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■オープニング本文 「こっちでいい‥‥か」 辺りの景色と、手に持っている地図を見比べる大柄な男が1人。開拓者の武蔵だ。 彼がいる場所は石鏡の三位湖の北、東の山脈に隣接する十塚と呼ばれる地域だ。 今、武蔵は十塚にある須佐という町を目指して歩いているのだ。 「過去に天羽が治めてた町‥‥須佐、か」 彼が向かっている理由は1つ‥‥過去を知る為だ。 天羽家は過去に賊の襲撃を受けて滅びた氏族であり、武蔵はその数少ない生き残りである。‥‥だが武蔵は記憶を失い、彼の覚えている最古のものは燃える天羽の家だ。 本能からその現場を速やかに離れ、後日唯一覚えていた名前と当時の状況から自分が『天羽 武蔵』であることを武蔵は知った。 そんな武蔵が選んだ選択は‥‥須佐を離れるというもの。‥‥なんとなく須佐に残りたくないと思ったのだ。 記憶を持たない武蔵が1人で生きるには辛いこともあったが、幸い志体持ちであり、戦闘技術は体が覚えていたお陰で何とか生き残ることができ、今は開拓者となった。 開拓者になって余裕を持った生活ができるようになったからか。彼は己の過去を知りたい‥‥と思うようになり、その切欠として須佐に向かっているのだった。 「あれ‥‥?」 地図と睨めっこしながら歩いている武蔵の意識の外からかけられる言葉。何かと思い顔を上げてみれば、すれ違おうとしてた少年が武蔵の顔をまじまじと見ていたのだ。 大体歳は14前後だろう少年‥‥いや、少年とはいっても、ぱっと見た限りでは少女にも見える中性的な顔立ちをしている。艶やかな黒髪を腰の辺りまで伸ばしているから尚更だ。 少女のものにしてはやや低い声質と、着ている服からなんとか少年だという事が分かる。 「えっ、えっ‥‥武蔵‥‥? なんで武蔵がここに‥‥!?」 困惑とした表情を浮かべる少年。まるであり得ないものを見ているかのように、武蔵の顔を覗き込む。 ただ、この状況に困惑しているのは武蔵も同じだ。この少年に見覚えが無いからである。 「お前俺のことを知ってるようだけど、誰だよ!?」 「えぇ、酷いなぁ、武蔵! 馬鹿なのは知ってたけど、親友の僕を忘れるだなんて‥‥!」 「親友!? あ、いや、忘れるといえば――」 確かに自分自身が忘れているだけかもしれない。何故なら自分は記憶喪失なのだから――そのことに気づいた武蔵は記憶喪失状態であることを少年に告げる。 自分は天羽家が襲撃にあう以前の記憶は無い、だからその時の友人ならば申し訳ないが覚えていない‥‥と。 「記憶喪失? ‥‥詳しく聞かせてほしいな」 「あ、あぁ」 そして武蔵は記憶を失っていること、自分が今までどうやって生きてきたか、ここには何をしに来たかなどをざっくり話す。 始めは神妙に考え込む素振りをしていた少年だったが、話が進むにつれ表情は緩んでいき、最終的には笑みを浮かべていた。 「成る程‥‥中々面白いことになってるじゃないか、天羽 武蔵」 「いや、面白いで片付けんなよ」 呆れて溜息をつく武蔵。どうもこの『親友』らしい少年は、性格に難があるように思えた。 だが、そうだとしても武蔵の過去を知る人物には変わりない。記憶を取り戻す何かの切欠になるかもしれないと考え、過去話をしてもらおうと提案する。 「ともかく、だ。頼みてぇことが――」 「うん、いいよ。あ、タダじゃないけどね」 「早ぇよ!?」 言わなくても分かるよー、と少年は笑いながら言う。 「武蔵がここに来た理由を考えれば、ね。僕の知ってる武蔵の過去を教えてほしいんでしょ? でもタダじゃ教えてあげない」 「んだそりゃ」 「今の武蔵は困った事件を解決する開拓者さんなんだよね。だから困ったことを解決してくれたら、報酬として教えてあげる」 自分の主張は完璧に正しいものだとでも言うように笑顔で言い切る少年。 やはり武蔵が最初に抱いた『困った人物』という印象は間違っていないようだ。 だが、 「あぁ、くそっ。確かにお前みたいな友人がいた気がするぜ‥‥!」 このやり取りに懐かしいものを感じるのも確かだ。‥‥だから、きっと。確かに少年は忘れられた記憶の中では大事な友人だったのだろう。 「で、具体的に何すりゃいいんだ?」 話を進める為に、困った事とは一体何かを聞く武蔵。 「うん。最近ね、須佐の近くに住んでるケモノ‥‥犬系のやつらの様子がおかしいんだよ」 「様子がおかしい?」 「そいつらは森の中に住んでるんだけどね。最近、森に入った人間を集団で執拗に追いかけるんだ。‥‥まるで狩りの獲物のように」 有り得ないことが起きている、といった風に話す少年。 だが、武蔵は一体何がおかしいのかが分からず、戸惑うばかりだ。 「‥‥えーっと、それの何がおかしいんだ? ケモノが人を襲うなんて別に珍しいことじゃねぇだろ?」 少年は可哀想なものを見る目で武蔵を見てから、深い溜息を吐く。 「はぁー‥‥そっか、それも忘れちゃったんだね、武蔵。でも旅する時はその土地の特徴ぐらい勉強しとこうよ‥‥」 「な、なんだよ!? 俺、何かおかしいこと言ったか!?」 「言ったよ。あのね、武蔵。十塚は昔から人間とケモノが共存し、繁栄してきた土地なんだよ? ‥‥過去話より、先に教えることがありそうだなぁ」 「人間とケモノが‥‥共存?」 そう、と少年は人差し指を立てて説明を始める。 「今回問題になっている犬のケモノはね、人間が森に入った時外敵に襲われないよう護衛をする。人間は礼として、森をケモノが住みやすい環境に整備したり‥‥そうやって良好な関係を保っていたんだ」 しかし、 「最近はそれが崩れ、それどころか‥‥死者まで出る始末だ。そして、ここが一番の問題なんだけど‥‥」 少年は一呼吸置いてから、続きを話す。 「見つかった死体を見る限り‥‥どうもアヤカシに殺されたっぽいんだよね」 こうして、武蔵は少年から須佐の近くで起きた異変を解決するよう依頼される。 とはいっても、武蔵1人で解決できるような事件ではなく、武蔵を通してギルドに正式に依頼が出されることとなった。金銭は少年が用意するとのことだ。 依頼を出す為に神楽の都に戻ろうとする武蔵を少年が呼び止める。 「あ、そうそう。武蔵は須佐の町に入らないか‥‥行っても名を明かさないようにした方がいいよ」 「なんでだよ?」 「‥‥武蔵の頭で理解できるかどうか分からない面倒事に巻き込まれるかもしれないからだけど、説明した方がいい?」 どうしたものかと鼻の頭を掻く武蔵。こういう時は素直に従った方がいい‥‥忘れられた記憶が、心の奥底からそう訴えているような気がした。 「分かったよ。‥‥って、あぁ、そうそう。聞くの忘れてた」 「ん、なに?」 「お前の名前って?」 今更それを聞くかなぁ‥‥と溜息をつく少年。が、気を取り直して告げる。 「僕はナギ。凪じゃなくて、草を薙ぐ方のね」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
キァンシ・フォン(ia9060)
26歳・女・泰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●須佐 十塚最大の町である須佐にやってきた開拓者達は、それぞれ分かれて情報収集をしていた。 「女心と秋の空ってわけでもねぇのに、急な関係の変化は解せないさね」 「やれやれ、色々とぉキナ臭いねぇ‥‥調べてぇみっか」 北條 黯羽(ia0072)の言葉に、犬神・彼方(ia0218)は今回の事件に不穏なものを感じると述べる。 「‥‥武蔵の件もあるし、厄介になりそうだぜ。ま、厄介でも‥‥愛しの旦那が隣に居るのは心強いさね。頼りにしてるぜ」 黯羽に言われ、彼方は任せろと言わんばかりの笑みで応える。 2人が特に聞き込みを重視したのは子供達だ。子供達の観察力や、大人の噂を覚えている記憶力を期待してのことだ。 それに、黯羽はあまり賑やかな人物と話すのが好きではない。その点子供だと気が楽だから‥‥というのもある。 「しかし‥‥子供達はあまり森については知らない、か」 だが有力な情報を得られたかというと否だ。ケモノが多くいる森に近づいては駄目だと大人達に厳しく言われてることもあり、森やケモノについて何か知っている子供はいなかった。 彼方としても事件の前に何か気になるようなことが起きたかどうかを聞き込みをしたが、町にも森にもそれらしいことは起きていないらしい。 「ってぇことは‥‥本当にいきなりってことか。やっぱりアヤカシかぁね‥‥」 そうなると何か別の外部要因を考えるより、アヤカシが森に現れた‥‥とシンプルに考える方がしっくりくる。 一度考えを整理する為にも頭をすっきりさせる必要がある‥‥ということで、黯羽と子供達の遊びに入っていく彼方であった。 「今まで共存していたケモノが襲ってくるなんて‥‥だからこそ依頼なんでしょうけど、元々が武蔵ちゃんの過去探しだから元通り共存の道を探した方が記憶が戻りやすいかしら」 元通りにできれば良いけど‥‥同行している武蔵を見るはキァンシ・フォン(ia9060)だ。 だが、今の武蔵は伊達眼鏡、深編笠、更にはもっさりとした付け髭の為に一見して武蔵だと分からないような格好だ。 これはナギの「町に入る際は名を明かさない方がいい」という忠告に従ってのものであり、開拓者達が変装の為に道具を貸したのだ。 「‥‥ここまでする必要があんのか?」 との武蔵の言葉に、ジークリンデ(ib0258)は頷きで返す。 「天羽家の方は何らかの騒動に巻き込まれる可能性は高いと思われますので、時が満ちるまでは天羽家の生き残りであることを伏せた方が良いかと」 「そういうもんなのか」 「‥‥で、この判断はやっぱり正解だったみたいだねぇ」 言いながら武蔵達に合流するのは不破 颯(ib0495)だ。彼はちょうど町の住人に話を聞き終えたところであった。 「天羽の評判について聞いてみたけど、評判自体はそう悪いものではなかったねぇ。‥‥ただ、もし生き残りが町に現れたら面倒なことになるかもしれない、という話も聞けたけどねぇ」 「面倒なこと、ですか?」 首を傾げるキァンシの問いに、颯は頷いて話を続ける。 「あぁ、天羽が滅びてしばらくは誰がここを治めるかで揉めたらしくてねぇ。今はもう落ち着いたけど、天羽の生き残りが現れるとまた揉めるかもしれない‥‥ってのを危惧してるんだそうだ」 本人に興味が無くても、騒動が起きる可能性を孕んでいるのが権力争いの面倒なところか。困ったように頭を掻く武蔵を御調 昴(ib5479)が見上げる。 (自分が知らないのに、自分に関わった問題がそこにあるって、どういう感覚なんでしょう‥‥) とはいえ、今回それについて多く調べる余裕は無さそうだということで、まずは目の前の問題‥‥ケモノの異変について昴は聞き込みをする。 どの辺りで被害が頻発してるか、最初に異変が起こったのはいつごろか、その頃に何かなかったかなどだ。 「被害は森に入ってしばらくしてから‥‥最初の異変は2週間ぐらい前‥‥か」 そして、その2週間前に何かあったかというと、やはり特に何も起きていないらしい。 以心 伝助(ia9077)も同じく森やケモノについて、森によく入る者から話を聞く。答えは昴のものと殆ど同じだ。 「そういや、襲われて生還した人はいるんすか?」 「いるからケモノの様子がおかしいって分かるんだろ」 そりゃそうだ、と気を取り直して伝助は別の質問をする。 「森を管理してるお偉いさんとかっているんすかね。いや、勝手に調査に入って怒られるのも嫌なんで、いるなら挨拶でもしとこうかと」 「管理‥‥うーん、ちょいとニュアンスが違うかもしれんが、この町を治めてる天尾家かな。色々な取り決めをする立場だしな」 「天尾家‥‥っすか?」 話を聞いてみると、天羽が滅びてから新しくトップに立った氏族らしい。天羽のやり方をほぼ引き継いでいるので今のところ目立った問題はないとのこと。 そこまで話して、町人はあることに気づき、それについて伝助に問う。 「って、あんたらに依頼したの天尾の人じゃなかったのか? 俺はてっきりそうだと思ったんだが‥‥」 聞かれ、素性のよく分からない依頼人について話していいものか悩む伝助。だが、伝助としても依頼人であるナギの事は気になっていたので、結局は話す事にした。 ナギと名乗る人物に依頼されたことや、武蔵に聞いたナギの見た目について話すと町人は合点がいったと手を叩く。 「あぁ、あの嬢ちゃん‥‥いや坊ちゃんか? あー、どっちでもいいか。ナギって名前だったんだな」 町人の話によると、どうやら天尾の家に住んでる子供らしい。天尾家の者なのか預けられているだけなのかを分からないそうだが。 家を抜け出して町で遊んでいるところを、護衛らしき人物に追いかけられてるのをよく見かけるので、町の人々は「やんちゃ盛りの坊ちゃん」という認識をしているそうだ。 「んじゃ、実際のところは天尾からの依頼ってことでいいんでねぇ? 元々森に入るのに何か許可がいるってわけでもないしな」 他にも色々な人から話を聞いてみたが、ナギについては概ね同じような話を聞くことができた。町を治める天尾家に関わる人物‥‥というのは間違いないようだった。 羅轟(ia1687)はアヤカシに殺されたと思わしき遺体を発見した者から話を聞いていた。 「遺体の傷‥‥どんな感じだったか‥‥知りたい」 「傷、なぁ。俺が覚えてる限りだけど‥‥。目立つ傷は足と手に噛まれたような傷があるぐらいだったな。かすり傷ぐらいなら体中にあったけど、そんなものは逃げてる時にでもつくし」 「‥‥傷の‥‥深さは‥‥?」 「んー、浅いとも深いとも言えないレベルかな。ま、足に噛まれてたから走って逃げるってのは難しいだろうけど、だからって死ぬような傷じゃなかったぜ。噛まれた場所が場所だしな」 傷だけで考えると、速やかに死に至る傷とは言えないようだ。尤も出血がどうとかはさすがに分からないようだが。 ともかく、やはりケモノの牙が直接的な死因とは考えにくい。毒などを使えばまた別かもしれないが‥‥それを調べる手段は無い。 遺体について聞けることはこれぐらいか、と考え羅轟は別のことを聞く。 「では‥‥異変が起きているのは‥‥全体なのか‥‥特定の群れなのか」 「あー、襲ってくる群れなぁ‥‥」 ケモノに襲われた町人達の話を纏めると、特定の群れだけが襲ってくるということはないとのことだ。ただし、同時に複数の群れに襲われたという者はいないらしい。 こうして、開拓者達は集合してから各々が集めた情報を交換する。 その後実際観察してみるのも大事‥‥ということで、開拓者達は森に入るのであった。 ●平穏と異変 戦闘ではなく調査ということで、3班に分かれて森に入る開拓者達。 そのうち一番最初に群れと遭遇したのは伝助、キァンシ、ジークリンデの3人だった。 伝助が超越聴覚で何かがいることに気づき、その方向に慎重に歩けば群れを見つけたのだ。見たところ、ケモノは大人しく昼寝をしているのもいるぐらいだ。 「‥‥こちらに気づいてないのでしょうか?」 「いえ、恐らくは気づいてますね」 ジークリンデの推測を否定するはキァンシだ。彼女の視線はこちらを向いているケモノの耳に注がれている。 「犬のケモノですし‥‥匂いでも気づいてると思います」 「警戒しつつも、こちらが仕掛けない限り襲ってこない感じっすね‥‥」 異変が起こる前のケモノ達の様子が、話を聞いた感じではこれに近いものであった。 同じ頃、颯、昴、武蔵の班もケモノの群れと遭遇していた。こちらも襲おうとする意思は見えない 何故彼らが襲ってこないのか、疑問に思いながら颯は腕を組む。 「うーん‥‥。縄張り分布によると、あれは次郎丸の縄張りかぁ。‥‥こうやって見ると、話に聞いた異変前と変わらなく思えるけど」 「そうですね‥‥。特殊な個体がいるようにも見えません」 木の上から様子を伺っていた昴も颯の意見に同意する。 さて、こうして2つの班が何事もなく群れと遭遇していたが、残る黯羽、彼方、羅轟の班は違った。 「おーおー‥‥血気盛んなことぉで」 彼方が言うように、3人は明らかにこちらに敵意を向けているケモノ達に囲まれていた。 「犬の相手ってのは面倒だな。‥‥おちおち隠れてもいられない」 身を潜めながら人魂で様子を探っていた黯羽だったが、ケモノに追い立てられ、彼方の背に隠れるように逃げる。 「‥‥撤退して‥‥合流」 羅轟の言葉に2人は頷いて同意を示す。元より、調査段階では戦闘を行わない作戦だ。 飛び掛るケモノの牙や爪をなんとか防ぎながら、3人は森の外へと走るのであった。 ●何との戦い? 一度撤退し、森の外で合流した開拓者達はそれぞれが遭遇した群れの様子を話す。 何故黯羽達だけが襲われたのかを考えるが、やはりその場では答えは出ない。だが、実際に異変が起きている群れがあるのならそれを捕縛なりすれば答えが分かるかもしれない‥‥ということで、開拓者達は改めて森の中に入る。 結果として、森に入ってしばらく経ってから再びケモノの群れに襲われることになった。 だが‥‥。 「‥‥あぁ? こいつらぁ‥‥」 最初に気づいたのは、咆哮で多くのケモノの気を引いて、数々の連続攻撃を受け止めている彼方であった。次に、攻撃は打ち払う程度に留め、彼方と同じように防衛に徹している羅轟が気づく。 「先程‥‥襲ってきた群れでは‥‥無い‥‥?」 確証は無い。だが、先程襲われた時には見なかったような個体が数体いる気がした。よくよく見てみればボスと思わしきケモノも微妙に違う。 「これはじっくり調べた方が良さそうですね。‥‥眠りなさい!」 一際大きいボス格のケモノに対してアムルリープ‥‥対象を眠らせる術を発動するジークリンデ。彼女の力に抗うことはできなかったのか、ボスはあっさりと眠ってしまう。すかさずボスに近づき縄で縛る。 「‥‥かすかに瘴気を感じます。ただ、このボスがアヤカシだったり、もしくは憑かれている‥‥にしては瘴気が少ないですね」 眠ったボスをじっくりと調べた結果をジークリンデは仲間たちに話す。 それを聞いて、伝助は気を失ったケモノを縄で縛りながらケモノ達の豹変の原因を推理する。 「やっぱり、アヤカシが何らかの力で操っている‥‥と考えた方がいいっすね」 「そうだねぇ‥‥実際、アヤカシはいるみたいだし」 弓の弦をまるで楽器のようにかき鳴らした颯は厳しい顔になる。彼が行ったのは鏡弦というアヤカシの存在を感知する術だ。 だが、確実に成功するわけでもなく、また正確に居場所が分かるわけでもない。だが、確かに先程一瞬だけアヤカシの存在を感知したのだ。 「こっちか!?」 颯が察知したという方向の茂みに武蔵が突っ込むが、何も無い。恐らく、即座に移動したのだろう。 結局アヤカシを見つけることはできず、ケモノの群れは全て縄で動けないように縛られることになった。 そして、開拓者はケモノにある変化が起こったことに気づく 殺気がたちまちに消えたかと思うと、縛られてることに戸惑いを示し‥‥そして開拓者達に敵意をぶつけるように吠えるのだ。 「そりゃ縛られてんだから敵らしき俺らに吠えるのは分かるが‥‥なんだ、今のは?」 どうも解せない、と近づいてまじまじとケモノを見る黯羽。‥‥先程はかすかに感じた瘴気も今は見られない。 開拓者達が困惑していると、何かが近づく音が聞こえる。改めて戦闘態勢を取る開拓者達。 そんな彼らの前に姿を現したのは‥‥別の群れであった。その群れのボスらしきケモノが吠えると、ケモノ達は一斉に開拓者達に襲い掛かる。 「これはさっきの群れと同じ‥‥!?」 昴はケモノの攻撃を必死に避けながら、今襲ってきている群れは先程の群れと同じような状態になっていることに気づく。 「アヤカシがわぁざわざ別の群れを呼んだってことかい。ったく、どんだけ臆病なんだか、ナぁぁぁぁぁ!!!」 愚痴もそこそこに再び咆哮でケモノ達の気を引く彼方。他の者達も再びケモノに対処していく。 こうして2つ目の群れを対処し終えてしばらくすると‥‥今度は3つ目の群れが襲い掛かってきた。 「これじゃ、全ての群れを倒すまで相手を‥‥!?」 近づいてきたケモノを蹴り飛ばしながら、キァンシは状況を確認する。 幸いなことに極端に強いケモノはいないので、迎撃するだけならばなんとかなるだろう。だが、このままではジリ貧で倒れる者がいるかもしれないし、群れを全て倒す‥‥というのも須佐の住人とケモノの関係を考えるとまずい。 「ここは撤退を‥‥!」 戦い続けるだけでは依頼は達成できない。そう感じたキァンシは仲間達に告げ‥‥全員が苦々しく頷く。 開拓者達が森の外に出た時には、彼らを追うケモノの姿は見えなかった。 後日、武蔵はナギから天尾家の者がアヤカシ討伐に成功したことを聞く。 「すごく臆病なアヤカシでね。相手が一般人だろうと、能力で支配したケモノに狩りをさせてたみたい。確実に殺せる‥‥って状況じゃないと姿を見せないぐらいにね」 だからケモノに襲われた者は多くても、生きてアヤカシを見た者は1人もいなかった‥‥ということらしい。 「ま、それの確証が持てたのは君たちが戦ってくれたからだけどね」 「‥‥で、結局どうやってアヤカシを誘いこんだんだ?」 「え、そりゃアヤカシが確実に殺せる‥‥と思うような餌を使っただけだけど」 つまりは囮だ。少なくともアヤカシに殺された者がいる以上、その時と同じような状況を作り出せば必然的にアヤカシは姿を現す。 「あー。羅轟のやつがなんで弱った振りしてんだろうと思ったけど‥‥そういう意図だったんかなぁ」 彼が1人だったら釣れたかもしれないね‥‥というナギの言葉を聞いて、武蔵は仰向けに寝転がるのであった。自分ももっと精進しなきゃいけないな、と。 |