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■オープニング本文 荒鷹陣(アラブルタカノポーズ!) 外見:大仰な動作と激しい渇と共に荒らぶる鷹のような構えを取る事で、相手を威嚇する技。‥‥が、威嚇したから別にどうという事もない。 解説:効果時間中、対象の攻撃力を低下させる。 とある街。 道を行きかう人々は活気があり、商店の客を呼ぶ声も中々静まりはしない明るい街だ。 しかし、悲劇はそんな街で起こる。 「おっちゃん、これ3つねー」 「あいよー!」 八百屋で果物を買う1人の男性。着ている服は見る人が見れば泰のものだと分かる。 彼の名は‥‥仮にAさんとしておこうか。泰拳士である。 Aさんが買い物を終え、帰途につこうとした時後ろから声がかけられる。 「お主、見たところ泰拳士だと見受けられるが‥‥間違いないな?」 「へ?」 Aさんが振り向けば、そこに立っていたのは髪の長い男性。彼の格好もまた泰拳士のそれだ。 困惑したAさんの様子を気にする事なく、泰拳士は再度質問する。 「そうだな?」 「あ、あぁ、そうだけど‥‥」 「ふむ。ではお主が活性化させている技はなんだ?」 「え、あ、うん?」 事情がよく分からない。 しかし、目の前の泰拳士はきっと技を参考にしたいのだろうと、Aさんは戸惑いながら答える。 「破軍、正拳突き、空気撃だな。まぁ、将来的には破軍、八極天陣、天呼鳳凰拳‥‥みたいな浪漫めいた事もやってみたいけどなぁ――うん?」 Aさんが気づく。 目の前の男性から冷たい空気が発せられていることに。 「お主‥‥なぜ荒鷹陣が無い? 将来の技も荒鷹陣、破軍、八極天陣、天呼鳳凰拳で良いだろうが!」 「4つになってるじゃねぇか!」 「なら天呼鳳凰拳でも切っとけ!」 「意味ねぇよ!?」 Aさんには分からなかった。何故目の前の泰拳士がこれ程までに荒鷹陣をプッシュしてくるのかを。 泰拳士が、構える。 「教えてやらねばならんようだな‥‥荒鷹陣の真髄を!」 両手を高々と掲げ、かつ手首を曲げる事で指先は地へと向かう。 右足は膝が天を向くように、曲げた状態で腿から上げられている。 そして左足は真っ直ぐと伸び、爪先立ちをしているがぶれる事は無い。 「荒ぶる鷹のポーズ!!」 「あぁぁ!?」 Aさんは見た。見てしまった。 泰拳士のポーズから荒ぶる鷹の姿を。威光すら感じる。 あまりの衝撃に腰を抜かし、尻餅をつくが決して視線は泰拳士から離れる事は無い。 「これは――涙?」 Aさんの頬を伝う、一滴の雫。 それに触れて気づく。‥‥自分は、泣いているのだと。 何故自分が泣いているのか分からない――いや本当は分かっている。 ただ、頭ではそれを理解しきれてないだけで、心では理解している。 そう、 「これが‥‥荒鷹陣‥‥!」 目の前の、荒ぶる鷹のポーズによるものだと。 泰拳士が、手を下ろし両足を地につける。 彼が荒鷹陣をやめるのを見て、Aさんは少し残念だと思ってしまった。 そんな彼の心中を察したのだろうか。満足そうに微笑みながら泰拳士は口を開く。 「‥‥ふ。どうだ、荒鷹陣の素晴らしさが分かったか?」 その言葉への、Aさんの答えはただ1つ。 「はい!」 「お主も、荒鷹陣を極めたいと思うか?」 「はい!」 「では、私についてくるとい!」 「はい、師匠ぉぉ!!」 こうして、また新たに1人の漢が荒鷹陣の世界へと足を踏み入れる。 「それだけならまだ良かったんだがねぇ」 はぁ、とため息を吐くのは1人の男性。 場所は開拓者ギルド。受付係を目の前にしている事から、依頼を持ち込んだのだろう。 「そんな感じでどんどん街の泰拳士が荒鷹陣の世界に呑まれてしまってなぁ」 「はぁ‥‥。しかし、別にどのような技を使おうが個人の勝手では‥‥?」 「いや、そうなんだがね」 そうもいかんのだよ、と依頼人は言葉を続ける。 「今や10人程の集団になったそれだが、今度は『荒鷹陣の素晴らしさを世に広める!』とか言って、街のあちこちで荒ぶる鷹のポーズをしているのだよ」 言われて、受付係は想像する。 至るところで荒鷹陣をしてる者達がいる街というものを。 「‥‥そりゃ、嫌ですね」 「だろう? わしらが言っても聞いてくれんし、商売に影響は出るし‥‥お主らなんとかしてくれんかね?」 荒鷹陣を極めんとする者達。そして彼らを束ねる1人の泰拳士。 「――荒ぶる鷹王を」 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
氏池 鳩子(ia0641)
19歳・女・泰
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
楠 麻(ib2227)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●荒ぶる 荒ぶる鷹王が現れた街に、その日荒鷹陣の嵐が吹き荒れる――! 「鷹王‥‥そして極めたという荒鷹陣。いったいどれほどのものだというんだ‥‥」 呟きながら街を歩く1人の泰拳士、小伝良 虎太郎(ia0375)‥‥依頼を受けた開拓者だ。 そんな彼の元に、女性‥‥これもまた泰拳士であるミル ユーリア(ia1088)が駆けつけてくる。 「っと、いたいた。例の鷹王の弟子と思われるやつらに接触できたわよ」 「え、今その人たちは?」 「鳩子と美鈴が挑戦状を叩きつけてるわ。私達も合流するわよ」 ミルの言葉に虎太郎が頷くと、ミルを先頭にして2人は走り出す。 街中で荒鷹陣をする迷惑な集団を何とかするのがこの依頼だが、まずはその集団に接触できなくては意味が無い。 そういうことで、分かれて荒鷹陣をする泰拳士――荒鷹衆を探していたのだが、意外と早く接触できた。 だが、現場に到着した虎太郎は何故そんなに早く見つけることができたのかを理解する。 「ふ‥‥唐突に現れて、何を言うかと思えば。なぁ?」 「あぁ、まったくだ。笑っちまうぜ兄弟」 大通りのど真ん中で男性2人が大声で笑っているのが見える。 それに食って掛かるように相対している2人の女性‥‥共に同じ依頼を受けた開拓者の仲間だ。 アネゴ風の女性の氏池 鳩子(ia0641)と、ねこみみ頭巾のせいで猫のイメージを受ける江崎・美鈴(ia0838)。やはり泰拳士だ。 「こんな往来で荒鷹陣をすることの方が笑い事だと思うけど」 「面白いことは面白いけど、迷惑はいけないな」 そんな2人の忠告にも、荒鷹衆は耳を貸さず相変わらず笑うだけだ。 「俺達は荒鷹陣の素晴らしさを世に広めてるんだぜ。これのどこが笑い事で迷惑なんだ?」 駄目だこいつら、早くなんとかしないと――。 それがその場にいた開拓者達の共通認識であった。 と、騒ぎを聞きつけたのか同じく街に散っていた仲間達がその場に集まる。 騎士の少女であるノルティア(ib0983)や志士の相馬 玄蕃助(ia0925)だ。 街の住人達が遠巻きにこちらを見て、ひそひそと何事かを言っているのが聞こえる。 それを聞いて、ノルティアが首を傾げる。 「う、へ‥‥。荒鷹陣、って‥‥なん、でしょう?」 「知らないでこの依頼を受けたのでござるか!?」 玄蕃助の驚きに、ノルティアは頷きで答える。 どうも迷惑な人たちが暴れているから何とかしてほしい、ぐらいにしか認識していなかったようだ。 マイペースな彼女に少し呆れつつ、玄蕃助は荒鷹陣の説明を始める。 「荒鷹陣(アラブルタカノポーズ!)とは泰拳士の技の1つでござるな。大仰なポーズで威嚇する事で、相手の攻撃を狂わせることができるとかできないとか」 どこか嬉しそうに話す彼に、ノルティアはまたも首を傾げる。 「詳しいね‥‥? それに、楽し、そう‥‥」 「おぉ、分かるでござるか! いやぁ、それがしも前々からこの技が気になっておりましたゆえ。一度この目で見たかったのでござるよ!」 「ふぅ、ん‥‥」 玄蕃助を、そして多くの泰拳士を魅了する荒鷹陣。 それがどんなものなのか、ノルティアもまた少しずつ気になり始めていた。 2人がそんな会話をしている間に、荒鷹衆と開拓者達のやり取りは更にヒートアップしていた。 このままで埒が明かないとばかりに、美鈴が荒鷹衆にビシッと指差して言い放つ。 「勝負だ! もしお前らが負けたら町中では絶対するな!」 「勝負‥‥というと、荒鷹陣でか?」 その言葉に、鳩子は頷きで答えると、懐から取り出した挑戦状を荒鷹衆へと叩きつける。 「本物の荒鷹陣を教えてやる、鷹王にそう伝えろ」 「‥‥ふっふふ、面白い。お前達に格の違いを教えてやろう」 荒鷹衆は、叩きつけられた挑戦状を確認すると、鷹王に伝えるためだろう。背を向けてその場を去っていった。 しばらくして、見守っていた街の住人達がいなくなると、その場には開拓者達だけが残っていた。 「バカに合わせることは無いのに‥‥ま、勝手にするといいわ」 そう辛辣に言葉を放つのは、いつの間にか合流していた霧崎 灯華(ia1054)だ。 街の人々に、鷹王を始めとした荒鷹衆の印象を聞きまわっていたそうだが‥‥。 「なんというか、すごい格好ね」 灯華を見てそう呟くのは楠 麻(ib2227)。彼女もいつの間にか合流していた。 麻が言うように、灯華の今の格好は鬼面を被り鎌を持ったメイドという凄まじいインパクトを放つものであった。 むしろ今日に限っては、荒鷹衆よりも彼女の方が街を騒がせたぐらいだ。 ●鷹の 街外れの川原。夕日が綺麗な夕方に、彼らは集まっていた。 彼らとは勿論開拓者達と鷹王、荒鷹衆のことだ。 その場に髪の長い男性が歩いてくる‥‥大体30代後半ぐらいだろうか。聞いた話が正しければ、恐らく彼が鷹王のはずだ。 「なんと‥‥」 夕日を背に川原へと現れた彼を見て、思わず開拓者達は息をのむ。 ちょっとした身のこなしや、彼から放たれる威圧感。‥‥間違いなく相当な実力者のそれだ。 (‥‥それでも、荒鷹陣に全てを注いでるんだよなぁ) 同じ泰拳士として、虎太郎はその生き方に少し惚れそうになった。 真っ当な道を進んでいれば、名を上げることができただろう‥‥しかし、鷹王としての道を選んだ彼に。 だが、それでも今の彼を放置していいというわけはない。 「荒鷹陣が格好良いのはとっっっっても良くわかるけど、強引な布教活動は良くないよ。例えば――」 虎太郎の説得の言葉。しかし、鷹王は手のひらを突き出して、それを最後まで言わせない。 「言葉はいい。お前も荒鷹陣の使い手だというのならば――荒鷹陣で語ってみろ!」 「――!」 荒鷹陣で語る。まったくもって意味不明な言葉だが、それでも虎太郎には通じたらしい。 彼は覚悟を決めると、1歩下がる。それはその場にいる全ての者から荒鷹陣が見える位置だ。 「いくよ、鷹王!」 「来るがいい! 若き鷹よ!」 一陣の風が吹く――。 「荒ぶる鷹のポーズ!!」 決まった。 両手を掲げ、片足を上げる荒鷹陣。虎太郎が今出切る最高のものだ。 その様子に、荒鷹衆だけでなく開拓者の仲間達も思わず声をあげる。 「ほう、腕の角度を通常より上げることにより、鷹の勇ましさをあらわすとは‥‥中々にやるな」 とは鳩子の言葉だ。 ‥‥だが。 「ふ、若いな‥‥」 「何!?」 鷹王は腕を組んだまま余裕の笑みを浮かべていた。 「若さに任せた荒鷹陣、ということだ。嫌いではないがな」 組んでいた腕を下ろす鷹王。 「見せてやろう。魅せてやろう。これがッ! 真のッ!」 鷹王が腕を、足を、上げる――! 「荒ぶる鷹のポーズッッ!!」 「あぁっ!?」 その瞬間、虎太郎は悟る。 鷹王の荒鷹陣には自分に足りないものが全てある。これに比べれば、自分の荒鷹陣は何と未熟なことか‥‥と。 「手の角度、全体のバランス、風格と優美さがある姿勢‥‥完璧だよ、完璧過ぎるよ鷹王!」 感極まって頬を涙が伝う。それ程の衝撃であった。 「ふ‥‥これが分かるとは中々の素質のようだ。どうだ?」 虎太郎に向かい、手を差し出す鷹王。思わずその手に手を重ねようとした瞬間、 「ちょっ、待て待て待って。落ち着いてよく考えて」 虎太郎の手を、ミルが掴むことで止めさせる。 「荒鷹陣は街中でむやみやたらと使う為にある物じゃないんだからね」 「はっ!?」 ミルの言葉で、正気を取り戻した様子の虎太郎。 「そうだ。こんな素晴らしい荒鷹陣を使える鷹王を、このまま間違った道に進ませちゃ駄目なんだ‥‥!」 そして、形は違えど鷹王の荒鷹陣に影響を受けたものは虎太郎だけでない。 「かっはー!」 猫が威嚇の時に上げる声だ。しかし、声の主は猫ではない。 美鈴だ。衝撃的すぎて威嚇をしてしまったのだろう。 だが彼女もまた泰拳士。威嚇ではなく、彼女なりの荒鷹陣を見せ付ける! 「荒鷹陣! うにゃうー!」 猫だった。 確かにポーズは荒鷹陣のそれに近いのだが、招くような手の形やしなやかさ‥‥見事なまでに猫であった。 正に『荒ぶる猫の威嚇』といえるだろう。 「荒ぶる鷹のポーズッッ!!」 「うにゃぁ!?」 美鈴、KO。 「おもしろいぞ! おまえらも、荒鷹陣!」 「あぁ、美鈴殿がダークサイドならぬホークサイドに!」 すっかり荒鷹衆と同じようなノリで荒鷹陣を繰り出す美鈴。やっぱり猫なのだが。 玄蕃助が衝撃を受けるのも仕方なし。 「なんという事か‥‥! まさか美鈴殿が‥‥いや、しかし、これはこれで‥‥!」 「どこを見ているのかしら」 「勿論お尻でござる!」 灯華の鎌が玄蕃助の血で染まった。殴った衝撃で付着したものだろう。 ちなみに、血自体は玄蕃助がこれでもかとばかりに噴出している鼻血であり、別に傷を負ったわけではない。 「くっ、血は見たいけどこういうのは求めてないわ‥‥!」 鎌に付着した鼻血を拭きとり始める灯華。ちなみに彼女としては荒鷹陣勝負はどうでもいいらしい。 「ん‥‥」 同じく外野陣。ノルティアは邪魔しちゃいけないということで、後方で待機していた。 しかし仲間達、鷹王、ついでに外野の荒鷹衆の荒鷹陣を見て興味が湧いたのだろう。見よう見まねで、彼女もポーズを取る。 「‥‥ん、と。こう?」 見よう見まねということもあり、本来の荒鷹陣のような威嚇を与える感じはまったくしない。それどころか可愛いと言ってもいい。 「面白い。ちょっと、だけ‥‥強く。なれた、気‥‥する」 しかし、それでもノルティアにとっては十分楽しいようだ。 それを見た玄蕃助も思わずうんうんと頷く。 「そうでござるな‥‥。ノルティア殿は5年後が楽しみでござるな!」 鼻血のせいもあってちょっと危ない人に見えなくもない。 そんな玄蕃助の様子を気にすることなく、ノルティアは次々にポーズを取る。 「これ‥‥かっこ、良い」 この言葉に、荒鷹衆から喜びの声が分かる。 ついに泰拳士以外にもこの素晴らしさが伝わったのだ、と。 ――が。 「‥‥‥飽きた」 上げて、落とした。 子供らしいといえばらしい。だが、荒鷹衆の落ち込みっぷりは少し可哀想になるぐらいであった。 「あれ、そういえば鳩子殿は‥‥?」 玄蕃助が鳩子の姿が見えない事に気づく。彼女の荒鷹陣もじっくりがっつり見たいというのが気づいた理由であった。 「待たせたな!」 その希望に応えるように、鳩子の声が響く。 声の主が立っていた場所は、川原の他の者がいる場所に比べて一際高く目立つ場所だ。 周囲の者の視線を集めたのを確認してから、鳩子は笑みを浮かべる。 そして、彼女は自身の持てる力を全て使い走り――跳ぶ! むしろ飛んでいるといってもいいかもしれない。彼女は、最高到達点で両手と右足を上げ―― 「名づけて! 荒ぶる鳩のポーーーーーーーーズ!」 見事に川へダイブした。 恐らく、着地の事は何も考えていなかったのだろう。 「おぉっと、飛びすぎたか。でも、鳥らしくていいか?」 そんな失敗も気にしてない様子で笑いながら川から上がる鳩子。 これにはさすがに鷹王含む荒鷹衆も目をぱちくりさせていた。玄蕃助がじっと見ているのは鳩子の服が濡れているからである。 そんな玄蕃助を殴りつつ、最後の荒鷹陣使いであるミルが鷹王の前に立つ。 「鷹王、ねえ‥‥御大層な名前名乗っちゃって‥‥誰が真の荒鷹陣の使い手か‥‥思い知らせてあげるわ!!」 真打は最後に、ということだろう。 ミルは鷹王と相対すると、ふふんと鼻を鳴らす。 「いい? 荒鷹陣は、相手を威嚇する為のもの! それが相手を感動させてどうするのよ! 効果が反対でしょ! 穏鳩陣(オダヤカナハトノポーズ)か何かかそれは!」 「え、何あたし?」 その言葉に対して鷹王は何も言わない。 ただ、眼が告げる。そこまで言うなら見せてみろ‥‥と。 「いいわ。――荒ぶる鷹のポーズ!」 それは、実にシンプルであった。 だが、だからこそ荒鷹陣の原点である威嚇というものが確かに伝わるものだ。 ミルと鷹王の間に、緊張が走る。 そして沈黙――それを破ったのは、 「か〜、萌える! 超萌える!」 台車に仰向けになって寝ながら、ローアングルでミルを眺めている麻の言葉であった。 無表情ながら、口元だけは笑みの形になっており‥‥なんというか、不純な目的で見ているのがありありと分かった。 「静かなるラッコのポーズ、なんてね!」 「何故ここで空気をぶち壊すの!?」 「え、精神攻撃とか陰陽道を極める為というか。気にしないでね」 「気にするわよ!」 台車がひっくり返された。 「くっ‥‥あっはっはっは!!」 笑い声が、響いた。 誰かと思えば、鷹王だ。笑い声はしばらく続き、ようやく収まった後に彼が口を開く。 「‥‥このように笑ったのは久々だ。私は、何か大事な事を忘れていたようだ」 ●無限のポーズ! 「若い荒鷹陣、猫の荒鷹陣、飛ぶ荒鷹陣‥‥そして原点の荒鷹陣。そうだ、荒鷹陣というのは‥‥無限の可能性であるということに」 鷹王は、語る。 「それを私は‥‥まるで自分の荒鷹陣を押し付けてしまった‥‥まったく、恥ずべきだ」 腰を下ろし、手を顔に当てて俯く鷹王。恐らくは、後悔の念に押しつぶされているのだろう。 だが、そんな彼の手を美鈴が取り、立ち上がらせる。 「やってしまった事は仕方ない。でもさ、これからできる事があるんじゃないか?」 「できる事‥‥?」 「道場開いてみればいい。『荒鷹派』とか」 その言葉に、ノルティアも同意して続ける。 「鷹王さん、の‥‥荒鷹陣。素人のボク。でも、素晴らし‥‥と、思った。素晴らしい、技。自分だけのもの、に‥‥せず。教える。素晴らしい‥‥こと。だと、思う」 「よいの、だろうか‥‥?」 鷹王の問いに、玄蕃助も肯定を示す。 「荒ぶる心とは、人と獣のバランスが大切なのでござる。今のお主ならそれが分かる筈‥‥だから広めるべきでござる。人を超え、獣を超えてこそ、鷹王を名乗るに値するのだ!」 「おぉ‥‥!」 「‥‥と、我が心の師匠ミスター・ミヤギも言っておられた。たぶん」 誰だそれは。しかも多分なのか。 何はともあれ、鷹王は心を入れ替えた。彼を慕う者がいる事に変わりはなく、道場を開けば盛り上がる事は間違いないだろう。 とはいえ、微妙に納得し切れてない者もいることはいる。 「本当に反省しているの? やっぱり体に覚えさせた方がいいんじゃないかしら」 灯華だ。死神の鎌を振るいたくてうずうずしているようだ。 だが、そんな彼女の言葉に動じる事なく鷹王は笑みで返す。 「ふ、もしまた同じような事が起きた時は斬ってくれて結構」 それは、鷹王の覚悟。 「無限の可能性を秘めた新たな荒鷹陣――無限荒鷹陣を見せる時は、そのような場ではないつもりだ」 後日、鷹王による道場が作られたという。 もしかしたら、遠くない未来に彼らが新たな荒鷹陣の可能性を見せてくれる‥‥かもしれない。 |