黒天、蒼雷
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/18 09:19



■オープニング本文

 石鏡は三位湖の北。他の地域に比べてケモノが多く生息しているこの地域は十塚と呼ばれている。
 十塚に住む人々はケモノをただ害獣として排除するだけでなく、共存できるなら共存するという道を選んでいた。
 共存するにおいて重要なこととは何か。それは‥‥知ること。
 十塚にある町の1つ、高倉はケモノの研究を主な生業としている町だ。
 きっかけは、彼らの研究であった。


 十塚は北の方に位置する山、閃津雨山。険しい傾斜が連続する、何人もの侵入をも拒む山である。
 その厳しい環境からか、生息している動物も少ない。資源という面では見るところは殆どなく、人の手はまったく入ってないといっていい。
 そんな山を6人の男女が息を吐き、汗をかきながら懸命に登っていた。
「あー、もうヨォ! なーんで、こんな所を登らなきゃいけねぇんだヨォ!」
「仕事を引き受けたからでござろう‥‥」
 彼らは高倉の町に住む傭兵だ。志体持ちだが、開拓者とは違って彼らのルールで仕事を請け、こなす。
 わざわざこんな場所にやってきたのも高倉で依頼を受けたからだ。その依頼内容とは、
「ったくヨォ。こんなところに本当に龍なんて住んでんのかヨォ?」
 龍。
 天儀に生息するケモノであり、開拓者のパートナーとしては最も一般的な存在だ。
 駿龍、甲龍、炎龍の3種類がよく知られているが、そのどれにも属さない龍がここ閃津雨山に向かって飛来しているのが目撃されている。
 それも最近だけという話ではなく。少なくとも何世代にも渡っての目撃情報があるのだ。
 これらの目撃情報から、高倉の有力氏族である佐士家は謎の龍が閃津雨山に住んでいると推測。調査の為に彼ら傭兵を派遣したのであった。
「んー、私としてはー、斬ることができたらー、それでいいんですけどねー」
「いやいや、あくまでも私らの目的は調査っすよ?」
 などと会話しながら山を登る傭兵一行。
 人の手がまったく入っていない為に、道と呼べるものはなく、登山は厳しいものとなっていた。
 だからこそ、中腹辺りで全員が横になってもまだまだ余裕がある広くて平坦な場所に出た時は、全員が喜んだ。
「うーっし、んじゃしばらくここで休憩すっか」
 各自思い思いの休憩を取る傭兵達。
 そんな中、眼鏡をかけた陰陽師の少女は、周囲の様子を見て違和感を得ていた。
「‥‥ん、あれ? なんっすかね、この感じ‥‥」
 なんだろう、平坦過ぎる‥‥? いや、そういう地形なのはいいとして、岩すらないのっておかしくないっすかね。
 あまりにも作られた場所のような――
「‥‥人の手が入ってる?」
 そこまで考えたところで、何を馬鹿なと自嘲気味に笑いながら首を振る陰陽師。この山に人の手が入ってないのは登る途中に散々見てきたじゃないか、と。
 そんな馬鹿な事を考える余裕があれば体を休めよう。そう思った彼女は、両手足を投げ出すように体の力を抜いて仰向けになる。
 仰向けになれば見えるのは当然空。曇り一つない空はどこを見ても青ばっかりで、
「――へ?」
 否。
 青い空の中に黒い点が1つあった。点がどんどん大きくなっていくことから、黒い何かが近づいてくることが分かる。
 始めは鳥か何かと考えたが、鳥にしては大き過ぎた。
「え、ちょっ、何‥‥!?」
 慌てて起き上がる陰陽師。他の傭兵達も黒い何かの接近に気付いたのか、いつでも戦闘に入れる態勢に移りながら空を眺めていた。
 黒の巨体が重々しい地響きと共に傭兵達の目の前に降り立つ。巨体の持つ翼の羽ばたきが辺りに暴風を生んだ。
「わぷっ!?」
 暴風に煽られて思わず仰け反りそうになったのを、なんとか足に力を入れてしっかりと立つ。
 腕を顔の前に当てて目を保護しながら、薄目で巨体の姿を確認した。
「――」
 黒い龍がいた。
 駿龍でも甲龍でも炎龍でも無い巨大な龍。巨躯もさることながら、何よりも他の龍と違ったのは、四肢だ。
 駿龍などは前脚が翼となっている生き物だ。だが、目の前の龍は違う。龍は四肢を持った上で背中に翼を生やしている。ぱっと見ただけで、この龍が別物だと分かる。
 黒く輝く龍の鱗は1枚1枚が鉄以上の重厚さを想起させ、手足から伸びる鋭い爪は例え鋼だろうと切り裂くだろう。巨躯から伸びる尻尾が振るわれれば脆弱な人間などたちまち吹き飛ばされるに違いない。
 ――グゥルルルルルル‥‥!
 龍の低い唸り声が傭兵達の頭へと響く。その瞬間に本能で全てを理解した。
「――あ、駄目だこれ。死んだっすね」
 目の前の龍が圧倒的強者であることを。
 幸いなことに、龍がまだこちらに攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
 今は恐怖で固まってしまった足が動くようになれば、すぐにでも抜け出そう――傭兵達は全員そのように考えてた。
 1人の例外を除いて。
「どうせー、死ぬならー、前のめりー、ですよー?」
 一番最初に恐怖の硬直から脱したサムライの女性が、腰に提げた刀を抜きながら、しかし笑顔のまま龍へと突撃する。
 あまりに予想外の行動に呆然とする他の傭兵達を置き去りにして、刀を目の前の龍の首目掛けて振るうサムライ。しかし、龍が翼を1回羽ばたかせると巨躯がいとも容易く空を飛び攻撃を回避した。
「大きいわりに素早いですねー。卑怯ですー、おりてこいー」
 手が届かない場所に逃げたことに対して憤る、しかし笑顔のままのサムライ。
 勿論龍がサムライの言葉に答える必要性は無く。龍が空を飛んだまま顎を開く。大きく開かれた口の喉奥からは白い光が見え、
「――って、何やってんだ馬鹿ぁぁぁ!? 逃げろおおお!!」
 ようやく自分を取り戻した傭兵達が一目散に逃げ出す。嫌がるサムライは無理矢理肩に担いでだ。
 そんな傭兵達に、空から極白光の力の奔流が叩き込まれた。



「といったことがあったわけでござるよ」
「‥‥はぁ、それはまた大変でしたね」
 後日、開拓者ギルドにその傭兵のうちの1人がやってきていた。傭兵は全身に包帯を巻いており、彼の騒動がいかに大変だったかを物語っている。
 傷だらけの傭兵は、ギルドの受付係相手に更に話を進める。
「面倒なのはこれからでござって。拙者らの傭兵仲間のうち、その日同行してなかったやつがいまして。名前は‥‥まぁ、馬鹿でいいでござる」
「は、はぁ」
「その馬鹿が『お前らをこんなボロボロにした龍がいるとは許せんよなァー!』と馬鹿を言って、我々が止めるのも聞かず『仇を取ってやる!』と単身山に向かうという馬鹿な行動をしたのでござる」
「単身‥‥ですか? 死ぬんじゃ‥‥」
「まぁ、馬鹿が死ぬのはこの際どうでもいいでござる。困るのは龍が馬鹿のせいで人間に対して怒り暴れられること。そうなるのを止める為に協力してほしいでござる。‥‥我々は全員このような状態なので」
 龍と戦った傭兵は全員重傷を負っていて、龍のところに立ち向かえる状態ではないとのこと。
 こうして、馬鹿と龍の激突を止める依頼が出されたのであった。


■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009
20歳・女・巫
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
牧羊犬(ib3162
21歳・女・シ
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●傭兵
 閃津雨山に単身出向き黒龍と戦おうとする馬鹿を止める為、開拓者は閃津雨山へ向かう――前に、高倉へとやってきていた。
 目的は依頼人でもあり事件の発端である傭兵達と会うことだ。
 傭兵がよく集まってるという酒場に向かうと、目的の人物はそこに居た。
 時間が無いということで挨拶もそこそこに、志野宮 鳴瀬(ia0009)が本題を切り出す。
「件の山に入る為に地図を借り受けたいのですが‥‥あるでしょうか?」
「あるでござるよ。ちょっと待っててほしいでござる」
 傭兵の1人が地図を取るために酒場を出たのを見送ってから、開拓者達はこの間に集まっている傭兵達に事件の詳細を聞く。
 黒龍との顛末を話している傭兵を見て、羅轟(ia1687)はふと首を傾げる。
(どこかで見たような‥‥?)
 そう思っていたのは彼だけではなかったのだろう。傭兵の中で聞きに徹していた男も羅轟を見て首を傾げていた。
 男はしばらく考え込む素振りをしていたが、合点がいったのかぽんと手を叩く。
「おぅヨォ、あれだヨォ! 姫さんに雇われて賊叩きに行った時に会ったやつらかヨォ!」
 その言葉を聞いて、羅轟も彼らとどこで会ったかを理解した。過去の事件で敵として戦った相手である。
 当時を思い出したのだろう。やはりその事件に関わっていた以心 伝助(ia9077)の顔が曇る。
(‥‥今、武蔵さんはどうしてるんすかね)
 様々な想いが交錯したあの事件から大分日は経ったが、未だに武蔵の行方は分からないまま。十塚に再びやってきたのも、彼の事が気になっているからかもしれない。
 一部の開拓者達に思うところはあるものの、肝心の傭兵は過去の相対はまったく気にしておらず実にさばさばしたものであった。
「まぁ、戦ったっつってもお互いが憎いわけでもなし、気にすることじゃねぇわな」
「そうですねー。でもー、いつかまたー、斬れたらいいですねー」
「‥‥相変わらずだな。先ほどの話から推測するに、おぬしが原因か」
 物騒なことを口走るサムライの女性のブレなさを冷たい目で見やるはマハ シャンク(ib6351)。
 因果応報というべきか、見た限りでは彼女の怪我が一番重傷のようなのだが。
「おネーさん、結構無茶な人っスねェ」
 鷲尾天斗(ia0371)は話を聞いた素直な感想を洩らす。
 牧羊犬(ib3162)もそれに同意するようにこくと頷く。心意気に感服はするが、マネはできないというのが彼女の本音であった。
「そーですかー? 私としてはー、斬る為の人生なのでー、当たり前なんですよねー」
 にこにこと笑顔でとんでもない事を言い放つサムライに狂気を感じ、先程と打って変わって腰が引ける牧羊犬。天斗は面白そうに笑っているのが対称的だ。
 そんなサムライの頭に、別の傭兵がごつんと拳骨を落とす。
「あぅー?」
「俺達全員がこいつみたいに狂ってると思われちゃ敵わん。‥‥いや、馬鹿は馬鹿で厄介なんだがなぁ」
 傭兵達が一様に頷く。全員が馬鹿と認めてるあまりといえばあまりな扱いに、伝助がおずおずと口を挟む。
「あの‥‥その泰拳士さんの名前を教えてほしいっす。流石に『馬鹿』と話しかけるのはちょっと‥‥」
「‥‥あー、あの馬鹿の名前なんっつったっけ?」
「馬鹿じゃないのかヨォ?」
「覚えてないな」
 可哀想な馬鹿の名前が分かったのは、地図を取りにいった傭兵が戻ってきてからであった。

●山登り
 今度こそ馬鹿――その名も炎樹を追い、借りた馬に乗って閃津雨山へ向かう開拓者達。
 馬に跨りながら、竜哉(ia8037)は先程の傭兵達の会話を思い出す。
「‥‥傭兵、ね。あいつらはこの事態をどう思っているのやら」
 竜哉にとって何より腹立たしかったのは、傭兵が引き起こしたこの事件に民間人が巻き込まれかねないということであった。
 いざという時は逃げ出す事もできる傭兵と違い、その地に根差す民間人は簡単には移住できない。だから近隣住人だけが痛い目に遭う可能性があるのを考慮していないのが許せない‥‥ということらしい。
 とはいっても、今回の対応に際して傭兵が自分達で依頼を出したのだからまったく考えていないというわけではないのだろう。
 ‥‥それでも炎樹の迂闊な行動は擁護する要素は何一つ無いのだが。
 とにもかくにも、やるべきことはただ1つ。
「とりあえず馬鹿を連れ戻さないと‥‥ですかね」
 言いながら、しかし面倒だとトカキ=ウィンメルト(ib0323)がため息を吐く。
 何よりも正体不明の黒龍を相手しなければいけない可能性もあるのだ。開拓者達の間では黒龍と戦わない事を決めたものの、相手がどう出るかは分からない。
 だが依頼を受けた以上、面倒でも結局やるしかない。
「さてと、じゃあいつも通りお勤めと行きますかね」

 馬を走らせてしばらく経った頃、一行は閃津雨山に到着する。
 地図に記された入り口のところまでやってくると、鳴瀬が繋がれている馬を見つける。炎樹が乗ってきたものだろう。
「さすがに降りましたか。‥‥無理に特攻して、落馬なりされた方が助かったのですが」
 酷な言葉にも思えるが、1人で黒龍に突っ込んで派手な怪我を負うよりはマシだと判断してのものだ。確かにそれと比べれば落馬の負傷など大したものではないだろう。
「相手の失敗に期待しても仕方ない。急ごう」
 竜哉の言葉に異を唱えるものは無く。開拓者達も馬を繋ぐと、山へと入っていくのであった。

 本来、慎重に慎重を重ねて登るべき閃津雨山であったが、今回に限っては時間との勝負とも言える。
 炎樹が黒龍と遭遇する前に彼を取り押さえるのが望ましいからだ。その為にも、開拓者達は先行できるものは先行するというスタイルで多少強引でも山を登っていった。
 先行組の中で特に速いのがマハ、羅轟、伝助の3人だ。瞬脚や早駈けといった技術のお陰でもあるが、何より彼らは開拓者達の中でも一際軽装だったのが大きい。
「身軽なおぬしというのも、違和感があるものだな。‥‥尤も、面は相変わらずのようだが」
「‥‥面‥‥軽い‥‥から‥‥」
「っと、人が通った痕らしきものがあるっすね。こっちを登ったのは間違いないみたいっす」
 そんな軽装の3人と、ほぼ同じ速度で登ることができた人物が1人いた。牧羊犬だ。
「よっ、はっ――とっ!」
 彼女は通常進むことのできない場所を、しかし三角跳びを駆使することで見事に進んでいた。まさに道なき道を往くシノビの面目躍如といったところだろう。
 こうすることで、軽装組に比べて装備が重い彼女でも難なくついていくことができた。‥‥尤も、彼女の場合重いのは武器であって、実際は殆ど裸みたいなものであるのだが。
 彼らに続いて登っていくは竜哉だ。瞬風の空力移動も駆使して難所を難なく登った上で、木や岩などにロープを張って後続へと声をかける。
「よっと――。ここにロープを張っておいたから、登る助けにしてくれ」
「助かります」
 トカキが掴んだロープがしっかと繋がったままなのを確認すると、竜哉は再び先を急いで走り始めた。

 といった風に各自できるだけ急いで山を登っていたが、見る限り明らかにやる気が無さそうなのが天斗だった。
 一応急いではいるのだが、あくまでも一応である。
「あ〜、メンドクセェ」
 登りながらぐちぐちこう言ってることからも、彼のやる気の無さが窺える。
 やる気が無い理由は簡単なことである。炎樹がどうでもいいからだ。
「ッつーか、そういう向こう見ずは黒焦げになってもらった方がイイと思ゥんだがな」
 美少女相手だったらやる気出るんだけどなー、という言葉から彼の人柄がよく分かるというもの。
「ん――あン?」
 そんな彼がふと空を見上げてみれば、何か黒い点のようなものが見えた気がした。心眼で探ろうにも遠くて無理だろう。
 だが、聞いた話が確かであれば――
「もゥ死にそうな目に合うのはゴメンだけどなァ」
 それでも会えるのなら会ってみてェナ――というわけで、少しやる気を出す天斗なのであった。

●馬鹿との問答
 閃津雨山中腹の広場。今までの傾斜と違い広々した平坦な場所に羅轟、伝助、マハ、牧羊犬の4人が辿り着いた。
 到着して真っ先に目に入るのは、
「んあ? なんだお前ら?」
 座禅を組んで気を練っている茶髪の青年であった。炎樹で間違いないだろう。
 今のところ、他に何かいる様子は無い。だがうかうかはしてられない。
「余裕は無さそうですね‥‥」
 超越聴覚を発動した伝助と牧羊犬の耳には、巨大な何かが風を切っている音が聞こえていたからだ。
 故に時間をかけていられないと、彼らは自分たちがここにやってきた理由‥‥炎樹を止める為にやってきたことを手短に説明する。
 それだけで解決すれば何の苦労も無いわけで。炎樹は相変わらず帰る気は無いようであった。
 最初に説得に入るのはマハだ。
「何故おぬしの仲間達が怪我をしたのか知っているのか?」
「龍に襲われたからだろ!」
 その返答に、羅轟が否と首を横に振る。
「‥‥斬りつけたのは‥‥傭兵側。これは‥‥襲われたとは‥‥言わない‥‥」
「故に、一部の仲間達は自分達が悪かったというのを理解しているようだが?」
 羅轟に続いてのマハの言葉にも、だが炎樹は受け入れない。
「どっちが先に手を出したかなんて関係ねぇだろ! やられたやつはやられたんだからよ!」
「やられた傭兵が‥‥復讐を‥‥望まないのに‥‥か?」
「あぁ、関係ねぇな! 俺が許せねぇってだけなんだからよ!」
 つまり、炎樹にとって許せないのは『仲間を傷つけたという事実』――誰が悪いかなどは関係ないということだ。
 傷つけられた側が望んでいないのに動こうとしてる彼は‥‥あまりにも自分本位といえるだろう。
 理屈に応じず、自分の感情だけで復讐しようとしている炎樹を見て、伝助は複雑な気持ちになる。
(‥‥感情で動くというのは、あっしにも身に覚えがありまくりなのであまり大きな事言えないんすけども)
 だが、それはそれ。気持ちを切り替えて説得を試みる。
「ていうか、複数で行っても駄目だった相手に一人でどうする気だったんすか」
「‥‥それに‥‥飛ばれたら‥‥どうするつもりだった‥‥?」
 伝助の言葉もその通りであるし、羅轟の言う通り泰拳士は基本的に空を飛ぶ相手にはどうしようもない。
 それらの問題をどうにかしない限りは龍を討つどころではない筈なのだが。
「そ、そういうのはやってみりゃなんとかなるもんなんだよ!!」
 やっぱりというか。何も考えていないようであった。さすが馬鹿呼ばわりされてるだけはある。
「‥‥気合や想いだけじゃ、どうにもならない事だってありやすよ」
 想いだけじゃ解決しなかった過去があるからこその言葉を述べる伝助、だが。
「俺ならなんとかしてみせるんだよ!!」
 通じないものは通じないのであった。
 説得が失敗したのを見て、マハは復讐に駆られたある姫のことを思い出す。
(‥‥この説得が上手くいけば別の機会にも希望はあるかと思えたが。‥‥私にはまだ関係ないことか)

 ――そして、黒龍が降りてくる。

●黒龍
 後続組が広場にやってきたのと、黒龍が広場に降り立ったのはほぼ同時であった。登ってきた崖側を手前としたら、ちょうど奥側に降り立った形だ。
 話に聞いただけでは分からなかったあまりの威圧感に、一行は思わず息を呑む。空気が振動しているようにすら感じた。
「此方に敵意はありません‥‥って言って伝われば苦労しないのですがね」
「以前ジルベリアで出た火山竜‥‥じゃないっすよね。色とか違いやすし」
 戦う意志が無いことを伝える為にも、トカキが武器を置いて両手を上げる。それが通じてるのかどうかは定かではないが、今のところ黒龍からは敵意は見えない。
 同じように伝助を始めとした他の開拓者達も戦う意志を見せない――が、炎樹は別であった。
「ついに現れたな! 覚悟しろよ!!」
 拳をぎゅっと握り構えたのに呼応して、黒龍がぴくりと顔を動かす。
「って、させませんよ!」
 だが先に動いたのはどちらでもなく牧羊犬だ。彼女は不意打ち気味に組み付くと、素肌の胸を直接炎樹へと押し当てる。
「‥‥ど、どうですか?」
「――何が?」
 夜春、完敗――!
 より強い感情で復讐の心を上塗りする為の色仕掛けであったが、効果はまるで無かった。
 恥ずかしい思いをしてまでの行動がまったくの無駄に終わった悔しさと、このまま放っておくわけないはいかないという使命感が、彼女を次の行動へと駆り立てた。
「では、これを!」
「あぐぅ!?」
 金的、完勝――!
 とはいっても、せいぜい不意打ちとして有効だったぐらいだ。
「‥‥あら?」
 ここで、鳴瀬があることに気付く。
 先ほど、微かに見せた黒龍の敵意が霧消している――いや、それどころか面白がっているような気配すら感じるのを。
「気のせい‥‥でしょうか」
 龍の感情は分からない。だが、龍がこちらに仕掛けて来ないのであれば、今が好機なことに違いはなかった。

 結局、炎樹は開拓者達に取り押さえられ縛られることになった。さすがに1対8じゃどうしようも無い。
 縛られている炎樹に竜哉が説得‥‥という名の説教をしている、が。
「誰だって、勝手に自分の家に入られりゃあ気分悪いに決まってんだろうが。お前だって、自分の家に勝手に侵入した奴が武器持って襲い掛かってきたら反撃するだろ? それと同じだ。お前は居直り強盗でもする気か?」
「‥‥」
 不貞腐れた様子の炎樹がちゃんと聞いているかは怪しい。
(――ったく、ちゃんと手綱を握ってもらわないと関係ない人間が迷惑を被るってのに)
 その辺をしっかり傭兵達に伝えないといけないと高倉に引渡しに行った時の事を考える竜哉であった。
 肝心の黒龍は相変わらず開拓者達を静観しているだけで、何かをしようという気配は見えない。
 今は大人しいが、仮に黒龍が暴れたらひとたまりも無いだろう。そのことを想像して、トカキは炎樹がいかに馬鹿だったかを実感する。
「あなた馬鹿ですね、あんなのに戦いを挑むとか馬鹿の極みですか?」
「うっせー、馬鹿っていうやつが馬鹿なんだよ、バァーカ!!」
 この馬鹿を殴りたいと思った人がいても、きっとその人は悪くない。
 何はともあれ、黒龍は何をするでもなくこちらを見るだけだ。だが、天斗があるものを見つけると龍の様子が一変した。
「ん? なんだアレ‥‥」
 広場の奥側。山壁に何か岩のようなものが重ねられているのが見える。
 何かを閉じ込めているようにも見えるそれには、注連縄といった人工物も飾られているようで。
 それらをよく観察しようと、天斗が一歩そちらに足を踏み出すと黒龍が吼えた。
 轟と辺りを揺らす咆哮。空気だけでなく地面の振動をも感じて、開拓者達は危機感を覚える。
「目的は達した、長居は無用!」
「何時か遊んでやるから今日はまたな〜」
 黒龍の逆鱗に触れる前に、と開拓者達は一目散に撤退するのであった。