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■オープニング本文 ある切り立った山。崖の上から馬のような獣が下界を見下ろしていた。 普通の獣ではないことは角や蒼い毛皮、そして雷を帯びた瘴気を全身に纏っていることから一目瞭然である。 都牟刈――封印を破り顕現した、聳弧のアヤカシ。十塚に災厄を齎す存在である。 そんな邪獣に、1人の男が恐れもせずに堂々と並んでいた。 厳つい顔つきに相応しく、巨大な岩山のような体つき。歳の頃は人間でいえば、中年ぐらいだろうか。 人間でいえば、である。やはりその身には瘴気を纏っており、アヤカシであることが見てとれた。 「うっしゃ。俺もそろそろ全快ってところだ。動くならそろそろじゃねぇか?」 「無論、貴様が動けるようになったというのであれば是非もなし」 「かかっ、そんじゃまいくとしますか。憎悪の連鎖を繋げになァ」 十塚は最大の街、須佐。 そこを治める天尾家の屋敷にて、少年と少女が顔を突き合わせて相談を行っていた。 「あれから都牟刈に動きは見られない……か」 都牟刈が最後に動きを見せたのは、伊都の集落に現れ、そこに埋まっていた遺体を持ち去ったというもの。 一体何故そんなことを……という疑問は、アヤカシの性質を考えれば自然に氷解する。 だが、それからこれといった動きが無いことへの疑問は、未だ解けていない。 「正確には都牟刈のものと思われる事件は起きているのですが……」 天尾家当主の娘、天璃が手元にある資料をめくりながら報告する。 この数ヶ月の間に、人がアヤカシに襲われて命を落としたという事件は何件もあった。 尤も、この程度の事件であれば今の天儀においてはそう珍しいことではない。 アヤカシが人を食うことは、人が食事するのと同じで生きるのに必要な行為であり、アヤカシが生まれる土地では起きて当然のことなのだ。 だからそれらの件については天尾の人間はともかく、叢雲にとっては問題視するようなことではない。 問題があるとすれば、事件を起こしたアヤカシが討伐されていないことだけ。 「んー、これといった動きがないのなら……やっぱり目的とかは無いのかな」 「特に狙いが無いということであれば……通常のアヤカシと同様に処理すればよいだけなのですが」 言ってから、天璃は首を横に振っていくらなんでも楽観視しすぎだと自分の考えを否定する。 強大な力を持つアヤカシは得てして知能も持つ。知能を持つアヤカシであれば、本能のままに動くだけということはないだろう。 「ま、後手に回るよりは先手を取って潰した方がいいかな。天璃、都牟刈の行動範囲とか分かる?」 「ちょっと待ってください。えぇと……」 天璃が今まで事件が起きた場所を整理しようとしたその時、部屋の襖が開かれた。 襖を開けた女性……扇姫は2人の姿を目を軽く動かすだけで確認すると、余計な挨拶は省き早速本題を告げる。 「ここより南東にある村が……都牟刈配下のアヤカシに襲われているわ……」 先手を、打たれた。 須佐より南東にいったところにある村。 他の村々より特別に離れてるわけでもなく、住んでる人の数も特別多かったり少なかったりするわけでもない。 何かが祀られてるわけでもなく、これといった伝説もない。せいぜいちょっとした御伽噺が伝わる程度の、本当に変哲も無い普通の村。 何も無ければ穏やかで平凡な日常がずっと続いていくだろう。 だが、起こってしまった。 「うわあぁぁぁぁ!?」 「女子供は家に篭れ! 戦える男はなんでもいいから武器を持てぇ!!」 「倒そうだなんて思うな! せめて助けが来るまでの時間を――!」 怒号、悲鳴、喚声、絶叫。村に響く声はどれも絶望を知らしめるには十分なものであった。 「ぎ、ぎゃ!?」 鍬を持った男性が犬のような姿をした獣に押し倒される。男性が起き上がろうと抵抗するより、犬が喉を噛み千切る方が先であった。 絶命した男性の腹に牙を突き立て腸を貪ろうとする犬だが、すぐ傍に動いてる存在がいることに気づいて顔を上げる。 「あ、あ、ああ、あ……?」 年端もいかぬ少女が、腰が抜けたのか立つことすらままならず、尻餅をついたまま後ずさる。 しかし、そんな逃走未満の行為は狩猟者の前では何ら意味を持たない。血に染まった牙が少女へと迫る――。 「ひあっ、や、やぁぁぁ!?」 迫りくる絶望から目を背ける少女。だが、少女の想定した衝撃はいつまでも訪れなかった。 不審に思った少女が、目を開ける。 「早く……さっさと逃げろ!!」 大太刀を構えた男が少女の前に立ちはだかり、犬から守る盾となっていた。 少女の記憶が正しければ、男は数日前から村に滞在していた旅人の筈だ。 どういう生業をしているかは話そうとしなかったが、まさか志体持ちだとは。 「で、でも、立て、立てないよ……!」 「あぁ、もう! ちっ、俺がいる時に襲ってくるとは、運がいいのか悪いのか……!」 大太刀を振るう男のお陰で、犬の牙は少女まで届かない。 「けど、長くは保たねぇぞ……!?」 敵が1体で近接攻撃しかしないようであればどうとでもなる。だが、敵は複数いた。 犬、猿、兎。中には雷撃を放ってくるものもいる。そんなものは刀で捌ける筈がなく、この身で受けるしかない。 「けどよ――助けが来るまで、やるしかねぇんだよな!」 人が死に、家が燃え落ちる。 そんな中、男が1人戦っていた。 「……その村に現れたアヤカシは、複数種類の獣を元にしたアヤカシ。そのどれもが……雷を操ることから……都牟刈配下だと……思われるわ」 「救援は!?」 「既に……秀正が編成を始めてるわ。……ただ、気になることがあるとも言っていたけど」 「気になること?」 「村を……襲う理由。……戦力補強の為にも、開拓者を呼んだ方がいいかもしれないわね……」 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
日御碕・神楽(ia9518)
21歳・女・泰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●敵の狙い 須佐からの緊急を伝える風信術。襲撃されている村への救援ということで、ギルドはすぐに動ける開拓者達を集めて状況を説明する。 都牟刈配下のアヤカシに襲われる村。しかし姿を見せない都牟刈。 天尾側が違和感を抱いたのと同様に、開拓者達も疑問を浮かべていた。 「都牟刈……動いたか……! しかし……」 「村に都牟刈の姿はない…ですか。他に目的…狙いがあるのでしょうか」 十塚を騒がすアヤカシが動いたと聞いて事件の重大性を慮る羅轟(ia1687)だが、やはり気になるのは……と柚乃(ia0638)が言葉を続ける。 この時開拓者達の頭に思い浮かんだのは、陽動の可能性。村に人を集めて、その隙に都牟刈が本来の狙いを達するというものだ。 風信術の向こう側で、天璃の言葉が続く。 「……ともかく、不審な点はあるものの須佐からも村に救援を送ります。彼らが戦線を支えてる間に皆さんも村に向かい――」 だが、それをギルド側から繋いだ風信術――以心 伝助(ia9077)が遮る。 「いえ、恐らく敵の狙いは陽動っす。真の目的までは測りかねるっすが……このまま全員で村に行くのは奴の思惑に嵌る事になると思うんす」 「では、どうするのですか?」 「どうか村の事はこちらに任せて、皆さんは須佐を守って頂けませんか?」 開拓者側の提案は、村は自分達で守るので、須佐の救援隊はそのまま留まって都牟刈を警戒してはどうかというものだ。 一番厄介な都牟刈が姿を見せてない以上は妥当ともいえる選択である。 ――それに。 (多数のアヤカシ相手に一人で踏ん張れる旅人なんてそう多くない筈っすが……) 伝助が気になるのは村で孤軍奮闘していたという旅人だ。その旅人がもし自分の知っている友であるならば――須佐の救援隊、特に扇姫が向かうのはまずい。口には出さないがそう判断してのことだ。 更に、と羅轟も気になっている点を告げる。 「……都牟刈自身、屍がアヤカシ化した存在……。なら……伊都の消えた遺体も……その可能性……高し」 「成る程。それは確かに須佐の守りを固めた方が良さそうです」 聞こえた声は天璃とは異なる男性のもの。確か、彼女の父親だった筈だ。 「それでは、村に関しては皆さんにお任せしたいと思います」 「承知……!」 考えうる最高速度で村へと向かう開拓者。現在、彼らは石鏡を走る馬車に乗っていた。 移動時だからといって馬車に揺られているだけではない。日御碕・神楽(ia9518)のような初めてこの地に訪れる者は、詳しい者から説明を受けていた。 「封印されていたケモノの屍骸がアヤカシになったのが都牟刈。けど、それが姿を見せてないのが問題ってことね」 同様に話を聞いていたローゼリア(ib5674)も事態を呑みこみ、改めて現状の厄介さを認識する。 「陽動かもしれないとは厄介な事ですわね。十分に注意いたしますの」 「……しかし、陽動とはいえ村が襲われてる事に違いはありません。脅威は退ける必要があります」 「えぇ、分かっておりますわ」 だが陽動とはいえ気は抜けないと親友の杉野 九寿重(ib3226)の言葉に、ローザは頷きで返す。 そう、都牟刈の狙いが何であれ、いま村が襲われており、命を落としている人々がいることは確かなのだ。 1人でも多くの人を助ける……言葉にはしないが、水月(ia2566)の切羽詰った表情が、彼女が逸ってることを如実に表していた。 ――はやくはやく…………急がなくちゃ。 そんな彼女の気持ちを察したのか。それとも同じ想いを抱いていたからか、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が御者へと声を飛ばす。 「村は燃えてる、同業者は戦ってる……1秒でも速く着きなさいよ! 到着さえすればどーにでもしたげるから!」 腰を下ろし、苛立たしげに組んだ足を揺らす。 この苛立ちはどこから来るのか。村が危ないというのにまだ到着しないからか。 「ち、……『全員助ける』なんて台詞、悪党のキャラじゃないんだけどな」 それとも、普段から悪党と嘯いている自分のらしくない焦りにか。 闇を照らす赤色の空の下。村が見えた。 ●救援 村に到着した開拓者達の目に真っ先に入ったのは、燃え盛る家々だった。 絶望ともいえる状況……しかし、伝助の超越聴覚がある音を拾う。 「――っ、誰か、まだ戦ってやす!」 何かをぶつける音、呻き、唸り声……そういった戦闘音だ。そして誰かが戦っているということは生存者がいるということでもある。 声が聞こえた方向へと進む。そんな彼らの行く手を阻むようにアヤカシが姿を見せる。 大型の犬アヤカシが2体、猿アヤカシが4体、兎アヤカシが5体。開拓者がやってきたのを察して集まってきたのだろう。 「これほどのアヤカシが集まるなんて」 犬、猿、兎と異なる種のアヤカシが揃っているのを見て、ローザリアは驚きで目を丸くする。 「……これを排除しなくては、突破は無理そうですね」 「これだけとは限りません。視界が悪いと、死角からの不意討ち等が厄介です。下級とはいえ数が多いので、油断は禁物……」 行く手を阻むように囲むアヤカシを見て、九寿重は野太刀に手をかける。 更に柚乃はまだ見ぬ敵を警戒して瘴索結界「念」を展開する。もたもたしていると、更にアヤカシが増えるかもしれない。 こうなると素早い突破が要求される……が、それはもとより望むところだ。 「村は守る、アヤカシは倒す。……両方しなきゃいけないってのが、団長のツラいとこね。覚悟はいい? あたしはできてる」 今回戦うことになるアヤカシのうち、兎アヤカシは過去にも戦闘があったものであり、主な攻撃手段は雷撃を放つことだと判明していた。 その脅威は実際に戦ったことがある者なら身に染みて分かっているだろう。 故に、水月は歌う。 「精霊さん、皆をびりびりから守って……!」 燃え盛る村の中、水月の清らかな歌声が響く。志体持ちへと働きかける霊鎧の歌――開拓者達の体が一瞬淡く光る。 これで雷への抵抗をある程度得ることができた。兎アヤカシの数を考えると非常にありがたい。 「これで……ある程度は、無茶が……できる……!」 迅速にここを突破するには無茶も承知、と羅轟は敵陣へと足を踏み出す。当然、アヤカシの視線は彼に向くがそれだけでは終わらない。 「鴇ノ宮殿、頼む……! ――咆ォォォォ!!!」 大気を揺るがす程の咆哮を放つ。単純な大声の範疇に収まらない空気の振動がアヤカシの耳朶を叩く。 アヤカシが急き立てられたように、羅轟へと飛び掛る。犬型が1体、猿型が2体、兎型が2体。兎型は飛び掛らず、その場から羅轟に向けて雷撃を放つ。 それに対して羅轟は不動の構えで受けることを選択する。 犬の牙を盾で受けた盾があまりの衝撃に痺れ、猿がそれぞれ手足を掴み電撃を放ち、兎の雷撃が全身を貫いても、 「やられは……せん……!」 羅轟は倒れることなく、地に直立で攻撃を受け続ける。 そんな羅轟に苛立ちを感じたのか、別の猿が彼の側面を突くように地を蹴る……が。 「させない――よ!」 瞬脚ですかさず回り込んだ神楽が、拳を突きつけることで猿の足を止める。 「日御碕殿……!」 「こっちは任せて!」 神楽を目の前に置きながら、しかし猿はその後ろに立つ羅轟を狙い回り込もうとする。 そんな隙を当然逃すわけがない。 「貫き……爆ぜろ!」 地面すれすれの足払いが猿を一旦浮かす。その刹那、彼女の拳が空中にいる猿の胸部を捉えた。 直後、猿は体を震わせうめき声を上げながら吹き飛ばされていく。点穴を突き衝撃を内部から炸裂させる極神点穴である。 「よっし――吹き飛ばすよ!」 風葉の勧告。それは彼女の攻撃準備ができたことを教えるものだ。 そして、宣言通りアヤカシを吹き飛ばすブリザーストームが彼女から放たれた。 狙うは羅轟へと集まったアヤカシたちだ。羅轟に完全に組み付いていた為に猿型2体は巻き込めなかったものの、犬と猿の1体ずつが凍てつく吹雪で包まれる。 猿はそのまま瘴気へと還ったが、犬は体を一瞬強く震わせることで体についた氷を吹き飛ばし、再び羅轟を強く睨み付ける。 「へぇ、やるじゃん――けど」 「これでも食らいなさいな!」 追撃の弾丸が、犬アヤカシの頭蓋を貫く。――ローゼリアのピストルから放たれた一撃である。 まずは弱った敵を狙い数を減らす……彼女の目論見通り、犬アヤカシは瘴気へと還っていった。 「っ……! 厄介なのは、兎っすか!?」 伝助は兎へ苦無を投擲しつつ、反撃に飛んできた雷撃は砂で固めた腕でなんとか防ぐ。 兎の厄介なところは、例え咆哮で釣られても遠距離攻撃主体な為にその場を動かないこと。また、後衛も当たり前のように狙ってくるところだ。 威力は犬や猿程ではないが、しかしとても放置できるものでもない。 更に咆哮に釣られなかった犬型の1体が後衛突破を目指し、走る。 「通しはしません……!」 それを止めるよう犬の前に立つ九寿重。勢いのまま犬は彼女へと飛び掛る。 「受け、きる!」 爪を振り上げたまま空中にいる犬の目に、強烈な赤光が飛び込む。九寿重の武器から放たれた斜陽の光だ。 そのせいで目測を狂わされたのか、犬の爪は浅い。野太刀でそれを受けると、力を込めることで犬を弾き飛ばす。 「ローザ!」 「分かりましたわ!」 親友への呼びかけ。それだけでローゼリアは九寿重の意図を察し、ピストルへ素早く弾を込める。 「逃がしませんわよ!」 彼女が放った弾丸は、何もない明後日の方向へと飛んでいく。ミスショットにも思えるそれは、しかし完璧な狙い通りであった。 ――弾が空中で不自然な程に急旋回し、犬の横っ腹を貫いたのだ。これぞ砲術士の誇る射撃スキル、クイックカーブ。 「その隙――頂きます」 弾丸で犬の体勢が崩れたのを確認するより先に、赤き燐光を帯びた九寿重の野太刀が犬を斬り裂く。親友の援護を信頼してのものだ。 犬はまだ倒れないが、十分深手を与えたと見れる。 「新手が、近づいています!」 羅轟を主に傷ついた仲間達に閃癒の回復を飛ばす柚乃が、結界の察知結果に基づいた警告をする。 また、同行していた2人の巫女も回復を行う。 現状、敵の前衛系アヤカシは半分近く削れたが、兎はほとんど減っていない。 「どうする!?」 「任せて……なの!」 水月が歌を歌う。先程とは異なるゆったりとした歌だ。 「静かに舞い降りる夜色の帳……猛る心を静め……やさしい静寂へと誘いましょう」 夜の子守唄。対象を眠らせる歌である。これにより、兎アヤカシのうち3体が眠りにつく。 「じゃー、残ってるのは任せて」 風葉の手から放たれる氷の槍――アイシスケイラルが残った兎アヤカシをそれぞれ貫いていく。 羅轟に組み付いている猿アヤカシはそのまま組み付いたまま電撃を放ち続けている。 「む……ぐ……!」 「耐えてくれて、ありがとうっ!」 そんな彼の頑張りに応えるように、神楽が2体の猿の背を連続で突く。羅轟に負荷を与えない軽い衝撃。しかし、それで十分だ。 点穴を突かれたことによる衝撃で猿は吹き飛び、地面に倒れる。 「よし……残っているのは?」 傷を負っていた犬に止めの一撃を加えた九寿重は肩で息をしながら、戦況を仲間へと問う。 新たに現れた兎は子守唄で眠らされ、またその範囲外だったものは氷槍で貫かれていた。 また一旦眠りについた兎を倒すことは、造作もないことであり、一先ず襲ってきたアヤカシの排除は為ったのであった。 ●旅人 ――くっそ、因果ホーオー……だっけか? 村人数名を背に置いた旅人が諦めかけたその時、彼をとり囲むアヤカシのうち1体に氷槍が突き刺さった。 「よーし、間に合ったみたいね!」 開拓者達が到着したのである。 「武蔵殿――!」 「武蔵さん!?」 旅人を見た羅轟と伝助の第一声は共にその人物の名を呼ぶものであった。 男の名は武蔵。――罪人である。 だが、羅轟と伝助にとっては友人でもある。そんな男だ。 「あっしらがこの場を切り開きやす! 詳しい話はまた後で!」 「……わーった。正直、疲れた……んでな」 武蔵の体はとうに限界を突破していたのか。開拓者達が来たことで糸が切れたように、ばたりと倒れてしまう。 彼が再び目を覚ましたのはアヤカシが全て倒されてからのことであった。 ●狙い 全てのアヤカシが倒された後、開拓者達は消火と救助活動を行っていた。 村人には助からなかった人も多い……が、不幸中の幸いは柚乃が生死流転を使えたことだろう。 「あなたはまだ戻ってこれる……!」 普通なら助からない状態だったが、彼女のお陰で何とか一命を取りとめた……という人も多い。 ――けれど、もっと早く助けが来ていれば、助かった命があるかもしれない。 そう考えると、どこかやり切れない。 そして旅人……武蔵。 彼に聞きたいこともあるだろう。だが、まずは現状の説明を優先した。 「――えぇと、多分大体分かった。都牟刈っつぅアヤカシが暴れてるんだな?」 伝助に提供してもらった手帳にメモしながら頭を掻く武蔵。彼の罪を知らない者が見れば、頭は悪いがしかし人の良い青年に見えるだろう。 (逃げる事も出来たでしょうに、行きずりの村の為に戦う……うん、良い人なの) 実際、水月は彼の行いを評価し、良い人間だと認めていた。 ともかく話を戻して。伝助が武蔵へと問いかける。 「伊都集落の荒らされた墓が誰の物か知っているか……分かりやせんか?」 墓、と何か思い当たる点があるのか意味深に呟く武蔵。 「あそこの墓は伊都の人間が葬られてる筈だ。あとは……襲撃の時に死んだやつも葬られてんじゃねぇかな」 襲撃の際に死んで、かつ都牟刈が欲しがるような人物――? その時、村の外から須佐からの伝令がやってきた。 「須佐が、都牟刈に襲撃されました!」 「……勝利のファンファーレの後に登場、はマナー違反じゃないの?」 ●須佐 都牟刈が現れたのは、須佐の郊外。墓地であった。 「不無。……これほどの守り、少々予想外であったな」 雷を全身に纏った蒼き神獣――都牟刈が、自分に敵対する者に視線を送る。 傷1つない都牟刈とは対照的に、須佐の士達は誰も彼も満身創痍であった。 天尾家当主秀正が、都牟刈とその隣に立つ男を見据える。 「開拓者達から話を聞いて、また遺体を狙われるのではないかと思いまして。……それに過去と同じ轍を踏むわけにはいきません」 「俺の記憶では同じことされてるんだっけ? 天尾の」 「えぇ、それもあなたに。……伊都の」 秀正らが護っているのは、天羽家前当主の墓。 「貴様……! 貴様がっ、またっ、私から……死んだ父まで、奪うつもりか……!!」 爛々と輝く金色の瞳で男を強く睨み付ける扇姫。 「どーするよ?」 「止無。……時をかけすぎた。退くが得策」 ここで総力戦をするつもりは無いらしい。 直後、空気が弾けた音だけを残してその場から消えたのであった。 |