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■オープニング本文 ● 畳の上に敷かれた布団の上、青年が横になるでもなく上半身を起こしていた。 そこは青年の寝室だ。 だが、布団の周囲には資料のように見える紙類が散乱している。寝室でありながら執務室もかくやといった状況だ。 とはいっても青年は執務を行う立場ではない。一正澄――病が原因で当主の座を譲った青年の名である。 病人である彼が横にならず体を起こしているのは来客があると聞かされているからだ。 尤も、その来客が誰かは聞かされていないのだが。 寝室の襖が開かれる。 姿を見せるは、艶やかな桃色の髪が目を引く1人の女性。 「なんだ、雪家か。じゃあ寝ていいかな」 「……普通、反応としては正反対のものになると思うのだがのぅ」 来客の正体は朝廷三羽烏が1人、豊臣雪家であった。 彼女は正澄が寝ている布団の隣に腰を下ろすと、先の発言に言及する。 「私も鬼ではないからの、本当に辛いのであれば無理に起きろとは言わぬよ」 「さっすが雪ちゃん、話が分かるぅ〜」 「――が、此度は私でなく公として来たのでな。その辺は理解することだ」 「……分かりましたよ、豊臣さん」 よし、と頷いてから雪家は本題に入る。 「では。今日出向いた理由について話すとしようかの」 「んー……豊臣さんが直接出向くとなれば、相当でかい話かと思いますけど」 「間違ってはおらぬな」 弱小貴族である一家、その上当主を退いた正澄に持ち込まれる話とは何か。 大きい話とはいっても神代とか護大とかではさすがに無い筈だ。では一体……と思考を続けていた正澄の脳裏にある地名がよぎる。 「――岩戸島か」 「正解」 「封印を解く時が来た、ということですか」 その言葉に頷くと、雪家はその理由を語り始める。 「三珠島の墜落に関しては耳に入れてるな?」 先の生成姫との戦いの直後、三珠群島の1つが落ちる事件が起きた。 「その島が落ちたこと自体は大した問題ではない。だがの――」 だが、何らかの理由で島が落ちたという事実が問題なのだと雪家は言葉を続ける。 「それは同様に岩戸島も墜ちる可能性があるということだの」 あくまでも可能性がある止まり。墜ちない可能性も十分にある。だが決して楽観視はできない。 何故なら、 「あの島は――天儀の未来を左右しかねないからのぅ」 だからこそ、朝廷は動くことを決めた。 島が墜ちる前に……岩戸を開くことを。 「ま、もしかしたら既に墜ちてるかもしんないけどなー」 「……それを完全に否定できないのが、何とも言えぬな」 雪家は困ったように溜息を吐くのであった。 ● それからしばらくして。 今、正澄の寝室にいるのは正澄と一三成の2人であった。雪家が去ってから三成が正澄に呼ばれたのだ。 (……多分、豊臣様が兄さんを訪ねたことに関係があるんだろうけど) 雪家がどのような用件でやってきたのか、三成は聞かされていない。 正澄から聞けるだろうから、とあまり深くは考えていなかったのだが。 しかし、 「え、教えてくれないの?」 「ちょいと朝廷の機密にも関わってくることでもあるからな」 正澄の言葉に、三成はふと疑問を抱く。 ……朝廷の機密? 何故そんなものに兄が関わっているのか。当主の座を退き、朝廷と関わりのない兄が。 ――いえ、兄さんが当主だった頃は朝廷に勤めていたという話を耳にしたことはありますが……。 とはいってもどのような仕事をしていたかは聞いたことがない。 尤も、例え大したことない役職の関係でも機密は機密だ。兄が話せないことは理解できる。 「――んだが、やっぱりその機密はお前に関わってくることでもあってな」 「え、えぇー」 その機密に自分が関わってくるとなれば、聞かずにいられないのは仕方のないことだろう。 「どういうこと……っていうか、結局私に何の話をしたいのよ」 「その機密関連で、三成にやってもらわなければならない事……というか、三成にしかできないことがあってな」 その言葉を聞いて、三成は眉をひそめる。 確かに三成にしかできない事はある――あった。 第三次開拓――渡月島において三成の命を捧げることで成す封印が存在した。 その封印は特定の血筋が鍵となるものであった。恐らくはそれと同様の封印か何かへの対応の為に三成へと声がかかったのだろう。 渡月島の時は開拓者達の手助けや言葉もあり、三成が生贄になることは無かったのだが……。 「あ、いやいや勘違いするなよ? 別に死ななきゃいけないとか、そういうもんではないから」 三成の表情が見る間に暗いものとなっていく事に気づいた正澄が慌てて言葉を挟む。 「――え?」 「確かに、お前がある封印の鍵となっていることは確かだ。……厳密にはお前以外にも鍵になる存在はいるっちゃいるんだが」 ただ、色々と問題があるし説明は省かせてもらうぜ、と正澄は言葉を続ける。 「お前に解いてもらいたい封印は特定の血筋を引いた人間が一定以上の力――精霊力とかだな。それを注ぎ込むことで解除されるものだ」 故に要求されるは志体。兄である正澄も全く同じ血を引いているが、彼は一般人故にその封印を解くことはできない。 「で、その封印を解くだけの力が備わっているかどうか。それを確かめる為に、三成にはまず試練を受けてもらう」 「試練?」 正澄は布団の傍に散乱している紙類の中から1枚の地図を取り出して広げる。 その地図に描かれた森の中、ある一点を指で示す。 「この森の中に試練の祠というものがある。祠の中には宝珠が安置されていてな。それに6時間ずっと精霊力を注ぎこむのが試練だ」 「う、6時間も……」 「6時間ずっとっていっても時間当たりの消耗は大したことないらしいからな。巫女の開拓者とかなら割と簡単に成し遂げられる試練だそうだ」 だが問題が1つある……と正澄は告げる。 「この辺、精霊力が濃いらしくてなぁ。アヤカシは出ないんだが、イタズラ好きな精霊が試練の邪魔をするそうだ」 「イタズラ……」 「ま、開拓者を雇って妨害されないよう護衛してもらうのがいいだろう」 「宝珠を持ってかえって安全なところでやる……っていうのは駄目なの?」 「ダメ。その宝珠は社じゃないと稼動しないからな。ま、力試しとしては楽な方だろ?」 それはそうだ。戦闘する必要はなく、命の危険もない。 楽な試練と言われたら否定はできないだろう。 「だけど……こんな試練をしてまで、一体何の封印を解くの?」 「それは試練を終えたら教えてやるさ」 言ってから、正澄は「あぁ、いや」と軽く首を横に振る。 「俺じゃなくて豊臣さん辺りが教えるかもな?」 「……?」 正澄の言葉の意味が分からず、三成は首を傾げるだけであった。 ● 「しかし……起きるのも辛いとは、酷いのか?」 「あー、薬も切れたからなぁ。余命1ヶ月無いと思う」 「もしかしたら、此度の試練が今生の別れになるやもしれんの」 「……それを完全に否定できないのが、何とも言えねぇな」 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
春原・歩(ib0850)
17歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
禾室(ib3232)
13歳・女・シ
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●試練に向けて 護衛の開拓者と合流する為、開拓者ギルドに顔を出す三成。 三成がそこで見たのは、ある意味では相変わらずの光景であった。 『風の熊三郎、見参!』 「……羅轟さんは相変わらずのようで何よりです」 まるごとくまさんを着込んだ巨躯を認めて、しかし三成は慣れた様子で挨拶を交わす。 最早彼――羅轟(ia1687)がこういった格好をしている事に疑問を抱くことすら無くなったようだ。 そんな三成に1人の少女が駆け寄って、躊躇なく抱きつく。 「わわっ!?」 「えへへ〜、今日はけろりーながいっぱいいっぱいおせわしますの〜」 抱きついたのは三成を『おねえさま』と慕うケロリーナ(ib2037)だ。尤も三成の方が小柄ではあるのだが。 実際は男である三成としては、その抱擁は刺激が強いのか。どぎまぎしつつ何とか抜け出す。 ある意味いつも通りの彼らのやり取りに、初対面の春原・歩(ib0850)はしかし気後れすることなく笑顔で挨拶をする。 「はじめまして。私は歩だよ。よろしくね」 「初めまして。こちらこそ此度の試練はよろしくお願いします」 三成の言葉に、話を聞いていた水月(ia2566)は小さく、だが彼女なりに力強く頷く。 「……お話は聞いたの。大船に乗った気持ちで安心して。試練……いっしょに頑張るの」 「滞りなくいきたいものですね。随分と長丁場のようですし」 水月の言葉を継ぐは朝比奈 空(ia0086)だ。 彼女の言う通り、今回の試練は6時間宝珠に力を注ぎ続けるというものだ。 試練の内容を改めて説明され、歩は三成に微笑みながら励ましの声をかける。 「6時間は大変だねぇ。私だったら途中で寝ちゃいそう。頑張ってね♪」 「いっそ眠りながら実行できれば……あ、みっちゃんはそこまで器用じゃないか」 緋那岐(ib5664)の呑気な軽口に対し、三成も慣れたものか皮肉で返す。 「では、緋那岐さんはそれができるぐらいに器用なんですね」 「え、無理に決まってるじゃん?」 「……あー」 返ってきた答えに、三成はしばらく半目で睨むと、諦めたように溜息を吐く。 「ともかく……頑張るしかありませんね。どうも朝廷の機密が関わっているそうですし……」 重責を思い出したのか憂鬱そうな三成の言葉に、緋那岐はついとひとりごちる。 ――機密ねぇ……あんまりにも勿体ぶるとどうでもよくなってくるな。ま、実際どうでもよいコトじゃないんだけど。 だが、今考えても仕方の無いことは確かで。それは三成にとっても同様だと告げる。 「ともかく、気負わずに行こうぜ?」 「うー……努力します……」 朝廷貴族だから抱える悩みに禾室(ib3232)は同情しつつ声をかける。 「三成殿も大変じゃのぅ……ともあれ、今回はよろしくなのじゃ!」 三成の悩みがどうなるかも開拓者達の奮起次第だ、とバロネーシュ・ロンコワ(ib6645)が微笑みながら頷く。 「まずはお手伝いの一歩ですね」 ●試練開始 開拓者達はこれといった問題もなく森の中の祠へとたどり着いた。 「うーむ、しかし肝心の精霊達は姿を見せんの?」 一応現れない方がありがたいことはありがたいのだが、実のところ精霊と会う事を楽しみにしていた禾室としては残念といえる。 だが、今はあくまでも『姿を見せていない』だけだとケロリーナが告げる。 「でも、誰かが隠れて近くにいるみたいですの〜」 「の、ようですね。わたしの方にも反応がありました」 頷いて同意するはバロネーシュ。 彼女らが道中に設置したムスタシュィルには確かに反応があった。 「では今のうちに準備を済ませましょう」 空の言葉に一同は首肯すると、試練に向けて準備を始めるのであった。 ケロリーナが祠を覆うようにして建てた天幕の中。 準備を終えた三成が祠の前に設置された椅子に座り、呼吸を整える。 「はぁ……ふぅ……」 その頭には羅轟より渡された魔獣の兜を被っている。 傍らに控えているのは空と緋那岐の2人だ。 これから試練を行う三成に、緋那岐は真摯な眼差しを向けて告げる。 「俺は期待している。みっちゃんが何かやらかしてくれると……!」 「や、やりませんよ……! というか、やらかさない為の皆さんじゃないですか」 「はい。私達にお任せください」 「おぉ、空はさすがに真面目だな……」 ……これが普通じゃと言いかけた三成だが、諦めたように口を閉じる。 三成は宝珠に向き合うと、宝珠へと手を伸ばす。 その様子を2人は黙って見届け―― 「わっ!!」 「!?!?!!?」 ――なかった。 唐突な緋那岐の大声に三成は目を白黒させて手を引っ込める。 彼としては驚かせることで三成を意固地にさせてむしろ集中させようという試みだったのだが……。 「――」 「――」 「……はい、すみません」 空と三成の突き刺さる視線に耐えられず、素直に謝るのであった。 三成は禾室に貰った耳栓をつけると、改めて宝珠へと手を伸ばす。 試練が始まった。 ●精霊達 「始まったようじゃの」 火にかけた鍋を前にした禾室は、天幕内から始まったことを聞く。 彼女が精霊のおたまでかき混ぜているのは希儀風味付けの鍋料理だ。 「――っと」 どこからか鍋に向かって投げつけられた石をキャッチ。 石が飛んできた先には、 『ちぇー、外したか!』 頭に大きな花を乗せた小さな子供――花の精霊。 『ホホホ、ヘタクソ! ヘタクソ!』 人間の頭大の大きさのドングリに2本の足のようなものが生えている――木の実の精霊。 そして、 「おぉ、どこからどう見ても普通の狸じゃ」 『ムジゾー地味に気にしてること言われたゾ!?』 狸型の精霊。 この地に現れるという3体のイタズラ精霊がそこにいた。 精霊達のうちリーダーと思われる花の精霊がずいっと一歩前に出る。 『へへ、オイラ達の遊び相手になってもらうぜ!』 そんな彼らに応えるように、羅轟が立て札を叩いて注目を集める。 『よーし、それじゃあかくれんぼ大会をしよう!』 精霊達が遊び相手を求めているのなら、自分達の遊びのペースに巻き込んでしまおうという作戦だ。 が、 『ホ! ホ! ゴカイシテルナ!』 『ムジゾー達がお前達と遊ぶんじゃないゾ!』 『オイラ達が、お前達で遊ぶってことだ!』 言い終えると同時に花の精霊が頭を揺らす。すると頭の花から黄色い粉が辺りへと飛び散る。 「これは……まずいのじゃ!」 黄色い粉の正体は花粉だ。それも吸い込むとくしゃみが止まらなくなるというもの。 思いっきり吸い込んでしまった禾室は、鼻がむず痒くなるのを感じながら即座に解毒の術を発動し、難を逃れる。 だが、それ以外の数名は―― 「ふぇっくしょん!」 「っちゅん……くちゅん! へくちゅっ……」 『ハハハハ! おもしれぇー!!』 くしゃみが止まらない姿を見て、花の精霊は腹を抱えて大笑いする。 くしゃみをなんとか抑えたバロネーシュが、笑い続けている精霊達へと問いかける。 「何故、このようなことをするのです!?」 『ホ! タノシイカラ! ソレイジョウノリユウガアルノカ? ホホ!』 楽しいからイタズラをする。悪餓鬼の理屈だ。 それで十分楽しめてる以上、わざわざ開拓者達の遊びの誘いに乗る理由は無い。 その事に羅轟も気づく。 「つまり……イタズラが楽しめない状況に追い込むが、先か……!」 イタズラができない。もしくはイタズラをしてもいい反応がない。こうなればイタズラが楽しいという図式は無くなる。 遊びに誘うのはそれからだ。 「う〜っ。悪い子はおしおきですの〜!」 怒ったケロリーナがアムルリープを花の精霊へとかける。 すると、強いわけでもない精霊はあっさりと眠ってしまった。 『ホ! ナニネテルンダ、ユリカ!』 『タマリン、ここは一旦引くゾ!』 眠りこけた花の精霊を、木の実の精霊と狸の精霊が背負って、森の中へ消えていくのだった。 ●イタズラ それから。 精霊達は何度か祠へと現れ、その度に小石を投げたりくしゃみの花粉や眠りの芳香といったイタズラを仕掛けてきた。 それらのイタズラ自体は開拓者達をどうこうするようなものではなく。現れてはケロリーナが眠らせて追い返していた。 「三成さんはどうですか、なの」 様子を見に天幕内へ入った水月は、付き添っていた空へと声をかける。 「今のところは順調ですね……。いくつかの予防が有効に働いているお陰かと」 空の言う予防とはこの天幕や魔獣の兜、そして空が三成へと何度かかけた加護結界のことだ。 また、禾室が敢えて料理といういかにも狙われそうなことをやっているお陰で、そちらにイタズラの矛先が向かっているのも大きい。 これらのお陰で三成は集中を切らすことなく試練を続けていた。 水月が三成へと視線を移せば、その額にはつーっと汗が伝っていた。 「ん……しょ」 その汗を三成の邪魔にならぬよう、一旦視界に入ってから脅かさないように拭く。 三成は片手で耳栓を外すと、宝珠へ精霊力を注いだまま礼を告げる。 「ありがとうございます」 「どういたしましてなの。……喉は渇いていませんか?」 「ん……少し」 ならばと水月が取り出すは氷霊結でよく冷やした果汁入りの岩清水だ。 それを受け取った三成は一口飲むと、顔を綻ばせる。 「……美味しいですね」 「もしお腹が空いているようでしたら、こちらはどうでしょうか?」 続けて空がおにぎりの入った弁当箱を開く。 三成は礼を言うと、おにぎりに手を伸ばし腹へと納めていく。 こういった支援による体力面での回復。 また、それだけでなく、 「〜♪」 水月の穏やかな音色の口笛が三成の気力も癒していた。 こうして簡単な休憩を終えて、改めて空が外の様子を問う。 「外はどうでしょうか? 騒いでる声が何度か聞こえましたが……」 その問いに答えるは、水月ではなく新たに天幕に顔を覗かせた歩だ。 「うーん、精霊達はまだ諦めてない感じかなぁ」 その言葉に天幕内に居ながらにして、外の様子を人魂で探っていた緋那岐が頷く。 「みたいだな。……っと、あいつらまた何かやるみたいだぜ」 『おいムジゾー! こうなったらお前の力を見せてやれ!』 『ホホホ! アワテフタメクカオガヨソウデキルナ!』 『よーし、ムジゾー頑張るゾー!!』 直後。 辺りが一瞬全ての光が消え、闇の世界になる――そんな錯覚を得た。 あくまでも錯覚だ。依然として太陽は天上に輝いている。 だが、 ――何でしょうか、この心のざわつきは。 空は今の一瞬で心に負荷がかかった感覚を得る。他の者も同様のようで、程度の差はあれど表情を歪めていた。 それが最も顕著だったのは――三成。 三成は、空いた片手で胸を掻きながら、前のめりになって苦しそうに喘ぐ。 先の闇は恐怖を呼び起こす力だったのだ。三成の脳裏には、いくつもの幻覚が現れては消えていく。 弾ける柘榴。 倒れる巨木。 嗤う半月。 混ざる色。 染まる視界。赤。赤。赤。赤赤赤赤赤―― 凍えた世界の中で三成が手を伸ばす。 だが、救いの無い世界で三成が掴むものは――あった。 「――っ!?」 現実へと引き戻された三成が目を見開くと、目の前には歩の笑顔があった。 「大丈夫、だよ」 三成の手は歩に握られている。 それだけではない。三成の背には禾室と空の手が当てられていた。 「間に合ったようじゃのぅ」 「危ないところでした……」 2人が施したのは解術の法。これにより幻覚を解除したのだ。 宝珠は光を失っていない。試練は、まだ続いている。 ●遊びましょ 『なんなんだよもー!!』 天幕の外。花の精霊の喚くような声が聞こえる。 声がした方に視線を向ければ、花の精霊が悔しそうに地団駄を踏んでいた。 『なんでオイラ達のイタズラが効かないんだよ。お前ら、つまんねー!』 ――今が、チャンスだ。 精霊の様子を見て、羅轟はそう判断する。 このまま意固地になってイタズラを続けるより楽しいことがあると誘導するチャンスだ、と。 羅轟はささっと立て札に文字を書いて、それを精霊達に掲げる。 『イタズラされる訳にはいかない事情があるんだ。でも僕たちなりのやり方で君達を楽しませるよ!』 『お前らなりのやり方……?』 ここにきて、ようやく精霊達がイタズラ以外に興味を向けた。 今が畳み掛ける時だと、ケロリーナも続けて口を開く。 「そうですの〜。例えば、お茶会とかですの!」 『……オイラ達の中で物を食べんのムジゾーだけだし』 『ホ! ムジゾーウラギリモノ! ホホ! ウラギリモノ!』 『うぇ!? ムジゾー裏切らないゾ!?』 「はぅ。それでも、音楽とか、お話とか、みんなを楽しませる宴はできると思いますの〜」 そんな彼女に助け舟を出すように、バロネーシュがマシャエライトで光を生み出す。 「わたし達にはこういった隠し芸がありますからね」 「踊ったりするのも楽しいと思うの」 水月が扇子を広げて、その場でくるりと回る。 『むむ……』 悩む精霊達に、羅轟が立て札を掲げる。 『鬼ごっこやかくれんぼといったゲームもあるよ!』 精霊達は顔を見合わせ、小声で相談を始める。 結果、 『せっかくだから付き合ってやんよ』 『ホホ! タノシマセルガヨイ!』 『ムジゾーは美味しいものが気になるゾ』 「おぉ、お主とは仲良く慣れそうじゃの」 『ムジゾーウラギリモノ!』 『い、今のはやっぱり無しだゾ!!』 こうして、精霊達のイタズラを止めさせることに成功したのであった。 ●試練終了 精霊の妨害が無い以上、三成の試練を阻むものは無く。 「……6時間、ですね。何か証が現れる筈ですが……」 「あっ、これじゃないかな?」 歩が祠の足元に光っているものを見つける。 それは試練が始まる前には無かった花だ。 バロネーシュが推測を述べる。 「宝珠に注ぎ込まれた精霊力が、この花を咲かせたのでしょうか?」 「分かりませんが……。とりあえず、これ以外にそれらしいものはありませんし」 三成が花を摘む。 「お疲れさま。凄い頑張ったね」 試験の労いにと、歩が三成の汗を手拭で拭く。 「ありがとうございます――って、体はいいですよ!?」 「……?」 何か、違和感があったような。 「でも、この試練って、一体何があるんだろうね?」 帰る道すがら。歩が出した話題は試練の理由だ。 朝廷の機密が関わる封印らしきものとしか今のところ情報は無い。 「んー……封印を解いたら、大狸が出てきたりな。みっちゃん、大狸の嫁になる――完」 「そんな封印解いてどうしようと……」 からからと笑う緋那岐の予想は完璧に冗談のそれだ。 「帰ったら兄さんが教えてくれるそうですが……」 「正澄おじ様は元気かしら〜?」 ケロリーナの言葉に三成は最近兄の調子が悪いことを告げる。 「……久しぶりに会ってみたいの」 「うむ……できれば、我もだ」 水月と羅轟の申し出を断る理由は無い。 こうして、三成は開拓者と共に一家の屋敷へ戻るのであった。 ――だが。 三成が正澄から試練の理由を聞く機会は、無かった。 |