【蒼雷】都牟刈大刀
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/18 18:48



■オープニング本文

 ――ォォォ!!!
 飛翔する黒龍の咆哮が、空気を震わせる。
 下界を見下ろす龍が再び口を開く。しかし、此度放たれるのは咆哮ではない。
 空を、大地を、全てを切り裂く白き光。
 天空から放たれた極白のブレスはアヤカシとケモノを飲みこみ、消滅させていく。
 幾多のアヤカシとケモノを消し去る光の柱が霧散した跡、大きく抉れた地面に残っていたのは蒼き麒麟――都牟刈だけであった。
「叢雲、貴様か――!」
 都牟刈の射殺すような視線が空の黒龍へと突き刺さる。
 黒龍はそれを意に介すことなく、息を大きく吸い始めた。再び龍の吐息を放つ為に。
 口腔の奥から白き光が再び漏れ始める。
「墜天、そうはさせん」
 だが先に動いたのは都牟刈であった。彼が前足で地面を強く叩くと、それを合図として光に呑まれなかったアヤカシが一斉に瘴気へと変質していく。
 瘴気はまるで主の下へ還っていくかのように都牟刈の蒼角へと集まり、濃度を越していく。
「冥雷、食らうがいい――!」
 直後。都牟刈の角から蒼と黒が入り混じった雷が天空へと放たれる。
 配下のアヤカシを生贄に捧げてまで放ったそれは、黒龍の巨体をも包み込む程の極大のものであった。
 その場に居た者達は反射的に目を閉じる。その行動は恐らく正解である。もし極雷を直視していたらあまりの光の強さにしばらく目が使い物にならなくなったかもしれない。
 彼らが次に目を開けた時に見たものは、蒼雷に貫かれた黒天が地へと堕ちていく姿であった。


 アヤカシ、都牟刈との戦い――須佐之決戦から数日後。
 黒龍を迎撃した都牟刈はそのまま撤退を選び、追撃しようにも残存アヤカシの妨害がありそのまま逃がしてしまった。
 結果として都牟刈を仕留めることは叶わなかったが、配下のアヤカシを全て消滅させ、都牟刈の力をある程度削ぐことができたことを考えれば無駄な戦いではなかったといえる。
「尤も……こちらも損害が無かったわけではない、か」
 十塚は北の方に位置する閃津雨山の中腹にて、天尾秀正は目の前の巨躯を見上げる。
 そこには黒き龍が力なく横になっていた。本来の傲岸不遜な態度はすっかり鳴りを潜めており、どこか弱々しさすら感じさせる。
 先の戦いで都牟刈と激突した結果である。秀正は黒龍の治療に当たっている扇姫へと声をかける。
「扇姫。叢雲様の容態は?」
「……とりあえず、安定してきた。後は大人しくしていれば、その内回復すると思うわ……」
「大人しく、ね」
 2人の会話を聞いていたのだろうか。黒龍は不満そうな唸り声を漏らす。
「お気持ちは察しますが……。あなたの状態はあなた自身が一番分かっている筈ですよ」
 図星を突かれて、しかしそれを認めたくないのか黒龍は顔を背けることで意思表示をする。
 ……やれやれ。こういう所はこの姿でもあまり変わりないな。
 子供のようだ、と思う。普段の姿を考えてみれば、実際そういう精神性があるのだろう。
 黒龍――叢雲は普段人間の子供の姿へと変身している。あくまでも人間の姿は変身体であり、本来の姿はこの龍の姿だ。
 少年の姿を好む叢雲が本来の姿で休息しているということは、彼がそれだけ消耗していることの証に他ならない。
 命があっただけでも、不幸中の幸いとはいえるが。
「まったく、何故あんな無茶を……」
 龍の姿では人の言葉を話すことができない為、何故叢雲が合図もないのに戦場に向かったかは分からない。
 だが、なんとなく推測はできるし、恐らくそれで間違っていないだろう。

「……さて」
 秀正は状況を改めて考える。
 都牟刈以外のアヤカシは全て消滅し、都牟刈自身も姿を消した。恐らく、今までと同様に密かに力を回復させるつもりなのだろう。
 そういう点では振り出しに戻った、ともいえる。
「いや、違うな」
 アヤカシは人を喰らうことで力を溜める。だが、人はアヤカシを倒したところで得るものはない。殺された者は戻ってこない。
 もし都牟刈が再び人を喰らって以前と同等まで力を蓄えても、人間側が以前と同等まで勢力を盛り返すのは至難の業だ。
 つまり、仕切り直させてはいけない。今、都牟刈を倒さなければいけないのだ。
 ――だが。
 現在、須佐には動かせる戦力は無い。
 まず叢雲が療養している閃津雨山を襲撃されるのを防ぐ為、ある程度の防衛戦力を置く必要がある。
 当然だが須佐の街にもアヤカシの襲撃から守る為の戦力は配置しなければいけない。
 先の戦いで負傷者も多い以上、須佐が保有する戦力だけでは上記の配置で限界なのだ。
「そうなると、やはり……」
 都牟刈との決戦は――開拓者に任せるしかない。



 後日、都牟刈の居所が判明。開拓者ギルドに討伐依頼が出される。
 決戦の舞台は伊都集落。怨念渦巻く、憎魂の地――。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●終わりの始まり
 伊都集落に続く唯一の道。マハ シャンク(ib6351)が考えるは、単独で都牟刈に向かった叢雲のことだ。
「ちっ馬鹿者が。こうなってしまうのは分かっていたんじゃないのか?」
 無茶で無謀。まったくもって賢くない選択。だが、彼が何故そんなことをしたのかが分かるような気がして、ふと声もなく笑う。
 ――まぁそこで待っているんだな。連中が片付けてくれるさ……。
 と、都牟刈討伐に参加した開拓者達の姿――いまや見慣れた羅轟(ia1687)と以心 伝助(ia9077)を視界に収める。尤も後者は普段と違い顔を隠しているのだが。
 勿論、マハがこの場にいる意味も彼らと同じだ。
「私も軽く暇潰しに出かけるとしよう」

 そろそろ集落入り口に差し掛かろうという頃、柚乃(ia0638)は手元のド・マリニーの時計を見やる。
「何故、伊都集落に……。怨念は負の感情……瘴気に通ずる。消耗した力の回復の為……?」
 時計の反応を見るだに、集落内の瘴気は他よりも濃いことが分かる。
 そして肝心の都牟刈自身の反応は、
「結界のようにはいかないと思うけど……何処に潜んでいるやも不明なので」
 一際強い反応が、ある。隠れるつもりは無いようで、危惧していたようなことにはならなさそうだ。
 反応が強い方向にあるのは――
「もしかしたら……あの墓場に?」
 水月(ia2566)の脳裏によぎるのは伊都の人間が葬られていた墓場。伊都武政が眠っていた場所でもある。
 因縁の眠る地にて、都牟刈は待つ。
 長谷部 円秀(ib4529)は長曽禰虎徹を引き抜くと、確かめるように軽く手で撫でる。
「以前はやられてしまいましたし、雪辱を濯がせていただきましょう」
 刀身には曇り一つ無い。強敵に立ち向かう円秀の闘志も同じく。
「雷であろうとそこにいるのであれば斬れます――『雷を切る』という故事の再現をするとしましょう」

 果たして、都牟刈は墓場で悠然と待ち受けていた。
 慌てた様子も逃げる意思も見せず、この地で開拓者達を迎撃せんと。
「人間、来たか……」
 都牟刈が己の調子を確かめる為か、蹄で何度か地面を叩く。その度に、稲光が辺りへと奔る。
 それを見て、雲母(ia6295)は無意識にか煙管へと口をつける。
「雷を使う敵、か……」
 ある意味、この機会はちょうどいいと考えていた。
 彼女にとって過去のしがらみや経緯は関係ない。重要なのは目の前の障害を乗り越えれるか乗り越えれないかだ。
 その障害こそが雷に対する心に根付いた恐怖。
 雲母は無意識に抱いた恐怖心と一緒に、吸い込んだ煙を吐きながら問う。
「なぁ、私は弱く見えるか?」
 それに答えたのは、アヤカシ当人。
「当然、我から見れば人間は等しく脆弱――」
 だが、
「認識。貴様ら人間を甘く見ていた結果が現状……故に、我は全力で貴様らを滅ぼそう」
 都牟刈の角が蒼く昏く光る。
 対するように海月弥生(ia5351)が弓に矢をあてがう。
「いいえ、滅ぶのはあなた。ここで終わりよ」

 滅びを迎えるのはどちらか――都牟刈との最後の戦いが始まる。

●禍雷
 雷鳴轟く戦場で、開拓者がまず取った戦術。それは、
「散会して……接近……! 下手に……固まると……一網……打尽」
 都牟刈から放たれる直線状の雷撃を、黄金の枝で受けるように構えながら突撃する羅轟。
 強力な攻撃を遠距離から一方的に放つ敵が相手えある以上、すべきは近づくこと。
 だが雷を避けることはできない。なら被害を少しでも減らすには、固まらないことが肝要だ。
「ぐ、ぬぅ……!」
 尤も減らすことはできても、完全に無くすはできない。黄金の枝による加護を受けながらも雷に灼かれてる羅轟がいい例である。
「なら、その負担を減らすことこそが――」
「私達の……役目なの!」
 柚乃が軽やかに舞うと、手足に付けられた鈴から凛とした音が響き、それに合わせて癒しの歌が戦場へと広がる。
 水月が轟雷にも負けない力強い歌声を響かせれば、淡い燐光が辺りに広がり、歌声と同様の力強い加護を聞いた者へと与える。
 戦場に響く少女達の歌は、ある意味で雷の音をも楽器にしているようにも思えた。
「……ふふん」
 悪くない、と雷を苦手とする雲母ですらそんな感想を抱き、心が軽くなる。
 味方が近づく為の援護射撃を放ちつつ、敵の行動を分析する余裕ができたのもそのお陰かもしれない。
「合わせるわ!」
 更に弥生が衝撃波を伴った矢――バーストアローを放つ。これも都牟刈の気を引くための一撃であり、手傷を負わせるためのものではない。
 ――どう!?
 可能であれば、こちらを危険視して特攻させることができれば一番ではある、が。
「――」
 都牟刈は全く意に介すことなく、近づく者に対して迎撃の雷を放つ。広範囲に衝撃を広げることを優先し威力が伴わなかった矢であった為に、脅威と判断されなかったと思われる。
 ケモノが元になったアヤカシとはいえ、その辺りを判断する知能は人間以上にあるが故だろう。
「ですが、近づくには十分……!」
 癒しと加護を得た円秀が瞬脚で一気に距離を詰める。
 当然、都牟刈は己の周囲を包むように雷撃の壁を構築する。
「崩雷――!」
 だが、
「押し――徹る!」
 円秀は止まらず刀を振るう。肌が、肉が、灼かれるが、覚悟をしていたことと加護もあって前回程の痛みは感じない。
 雷壁をも斬り裂く勢いで振るわれた刀の剣先は真っ直ぐ都牟刈の角へと吸い込まれていき、
「小癪!」
「っ――!?」
 都牟刈が頭を軽く避けたことによって、角への直撃は果たされなかった。
 とはいっても回避運動としては最低限のものであったため、刀は都牟刈の首筋を切り裂く。
「ですが、この手応えは……!」
 確かに斬った感触があった。しかしあまりにも柔らかく軽すぎる。まるで雲と水の中間を切ったような感触だ。
 本来生物なら致命傷である筈の首を斬ったというのに、まるで効果的ではないことが直感で分かる。
 ――ですが!
「ですが、角への直撃を嫌ったのは確か……!」
「つまりは、そこを狙えということか」
 直後、都牟刈の背後から疾風が蒼角目掛けて吹き抜ける。
 円秀の攻撃をも囮として利用したマハの拳――中空からの一撃。通常の敵ならば、まず命中するタイミング――!
「雷縮」
 ――通常の敵ならば。
 瞬間、都牟刈の体は雷へと変化し、戦場に一筋の閃雷が奔る。
 一瞬でマハの目の前から姿を消した都牟刈が、再度姿を現したのはやはり一瞬のことであった。
「遠い……!」
 都牟刈が現れた場所は開拓者全員より離れたところ。伝助は己の術が届かない距離だと分かり、歯噛みする。
 自身の体を雷化させ、攻防一体の瞬間移動を行う雷縮。これを破らない限り開拓者達に勝ち目は無い。
 ――さすがに一発目で上手く行く程甘くはないってことっすね。
 破る策は……ある。
 だが、それには今以上の連携と覚悟が必要だと理解し、伝助の忍刀を持つ手の力が無意識に強くなっていた。

●晴れ上がる時
 距離を離した都牟刈が取った戦術はやはり遠距離からの雷撃であった。
「破撃、貴様らが我を捉えることはできぬ」
 当然といえば当然ではある。高火力を一方的に浴びさせることができるのであれば、その手を選ばない理由はない。
 都牟刈の蒼角から雷が放たれる度に、誰かの呻き声が上がり肉の焦げる匂いが沸き立つ。
 状況としては都牟刈有利といえる、が。
「否然……」
 都牟刈が苛立ちを込めて小さく呟いたのは、雷撃を恐れず捨て身ともいえる体勢で突撃してくる羅轟を見てのことであった。
「お、おお……雄ォォォォ……!」
 撃った。貫いた。焼いた。灼いた。挫いた。
 だが、彼は――羅轟だけでなく開拓者達は何度も立ち上がった。
 今までは大雷で撃ち貫けば立てなくなるものが殆どだったというのに。
「矢張、問題はあの歌――か」
 この戦線を支えているのは、間違いなく2人の歌い手。柚乃と水月。
 この2人を潰さぬことには同じことの繰り返し……逆に言えば、潰してしまえばそれで終わる。
 ならば。
「この動きは……!?」
 都牟刈のステップが今までの退避運動のものとは異なる事に気づいた弥生は、すぐに彼のアヤカシが狙っている人物へと警告を送る。
「柚乃さん、水月さん、そっちに行くわ!」
 矢を放ち足を止めようとするが、人間を凌駕した麒麟の機動力はそう簡単に捉えられるものではない。
 壁になろうとした前衛をもかわして、都牟刈は少女達の目の前へと立つ。
「――っ」
「終演。続きはあの世で歌うのだな」
 蒼い稲妻が少女を攻める――。歌の根源である心を、表現するための体を焼き尽くそうと。
 だが、
「――退きません、よ」
 折れない。
 臆さない。
 怯まない。
「あなたが撒き散らした、悼みを、悲しみを――返します!」
 雷に灼かれながらも、柚乃は歌った。
 その歌声は都牟刈の憎悪の雷とも共鳴し、震え……光となって反射された。
「何意!?」
 光が都牟刈の体を蝕み、体表の一部を浄化していく。
 その隙を逃す開拓者達ではない。
「これで……終わらせる……!!」
 最大の隙には最大の一撃を。羅轟が形振り構わずのタイ捨剣で追撃を行う。
 怒りと殺意の刃が都牟刈に向けられる。
「雷縮ッ」
 刃は届かなかった。
 ――だが、影からの刃は、届いた。
 伝助が、雷縮の奔電を食らいながらも、都牟刈の背後に背を向け合うように立っていた。
 そう、先の羅轟の一撃は都牟刈をこの位置に誘導する為のもの。
 あとは振り向いて縛るだけ。尤も、猶予は一瞬――振り向いて術をかける余裕なんてない。
「一瞬あれば……十分っす!」
 その刃には一瞬を引き伸ばす術があった。
 夜――停止した時間の中で、動けるのは伝助ただ1人。
 時が再び動きだした時、都牟刈は伝助から伸びる影によって体を縛られていた。
「影縛……!? だが、あの時のように――!」
 あの時のように、都牟刈は再び全力の雷を伝助へと放つ。
 だが、
「あっしの役割を果たすまでは、倒れるわけにはいきやせん!」
 全てを受け、やり遂げる覚悟をした伝助は倒れない。例え体力尽きようと、気力がある限り決して倒れはしない。
「――!」
 縛られた都牟刈を討たんと開拓者達が迫る。だが、都牟刈は雷縮を使わない。
 ――いや、使えない。
「十塚に生きる人や獣の『これから』を始める為に、ここで終わらせやす! 必ず!」
 雷縮を封じた伝助が吼える。
 絶望の終焉を終わらせ、希望の未来を拓く――開拓者としての叫び。
 その声に、同じ開拓者達が応える。
「ああ、そうだな――。貴様の雷はもう見飽きた。終わらせよう」
 雲母がゆっくりと眼帯を外す。ゆったりとした動きだが、この場では誰よりも速い動き。
 何故なら、今動いているのは雲母のみ――彼女もまた『夜』で時間を止めた。
「雷を撃った覇王ってのもなかなかいい肩書になるじゃないか」
 ――時が再び動き出した時、彼女は普段通り眼帯をつけた状態でくっくっと笑うだけだ。
 されど仕事は果たした。既に雲母が放った矢は都牟刈の蒼角を撃ち貫いていたのだから。
「ッッ!?」
「ここが決め所ね……! 始めに宣言した通り、終わらせるわ!」
 弥生の放った矢が追い討ちのように都牟刈の角へと突き刺さる。
 よろめく都牟刈に、円秀の神速の刃が迫る。
「今こそ我が一刀の閃きにて――雷切を果たす!」
 円秀の手に残った感触は、先とは異なる。確かに彼の刃は幻実の妖が唯一持つ、現実の獣の感触を斬った。
「ァァァァッッ!?」
 蒼角が断たれ、地に落ちる。
 都牟刈の角があった部分からは、箍が外れたかのようにとめどなく瘴気が溢れ出ていた。
 その瘴気こそが、都牟刈の憤怒、憎悪、怨念。恐らくはアヤカシとしての都牟刈ではなく、ケモノとしての都牟刈が抱いていたもの。
 そんな感情の奔流に、水月は哀憐の情を抱いてしまう。
(過去に何があって叢雲さんが都牟刈さんを倒す事になったのか、それはよく分からないのですけど)
 でも……。
「死んだ身は地に返るのが本来の姿ですから、甦って死と破壊を繰り返すあなたを放っては置けないの」
 水月は氷龍を式として召喚する。氷龍は色こそ白銀だが、姿かたちは叢雲を模したものであった。
「あなたの思いを受け止めるのは、わたしたちの役目じゃないのかもしれない。でも、ここでぜんぶ終らせるの!」
 氷龍が叢雲同様に極白のブレスを吐く。全てを凍結させる冷気は、都牟刈の体も、心も、凍止させていく。
「叢雲――叢雲ォ……ムラクモォ……!」
 憎き黒龍の名を叫びながらまだ動こうとする都牟刈の意思を、新たに舞台に上がった黒龍が蹴り砕く。
「ここにもう一人の龍が居ることを忘れるな」
 そしてここには貴様を屠る者達が揃っているぞ――と、マハは羅轟へと視線を送る。
 視線を受けた黒鎧の侍は、再びタイ捨剣の構えを取る。今度こそ、全てを終わらせる意志の元に。
「貴様の……齎す……嘆き……絶望……ここで……断ち切るぞ……都牟刈!」
 轟断の一撃が――都牟刈の胴を寸断した。

 聳弧の形をしていたアヤカシは、次第にぐずぐずと崩れていき、地へと沈む。
「ァァァ――――…………」
 蒼き雷が、瘴気へと還り、そして霧散していく。

 都牟刈討滅が果たされた瞬間であった。

●蒼天
 激闘を終え、開拓者達は傷を癒していた。
「それにしても大変でしたね……。温泉に入って癒されたい気分です」
 とは、柚乃の言葉。
「叢雲さんの治癒にも良さそうですしね」
「温泉……か。……だが、その前に何とかしなければいけない問題がある……か」
 はぁ、と溜息をつく羅轟。こっちの問題はある意味では都牟刈討伐よりも複雑で面倒かもしれない。
 そんなこんなで頭を抱える羅轟を見て、マハは小さく笑みを浮かべる。
「舞台は続くようで何より。……私も頑張った甲斐があるというものだ」
 暇潰しの舞台はまだ続く。
 ――ただ、ここに居る者達の願いを叶えるのも暇潰しにはいい。
 新たな暇潰しを見つけた龍は、次に何をするのだろうか。


 都牟刈だった瘴気は霧散し、何も残らなかった。
 ただ1つ、蒼角を残して。
「……もしかしたら、この角はケモノとしての都牟刈さんの、最後の遺物かもしれない……の」
 水月は角を拾い上げ、それを布で丁寧に包む。
「そういえば……都牟刈の遺体を消滅させることができない故に、叢雲さんは封印を選んだんですっけ」
 伝助は過去に叢雲が語っていた都牟刈封印の経緯を思い出す。つまりこの蒼角に瘴気が宿り、アヤカシとして成ったのがあの都牟刈だったのだろう。
「彼の者もアヤカシになりたかった訳ではないでしょうが……」
 円秀の言葉に、水月は小さく頷きで返す。
「二度とその眠りが汚されないように……弔ってあげたいの」
 ちゃんとした場所に墓を作り、角を葬ってやりたい。
「……天尾の人たちに相談してみましょう」
「うん」
 ――どうか、安らかに。