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■オープニング本文 朝廷貴族達が会議に使うとある部屋。 そこで豊臣公の娘と、彼女が呼び出した一三成が対面していた。 最初に口を開いたのは豊臣。 「さて、報告は聞いた。見事、人形を回収したようだのう?」 「‥‥はい」 豊臣が語るは先の三成の功績。最近発見された遺跡に潜り、人形を回収したことだ。 勿論開拓者達の助力があってこその成果であるが、豊臣は回収方法を具体的には指定していない。だから開拓者達のお陰で回収できたとしても三成の成果として認めるとのことであった。 時間も無いのか、豊臣は早速本題に入る。 「では朝廷の真意‥‥というか、神砂船の人形を欲しがった理由を話せばいいのかのう?」 「――はい」 気を張る三成‥‥だが。 「まぁ、実のところ。別に人形はいらんのよな」 「‥‥は?」 豊臣の言葉の意味が分からず、三成は思わず呆けた顔で固まってしまう。 「ん、な、えっ―!?」 「そなたの言いたい事は分かるぞ。何故、人形を求めたか‥‥とな」 「そ、そうです!」 先ほどまで口をぱくぱくと動かすばかりで声になってなかった三成だが、意を得たりと豊臣の言葉に頷く。 「結論から言ってしまえば、我々が欲したのは人形ではなく、人形の首飾り」 「首飾り‥‥?」 言われて、三成は思い出す。確かに神砂船で見つかった人形は、勾玉を模した首飾りをつけていた。 あれが一体何なのか。衝撃の事実が、豊臣の口から発せられる。 「――三種の神器が1つ」 「な――!?」 再び、三成が言葉を失う。今度は豊臣が助け舟を出すことは無い。三成は自分の意思でなんとか言葉を紡ぐ。 「そんな馬鹿な事が!? 有り得ない――いえ、あってはならない‥‥!」 そう、だから。 「だから我々が欲した――実に納得できる答えよな。さて、首飾りを渡してもらうには十分すぎる理由だと思うがの?」 ぞくりと、先ほどまでとは打って変わって冷たい値踏みするような目で三成を見る豊臣。 どう返答するかでそなたの価値――いや、それだけでなく人生すら決まる‥‥まるでそう言っているかのよう。 三成の背筋に寒いものが走る。もしかして自分は踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったのではないか‥‥そう後悔しながら、頷くことしか三成にはできなかった。 それを見て、豊臣が再び表情を先の笑顔に戻す。 「そういうことで首飾りはこちらで回収させてもらうぞ。あ、勿論誰にも口外してはならぬぞ?」 「‥‥分かっております」 「ならばよし。こちら側としては人形がどうしても欲しいわけではないのでな。彼の人形を主人の元に置くべきだと言うのであれば、人形が目覚めるまでギルドなどで預かれば良かろう」 主人の開拓者が人形の受け入れを拒否した場合は朝廷で預かる事も視野に入れるが、とも付け足す。 ようやく落ち着いてきたのか三成が気になっていた事を問う。 「先日回収した人形は‥‥?」 「あれか。そなたの覚悟を確認する為に回収させたので、不要な事には変わりなくての。しかるべき処に回せば――」 そこまで話してから、豊臣は意地の悪い笑みを浮かべる。 「いや、三成にそっくりな人形が1体おったのう。あれだけはこちらで可愛がるとするか。‥‥何、当初の約束通りであろう?」 三成は思う。 やっぱり自分は目の前の女性が嫌いだ、と。 場所は変わって、一家の屋敷の一室。 布団に入って上半身を起こしている正澄に、三成が豊臣との交渉結果を話す。 「‥‥というわけで、朝廷の真意は分かったけど‥‥」 「いや、その、な。そんな下手に知ると暗殺されかねん内容を何故話す!?」 「う、だって‥‥正直、相談相手が欲しかったし‥‥」 そう言われては、三成の兄である正澄はこれ以上三成を責めることはできない。はぁっと大きなため息を吐く。 「あー、分かった。分かったから、これ以上マジで誰にも話すなよ?」 「うん。‥‥兄さんもね」 秘密を打ち明けて心が軽くなったのか、三成が兄に質問する。 「どうして朝廷は無理矢理首飾りを回収しなかったのかしら‥‥」 「んー、実際のところ、藤原のオッサンは強攻策を主張してたんじゃねぇかな。あの人、そういう人だし」 それでも豊臣が出てきて、交渉に乗ったのは何故か‥‥正澄が彼なりの推測を三成に話す。 「お前を試したとか、お前が自主的に動くようになって嬉しかったからとかじゃね? 豊臣さん、お前の事気に入ってるし」 言われて、三成は苦い顔をする。 「う‥‥ありがたいことなんだろうけど‥‥」 気だるそうに凹む三成を視界に納めながら、正澄は先ほどの推測を脳内で否定していた。 (気に入ってたからってのも確かにあるだろうけど‥‥人形を預かっていたのがギルドってのが大きいだろうな。開拓者寄りとはいえど、大伴の爺さんも朝廷の人間には変わりねぇし) この事実を念頭に置いていれば、豊臣が交渉に乗った理由は十分に分かる。 (‥‥保険のある遊び、といったところか。まー、わざわざ三成に話して機嫌を損ねる必要もねぇか) 「それよりも、だ」 正澄がぽんと手を叩いて、三成の気を引く。何事かと三成が見やれば、正澄は隣室に繋がる襖を指差していた。 「ちょいとそこの襖を開けてみな」 「‥‥?」 兄に言われた通り開ける三成。 次の瞬間、三成が見たものは白い肌着を着た青い短髪の女性――いや、人形。 人形は、三成の顔をじぃっと見つめると、三成の傍に寄ってからこう言った。 「‥‥お名前を。ご主人さま」 「兄さん、何やっちゃってんの――!?」 正澄が何をやったかというと。人形を起動させた後に顔を認識される前に隣室に逃げ込み、三成と人形を対面させることで三成を主人と刷り込ませたのだ。 「ギルドの技師達が人形を起動させたって聞いてなー。俺も実物が見たいから、お前が回収したうち1体を回してもらって起動したってわけよ」 「私を主人として認識させる必要はないよね!?」 「いや、俺もう当主の座は退いたから主人とかそういうのはいいかなって‥‥」 「そんなに殴られたい!?」 「いや、三成さっきグーで結構殴ったよね。俺病人なのに」 正澄の言葉を聞いて、人形が確かめるように三成の名を呟く。 「ご主人様は‥‥三成様‥‥ですか?」 「おう、そうだぞー」 「勝手に話を進めないでー!?」 「主人に従う存在か‥‥。こんなこともあろうかと、ジルベリアのメイド服を仕入れておいてよかったぜ」 「どんなことを想定してたの!?」 「三成に着せようかと思って」 「――」 「殴るなよ!? 俺病人だぞ!?」 こうして、三成の元に1体の人形がやってきてしまった。 技師達の話によると、目覚めたばかりの人形は幼子のようにまともな知識を持っておらず、主人が色々と教える必要があるらしい。 「ってことで頑張れ! いざとなったら開拓者達の手でも借りりゃなんとかなるさ」 「もう‥‥どうにでもなーれ‥‥」 脱力して畳に寝そべる三成を、首を傾げて観察する人形なのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔
ノクターン(ib2770)
16歳・男・吟
禾室(ib3232)
13歳・女・シ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●名付けと、責任 一家屋敷。開拓者達は応接間に案内されていた。 しばらくして、部屋に三成が入ってくる。青髪の少女型の人形もだ。人形は主である三成から離れぬよう、服の裾を掴んでいる。 動いてる人形の姿を見て、ルーディ・ガーランド(ib0966)は半ば呆れながら頭を抱える。 「‥‥うわ起動してる」 開拓者達と向かい合うように座る三成。人形は鳥の雛のように後ろについて、同じく座った。 柚乃(ia0638)はそんな三成の前に座ると、両手で三成の手をぎゅっと握る。 「あ、みっちゃんさん? お子さんができたとお聞きしまして‥‥」 「誰からそんな間違った情報を‥‥!?」 ややうろたえた様子の三成を気にすることなく、柚乃はじっと見つめたままお祝いの品を取り出す。 「不慣れかとは思いますが、頑張ってくださいねっ」 母としてのお守りということで、安須神宮の御札が三成に渡される。三成は何か言うことを諦めた様子で受け取った。 次いで人形にもふらぬいぐるみとブレスットベルを贈る。 自立して動く人形の姿を見てか、禾室(ib3232)が「ほへー」と驚きの声を上げる。 「これが噂の人形かぇ、でっかいのぅ」 確かに少女型にしてはやや背が高い。この場にいる人物と比較するのであれば、ノクターン(ib2770)よりやや高いぐらいか。 禾室が人形の着ている服‥‥メイド服を見て、首を傾げる。ちなみに彼女が着ている服もメイド服だ。 「‥‥して何故着衣がメイド服なのじゃ。三成殿の趣味なのかの? わしとしてはお揃いで嬉しいのじゃけど」 「私の趣味にしないでください。兄さんの趣味です」 「兄さん‥‥えーっと、正澄だっけ?」 ノクターンが言った直後、応接間の襖がすぱんと勢いよく開かれる。 「話は聞かせてもらったぞ! 俺の出番のようだな!」 「いいえ、大人しく寝ててください」 ぴしゃり。 即座に三成の手によって襖が閉められるのであった。 そんなやり取りもあったが、正澄が応接間にやってくる。 病弱で家督を譲ったというだけあり、体つきは細くあまり健康的とは言えない。だが悲愴さを感じさせない陽気さを感じさせる笑顔の持ち主であった。 「やー、俺が三成の兄の正澄だ。まぁ、そう遠くないうちに死ぬと思うから、無理に覚えなくていいぞ」 「え、えー‥‥」 陽気というより、達観しているのかもしれない。 挨拶もそこそこに、人形の教育について打ち合わせが行われる。 「彼女‥‥って言っていいのかどうか分からないが。取り敢えず、三成は彼女をどう扱うか、決めておいた方がいいんじゃないかと思う」 「どう扱うか‥‥ですか」 ルーディの言葉に、三成はついと視線を畳へと下ろす。そういうことはあまり考えたくないとでも言いたげな所作である。 それを見て、羅轟(ia1687)は三成の気持ちを察したのか声をかける。 「いきなり‥‥困惑分かるが‥‥将来‥‥良き養い子や‥‥従者になるかも‥‥。だから‥‥ちゃんと、向き合っては‥‥?」 言われて人形の顔を見る三成。視線を受けた人形は何のことか分かっていないようで首を傾げ、三成はまた視線を逸らす。どうも三成が人形とちゃんと向き合うには時間がかかりそうだ。 やや重くなった空気を払拭するために藍 舞(ia6207)がフォローを入れる。 「まー、そこら辺は付き合ってるうちに自然に確立されるんじゃない? 今決められないなら無理して考える事でもないわよ」 しかし、それとは異なり早めに決めなければいけないこともあると続ける。 「名前は早めに決めた方がいいと思うわ。ほら、名無し名無し呼び過ぎて、名前がナナシになっちゃっても困るじゃない?」 舞の言葉に開拓者達は一様に頷く。 「そうそう。呼び名がないのは、本人にもその周りにも、不便ってものだろうしな」 「三成殿が今後この子をどうするかはわからぬが、この子はこうして既に動いて生きておる。‥‥なのに名前が無いのは可哀想なのじゃ」 ルーディに続いて禾室も名を付けた方が良いと主張するが、肝心の三成の反応はどうも鈍い。 「名を付けろ‥‥ですか‥‥」 名前をつけられないのは、良い名が思い浮かばないからか。そう推測した開拓者達はアドバイスをする。 「んー、そうだな。例えば髪の色から取るとか?」 とはノクターンの言葉。それに続いて羅轟も同じく髪や雰囲気から名付けてはと述べる。 「雰囲気や‥‥髪の‥‥色で‥‥女性的な‥‥何か‥‥無いか?」 「無いか、と言われましても‥‥」 やはり三成の反応は鈍い。開拓者達は名前は三成がつけるべきと考えており、このままでは埒があかない。 そこに正澄が助け舟を出す。 「んー‥‥じゃあ、候補を考えてもらって、その中から選ぶってのはどうだ。それぐらいはできるだろ?」 「‥‥はい」 やり取りを見る限り、そも三成は名付けるのを嫌がっているようにすら見える。正澄はそれを理解してか、三成が納得できるラインを提示したようだ。 「んじゃ、俺からはエル――いや、なんでもない。開拓者からは何か候補無いか?」 正澄に問われ、開拓者達はしばし考え込む素振りを見せた後に、各々が考えた名を口に出す。 「あくまで一例ですが、青い色は五行ですと青龍に通じる、という事で辰、というのは如何でしょう?」 エラト(ib5623)の案は髪色の青から取ったものだ。同じように、羅轟も青を彷彿とさせる紫陽花や、無垢を意味する百合などを提案する。 「もしわしがつけるとしたら瑠璃かのぅ」 青い宝石から名前を持ってきたのは禾室だ。 候補が出揃い、三成は顔を伏せて考えこんでいたが、しばらくしてから顔を上げた。 「それでは‥‥瑠璃にしたいと思います」 三成は人形に向き直ると、彼女の顔を見てしかと告げる。 「今日からあなたの名前は瑠璃です」 「私は‥‥瑠璃‥‥」 人形――瑠璃は言葉の意味を確かめるように、小さく呟いてから、表情を変える。 「――はい!」 嬉しそうな笑顔へと。 ●開拓者と一緒 名前が決まったところで、瑠璃との本格的な触れ合いが始まった。 「のぅお主、お主を作った者の事や、作られた当時の事とか、何か覚えておる事はないのかの?」 最初に禾室が気になっていたことを問う。尤も答えはあまり期待していないが。 概ね予想通りと言うべきか、瑠璃は首を傾げるだけで何も覚えていないようであった。 どうも瑠璃の知識は幼子と同等程度らしいという三成らの話を聞いて、ルーディがうぅんと唸る。 「うーん、文字から分からないくらいか。取り敢えず、日常の生活に不都合が出ないようにはした方がいいのかな、どうするにしても」 こうして開拓者達による子育てが始まったのであった。 開拓者達がまず重要視したのは、瑠璃が三成と正澄をしっかり認識するようになることであった。 しかし、この点に関しては心配なくちゃんと記憶しているようであった。三成の兄である正澄も身近な存在だからか、開拓者達が来る前に覚えたのだろう。 次に開拓者達が重視したのは文字の読み書きだ。 ルーディが絵本を読んだり、ノクターンが文字の書かれた木板を使って、教え始める‥‥のだが。 「‥‥これは?」 「りんご」 「これは?」 「ごとう」 「では、これは?」 「うし」 「――っていうか、後藤って誰‥‥!?」 といった風に、あっという間に文字を覚えていった。書くのはまだ不慣れだが、数回同じ字を書けば、見本と同じような字を書くことができた。 勉強も一段落して、休憩をする開拓者達。おやつとして出された最中を頬張りながら、ふと禾室が疑問に思う。 「そういえば、瑠璃は食事はするのかの?」 「試してみたことはありませんね‥‥」 三成の言葉が正しければ、瑠璃は今まで食事をしたことがなく、また食事をしなくても生きていけるようだ。 だが、出来れば料理をさせてみたい禾室としては食事ができるかどうかは大事なことであった。味覚は料理人にとって重要な感覚だからである。 「うぅむ‥‥。では瑠璃よ、こいつをちょいと食べてみんかの?」 そう言って禾室が取り出したのは梅干し。瑠璃がそれを摘むと、躊躇無く口に含む。 「――」 「おぉ、食べた‥‥ということは、食事はできるようじゃの」 「――」 食べた‥‥はいいが、瑠璃は無表情のまま一切微動だにしていなかった。その事に気づいた開拓者達が首を捻る。 その内最初に気づいたのは羅轟であった。 「食事経験‥‥皆無‥‥梅干しは‥‥刺激が強い‥‥のでは?」 言った直後、瑠璃が盛大にむせるのであった。 ●真意 順調に進む教育と触れ合い。 今もまた瑠璃が開拓者達に色々と教わっており、三成と正澄はそれをやや離れたところから観察していた。 そこにマハ シャンク(ib6351)が声をかける。 「朝廷側の真意確認できたか? それを聞いてどう行動するのだ?」 彼女が気になっていたのは、前回の問いの後どうなったか。苦労して手に入れた人形がどうなったか、だ。それを聞く為の質問である。 問われた三成は、一旦正澄と顔を合わせてから答える。 「‥‥朝廷の目的は彼の人形がつけていた首飾りのようです。尤もその首飾りが何なのかは教えてもらえませんでしたが」 そして求めていたのは首飾りだから、人形自体は朝廷としては気にする程のものではなくギルドに預けられたままだとも。 「ふむ。で、おぬしはどうするのだ? 首飾りの正体を探るのか?」 「何もしません」 「何故だ」 マハの問いに、三成は深呼吸をしてから口を開く。 「そもそも朝廷の真意を聞きたかったのは、『何故大量の戦力を割いてまで神砂船の探索及び、人形を求めるのか』の疑問を解決する為です。そして疑問が解決した以上、これ以上問い質す理由はありません」 「だが首飾りが何かが分からなければ、何故それを求めて開拓者達を動かしたかの理由付けにならないのではないか?」 「‥‥人を動かさなければいけず、かつ正体を明かすわけにはいかない代物なのでしょう。それだけで重要性が分かるというものです。理由としてはその重要性で十分でしょう。元より全てを明かす義務は朝廷にはないのですから」 三成としては、現状で十分疑問が解決されているのだからこれ以上聞こうと思わないということらしい。 これを受けて、マハは何も言わない。 元より彼女が三成に何かするよう指示する力も意志も無いし、三成が何もしないのであれば、マハにはどうしようもない。ただそれだけだ。 2人の話に、柚乃が興味深そうに耳を傾ける。彼女はちょうど、氷霊結による作った氷で飲み物を用意していたのだ。 冷えた飲み物を三成らに配りながら、柚乃は気になったことを聞く。 「神砂船って‥‥元は天儀の船だったりしません?」 彼女の脳裏に浮かんだのは500年以上前に行方不明になったとされる原始船。 「どう‥‥でしょうね。私にはどうも言えません」 これが三成の答だ。尤も、三成は何も知らないのだから当然の答えではあるのだが。 2人と三成が瑠璃の元へと行き、正澄だけが残った場にノクターンがやってきた。 瑠璃や禾室と遊んでいる三成をちらと見て、冗談を言うようにほくそ笑みながら口を開く。ちなみに瑠璃が本気で蹴った毬があらぬ所に飛んでいったせいで三成は呆然としていた。 「ある意味良い趣味を持った一族だな」 三成を見ながら言ったということは、当然女装についてだろう。 「趣味ってわけじゃないんだけどなぁ。そうしなきゃいけない理由があったというか」 「あった‥‥過去形?」 「んー、過去形」 それっきり正澄は何も語らずに三成を見る。 その視線は、大事な家族を見守る兄のものであった。 ●成長 「まさに砂が水を吸う如く‥‥ってやつね」 成長日誌をつけていた舞は感嘆の声を上げる。瑠璃の飲み込みは早く、教えられた事をあっという間に習得していった。 『形が決まっている』ことに関しては特に飲み込みが早い。例としては文字の読み書きだ。 また、舞が三成に変装して瑠璃を騙せるかどうか試してみたが、簡単に見破られてしまった。主人は誤認しないのかもしれない。 「体を動かすことに関しても飲み込みは早い」 とはマハの言葉だ。彼女は簡単な体の動かし方を教えたのだが、何度か注意をしただけで基本的な動きは身につけていた。 「ふっ‥‥はっ‥‥!」 メイド服を棚引かせながら、突き、肘打ち、回し蹴りを披露する瑠璃。マハが泰拳の基礎を教えたのだが、この様子だと反復して数日練習すれば簡単な型ぐらいなら習得するだろう。 逆に、やや飲み込みが遅いのは『形が決まっていない』こと‥‥例えば感情について。 舞は瑠璃になるべく三成の表情を観察させて、感情の変化を学習させようとした。友達のいないだろう三成の友達になってくれることを期待してのことである。 「楽しませたり喜ばせれればレア、大金星よ」 ‥‥が、これに関しては文字の読み書き程すんなりは言ってない。元より表情から気持ちを察するのは人間でもできない者がいる行為だ。 また、捻くれ者の三成の場合、表情から感情を察するには更に難易度が上がる。 「むむっ、仕方ないわね‥‥。それじゃ、まずはうちで基本的な感情を学ぶのよ!」 とテンションを上げまくって、ややオーバーに喜怒哀楽を教える舞であった。 更に吟遊詩人組が中心となって、音楽について教えることとなった。 エラトとノクターン、柚乃が打ち合わせをしてから、落ち着いた曲を演奏し、聞かせる。 「これが‥‥音楽。‥‥胸のとこがほんわかします‥‥」 聞き入った様子で胸の辺りを抑える瑠璃。表情はあまり変わらないが、どうやら気に入ったようだ。 その様子を見て、演奏を終えたエラトがハープを瑠璃へと渡す。 「興味があるのでしたら、あなたも弾いてみますか?」 「‥‥はい」 こくりと頷いて、ハープを受け取る瑠璃。 今はまだ楽譜の読み方も分からず、どうすれば音が出るのかと悪戦苦闘している段階だ。 しかし、それでも瑠璃は楽しそうに微笑みながらハープを弾いていた。 こうして日が経つのは早いもので、開拓者達の滞在期間はあっという間に終わった。 最初のうちは夜でも構わず起きて活動していた瑠璃だが、エラトを始めとした開拓者達の教えにより、夜は休むことを覚えた。規則正しい生活を送ることができるようになったのは大きな進歩だろう。 他にもお茶の入れ方や将棋などを教わっていた。 最後の日、開拓者達を見送るために三成と瑠璃が家の門前に立つ。 「色々と教えていただき‥‥ありがとうございました」 数日前には見ることのできなかっただろう、瑠璃のお辞儀。成長したことを実感し、三成は安堵の息を洩らす。 そんな三成の苦労人気質を感じ取ったのか、親近感を抱いたルーディが声をかける。 「お前も大概苦労人だな‥‥。今度、愚痴を肴に酒でも飲もうぜ」 「遠慮させていただきます。――お酒が止まらなくなりそうですので」 |