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■オープニング本文 ――嗚呼、ようやくお前を殺せる日が来るのか。 「‥‥ここ数日のアヤカシとケモノの動きは以上となります。アヤカシの方はこちらである程度対応しますが、ケモノの方は‥‥」 「うーん、気が向いたら考えてあげる」 「気が向いても考える止まりですか‥‥」 畳の敷かれた和室。若い女性が正座しながら、目の前で寝転がっている少年に何やら報告をしていた。 報告の内容は最近の周辺情勢についてだ。 彼らが住む十塚は、何よりもケモノが多く生息しているのが特徴的な地域である。 目の前の少年の言葉に困ったようにため息を吐く女性の名は天尾 天璃。十塚最大の街である須佐を治める氏族の娘だ。 街の中でもかなり地位の高い人物である彼女を困らせている少年は、しかし気にした様子はなく気だるげに畳の上を転がる。長い黒髪に癖がついてもおかしくなさそうだが、そんなことはなく滑らかさを維持したままだ。 少女とも勘違いしそうになる中性的な外見を持つ彼の名は叢雲。勝手気ままに暮らしている彼が何者なのかを知っている者は少ない。 「叢雲様」 「んー」 「閃津雨山にてアヤカシが現れたようです」 「――何?」 そんな彼の表情を変えさせたのは、部屋の隅の方で机に向かって仕事をしている男性の言葉であった。 叢雲はゆっくり起き上がると男性へと視線を向けて話を促す。 閃津雨山。 十塚の北の方に位置する、非常に険しい山である。その環境ゆえに人が山に入ることはなく、未開の山といっていい。 先日、謎の黒龍が現れ傭兵達がその調査に乗り出したという話もあったが、アヤカシの姿自体は確認されていない。 何故そんなところでアヤカシが確認されたのか。男性は手元の資料を確認しながら話を続ける。 「きっかけは偶然ですね。ある商人達が閃津雨山の前を通ろうとした時、兎の襲撃を受けたとのこと」 「兎って、あの耳が長くてちっこいあれ? 何、首でも刎ねられたの?」 「全員首は繋がってますよ。尤も、無事かどうかは別ですが」 ――数日前の閃津雨山。 数人の商人達が山の近くを通ろうとしていた。尤も山に用があるわけでなく、行路としてそこを通るだけだ。 商人の1人が横目で山を見上げながら、ぽつりと呟く。 「‥‥下手に近づいて祟られんのもやだしなぁ」 人々が閃津雨山に入ろうとしないのは、険しかったり資源が無かったりという理由だけではない。 いつの頃からか。山に入ると祟られるという噂が周辺の住民に広がっているからだ。 何が祟るのかどう祟られるのか、具体的に知る者はいない。だが、元々用事が無い山なのだ。『祟られる』という噂があるだけで入ろうとしないのは十分な理由である。 だから商人達はさっさと通り過ぎようとしていた。 しかし、 「あん? ありゃ兎‥‥か?」 「山の方から出てきた、よな」 目の前に兎が3羽。がさごそと茂みを揺らしたかと思えば、追加で兎が4羽商人達の後ろに現れる。 長い耳が特徴的な、もふもふとした毛皮を持つその姿は確かに商人達の知る兎の姿である。 「‥‥だけど、なんか嫌だな」 何の変哲も無い兎のように見える。しかし、商人達の知る野生の兎は人を囲むなどという行動は取らない。 こちらを見る赤い瞳が、何故か血を連想させて気分が悪くなる。 「――行こう」 「あぁ」 嫌な予感がして、商人達はすぐさまその場を離れようと移動を開始する。 靴が砂を踏む音に加えて、ばちばちと小さく弾くような音が辺りに響く――。 「‥‥? 火花‥‥?」 「ッ!?」 ――まずい。何がまずいかは分からないが、とにかくこの場にいる事だけはまずい。そう判断した商人達は足に今まで以上に力を込める。 直後、兎の群れから光が発せられた。光といっても辺りを照らすものではなく、商人達に向かう細い直線的な光の帯だ。 辺りに低く響く音を伴った光の正体を、商人達は身を持って知ることになる。 「が、アァ!?」 全身に走る激痛。体の神経全てを焼かれるような痛み。肉が焼ける。意識が一瞬で飛ぶ。筋肉は本人の意思に関係なく動く。 ――電撃。それが光の正体だ。 意識を灼かれた商人が白目を向いて地に倒れる。不自然に硬直した体は、しかし細かな痙攣を繰り返していた。 「ああああああああ!!!?」 逃げる、逃げる、逃げる。 狩る者と狩られる者。この場において、狩る者は――兎だった。 「‥‥そして、命からがら逃げ出した商人から情報を得たというわけです」 「あの場所で‥‥よりによって雷を使うアヤカシ、かー」 黒髪の少年は頬に指を当てて考え込む素振りをする。 いつも飄々としている少年が真剣に考え込んでいるのを見て、事は重大だと理解したが、しかし理由までは分からない天璃は何故かを問う。 「ですが、そもそも閃津雨山に用がある人はいないのですから、近づかないよう注意を促せばよいのでは――。それではいけない理由があるのですか?」 アヤカシ討伐をするにしても急ぎというわけではないのだから、後回しでもよいのではないかというのが彼女の考えであった。 それに対しての叢雲の答えは、 「あるんだよ。――あの『場所』に現れたというだけで十分なんだ」 うーん、どうしよっかーと少年は頭を掻く。 「やっぱり、どうなってるか調べるべきだよね。僕が行くのは――」 「ご自重ください」 男性の諫言に、叢雲は怯むことなく笑顔で返す。 「大丈夫、元からめんどくさかったから。‥‥それにまた変なのに絡まれても困るしね。うーん、人はどれだけ動かせる?」 「危険性を考えたら、なるべく人材の損耗は出したくないところですかね。尤も予算を割く事自体はできます」 それはつまり、 「あー、そっか。とりあえずは開拓者に任せちゃおうか。‥‥とはいっても、開拓者だけに任せるのもあれかなー」 それから。別室にて叢雲は巫女と話していた。 巫女の名は天羽 扇姫。色々あったものの、今は天尾家に住み、様々な仕事を請け負いながら開拓者としての仕事もしている巫女だ。 「――というわけで、扇姫にはあれの調査をしてほしいんだ」 叢雲の言葉に、扇姫はこくりと頷く。 疑問も否定もしない。閃津雨山に何があるか、今回の事件の重大性を知っている人物であるからだ。 こうして、開拓者ギルドに依頼が出されることになる。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●出発 十塚にやってきた開拓者達は、とある人物と合流する為に須佐の街を訪れていた。 約束の場所に向かう間、彼らの話題は自然に今回の討伐対象である雷兎へと移っていった。 雷を操る兎だと聞いて、風雅 哲心(ia0135)は過去に戦った兎を思い出す。 「前に火を操る兎はいたが、今度は雷を操る兎か。そのうち氷を操る奴も出てくるんじゃなかろうか」 半ば冗談じみた懸念に、九条・颯(ib3144)も小さく笑いながら便乗する。 「では風を操る兎に、光や闇を操る兎が現れるかもしれないな?」 「‥‥それ、兎である意味はどれだけあるんだ」 そんな話をしながら歩いていると、目的の人物を見つけ、開拓者の1人であるリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)がひらひらと手を振る。 「久しぶりではあるけど、よろしくねー扇姫」 「ん‥‥久しぶり‥‥」 天羽 扇姫。依頼人である天尾家が同行するように頼んだ巫女の女性である。 過去に復讐を成し遂げる為、リーゼロッテは彼女に協力をした縁がある。扇姫もその時の事を覚えていたのか、軽く手を挙げて応える。 しかし、協力した立場の彼女とは正反対の者もいるわけで。リーゼロッテは微妙に距離を置いている人物へと振り返ると、くすくす笑いながら声をかける。 「で、羅轟は何を気まずそうにしてるのかしら?」 「あ‥‥いや‥‥」 突然話を振られて、しかし羅轟(ia1687)は最適な言葉を思いつかず口ごもってしまう。 彼は彼で復讐対象である武蔵の命を守ろうと復讐を邪魔した立場だった為に、非常に気まずいのだろう。 (‥‥胃が‥‥) 心労できりきりと痛む胃を手で摩る。知人が殺しあうことを想像すれば、更に頭痛まで走る。 しかし、それでも扇姫は守りたい知人なのだから頑張らなくてはと気合を入れる。 羅轟と同じ立場の以心 伝助(ia9077)もやや気まずそうにしていた。 とはいえこの依頼では『仲間』と認識し、そう立ち回るつもりであった。その事を知ってから知らずか、扇姫がこちらに敵意を向けている様子は無い。 また、そんな扇姫に対して協力も敵対もしていなかったマハ シャンク(ib6351)は表情を変えず、ただ冷静に思考するだけだ。 (前の山にアヤカシが出たと聞いて参加してみれば‥‥扇姫。久しぶりに顔を見るな‥‥) ――ナギは‥‥いないのか。 彼女がいるのであれば関係者である彼も‥‥そう思い周囲を観察するが、少年の姿はない。しかし傍観者が出張ることはないかと納得する。 ナギと、今から向かう山にいる黒龍の事を思い出し、マハはふと呟く。 「‥‥ナギの姿はどのようなものなんだろうな」 それはそれとして。気になることは別にある。何故扇姫が同行するか、という点だ。 「同じ依頼を受けたのか? それとも違う依頼を受けたのか?」 「‥‥私は、私の仕事があるから」 ‥‥仕事? 何の事かは分からない。しかし、楽になるのであれば構わないかとマハは深くは追求しない。 水月(ia2566)も気になるようで首を小さく傾げるが、すぐさま首をふるふると横に振ると、疑問を頭から追い出して考えを切り替える。 まずはきちんと仕事を終わらせることが肝要だ、と。 そんな彼女らと対照的なのがにとろ(ib7839)だ。彼女は十塚の以前も今後もまるで興味が無い。よって扇姫の仕事にも興味は無し。 「バリバリ〜っとぉ、電撃を放つウサギさんをー、退治するお仕事にゃんすぅー」 からんころんと下駄を鳴らして歩き始めるのであった。 ●雷光 開拓者達が真っ先に目指したのは、商人達が襲われた麓の場所だ。 人間を襲うアヤカシの習性を考えれば、敵から近づいてくるだろうと推測でき、その考えは正しかった。 「‥‥何か、近づいてきやす!」 超越聴覚を発揮した伝助が捉えた音は、複数の小動物らしきものが近づいてくる音だ。アヤカシだろう。 それを裏付けるように、水月の瘴索結界「念」が複数の瘴気の塊を察知した。 「えと、北西に4‥‥北東に6、です!」 小さい体躯を活かして茂みを移動しているのか、未だ雷兎の姿は見えない。 各個撃破ができればベストだが、視認できない以上無闇に突っ込むのも危険だと判断し、雷兎が出てくるのを待つ。 果たして、雷兎は水月が探知した通りに姿を現したのであった。 「西!」 掛け声と共に、伝助は4体の兎の元へと走る。 狙いはまず囲みを崩すこと。その為にも、数が少ない西の兎を先に排除するのが目的だ。 羅轟も意を同じくして、西の兎へと野太刀を構えて駆ける。 開幕の、少々の距離は彼らが本気を出せば縮めることは容易い。 「ふっ――!」 「はぁぁぁぁ!!」 敵は小さく地面に近い。狙おうとすれば大分前傾になって腕を振るう必要がある。 伝助がコンパクトに振るった忍刀は兎の胴を切り裂くが浅い。もう少し距離感を把握する必要がある。 対して、羅轟の横薙ぎの斬撃は兎にしゃがまれることで回避されてしまった。 「近い‥‥! が、遠い‥‥!?」 不思議な間合いだ、と感じた。が、戸惑っている場合ではない。敵が攻撃する態勢を整えているからだ。 ばちばち、と火花が弾ける音が響く。目の前の兎だけではなく周囲の10体全てから発せられたものである。 (何か、できるか‥‥!?) 音が電撃の前兆であることは分かっている。 伝助は気を燃やし耐える心構えを、リーゼロッテは軸をずらすステップで回避を、羅轟は刀を地面に突き刺し、哲心はアークブラストの迎撃を試みる。 電撃が、放たれた。兎の数は10体。開拓者全員へと電撃が直撃する。 先の対策が間に合ったのは、伝助と羅轟だけだ。伝助はそのまま耐え、羅轟は幾分か電気が逃れた為ダメージを抑えることができた。 (だが‥‥これは‥‥!) 地面に刺さった刀を抜かなければいけないロスを考えれば、あまり良策とは言い難い。体の痺れを考えると、無理に攻撃しても先程のように回避されるだろう。 また、体の痺れは彼だけでなく全員が得ていた。体がまったく動かない‥‥というわけではないが、完璧には動かせないといった感じだ。 が、それも魔術師である哲心には些細なことだ。迎撃には間に合わなかったアークブラストを発動させる。 「手前ぇの雷と俺の雷、どっちが強いか勝負だ。‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 彼が構えた魔剣から、強力な電撃が放たれる。単純な威力でいえば、彼の雷の方が上だろう――が。 「――む」 直撃した兎は思ったよりもダメージを受けておらず、平然としていた。 その兎に、瞬脚で距離を詰めたマハが低い姿勢からの瞬撃での突き――百虎箭疾歩による追撃を行い、吹き飛ばす。 「雷を操る以上、効かなくてもおかしくはないだろうな」 それもそうか、と納得した哲心は仲間達に声をかける。 「皆、あれで片付ける、吹き飛ばされるなよ!」 彼が何をするか察した開拓者達は跳ぶ様に後退し、一箇所に集まる。また、これを好機として水月と扇姫が閃癒で彼らを癒した。 再度放たれた電撃‥‥これは羅轟が前面に出ていた為、彼が多く食らうことになった。そして、哲心が反撃の魔法を放つ。 「商人たちがやられたの時も、囲まれてたって話だが‥‥。二番煎じが通じると思うなよ。‥‥轟け、迅竜の咆哮。吹き荒れろ――トルネード・キリク!」 兎の囲むような配置はまさに狙い所であった。開拓者達の周囲を暴風が吹き荒れ、兎を天上へと吹き飛ばす! 「あなた達もこれで退場してもらいましょうか♪」 暴風の無風域にいた為に攻撃を逃れた兎には、リーゼロッテが放ったブリザーストームが襲い掛かる。 「‥‥良し!」 追撃のチャンスと見た羅轟は真空の刃を飛ばし、倒れた兎を瘴気へと還す。 「逃しはせん、もらうぞ‥‥!」 「皆様のお手伝いでにゃんす〜」 更に、颯とにとろも追撃へと移る。暴風のダメージが大きいせいか、兎は即座に回避行動を取ることができないようだ。 戦局は開拓者達に大きく傾いている。 「これで終わりだ。‥‥猛ろ、冥竜の咆哮。食らい尽くせ――ララド=メ・デリタ!」 そして、哲心の放った『灰色』が、戦いに終わりを告げるのであった。 ●理由 雷兎を掃討し、周辺に敵がいないことを確認した開拓者達。 水月と扇姫の治癒により、傷もほとんど治った。開拓者達への依頼はこれで終わり、あとは帰還するだけだ。 「じゃあ‥‥私はまだ仕事があるから‥‥」 だが扇姫に課せられた任は終わっていない。開拓者達を置いて1人山に入ろうとする‥‥が、そんな彼女の服の袖を水月が掴み、引き止める。 「‥‥?」 「お手伝い、しますの」 「手伝い‥‥?」 扇姫の疑問に、水月はこくりと頷いて肯定する。 しかし、扇姫には彼女が手伝う理由が分からない。開拓者が受けた依頼の範囲外であり、メリットは無いからだ。 「危ない事は無いの?」 「‥‥無い‥‥とは、言い切れない‥‥けど」 「なら‥‥やっぱり手伝いますの。皆で無事に帰るまでが依頼だと思うの。扇姫さんも『皆』の一人、だから」 水月が手伝う理由は簡単なことで。 扇姫が仲間として心配だからというものであった。 彼女の言葉に同意するよう、羅轟も静かに首肯する。彼もまた仲間として同行し、護るつもりであった。 それに、と颯が言葉を続ける。 「我達が受けた依頼はあくまでも山の危険性の排除。山に入らず、済ませるのもどうかと思うのでな」 尤も、危険性の排除なんてどこまで適用されたもんだか‥‥と微妙な気分になって肩を竦める。解釈の仕方によってはとんでもない面倒を背負う可能性があるからだ。 哲心も頷き、討ちもらした場合の危険性を伝助が語る。 「残党が黒龍を刺激しても不味いですし」 他の者も同じ理由なのか、と扇姫が視線をリーゼロッテに移せば、彼女は面白そうなものを見つけた子供のように微笑む。 「ん、私の場合はただの知的好奇心と暇つぶしよ♪」 「私も似たようなものだな」 リーゼロッテとマハは調査内容に興味があるから、といったところか。 彼らの言葉を受けて、扇姫はしばしの逡巡の後、口を開く。 「‥‥いいわ。別に、困ることもないでしょうから‥‥」 こうして、開拓者達は扇姫と共に閃津雨山へ入ることになった。 山は険しく、開拓されていないため道というものは存在しない。開拓者達は道なき道を進むことになる。 肝心の雷兎は、やはり山の中にまだ潜伏していたようだ。ただし、その殆どが単独で行動していた為、瘴索結界などで察知してすぐに撃破が可能であった。 今もまた雷兎が瘴気になって消えていくのを見ながら、伝助はずっと気になっていたことを扇姫に問うた。 「――今回の件は、伊都家に関係あるんすか?」 彼が思い出すのは、最後に武蔵と会った時に彼が使っていた技だ。彼は練力を雷とし身体能力を向上させていた。一般的に知られているサムライの技ではない。 そして、今回の敵は雷を操るアヤカシであり、その討伐に扇姫が乗り出した事に、伝助は本当に偶然の出来事なのか疑問を抱いていたのだ。 唐突に告げられた名前に、扇姫が動きを止める。伊都の名は彼女にとって逆鱗に等しい。それに触れられた彼女は静かに、能面のような無感情な顔を伝助に向けると、 ため息を吐いた。 「はぁ‥‥。‥‥私が動くと、なんでもかんでもアレと結び付けたくなるようだけど。‥‥関係ないわ」 「そう、なんすか?」 「生きていくには‥‥仕事をしてお金を稼がなくてはいけない。‥‥当たり前のことよ。何をするにしても‥‥ね」 言われてみれば、今の彼女は天尾家に保護されている身である。立場というものがあるかもしれない。それに金が必要というのも、彼女が過去、金を何に使ったかを考えれば自然と理解できる。 「あー‥‥。疑ってすみません」 「別に、いいわよ‥‥」 会話を打ち切り、再び歩き始める。が、その足はすぐに止まることになった。 ●闇雷 そこは、今までの険しい道と異なり平坦な地面が広がっていた。 一見何も無さそうな場所ではあるが黒龍が出没した場所であり、そういう観点では一番気をつけなければいけない場所だ。 「幸い、黒龍の姿は見えないが‥‥」 ほっと胸を撫で下ろす哲心は、しかしすぐに気を引き締める。油断大敵、いつ現れるか分からないからである。 リーゼロッテが残念がっているのは、彼女の興味の対象が黒龍だからだろう。 こうなっては仕方ない。今のうちにできる調査をということで、彼女は望遠鏡を取り出す。 「これなら近づかないでも調査できるし‥‥あら?」 中腹にあるという人工物。そこは黒龍が人を近づけないようにしていた場所であり、だからこそリーゼロッテも近づかないようにしようと考えていた。 しかし、そちらに視線を向けると扇姫が恐れるものは何も無いといった風に平然と人工物のもとへ歩いているのだ。 「いいのか?」 人工物を調べるつもりだったマハは、自分を止めるどころか堂々と隣を歩く扇姫に可否を問う。 「いいも‥‥何も。調べなくちゃ‥‥いけない、から」 彼女の目的は人工物だったらしい。黒龍を怒らせるのではないかと気が気でない開拓者達は、慌てて彼女のもとへ走るのでった。 結局、黒龍は現れず。扇姫達は人工物の前に立っていた。 「む‥‥?」 以前見た時と形が変わっていた。山壁の前に岩が重ねられており、注連縄などが飾られていた人工物だが、その岩が見事に崩れているのだ。 崩れた岩の向こう側には洞穴が見える。角度の問題で光が差し込まないからか、外からは中の様子が窺えない。 ‥‥蓋? 岩が崩れてないのであれば、人工物は洞穴を封じる為の蓋のようにも思える。 だとすれば、封じるような洞穴の中には、何があるというのだろうか。 洞穴を覗き込んだ扇姫の表情が、珍しく不快で歪む。 「どうしたの? ――っ!?」 その様子を怪訝に思った水月が傍に駆け寄り、洞穴に近づくことで理由を察する。 洞穴はそこまで深くはなく、目を凝らせば奥まで見える程度のものだ。しかし深淵へと続くのかと錯覚しそうになる程、闇が濃い。 瘴気が、不浄が、怨恨が、憎悪が、憤怒が、殺意が、穢れが、闇黒が――渦巻いている。 「何だ、これは‥‥?」 知らず己の体を抱く颯。気温以上に、寒気を感じている。 それに何より問題なのは、この洞穴には何もいないということ。‥‥あくまでも、この瘴気は残り香なのだ。 瘴気回収を行うリーゼロッテは苦い顔をする。他の瘴気とは変わらない筈なのに、嫌な感じがした。 「‥‥あれが蓋だとしたら。一体、何が封じられていたのかしらね‥‥?」 特に高い木に登り、周囲を観察していた伝助は気になるものを見つけた。 「あれは‥‥?」 局所的に、数多の大木が焼き焦げた上でなぎ倒されている――まるで巨大な落雷が連続して落ちたかのような痕跡があった。 雷兎の力とは考えにくい落雷跡。その原因は、今のところは分からない――。 |