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■オープニング本文 ジルベリア帝国が軍部のとある一室。 1人の男性が、机を前にして唸っていた。机に広げられた数々の紙に目を通すと、それが軍備の資料に関してだという事が分かる。 恐らく彼がしていることは、資料の整理といったところだろうか。 先の反乱、そして戦後処理の影響もあり、軍備の資料は膨大な量となっており、それに頭を悩ませるのも仕方ないことだろう。 「ぬがー! どうしたもんだよ、これ」 思わず机に突っ伏す男性。同時に、積み上げられた資料が崩れて彼の頭へと降りかかるが、今の彼にとってはその煩わしさすらどうでもいいものなのだろう。 と、1枚の紙がそんな彼の目の入る。 「んあー?」 何気なく手に取って、それをじーっと見る。 そこに記されていたのは、とある日に行った食糧輸送の事だ。 前線で戦う者達の為に食料を輸送する。これ自体はおかしい事は何も無い。 問題はその結果だ。 「あー‥‥? こりゃ、前線まで輸送されてないな」 そう、結果は輸送失敗。詳細は別紙に記されているということで、男はその別紙に目を通す。 別紙に書かれていたのは輸送部隊の報告書だ。 それによると、輸送途中にアヤカシに襲撃され止む無く荷物を放棄したとのことらしい。 「んで、その当の荷物は‥‥げ、今も放置中かよ」 放棄された荷が回収されたという報告は無い。アヤカシに襲撃された時点で、とてもその荷が無事には思えないからそれも仕方がないだろう。 しかし、 「んー‥‥これ結構な量だな」 報告書に記されていた食糧にはそれなりの量があった。もし荷が無事なら回収する価値はあるといえる。 当時は、3m程の高さの崖に転落した上にアヤカシもいることで止む無く放棄したが、今その地域ではアヤカシは確認されていない。戦後処理の一環として、開拓者達や騎士がアヤカシ討伐をした為だ。 回収の為に人を動かしてもよい。‥‥今も回収する価値があるのならば、だ。 先述した通り、荷が無事ではない可能性の方が高い。ならその為に人を動かしても余計な出費にしかならない可能性が高いということだ。 男は回収できた場合のメリットと、できなかった場合のデメリットを頭の中で計算し―― 「まぁ、適当にやらせりゃいっか」 という結果に辿りついた。 今の彼にとってはあるかもないかも分からない食糧より、目の前の膨大な資料の方が重大な問題なのだ。 そして、開拓者達にあるかどうかも分からない荷を回収する依頼が出される。 報酬は格安。荷を回収できた場合のみ出来高報酬を支払う、という形でだ。 もし荷を回収できなかったとしても、特に問題はないとのことらしい。 山の中を10人近い人影が歩いていた。 先頭を歩くは少女。銀髪と褐色の肌が特徴の彼女は、その小柄な身には相応しくないといえる斧を担いでいた。 そんな少女の後ろを歩くのはいずれも男性。やや年齢に幅はあるが全員中年といえるぐらいだろうか。 男性の1人が前を歩く少女へと声をかける。 「お嬢‥‥本当にいいのかよ?」 「いいに決まってますわ! それと、お嬢って呼び方やめてくれませんこと? まるで山賊みたいですから」 不安そうな男性を叱咤する少女。どこかあべこべな印象を受ける。 「とはいえ、俺達にとっちゃお嬢はお嬢だし、なぁ?」 男性が後ろを歩く男性達に笑いながら声をかける。返ってくる笑い声は当然肯定の意思だ。 「もう! 今まで育ててくれたのはありがたいと思ってますけど‥‥。私にはローズという名があるのですから、ちゃんとそう呼んでくださいな」 ローズ・ロードロール。それが彼女の名前であった。 少女ながら、騎士であり今まで幾多の戦場を駆けてきた歴戦の戦士といえる。 彼女の後ろを歩く者達は、皆彼女が生まれ育った村の住人だ。‥‥彼女にとって、大切な家族といえる。 だが、今彼らの村は存在しない。 先の戦いによって、村は焼けてしまったのだ。 本来なら別の地に移住するだろうが、彼らは違った。 思い出深い自分達の村を復興させようと考えていた。そして、その思いはローズも同じ。 だからこそ、村を復興させる足がかりとして、彼らは食糧の確保に乗り出した。 それは‥‥アヤカシに襲撃されたことで放棄された荷物。 騎士であるローズがその情報を手に入れ、動ける者を集めて確保に乗り出したということだ。 「あのまま‥‥消えたままにはさせませんわ。私の故郷を‥‥全てを‥‥!」 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
ランファード(ib0579)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● しっかりと整備された山道を、複数人の男女が歩いていた。 いずれも武装しており、見る者が見れば彼らが開拓者だというのはすぐに分かるだろう。 彼らの目的は放棄された荷物の回収。戦闘も起きないだろう、簡単な依頼だ。 簡単な依頼だということで、シュヴァリエ(ia9958)が思わず笑いを零すのも仕方が無い。 「放棄した荷物の回収ねぇ。あればそれでよし、無くても別に構わない、か。何とも適当だが、分かり易くて良い」 「回収出来れば高額報酬、出来なくとも手間賃は貰えると。ふむ、割の良い依頼だね」 アルティア・L・ナイン(ia1273)が言うように、この依頼に損は無い。労せずして報酬が入るのだから美味しい依頼と言っていいだろう。 だが、多くの経験を積んだ開拓者にとってはこの『美味しい』という点がどうも気になるようだ。 犬神・彼方(ia0218)も気にしている1人だ。 「荷物の引き上げ‥‥楽なぁ依頼にゃ何かあるって言うが、ねぇ?」 ある意味お約束といえる。 だが、お約束はよく起こるからこそお約束と言われるのだ。 その何かとは何なのか、開拓者達は道を歩きながら考える。 「‥‥放置‥‥荷物‥‥傷むか‥‥ケモノ‥‥荒らすか‥‥」 全身を鎧兜で覆った羅轟(ia1687)が、口数少なく、しかし的確に可能性を提示する。 「そうですね、ケモノが荒らしているかもしれません‥‥中身が無事だと良いですが」 その想像の通りになっていれば、荷物が無事だとは言いがたい。佐久間 一(ia0503)が心配げな様子で呟く。 できれば無事であってほしい。開拓者達はそう思っていた。 報酬の為だけではない。 「食べ物を粗末にするのはいけないよな、うん」 食べ物とソレを作った人に失礼だもんな、とはアルクトゥルス(ib0016)の言葉。 そして、 「食糧物資で、助かる人間が居るのなら回収するに越したことはあるまい」 開拓者達の最後尾で荷車を引くハイネル(ia9965)が言う。ちなみに荷車は荷物を運ぶ為にシュヴァリエが事前に申請したものだ。 どちらの言葉も食糧の重要性を鑑みてのものだ。 食糧とは、人を生かす為に――未来に繋げる為に必要なものだ。 だからこそ無事回収したいし、気になる要素があるならば排除したい。 そう、敵はケモノだけではない。 「もしかすると他に荷物を狙ってる輩が居る可能性もありますから、それには注意しないといけませんね」 ランファード(ib0579)がその可能性を示唆する。 荷物の情報を誰かが知れば、それを回収しようとする者がいてもおかしくはない。 「今のところ、不穏な気配は無いけど‥‥な」 同じような事を考えたのか、先程まで笑っていたシュヴァリエだが、今は引き締まった表情をしていた。 こうして山道を歩き始めて数刻経っただろうか。 現地への地図に目を落としたアルクトゥルスが仲間に声をかける。 「地図によるともうすぐ‥‥ん?」 言葉の途中で顔の向きを変えた。他の開拓者達も同様だ。 理由は、何者かの声が聞こえたからである。 どこから聞こえたのか‥‥アルクトゥルスは手持ちの地図で確認する。 「‥‥ちょうど荷が落ちた場所から?」 ● 山道から少し外れたところ。崖になっているところがあった。 崖の高さは約3メートル。下の方は地面になっているが、木々などは生えていない。 下の地面にはぼろぼろになった馬車と、木の破片のようなものが散乱していた。 馬車はあるが、それを引く馬の姿はない。報告によると、御者の力でぎりぎりで切り離した為、馬が落ちる事を防いだそうだ。 ここまでなら何の問題もない。 しかし、 「‥‥何者」 羅轟の問いに答える者はいない。 木々に隠れるようにして遠くからその場を覗く開拓者達の目には、崖の上と下で作業をする男達の姿が映っていた。 崖の上には4人、下には6人の男達。そして何よりも目を引くのが、上と下を行ったり来たりする鎧を纏った少女の姿だ。 「何事も無ければと思っていたけど、また厄介そうな‥‥」 アルティアが嘆息を零す。 「予想はしていたがぁね。‥‥賊か?」 目を細めながら、作業をする男達を見る彼方。 賊の出没は予想していなかったわけではない‥‥が、気になる事がある。 「見た感じはほとんど一般人。あの少女は仙骨持ち‥‥鎧から推測すると騎士と言った所かな」 「‥‥賊といった感じはあまりしませんね」 アルティアの推測はおおよそ間違いないだろう。だからこそ、一もそのような感想を得た。 男達は武器よりも鍬を持つのが似合いそうな風貌だったし、少女の格好はジルベリアの騎士のそれだ。 「帝国が、他に回収の部隊を出したのか?」 「そのような話は聞いていませんが‥‥」 ハイネルの言葉に、ランファードは首を傾げるだけだ。 ここでずっと見ていても仕方ない、とシュヴァリエが腰を上げる。 「まずは話を聞こうぜ。聞いて状況を把握してから考えればいい」 仮に賊だった場合は考えるまでもない。 「そういう時は迎え撃つまでだ」 こうして開拓者達は崖の上へと足を進める。勿論すぐに武器を抜ける状態で、だ。 そんな彼らの姿を認めたのだろう。少女も崖の上に上がり、開拓者達を睨み付ける。 銀髪と褐色の肌の小柄な少女だが、両手に持つ巨大な斧に立ち姿‥‥今までに数々の戦場を駆け抜けてきた事が見てわかるものであった。 少女が口を開く。 「あなた達‥‥何者ですの!」 「そりゃ、こっちのぉ質問だと思うけどねぇ」 ま、さっさと話した方が早いか‥‥と彼方は自分達が何者か、そして目的を告げる。 「俺たちゃ、荷物回収の依頼を受けた開拓者だぁよ」 「正式に帝国から依頼を受けた身です。‥‥あなた達は?」 続けて、アルティアが問い返す。 「む、むぅ‥‥」 それを受けた少女はどう返答したものか、窮しているように見える。 返事が来ないからか、アルティアは更に言葉を続ける。 「賊には見えないけど‥‥やってる事は賊と変わらないように見えるしね」 「ぬ、ぬ‥‥! あ、あなた達の方が賊なんじゃありませんの!? 開拓者だという証拠を見せなさいな!」 ずびし、と斧を突きつける少女。 「こんなバリエーション溢れる賊がいるならむしろ会ってみたいものですが」 とはランファードの言葉だ。 どこか興奮した様子の少女の肩に、後ろから手が置かれる。 「お嬢、やっぱ悪い事はしちゃいけねぇ‥‥ってことだよ」 それは少女と一緒に作業をしていた男達の1人だ。男は優しい目で少女を見ていた。他の男達も同様だ。 しばらくの逡巡。 「‥‥ふん!」 少女は、拗ねたように顔を背けてから、崖の下に降りてしまった。 その場に残されるのは開拓者達と困った表情の男達。 残された彼らに開拓者達は問う。一体何者なのか、と。 「分かった‥‥話しましょう」 男達と少女はここからそう遠くない所にあった村に住んでいたそうだ。 過去形なのは、既にその村が無い為である。先の戦いのせいで村が焼けたのだ。 移住も考えはした。 しかし、村に思い入れが強い者達‥‥特に少女は村の復興を望んだ。 その為の足がかりとして食糧の確保をしようと、少女は村人を引き連れてこの場に来て今に至る‥‥というわけだ。 少女も悪事だという事は自覚しているそうだ。しかし、それよりも村への思いが強いのだろう。だからこそ、村人に諦めろと声をかけられて拗ねたのだが。 「‥‥あー、ちょっと待ってくれ」 話が一段落したのを見計らって、アルクトゥルスが手を前に突き出して、待ったの意思を見せる。 そして、開拓者達は少し離れたところに集まり、相談を始めた。 その結果は―― ● 「こっちはもう大丈夫です」 「あいよぉ。んじゃ引っ張るぜ」 馬車の中から出てきた木箱に、荒縄をくくりつけた一が崖上へと声を飛ばす。 それを受けて、彼方を始めとした開拓者達が力を合わせ、それを引っ張り上げていた。 今、開拓者達が行っている作業は荷物の引き上げだ。一とアルティアが縄を荷物にくくりつけ、上で待機しているものが引き上げる。村人達もそれに協力していた。 「‥‥敵‥‥気配‥‥無し‥‥」 また、当初の懸念通りケモノなどが襲い掛かってくる可能性を考えて、羅轟などは周囲の警戒にあたっていた。 引き上げられた荷の中身を確認するは、ハイネル、アルクトゥルス、ランファードの3人だ。 保存食が大半とはいえ、状況が状況だった為に駄目になってるものがあるかもしれないからだ。 「可、可、可、可、不可。これは‥‥可」 「あ、その駄目なやつこっちにまわしてくれ」 「これを、どうする気だ?」 ハイネルが駄目になったと判断したものを、アルクトゥルスは受け取ると、事前に用意していた桶に入れて蓋をする。 当然疑問に思ったのはハイネルだけでなく、ランフォードもその意味を問う。 「それは‥‥?」 「あぁ、土と混ぜて暫く置くと畜糞程ではないが肥料に使えるからな」 その答えに周囲の村人達もうんうんと頷く。限られた資源を活用する知恵というやつだ。 こうして、崖の下にあった食糧は全て引き上げられ、分別の後に荷車へと積まれた。 作業には村人達も協力してくれたのだが、結局少女はずっと拗ねたように離れたところで三角座りをするだけであった。 後はこの回収した荷を持ち帰るだけなのだ、が。 開拓者達を代表して、シュヴァリエが胸を張って宣言する。 「村の為に、か。泣かせるねぇ。よし、持って行け! ただし、もう二度とこういう事をしちゃだめだぜ?」 どこからかずっこけたような音がした。 そちらを見れば、立ち上がろうとして足を滑らせた少女の姿があった。顔には驚愕と困惑の感情がありありと浮かんでいた。 「え、え‥‥? ど、どういうことですの!?」 何とか立って開拓者達に問い詰めるように近づく少女を、村人達はまぁまぁと抑える。彼らは事前に話を聞いていたから協力したのだろう。 抑えられながらも興奮した様子の少女の姿に、彼方は思わず笑みを零しながら開拓者の選択を話す。 「‥‥何、元々なくてもいいってぇ依頼さ、追加報酬はぁなくなるが‥‥。元々こんなもんはなかった、だぁから追加報酬も元から無い。‥‥つーことぉで、さっさといきな、あんまぁりこういうことはするなぁよな」 荷があるかどうかすら分からない依頼だったのだ。なら、無かったという扱いで報告すればいい‥‥それが彼らの選択であった。 ようやく状況を把握したのだろう。少女は落ち着きを取り戻しはじめるが、その表情はやはり困惑のそれ。 「いいんですの‥‥?」 「あまり‥‥良く‥‥無い」 少女の問いに、羅轟が静かに答える。 「発覚時‥‥取り潰し‥‥決定‥‥有り得る‥‥上‥‥貴殿‥‥連れる‥‥者も‥‥累‥‥及ぶ」 「‥‥っ!」 結局、この結果は軍備の横領‥‥悪事ということには変わりはない。 それでも譲るのは、少女や村人の故郷を思う気持ちに打たれて、だ。 だからこそ、開拓者達はその覚悟を問う。 アルティアは村人へと。 「──でも、譲るなら譲るで全員に自覚して貰おう。これが悪事である事を、この所為で何処かの誰かが苦しむかもしれない事を。これだけの食料を作る大変さは判るだろうと。その騎士のお嬢さんに全てを背負わせるのは気に食わないし、ね」 「あったりめぇだ。絶対に‥‥お嬢だけに背負わせるか!」 村人達の覚悟は本物だろう。彼らが少女の事を思っているのは、今までのやり取りからも分かったことだ。 そして渡す為の条件として、一は少女へと念を押す。 「これから先‥‥二度と悪い事に手を染めないでください」 少女は首を縦に振り、肯定の意を示す。 「‥‥言われるまでもありませんわ! ここまでしてもらって、堕ちるような真似はいたしません!」 その言葉を聞いたハイネルは相変わらず淡々とした様子で語る。 「私は、口先の言葉だけでも信じるが。約束を違え、これから先、再び罪を犯したなら‥‥此処で見逃した責を取り、最果てまで追い斬ることになるやもしれぬだけだ」 ハイネルの覚悟。 いやこの場にいる開拓者達全員の覚悟といえる。 彼らの顔を見れば、表情は様々ながら、しかし覚悟をしているものであった。 少女はそれを見て、改めて真摯な表情で頷く。 「分かりましたわ。絶対に悪事に手を染めず‥‥私達の力で村を復興させてみせます」 それが、少女の覚悟。 渡した荷車を引く少女に、羅轟は声をかける。 なんだかんだで対峙した時の振る舞いや動きを見れば相当な実力者であることはわかる、と。 「‥‥技量‥‥惜しい。天儀で‥‥開拓者‥‥してみぬ‥‥か?」 開拓者の収入があれば、村の復興も楽になるだろうと。 それを聞いて少女は少し考える素振りを見せるが、結局笑顔でその申し出を断った。 「そうですわね‥‥いいかもしれませんが。もう少し、村が落ち着いてからにしますわ」 少なくとも、今は。 そういえば、とアルティアも声をかけた。 「ああ、お嬢さんの名を聞いて置きたいね」 個人的に好感が持てる娘だし、というのは言わないで黙っておく。 少女が名乗る。 「ローズ・ロードロール。それが私の名ですわ」 |