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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 伊達男の方が都合がいい。 何も、ここが色町で仕事の女を捕まえるのに好都合だから、と言うだけじゃあない。 ただ、不思議な事に恰好付いた人間の方がそうじゃない人間と比べて、同じ言葉を言っても説得力がある。 こんな町で、お仕事の斡旋なんてケチな生業で生活しているんだ。少しでも楽に仕事が出来た方が良いに決まっている。 だから、人前に出る時は粧して、表情には常に余裕を携える‥‥というのが俺の信条だった。 「あ、どうもお帰りなさいませ」 「‥‥アンタ、誰だい?」 だが、一仕事終えて自宅に帰り、戸を開けたら見知らぬ巫女服の少女なんかが居て、あまつさえ何かお辞儀して来た時とか‥‥そう、そんな事態に陥った時くらい、表情を驚愕に染めたって‥‥それは仕方が無い事だろうと思う。 「どうやら、帰ってきたみたいね」 聞き覚えのある声が、家の中から聞こえて来た。俺は、出来るだけ最悪のパターンを想定しながら、その声の主‥‥青髪の陰陽師の顔を見る事にした。 事のあらましとしては、こうだ。 町で塀を壊して屋根を飛び回って、戦闘行為をしたり‥‥と、なかなか騒がしく一悶着起こした開拓者の一行は、応急手当の為の場所を探していた。しかし、こんな所に住んでいる知り合いなど居るはずもなく‥‥そこで、俺の仕事上の知り合いである青髪の陰陽師の案内で、ここに来たらしい。彼女には、仕事を斡旋する都合、俺の自宅兼仕事場である此処を以前に教えていた。 「ま、私だって無理を言ってまで居座るつもりもないし。手当とかも一通りして、落ち着いたしね」 話す彼女の隣で、精悍な顔つきのサムライが、自身の傷に包帯を巻いていた。浅い傷ではあるらしいが‥‥この男、パっと見た所それなりに出来る剣士に思える。それが傷を負う相手‥‥となると、只のチンピラ相手と言う訳ではなさそうだ。 「待て待て。俺だっていきなり追い出すほど無慈悲な人間じゃあないさ」 建前を言いながら、俺の頭は慈悲とかそう言ったものとは別へ思考を向けていた。 手だれの連中、手だれの連中‥‥どこかで、聞いた事のある。 「腕の立つ相手と訳あって戦っています。何か、奴らについてご存じではないでしょうか」 「んーそうだね‥‥嘘じゃなかったら、ボク達にその情報を売ってくれないかな?」 そこに、やけに軽装のシノビ風少女と、炎の様な髪色の少年。逆にこちらから相手の事を聞いてみたところ、どうやら何回かは剣を交えている様で、この開拓者達もある程度は敵の人相や情報を持っているらしい。 そうだ! あの連中か! 開拓者達の情報と、俺の頭の中の情報とが合致した。 この町に手練の用心棒集団が流れて来たと言う情報は、かねてより耳に入れていた。何でも、どこの組の傘下に属さない連中だと聞く。 「ああ、そいつらの事は知っている。イヤイヤ、金はいらんよ。アンタ達が困ってそうだからさ、こんな時にそんなケチ臭い事は言わんよ」 昔から地元に居る組の連中にとっては、店のケツ持ち縄張りに勝手に入ってきた厄介な連中‥‥それをこの区画から排除出来れば、俺だってケツ持ちが居なくなった店へ新たに斡旋をかけられるし、上手く仕立て上げればやくざ共のご機嫌取りを出来るかもしれない。 「奴らは昔、石鏡の辺境氏族に仕えていたって話だ」 「連中‥‥術は知っていても、巫女はおらん様に見えたけどな」 シノビの男が口を挟んできた。 「そこなんだよ。その主君ってのが、完全実力主義で配下を揃えたんだよ。変わり者の陰陽師や、浪人のサムライ、金で雇ったシノビ、果てはジルベリアの騎士‥‥腕が立てば生まれや環境なんか、全く気にしない人間だったのさ」 俺は、変に疑われない様に話す。 「石鏡は辺境地ではアヤカシの被害は相当のものであると、うかがっています」 「その通りだ、巫女服のお嬢ちゃん。だからアヤカシ討伐で功績を重ね、名声がやがて都市部にも届きそうになった時‥‥ある日、その主君が謎の死を遂げた」 開拓者達は黙って聞いているが、『謎の死』では納得出来ない、と顔に書いてある。 「明るみに出た話じゃあないが‥‥彼らを快く思っていない、伝統を重んじる保守派の氏族に暗殺されたってのが、凡その見解だ。まぁ金で動くどっか‥‥便利な連中を雇ったんだろ」 「別に誰が殺したなんて、どうでも言い話だろ!」 声を荒げる男が一人いた。彼も開拓者なんだろうが、この中で一番身なりが悪い。どうやら外見と品性は一致するらしい。 「そんな話、誰が聞き――」 「そーやって噛み付くんじゃないわよ」 男の額にコツリと軽く拳を当てて諌める女‥‥彼女は男と違い、多少身なりに気を使っているらしい。 「ま、とにかく‥‥主君を失って奴らはバラバラ。腕の立つ一部も、今はこんな所で仕事を探す程度に落ちぶれたって話さ。でも、なんでアンタら、そんな連中と戦っているんだ?」 こちらが比較的社交的に話を続けているというのに、男はまだ俺を睨め付けていた。 と、俺とその男の間に羽虫がフラフラと飛んでくる。もう虫が出始める季節か‥‥と考えていた所で、異国装の女が羽虫を手掴みで握り潰す。が、その手を空けた時、羽虫は欠片も残っていなかった。 手品、か? 「御仁、今すぐ此処から逃げた方が良い」 「ん、何の冗談だい?」 手当てを終えたサムライの言葉、それに返しながら俺は気付いていた。この男、冗談を言う様な人間にも見えない。 「恐らく‥‥奴らが此処に来る。私達を始末する為に」 なんてこった。 「そう言う訳じゃ。わし達にも申し訳ない気持ちが無い訳ではない‥‥が、一般人を守りながら戦う余裕がある相手に思え――」 「いや、俺はここに残る」 異国騎士然の金髪の少女の言葉を、俺は自分の言葉で上書く。当然、それに彼女は反論した。 「――な、人の話を聞いておらんかったのか!!」 「あんた達から、金の匂いがするんだよ。それに、何となくカッコ悪いだろ。そうやって相手が強いから逃げたすのって」 「‥‥一応聞いておくが、剣の腕は?」 「からっきし!」 「ぬがー、やっぱり! 格好付けている場合ではなかろうに!」 そう、正真正銘俺は一般人。 「じゃあアンタらに依頼する。今日一日、俺の用心棒になってくれ」 「それが、次の仕事ってワケ?」 青髪の女は、愉快そうに唇の端を吊り上げる。そう――最初に居酒屋で会った時にも――、こいつはこんな嗤い方をしていた。 「ま、そういう事。依頼主として改めて紹介しておこう、俺の姓は伊田森(イタモリ)」 「名前は?」 「まだ秘密だ」 「‥‥‥」 ここは俺の仕事場兼自宅。外の店や路傍であればいざ知らず、今まさに自分の家に攻め込んでこようとしている不届き者に対して、尻尾を巻いて逃げるなんて格好悪い真似は御免被る。 誰だって、心に守りたいものってものがあるだろ。俺は勿論だが、この開拓者達‥‥そして、これから此方に攻めて来る連中も‥‥。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 即座に打ち合わせて作戦を練って、各々準備を始める所を見るには、流石開拓者と言った所か。 「つまり我々は先駆けての囮となる。晴人殿、是認頂けるか」 このサムライ、確か南洋と名乗っていたか。話し合いに聞き耳を立てていた俺は、開拓者達の顔と名前、そして戦いの事情を概ね記憶している。 「今更怖気付かねぇさ」 晴人は息を巻く。何やらこの柄の悪い男が、連中の恨みを買っているのが事の発端らしい。 「晴人。保浦屋でまた鈴音と一緒にこき使ってあげるんだから、あたしに無断で逝ったら棺桶に蟲を詰めてやるわよ」 「やれやれ。生きても地獄、死んでも地獄ってんなら生きた方がまだマシだな」 由愛と、晴人とのやり取り。俺だったらどちらも嫌だ。 「どうでもいいが、俺は自分の都合を優先するぜ」 俺は一応言っておく。別に断る必要は無いだろうが、まぁ罪悪感の問題だ。 「出来れば被害を抑えようと考えています」 努めて叶う範囲ではありますが、と付け加えて言うのは千景。何て良い娘なんだ。10年後に結婚したい。 「市井の被害を最小限にするのは騎士の務め。なるべく壊さぬようには致すぞ‥‥あっ」 腰に手を当て、無い胸を張った勢い‥‥早速肘で花瓶を割ってくれてありがとうナイピリカ騎士候殿。 まぁ、最悪、俺はこの拠点を手放す覚悟は出来ていた。 ‥‥が、突如として現れた巨大な蛇が家を壊しながらのたうった時、俺は一目散に家を飛び出た。 「伊田森さん、隠れて!」 千景の声。そう、俺の呼ばれは伊田森。名は‥‥今、それ所じゃない! 俺はとっさに外へ出て、身近な遮蔽物(これが、吹っ飛んだ自分の家の壁だと思うと悲しくなるが)に身を隠しながら状況を見て、早速辟易していた。 敵前衛の一人は血反吐を地面にぶちまけていた。これは確か、黄泉から式を練り出して不可視の呪いを相手に叩きつける、陰陽師の高位術。こんな死に方、俺は絶対にしたくない。 が、前衛一人倒れてもまるで躊躇無く、敵の陰陽師は式を繰り出す。相手も同業者なら、灯華の術が血を犠牲にして威力を高めたものと検討付けたのだろう。再構成された先の巨蛇が、家ごと開拓者達を潰さんとのたうち回る。これは屋内の人間は‥‥やられたんじゃないか? 家が崩れ、屋根の上にいた由樹が、瓦と一緒に地面へ落ちていく。彼は落ちながらも敵方へ腕を向ける。握られているのは、短筒。 筒先、そして火蓋は煙を噴き出し、銃口が火を噴く。 陰陽師。その胴に、弾丸が突き刺さる。 が、浅い。 その時、隅で隠れている俺の頭上を通る一つの影。 那美だ。屋根伝いに側面に迂回して、敵後衛へ走る。狙いは‥‥先程、由樹が狙った相手。治癒の符を構えた陰陽師。そう、射撃の狙いは致命ではなく、合図。 そんな彼女の進路を阻むのもまた、敵のシノビ。読まれていたか。 構えられた手裏剣――刹那の間隙に、それは那美の眼前に迫る。 頬を薄く切られながらも、彼女は速度と、笑みを緩めない。 「ふふ。早かれ遅かれ、由愛さんのお礼はするつもりだったのだ♪」 肉を、血を。相手の命を欲求しながら、白刃は切っ先を輝かせる。無論、相手も反撃してくるが、それでも尚、彼女の嬉々たる顔は変わらない。今際の時まで、そうするつもりか。 誰かこちらに人をまわせないか。そう考え、俺は前衛陣の様子を見たが、そちらもそちらで大分苦戦していた。 「拾った命、わざわざ手放しにくるとはな」 「私も、借りを残したままにするつもりはありませんので」 「そうかよ!」 巨漢、そしてその身丈相応の大太刀。空間を縦に断つ、大袈裟な銀の軌道。 千景は横へ払ってそれを弾き、――殺しきれぬ威力、赤く塗れる肩――そこから踏み込む。直後、一直線を描く、刺突。 絶命に至らず。だが、勿論彼女も一撃で殺れる相手と侮ってはいない。突き出した切っ先を横に振うと、円の斬撃は大太刀の男、そして側面から迫った剣士も合わせて切り裂く。剣士は咄嗟に後方へ飛んだお陰で傷は浅い。そこへ、青の剣が繰り出された。ナイピリカだ。 まずは晴人、南洋で敵の意識を集め、固まった敵陣前衛の側面をナイピリカ、千景で討つ。由樹が後方から射撃・投擲でそれを補助‥‥と言う形の連携になっていた。 迎撃せんと剣士は先を取る。左小剣でそれ受ける、力の乗った攻撃にナイピリカは奥歯を噛むが、堪えて右片手剣を振う。一撃、弾かれ――二撃目が空を切った感覚に、彼女はぞっとしただろう。剣士が回避行動から、流れる様にして攻撃を繰り出す姿が見えたから。 血が、滴る。 開拓者達の動きは悪くない。しかし現状は芳しくない。 敵前衛は騎士然の男、凄腕の剣客、大太刀使い、他剣士二人の計五名。対する開拓者前衛は晴人、南洋、千景、ナイピリカの計四名。加えて敵後衛には、陰陽師二名。開拓者側はシノビの由樹一名。中間層で敵のシノビと那美は未だ交戦中。恐らく、実力が拮抗しているのだろう。家に開拓者三人‥‥薺、灯華、由愛と居たが‥‥先の巨蛇の攻撃、それによる家屋崩壊、無事ではないだろう。敵前衛が最初に一人、灯華に屠られたが其の術の威力を見るに――陰陽師の秘術に、己が血を捧げて力を高める外法があると聞く――、灯華も無事ではあるまい。 「抵抗しなければ、楽に死ねるのに」 無情に呟かれる、剣士の言葉。しかし当のナイピリカに退く様子は無い、寧ろ鼻で笑う様にさえして。 「ふん、我が肢体を嗤うた者に仕返してやらねば、死ぬに死ねんのじゃ!」 「下らん意地に命を張るか――」 「ならば! 大業な意地で無垢の命を奪う自分達に、大義が有るとでも言うつもりか!」 剣士の語尾は、彼女の声にかき消された。 「‥‥何だと?」 「憧れ、失望、夢、現実、怨恨、恩義、‥‥この天儀での様々な出会いで、それぞれの人に、それぞれの剣を取る理由がある事を知りえた。しかし、先の村の襲撃時によって、何人もの無関係な命が奪われた‥‥ゼッペロンが名誉において、其れは免ずる事叶わぬ悪行!!」 「随分吠えるな」 「同感ですね」 「!?」 済んだ声色は、一瞬場違いにさえ感じられた。 「主なき今、野党に身を落とし悪行三昧ですか。その主とやらは余程『徳』がなかったのでしょうね」 どこからだ? 「この様な者達を集めても結局は守られず命を落として、そしてこんな悪を作り上げ世に放つ‥‥仇をとりたいだけならばただの鬼で居られたものを。今の貴方達はただの畜生ですよ」 彼の台詞は棘を含む――いや棘どころか、その鋭ささえ隠さぬ言の刃。 「貴方達の心も、思い出も、尊厳も。その全てを否定させて頂きます。自分が人であると反論在るならどうぞご随意に」 崩れた家の方から姿を現したのは、炎髪の牙狼。薺だ。 ‥‥おかしい。程度に差はあれど、無事であるのはおかしい。 「徳無き者、堕ち行く先は畜生道。然るに送って差し上げましょう。その主と同じ場所へ」 疑問よりも憤怒に駆られ、敵のうちの一人が薺へと疾駆した。 一気に間合いを詰め、薺の胴を目掛け刀を走らせる。受ける事は出来たものの、威力を殺しきれず薺は膝を付く。そこへ間髪入れず上段に構えられる、二撃目。太刀筋は、薺の額を狙わんとしている。 怨恨に満ちた眼は、主の名誉を侮辱した者の絶命を見届けんと見開かれる。 が、崩れた家屋から半身乗り出し、陰陽槍を突き出す灯華が見えた時、その瞳の色は驚愕に変わった。 「まるで死人でも見る様な顔‥‥失礼ね」 灯華は、嗤う。 下法による身体負荷、放った巨蛇による傷、家屋崩壊‥‥お前が生きている筈が無い、生きている筈がないんだ‥‥騎士の眼に浮かぶ疑問の念。しかし灯華の言葉はその解答ではなかった。 「でも安心して。ちゃんと人間ってのは、殺せば死ぬから」 黄泉者の召還、そして呪縛の式。仰け反り鈍った敵の動き‥‥これを見逃す程、薺は甘くない。 「何故、奴らは生きている――」 呟く陰陽師、その声は途中で止まる。背中に走る傷と痛みを感じたから。 走行姿勢のまま、繰り出された忍刀。 那美だ。血だらけだが、彼女も生きている。 「お前の相手は――」 「もう少し斬り合っていたかったんだけど、途中で逃げられちゃったのだ〜」 恐らく、金で雇ったシノビだったのだろう。俺なら、そのシノビの気持ちが分かる気がする。 「だから、彼に出来なかった分も、きみで切れ味を試させ貰うのだ♪」 首筋から熱が吹き出る感覚と共に崩れながら、陰陽師は、距離もあろうに自分を見下す赤の双眸に気が付いた。瞳は、明確な怒りの業火を、珠一つに凝縮した様な紅色。 もし、その陰陽師に読唇の心得があったら、きっと絶命するこの僅かな時間の間、絶望していただろう。 『なみ そいつはもっとむざんにあつかうべきだわ』 割れた外壁を押し上げて、損壊した家から出てきたのは由愛だった。 「あんたら勘違い野郎共如きが、あたしの仲間の命を獲ろうなんて、冗談でも質が低過ぎて笑えないのよ」 一片の符は綺麗な蝶を形取り、一番手負いの晴人の傷を塞ぐ式となる。そしてもう一片の式はおぞましい色の泥濘となり、敵の大太刀にへばり付く。 「小細工かァ!」 「お仲間に陰陽師がいらしたなら、よく教わり想定しておくべきでしたね」 鈍る大太刀の剣筋、対して千景の剣閃はより鋭敏さを増す様でさえある。 開拓者達の後衛が機能し出した以上、今まで以上に動かなくてはならない‥‥残りの陰陽師の一人は、そんな事を思っていた所だろう。 「見つけたのじゃ」 「な――ッ」 そこに何故、ナイピリカが居るのか。陰陽師は言葉を詰まらせる。 家の前で剣士一人を討ち取った薺が前衛に上り、数の優位は開拓者に傾く。そこで半ば強引にナイピリカが間を抜け、敵後衛へ迫ったのだ。尤も、スマートな動きではない為無傷ではないが、後衛を崩すのはそれ以上の価値がある。 「もう止せ」 凄腕の剣士と斬り合う、南洋。お互い手負い。この二人は、他の人間達が割り入れない程、高次元で実力が拮抗していた。 だから数の優劣が明らかになった現状、南洋はそう言ったのだ。 しかし、相手は黙して太刀筋を緩めない。恐らくこの剣客は、最後まで個の勝負をする。南洋にも、これ以上降伏を勧める余裕など無い。 が、連中全てが、そういう人間ではないらしい。 敵同士が何か目配せをしたかと思った次の瞬間、 「!?」 大太刀の男、騎士然の男は、攻撃をいきなり晴人へ向けた。当の本人は、別の相手に忍刀を振り切った直後、実力者二人の挟撃が避けられる状況に見えない。 殺られたな。俺は彼の死を直感した。 「そいつの命は、やらん」 黒閃、二筋。複数投擲――由樹か。敵後衛にやられたらしく、傷も浅くないがそれでも苦無を二人の腿に放り、その動きをほんの一瞬だけ止めた。 本当に、一瞬。 だが、充分過ぎる時間。 脇から迫る千景、薺の刃。転瞬の虚を付かれた男二人は、動きを鈍くして、やがて止まった。 後衛が一枚落とされた段階で、既に我々は負け戦へ進んでいた。だからせめて、あのシノビに一矢報いる為に二人は仕掛けたが‥‥開拓者達の方が上手だったらしい。 生き残りも、既に僅か。 そして、俺も‥‥ もはや、出し惜しむ必要もあるまい。 自ら先に踏み込む。目の前のサムライに勝つ、只その為だけに刀を奔らせた。相手は俺の切っ先を捉えた、と、錯覚した事だろう。次の瞬間、柳生無明剣を以って我が刀身は相手を斬る。 確実に直撃した、確かに直撃させた。 しかし、男は怯まずに一撃、既に放っ―― 俺は、仰向けに倒れていた。此の速度、威力、男の身体から放出される練力‥‥鬼切、か。見事。 「何かあれば、聞く」 最後まで男は、無感情に言ったものだから、俺も最期まで、無感情に言う。 「凄腕の剣客と、斬り合うて本望也」 我ながら、味気ない辞世の句で‥‥ なし崩し的に戦況から、開拓者達の勝利が決まるのに時間は掛からなかった。 戦闘中逃げ回っていた伊田森は、『命の分だけ』と言って幾らかの金子を開拓者達に渡すと、急ぎ足で何処かに行った。何か、算盤弾きの算段があるのだろうか。 死亡者は搬送、戦闘不能者は奉行所への連行、そして逃げた者は帰る場所を無くす為に店々への手配‥‥戦闘後、連中を疎んでいたやくざ者達の働きはこなれた手際だった。 里の方も、今頃『旧友』が色々と手を廻している所だろう。 かくして、過去に追われた者と、過去を負う者達の一連の事柄は、一応の終息を向かえる。 過去に固執する愚かさや空しさを、誰もが感じていた。 だが、 (俺は‥‥) この戦いにおいて、央 由樹(ib2477)に躊躇は無かった。しかし覚悟と何かが自分の中で、同居している。何か‥‥罪悪感、だろうか。何に、対する? 今だけは、余り深く考えたくない。 「オイ、あさっての方向みている場合じゃないぞ」 急に背後から彼の肩を掴んだのは鰓手 晴人(iz0177)。 「これから由愛と那美を相手に飲みに行くんだ。付いて来い」 「晴人、早くしなさい。早くしないと全額あんたの驕りになるわよー」 「それプラス、色々な『試し相手』になって貰うのだ〜♪」 川那辺 由愛(ia0068)、野乃原・那美(ia5377)の声。どちらも、ぞっとしない話だ。 「悪いな、今は飲む気分やない」 「お客サンのつもりで招いている訳じゃない。こーいう時、飲まされるのは男なんだよ」 「‥‥?」 「犠牲者は一人でも多い方がいい」 コイツ、自分が飲まされる事を前提に話しとる。 「今、何か言ったか?」 「何も。良えから早ぅ店に案内しぃや」 「その態度、テメェ‥‥とことん飲ませるから覚悟しとけよ!」 それはこっちの台詞や、と思うと同時に、由樹はもう一念、思い馳せた。 (こんな時だけでも、俺はこの面を少しだけ崩してええんやろうか。おばば‥‥) こんな時ばかりは、自分が『男』扱いされなくて良かったと思う言ノ葉 薺(ib3225)。 「南洋さんは、行かないのですか?」 「日替わり迎えても終わりが見えぬ戦いは、流石に分が悪い」 八十島・千景(ib5000)には多少、面白がって言う様な色があったが、大蔵南洋(ia1246)は至って真面目にそう応えた。 「まぁ彼、それほど丈夫には出来ている様には見えないけどね。せいぜい、五臓六腑に盾でも持ち合わせていれば話は別だけど」 肩を竦めながら、霧崎 灯華(ia1054)は言う。 ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)は「ふむ、そう言えば」と前置きを述べた後に話す。 「ジルベリアにおいて騎士は盾に紋章を入れる事も多いのじゃ」 トンと己が胸を叩く彼女によれば、盾は単純に防具と言うだけではない、との事。 「盾とは騎士道のシンボル、誇りと名誉! 故に、心の中にそれを持っていれば、悪逆に身を落とす事もないのだ」 誇りであれ、名誉であれ、本当に守りたいものと言うのは他人から奪うものではない。 彼らの心に必要な物は、盾だった。 |