者が目覚めた事に気付いたのだろうアヤカシは逃げようとするが、その歩みはあまりにも遅い。 結局、色んな意味で怒った開拓者達によって倒されるのに時間はかからなかった。 アヤカシが倒されてから、森の中に数人の男性がやってきた。 彼らはアヤカシが倒された事を知ると、膝から崩れ落ちる。 「お、俺達の幸せが‥‥!」 そんな彼らを見て、ルーは腰を落として彼らと視線を合わせると声をかける。 「やっぱり‥‥自分の思い通りになる相手、なんて本当に愛しているとは言いにくいし」 そしてルーは思い出したように自分の荷物から弁当を取り出し、男性達に渡す。 「これ、皆の妄想の嫁を奪ったお詫び代わり。好物ばかりともいかないし、腕も良いとは言えないけど、これで体力を戻して‥‥それで、妄想じゃない自分の大切な伴侶を、見つけて?」 ルーの微笑み。男性達は思わずこくりと頷く。 村の男性はこれで一先ず問題ないだろう。‥‥男性達の心に、ルーという存在が深く刻まれた可能性が高いが。 こうして事件は無事解決した。 どう話せばいいか困惑している男女がいたり、「俺はそういう趣味じゃねぇ!」と必死に自分に言い聞かせている男がいるとしても、だ。 |