破陽の剣
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2010/10/23 21:45



■オープニング本文

 町の雑貨屋さん、保浦屋は繁盛している。品揃えが良いだとか、店員の愛嬌が良いだとか、立地条件だとか‥‥要因は色々とあると思う。
 それとも、それらをやりくりする者の力量なのか。
「なんだその古臭い武具は? そんな物、店に並べるつもりか?」
 店から聞こえて来たのは、粗野な男の声と‥‥女性の声。
「先日、お店にいらした開拓者様から買い取らせて頂いた品です」
「兜、刀、弓に‥‥これは陶器、か? いずれも使い物にならんほど古い。こんな物、騙されても買う奴なんているもんか」
「ええ。しかし好事家と言うのはそんな骨董に価値を見出す様です。思いのほか良い値がついて、私自身も驚きです」
「へぇ‥‥ホント、金持ちってのは何考えているか分からんぜ」
 男は、名を鰓手晴人と名乗り店の用心棒として就いていた。女の方は保浦鈴音、この店をやりくりしている者であり、彼の雇い主だ。
「何かあくどい算盤の弾き方をしていそうだな」
「いえいえ、私は買う時も売る時も、双方得をする様にお話させて頂いていますわ。こう言う商売は第一に人間関係っ。人と人との繋がり、縁が縁を生むものですから」
「そーいうもんかねぇ」
 晴人は、声に幾分か冷やかさを含めて言う。

 だから、最初にその知らせを聞いた時に、彼は鈴音が商売敵からの恨みによるものが起因だと思っていた。


「――ぃ、おい、大丈夫か!?」
 瞼がまるで、鉛の様に重い。そう思いながらも鈴音が目を開けたのは、晴人の声が聞こえてきたからだった。
 彼女は回りを見渡す。小さな一室、敷かれた布団に自分が寝ていて、横には晴人、皺顔の男性もいた。
 老翁は、蝋燭に火をつける。小柄で柔和な顔、そして清潔そうな格好が浮かんでくる‥‥恐らく、彼は医者だろう。
「大丈夫なのか、鈴音! 俺が誰だか分かるか!?」
「‥‥大丈夫ですわ、鰓手晴人さん」
 鈴音は言いながら回想する。
 記憶はまず、都の大通りから。晴人に店番を命じた後、もふらに大八車を引かせて得意先に商売に行く所だった。
 もふらが大きなあくびをした。人前なのです、朝早くて眠いのは分かりますが余りだらしなくしてはいけませんよ‥‥確か、そんな事を言っていた気がする。
 そうだ、丁度その次の瞬間くらいだ。
 影。
 そうだ、影が見えた。そして、陽の照り返しも。多分あれは、刃の反射――
「寒いのかい、お嬢ちゃん」
 老翁に言われ、己れが身震いをしている事に鈴音は気がついた。
「‥‥そうですね、出来れば薄い布団をもう一枚頂ければ助かりますわ。日も落ちて、最近はすっかり冷え込んでしまいますね」
「大分、血を失っている。今、連れのほふらさまが買い出しに出ている。帰ってきたら無理をしない程度に食べて、寝ると良い」

 雑貨屋、保浦鈴音は街中で何者かに襲われた。
 目撃者の話によれば、ただの通行人にしか見えない男が突然脇差を抜いたかと思えば、その時には既に鈴音からは血が流れ、そして彼女は地面に伏していたとの事。悲鳴を上げる人々を横目に、男は姿をくらましていた。
 本当に一瞬の出来事だったらしい。
 もふらは車を投げ捨てて鈴音を担ぎ町医者へ駆け込んで、そして晴人のもとへ白昼の事件の知らせを持ってきたのだった。
「どこの馬鹿だ、こんな事しやがったのは!」
 町医者を出て、吠える晴人はまさしく成らず者の風体で激昂する。
「保浦屋の商売敵が、繁盛を嫉妬して悪さを企てたのかもしれないもふ! 今から僕も調査するもふ!」
「俺もそうかもと思ったが、どうやら違うみたいだ」
「え? じゃあ盗賊とかもふ?」
「いや、それも違う」
「まさか、辻斬りとか‥‥」
「それも無いだろう」
「もふ?」
 晴人は、医者から鈴音の傷の具合を聞いていた。大腿部に腹部‥‥一見大怪我だが、深さはそれ程でもなく致命傷ではない。
 そして、大八車の荷物も特に奪われた形跡は無い。
「出方を見ているんだ、俺の」
「??」
「おい、お前はなるべくこれから保浦屋を出るな」
「あれ‥‥晴人、どこに行くもふー!?」
「開拓者ギルドだ。お前は真っ直ぐ帰れ、いいな!」


 一人の男が、開拓者ギルドにて依頼を発注していた。
 その男、鰓手晴人は、自分が何者かに狙われているとまず係員に伝えた。
 そして今回の依頼は、それらを返り撃ちにする為の戦闘‥‥自分自身がまず気配を見ながら都を歩き、そのまま人気の無い草原に相手を誘き寄せて迎撃するつもりなのだと言う。
 敵は複数人、油断の出来ない集団戦になるとは晴人の弁。
「相手は八‥‥用心深ければ十人は用意してくるかもしれない。恐らく敵はシノビ‥‥そう、開拓者には伝えておいてくれ」
「ちょっと待て、だから何でお前が狙われているのかを話せよ」
 ギルドの係員もその点に言及すると、晴人はあからさまに不快そうに顔を歪めて返す。
「依頼金が用意出来ている相手にも身辺調査するのが手前の仕事なのかよ」
「あ? 何だとこの野郎!」
 取っ組み合いになりそうになったが、たまたまギルドにいた開拓者達が割って入り、それを止める。
「ふん、それじゃあ張り出してやるよ。『ろくでなしに見える一人の野郎が、良く分かりませんが命を狙われています。囮作戦で迎え撃つんで協力して下さい』なんて、とても受注する開拓者なんて現れなそうな、訳の分からん内容の依頼をな」
 厭味ったらしく言う係員には、もうこれ以上何も言わず、晴人は胸中のみで呟いた。
 自分は抜け忍で、今回の相手は自身を始末しに来た同郷のシノビであろう。
 この事は、依頼に来た開拓者達には、伝えようか‥‥。


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ


■リプレイ本文

 シノビの集団に謎の理由で命を狙われていた男、鰓手晴人。
 撃退を、開拓者に依頼。
 その結果は‥‥
「別に、珍しい話じゃあないな」
 ギルドの係員は最後の頁まで捲る事なく、面倒くさそうにして関連書類を棚の奥にしまい込んだ。
 確かにそれは、天儀全体から見れば、ちっぽけな人間模様の一幕でしかなかない。




 使う場所は依然に、依頼で知った刀泥棒の寝ぐら。よく思い出したものだ。
 さて準備も整え、あとは出発するだけ――
「待ちな、おっさん」
 ――と言う訳でもないらしい。
「事の背景‥‥まさか何も知らないなんて、言うつもりじゃないだろうな」
 俺は、銀雨(ia2691)の声に返す。
「‥‥知らないと言ったら?」
「腹を立ててやる!」
 胸倉は掴まれ、紫の双眸が俺の両目を居抜く。
「鈴音さんが刺されてんだぞ! それでいても、何も話すつもり無いってのか!?」
 そうだ、保浦鈴音は傷を負った。
 俺のせいで。
「あー、まぁ絞ってまでもして聞ききたいって訳では無いんだけどな、俺は。話すか話さないかなんて、結局はお前の問題だ」
 気だるそうに呟く女‥‥確か、名を黯羽とか言ったか。
「だから、お前が話さないなら聞かない。だが、話すなら『聞く』。それだけさ」
 俺の問題、そう‥‥これは過去にまで遡る、俺の問題。
 思えば、俺は何でこの雑貨屋にずっといたのだろうか?
 適当に徒党を組んで、都合が悪くなったら縁切り‥‥それを繰り返していけばもっと楽なはずだ。前までそうしてきた。なのに、なんで俺は?
 まるで思考が落ち着かない。
 リーザと目が合った時に俺がとっさに視線を外したのは、瞳越しに、混乱する頭の中を見透かされた様な錯覚を覚えたから。
 これだから、年上の女は苦手だ。
「里抜けなんぞ、ようやる」
 この声も、聞いた事がある。長身褐色のこの男は確か姓を央、名は由樹と言ったか。確かこいつも、シノビ‥‥。
「事情は知らんが‥‥んな事したって負の連鎖は周りを巻き込みながら大きくなって、最後は自分に巡って来る。ロクなことあらへん」
「それを知っていて、何故関わろうとする」
「お前の主人、あと、お前も‥‥一度知り合った仲や。簡単に無視はできへんやろ」
「そうじゃ、この無精ヒゲ!」
 この、耳奥に響く声は‥‥聞き間違いもしない、ナイピリカだ。
「鈴音を襲った輩を野放しには出来ないし、あと‥‥お、お主の心配なんぞ別にしておらぬのじゃぞ! まあ、どうしてもと言うなら手を貸してやらぬでもないのだ!」
「ナイ‥‥少しは落ち着いて話しな」
 肩にリーザの手が置かれると、ナイピリカはハッと何かに気付いた様にして、何か不機嫌そうにそっぽ向いた。
「晴人、今は何も聞かない。後でいいから嬢ちゃんにだけは話ときなよ。それがあんたの責任だ」
「でも、一つだけ信じさせて下さい」
 一歩踏み出して来たのは、ルシールと言う名の女騎士。
「剣を振るって護るにも値しない悪人では無い、と。それが明らかならば、私と、私の剣は存分に振るわれます」
「‥‥信じてくれ。話も、いずれ俺の方からする」
 絞り出す様な声なのは、銀雨に掴まれているからではない。今の俺には、此れが精一杯。
 と、急に喉元が空く感覚。
「それが聞ければ良い」
 銀雨は、手を離すと特に遺恨も残さぬと言った具合。見た目通りと言うか、こういう所はあっさりしてやがる。
「鈴音に刃を向けた不届き者の眼前に地獄を作り出し、頭から血の池に突っ込んでやる‥‥」
 とってもとても、あっさりしていない言葉。誰の言葉かは振り向かなくても分かるし、何となく振り向きたくなかった。
「晴人っ」
 俺はびくりと肩を揺らしながら、ゆっくり振り向いた。
 やっぱり、由愛だった。
「やられっぱなしじゃ、終われないわよ」
「‥‥あぁ、分かってんよ」
 指差す由愛へ、俺は苦笑気味にそう言ってみせた。
「ほほぉ‥‥エラテとやらはもてもてじゃのぉ」
「茶化すな、ハッド(ib0295)」
「いやいや我輩は至って真面目である。丁度、現地で相手を釣る時に油断を誘う作戦として、鰓手の好みの女性像を聞きながら将棋とやらを指してみても良いかも知れぬと考えていた所ぞよ」
「ハッド‥‥!」
「現地では我輩は汝の直衛となる。よしなに」
 貴族然のこの男、若年に見えるもどこか掴み所が無い。
 いや、そんな、身内のやり取りに気を回している場合じゃないだろ。今は、鈴音を襲い、そして俺を追ってきた敵を倒す事を考えろ。


 その古びた寺院は郊外に存在した。
 以前、保浦屋から刀を盗んだ盗賊達がアジトにしていた場所であり‥‥俺が初めに開拓者達と共闘した依頼の舞台。だだっ広い境内は無秩序に草が茂り、更に周囲には雑木林が立ち並ぶ。打ち捨てられ、まるで忘れられた場所。
 舎内も、十分な広さがある。集団戦においても不自由しない程度に広さだ。
 茂みや木々は、そのまま身を隠すのに使える。寺院まで伸びる獣道を歩く俺の周囲には、他の開拓者が潜んでいる。
 建物内に誘き寄せ、そこで戦う。
 迎え撃ち、捕えて、そして諸々吐かせてやる!
 誰の命令で、こんなふざけた――
「――!!」
 幾筋かの銀の煌きを知覚した瞬間、俺は反射的に首を動かしていた。
 耳に血の滴る感覚、痛覚、投擲、手裏剣、苦無。
 完全にはかわしきれず、俺は舌打ちしていた。
「入る前を狙ってきやがった! 俺達も出るぞ!」
 聞こえてきた銀雨の声は、随分気の立ったものだった。
 潜んでいた開拓者達が姿を現すと同時に、シノビ達も茂みから出てくる。敵は何人だ? 俺か、開拓者か、どっちから先に仕掛けてくる?
 落ち着け。
 俺一人では太刀打ちできない。俺達の編成は、一班三人三組構成。そうだ、仲間と合流――
 手裏剣。
 飛来したそれを、俺は既に避けている。臨戦態勢ならこの程度の攻撃なんぞ!
 一直線に草をかき分ける音が俺の耳に聞こえてきたのは、そんな安堵をしてしまっていた瞬間。
 振り向いた時、忍装束の男が既に得物を振りかぶっていた。
 動きに一切の無駄は無く、最短距離で白刃は俺の首元へと走る。とても、今からでは回避の体勢が追いつかない。生命を刈り取らんと迫る、その鋭敏な太刀筋が――突如、鈍る。
「油断してんじゃないわよ、晴人!」
 回避ざまに相手に一撃切り込んだところで、由愛の声が聞こえた。見てみれば、相手の手足に縛り付いているのは彼女の式だ。
「仕掛けてきた方だって、位置を晒す事になるんだよ! 喰らいな!」
 投擲物の軌道を追い、刃状の式が空を裂きそして肉を裂く。斬撃符を撃ちながら黯羽は言い放っていた。
「それにしても、相手の策を警戒するあまりに先制して、それで対象を仕留めきれないってのは、シノビにしては間が抜けているんじゃねえか?」
「それでも油断は出来ねぇ、さ!」
 強めた語尾と同時に、銀雨は手甲を打ち込んでいた。曲線軌道の拳打は左から相手の顎を狙うも、シノビは身を逸らしてこれを避ける。が、銀雨は左手を振り切らず、肘を支点にして拳の軌道を変え、裏拳を相手のこめかみに入れる。
 姿勢を崩す相手へ向け、水平に振られた銀雨の右手刀が横薙ぎに迫る。
「銀雨ッ!!」
 紙一重でシノビは屈みそれを避けた時に、俺は口を開いたが遅かった。
 銀雨の目にも映っていただろう。屈んだ男の背後から、苦無を投擲するシノビの姿が。
「確かに、油断は出来ないね」
 直後、金属音がしたのは、盾で殴りつける様にしてリーザが苦無を弾いたからだ。
 右の引き手に握られた片手剣を突きつけながら、彼女は咆える。
「腹が立つんだよ、嬢ちゃんを出汁にして晴人をおびき出そうって言うその根性が!」
 銀雨が先手を打ち、リーザが前に出てカバー、黯羽が一つ距離を置き術を行使して二人を援護する。
 この組は、
「心配無さそうだ――うぉお!?」
 視界の端に、刃の照り返しが映った。
 そもそも奴らの目的は俺の始末だ、人の心配をしている場合ではない。
「王たる吾輩が盾になろうというのだぞ、情けない声を出すでない!」
 側面にハッドが居なかったら、今の攻撃は危なかった。
 袈裟に振られた忍刀を円盾で払い流し、腕を振り切って隙の生じた相手の胴へ、ハッドの赤剣は流れる様に切り込まれる。しかし相手も後ろへ跳び、切っ先はシノビに届かない。ハッドは手首を返して切り払うが、刃は忍装束を掠るに終る。
 しかし、流し斬りを万全の姿勢で避け切れなかった反動か、シノビは尻餅をついていた。即座に転がりながら苦無を投げ、距離を取って立ち上がり姿勢を立て直そうとする一連の動作を見るに、こいつらはよく訓練されている。
 では、『こんなもの』を想定する訓練は経験済みだろうか。
「我が血の契約に従い来たれ白狐‥‥怨敵を喰い滅ぼせ」
 血塗れの掌を翳す由愛、召還したのは大きな狐型の式‥‥いや、あれは!
 由愛の奴、何てものを召還しやがったんだ!
 九尾を靡かせて白い影となったそれが、再び狐の形と知覚した瞬間、既に鋭牙がシノビの肩に食い込んでいた。
 此処に来て、シノビは初めて悲鳴をあげる。目は充血し、肩部から腕にかけて黒ずんでいるのは白狐の牙から注がれる瘴気が体内を破壊し、皮膚の下から出血している証拠。
 掌、そして苦無が刺さった腿部から血を出したまま、由愛は笑っていた。
「あははははっ! 鈴音の痛み、思い知りなさい!!」
「馬鹿野朗、お前だって!」
 血の契約を併用した白狐には一撃で相手の命の絶つ程の威力がある。だが、下法を用いた者もただではすまない。崩れ落ちる由愛を、俺は咄嗟に支える。
「血を流し過ぎだ、例え黯羽の治癒符で傷を塞いでも――」
「鈴音を斬った奴を、仕留めるまでは‥‥!」
 由愛は気力で立ち上がるが、今は立つので精一杯だろう。
 俺は彼女のカバーに立ち回れる位置を意識しながら、他へ意識を向けた。
 ルシールの剣が、相手の攻撃を受ける音が聞こえる。一撃目は良い、だが間隙無く放たれた短刀の二撃目は、彼女の身体へ吸い込まれる。
 命中――するが、浅い。理由は、シノビの肩に刺さる、苦無「獄導」。
「由樹さん!」
「大丈夫か、お嬢‥‥」
 由樹は抑揚の無い声で言うと、上半身を捻らせて別方向へも投擲した。
 良く見えている。
 苦無は茂みから奇襲に出てきた別のシノビの脚に突き刺さり、その動きを牽制する。
 ルシールは眼前の敵に対して踏み込み、退き身の相手との距離を一気に詰める。大振り、しかしながら充分な速度で見舞われたそれは、勢いで相手の防御さえ崩す。
 好機!
 俺は構えた苦無を向け、ナイピリカも青刃を既に抜いて駆け出している。
 その時、突如視界が白で覆われる。
 これは煙遁、か!
「おのれ‥‥煙幕などっ」
「ナイ姉様、危ない!」
 負傷者は掲げ上げられ、余剰員は命中度外視の投擲で弾幕を張る‥‥煙を払い追おうとするが、シノビ達は俺達よりも統制の取れた行動で撤退していく。
 あっという間に奴らが呪縛符の射程外まで逃げられたところで、黯羽は深追いを止め‥‥そして、俺の肩を引いていた。
「晴人!」
「なんだ!?」
「何、一人で突っ走ろうとしている。それこそ、相手の思い通りってものだろ」
 黯羽に言われて、俺は気が付いた。
 俺は今、一人で奴らを追おうとしていたのか‥‥。


「クソ‥‥っ!」
 煙遁が晴れた頃、俺は近くの木を殴っていた。
 奴らは戦闘員じゃない、シノビだ。任務の秘を守る為、劣勢時の撤退について何も考えていない訳が無い。そしてその配置、最後まで潜んでいた煙遁の術者の位置‥‥何で俺が戦闘中に気付けなかったんだ。戦況を見極めるつもりで周囲を見渡していたんじゃないのか!?
「クソったれが、畜生‥‥!」
 何をしていたんだ、俺は!
 開拓者達が汗と血を流している時に、俺は何も出来ていない‥‥。意気込んで依頼を出して、開拓者達も事情に引きずり込んでおきながら、何てザマだ‥‥!
 もう、周りにこれ以上、面倒を掛ける訳にもいかない。
 もう、保浦屋には、戻れな――
「!?」
 俺は、再び視界を覆う白煙に混乱した。逃走したんじゃないのか? まだ、敵はいるのか!?
「晴人」
 ‥‥リーザの煙草か。
「今のあんたは用心棒だ。昔がどうとかあたしらには関係ない。その辺よく覚えときなよ」
 俺の、瞳の奥を覗く様にして彼女は言う。やはり、年上の女は苦手だ。
「まぁ、皆あんたの事は気に入ってるんだから。一人で抱え込み過ぎないでよ」
 こんな時、俺の肩に手を乗せるのはきまって由愛だった。俺は、振り返りもせずに曖昧に頷いた。彼女には、余り情け無い顔を見られたくないから。
 背中からは、ナイピリカの声も聞こえる。
「今は口無しも見守る、背中も守ろう。だから決して、己が一人などと思うな」
 俺は、背中を見せる事しか出来なかった。真っ直ぐ過ぎる碧眼と、向き合う勇気が今の俺には無い。
 目の前には、由樹がいた。こいつも俺と同じくシノビだと言うなら、こんな俺を笑うだろうか。
「お前はまだ、『失う前』や。だから、こらからどうにでもなる」
 面(おもて)に何も浮かべずに彼は言う。
「だから、そんな辛気臭い顔するな」
 だから、俺は声を搾って言った。
「お前が、言えるか」




 晴人達は、町医者へ戻ってきていた。
 北條 黯羽(ia0072)は戦闘後の躁鬱感に浸っている訳だが、晴人が神妙な顔で控えているのは別の理由だ。
「俺達はこうして戻ってしたんだ。今、そんな顔にならなくてもいいだろ」
 銀雨に肩を叩かれ、晴人は曖昧に頷いた。
「鈴音、戻っ‥‥」
 戸を引きながら、晴人は考えていた。何から、どう、話そうか――
「――ぃい!?」
 鈴音の白い肌、そしてそれに手を這わせているのは、野乃原・那美(ia5377)。
「こ、このおバカ様が! ノ、ノックせずに女子の部屋に入る者がおるかー!」
「はわわわ‥‥で、でもでも鈴音さんと那美さんもナニを‥‥!」
 ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)は晴人にツッコミ、そしてルシール・フルフラット(ib0072)は何やらどぎまぎして良く分からなくなっている。
「はい、これで包帯の交換は終わりなのだ♪」
「那美ー、看病お疲れ様」
「どうもありがとうございます」
「‥‥そう言う事やと思った」
 川那辺 由愛(ia0068)は、事を存じていたらしく、また央 由樹(ib2477)も特に顔の色を変えない。
「この期に及んで覗きとは、この、このっ!」
「ワザとじゃないって! ちょ、俺が怪我する‥‥!」
 ナイピリカと晴人で、何か愉快な事になっているが、沢渡さやか(ia0078)はその様子を心配げに見ている風だった。リーザ・ブランディス(ib0236)は、風下へ紫煙を流していた。
 ハッドは視界に収めたそれを喜色で見守り続けている。彼もどうやら助けるつもりはないらしい。
 誠にいつもの風景。それは誠に、いつもの保浦屋での風景だった。

『何で俺はこの雑貨屋にずっといたのだろうか?』

 自身の問いの答えは自らの胸中にある。既に。