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■オープニング本文 石鏡は北部に位置する十塚。 そのうち須佐の街を治める天尾家が天璃は先日から行われていた戦力増強の結果を纏めていた。 「……高倉の傭兵の方々と契約できたのは大きいですね」 雇うことができた傭兵は8名。いずれも実力者だ。尤も何人かは性格に難があるように思われたが、この際贅沢は言ってられない。 ――性格とか気にしていられる場合じゃありませんし。 それに性格に難があるだけならまだマシだ。どうもいつの間にか素性の分からない素浪人が協力することになっているらしい。 以前会った時は面をつけていて顔すらも分からなかった。今は街の郊外に居を構えており、どうもこちらからの接触を避けているように思える。 「少なくとも父さんは正体を知っているようですから、危険人物ではない……んでしょうけど」 やはり誰とも分からない人物と共に戦うのは不安だ。 だが、そんな人物でも頼らなければならない理由がある。 十塚の地を駆け巡る蒼き雷、都牟刈。 彼のアヤカシが近々大攻勢を仕掛けてくるだろうことは先の調査からも明白であったからだ。 「消えたケモノの群れ、その地に残る都牟刈の痕跡……何が起きたかは考えるまでもないこと、ですね」 都牟刈は元々麒麟の一種である聳弧のケモノがアヤカシ化した存在だ。だからこそ配下としてはケモノかそれに類するアヤカシが最適なのだろう。 こうした都牟刈の動きもあって、今や十塚全域が不穏な空気に包まれている。高倉のケモノ研究者の話によると、ケモノの多くが警戒状態だとか。 「……都牟刈が動く時、一体何が起こるんでしょうか」 その時は間近まで迫っていた。 ある小さな山。 その峰から1人の男が横にした手を額に当てて、遠くに見える須佐の様子を窺っていた。 「んー……さすがにこっからだと分からんなー。実際に行ってみなきゃな」 瘴気を纏った男性――伊都武政は背後にいる蒼き麒麟へと声をかける。 「不無、気にすることは無し。どのような敵であれ、滅する為の準備はできた」 「だーなぁ。よくぞここまで集めたもんだぜ」 武政が周囲を一望するようにぐるりと見渡す。そこには相当数のアヤカシが主の命が下されるのを今か今かと待ち望んでいた。 兎、山猫、狼、猿、猪……多種多様なアヤカシがいるが、どのアヤカシにも共通しているのはケモノがアヤカシ化した存在という点だ。 「元々、我がケモノだったのが大きいのだろう。容易に支配することができた」 「おいおい、それじゃ俺がまるでケモノみてぇじゃねぇかよ」 「正鵠、違わぬと思うが」 一切の疑問を挟む余地の無い、清々しいまでの都牟刈の宣告に武政は反論することを諦めて苦笑を浮かべる。 「で、それはそれとしていつ仕掛けんだよ? ここまで大群で来た時点でいつバレてもおかしくねぇぞ」 「無問、既に手は放っている」 「あン? そうなのかよ」 「暫時、街で騒ぎが起こる。その時に貴様が先陣を切って仕掛けろ」 「へいへい。んじゃま、大将の露払い頑張るとするか」 場所は再び須佐。 街中を面をつけた大男が歩いている。食料を包んだ袋を担いでいることから買出しにきたのだろう。 「……やっぱじろじろ見られてる気がするぜ。こんな目立つ格好、あいつはよくやるよなぁ……」 ここ最近ずっと奇異の視線で見られている気がする、と男は溜息をつきながら帰途につく。 だが、 「あン? ……ありゃあ」 自分の家のある方向から何やら騒ぎが起きているのか、人が集まっているのが分かる。 それどころか、自分の家の方に煙が立っている。 「――って、ドンピシャで俺の家じゃねぇか!?」 人ごみをかきわけて進むと、やはりというべきか家が燃えていた。 「おいおいおいおい。ちょっと待てよおい!?」 火の不始末だろうか。いや、外出前に火を使った記憶は無い。火事になる原因は無いはずだ。 だが、現にこうして目の前で家が燃えている。燃えている以上対処はしなくてはならない。下手すれば延焼する可能性もある。 鎮火するにしても、破壊して延焼を防ぐにしても、このままだと放置するわけにはいかない……のだが。 息せき切って駆け込んできた青年が呼吸を整えるより先にと、街に起きている異変を伝える。 「ま、まずい! 南通りと、東門の辺りでも……火事が、起きた!」 「んなっ……!?」 言われて、少し開けたところに出てみると、確かに言われた場所……いや、それどころか街のあちこちから煙が立ち上っている。 どうなっているのかと呆然とする男の視界の片隅に、妙なものが映った。 「……鼠?」 火を怯える筈の動物が、こちらを見ていたような気がして。だが確認するより先に鼠は建物の影に消えていった。 街の別の場所。 やはり火の手が上がっている家のすぐ傍で、サムライの女性が刀を地面に突き刺していた。 いや、正確には刀で鼠を地面に縫い付けていた。 「あー、やっぱりこいつの仕業ですよー」 悶え苦しみ、呻き声を上げながら瘴気となって消滅していく鼠。つまり、アヤカシだということだ。 サムライの仲間である眼鏡をかけた陰陽師が現状を冷静に分析していく。 「多分、これは都牟刈配下のアヤカシっすね。雷を操る鼠ってところでしょうか」 「それが、いつの間にか侵入してたってことですかー? でもー、何の為にー?」 小柄ですばしっこく、志体持ちに抵抗できる程の戦闘力は無く、しかし火災を引き起こすには十分の雷撃を放てるアヤカシ。 そんなものを街に侵入させる理由は。 「……街を混乱させて、その隙に突くってことっすか?」 「――どうやらその通りみたいだヨォ!!」 街の様子を見てくるといってつい先程この場を離れた仲間の1人が戻ってきた。 どうやらとんでもないものを見たようで、興奮していることが分かる。 「外からヨォ、すげぇ数のアヤカシがやってきてるヨォ!!」 「……へぇー。それは、楽しそう、ですねー」 「こういう時まで平常運転はやめてほしいっす!?」 街の至る所で火災が起き、更にアヤカシの大群が攻めてきているということもあって、天尾の屋敷は右へ左への大騒ぎであった。 「ギルドへの連絡は!?」 「しましたが、恐らく間に合うのは近場にいる開拓者だけかと!」 「傭兵の皆さんは出陣準備完了だそうです!」 「住民の避難は開始してます。事前に訓練したのが功を奏しました」 「ただ、今も火災は広がり続けています。報告にあった鼠アヤカシがまた活動しているのかと……!」 「新たに報告です! アヤカシとは別のケモノの集団が、遠巻きにこちらを見ているようです。今のところ動く気配はありませんが……」 「え、えぇっ!? このタイミングで……!?」 「――あのさー、僕も出ようか?」 「叢雲様が死んだら終わりなんですから、自重してください!」 こうして。 十塚最大の戦い、須佐之決戦が始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●選択 緊急の要請を受け、須佐に間に合った開拓者達はアヤカシをどう迎え撃つか天尾家の者と顔を突き合わせていた。 「この度はありがとうございます」 「危機を見て看過できるような生き方はしていないので。だから、この危機に力になります」 頭を下げる天璃に対して、長谷部 円秀(ib4529)は顔を上げるように促す。 「我々護衛隊はまず須佐に潜り込んだ鼠を排除することを優先します。その間、傭兵の方々には敵の先陣を迎撃していただきたく」 天尾側の初期提案に開拓者も反対意見は無い。問題は開拓者達がどう動くかだ。 「まずはあっしらも先陣に向かい、伊都武政の撃破を優先すべきだと思いやす。その為にも――」 以心 伝助(ia9077)は部屋の隅に控えている鎧を着込んだ素浪人へと声をかける。 「ムササビさんに同行をお願いしたく」 「お? おぉ、分かったぜ」 正体不明の素浪人……正体は武蔵である。 尤も、扇姫や天璃は正体を知らない。故にムササビという偽名で通すことにしている。 「むささびさん……可愛いの」 緊張した状況にそぐわないどこかほのぼのとした響きの偽名に、水月(ia2566)は思わず気が緩みそうになる……が慌てて首を横に振って気を切り替える。 「後は……扇姫殿も一緒に来て……治癒を……頼む」 「……分かった」 最後に扇姫へ同行を依頼する羅轟(ia1687)。素直に頷いてもらえ、色々な意味でほっとする。 「ふむ。しかし、対アヤカシはそれでいいとして、ケモノはどうする?」 マハ シャンク(ib6351)の言うケモノとは、須佐からやや離れたところに現れたケモノ群のことだ。 「彼らを率いているのは『仇討』という名のケモノのようです」 「あー、あの雀ねー」 「……警戒するに留めて、手は出さないのが無難でしょう」 対応するにしても戦闘力が無い者を向かわせることはできない。しかし、戦える者は戦場に向かわせたい。 結局はジークリンデ(ib0258)が述べた対応をするのが精一杯であろう。 「力を貸して頂けたら心強いですよね。ともかく、今は敵でない事を願うばかりです」 彼らがどちらに転ぶのか。柚乃(ia0638)は少なくとも彼らと戦うことにならなければ……と考える。 決着がついた後に話す機会ができれば……とも。 最後に詰めるべきは、『切り札』についてだ。 「我が……狼煙銃で合図をする……。なれば、叢雲殿に出ていただきたい」 「それは――」 羅轟の提案に天璃が異を唱えようとするが、それを叢雲本人が手で遮る。 「詰めの段階で、出てもらう……。故に……危険は少ない、筈」 「……ま、少しくらいの退屈は甘んじるとしようか」 詰めとしての運用なのが天尾側としても妥協できるポイントか。 「では退屈紛れにお茶菓子とお手製の果実ジュースをどうぞ。旬の果実を……という事で林檎にしてみました」 柚乃が作ったジュースを飲んで顔を綻ばせる少年は、傍目には子供にしか見えなくあるが。 いよいよ動くとなった叢雲に対して、マハがある疑問を投げかける。 「ちなみに、前はどう倒したのだ? 何か弱点になっているのではないか」 「どう……って力押し? 単純に力が上だったものが勝っただけのことさ」 今は相手がアヤカシの軍勢を引き連れている以上話はそう単純ではない。そもアヤカシ化した都牟刈が以前と同じ強さという保証もない。 「此処まで暇潰しにつきあってやったんだ。何か策はないのか?」 「策……かぁ」 「お前にとってこの場所がどうなろうが関係ないかもしれないがな。こんな詰まらん終わりは私が望んでいない」 マハの言葉に、叢雲は一瞬きょとんとした顔をすると、すぐに表情を笑みへと変える。 「ふふ、ならいいことを教えてあげるよ。――舞台の結末を変えることができるのは、最終的に舞台に立った役者だけだ」 観客はもちろん、話を考えた脚本家や監督の意向も、その気になれば役者は無視することはできる。 それが一体誰の為の舞台か、という問題は置いておくとして。 「だから、君にとって望む結末があるというのなら――ね?」 「――」 舞台に上がれと、そう言われている。 そうだ、暇つぶしだけで良いのなら羅轟や伝助がどう動くかを眺めるだけで十分だ。 だが良き終わりを望んでしまった。その方法を問うてしまった。観察者である筈の自分が。 ――私は。 「ふん……」 考えるのは時間がある時にでもやれば良い。今日はただ、戦おう。 出撃前の最後に、アレーナ・オレアリス(ib0405)が騎士として宣誓を行う。 「白薔薇の騎士、アレーナ・オリアリス。騎士の誇りにかけて十塚を守り抜きましょう」 ●迎撃 須佐の前に広がる平原。 開拓者達がアヤカシの迎撃に選んだ場所はここだ。 「話には聞いていやしたが、相当の数っすね」 須佐へと攻めあがろうとするアヤカシの大群、ぶつかりあうのも時間の問題だ。 「いっぱい斬れて楽しめそうですー」 今にも飛び出しそうな女サムライを、ジークリンデが止める。 「敵の数が多いというのであれば、私の魔術が活きます。ここはお任せを」 トルネード・キリクは広大な範囲を攻撃できる強力な術だ。 それでいて術者の周囲にだけ風は巻き起こらない。それを有効活用した陣形を組む。 そうこうしている内に、アヤカシ達はどんどん近づいてくる。だがジークリンデは慌てず冷静に魔術を発動する。 「全てを切り刻む暴風よ……トルネード・キリク!」 すると、彼女を中心として巨大な竜巻が展開され、近づいていたアヤカシ達は一斉に切り刻まれる。 しかも長時間だ。この竜巻に耐えられるものはそういないだろう。範囲内の山猫や猿といった中型以下のアヤカシ達は尽く倒れていく。 「大型は耐えますか……さすがですね」 暴風を突破した狼型のアヤカシがジークリンデに向かい爪を突きたてようとするのを、アレーナが刀で受け止める。 敵の攻勢はそれだけでない。 風が一瞬収まる隙を狙い、土埃を上げて猪アヤカシの群れが弾丸となって突っ込んでくる。 「そうはさせるか」 一歩前に出たマハが脚を大きく踏み出すことで、地面を少し陥没させる。そこはちょうど猪の進行上だ。 果たして猪達はマハの目論見通り穴の上を走ることになる……が、せいぜい体勢を崩して速度が落ちた程度。転倒するほどではない。 その突撃を避けると、すれ違いざまの1体に絶破昇竜脚を叩き込む。 だが、敵の突進はまだまだ止まらず。小柄な彼女を猪の群れが飲み込んでいった。 ●伊都武政 「え、何ですか……? 都牟刈のあの動き……?」 『魂よ原初に還れ』を歌い多くのアヤカシを鎮めている柚乃が、都牟刈率いる本陣がケモノの群れへと向かっていることに気づく。 「くっ、ですが……!?」 止めようにも向こうへ行くにはまずこの先陣を突破しなくてはならない。しかし、それが無理な事を円秀は狼を蹴飛ばしても別のアヤカシがすぐに襲いかかってくることで実感していた。 問題はアヤカシの群れだけではない。 「はっ、やっぱり戦場はこうでなくっちゃぁなァー!」 その身に雷の瘴気を纏った伊都武政が暴風にも歌にも耐えて、開拓者達へと肉迫していた。 彼の振るう雷の大太刀は既に傭兵を3名程退けている。 その上更に戦線を揺るがしかねない事態が起きる。 「伊都――武政ァァァ!!!」 「扇姫様!?」 天羽扇姫――憎悪に飲まれた復讐姫が武政を認識した。 今までは治癒に専念していた彼女が精霊砲による攻撃へと切り替えたせいで、戦線の維持が難しくなったのだ。 ジークリンデが突出せぬよう諌めていたが、仇を目の前にして歯止めがきかなくなったのだろう。 「問題はそれだけではありませんね……!」 円秀は破軍で高めた攻撃力をそのまま絶破昇竜脚に繋げることで狼を消滅させながら危機感を抱く。 武政が精霊砲を鬱陶しく感じたのか、狙いを扇姫へと変えたのだ。 「そこまで潰されてぇなら望み通りにしてやるよ。伏雷ィ!」 足に雷を纏った武政が高速で扇姫へと迫る。瞬脚を使っても割り込むのは間に合いそうにない。 だが、 「そうはさせるかよ――建御雷!」 全身に雷を纏った鎧武者……ムササビが割り込み、武政の大太刀を何とか受け止める。 「ガキが俺を止められると思ってんじゃねぇ! 若雷ィ!」 直後、武政が大太刀を右手だけで持つと、空いた左手に雷を宿らせてムササビの胸部を打ち貫く。 「がはっ――!?」 倒れるムササビ。だが時間を稼ぐには十分であった。 ムササビの代わりにと、羅轟がその眼前に立ち、野太刀を打ちつける。 「伊都……武政……!」 「ちっ、似たような格好しやがって、てめぇも――あん?」 同じように吹き飛ばしてやろうかと拳を握ろうとする武政はその体に違和感を覚えて、自身を省みる。 すると、彼の体を影が縛っていた。 「捕らえやしたよ!」 影は伝助の足元から伸びている――影縛りだ。 今こそが、好機。 「皆さん、こっちは任せてください……なの!」 武政への攻撃を邪魔されないよう、水月はより派手に黒夜布を翻し舞う。 その舞は戦場にあってなお優雅で美しく、それでいて絶大な殺傷力を誇っていた。 彼女が舞う度に、アヤカシの鮮血が舞い、宙で瘴気に還っていく血はまるで演舞を彩る演出のように見えた。 次々と瘴気に還っていくアヤカシ達を見て、武政は舌打ちをする。 「……あなたに好き勝手はさせないの」 「その通りですわ――貫け、氷刃よ!」 縛られた武政の体をジークリンデの放ったアイシスケイラルが貫き、炸裂する。纏われた雷瘴気が一瞬で凍結し、塵となり消えていった。 「罪を償いなさい――!」 更に、武器に聖なる精霊力を宿らせたアレーナの剣が、武政を切り裂く。 傷口が塩となり崩れていきながらも……だが、武政は立ったままであった。 「ハハッ! 償うような罪はねェな!」 「貴様……!」 刀を握る羅轟の力が、よりいっそう強くなる。 「その身を賊に落とし、天羽を滅ぼし、息子を破滅させておいて……まだそんな事を言うんすか! あなたは何故そんなことを!?」 影で縛り続けながら、伝助が問いかける。 「知らねぇな。俺はあくまでもアヤカシだ。伊都武政本人じゃねぇ」 「なっ――」 「かかっ、俺に分かるのは天羽への悪意がこの魂にあったということだけ。その為なら、全てを壊してもいいと願っただけ。――それじゃ不満か?」 「そうか……聞きたい……事は……もういい……」 これで全てだと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべる武政に対し、羅轟は怒りのまま刀に力を込める。 「……死ね。貴様に狂わされた二人の武蔵殿や天羽家、そして扇姫殿の運命……今一度贖え」 羅轟の全力の一撃が、武政の右手を断つ。だが武政は気にすることなく、むしろ身軽になったとばかりに左の拳を振りかぶる。 「ひゃ、ハハハハ! 俺を殺すことでオレを悪にするがいい! 俺を貶めることでオレを陵辱するといい! ヒャハハハ!」 雷を纏った悪鬼の拳が、羅轟の心臓へと届く―― 「もういい黙れ」 ――ことはなかった。 横合いからのマハの絶破昇竜脚が武政の頭部を砕いたからだ。 「貴様のようなアヤカシを産んだというだけで、生前の彼奴が知れる」 こうして……アヤカシ・伊都武政は消滅した。 ●黒天、蒼雷 先陣の鍵ともいえる武政は消滅した。 問題は本陣……だが。 「これは……そんな!?」 先陣と合流するようにこちらに向かってくる本陣の構成を見て、水月の心に絶望が影を落とす。 何故ならば、 「どうして……ケモノさん……!」 都牟刈が率いているのはアヤカシだけではなく、ケモノもいた。 「……話に聞いていた『仇討』と思われるケモノはいませんが……」 柚乃は高倉の研究者から聞いていた仇討の情報を思い出す。確か、雀らしいが、それらしいケモノは集団の中にはいない。 「あ……まさか――!?」 円秀は過去に都牟刈が起こした事件を思い出す。猿のケモノを従え、人間を攫っていた事件だ。 それと同じことを、都牟刈はこの戦場で再び為したのだ。 「ヌシである仇討を殺し……ケモノ達を力で支配したのですか……!?」 都牟刈の蒼角から発せられた雷撃が先陣に撃ち込まれるのを合図として、本陣が先陣へとなだれ込んでくる。 戦いは開拓者の想定していたものより厳しいものとなった。 尤も、いくら敵が多いとはいっても大将である都牟刈を討てば戦いは終わる、のだが。 「いくぞ――ぬぅっ!?」 都牟刈までの道が開いたことを確認し、羅轟が一気に距離を詰める。だが待ち受けるように、都牟刈の周囲を隙無く雷の柱が覆う。 かといって近づかなければ角から一直線に放たれる雷撃が遠距離から命を奪わんとする。 「つまり……一撃は耐えろということでしょう!」 ジークリンデから援護を貰いつつ、瞬脚で都牟刈の懐まで潜り込む円秀。 都牟刈は動ずることなく、角から雷撃を天へと放つ。一瞬の間を置くこともなく落雷が都牟刈を覆い、円秀は雷に呑まれる。 「ぐぅ……耐えて、」 破軍を使用した絶破昇竜脚をその馬面に叩き込む――だが、彼の目論見は果たされることはなかった。 「雷縮」 円秀の眼の前から都牟刈が姿を消した。そして、それを認識するより先に円秀の身が蒼雷で灼かれる。 それらと全く同じタイミングで、円秀の後方に都牟刈が姿を表す。厳密には異なるのだろうが、人間が認識できる限りでは『同時』と同義であった。 「これ以上――!」 都牟刈を野放しにするわけにはいかないと、伝助は距離を詰めて影縛りを放つ。再び雷と化して突破される可能性もあったが――。 「あが、ぐぁ!?」 都牟刈は雷縮で距離を取ることよりも、角からの雷撃で伝助を撃つことを選択した。 伝助は薄れゆく意識の中この意味を考えるが……結論が出るより先に意識が途切れた。 「このままじゃジリ貧なの……!」 水月は雷撃によって得た手足の痺れをプレセンティ・トラシャンテで祓いながら、危機感を抱く。 問題は想定したより敵が多いことによって、都牟刈にあたる仲間に満足な援護ができないことだ。 「一応相手を全滅させることはできると思いますが……それも1体を除いての話です」 ケモノを傷つけたくない柚乃は夜の子守唄で多くの敵を寝かせるが、また更に敵が迫る為にきりがない。 「その1体――都牟刈だけという状況になって、疲弊した我々が戦えるかどうかが問題ですね」 アレーナは狼アヤカシを聖堂騎士剣で浄化させながら、自分の状態を確かめる。練力はほぼ限界に近い。 彼女だけでなく、他の者も似たようなものだ。 その時だ。 ――――ァァ!! 天上より大気を切り裂く咆哮が彼らの耳朶を震わせた。 「――叢雲か」 巨大な黒龍。マハはあれが誰かを知っている。 合図をしていないのに黒龍が姿を表した理由は分からない。重要なのは、黒龍が参戦するということだ。 結果――。 黒天は地に落ち、蒼雷はこの場から去っていった。 |