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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ――はっ、はっ、はっ、はっ……! 獣のような荒い息遣いが夜の闇に溶けていく。 だが、息の主は獣ではなく年頃の少女であった。 少女は止まりそうになる自らの足に叱咤しながら、街を駆け抜けていく。 妙に、静かだった。 昼間の喧騒が嘘のように、人影は不自然なぐらいに見当たらない。住人が寝静まる時間帯だということを差し引いても、だ。 それどころか、動物や虫の鳴き声すら聞こえない。まるで自分だけがこの夜の街に隔離されてしまったかのように。 ――はっ、はっ、はっ、はっ……! 今やこの場で聞こえるのは乱れた自分の呼吸音だけ。 落ち着いて息を整えたい。だが、そんな悠長なことは許されない。走らなくては。 そうしなければ、 「殺されて、しまいますわ……!」 何故こんなことになってしまったのだろう、と少女は首のチョーカーを撫でる。 チョーカーの下には、数日前にはなかった忌々しい『呪印』が刻まれていた。 こんなものがどうして自分に付けられてしまったのかは分からない。ある朝、眠りから目を覚ましたらいつの間にか刻まれていたのだ。 不気味に思いつつも、誰かに見られぬようチョーカーを填めて日常を過ごす少女。 この『呪印』は一体何なのか。それが分かるのはもう少し後のことであった。 自分と同じように体のどこかに『呪印』を刻まれていたという人物が……突如、アヤカシと化し人々を食らい始めたのだ。 少女は騎士としての力を振るい、アヤカシを殺した。すると、アヤカシの瘴気が自分の体に流れ込んだのである。 瘴気に侵される少女の身体。だが、少女は直感で「瘴気を得ないと自分もアヤカシとなってしまう」ことを理解した。 それから少女は『呪印』が何なのかを改めて調べ……以下の点が判明した。 1つ。呪印を刻まれた人物は、そう遠くないうちにアヤカシとなってしまうこと。 1つ。アヤカシ化を防ぐには、アヤカシを殺して瘴気を身体に取り込まねばならないこと。 1つ。しかし、アヤカシの瘴気はあくまでも一時凌ぎにしかならず、アヤカシの瘴気だけではやはりいずれはアヤカシと成り果ててしまうこと。 1つ。同じように『呪印』を刻まれた人物を殺し、『呪印』を受け継げばアヤカシ化のリミットは大きく延びること。 つまり。 生き残る為には、『呪印』が刻まれた人間を殺さなくてはいけないのだ。例え、その人物が善人だろうと悪人だろうと、一切の関係なく。 「……やって、られませんわね……!」 自分が生きる為に他人を犠牲にする。それは、少女にとっては許し難い事実であった。 「どうせアヤカシ化する人間」「自分がアヤカシになれば惨劇が起きる」「『呪印』を刻まれているからにはその人物も殺人を犯す」……という考え方もあるかもしれない。 だが、そのどれもが少女にとってはただの言い訳にしか思えなかった。ならば、いっそのこと自害した方が潔い、と。 しかし、少女は戦うことを選んだ。 その理由はただ1つ。調べていくうちに判明した、絶望のような希望の伝説。 『呪印』を得て最後まで生き残った人物はあらゆる願いを1つだけ叶えることができる。 眉唾ものではある。だが、それが事実ならとんでもない話だ。 この伝説の為だけに戦いに身を投じる『呪印』持ちがいても何ら不思議ではない。 そして、自分の欲望の為に殺人を問わない人間が願いを叶える力を得てしまったら……考えたくもない話だ。 ならば。ならばこそ。 少女は戦う道を進む。邪悪な願いを阻止し、自分が願いを叶える力を得ることを。 あらゆる願いが叶うというのであれば、 「……こんな馬鹿げた戦いで死んでいった人を生き返らせることもできる、筈」 生かす為に殺す。酷い矛盾だ。 ――はっ、はっ、はっ、はっ……! だが、少女は止まらない。止まってはいけない。 既にこの手は血に濡れている。走り続けることでしか、購うことはできない。 ――はっ、はっ、ハッ、ハッ……! 煩い、煩い。我ながら耳障りな呼吸音だと思う。 自分の声しか聞こえないから余計に腹立たしいのか、それとも自分が獣に堕ちたように錯覚するから苛立たしいのか。 ――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……! 黙れ、黙れ黙れ黙れ。 私は、私は、全てを救う為に戦っている。生き延びたいから殺しているんじゃない。 私は、獣じゃあない。私は、私は――!! 「――え?」 いや待て。 今の唸り声は……誰のものだ? 少女が違和感に気づいたその瞬間、すぐ横の民家から、壁越しに黒光りする刃が少女に突き立てられた。 「あぐっ……!?」 痛みを無視して、一足飛びで壁から離れる。脇腹から血が流れ落ちるが致命傷ではない。 直後、壁をぶち破って大柄の男性が姿を見せる。ここからでは民家の中がどうなっているかは分からないが、気にしている余裕はない。 「ちっ、仕留め損なっちまったか……」 やはりというべきか。『呪印』がある。顔、右腕、右胸、左胸、左足の5つ。本来刻まれた1つを除けば、それだけ殺してきたという証。 「あんたは……左脇腹と、チョーカーから察するに首か? っつーことは2つか」 「……っ!」 男の言葉に、少女は自分が罪の無い人間を殺してしまったことを改めて突きつけられる。 そんな少女の心中を知ってか知らずか、男は邪悪な笑みを浮かべる。 「まぁ、あんまり気にすんなや。しかたねぇことなんだからよ」 「仕方ない……!? そんな言葉で片付けるつもりですの!?」 「あぁ、そうだ」 何故なら、 「――戦わなければ、生き残れない」 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
レグ・フォルワード(ia9526)
29歳・男・砲
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●殺人街 夜の街を走る2つの影。1人がもう1人を追いかけている形だ。 「なんで、こんな事に……!」 逃げているケイウス=アルカーム(ib7387)の左手の甲には呪印が刻まれている。 だが彼はこの呪印が何なのか、自分が追われる理由――殺される理由も知らなかった。 「逃がすかよォ!」 大太刀を手に持って追いかけてくる男から必死に逃げるケイウス。 「――しまっ!?」 ケイウスが逃げた先は袋小路。 覚悟を決めるしかないのかと懐のナイフに手を伸ばす。 とはいえ近接戦闘は本職ではなく、勝てるビジョンは見えない。 諦めかけたその時、 「隙だらけだな」 直後、目の前の男が倒れていく。 何事かと目を瞬かせていると、倒れた男の背後に新たな人物が姿を見せていた。 「トィ!」 トィミトイ(ib7096)。ケイウスの小隊仲間であり、彼にとっては友人ともいえる人物だ。 傍らには駿龍がいることから、龍に乗って上空から急降下攻撃を仕掛けたのだろう。 窮地を救ってくれた友人の登場にケイウスは安堵するが、あるものを目にして再び息を呑む。 「トィ……それ……!?」 呪印がトィミトイの全身に刻まれていたからだ。 混乱した様子のケイウスを見て、トィミトイが口を開く。 「貴様、もしや状況を理解していないのか?」 ケイウスはトィミトイから説明を受け、自分が狙われたことに納得する。 そして、 ――もうすぐ、俺は俺じゃなくなる。 自分の体に起きた変化に関しても。 「事情はわかったけど、そんな理由で戦うのはやっぱり……」 「ではどうする?」 問いかけと同時にトィミトイは刃をケイウスの首筋に当てる。 金属の冷たさを首に感じながら、ケイウスの出した答えは――。 「……トィ、俺と一緒に動かない?」 友人と戦うことを拒んだ男の一時凌ぎの選択。 それを受け、トィミトイは暫く考え込む素振りを見せた後、刃を納める。 「まぁいい。協力しろ」 「良かった……」 殺し合いを回避できたからか、場の空気が弛む。 だが――その隙を突くように、銃声が鳴り響いた。 ●執念 レグ・フォルワード(ia9526)は銃に備え付けられた照準眼鏡を覗き込みながら舌打ちをした。 「ちっ、殺り合わねぇ……どころか、話してるとこを見るだに知り合いか」 とある民家の屋根の上、闇の紛れるよう黒い布を被った彼の視線の先にいるのは、ケイウスとトィミトイだ。 レグは男がケイウスを追いかけていたところから観察しており、男が仕留め次第その隙をついて狙撃しようと考えていた。 だがトィミトイの介入でその作戦は破綻した。 「……せめて、あの2人が殺りあってくれりゃ、まだやりようがあったんだがな」 そう呟いてから、改めて人間同士が殺しあう図を望んでいる事に気づき、レグは自嘲の笑みを浮かべる。 「は、やり方が小物ってだけでなく、思考も外道に堕ちたか。……吐き気がするぜ」 だが、それが自分だ。 他者を犠牲にしてでも自分が生き残る道を選んだ。 だが、例えどこまで堕ちたとしても生き残らなければならない理由がある。 「あいつのところに生きて帰る為なら……俺はなんだってやってやるぜ……!」 愛しい恋人のもとへ。その為には手をどれだけ血で濡らそうと止まることはしない。 ……そんな彼の思考を打ち切らせたのは、ケイウスとトィミトイの動きだ。 彼らがどんな会話をしたのかは分からないが、彼らの間に張り詰めていた緊張の糸が弛んだのが分かる。 「撃つなら……今、か!」 この好機を逃しては、次に狙撃する機会があるかどうかは分からない。 それが彼に引き金を引かせた。 「ぐっ!?」 「――狙撃か!」 練力の込められた銃弾がケイウスの肩を貫く。頭を狙ったつもりだったが、遠距離かつ夜間ということもありターゲットスコープを使用していても狙いがずれた。 外した、と思うより先にレグは移動を始める。 あの2人がこの場所にたどり着く前に、とレグは暗闇の中を走り始める。 だが、闇の中に潜んでいたのはレグだけではなかった。 「!?」 何かが動いているのが見えたような気がした次の瞬間、レグの脇腹に鋭い痛みが走る。 「――ッ!」 痛みと熱を感じた脇腹に手を当ててみれば、ぬちゃりという血の感触。 「いつの、間に……!?」 すぐ近くの脇道に転がるように逃げ込むと同時に、銃に弾を込める。 斬られる瞬間を視認できない。そんな事があるのか、と一瞬思案したレグは即座に答えを導く。 「シノビか!」 その推理は果たして正しく。 暗色の装束を全身に纏ったシノビ……以心 伝助(ia9077)こそが奇襲を仕掛けた犯人であった。 「……一撃で、とはいきやせんでしたね」 今、彼の目の前に標的の姿はない。だが脇道に逃げたのは暗闇であってもはっきり見えていた。 ――さて、どうしやしょうか。 奇襲そのものは上手くいった。 これも姿を隠し、好機を掴むまで動かなかったからだ。 結果としてレグが先に動き、音により一方的に居場所を把握。後はシノビの秘術『夜』で時間を止め、その隙を突いた。 「確実に仕留めるならば、追撃するべきっすけど……」 頭の中にある考えは、如何に、効率よく、安全に、殺すかだけ。そこには感傷も躊躇もない。 当然だ。 与えられた任務は私情を挟む事なく機械的に処理する道具。 シノビとはそうであると――教え込まれていた。 「――ふ、ぅ」 伝助が出した結論は、追撃。 相手が銃を持っている以上、直線状で狭い道に入るのはリスクが大きいが、そこは夜でカバーするしかない。 往く。 「っ!」 レグは銃を通りの方に向けて構えていた。 だが、やはりというべきか敵の姿が見えた時には、侵入する過程を飛ばして既にこちらに何歩か近づいている状態であった。 「当た、れェ!」 狙いもそこそこに射撃。狭い道故に逃げ道は無い。 「――!」 だが、伝助は予測通りと言わんばかりに地を蹴って跳躍。空中の隙は壁を蹴って加速することで無くす。 しまったと思うより先に、刃が煌く。 「すいやせん……どうしても守らないといけない『約束』があるんす」 伝助の口が動く。何事か呟いていたようだが、レグの耳には届かない。 全くの無音。 ――無音? その疑問の答えは、上より来た。 伝助の刃がレグに届く直前。上空より降下した人物が伝助の背に刃を突き立てる。 「――がっ!?」 攻撃の主はトィミトイ。飛行した龍から飛び降りての攻撃である。 そしてレグらの場所を特定し、音を消滅させて奇襲を悟らせなくしたのは隠れているケイウスの仕業だ。 とはいえ、何が起こったかはレグに分からない。 分かるのは、生き延びる機会を得たということ。 「おぉぉぉ!」 レグは無音の空間で銃を連射する。 「あ……」 伝助の動きが完全に止まる。伝助を盾に隠れていたトィミトイは銃撃から逃れる為か既に離れている。 殺した。確実に殺した。 ……自分が生き残る為に。 だから、せめて、声が届かないとしても謝ろう。 「――」 だが、それよりも先に伝助の口が動いた。 声は聞こえない。だが、彼の唇は確かにこう動いていた。 ……ありがとう、と。 「あっ……ああああ!?」 何故か、レグは伝助の顔を見られなくなり……背を向けて走り出した。 ――すいやせん。『どれだけ手を汚しても生き延びろ』って約束、守ることができやせんでした。 ……あぁ、けれど。 これ以上殺さなくて済む――それが嬉しいあっしを、あの世で叱ってください……『――』。 ●狂塊 逃げるように走っていたレグだったが、一先ず体を休める為に近くの塀にもたれれかかる。 「……さっさと割り切れよ、俺……あいつのところへ帰るって決めたんだろうが」 だが、そんな彼を休ませるかとばかりに、氷槍がどこからともなく飛来し、レグを襲う。 どこから飛来しているかは見えないが、留まってると狙い撃ちにされるだけだ。 崩れそうになる自分の足を叱咤しながら、来た道を戻る。 「例えどんなにギリギリの状態だろうが、絶対にあきらめねぇ。あいつをまた置いていって……たまるか……」 「……残念。仕留め損ねましたか」 そう呟くはフィーナ・ウェンカー(ib0389)。先の氷槍……アイシスケイラルを放った張本人である。 彼女が陣取っているはとある商店の2階部分。 フィーナが取った戦術もまた戦闘後のいいとこ取りだ。特に彼女は拠点を構え、防備を固めた上で行っている。 「向かってくるならば、確実に殺れたんですが……」 店の出入り口にはフロストマインを設置している。手負いのレグが向かってきたら死んでいただろう。 またフィーナが追撃しても殺せた可能性は高い……が、無用なリスクを負うつもりはなかった。 ……魔術師が拠点を抜け出して攻めるだなんて、愚の骨頂ですからね。 故に彼女は瀕死状態の敵が射程範囲内に入るのをじっと待つ。 尤もそれでは積極的に攻める場合と比べて敵を殺す可能性も低くなる。つまり、アヤカシ化のリスクも高まる。 だが、彼女は大して気にしていなかった。 「この身がどうなるか。ふふ……楽しみです」 好奇心が刺激されるのか、面白そうに笑みを浮かべるフィーナ。 常軌を逸しているともいえるが、彼女の思考は未だに瘴気に侵されていない。つまり、この黒い狂気こそが彼女にとっては当たり前のことなのだ。 そんな狂気に惹かれたのか、また別の狂気が近づいていた。 「ふむ?」 周囲に設置したムスタシュィルに反応があった。 誰が近づいてきたのかと見やれば、そこに居たのは陰陽師――喪越(ia1670)。様子を見る限り、奇襲などを警戒をしているように見受けられない。 ……とはいえ、こちらから仕掛けてぶっ殺せるかといえば怪しいところですね。 何せ喪越は手傷を負っていない。故にフィーナは仕掛けない。 だが、喪越の方は違った。 周囲を見渡したかと思うと、唐突に声を張り上げる。 「先程の様子を見る限り、この近くにフィーナ・ウェンカーがいるな? いや、返事はしなくていい」 ……余計なことを、と思うが、こちらから仕掛けない限り具体的な場所がバレることはない。フィーナは黙したままだ。 喪越は気にすることなく言葉を続ける。 「せっかくの実験を誰にも見届けられないまま実行するのも勿体無いと思ってな。その点、黒き魔女なら興味を抱いてくれるだろう?」 ――実験? 無論、興味はある。他の被験者を捕まえて調べたいと思っていたのだが、難しいと判断して諦めていたのだ。 「どこのどいつの仕業か知らんが、思惑に乗って踊るだけでは芸が無いし、誰かの糧になるだけというのもつまらぬ」 彼の体に強い瘴気が集まっていく。 「先程の青年……絶望を背負い、絶望を踏み越え、絶望に向かって突き進むその姿、実に美しい。そんな美しいモノに殺されてやるのも悪くはないが……やはり面白味に欠ける」 故に喪越はこの『実験』を選んだ。 血の契約によって瘴気を限界まで高めた喪越はある式を顕現させる。 「さて。自分自身に殺された場合、この呪印はどのような働きを示すのだろうな?」 彼が呼び出したるは、白く黒く虹色かつ無色、硬く柔らかく、光を叫び声を煌かせる、あらゆる言葉で形容することができ、どのような言葉でも形容できない正体不明の肉塊。 混沌の使い魔。 肉塊が喪越の体を取り込んでいく。 「先に逝っているぞ。クハハハハハ……!」 捻じ切り落ちた頭部が肉塊に呑まれる最後の瞬間まで、喪越は笑っていた。 「あぁ、これは」 やってしまった。肉塊は恐るべき速さでフィーナのいる建物に近づいている。あれは自分では殺せない。 実験なんて見届けないでいれば生き延びることができたかもしれない。 とはいえ、知識欲を否定する自分は有り得ないだろう、とも思う。 逃げる為に階段を降りて、扉を開ける。 「好奇心は猫をも殺す、でしたっけ」 目の前に鎮座した肉塊がフィーナに触手を伸ばす。彼女にはそれを見届けることしか許されていなかった。 ●誰がために。 トィミトイと共に街を駆けていたケイウスは、レグに撃たれた傷に異変を感じ、足を止める。 (……っ!? これって……) 流れ出ていた血は、今や瘴気へと変わっていた。この身がアヤカシへと変貌するのは近い。 ならば――。 「どうした」 ケイウスの足が止まっていることに気づいたトィミトイが振り向く。 そこに居たのはナイフを構えたケイウス。 「共闘はここまでにしよう? ……もう、時間が無いんだ」 殺し合いの提案。 意外に思いつつも、トィミトイは戸惑うことなく太刀を構える。 「貴様に人を謀る事が出来たとはな。だが、ここは俺の距離だ」 先に仕掛けたのはケイウス。 心臓を狙った刺突は、しかしあっさり弾かれる。 お返しにとばかりにトィミトイもまた心臓を狙い――ケイウスは抵抗することなく、あっさりと貫かれた。 「貴様、まさか!?」 トィミトイは真意を悟る。 ――アヤカシになるくらいなら、俺の呪印をトィにあげよう。 「馬鹿か……馬鹿かお前は! 何故俺に、お前のような奴が……!」 太刀から手を離し、ケイウスを抱きとめる。ケイウスは血を吐いてから、小さく呟いた。 「……あり、がと」 「礼を言うのはお前じゃないだろう!」 トィミトイが必死に叫んでいるのを見ながら、ケイウスはしかしもう何も返すことはできない。 ……これでもう戦わなくていいし、アヤカシになる事もない。でも、トィには悪い事しちゃったな。 最後のごめん、という謝罪がトィミトイに届くことも無かった。 息絶えたケイウスの体をそっと地面に横たえると同時、恐らくアヤカシとして独立した肉塊が目の前に現れた。 その身に纏った瘴気は、呪印のものと同質。 それに気づいたトィミトイは、この呪いを施した存在に吼える。 「聞いているか! 俺は必ず貴様を殺す! この無念を、怒りを、全てを以って貴様を滅ぼす! 必ずだァッ!!」 肉塊は呪いの主ではない。だが、彼はそれを見過ごすことができず。 吶喊した。 ●成就 呪印を持つ者は残り1人。 「は、ぁ……」 座り込むのレグの前に、今にも崩れ落ちそうな肉塊が現れる。 肉塊は常人が聞いたら発狂しそうな声を上げるだけだ。 だが、レグにはこう告げているように聞こえた。 ――願いはなんだ。 「あいつのところへ……帰る」 その言葉を聞き届けると、肉塊は完全に崩れ落ちて瘴気へと還っていった。 何に怯え、逃れる為に駆けるというのか。 刻一刻と迫る死の門限か? 自らの希望の為に他者の絶望を生み出さんとする悪意か? それとも―― 狂気に犯され徐々に壊れていく自分自身か? 肉塊が消えると同時、それを生み出した喪越の声が聞こえた。 彼の願いは叶った。 後日、銃を持ったアヤカシが神楽の都を絶望の底に引きずり込み、血塗れの腕をある人物へ伸ばしたという。 ――確かに、彼は願い通り恋人のもとへと帰った。 |