白狼伝説
マスター名:刃葉破
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/15 19:35



■オープニング本文

 神楽の都は開拓者ギルド。
 張り出された数々の依頼書を目の前にして、唸っている男性が1人。
 がっしりした体型の彼の名は武蔵。最近開拓者になったばかりの男だ。
「そろそろ慣れてきたとは思うんだけどなぁ‥‥」
 初めて依頼を受けたのは3月で、それから今に至るまで何回か依頼を受けている。
 そのお陰で、ある程度慣れたとはいってもいい。
「うーん、そろそろ強めのやつと戦いたいなぁ」
 今まで彼が相手してきたのは怪狼などの駆け出し開拓者でもどうにかなるようなアヤカシだ。
 勿論彼としてもその事に不満はない。事実、武蔵は駆け出しなのだから。
 しかし、経験を積んでくるとそれでは少し物足りなくなってくるのも事実。
 より上を、より強さを求めるのは戦いの場に身を置く者ならば自然な事なのかもしれない。
 そんなわけで武蔵は強いアヤカシと戦える依頼を探しているのだが、これが彼を悩ませる事になる。
「‥‥どれくらいが、俺にゃちょうどいいんだ?」
 数回戦闘依頼をこなした。
 普段からある程度訓練もしている。
 生活に困らない程度に装備も整えた。
 とはいえ、自分がまだ駆け出しに毛が生えた程度だと理解しているから、あまりにも無茶な依頼は選べない。
 だから彼はこうして依頼書の前で唸っているというわけだ。
 その上武蔵は馬鹿であった。
 馬鹿故に、悩んでいても答えは中々出ない。
 そんな彼の背を、誰かが軽く叩く。
「どうしたんですか、武蔵さん?」
「ん? あぁ、あんたか」
 背を叩いたのはギルドの受付係の青年だ。武蔵にとって、初めてギルドに来た時から世話になった恩人でもある。
 張り出された依頼書の前で悩んでる様子の武蔵を見かねて声をかけたのだろう。
 そんな受付係に、武蔵は自分の悩みを話す。
「ふむ‥‥。自分にとってちょうどいいぐらいの強い相手、ですか」
 それを聞いて、受付係は表情を変えることなく思案する。
 次の瞬間にはもう彼は依頼の目星をつけていた。
「では、こちらはどうです? 今日募集が開始されたばかりの依頼なんですけど」
「白い狼退治?」
 受付係が指す依頼は、とある村からのものであった。
 依頼内容を要約すると、近くの森に現れた白い狼アヤカシを討伐してほしいというものだ。
「白い‥‥っつっても狼アヤカシだろ? 大したことねぇんじゃねぇのか?」
 とは、狼アヤカシと何回か戦った事のある武蔵の言葉。
 その言葉を受けて、受付係はそうかもしれませんと前置きしてから返事をする。
「ですが、この村には面白い言い伝えがあるそうですよ」
「言い伝え?」
「伝説、というやつですね。‥‥さて、その伝説を再現するアヤカシは、本当に大したことないのでしょうか?」
 武蔵が手帳を広げるのを見てから、受付係は語り始める。

 白狼伝説。
 その村に何年も前から伝わるものだ。村の住人の話によると少なくとも百年以上前から伝わるものらしい。
 いつ頃の話かは分からないし、本当かどうかも分からない。
 だが、伝説なんてのはそんなものだ。
 始まりは、とある男が子供に聞かせる為に作ったお伽噺――そんな可能性すらあるのだから。
 伝説は、ただ伝説としてだけ存在した。

 冬が終わり、春が来る。
 しかし、暦の上では確かに春なのに、まったく暖かくならない。
 そんな時は冬の化身である白狼が現れているのだ。
 白狼の望みは、真白に染まる雪景色。
 真白の世界を穢れなきものとして、その世界で走ることを望む。
 だが彼の野望は、春の化身である紅桜によって叶うことはない。
 紅桜が辺りに桜の花びらをふりまくことで、世界は紅に染まる。
 それを見て、白狼は世界を真白に染めることを諦めて空へと駆けていくのだ。

「森にある一際大きい桜の木が紅桜だとか。開花時期が遅めの桜のようで、そろそろ見頃の筈だったそうですよ」
 しかし、と受付係は言葉を続ける。
「ある日村人が紅桜を見にいったら――紅桜が氷漬けになっていたとか」

 伝説が、現実へと変わる。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
四条 司(ia0673
23歳・男・志
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
支岐(ia7112
19歳・女・シ
周十(ia8748
25歳・男・志
黒色櫻(ib1902
24歳・女・志


■リプレイ本文

●伝説を騙る
 白狼が現れたとされる森。そこを今、数人の男女が歩いていた。
 勿論依頼を受けた開拓者達だ。事前に村で情報を集めた彼らは、白狼を討伐する為にこうして森に入ったのだ。
 彼らが歩くは、村人などが森に入る際に使う道‥‥人のエリアだ。この道を真っ直ぐ歩けば紅桜の元へとたどり着くという。
「こうして歩いてる分には普通の森なんだがなぁ」
 緊張感の無い声で暢気に言うのは武蔵だ。それを聞いて、四条 司(ia0673)は真面目な顔を崩さずに頷く。
「そうですね。来る前は雪の上を歩く事になると思ったのですが‥‥」
 村で雪中装備などを借りようとした彼だったが、話によると森自体は特に雪に覆われているという事もなく、気温も春のそれだとのこと。
 実際その通りだったので、少し肩透かしを食らった感がある。
「しかし‥‥それでも気になる事が多くあります」
 白野威 雪(ia0736)が油断はできないと口を開く。
 森にはどこまでも変わった事はなく、村人も異変を察知していないという。
「怪しい場所といえるもんがねぇって事は‥‥中々面倒そうだな」
「あ、なんでだ?」
 森の様子を見ながらぽつりと呟いた周十(ia8748)の言葉の意味が分からなかったのか、武蔵が疑問を素直にぶつける。
「んー、そうだな‥‥」
 どう説明しようかと、頭を掻いた彼の代わりに天寿院 源三(ia0866)が説明する。
「怪しい場所‥‥例えば、足跡が多く見つかるような場所があればどうでしょう?」
「そこに白狼がよく現れるんじゃねぇの?」
「では今回はいかがでしょうか」
「あぁ!」
 そこまで言われてようやく納得したのか、武蔵はぽんと手を叩く。
 村人の死体の発見場所もそれぞれ別の場所であり、人のエリア内に現れるという事しか分かっていない。
 敢えて怪しい場所というのなら、凍らされた紅桜だろう。だからこそ彼らは真っ直ぐそこに向かっているのだ。
「なるほどなー。勉強になったぜ、天寿院」
 言ってから、武蔵は手帳を広げてメモを始める。
 ちなみに、彼は人の名を呼ぶ時は基本的には名を呼び捨てるのだが源三の場合は名字しか聞いていないので天寿院と呼んでいる。
 女性なのに男性の名で呼ばれるのが嫌だ、という彼女なりの抵抗だろう。
 と、メモをしている武蔵の様子を見て、百舌鳥(ia0429)がひょいと首を突っ込む。
「武蔵っつったか? そのなんだ、何を書いてんだ?」
「あぁ、これか。俺、馬鹿だからさ。大事なこととか書いておかねぇと忘れちまうんだよ」
 手帳に書いてあった事がちらと見えた百舌鳥はしかし、と浮かんだ疑問を素直にぶつける。
「別にわざわざ名前まで書いとくこたぁ無いだろ?」
 一瞬しか見えなかったのでよく分からなかったが、名字も含めた武蔵の名前が確かに重要そうに書かれているように見えた。
 それに対する武蔵の答えは、
「えっと、そうだ、誰かが拾った時に分かるように?」
「‥‥ふーん?」
 あまり納得がいく答えではないが、百舌鳥は一先ず引き下がる。
 何はともあれと感心した様子で源三が声をかける。
「場数をこなして来たとは言え、そのように初心を忘れない心意気、拙者も見習います」
「いや、初心っていうか俺馬鹿なだけだしなぁ」
 馬鹿だから色々あったと語る武蔵の言葉に、源三はくすくすと笑みで答えるのであった。
 こうして一歩一歩彼らは紅桜へと近づいていく。
 ふと、支岐(ia7112)が紅桜に想いを馳せ、しかし表情は変えずにぽつと漏らす。
「白い狼に赤の桜とは、雅に御座いますな」
 死人が出ていらっしゃらなければ、美しい情景を楽しめたかもしれませんのに‥‥と言葉は続く。
 確かに、彼女の言葉通りそれは絵になりそうだが、
「それが本物だったらな。‥‥なんつうかさ? 普通に気にいらねぇわ」
 どこか不機嫌な様子で言うのは崔(ia0015)だ。
 何故で御座いますか、と問う支岐に崔はやはり不機嫌な様子で答える。
「世界を赤で斑に染めながら走り回ってるとか‥‥本物が居たら冗談じゃねえ一緒にすんなって憤慨するだろうぜ」
 伝説の白狼は、世界を白に染めることだけを望んでいた。
 決して赤を――血を望んではいない。
 だからこそ、白狼の姿を、名を借りているアヤカシが腹立たしいのだろう。伝説の白狼の気持ちになったからか。
 それを聞いて他の開拓者達も頷く。
 人の命を奪い、伝説の名を穢すアヤカシを許せない‥‥と。
「ん‥‥」
 黒色櫻(ib1902)が体を震わす。それは唐突に彼女の身を襲った冷気の為だ。
 この季節には相応しくない冷たい風。寒いのも暑いのも苦手な彼女としては、少し辛かったか。
「もう、冬の寒さには退場してもらったはずですが‥‥」
 何故冷風が来たのか、と首を傾げる櫻。
 彼女の疑問は、開けた場所に出ることで氷解する。

●紅桜
「凍って‥‥いる、だなんて」
 それを見て初めに口を開いたのは源三だ。
 驚愕と悲しみが混じったその声は、信じられないものを見たからか。
 確かに事前に話には聞いていた。しかし、実物は自分の想像以上のものだった。
 根元から枝の先端までかけて、凍り付いている。霜が降りているというレベルではない。
 実際にその幹に触れてみれば、それは確かに氷と同じ感触だ。
「溶けていない‥‥いえ、もしかして紅桜を毎日凍らせているんですか‥‥?」
 雪の推測は、恐らく正しい。
 最近の気候を考えると、いくらなんでも日が経てば溶ける。しかし現状はこれだ。
 凍った紅桜を見て、桜は先程の冷風について理解する。
「先程の冷気は‥‥このせいだったんですね」
 ある意味氷の塊があるのと大差は無い。だから周囲の気温が下がったということだ。
 紅桜を見て呆気に取られていた様子の武蔵だが、名案を思いついたかのように声を上げる。
「あ! じゃあここで待ってりゃ白狼が来るんじゃねぇの!」
「いえ、やめた方がいいでしょう」
 しかし、否と答える司。他の仲間も同意見のようだ。
「もし白狼がここに現れるのが夜になると、戦闘になった際に危険すぎます」
「ぬ、そりゃそうか」
 夜の戦闘は避けた方がいいというのが彼らの共通認識故に、日が落ちた時は素直に村に戻る事も作戦のうちだ。
「しかし、どうしたもんかね」
 腕を組んで考え込む様子の崔。討伐するにしても、まず白狼と出会わなければいけない。
 途中、村人が現れたという場所に立ち寄ってみたが、さすがに足跡は消えていた。
「やっぱり足跡やら体毛やら探して地道に当たるしかねぇんじゃねぇか?」
 とは周十の言葉。
 ――いや、
「さて、ちと無茶させてもらおうかね」
 百舌鳥が、1人だけ歩を進める。
「無茶? どうするつもりだ」
「囮ってやつだよ。大人数だと警戒して出てこないからもしれないからな」
 危険だ。だが、村人にすらまったく姿を見せない程の白狼の警戒ぶりを考えると、このままだと遭遇できない可能性の方が高い。
 しばらく思案した後、開拓者達は首を下に振る。
 それを見て、百舌鳥は手を軽く振りながら元の道とは別の道を歩き出す。
「いざという時は任せたぜ」
「お任せくださいませ」
 百舌鳥の言葉に答えるのは支岐だ。
 距離を取る以上、彼女の超越聴覚が鍵となる。

●白狼
 百舌鳥が先行してしばらく経っただろうか。
「‥‥これは」
 支岐の耳に、ある物音が入ってくる。
 それは、何かが高速で移動している音。間違いない――
「白狼で御座いまする」
 支岐の言葉を聞いた開拓者達は、一度顔を見合わせると何かを言う事なく走る。
 それなりに距離を取っているが開拓者達の足ならそんなに時間はかからない。
 全速力で走った彼らの目に、傷を負った百舌鳥と1匹の獣が目に映る。
「んじゃ、あとは任せた。ケモノ相手は怖いねぇ」
「ケモノではなくアヤカシですよ。それに百舌鳥さんにも頑張って頂かないと」
 冗談だよ分かってるって、とおどけた様子の百舌鳥。
 真面目にそれに対応する司。冗談が言えるようなら大丈夫だろうと判断する。
 1匹の獣‥‥白狼の名に相応しい白い狼は、少し離れた場所で唸りながらこちらを見ていた。
「犠牲になった村人は、凍らせる前に牙を立てられたような傷があったそうです。‥‥白狼の主な攻撃はそれになるかと」
 雪が、事前に村で聞いた情報を皆に伝える。
「ふん‥‥随分と警戒していたようだが、この場に及んで逃げるってこたァねェよなぁ‥‥?」
 どこか挑発めいた周十の言葉。それを理解してかそれとも関係なくか、白狼の唸り声が大きくなる。
「逃げる気は無いってことか」
 それは都合がいい、と崔が七節棍を構える。他の開拓者達も同様だ。
 白狼が吼え、地を蹴った――。

 一気に開拓者達の懐にまで入り込む白狼。
「ちぃっ!」
 予想以上に素早い動きに舌を打ちながら、崔がまずは攻撃を仕掛ける。
 瞬脚による加速を伴ったその蹴りは、白狼の脇腹へと命中する――が。
「手応えが、軽い!」
 思った通りのダメージが与えられているとは言えない。跳躍によって衝撃を軽くしたといったところだろう。
 だが牽制の一撃としては十分だ。味方が続いてくれれば、と。
「動くなぁ!!」
 突如響く大声。あまりの大声に驚いたのか、白狼の足が鈍る。百舌鳥の猿叫だ。
「その隙、逃しはしません!」
 司が一足で間合いに入ると、炎を纏った刀を振り下ろす。
 牽制や猿叫の効果もあり、それは見事に命中し、白狼の毛皮を焼き斬る。
 更に追撃をしようと他の者達も足を動かすが、白狼の方が早い。
 白狼は足を止める事無く更に踏み込む。その狙いは、
「――っ私!?」
 櫻に白狼が飛び掛る。
 恐らく白狼の狙いは最も打たれ弱い者といったところか。奇しくも白狼が強く憎む紅桜と同じ名を持つ櫻になったわけだが。
 刀で受けようとしたが、間に合わない。意識が2匹目の白狼の可能性を考えてそれの警戒にいっていたから、というのもある。
「くっ‥‥!」
 白狼は突き出された刀の代わりに、櫻の腕を強く噛む。強い激痛の後に、森の中に紅が撒かれる。
「それ以上は、やらせは御座いません」
 支岐の雷火手裏剣が飛ぶ。しかし、まるでその程度気にするまでもないと白狼がまた飛ぶ。
 雷は流れるような白い毛皮に弾かれ、白狼が止まる事は無い。
「させるかよ!」
 だが櫻の前には武蔵が立っていた。以前に彼が学んだ事。自分は壁役に向いている話を思い出しての事だろう。
 やはり武蔵も受ける事は敵わず、牙が腹へと突き刺さった。
「櫻様! 武蔵様!」
 咄嗟に雪が杖を掲げる。直後、彼女から発せられた光が傷を負った2人へと飛び、たちまちに傷を回復させる。
「こっちこいや!!」
 百舌鳥が吼える。白狼の気を引く咆哮だ。
 白狼が苛々とした様子で吼えた。吼えるのはこちらの仕事だ、とばかりに。
 確かに白狼は百舌鳥の方を向いた。しかし足は動かさずその場で口を開く。
「まずい‥‥! 吐かせるな!」
 崔のその言葉を聞いてか、それとも口を開いた段階で理解してか、周十が刀を振るう。
 しかし、間に合わない――!
 白狼の口から凍結の力を持った吹雪が吐き出される。
 範囲にいたのは、百舌鳥、周十、源三の3人だ。
 それぞれが、冷気による痛みをその身で味わう。
「やるじゃねェか! 成る程伝説を騙るだけはあるぜ!」
 しかし、周十は体の痛みを無視し、刀を振るう。
 それが予想外だったのか、白狼が後ろへ飛ぶが、刀が振り切られる事はなかった。
「甘ェな」
 刀を振り切るより、足を踏み出す。周十はフェイントを交えて次の攻撃へと繋ぐ。
 次に振るわれる一撃こそが本命。紅い燐光を纏った刀が白狼の腹を斬り裂く!
 攻撃の手は止まない。
「この程度の痛み‥‥! 村人の、紅桜の痛み、思い知って頂きます!」
 源三が体当たりに近い踏み込みをもって、突く。
「天寿院が太刀、閃」
 それは、前足を貫いた。
 白狼が、紅き血を振り撒きながら跳び、後退する。さすがの跳躍力といったところか。
 そして再び白狼が口を開こうとする、が。
「跳ぶのはお前だけだと思うなよ‥‥!」
 崔が跳躍。瞬脚、その上破軍による強化を加えた棍が白狼の顔面を叩く。
 叩き飛ばされた白狼の目の前に更に刀が迫る。
 櫻の刀。しかし、それを避けるぐらいの力はあったのか、白狼が一歩スライド。
「武蔵さん、今です!」
「応!」
 だが、櫻のそれもフェイント‥‥布石だ。
 フェイントの活かし方は、先程周十が見せてくれた。ならやるべき事はこの隙に一撃を叩き込む事。
「うぉらぁ!!」
 力に任せたスマッシュが叩き込まれた。
「武蔵様!」
 源三の呼びかけに、武蔵は振り向いて応えた。
 笑顔で、片手を挙げ。
 地に伏せた白狼は、息絶えていたのであった。

●伝説を語る
 こうして白狼は討伐された。
「‥‥いませんね」
「こちらも反応は御座いませんな」
 司の心眼、支岐の超越聴覚で周囲を探るが、特に反応は無い。白狼はこの1匹のみだったのだろう。
「皆さん、大丈夫ですか?」
 開拓者達の傷は、雪の閃癒のお陰で塞がった。彼女の問いかけに、皆が笑顔で答える。
「これで‥‥紅桜の氷も融けていそうですね」
 紅桜の元に戻ってきた司が、今はまだ凍っているそれを見上げる。
 しかし、時が経てば次第に解けるだろう。再び花を咲かせるかどうかは‥‥来年に期待か。
「無事咲いてほしいもので御座いますね」
 それは花見を覚えて、桜を好きになったという支岐の言葉。開拓者になったことで色々な影響を受けたらしい。
「どうだ、ちったァ強くなったかよ?」
 周十が、武蔵へと声をかける。
 武蔵の返事は笑顔。
「武蔵様にとっても、良い経験となれば‥‥いえ、していきましょう?」
 源三の言葉に、武蔵は力強く頷いた。
 頼れる仲間に色々と教わりもしたのだから、と。

 こうして開拓者達は森を出る。
 最後に櫻が振り向き声をかける。
「桜が満開になったら、また来ますよ」
 ふと、狼の遠吠えが聞こえたような気がした。
 それは、伝説を騙られた本物の白狼の感謝の声だったのかもしれない。