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■オープニング本文 十塚を脅かすアヤカシ、都牟刈との決着から二ヶ月近くが経とうとしていた。 一連の戦いで重傷を負った黒龍――叢雲も今ではすっかり回復したようで、以前と同様に少年の姿で日々を過ごしていた。 彼自身としては事件の後始末は比較的どうでもいいことであり、事件以前の生活が送れるようになればそれでいいのだが、そういうわけにもいかず。 叢雲は自分が自由な日々に戻れるかどうかの『鍵』がどうなっているかを秀正へと問うた。 「んー、叢祠の方はどんな感じ?」 「今のところはこれといった問題はありませんね。このまま維持できれば、あのような事が再び起こることはないかと」 少年が問うた叢祠とは、先日撃破した末に開拓者達が回収した都牟刈の蒼角を納めたものである。 ケモノの都牟刈が遺したものであり、アヤカシの都牟刈が生まれたきっかけでもある聳弧の角。 古き時代と同じくやはり破壊することが困難ということもあり、瘴気が憑かないよう街外れに建てられた叢祠にて祀られることとなった。 昔と違い巫女が祓いをするのが容易な場所に作ったということもあり、秀正の述べた通りこの環境を維持できれば再び都牟刈がアヤカシとなることはないだろう。 「そっかそっか。んじゃ、厄介ごとは大体片付いたって思っていいのかな」 肩の荷が下りたと、うーんと伸びをする叢雲。だが対する秀正は姿勢を崩さず静かに否定の言葉を口にする。 「いえ、厄介事というのであれば、まだ問題は残ってますが」 「え? そんなのあったっけ」 「……あぁ、いえ」 確かにこの人にとってみれば、むしろ愉快なことなのだろう……とこれ以上言うのは無駄だと判断する秀正であった。 秀正との簡単な会議を終えて、部屋を出る叢雲。 その彼に1人の女性が声をかけた。 「……ちょっと、いい?」 声をかけたのは天羽扇姫。秀正の言う厄介事の種である。 「ん、なぁに?」 「……あの男の居場所、聞きたい」 「あの男って?」 「伊都、武蔵」 彼女にとって許しがたい復讐相手の名前。 その名前を聞いた叢雲は玩具を見つけた子供のようににこやかに笑う。 「なんで僕が武蔵の居場所を知ってると思うんだい?」 「むしろ知らない方がおかしいと思うわ。……つい最近までここにも居たんだし」 確かに、彼女の言う通り武蔵は最近まで須佐の街で暮らしていた。都牟刈との戦いの為だ。 だが、素性を偽りあくまでもムササビという素浪人としてだ。武蔵と名乗ったことはなく、扇姫がそれを知る筈は無かった。 故に叢雲は意外そうな声を上げる。 「へぇ、知ってたんだ」 「……あの技、声。分からないわけがないわ」 「ふぅん。じゃあなんで殺さなかったの?」 今までの彼女であれば、武蔵が近くにいることが分かれば何が何でも殺そうとしただろう。 しかし、そうしなかった。判明した戦場では伊都武政との戦闘などがあった為、すぐに実行できなかったにしろ、その後はいつでも機会があった筈だ。 その問いに、扇姫はただ沈黙を返すだけだ。 「ね、どして?」 「……。……戦いが終わるまでは手を出さない。そう約束したから、よ」 「ふぅ、ん」 そういう約束をしていたことは聞いている。そして戦いが終わった今、改めて武蔵を殺そうとする。 筋は通っている。だが、扇姫としての筋は通っていない。 何故なら、今までの彼女であれば約束を守ることよりも殺すことを優先させたからだ。 尤も、単純に都牟刈との戦いは優先度が高いと判断しただけかもしれないが。 「ま、正直に言うと武蔵の居場所は知ってるけどね」 「じゃあ……!」 「でもだめー。扇姫には教えないよ」 「どうして!」 理由は簡単だ。叢雲は、何よりも面白い展開を望む。 「君が1人で武蔵に会いに行っても、どうせ君は武蔵を殺そうとするだけ」 それでは今までと同じ。何も変わらず、変わっていない。 「だから、誰かが君に同行する……というのなら、教えてあげてもいいよ?」 「……あなたがついてきたらいいじゃない」 「僕はほら。都牟刈のせいで崩れたケモノの支配バランスを調整しなきゃいけないからさー」 そう言うと、話はこれで終わりだと言わんばかりに叢雲は背を向けて歩き出す。 扇姫はそれを見送るだけしか、できなかった。 十塚のとある村。 その村を訪れた旅人らしき男が村人へと声をかける。 「あー、すんません。俺ぁ、旅の人間なんだけどよ、しばらく泊めてもらえるとことかねぇか?」 「泊めてもらえるって……。こんな村に宿なんざねぇぞ」 「いや、普通の家でもいいんだけどさ。あ、俺志体持ちだから大体の力仕事はこなせると思うぜ」 難しい顔をしていた村人だったが、旅人の志体持ちという言葉を聞いて、うってかわって協力的な態度になる。 「んじゃ俺んち泊まってけよ。ちょうど力仕事ができるやつが欲しかったんだよ」 「うっしゃ、交渉成立だ! あぁ、そういや名乗ってなかったな。俺ぁ」 男の名は、 「武蔵だ。よろしくな!」 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●天叢雲剣 須佐の街を治める天尾家の屋敷を訪れる少女、柚乃(ia0638)。 「あれから、もう2ヶ月……なのですね」 皆さんお元気でしょうか……と、事件で関わった人々の今を考えてるうちに、こうして足がここまで伸びたのであった。 天尾家当主の娘である天璃に挨拶を済ませ、柚乃が向かった先は叢雲の私室。 当然そこにいるのは部屋主である叢雲と、意外……というわけでもない先客だ。 「あ、水月さんも来てたんですね。こんにちは」 「こんにちは……なの」 「や、いらっしゃい」 叢雲と一緒にお菓子をつまんでいたのは水月(ia2566)だ。先の事件でも何度か一緒に戦った仲間だ。 「水月さんはどうしてこちらに?」 「ん……。別に依頼を受けて、帰りにたまたま近くに寄ったの」 そして叢雲らが気になったので、という柚乃と同様の理由でやってきたとのこと。 部屋に広げられたお菓子は見舞いの品として街で彼女が買ってきたものだ。 「なるほど……。あ、こちらは私からお見舞いの品です」 「ありがとねー」 柚乃が追加で差し出したオリーブオイルチョコと果実ジュースに、全く遠慮なく手を伸ばす叢雲は彼らしいというべきか。 こうして菓子を食べながら他愛の無い雑談を始める3人。 話を聞く限りでは叢雲も戦いの後遺症などは残っておらず、すっかり元気になったと考えていいだろう。 「そういえば、気になることがあるんですけど……」 「うん? なにかな」 「叢雲さんはあくまでも人間に変身して今の姿になってるわけですが、その時の外見年齢って自在に変えられるのかなって……それとも永遠に子供?」 柚乃の問いに、叢雲は自身の手足を確かめるように見つめてから答えを出す。 「ずっとこの姿に変身してたこともあって、これが一番楽になれる姿だからねー。今のところ他の姿を試す気はないかな」 「そうなんですか……はい、なでなで」 ある意味ずっと子供の姿という話を聞いて、庇護欲がわいたのか叢雲の頭を思わず撫でる柚乃。 子供じゃないんだけどなー、と言っている叢雲だが、これといって抵抗する気はないようだ。 こうしてみると生意気盛りの少年のように見える叢雲だが、実際はこの近辺のケモノを従えるヌシでもある。 そのヌシだから……と、水月はまた別の話題を振る。 「あの、この辺りのケモノさんたちは……どうしてますか?」 「んー……。やっぱり一時期は荒れてたね。とはいっても最近は落ち着いた……というか、落ち着かせたけど」 口ではあっさりと落ち着かせたと言っているが、実際はそんなに簡単なことではないだろう。 ……実際、高倉の人も相当酷かったと言っていましたし。 柚乃は須佐に来る前に寄っていた高倉のケモノ研究者の言葉を思い出す。 パワーバランスが相当崩れて大規模な縄張り争い等が起きたようだ。 幸か不幸か、麒麟クラスの力を持つケモノが他にいなかった為にスムーズに沈静化が進んだのだろう。 こうして話をしているうちに、水月は黒龍として戦場を翔けた叢雲の姿を思い出したのだろう。 すると、彼女にふつふつとわきあがる欲求が1つ。 「あの……1つお願いがあります、なの。背に乗せて飛んでほしい……というのはダメですか?」 ふわもこしていないという理由で龍の相棒を連れていない水月だが、叢雲になら乗ってみたいと思えたのだ。 その願いに対して、 「いいよ」 と、意外にもあっさりと快諾する……が、すぐに言葉を続ける。 「但し、正澄や天璃に気づかれないよう、僕をこの屋敷から連れ出してくれたら……だけどね」 「連れ出す、なの?」 「だって、この屋敷じゃ庭に出ても僕が元の姿になるには狭すぎるしね」 「む、むむ……なの」 色々な意味で難しい条件を出されて思案する水月。そんな彼女を見て、意地悪く笑う叢雲なのであった。 そうこうしているうちに菓子もなくなり、いい時間になったということで2人は帰り支度を始める。 「来てくれてありがとね。いやぁ、今日は本当に千客万来というやつだね」 叢雲の言葉に疑問を覚えた柚乃は首を傾げる。 「その言い方ですと、今日は他にも来客があったようですが……」 「うん。羅轟達がね、君達が来る前にやってきてたんだ。今は扇姫と一緒に武蔵のところに向かってるのかな?」 「そうですか……なの」 水月は彼らの確執に関わったことはない故に立ち入るつもりもない。 だが、 ……武蔵さんが悪い人だとは、思えなかったの。 だから、扇姫がまだ復讐をするつもりならば、凄く悲しい。 ――彼女が選ぶ道は? ●伊都之尾羽張 時は遡り。叢雲の部屋に居るは3人の開拓者。 羅轟(ia1687)、以心 伝助(ia9077)、マハ シャンク(ib6351)だ。 「ふん。叢雲……舞台に上がった感想はどうだ?」 挨拶として叢雲の調子を尋ねるマハ。 「あー、死ぬ程痛かったねー。でもま、偶にはいいんじゃないかな」 あっけらかんと笑う叢雲。 「それで、今日はどんな用かな?」 「今日はこの2人にお前が話した内容を語ってもらおうと思ってな」 問いに答えるはマハだ。それに拠ると、珍しく彼女が主導となって集めたようだ。 叢雲も珍しく思ったのだろう。やや意外そうな声を上げる。 「へぇ、君が?」 何故、と言外に含んだ言葉には答えずにマハは小さく笑うだけだ。 ……伝助と羅轟があの話を聞いてどういう反応をするか、何が起きるのか。それを見るだけで十分楽しめる。 そんなマハの考えが今の小さな笑みだけで理解できたのか。叢雲もやはり同じように笑う。 そして次に口を開いたのはマハであった。 「ではまず……あの武蔵の名前が同じ理由というのは扇姫は知っているのだろうか? 知って行動しているのであればある意味皮肉だな」 「さぁ? 僕から話したことはないよ。父親から聞いていても不思議ではないけど、忘れてるかもしれないね」 「名前が……同じ理由っすか?」 その理由を叢雲が語る。 「天羽武蔵と伊都武蔵。もし出会った時に、同じ武蔵だってことで意気投合して仲良くなってくれたら……ということで、名付けたんだってさ」 親の儚い願い。 「……それでは……!」 報われない。親も武蔵も扇姫も。 「あぁ、そういえば。私以外にこの話も知っている者は居なかったか」 続いてマハが語り始めるのは天羽襲撃事件のあらすじだ。 叢雲が天羽家に護衛氏族を伊都から天尾に変える命を出す。すると、伊都は誇りを傷つけられたのか一家揃って須佐を去った。 そして叢雲が武蔵を通じて天羽の情報を伊都に流したところ、あの襲撃事件が起きたのだという。 「ちなみに。誤解されないよう補足するけど、護衛氏族変更の命は妥当なものだし、僕は襲撃するよう唆したことなんて一度もしてないからね?」 「……さて、此れを聞いてお前達はどう思う?」 マハの問いに、羅轟と伝助は答えずに立ち上がり、背を向ける。 部屋を出る際に、一言だけ言葉を残して。 「……話、聞いて……分かったのは……」 「こんなので、2人が争い続けるのは止めなくちゃいけないってことっす」 羅轟と伝助が去り、マハと叢雲だけがその場に残される。 その状況で始めに口を開いたのはマハだ。 「どうだ、楽しめそうか?」 「それなりに、ね。ようやく違った展開も見れそうだし。そっちは?」 「私はそれなりに愉快だ、此れを知った者達がどう動くか。見ている分にはとても楽しいだろうさ」 そう、見ている分には、だ。 「役者は……慣れないな、ある意味今のも役者なんだろうか」 「よ、名役者」 「茶化すな」 『悲劇』は……このまま幕を下ろすのだろうか。 ●梅花 同じ頃。十塚のある村へ1人の開拓者……杉野 九寿重(ib3226)が向かっていた。 その村は過去に都牟刈配下のアヤカシが襲撃した村であり、九寿重は村を守る為に奮戦したのだ。 「風の噂で、事件の発端となったアヤカシは倒されたと聞きましたが……」 アヤカシを倒しただけで、全てが元通りになるわけではない。 だからこそ、村がどうなっているのか。立ち直っているのかを確かめるために訪ねる。 「足腰の鍛錬にもなりますし、ね」 徒歩で移動していると、季節の移り変わりがよく分かる。 春の兆しもちらほらと見てとれた。 「あれは……梅の木、でしょうか?」 目に止まったのはぽつぽつと蕾をつけはじめている梅だ。 ……まるで、村の復興のようですね。 九寿重は、これから訪れる村に思わずそう重ね合わせる。 すぐには完全復活という花を咲かせることはできなくても、蕾ができる活力と、時間があれば咲かせることができる。 あの村にも蕾がついていれば……そう願いながら、彼女は少し足を速めた。 そして彼女がやってきた村に果たして蕾は……ついていた。 火事で焼け落ちた家々は全て片付けられ、代わりにぽつぽつと家が建っている。 とはいえ、やはり全てが片付いたわけではなく。今も男衆が総出となって働いていた。 「では……私も花を咲かせる手伝いをいたしましょう」 こうして、九寿重は開拓者として何か手伝えることはないかと声をかける。 志体持ちの彼女が手伝ってくれることに、村のあちこちから喜びの声があがるのであった。 ●天羽々斬 叢雲の部屋を出た羅轟が訪問したのは、扇姫。 彼は扇姫に会うと頭を下げ開口一番、謝罪をする。 「……武蔵殿……傍にいるの……黙っていて、済まなかった……!」 「……」 対する扇姫の返事は、ない。 暫く待っても返答が無いことに戸惑いつつも、羅轟は続けて感謝の言葉を口にする。 「そして……武蔵殿に……今まで手を出さないでくれて……感謝する……!」 「…………ちっ」 やはり扇姫からの言葉による返事はなく、苛立たしげな舌打ちが返ってくるだけだ。 ……これはこれで、ある意味精霊砲食らうより……対応に困るな……! 少々の沈黙の後、次に口を開いたのは扇姫だ。 「約束は守った。……だから、あの男がいる場所に向かうのに同行して」 扇姫1人では武蔵のいる場所を知ることをはできない。故の提案だ。 「……う、む。構わないが、条件が……ある」 「条件?」 「……殺し合うにせよ何にせよ、武蔵殿とまず話してみて欲しい」 再びの沈黙。 だが、最終的に扇姫は……頷いた。 「……あれ、もしかして武蔵さんじゃないっすか?」 須佐を出て、十塚巡りに出ていた伝助。彼が偶然にも訪れた場所は、ちょうど武蔵が滞在している村であった。 「ん? おぉ、伝助じゃねーか! 元気してたか?」 「それはこっちのセリフっす!」 2人は再開を喜びつつ、お互いの近況を話す。 武蔵はあれから戦いに決着がついたのを見届けたらすぐに須佐を発ったという。 「そうっすか……。あ、今神楽の都では大変なことになってまして――」 と近況を話す伝助。 そういった話をしていると、やはり話題は自然に扇姫について移っていった。 「あの、武蔵さんは扇姫さんの事はどう思ってやす?」 「あ、んあ、どう思う……か?」 武蔵はしばらく考えこんでから答えを出す。 「……悪いやつとは思えねぇなー。そりゃあいつが俺を殺したいって気持ちは理解できるし」 「そう、っすねー……」 伝助としても、共に戦った扇姫に対して仲間として一定の好意を抱いている。 故に、友人である武蔵も扇姫も、2人とも生きて幸せになってほしいと願ってはいるのだが……。 武蔵が扇姫を憎んでいるというわけではないというのが、またやりきれなさに拍車をかける。 「えー、っと」 つい重くなってしまった雰囲気を変えようと、伝助は話題を変える。 「浪士組って聞いた事ありやす?」 「あん? ……いや、ねぇかな」 「簡単に言えば、人々の為に力を振るう組織。そして、心ならずして犯した過去の罪には恩赦が与えられるそうっす」 「つまり、そこに入ったら、ってか?」 「それで扇姫さんが納得するかと言えば、しないとは思うっすけど……まぁそういう道もある、という事で」 「んー……」 はっきりと返事をするでもなく、天を仰ぐ武蔵。 しばらくそうしていたが、顔を再び伝助へと向けると、彼へ疑問を投げかける。 「お前もそこに所属してんのか?」 「あっしはまだ里に所属してるんで志願してないっす。ただの開拓者の方が性に合うのもありやすけども」 何より、 「……何より、赦されたいとは思わなかったから……ですかね」 「赦し……か」 それから。 武蔵が滞在している村に、羅轟と扇姫がやってきた。 ちなみに、道中において羅轟は武蔵に浪士組への入隊を勧める事、扇姫も武蔵の監視役として出向してみるのはどうだと提案している。 どちらに関しても扇姫は返事をしていない、のではあるが。 ――そして。 武蔵と扇姫が顔を合わせる。 「……」 「……」 今のところ扇姫が仕掛ける素振りはない。だが、話しかける気もないのか、沈黙を保っている。 このままでは埒が明かないと判断した羅轟は武蔵へと問いかける。 「伝助殿から聞いたと思うが……浪士組へ入る気は……?」 「あー、それな。悪いが、無しで頼むわ」 その理由は、 「お上に赦してもらうのは多分、筋違いなんじゃねぇかって思ってよ。俺が赦してもらわなきゃなんねぇのは――」 武蔵は視線を扇姫と向ける。 「あんただから」 「……私が、赦す、とでも?」 扇姫の声に、この日初めて感情が篭る。 そして、その感情はよくない流れを招くものだと、羅轟と伝助は理解していた。 ……どうする!? その時、羅轟の脳裏に浮かんだのは、叢雲から聞いた『武蔵』の意味。 「待ってくれ!! それでは、天羽家の願いは……届かない!」 「願い!? あなたが何を知っているというの!?」 「知っている!!」 羅轟は語る。『武蔵』の意味を。 そして、それは……きっと、かつて扇姫も聞いた願い。 「扇姫。もしかしたら……将来『武蔵』と喧嘩するかもしれない。でも、彼を赦してあげてね?」 「何言ってるのお父様? 私が武蔵と喧嘩するわけないわ」 「はは、そうだといいね――」 分かっていた。 願いを歪めたのは誰なのか。 あの戦いで、あのアヤカシと戦った時に理解した。 運命を歪めたのは誰なのか。 歪められたのは、誰なのか。 「だけど……! それを認めたら、私は……! どうすればいいの……!?」 扇姫の能面のようだった顔が崩れていく。 それは恐らく、彼らが初めて見る……涙。 この場にいる者にはまだ彼女にかける言葉は見つからない。 だが、これだけは分かる。 今……幕が下りた。 ●都牟刈大刀 叢雲に別れを告げた柚乃と水月。2人が向かう所は同じ場所であった。 それは街外れにある、都牟刈の蒼角を納めた叢祠。 2人がここに来た目的は同じ。ケモノの都牟刈の冥福を祈ること。 水月が桜ひと枝と樹糖を供える。 そして2人が都牟刈に捧げる歌は『精霊の聖歌』。 「またきます……ね」 去り際の水月の言葉に、蒼角が感謝を伝えるように淡く光った――そんな気がした。 |