【十塚】秤の違い
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/03 00:15



■オープニング本文

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 須佐での戦いから数日が経ったある日。武蔵は須佐近くの丘にやってきていた。
 前回の依頼を終えた後に、この日この場所にやってくるようナギに言われたのだ。
 だが日時を指定した当の人物であるナギはまだ来ておらず、武蔵は木にもたれ掛かるように座っていた。
「まだ来ねぇのかよ‥‥ん?」
 人影が見えてナギが来たと思った武蔵は立ち上がる‥‥が、違うと分かり再び腰を降ろす。
 何故ならその人物は少女だったからだ。遠目ではよく分からないが可愛らしい顔立ちで、女物の華やかな着物を着ている。
 少女は長い黒髪を揺らしながらこちらに向かって走り――
「ごめんごめん。約束の時間にちょっと遅れちゃったかな?」
「って、ナギかよ! なんだその格好は!?」
「え、似合ってない?」
 着物を見せ付けるようにその場でくるっと回るナギ。
「似合ってるから困るんだよ‥‥! 大体お前男だろ!?」
「男だよ。似合ってるなら別にいいじゃない」
 男が女の格好しちゃいけないなんて決まってるわけじゃないしさ、と言いながら少女のように笑うナギ。
 彼を知らない者が見れば、年頃の少女にしか思えないだろう。武蔵ですら、ナギの上目遣いに動悸が激しくなるくらいだ。
 深呼吸をして気を取り直すと、武蔵は本題に入る。勿論、本題とは失われた武蔵の過去についてだ。
「んじゃ、俺のことについて教え――」
「教えると思ってる?」
 ナギの辛辣な言葉に、武蔵は返す言葉も無い。教える条件であった依頼の達成を見事こなしたとは言い切れないからだ。
「ま‥‥どっちにしろ武蔵は自分の事を知る前に、ここの勉強をした方がいいと思うけどね。武蔵、前にここに来た時にどれだけ知った?」
「えっと、ちょっと待て」
 言われて、武蔵は腰にぶら下げた手帳のうちの1つを広げる。そこに書かれているのは開拓者達が前回調べたことだ。
 その内容をナギに話す。天羽家に代わって町を治めている天尾家について。ナギはその天尾家に関わる人物だということも。
「僕について調べるのはいいけど、その調査内容を本人に話しちゃうのはどうかと思うなぁ、僕。‥‥ね、その手帳ってどんなこと書いてるの?」
 武蔵の持つ手帳の内容が気になったのだろう。ナギは手を伸ばして手帳を取ろうとするが、武蔵はそれを回避する。
「これはメモっつうか日記みたいなものだからさ‥‥こう、見られんのは恥ずかしいんだよ。今まで誰にも見せたことねぇし」
 あ、いや、1人にはがっつり見られたのかな‥‥呟きながら武蔵は記憶を辿る。
 ナギとしては別にどうしても見たかったわけではないのだろう。あっさり興味を失ったようで、話題を本筋に戻す。
「ま、いっか。それじゃまずは須佐について少しお勉強といこう」

 ナギが語るのは十塚と須佐のちょっとした歴史のようなものだ。
 以前述べたように十塚は他の地域に比べてケモノが非常に多い地域である。
 そこで過去にこの地域に住む者達が取った選択はケモノとの共存。打ち倒すより、共存した方がより益があると判断したのだ。
「実際、ケモノをうまいとこ従えたり育てたりして戦力としているとこもあるしねー」
 ま、長年の信頼関係があってこそなんだけど‥‥とはナギの言葉だ。
 ケモノとの信頼の築き方は様々。そして一番共存しやすいのは治癒術を始めとした多くの助けを与える術を持つ巫女氏族だという。
 故に伝統的に町を治めるのはその巫女氏族となったのだ。
「阿治の大量家や高倉の佐士家もその例に漏れず‥‥だね。あ、今出した町とかは別に覚えなくていいよ」
「じゃ、須佐の天尾ってとこも巫女氏族か」
「違うよ。天尾は志士だね。数年前まで治めてた天羽家は確かに巫女氏族だったけども」
 巫女氏族が町のトップとなるわけだが、それではいざという時に対応しきれない事がある。そこで、代々サムライや志士といった戦闘向けの氏族が護衛を務めるのだ。
 天尾は元はその護衛氏族だったらしい。
「ちょっと前まではその護衛氏族もまた別の氏族だったんだけどね」
「ふーん‥‥」
 聞いた話をメモする武蔵だが、あまり興味は無いのか特につっこんだことを聞こうとはしない。
 ナギもこれだけ話せば十分だと判断したのか、一旦話題を区切る。

「で、信頼関係を築くにしても‥‥やっぱり無理はあるんだよね」
「無理?」
 うん、とナギは頷くと再び口を開く。
「大抵のケモノはどうにかなるんだけど、人間に牙を向くケモノがいるのも確かなんだ」
「‥‥むしろ、その大抵どうにかなるって方が俺にとっては驚きなんだが」
 それに対して、ナギは含みを持たせた笑みで返すだけだ。
「とにかく、そういうケモノは他のケモノに対しても害を与えるのが殆どだからね。排除する事になるんだけど‥‥」
「けど?」
 ナギは困ったようにため息を吐いて、続きを話す。
「人間の都合でケモノを殺したりするのはエゴだっていう人が出てきてね」
 話によると、最近危険な山猫型のケモノが現れた。当然、討伐する必要があるのだが‥‥ここでナギが先ほど言ったような者達が異を唱えてきた。
 異を唱えたのは3人の若者。彼らは山猫を討伐するのなら山に入って邪魔をすると言っているのだ。
「無視しちまえばいいのに。どうせ大したことはできねぇだろ?」
「それで彼らが死んだりしたら自己責任‥‥って言いたいところだけどね。そうもいかないんだって」
 人間の社会って面倒なところあるよねー、と他人事のように言うナギ。
「無理やり拘束するのも問題あるだろうし、どうしようか‥‥ってなっててね。だったら開拓者達にどうにかしてもらえばいいんじゃないかなと僕は思ったのでした」
 こうして、ナギは山猫討伐を武蔵に依頼するのであった。

 依頼をどうこなそうか考えてる武蔵を見て、ナギは「それにしても」と呟く。
「随分頑張るんだね、武蔵は。やっぱり自分の記憶ってそんなに大事?」
 碌なものじゃないかもしれないのに――と続くが、その部分は聞こえなかったのか、武蔵はあまり気にせず考え込む。
「うーん‥‥どうだろうな。俺の記憶は俺だけのもの‥‥ってわけでもねぇし」
「というと?」
「いや、あれがな。俺の記憶が戻ることをすっげぇ望んでんだ、怖ぇくらいによ。‥‥望まれてるんだったら、やっぱり頑張りてぇよなって」
「あれ?」
 首を傾げるナギに、武蔵もつられて首を傾げる。話してなかったっけ、と。
「天羽 扇姫。俺の姉だよ」
「――へぇ、扇姫に会ってるんだ。それは‥‥凄く面白そうだね?」
 面白がってるナギについて武蔵は敢えて何も言わない。こういう友人だと分かってるからだ。
 そう、今は憶えてないがナギもまた大切な友人だった筈。
「‥‥まぁ、よ。お前が親友だったってんなら‥‥やっぱり、それは思い出してぇしな」
「――僕、武蔵のそういうところが好きだな」
「んなこと言いながら、抱きついてくるんじゃねぇ!? 今のお前の格好だと洒落にならねぇから!」


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●価値観
 ケモノを討伐する。シンプルとも言える依頼だが、ある面倒な要素が事態を複雑にしていた。
 それは須佐の町に住む、3人の若者達の主張――危険なケモノだろうが人間の都合で討伐してはいけないというもの。
 言うだけならば無視すればよいのだが、彼らは討伐の邪魔をするとまで宣言している。放置するには危うい。
 そこで、依頼を受けた開拓者達は1つの策を取ることとした。
 足止めの意味を含めた説得を行い、別働班がその隙に討伐を行うというものだ。

 須佐の町に訪れた説得班‥‥以心 伝助(ia9077)とマハ シャンク(ib6351)の2人が若者達に接触するのは容易だった。
 町の者が彼らを厄介者扱いしており、簡単に聞き出せたからだ。
 茶屋で団子を食べている3人の男女の姿を見つける。聞いた外見と一致しているので、例の若者だろう。
 伝助とマハは彼らに声をかける。
「すいやせん、ちょっといいっすか?」
「あ、なんだあんた達?」
「いえ、お話を伺いたいと思いやして‥‥」
 伝助がそこまで言ったところで、若者達の目つきが途端に鋭くなる。
「ヨソモンが話を聞こう‥‥って事は、面倒事を解決してくれと頼まれでもしたか」
「話が早くていいな。‥‥尤も、最初から物分りがよければ面倒はないのだが」
 マハの馬鹿にしたような物言いが頭に来たのか若者はぎろりとマハを睨むが、彼女は動じることなく睨み返す。
 険悪な雰囲気になった2人の間に、慌てて伝助が割って入る。相手を否定するよりも、まずは話を聞くのが先だ‥‥と。
「こちらとしては一般の方を危険に晒すわけにはいきやせんし、十塚の流儀や事情に疎い点もあるので、一度お話を伺えたらと思いやして」
「‥‥はっ、いいだろうよ」
 若者達が語り始めたのは、十塚のケモノとの共存についてだ。
 曰く、十塚の繁栄には多くのケモノの助力があってこそであり、人間はケモノに感謝すべきだと。
 十塚の土台は、ケモノがいるからこそあるのであって、ケモノを排除しようとするのは土台を根底から覆すようなものであると。
「山猫がこちらに来るなら、その時の自衛はやむなしかもしれないけど、そんな根拠はないじゃない」
 これが彼らの主張であった。十塚の繁栄の仕方が正しいかどうかを若者達の言葉だけで判断するのは難しいところだろう。知識の無い2人にはどうとも指摘する事ができないのだが。
 ならば指摘するのは別のことだと、マハが改めて口を開く。
「何故人の都合によりケモノを倒してはいけない? 私達は『生きる為に』ケモノを倒して食っているではないか。今回もその通り、『生きる為に』倒す」
「だから町に来る根拠がないって言ってるじゃない。根拠が無い以上、生きる為とは言えないわ」
「‥‥では、山猫が町に来る確証はないと言えるのか? 山の近くの生き物が全て減った時、襲われるのはおぬし達だぞ?」
 マハの言葉に、伝助も同意する。調査結果を見る限り山に食料は無く、山猫は山から移動する他ないこの状況で『町に来ないかも知れない』と言える根拠はあるのか‥‥と。
 だが、その言葉に若者は鼻で笑うだけだ。
「は、俺達は『町に来る根拠が無い』って言ってんだぜ? 無いものを示せるわけねぇ。根拠がある方が示すのが筋だろうがよ」
 確かにそうだ。しかし‥‥と、マハは若者の言葉を否定する。
「根拠は既に示した。山の生物がいなくなれば、餌を求めて山を出るのは明白だ、と」
「違うな。それは山を出る根拠だ。町まで来る根拠にはならねぇ。別のとこ行く可能性だって十分あるだろ?」
 だが、可能性を論じるならこういう事もあり得るかもしれない‥‥とマハは再度口を開く。
「ならば村に来たときにお前達はどうする? 自分達がケモノの餌になって皆から守るとでも言うのか。そのケモノが人間の味を覚えて更に人間を襲うかもしれないのだぞ」
「その場合、町を守るのは天尾家の仕事でしょうに。ま、町に来る前にケモノのヌシが抑え込むって可能性もあるわよね?」
 馬鹿な――それがマハの率直な感想であった。
 若者達は『可能性』の段階で命を摘むことを忌避し、他の者は『可能性』の段階で危険性の排除を考えた。まず、前提としてここが違っていたのだ。
(ちっ、面倒だな‥‥)
 それを理解し、マハは心の中で舌打ちをする。若者達には「こうなるかもしれない」という論は一切通用しない。‥‥何故なら「そうならないかもしれない」と返すだけでいいのだから。
 なら彼らを説得するには『殺さなくてはいけない』確実な理由を示すか、根底の考えを改めさせるしかない。
 最早自分が何を言っても無駄だろうと判断したマハは、説得を伝助に任せる。
 任された伝助は考え込む素振りを見せ、しばらく経ってから話し始める。
「山猫の危険性自体は理解しているんすよね? そして山を出る根拠も同じく」
「まぁ‥‥それぐらいはな」
「では、ここじゃないかもしれやせんが‥‥確実にどこかで暴れる、ということも。なら‥‥それは人間にしろ、ケモノにしろ確実に犠牲が出るということではないっすか?」
 そして、ケモノに犠牲が出るのを見過ごすのは、若者達が特に主張する『ケモノとの共存』に反しているのでは‥‥と。
 そこまで考えてなかったのか、若者はしどろもどろに反論する。
「あー‥‥あれだ。弱肉強食、っつうの? 人間が関わることじゃないだろ?」
 若者の言葉を聞いて、伝助とマハはようやく‥‥彼らの思考の根底を理解した。
 ――彼らは、人間を特別な存在だと考えている。

「他の生き物にとってみれば、人間も犬も猫も大して変わりはないのにねー。人間はやっぱり面白いなぁ」
 そんな誰かの声が、どこからか流れて‥‥消えた。

●理由
 一方その頃、別働班は山に向かっていた。
 歩きながら武蔵はナギと話した内容を開拓者達に話す。
 話を聞きながら、御調 昴(ib5479)は思考を巡らす。
(んん‥‥少ない情報だけでも武蔵さんの家がかなり微妙な状況なことは伝わってきますし、ナギさんも言える事があっても言ってない状況みたいですし‥‥)
 それでも今は、ナギに頼るしかない‥‥とも。
(各町の氏族がケモノとの共存を取り持ってきたなら、ナギさんの意図はどうあれこの仕事は武蔵さんの物であるとも言えそうですし、それをやることで記憶が戻る事もあるかもしれません)

 人間の都合で討伐するのはエゴではないかという問題について。
「ケモノとの共存ですか? 難しい問題ではありますね。人の生活圏を守るのか、獣との共存か? ひとつ言えることは業の深さを感じずにはいられません」
 ジークリンデ(ib0258)のように向き合って考えるものもいれば、
「ハァ? 人間のエゴ? そんな馬鹿な事言ってるヤツ、サッサとその可愛いオトモダチに喰われちまえばイイのによォ」
 鷲尾天斗(ia0371)のように、馬鹿らしいといった風に吐き捨てる者もいた。
 だが、些細な違いはあれど、「山猫は退治すべきだ」という点で考えは一致している。
(干渉しなければ人か友たるケモノのどちらかはほぼ確実に犠牲になる。‥‥まだ『えご』とやらの方がマシだ)
 羅轟(ia1687)はできれば若者達に直接言ってやりたかった言葉について考えを巡らせる。
 そんな口数少なく思考する彼の様子を見て、不破 颯(ib0495)は知らん人がいると固いなぁと苦笑する。なら、ほぐしてやろうかとおどけてみたり。
「頼りにしてるよぉ囮役〜♪」
 作戦は、羅轟が囮となって山猫を集めて叩く‥‥というものだ。言うまでもないが、一番負担がかかるのは囮だ。
 だが、それも仲間達の働きでカバーできる‥‥と言うは北條 黯羽(ia0072)だ。
「何、俺達がさっさと撃滅すればいい。いざという時は回復もしてやるぜ」
 仲間達の言葉を信じ、羅轟は頷くのであった。

●翻弄する山猫
 山猫は1人を優先的に狙うという習性。それを利用する為に、囮役の羅轟は先行して孤立していた。
 どれぐらい経っただろうか。
 現在、彼がいる場所は急斜面の中に作られた非常に狭い一本道だ。普通の人間が道を無視して登るのはまず無理だろう。
 そんな場所を、まるで平地のように走り跳びながらやってくるいくつもの影。――山猫だ。
 数は8。そのうち4体が真っ先に羅轟に襲い掛かる。
「ぐ‥‥!」
 すかさず鞘を地面に突き立て、強く握り締める羅轟。確かにそうすればある程度叩き落されるのには耐えられる。
 だが、それもある程度まで。結局羅轟は斜面を転がることとなった。
「‥‥!」
 再び、鞘を地面に突き刺してブレーキにすることで、転がり落ちるのを食い止める羅轟。だが、先程の事を考えると長くはもたないだろう。
 しかし開拓者達も時間をかける気はない。羅轟に追いつくと、敵を討つ為に動き始める。
「さァ、さっさと始めちまおうぜ」
 槍を構えた天斗の言葉が、戦闘開始の合図となった。

 山猫の取った戦術は、4体が羅轟を襲い、残りが邪魔されないよう牽制するというもの。
「少しは知恵が有るみてェだがなァ‥‥動きが幼稚すぎんだよ」
 ちゃんとした連携をする以上、知恵はまわるのだろう。だが‥‥と、天斗は馬鹿にするように言う。
 牽制は所詮牽制‥‥見せ掛けでしかない、と。
 確かに彼の言う通り、牽制組はこちらに積極的に仕掛けてこようとはしない。あくまでも近づけさせないのが目的なのだろう。
「その程度の悪意でオレがビビッてションベン漏らすとでも思ってんの? アァ!?」
 殺意を持たない敵は怖ろしくもなんともない――余裕‥‥いや、むしろ狂気すら感じさせる笑みを浮かべながら天斗は山猫に突撃する。
 それを迎え撃つは山猫のうち1体。だが、天斗は怯まずに槍を振るう。見せ掛けである以上、攻撃されれば避けることを優先するだろう‥‥と。
「あ――あァ?」
 だが――それはあくまでも、天斗が最大限の力を発揮できる場合だ。
 戦場は普通の人間では立つことすら難しい急な斜面であり、いくら開拓者でも普段通りの戦い方ができる場所ではない。
 重力に引かれて態勢を崩した天斗の攻撃を避けることは、山猫にとっては非常に容易く‥‥山猫が天斗に有効打を与えるには最小限の力だけでいい。
 突っ込んできたところに合わせて少し押してやれば、それだけで山を転げ落ちていくことになるからだ。
「んな‥‥ろォ!!」
 槍を木に引っ掛けて、なんとか落ちるのを阻止する天斗。突き出た岩に勢いよくぶつかった為か痛みが激しい。志体持ちでなければ死んでいただろう。
 武蔵も同様に斜面を転げ落ちることになっていた。深く考えずに敵に突っ込んだ為か。
 圧倒的に不利な地形での戦闘であることをまったく考慮してなかった結果だ。
「おぉい、2人とも大丈夫かぁ!?」
 木に登った颯がガドリングボウで矢をばら撒きながら、2人に声をかける。
 あくまでも山猫の行動妨害が目的なので、効果的なダメージを与えられるわけではないが、それでも山猫の足止めには十分なようで、天斗と武蔵に追撃は無い。
「んん‥‥これじゃ連携は厳しいかねぇ」
 当初の予定では、天斗の攻撃を敢えて避けさせてその隙を射つ予定だったのだが、現状難しいと言わざるを得ない。
「それならそれで、やることをやるだけかぁ!」
 颯は再び矢を素早く番えると、山猫の動きを阻害する為に乱射した。

 近接組が安定して戦えない以上、頼りになるのは動き回らなくても戦える遠距離攻撃組だ。
「逃がしは‥‥しません!」
 昴が恐れるのは、山猫の逃走。確実に獲物を仕留める戦術を取る以上、仕留められないと判断したら撤退するかもしれないからだ。
 だからこそ、重要なのは速やかな排除。牽制組を狙い、銃を放つ。
 さすがに遠距離攻撃に対して反撃する術は無いのか、山猫は素直に回避を選択する‥‥が。
「甘い‥‥!」
 弾丸の軌道が――変わる。
 クイックカーブによって方向転換した弾丸が山猫を掠る。さすがに直撃とまではいかない。
「でもま、これは避けられんだろう?」
 更に黯羽の斬撃符が襲いかかる。元々、ちゃんと狙えば確実に当たる術‥‥だが、隙を狙うというのは当てる以外にも効果があった。
 山猫が足を滑らせたのだ。いくら強靭な四肢を持つ山猫とはいえ、体勢を崩せば落下は免れない。
「この調子でいくさね」
 遠距離組の連携が、着実にダメージを蓄積させていく。

「やはり、足場の不利は否めませんね‥‥」
 不利な足場で苦戦してる仲間の近接組を見て、ジークリンデは一計を案じる。それはアイアンウォールだ。鉄の壁を生成する術で、足場を構築しようというのだ。
 10秒の詠唱の後、斜面に生み出される巨大な鉄の壁‥‥だが、予想とは違った結果になる。
「‥‥えぇと、壁‥‥ですね」
 確かに斜面に対して垂直にアイアンウォールが構築されるのならば、足場にもなるだろう。だが、アイアンウォールはどのような状況でも常に同じ角度で構築される。
 よって足場にはなりえない。‥‥まぁ、地面がどのような状態だろうと、確実に固定されるので、隆起だらけの山の斜面でも壁としては信頼していい。
「ですが、これはこれで‥‥!」
 信頼できる壁として使えるのならば、別の使い方がある。落ちるのを防ぐストッパーになるからだ。
「くっ‥‥!?」
 執拗な攻撃に耐えていた羅轟だが、ついに限界が訪れる。
 足がふらつき、そのまま山猫に押され落下――はしなかった。
「間に合いました‥‥!」
 ジークリンデのアイアンウォールが羅轟の落下を防いだのだ。
 とはいえ、一先ず落下は防いだが安全とは言い切れない。もし山猫が殺到し羅轟を押した場合、アイアンウォールが耐え切れる保証は無い。
 だからこそ、羅轟は覚悟を決める。
「‥‥頼む‥‥!」
 伝えると同時に、咆哮を上げた。咆哮を受けた山猫達が羅轟に押し寄せる。
 この状況で、山猫を集める意図を理解したジークリンデは、彼の意思を汲んである術を放った。
「ブリザーストーム!」
 吹雪で広範囲を攻撃する術だ。範囲内にいれば、等しくダメージを負うことになる。
 山猫達は羅轟に集中していた為に纏めて吹雪の犠牲となる。‥‥羅轟が被弾を覚悟したからできたことだ。
 そして、機を逃がしはしない。
「さァ、ラストオーダーの時間だ! あの世逝きのご注文以外は受け付けませんからご注意くださァい!」
「うぉぉぉら!!」
 天斗と武蔵が一気に攻撃を決める。ダメージで動きが鈍った相手なら仕留めることは難しくはない。
「んじゃ、一気に終わらせるとするかねぇ!」
 颯の言葉通り、遠距離組も次々にとどめを加えていく。
 山猫討伐が完了するのは、それからすぐのことであった。

●解決
 結局、山猫討伐に関しては若者達も納得したようだ。
 ただ彼らの根底は変わっていない‥‥が、緊急性のある事件は解決したのだから、些細なことか。