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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「だからさぁ。私がやりたい仕事ってそういう仕事じゃないのよ」 「仕事を選べる人間が、俺みたいのを頼りにするんじゃあないよ」 青髪を揺らす、肩を竦める。そんな少女の様子を見ても、仲介の男は譲らなかった。 「こいつはどうだ? 古くから此処で商いをしている店だが‥‥ケツ持ちへの支払いが滞っている。痛い目をみせてやれ」 「結局、また只の弱いものイジメじゃない」 「そういう商売なんだよ。それに、組に回すより安い金で私兵を雇っているかもしれないだろ。ホレ、地図だ」 肩を落とす少女。だが、男は構わずに女の手に無理矢理それを握らせた。 「何よ、これ。地図に滅茶苦茶な線の落書きなんて――」 「落書きじゃねぇって。この区画の裏路地が書いてあるんだよ」 少女は其れに目を落とした時‥‥その茶の瞳に何かの色が差した。 「そいつの店も、入り組んだ道の先にあるもんでね。どうだ、ここまで親切にしてんだから、そっちも少しは譲ってくれないか?」 「そうね。そこまでしてもらったなら、少しは恩返しも考えなきゃね」 口の端を上げ、少女は唇の端を吊り上げる。良い笑顔だ。筆者の経験上、こう言った笑い方をした人間で、恩返しなど考えている人間など居ない。 (おい、あいつらだぞ‥‥) 路地の隅‥‥暗がりに潜むそれらが、何かを話している。所々から聞こえてくる、声。 (あの赤髪の女、腕が立つって話だ。組の人間を何人も――) (いや、男らしいぞ) (何‥‥だと?) (あの長身の男も、仲間みたいだな。話によると、仕事一筋のプロらしい) (只の唐変木だろ) 随分と好き勝手な事を言っているらしいが、開拓者も取り立てそれに相手するつもりもない。 「ふん。所詮は下賎者の言葉、耳を傾けるだけ損じゃ」 騎士の少女は吐き捨てる様にして言った。 橙眼のシノビ、赤髪の志士も言葉を連ねる。 「別に俺は気にならへん」 「私も何だか慣れてしまいましたので」 (それにしても‥‥色町歩きが男一人にガキ二人か) (あの金髪は女じゃねーのか?) (いやガキだろ。女に『有る』はずのモノが無ぇからな) 「い、い‥‥いいぃま喋ったヤツはどいつじゃぁあああ!!」 見目麗しき麗人が咆える。いきなりの其れに外野から声を漏らしていた無法者達もビクリ肩を揺らし、動きを止める。 少女の碧眼がそれら一通りに目を向けた‥‥目線が合い逃げる者、睨み返す者‥‥不敵に笑み返す者、何と何時見ても憎らしい特徴の顔――何時見ても? 少女は脳内を引っくり返して記憶を整理する。『何時見ても』、と思うのは何故か。無論、以前見た事があるから。どこで? 何処でこんな無法者など。 ――、男はその場を離脱せんと駆け出す。 少女は同行者へ振り返ると、二人とも頷き返す。 「村を襲撃した賊に、見た顔ですね。確かあの男、治癒符を行使していた‥‥」 路地、走り抜ける道を折り、また折り‥‥繰り返す。追跡しながら、赤髪の志士は言う。 「貴女は彼と近くで彼と戦っていましたから、顔を覚えていたのかもしれませんね」 「うむ、ならば逃がす訳にはいくまい!」 「何故か凄く気合入っているみたいやけど、気のせいか?」 「気のせいじゃ!」 彼女自身がそういうなら、気のせいなのだろう。 暫くして、彼女達がその男を見失った時に、その場の三人は気がついた。 狭い裏路地だ。こんな場で敵の奇襲を受けるなど、ぞっとしない話だ―― ――砂を踏む音。 開拓者達は、各々の得物に指を這わせた。 「場所を捉えたってなら、話は早いわ。後は道の整理さえすれば‥‥」 「あれ、道ならこの前に僕が通っているから分かるんだけど」 「私だって、屋根の上を飛んでいければそうしたいものよ」 遊女とそれのヒモ男‥‥では無い二人が昼の裏路地を歩いている。 年端行かぬ遊君に偽装するのは、シノビ。傍らを歩く男装の陰陽師は、そこで彼女の前に掌を差し向ける。 「此の辺りね」 「‥‥? 奴らの住処は、此処を曲がって少し真っ直ぐ行った所なんだけど?」 「そう、だから『此の辺り』なのよ」 答えになっていない陰陽師の応えに、シノビの彼女は疑問を持たない。 疑問を感じる前に、気配を感じ取ったからだ。 「瘴索結界の範囲を警戒する‥‥と言う私達の意識を見越しての伏兵って言うなら、相手にも陰陽師が居るかもしれないわ」 「昼間でも人通りが少なくて、薄暗い路地なら『おしごと』の場としても、悪くないしね」 シノビの少女は周囲へ意識を向ける。 相手の数は分からない。が、少なくともこちらよりは多勢。近づき方も用心深く、まるで陰に影を隠すようにして動いている。 只のチンピラではなさそうだ。件の賊ならば話は早いのだが‥‥場所が悪い。 他の開拓者達との情報共有によりある程度の地理は頭の中に入れているが、それも付け焼刃。ここまで歩いている間にも、知らない抜け道など幾つも見受けられた。 仲間と合流するか、この場で応戦するか‥‥。 「さて、これからどうするんだ」 「件の賊への対応を進めましょう」 鰓手晴人の問いに、長い黒髪を揺らしながら彼女は答える。 「相手が何者かは見えていませんが、話し合いの余地は無さそうですし」 「だな。まー里の事は暫くあいつに任せて、俺らは奴らをとっちめる方に力を入れるか」 晴人の『旧友』の暗躍によって、この依頼自体、『依頼』としての意味を失うかもしれない。 それでもかの賊達が行った行為、それらはとても、看過出来る事ではない。 彼らとは、決着をつけたい。 「それにしても、遅い‥‥」 黒瞳のサムライは愚痴と言うより‥‥単に事実を述べるといった具合で呟いた。 「どうかしましたか?」 「茶屋で仕入れた情報について改めて話して整理しようかと思い、他の六人と此処で落ち合う予定だったのだが‥‥」 「場所が場所だけに、嫌な予感がする。しょーがねぇから探しに行こうぜ。どうする、三人固まっていくか? それとも手を分けるか?」 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 草鞋が地面を蹴り、体を目的地へ持っていく。 「何かあったのかもしれぬ」 大蔵南洋(ia1246)は、駆けながら話す。鰓手 晴人(iz0177)もそれに頷きながら。 「流石にあいつらだって、奇襲を受けたら具合が悪いだろ」 「ここは奴らにとっては庭同然、思いもかけず不覚を取ることも無いとは言い切れぬ」 南洋の声、その隣を走る八十島・千景(ib5000)は、俯きながら懸念する。 見えぬ背後関係、相手の実力、そしてその目的―― 「実力で言っても同等かそれ以上ともなると、後手に回るのは避けたいところですね」 ――とはいえ、まずは状況の打開が先決だろう。千景は前を向いた。 この間合い、気配‥‥。 どう動くべきだ? 『瘴気を勘付かれる可能性を考慮する』と言う思考が読まれているとすれば、相手にも同じ思考の同業者‥‥つまりは陰陽師が居る可能性が浮かんでくる。 ここは、 (ほら、やるわよ那美) どう動くべきだ? (おっけーまかせて♪) 思案に少し時間を使った後、川那辺 由愛(ia0068)は周囲への警戒を解かぬまま、野乃原・那美(ia5377)は周囲に聴覚を研ぎ澄ませたまま―― 「あっ‥‥」 「今更恥らうフリか? こんな誰も居ない所で」 ――互いの背中へ、腕を這わせた。 強引に捲られた那美の襟元からは、首筋‥‥肩のラインが露になる。雪を欺くその肌に、雄の言葉と唇が近付く。由愛の吐息は那美の首筋を愛撫する様に流れ、二人の笑みをより妖しいものへと変えていった。 にじり寄る動き‥‥僅かな砂を踏む音が、止まる。那美は、さりげない仕草でそれを由愛に伝える。 二人の行為は、劣情に駆り立てられたそれではない。 那美は超越聴覚で敵の足運びを捉えて、由愛は既に放っていた人魂で更に探りを入れる。 (ひい、ふう、みい‥‥2人相手に用心深いことで――) 鼠型の式が最後に見たのは見下ろす男の顔。 と、鋭利な合口。 切っ先が視界を埋める。 「潰された‥‥那美、行くわよ! ホラ、襟元直しなさい!」 言いながらも、屋根に駆け上がる由愛、那美は彼女の手を引きながら、先導に走る。 「僕は別にこのままでもいいんだけど‥‥ま、確かにちょっと走り辛いしね♪」 作り上げた白壁を足場から、塀、そして屋根へと二人は飛び乗っていく。由愛は敵に利用されぬ様すぐに白壁を消し、そして那美のあとについていく。走りながら那美から渡された爆裂撒菱を撒くが効果は芳しくない。 以前の戦いで、幾人かはクラスや戦い方を敵に知られている。由愛もその一人だ。 敵も人間。相手が何をしてくるか、考えて動いている。 だから、由愛は走りながらも拾った屋根瓦を相手に投げるなどして敵の意識が那美に向かない様に努めた。 那美は脳内で町の全体図を描き、その上に屋根上のルートを載せて考える。由愛を連れている事を含めても、地上ルートを走る相手に遅れをとる事は無い。問題は、裏道がどれ程の近道になるかだ。 「俺は出来れば最後まで見たかったがね。で、どうする。罠の可能性を考えた上で‥‥追うか?」 「大丈夫だ、方向から判断するに、合流しようって魂胆だろう」 「どんな考えがあっても関係ないね。あの里のシノビ、それに与する者には容赦しない‥‥そうだろ?」 「‥‥そうだったな」 「退屈な仕事を任されたものだわ‥‥」 薄暗い裏路地を歩く霧崎 灯華(ia1054)は、つい一人ごちた。 (ま、地図の信憑性は確認できた訳だけどねぇ) 溜息をまた一つ、吐き出す。そういえば最初の目的は何だったか。えーっとスリルの有る仕事を、って違う? 「いや、違っていないか‥‥ん?」 追想に耽る脳が思考を切り替えたのは、灯華の耳に、何かの音が聞こえてきたから。 これは、足音。騒々しい。 後方、足音の方向へ彼女は振り返らんとする。 足音はこちらに近付いてくる。 近付いてくる。 もう、近い! 「‥‥!?」 出会い頭、男と灯華は得物を抜いて相手へ向けていた。灯華はそこから腕を少し横へ振れば鎌で相手の大腿部を切れる。しかし、男は手首を返せば刀で彼女の頚動脈を裂く事が出来る。 「斬新なナンパの仕方ね」 「‥‥様子がおかしいな」 思いの外、男の声は落ち着いてた。顔は、まぁ精悍な方だ。 「それはこっちの台詞」 「そいつの顔は記憶に無い」 別の男の声。こちらは割と小柄。見た所、武装は合口のみ。 「待ち伏せの可能性は捨てきれないぜ」 「奴らが裏路地を把握している様子は無い」 「人に刃先を向けといて、何か勝手な話をしているみたいだけど、私の仕事の邪魔をするっていうなら相手になるわ」 刀を当てられたままにも関わらず、凄む灯華。彼女に気圧された‥‥訳ではないだろうが、男は若干刃を引きながら問う。 「俺達はしがない用心棒風情。あんたは?」 「仕事熱心な何でも屋さんよ。とりあえず今から借金の取立てに行く予定」 「こいつに割く時間の方が惜しいな」 大柄の男がそう言うと、二人は頷き、そして灯華に向けられていた刀は鞘に収められる。 「そちらの邪魔をするつもりは無い。只、こちらも仕事中だ。通してくれないか」 「道を塞ぐ理由も無いしね」 そうして男達は、初対面の彼女と一悶着起す事も無く、その場を後にした。 初対面の? (いいや、違うわね。人質をとっていた剣士、治癒符を使った陰陽師、大太刀使い‥‥覚えているわ!) 灯華は彼らを覚えている。村の襲撃とその後の追跡‥‥彼らの顔、戦い、感覚。 (まっ、いいか。とりあえず仕事仕事) 「こっちじゃあー!」 声を張るナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)が、先頭に立って走る。 「こっち!」 走る。 「こっち!」 走る。 「ナイピリカ‥‥ちゃんと頭の中に、地図は有るんか?」 央 由樹(ib2477)が問う。 「無論、確りと有る!」 但し、自信は無い。 「ここから更に進めば、確か大通りに出ます」 後方にて、迫る敵と鍔迫り合いを繰り返しながら、言ノ葉 薺(ib3225)。 由樹も風魔閃光手裏剣を投げて薺を援護していた‥‥が、なかなか直撃しない。やはり、威嚇や多少の攻撃で怯んでくれる相手ではないらしい。 「戦力を分断されたまま‥‥ましてや裏路地とあれば奴らが領分。まず表の通りへ出る事が先決でしょう」 「ならば急ごうぞ。む、陽の光りが見えてきた!」 路地の出口へ走る三人。 「残念だが此処は通行止めだ」 が、光を遮る一人の剣士。 「さすれば、左折じゃ!」 「な――」 開拓者、ましてや騎士の力を用いたとなれば、塀など用意に壊れるのが道理であった。 生じた穴を、ナイピリカ、由樹がくぐって行く。 「道とは自分で切り拓くものです」 そう言葉を残し、赤髪の流れも塀の穴へと消えていった。 「なんて無茶な‥‥」 「どうやって追うか?」 「そのまま追えばいい」 「あんな騒ぎながら、隠密に移動する事も出来ないだろ」 「散開するぞ。合流される前に始末する」 煩雑に広がる裏路地を、男達は散らばり騒ぎを包囲する様に進んでいく。 「数は大体‥‥5、6人って所か」 「む?」 「敵の数や」 「心眼で確認できた数としては、5人でしたね。尤も、別の場所に潜んでいる可能性もありますが」 状況から、三人は逃げながら考える。 数も土地勘も向こうに分があるなら、無策に逃げてもいずれは追い詰められる。 「あっちの柵を飛び越えて、三丁目をぐりっと周って先程塀を抜けてきたから‥‥ココはどこじゃー!」 「何だお前ら!」 「人ン家の近くで騒ぐんじゃねぇ」 「目ぇ覚めちまっただろ、どうしてくれんだ!」 「おわっ!?」 悩めるナイピリカの前に現れたのは、区画の住人達。この騒ぎだ、地元民達も黙っていない。何人かがぞろぞろと家から出てきた。 「‥‥どけ!」 「あ〜んてめぇも仲間か!?」 「ウチの塀破ったの誰だ!」 が、この人だかりが上手いこと後方を足止める。 「け、計算通り‥‥」 「ホントか?」 「二人とも、左にっ!」 薺の言葉全てを聞かずとも、言わんとする事を二人は呑みこんだ。 左手から、敵。全く何処に枝道があるか分からない。 既に抜刀している。 速度、その踏み込む速度‥‥いや、纏う剣気、殺気、別に何でもいい。文言を選ぶ暇などある筈も無いから。視界に突如として入ってきた剣客は『雰囲気』を醸し出していた。 (バカ正直に戦えば確実に殺られる‥‥どうする!? 側の塀を――) 元々数で劣っている現状から、逃避を考えるナイピリカの思考は至極当然であり、薺と由樹もそう考えていた。 が、現実としてそこに広がった光景は、相手へ咆哮しながら剣を抜くナイピリカ‥‥そして手裏剣と矛を構える自分達であった。その理由は何故か、――剣客は邪魔な住民を斬り伏せていた――等とは誰も思わなかった。 (止めへん‥‥けど、見捨てる訳にもいかん) ナイピリカの脇を、一閃走るは巨大手裏剣。由樹の援護‥‥だが相手の刀で上方に弾かれ、風魔閃光手裏剣はあらぬ方向へ飛んでいく。 後方。 一人斬られた事により、住民達は狼狽しながら逃げる。それをかき分けながら、敵が間合いを詰めて来た。 薺が矛先で弾いた相手の武器は‥‥片手槍。外套下に見える胸当てに、小型盾、そして身体全体に薄らと色を帯びている‥‥オーラか? だとすれば相手は騎士。 「灼狼の一牙が御相手致します」 矛と槍が打ち合い、切っ先の煌きが暗がりに残影を残す。 (前の剣客は二人掛りで何とか応戦している状態、ならば‥‥!) 何者であろうと止めなくてはいけない。 が、何も薺の思考は悲観のみではない。 (ここで一気に一人沈める事が出来れば状況を好転させられる) 赫灼の刃は弧状を描き、空を裂いたかと思えば軌道を直線に変える。しかしいずれも騎士然の男に直撃しない。 男の、左手盾を引くと同時に繰り出される刺突。薺は片足を軸に反転し、勢いそのまま蛇矛で横へ薙ぐ。 即座に間合いを詰め、男は蛇矛の柄部を盾で殴る様にして穂先を逸らす。男は低い姿勢のまま更に一歩踏み込み、そのまま片手槍を突き上げんと握る手に力を込めた。 この男も、強い。薺は手疵を覚悟した――が、敵は急に攻撃を止め代わりに盾を眼前に構える。そして苦無を弾いた後に、自分の身に蛭の式が張りついている事に気が付き舌打ちする。 「ナイピリカと、由樹の御蔭ね」 頭上から、声が聞こえた。薺、騎士然の男、共に見上げた先は屋根の上‥‥そこに居るのは由愛。 「騒ぎ立てと、風魔閃光手裏剣の発光‥‥奴らよりも先に辿りつけたらしいわ」 苦無が飛んできた事から、那美も到着しているのだろう。 好機! 振られた薺の矛は半ば強引に力で手元へ引き戻され、空間を引き裂きながら騎士然の男へ穂先を奔らせる。 手応え、有り。 このまま畳掛けるべく由愛が動こうとした所で、由愛の視界がぐらつく。 ――風景が、 足に刺さった手裏剣によって体勢を崩された事には、屋根から転がり落ちている最中に気が付いた。 そうして落下する由愛に迫る影‥‥敵、手裏剣の主。シノビ職は敵にもいた。 ――ゆっくり見える 白く光る忍者刀、冷徹な眼、人相、の男‥‥。 その背中を、疾駆しながら斬り付けたのは那美。 本当はもっとコソコソするつもりだったが、自分の正体よりももっと大切なものが、有る。完全に意識を由愛に向けていた男は、奔刃術から放たれた一太刀に不意を付かれる形となった。 ――飛び込んだ那美の両手が広げられる 那美の、目一杯の跳躍。 落ちた屋根の建物は何階建てだろうか。三十尺も無いだろうが、落ち方が不味い。 ――もう一人、飛び込んできた。 「な、那美どけ! どけって!」 「は、晴人さん?」 那美が由愛をナイスキャッチ。だが勢い殺しきれず、飛び込んできた晴人の上に臀部から無事着陸。 「あは♪ どうしたのかな晴人さん、人間椅子になりに来たの?」 「そこまでして人肌の温もりに飢えてねぇよ。いいから降りろ」 晴人が来た、と言う事はつまり。 (まず、動ける数を減らしたい) 晴人、千景、南洋の到着だ。 左足裏を相手の胸に叩き付け、寸分の暇無く右袈裟の斬撃を放つ。相手も剣を構えて受けを試みるが、南洋は膂力でそれを押し切る。 その傷、浅くない。 「気は進みませんが、今は手段を選んでいられません‥‥」 追撃に踏み込む千景。場数を踏んだ剣士であっても、完全に奇襲に対策出来る者などいない。抜刀から、横一閃。刀剣越しにミシリと鎧袖が軋んだのが分かる。 が、致命傷まではあと一歩。山岳陣を用いて男はこれに耐え、刀を振う。対する千景も只では食らわず、不動で身を固めていた。 丁度その頃だった。ナイピリカと打ち合っていた剣客がシザーフィンの先端を激しく弾いたのは。 自分に背を向け、千景達の方向へ走る剣客を見て、ナイピリカは激しく歯軋りをする。 悔しかったのだ。 剣術であの剣客に及ばなかった事は勿論ある。 だがそれと‥‥仲間を救う為に見せられた背中とは言え、それを斬る事に一瞬だけ躊躇ってしまった事が悔しかった。 「く‥‥っ、南洋、千景! そっちに向かった!」 「八十島さん、向こうの晴人さん達と連携して退路の確保をお願いしたい」 「南洋、さん?」 刃と、刃。暗がりの裏路地に、淡く火花が散る。 「奴は私が止める」 頷き、千景は周囲を見渡す。 先程剣を交えていた男は、槍持ちの騎士がカバーに付きながら後退中。剣客は後退までの殿役だろう。南洋と切り結びながらも、徐々に下がっていく。 ナイピリカ、由樹も、後退する敵を無理には追わない。 あとは、那美、由愛、晴人と交戦中の敵が、撤退してくれれば――剣士と晴人が、戦いながら何か話している。 「貴様の太刀筋、動き‥‥やはり、そうか」 「あ?」 「村の時にも思ったが、やはりお前も、あの里のシノビか」 「だったら何だ、余りしつこく付き纏うじゃねーよ!」 「そうはいかない。あのシノビ達全ての命をしか、無き主の手向けにならない」 「何だと!?」 「今回、お前達の合流を許した時点で俺達の作戦は失敗‥‥故に今は引こう。だが、最早お互いの戦力や状況が知れた状態‥‥もう読み合いの必要も無い。次会う時はどちらかが死ぬまで、だろうな」 「ま、待ちやが――」 「晴人さん、危ない!」 千景が声をかけるが、間に合わない。追走するべく駆けた晴人であったが、呪縛符、雷閃と併せて見舞われ膝を地につける。 そうして、相手方の影も見えなくなってしまった。 「どちらかが、か‥‥」 晴人は、誰もいない裏路地をぼうっと見ながら呟いた。 そんな彼の肩に、掌が乗せられる。 「死なせなんかせぇへんよ」 「由樹‥‥」 「『旧友』も、ええ奴みたいやし‥‥友達を失わせて悲しませとうないしな」 言ってから由樹は思った。あの時自分は悲しかったのか、と。 「あちらがそう言う構えなら‥‥尚更、今は落ち着ける場所で一息つきたいですね」 千景の言葉に皆が頷いた。こちらも気を休めたい。次の、決着の戦いまでに。 |