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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「――」 「‥‥聞くまでもない。‥‥全員、殺す‥‥」 「――」 「‥‥人の家族を殺しておいて‥‥関係ないから見逃せ、なんて‥‥通るはずがない」 「――」 「‥‥あなたがどういう目的で‥‥私に教えたかは‥‥この際どうでもいい。あなたが何かを企んでいるとしても‥‥」 「――」 「――なら、殺すわ」 須佐より少し離れたところにある丘、木に背を預けて座っている少年――ナギがいた。 今日のナギの格好は、凛々しさを強調した気品を感じさせる男性のものである。知らぬ者が見れば、相当の身分の持ち主だと思い込んでしまいそうな格好だ。 そこに1人の男性‥‥武蔵がやってくる。今回もナギが呼び出したのだ。 「おーい、来たぞー。‥‥今回はちゃんと男物なんだな」 「武蔵としては可愛らしい女の子の服を着てほしかった?」 「んなわけねぇだろ」 あははは、と笑い声を上げるナギ。だが、すぐに顔を引き締めて軽い雰囲気を吹き飛ばす。 「冗談はそこまでにしてっと。‥‥ねぇ、武蔵。確認するけど‥‥最近、扇姫の姿を見た?」 扇姫とは、武蔵の姉‥‥天羽 扇姫のことである。 賊に襲われた天羽家の数少ない生き残りで、今の彼女は賊に復讐する為に生きていると言ってもいい。 過去に武蔵を賊と誤解して襲撃した事件があり、また彼女の感情を傍目に読み取ることは非常に難しいこともあって、武蔵は扇姫を苦手としていた。 ちなみに、現在扇姫は武蔵の家の隣に住んでいる。 「また唐突だな‥‥えぇーっと、ちょっと待てよ」 ナギに問われ、武蔵はここ最近の記憶を探る。隣同士に住んでいる以上、用がなくても彼女の姿を見ることは珍しいことではない。 だが、武蔵は覚えている限りではここ最近扇姫に会ってないことに気づいた。 「‥‥あれ、そういや見てねぇな。家に居る様子も無かった気がするし‥‥」 「やっぱりね‥‥これで確定かな」 話を聞いて、1人納得した様子を見せるナギ。当然のことながら、武蔵には何が何だか理解できず、その意図を問う。 「えぇと‥‥何がどういうことだよ?」 「ん、そうだね。順を追って話そう」 まず最初に‥‥とナギが話し始めるのは、高倉という町についてだ。 高倉はケモノの研究を主に行っている町であり、場合によってはケモノを無理矢理力で捕縛することもあるという。 その為、ケモノと戦う事のできる戦力が必要になるということで、傭兵を雇うことが多々あるらしい。 「まぁ、高倉の事情については覚えなくていいよ。開拓者達とはまた違う傭兵を生業とする氏族がよく集まる町がある‥‥ってことだけ分かればいいから」 「お、おぅ‥‥」 多分、武蔵はあまりよく理解していない。だが詳しく説明する手間が惜しいのか、ナギはさっさと話を進める。 「で、その町を拠点としている傭兵達数名が、どうやら何者かに雇われたみたい。‥‥どうも雇い主は町の住人じゃないようでね」 「町の人間じゃなくても雇えるもんなのか?」 「金さえ貰えれば仕事をする、ってのが傭兵だよ。‥‥ただまぁ、そういう戦力が勝手にうろついても困ることが多いからね。高倉の佐士家は誰が雇ったのか調べたみたいなんだけど‥‥」 調べるとはいっても傭兵から直接話を聞いたわけではない。大抵の場合に置いて、傭兵は依頼主について口外しないし、今回もその例に漏れなかった。 そこで、雇われたと思われる傭兵の周辺に最近どういう人物が現れたかを調べたのだ。町の外の人間が傭兵にそれぞれ接触していれば間違いないだろう。 聞き込み調査の結果、1人の女性が浮かび上がった。外見情報を纏めると、その人物とは―― 「――天羽 扇姫じゃないかって、ね」 「んだと‥‥?」 「佐士家も天尾家も扇姫が生きてる事は知らないから、外見情報を聞いた僕がそうなんじゃないかって勝手に推測しただけなんだけど」 「んん? ってか、なんでその佐士家っつー、よそが調べたことをお前が知ってんだ」 「天尾家にも知らされたからだよ。かなりの危険人物が、傭兵を雇って何か企んでるから注意しろってね」 「危険人物って‥‥傭兵を雇っただけだろ?」 武蔵のその言葉に、ナギは首を振って否定する。 「ううん。時期を同じくして、相当量の火薬が動いてる。‥‥大量の火薬なんて、何に使うと思う?」 「花火‥‥なわけねぇよなぁ」 「火薬なんて普通に少量を戦闘とかで使うには扱いづらいシロモノだけどね。大量に用意したのなら話は別だ」 だからこそ、傭兵の雇い主‥‥扇姫が危険視されたのだろう。 更に‥‥とナギは言葉を続ける。雇い主が扇姫であり、彼女が危険なことを企んでいると推測する理由がまだある、と。 「――天羽家を滅ぼした賊の生き残りの居場所が判明した」 「マジか!?」 「天尾家の調査の結果だね」 ナギは武蔵が持っている地図を広げると、ある山を指差す。ここに賊の生き残り達が住む集落がある‥‥と。 「あれ、ここについてる印って何の印だったっけ‥‥」 「生き残りのうち、戦闘力がある者はせいぜい6人程度‥‥全員が志体持ちとは思えないけど。そして、非戦闘員が11人だね」 「非戦闘員?」 「賊にも家族がいるってことでしょ。実際、子供の姿もあったらしいしね」 この調査結果を元に、天尾家は賊の討伐計画を立てていた。勿論、非戦闘員を殺すつもりは無い。なんらかの対処をする必要はあるだろうが‥‥。 だけど、とナギは言う。 「武蔵に聞くよ。この情報を扇姫が知ったらどうすると思う?」 「――殲滅するに決まってるじゃねぇか!?」 この殲滅とは、戦闘員だけではない。子供を含めた非戦闘員もだ。彼女なら‥‥扇姫ならやりかねない。 その為に傭兵を雇ったり、大量の火薬を入手したりしたのだろう。 武蔵も、賊によって家族を滅ぼされた側であり、賊を討伐しようという気持ちは理解できる。だが、非戦闘員の殲滅を到底受け入れることはできない。 「彼女がどうやって情報を入手したかは‥‥この際些細なことかな。武蔵、どうする?」 「当然止めるに決まってるだろ!!」 「僕としては面倒事が無くなればそれでいいんだけどね。武蔵がそうしたいならそうしたら?」 話は決まった。 こうして、武蔵は天羽家を滅ぼした賊を助ける為、扇姫と戦う決意を固める――。 「扇姫‥‥ね。戦姫‥‥いや、むしろ殲鬼ってところかな?」 とある山の中。そこに小さな家がぽつぽつとある程度の集落があった。 集落のある場所は盆地になっており、周囲は高い崖によって囲まれている。南側にだけ細い道があり、集落に暮らしている者が外に出る時はその道を通るようだ。 道自体も両側は高い崖になっており、外敵の侵入を拒む天然の要塞となっていた。 そんな道の真ん中に、武器を持った2人の屈強な男が陣取っていた。見張りの役目だと思われる。 「‥‥どうも最近山んなかが騒がしいな。‥‥バレたのか?」 「かもしれねぇな‥‥。ったく、見逃してくれりゃいいもんよなぁ‥‥」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●殲滅の意思 須佐近くに集まった開拓者達は、武蔵の口から状況を改めて聞いていた。 羅轟(ia1687)とジークリンデ(ib0258)、竜哉(ia8037)の3人が須佐の貸し馬屋で早馬を借りている間、時間を無駄にしない為でもある。 今回は相当危険な場所に向かうということで、保証金を支払うことになっている。無傷で返せば戻ってくるのだが。 話を武蔵達に戻そう。武蔵から話を聞いたマハ シャンク(ib6351)は場所の確認を求める。 「先に場所を確認させてもらおう。武蔵、地図を見せてくれ」 「おぅ、ここだ」 言われ、武蔵が開いた地図の一点を指差す。地図によると須佐から少し離れた山中だ。 気にかかることがあるとすれば、そこに印が付けられていることか。 「この印の場所か? 今回は準備がいいのだな」 「いや、話を聞く前からなんか付けられてたんだけど‥‥」 「‥‥記憶を失う前か?」 「この地図は最近買ったもんだから、それはないけどなぁ」 いつ付けたものか分からない、と首を捻る武蔵。 だが、問題の場所に印がついているのだから、意味が無いわけは無い‥‥とマハは考え込む。 この時開拓者達は気づいていなかった。自分達は印が付けられた現場に居たことを。 それはナギに『武蔵とナギが初めて出会った場所』を問うた時に、ナギが印したものだ。武蔵はそんなことがあったのもすっかり忘れていたようだが。 ――賊の居場所と、武蔵とナギが出会った場所が同じ。この意味を知る者は、今この場には居ない。 貸し馬屋に行っていた3人が馬を借りて一行に合流する。 各々、馬を駆りながら今回の事件に関して考えを巡らせていた。 「人の心とは恐ろしきものなれば、然れども哀しみや憎しみの連鎖は絶つべきかと思います」 と、このように復讐否定派はジークリンデ。だが、むしろ否定派はこの場では少数派と言える。 「‥‥因果は廻る糸車、っと」 北條 黯羽(ia0072)は別に扇姫の復讐を積極的に止めたいとは思っていなかった。 しかし、集まった者の多くは今回に関してはどちらかというと否定的であった。先に書いた通り、復讐自体を否定している者は少数派なのだが。 「敵が憎いのは分かるが‥‥殲滅はやり過ぎだろぉ。随分過激なお方だねぇ」 不破 颯(ib0495)の言うように、開拓者達には『非戦闘員を含めた殲滅』はやり過ぎだという考えがあった。 御調 昴(ib5479)は非戦闘員の殲滅を簡単には否定できないと考えていた。勿論、肯定してるわけでもない。 (天羽家の方々は、戦えるとか構わずに襲われたんですし、襲った方の賊に情けをかける必要はない、という論も簡単に否定できないのはわかります) 襲撃される賊が過去にしたことと今の事態を秤にかける。‥‥彼らは裁かれるべきなのか。 (関係ない、なんてことはないんです‥‥奪った財で、生活している以上は。‥‥それでも、武蔵さんの目標のお手伝いをしたいっていうのは、僕が臆病だからでしょうか) 滅ぼされた天羽側の武蔵が、殲滅を止めたいと言った。その手助けをしたいと思っている昴を、臆病者だと言う者はいないだろう。 ‥‥人の命を助ける為に、戦うことができる者を誰が臆病だと言うだろうか。 昴の視線の先、武蔵は並行して走る羅轟に話しかけられていた。 「武蔵殿、おそらく最も届くのは貴殿の言葉だ。思うままに言葉をぶつけろ」 「あぁ‥‥。絶対にさせちゃなんねぇ‥‥!」 力強く頷く武蔵。姉弟の絆か、それとも別の何かか。 後ろから様子を伺っているマハは、姉の復讐を止めようとする武蔵の心情を面白がっていた。 1人、自分の世界で生きてきた彼女は自分さえよければそれでよかった。だから他人の心情に関わることは一切無かった。 しかし、こうやって改めて触れてみると――なんと楽しく、そして人間はくだらないのだろうか。 「くだらない。しかし面白い」 面白いからこそ考える。地図の印の意味を、姉が武蔵を襲った意図を。 答えは出ない。もしかすると、武蔵が天羽家襲撃に何かしら絡んでいるのかもしれない。そう考えると、武蔵を賊と接触させない方がいいように思える。 ‥‥とはいえ、彼女1人で何ができるかが、問題ではあるのだが。 天羽家襲撃事件についても謎はあるが、今回についても分からないことはある‥‥と思考するは以心 伝助(ia9077)だ。 例えば‥‥扇姫がどうやって賊の居場所を知ったのか。 (天尾家の調査内容を知れて、かつ扇姫さんの素性や復讐心を知っている人物‥‥か。‥‥いや、今は先を急ぎやせんと) その人物に心当たりはある‥‥が、首を振って頭からそれを追い出す。余計なことを考えるより、今は事件解決の為に全力を注ぐべきだ、と。 問題の山が視界に入ってくる。 扇姫達は既に殲滅を始めているのか。ここからは分からない。 竜哉はここには居ない扇姫に向かって、踏みとどまるようぽつりと呟く。 「駄目だ、扇姫。復讐は、線引きしなきゃ、周囲の全てを滅ぼしてしまう」 ●愚者の未来 山の入り口。事前に聞いた情報によると、平坦な場所を道なりに進めば問題の集落に行き当たるらしい。 つまり、崖の上に移動しようとすると、何らかの方法で崖を登るか、山に入る際に別のルートを通るしかない。 扇姫達が崖上から仕掛けることを考慮して、扇姫対応組のうち伝助を除いた羅轟、竜哉、そして武蔵は険しい山に入っていく。彼らが乗っていた馬は別働組が預かることになった。 武蔵達が山に入る直前、マハが武蔵に声をかける。 「命乞いをして、倒された者もいるだろう。おぬしは、家族を奪った者達を助けたいと思うのか? 同じ事をされているのに関係の無い者が倒されようとしているとして、おぬしに何の関係がある? そこまでしてやる『価値』はあるのか?」 問われた武蔵は、しばらく俯いて逡巡した後に口を開く。 「俺は記憶がねぇからか、正直家族を奪われたとか‥‥そういう実感が無くてよ。復讐したいとかあんまねぇんだ。‥‥だからじゃねぇかな。子供とかが無闇に殺されんのが嫌なだけってのが先に来るのは」 一刻を争う状況だ。深くは追求しない。武蔵も会話が終わったと判断すると、さっさと山に入っていった。 対賊の面々は山道をしばらく道なりに進んでいた。山に入ってすぐの段階で両側の崖は険しくなっており、普通に崖沿いを進んだところではそう簡単に崖上に陣取れないことがよく分かる地形だ。 ある程度進んだ頃、2人の男性の姿が一行の視界に入る。恐らくは賊の見張りといったところか。特に騒ぎが起きているようにも見えないことから、襲撃はまだ行われていないようだ。 見張りの方もこちらに気づいたようで、1人がその場に残ったままもう1人が背を向けて走り出す。集落に知らせに行ったのだろう。 残った1人は武器を構え、明らかにこちらに敵意を向けている。当然だ。彼らは賊であり、そこに武装した面々がやってきたのだから。 だが事態の深刻さを考えると面倒は避けたい‥‥と、まずは黯羽が交渉に入る。 「まぁ、落ち着けよ。話があるんで頭領の元へ連れて行ってほしいんだがねぇ」 だが、見張りの男は頑なだ。武装した面々を守るべき集落に通せる筈がないだろう、と。 「何が話だ! 絶対に通さんぞ!」 数はこちらの方が多いからか、今はまだ敵が仕掛けてくる様子は無い。だが、応援がやってきたら話は別だ。 スムーズに事を進めることを考えたら、見張りを排除して先を進むしかない‥‥と開拓者達が武器を構えたところで、見張りの男が何故か倒れてしまった。 「‥‥さて、早々と進みましょう」 そう言うはジークリンデだ。彼女は馬に積んだ縄を手に取ると、倒れた見張りを縛っていく。 よくよく見れば見張りは眠っている。‥‥交渉が決裂したと判断した時点で、ジークリンデがアムルリープで眠らせたのだ。1人を無力化するのであれば、これほど手っ取り早い手段は中々無い。 「いや、血が流れないのはいいんだが‥‥容赦無いねぇ」 馬に積まれる見張りを見て、黯羽はしみじみに呟くのであった。 一行が再び進み始めよう‥‥としたところで、前方から5人の男がやってきた。各々武器を持ってることから、賊の戦闘員と見てよいだろう。 明らかに敵意を持った険しい目で一行を見ている辺り、彼らが開拓者達をどう思っているかは容易に推測できる。 賊がやってきた早さから、集落までの距離はそこまで遠くないことが分かり、伝助は崖上に登るのであればこの辺が良いかと判断する。 「皆さん、ここはお任せしていいっすか?」 仲間が頷いたのを確認すると、伝助は地を蹴って跳躍し‥‥更に壁を蹴って跳躍、跳躍先の反対側の壁を蹴ってまた更に跳躍――三角跳を使った脅威の跳躍で、一気に崖上まで登った。 「なっ‥‥!? くっ、突破されたというのか‥‥!」 姿の見えなくなった伝助を追う為か、何人かが集落に戻ろうとしたのを黯羽が呼び止める。 「待ちなって。こちとら非戦闘員に手を出す気は無いからね。‥‥とりあえず、あんた達には現状を教えた方がいいだろうね」 説明をするは、颯だ。 「天羽家の生き残りが君らの家族含め皆殺しにしようと向かっているし、天尾家もこの場所を突き止めているしねぇ」 ジークリンデが淡々と言葉を継ぐ。 「‥‥あなた達が抗っても無駄な犠牲が出るだけです。せめて、女子供の命を助ける為にもここは降伏をお勧めします」 「俺達と戦い、その上天羽の殲滅部隊を相手にする‥‥投降する場合とどちらが生き残る可能性が高いかなんてのは、言わなくても分かるだろ?」 黯羽の言葉を受けて、賊達はしばし考え込む素振りを見せる‥‥が、リーダーらしき男が首を振って、武器を構える。 「‥‥どこまで信用できたものか。殲滅部隊なんてのは俺達を楽に投降させる為の虚言かもしれない。もし本当にそんなのがいるのであれば、俺達の生死なんてどうでもいいということ‥‥投降したところで家族含め命がある保証も無い」 他の男達も皆一様に武器を開拓者達へと向ける。 「なら俺達は‥‥お前らに命を預けるより、自分達で未来を切り拓く――!」 ●破壊の連携 眼下で戦闘が始まったのを確認しながら、伝助は1人崖上で伏せていた。 扇姫が何を企んでいるかは現状分からないが、大量の火薬を下手に使用されると大惨事になることは分かる。そして、火薬を有効利用するなら崖上で使うだろうという判断のもとだ。 その判断は正しく、果たして数人の人影が木々の向こうに見えた。山に入った開拓者達ではないことは分かる。 (よく見えないけど、3人‥‥すか? いや、それよりも‥‥) そのうちの1人が何かを背負っている。四角いそれは、布で幾重も包まれており、大事‥‥もしくは危険である事が傍目に理解できた。 恐らくは、箱か何かに火薬が入れられているのだろう。ならそれを水で濡らして無効化すれば――水遁で濡らすだけなら、自分1人でも可能。伝助がそう判断し、動こうとしたその時だ。 「出てこいやァ!!」 3人のうち、荷を背負ってない1人の男が吼えた。その咆哮は明らかに伝助に向けられたもの。 (気づかれた‥‥!? いや、でも‥‥!) 考えるより先に体が動いていた。火薬をどうこうするよりも先に、吼えた男――サムライを何とかしなければいけないと、本能で感じていた。 本能による行動は、全ての思考に勝る。例え、不自然に飛び回る小鳥を見つけたとしても、本来の目標である火薬が目に入っても‥‥伝助は一直線に咆哮を発したサムライに向かって走り、 「はっ、大した武装もしてねぇシノビが1人で突っ込んでくるんじゃねぇよ!」 「がっ――!?」 切り伏せられる。 3人の傭兵から、一気呵成に攻撃を叩き込まれる伝助。攻撃の手段から推測するに、2人のサムライと、1人の陰陽師。 崖を登る為か、かなりの軽装だった伝助はそれらの行動に耐え切れず、崩れ落ちることとなった。 薄れゆく意識の中、伝助は傭兵達の会話でもう1人が近くに居ることを知る。 「で、扇姫サン。やっぱトドメさしちゃう?」 「動けないようなら‥‥開拓者を‥‥無理に殺す必要は‥‥無い‥‥」 その会話を聞いたのを最後に、伝助の意識は闇に沈んでいった。 伝助の行動が全く無駄に終わったわけではない。彼に向けて放たれた咆哮が、山に入っていた3人にも聞こえていたからだ。尤も、大声が聞こえたというだけで咆哮の主に対して執心を抱いてるわけではない。 声の元へ走った武蔵らが見たのは、倒れている伝助と、それを見下ろす扇姫ら4人。 「扇姫!!」 「‥‥邪魔されると、面倒‥‥。足止め、お願い‥‥」 武蔵の叫びも意に介せず、扇姫は淡々とサムライに指示を出す。 「おいおい、さすがに3人の相手は‥‥」 「回復なら‥‥して‥‥あげる‥‥」 「ちっ、しゃあねぇなァァァァ――!!!!」 再び、咆哮。やはり竜哉と武蔵が本能のままに咆哮をしたサムライへと走ってしまう。 「待っ――!?」 「もういっちょ、ルァァァァ!!」 先の咆哮には何とか抗った羅轟だが、再びの咆哮に彼もまたサムライへと駆ける。 3人ともが狙いをサムライに絞ったのを確認して、もう1人のサムライと陰陽師が火薬箱を抱えて崖の方へと急ぐ。 「くっ‥‥!」 目の前の敵にするどく踏み込んだ蹴りを叩き込みながら歯噛みする竜哉。こんなことをしてる場合ではない――頭のどこかではそう認識していても、体は攻撃を止めようとしない。 サムライは防御に徹しており、こちらに仕掛けようとはしない。時間稼ぎだけが目的なのだろう。 「だが、いくらなんでも連続で叩き込めば!」 相手を倒せば、思考がはっきりする筈‥‥その事に一縷の望みを託しながら、羅轟も剣を振るう――が。 「風の‥‥精霊‥‥よ‥‥」 サムライが柔らかな風に包まれたかと思うと、傷が癒されていた。サムライの背後に立つ、扇姫が神風恩寵を使ったのだ。 風が2回吹いた。それだけで、与えたダメージの多くが無いものとなっていた。全快というわけではないが、このままでは目の前のサムライを倒すのにどれだけかかったものか。 先と同じやり取りが繰り返される。どれだけ攻撃を加えても防御に徹した相手が倒れることはなく、傷は瞬く間に癒される。 扇姫をなんとかすべきだ。そう分かっているのに、目の前の壁が‥‥厚い。 せめて声だけでも届かせようと、羅轟が叫ぶ。 「扇姫殿!!」 同時に、思考がクリアになる。敵の咆哮の効果が切れたのだ。竜哉と武蔵も同じくである。 「だけど‥‥もう、遅い‥‥」 全てを吹き飛ばすかのような爆音が辺りに響く。 直後、武蔵らは地が落ちる音を聞いた。 ●牢獄 賊対応班と賊の戦闘は、圧倒的に開拓者達が優勢であった。 まず、賊の戦闘力があるといってもそれはあくまでも非戦闘員に比べての話。彼らの中で志体持ちは2人しかいないからだ。 「これでも‥‥まだ戦うっていうんですか‥‥!?」 投降を求める昴の悲痛な声は届かない。 刀を振りかぶりながら走ってくる賊も、昴からしたら子供のチャンバラと大差ない。銃で撃つまでもなく、近づいて側頭部に銃把での打撃を加えればそれで終わりだ。 今や立っているのは志体持ちの賊が1人だけ。対する開拓者達に被害は殆ど無かった。 「それでも‥‥戦わなきゃ生き残れ――ッ!?」 賊がその言葉を最後まで言い切ることはなかった。 何故なら、呆気に取られるしかない光景が目の前で展開されたからだ。 両側の崖で突如起こる大爆発。爆発により崖に罅が入ったかと思うと、崖は崩れ落ちていく。 開拓者達が戦っている辺りの背後の道は、あっという間に岩々で塞がれてしまった。 崩落が収まってから、崖の上から眼鏡をかけた少女が覗き込む。傭兵の陰陽師だ。 「あちゃー、急いで設置したからか予定程崩せてないっすねー。やっぱ専門家のベンさん誘った方がよかったんじゃないっすか?」 「こんだけ崩せば十分だろ。志体持ちなら乗り越えるのは容易いだろうが、そうじゃないやつにはきつい。俺達の目的を果たすには十分だ」 崖の上にいるもう1人の男が言った通り、開拓者達ならジャンプで乗り越えることができなくもない壁だ。尤も、着地の際に怪我をする可能性もあるが。 だが、一般人が乗り越えるには厳しい。普通に壁を乗り越えようとしても、更に崩れる可能性を考えると危険と言わざるを得ないだろう。 確かに、彼らの目的――全ての賊を殲滅をするにはこれで十分といえる。天然の要塞は、この瞬間牢獄となった。 「んじゃ行こうヨォ!」 先ほどの2人とは別の声が、反対側の崖から聞こえる。そちら側の火薬を設置した傭兵だろう。 彼らの行き先は勿論集落。直接降りるつもりなのだろう。 「やめろぉぉぉ!!?」 事態を理解した最後の賊が集落へ向かって走る。開拓者達も黯羽とマハの2人を残して、集落へと向かった。 2人が残った理由は倒した賊にトドメを刺されないようにする為である。 そして、その判断は正しかった。 「しっかし、どうするかねぇ‥‥これ」 「面倒だが手作業で退かすしか無いな‥‥」 黯羽とマハの2人は賊を縛りながら、道を塞いだ壁をどうしたものかと見ていた。 すると、小石がぱらぱらと上から落ちてくるのが目に入る。また崩れるのかと思い見上げてみれば、縄を伝いながら1人の女性が降りてくるところであった。 「あー、気づかれちゃったー、ですねー」 ゆっくり降りていた女性は縄を手放すと、一気に落下して無事着地する。崖も半ばだったので高さとしては大したものではない。 着地した女性は袴についた砂埃をぱんぱんと手で払うと、腰に提げた刀を抜く。事前に聞いた情報から推測するにサムライだ。 「えーとー、私はー、そこでのびてる人たちをー、斬りたいだけなんですがー、いいですかー?」 「いいわけないだろう」 返しながら、黯羽は結界呪符で黒い壁を倒れてる賊の前に形成する。少しでも賊に対して手を出させにくくする為だ。 敵対の意思を見せても、女サムライは特に困った様子を見せずに笑顔のまま構える。 「ではー、あなた達からー、斬りますねー」 「やれるものならな‥‥!」 マハは拳を強く握り締める。拳に巻かれた布の力で、身体中の経脈をはっきりと感じることができた。 力が湧き、感覚が鋭くなり理解する‥‥目の前の敵は強い、と。 「ふっ――!」 「援護は任せな!」 敵に向かって走るマハに合わせて、黯羽が斬撃符を放った――。 ●悪意が飛来する中で 爆発直後。陰陽師の報告で崩落を確認した扇姫は、武蔵らに何も言わず背を向ける。 「‥‥私は‥‥降りる‥‥」 「そう簡単に降ろさせてくれんのか?」 「当然だが行かせるつもりは無いな」 竜哉の言葉通り、3人は扇姫をすんなり行かせるつもりは無い。 扇姫はそんな彼らを一瞥だけすると、興味無さそうにまた背を向けて、サムライに指示を出す。 「‥‥気を惹いて‥‥離れて‥‥。終わったら、帰っていい‥‥」 「へいへい、生きて帰れんのかねェっとクラァァァァ!!!!」 「しまっ――」 再度の咆哮。 扇姫は集落の方向へ、サムライはまったく別の方向へと走り出す。 ――3人が思考を取り戻した時、そこに居たのは息も絶え絶えで仕事を終えた男の顔をしたサムライだけであった。 逃げようとするサムライを追う必要は無い。3人はすぐさま集落へと踵を返す。 集落は崩落の音が聞こえてたのか、騒然となっていた。見張りの賊が敵襲を告げていたことも大きい。 とはいえ、危険だから外に出るなとでも言われていたのだろう。住人達は皆家の中に引きこもっていた。 面白くないのは崖上で弓を構えたまま待機した弓術士2人だ。このままで誰も狙い撃つことができない。 「ンだヨォ、これはヨォ! せっかくスナイプしまくりヒャッホゥって聞いてたのにヨォ!」 「御主は少し自重なされ。‥‥開拓者も来るようでござるし、そちらを射てばよかろう。それに、下に降りるものが炙り出してくれるかもしらん」 そんな彼らの視界に真っ先に入ったのは、南の道から急いで戻ってきた志体持ちの賊だ。賊が彼らに気づいている様子は無い。 当然2人は賊を狙い、弓を引き絞り――放つ。 「む、足でござるか‥‥」 「ヒャッハー! 俺は腹ヨォ! 俺の方が高得点ヨォ!」 矢が突き刺さるが、志体持ちだからか致命傷とまではいかなかったようだ。賊は倒れそうになったところをなんとか踏みとどまり、弓術士らがいるところを睨む。 弓術士は視線を気にすることなく、再び矢を弓へと番える。 「次こそ、心の臓を――」 ヒュッという風切り音。弓を引く弓術士の頬を何かが掠った。 「高さがあると、どうも狙いにくいねぇ‥‥!」 それは急いで集落へと駆けつけた颯が放った矢だ。賊の視線を頼りに、敵の存在に気づいてすぐに射たのだ。 弓術士の存在に気づいてしまえば、一先ず距離を取れば大打撃を食らうことはない。幸い集落は途中の道とは違い、離れる為の場所は十分にある。 ただ、その距離ではジークリンデ、昴は勿論、颯でも効果的な攻撃を加えることはできない。 膠着した戦況を壊したのは、崖上から縄を伝って降りてきたサムライと陰陽師、そして扇姫であった。 扇姫達が降りてくるのを確認して、開拓者達3人は矢の雨に晒されることに覚悟する。このままでは扇姫らに殲滅されることは確実だからだ。 敵は当然のことながら、弓術士の援護射撃を受けやすい場所にある家を目指す。 「この距離では‥‥!」 矢の雨に晒されながら、アークブラストを放つジークリンデ。ローブのあちこちが血で滲んでいる。矢から隠れようとすれば敵に近づくことすらできないのだから仕方がない。 3連続で放たれる雷撃の束。それは敵サムライを倒すには十分な連撃であった。 しかし、 「っつぅ――!」 直後彼女に集中して放たれる矢の嵐。弓術士が彼女を最優先で排除すべきだと判断したのだろう。 たまらず、家の陰にジークリンデは隠れる。だが再び表に出るのは危険過ぎる。死の可能性すらあるだろう。 そして、このタイミングで咆哮によって離されていた武蔵ら3人が集落の崖上に現れる。 「大丈夫か!? 今から降りるぞ!」 飛び降りようとする武蔵を、昴が叫んで止める。 「待ってください! 崖上にいる弓術士をお願いします!」 現状、弓術士を排除できるのは崖の上にいる3人だけだ。それを理解して羅轟と竜哉が弓術士へ走り、武蔵が下に加勢することを決める。 「武蔵殿‥‥扇姫殿を止められるのは貴殿だけだ!」 羅轟の言葉を背に受けて、武蔵が飛び降りる。 「ったく、きつい状況だねぇ‥‥!」 ガドリングボウによる乱射で牽制しながら、颯は愚痴る。頬の矢傷から血が流れているが、それを拭う暇も無い。 今のところ非戦闘員に被害は無い。扇姫らを止める為にすぐ動いたお陰だ。 崖上の弓術士は羅轟と竜哉ならすぐになんとかできるだろう。その2人が合流すれば‥‥いや、武蔵が合流するだけで戦局は開拓者達に圧倒的に有利に傾く。 全速力で敵に向かって走る武蔵が陰陽師を斬り伏せたと同時、1軒の家の壁が精霊砲で吹き飛んだ。 「なっ‥‥!?」 幸いなことに家の即崩壊には繋がらず、住人である老いた男性は腰を抜かしながらもなんとか家を這い出る。 何が何だか分からず、混乱した様子で辺りを見渡す男性。そんな男性の視線が、武蔵で止まる。 「武蔵! 武蔵じゃないか! た、助けてくれぇ‥‥!!」 「――えっ」 そして。 この時になって、初めて。 扇姫が武蔵に声をかける。 「――あぁ、そういえば。‥‥あなたの名前も、武蔵‥‥なんだって?」 ●真実 時間が止まった。‥‥そう誤解しそうになる程、1人を除いて誰も動いていなかったからだ。唯一動いていた老人は武蔵の足にしがみついて必死に何事か請願している。 そこに弓術士達を排除した、羅轟と竜哉がやってくる。弓術士は彼らが接近するとさっさと退却してしまったようだ。 動きが止まった扇姫を見て、好機だと判断した2人は説得の言葉を投げかける。 「ある男が復讐に走り、仇はほぼ討ったが最後にその姉が男を止めた事。邪魔者は直接関係無く、殺された兄弟と歳が近くとも斬り進んだため、全身が罪という血に塗れた感覚に陥った事。結局残った姉や妹の近くにいる事が血で汚すように感じ、傍にいてはいけないと思った男は出奔した」 それは羅轟の過去。復讐に生きた彼だからこそ、残された者に対してどんな想いを抱いてしまうか分かってしまう。 「以前言ったな。弟がいる事を、忘れぬようにと。‥‥恨んでくれて構わん。だが、貴殿らにあの痛みを知って欲しくはない」 だが、扇姫は一切反応を示さない。 ‥‥同じく、話を聞いていて反応を示してもおかしくない武蔵も何も返さない。それどころか両膝をついて頭を垂れるだけだ。 その様子を疑問に思いつつ、竜哉も語る。 「君がやった事に対する責は、君自身が自害しようと全て武蔵に向かう。復讐だけが目的なら、何故君はあの時名乗った! ただの縁者で済んだ話を、身分を明かした! そして明かしながら、何故復讐に武蔵を巻き込まなかった!」 それに対する、扇姫の返答は―― 「――黙れよ」 彼女の瞳から窺える感情はただひとつ‥‥狂気すら感じさせる、怒り。 羅轟も竜哉が過去に見た感情よりも‥‥もっと強いそれだ。圧倒的なその感情に圧され、2人とも言われた通り口を閉じてしまう。 彼女をなんとかできるのは、武蔵だけ。そう判断した2人が武蔵の方を見ると‥‥彼は、先ほどとは違い、天を仰いでいた。手を顔に当てているため表情は分からない。 「は‥‥は、ははは‥‥。確かに、記憶を取り戻したいって言ったけどよぉ‥‥」 搾り出すような、武蔵の声。 「‥‥これはちょっと、趣味わりぃんじゃねぇのか‥‥叢雲よぉ‥‥」 直後、武蔵が何かに弾かれたように仰け反る。扇姫が武蔵の顎を思いっきり蹴飛ばしたのだ。 「その名を、言えるということは‥‥思い出した‥‥ようね」 仰向けに転がった武蔵が、緩慢に起き上がる。 「あぁ‥‥。俺の名は、伊都 武蔵――天羽家を襲撃した賊の1人だ」 時を巻き戻し。ちょうど、開拓者らが須佐を発ち山に向かってしばらく経った頃。場所は天尾家。 「ま、襲撃するに決まってるよね。経緯を聞いて納得したけど」 「‥‥? 叢雲殿、何かおっしゃいましたか?」 「んーん、なんでもない。ところで天璃、僕が天羽襲撃犯の居場所知ってるとしたらどうする?」 ●復讐姫 「な――!?」 開拓者達にとってはまったくの予想外の出来事。いや、この場にいないマハだけが薄々感づいていたのだが。 驚いた様子を見せる開拓者達を嘲るように、扇姫は口を開く。 「‥‥今までおかしいと思わなかった‥‥? 例えば、天羽家は巫女氏族なのに‥‥この男が、サムライの技術を使えることに‥‥。例えば、たった3年離れただけで‥‥私が武蔵を見間違うなんて‥‥あると思う?」 「いや、でも‥‥! 何故すぐに殺そうとしなかったんです!? 今まで殺せる機会はいくらでも‥‥!」 昴の当然の疑問。 「許せるわけないでしょう‥‥! 自分の罪も忘れ、どんな経緯かは知らないけどあの子を騙ったまま、死なせるなんて‥‥! そんなこと、許さない。誰が許そうと、私が許さない‥‥!!」 扇姫が武蔵を見る。拳は血が滴るほど強く握りこまれ、彼女の怒りの程が分かる。 「――だから、死ね。伊都 武蔵。例えあなたの罪が赦されても‥‥私があなたを殺すわ」 怒りの拳が開かれる。血の滲んだ掌から、精霊砲が放たれた。 「がぁっ!?」 吹き飛び転がる武蔵。鎧や持ち物が衝撃で辺りに飛び散る。 「‥‥くそがぁっ!!」 起き上がった武蔵は、そのまま背を向けて走り出す。集落から逃げるつもりだ。 「武蔵さん!?」 「逃がすか‥‥!」 「扇姫!」 どうするべきか分からない。だが、このまま扇姫に武蔵を討たせるわけにはいかないと判断した開拓者達は必死に扇姫を取り押さえる。 壁の前。黯羽、マハと女サムライの戦闘は依然続いていた。 近接戦での実力差。戦法による相性。数の差。これらの要因が戦闘を長くしていた理由だ。 「どーしましょー、かー」 2人と相対しながら、女サムライは笑顔のまま首を傾げる。 戦闘を終わらせるきっかけとなったのは、集落の方から走ってくる武蔵だった。彼は3人に目もくれず、壁をジャンプで乗り越えて行ってしまった。 唐突な出来事に3人ともが呆気に取られてしまう――が、黯羽が最初に正気に戻り、これを好機と見た。 「今だねぇ!」 一気に距離を詰め、瘴気を纏わせた黄金の短剣で斬りかかる。女サムライは避けることができず、腹部に大きな傷を負う。 「へまー、しちゃいましたー」 最早勝てないと判断したのか。女サムライは壁をジャンプで乗り越えて退却してしまった。 追う事もできなくはないが、今はそれよりも確認すべきことがある‥‥そう判断した2人は、追わないことを選んだ。 それからしばらくして、天尾家の者達が現地に到着し、賊を引き取った。扇姫も一先ず天尾家が保護することになった。 ちなみに須佐で借りた馬だが、崩落や戦闘に巻き込まれたり、逃げ出したりしたので保証金の払い戻しは無いとのこと。 ‥‥賊は全員捕まえることができ、かつ死者は3人と最小限ともいえる数で、結果としては勝利といえるものだ。 だが、一部の開拓者達はどこか苦いものを感じていた。 ●叢雲と殲鬼 「天羽を襲撃した賊が見つかったけど、どうする?」 「――」 「罪もない子供達もいるのに?」 「――」 「おぉ、こわいこわい。ま、それでこそ君だよね」 「――」 「その場に武蔵を行かせれば、多分思い出すと思うけど‥‥その時はどうする?」 「――」 |