激突! 屋根上レース
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/24 06:35



■オープニング本文

●登場人物の背景に関係するお話(読まなくても問題の無い部分)
「武州の周辺では、大変な様子らしいですね」
「稼ぎどころ、って言う話でもないのか」
 言うは雑貨屋丁稚、応えるはその雇い主。
「私達と言うのは、風鈴や団扇を捌いている方が性分なのです」
「そうか」
 丁稚の名は、鰓手晴人。町のならず者から諸事の縁にて雑貨屋で働く事となった、人相の悪い男。
 雇い主の名は、保浦鈴音。身丈幼く見える銀髪の少女だが、店の切り盛りを見るにしっかりとした人間らしい。
「まあ。戦による損壊著しい地域への支援が必要な場合、その限りでは有りませんが。あと、資材の卸しを中継したり‥‥」
「やっぱり稼ぎどころのつもりじゃねーか」
「色々あるにしても、全ては全てが済んだ後です。だから、晴人さんはちゃんとこの雑貨屋で働いていて下さいね」
「‥‥どう言う意味だ」
 何気ない、会話に聞こえる。が、短く言う晴人は険悪ささえ醸し出し――いや、醸し出そうとしているだけ、偽ろうとしているだけに過ぎない。自分の不安、心情の揺らめきを隠そうとしているだけに過ぎないのだ。
「‥‥どういう意味、もありませんわ。はい! 手が止まっているのです。仕事仕事、店が開く前に、ちゃんと陳列済ませて下さいね」
「分かった! 分かったから、突くんじゃない!」
 空気の色が、日常のそれに戻る。
 この晴人と言う男、ならず者の更に以前の過去、とあるシノビ里に従属していたのだが‥‥とある任務の最中、掟を破り抜け忍となった。その後、里から刺客が送られてくる事もあったが、これを迎え撃ち、そして彼の『旧友』、そして開拓者の手を借り、何とか平穏な日々を手に入れたかと思われた。
 しかし、鈴音は余りこれまでの話に関わってこなかったと言えど、何と無く察する所はあるような素振りを見せる。いつ頃からか、晴人は鈴音の言葉の端々に、念押しの様な、探りの様な‥‥何か含みを感じる様になった。
(俺の思い違いなら、それで良いんだが‥‥)
 表面上、特に以前と変わった様子も無く、相変らずこき使われている晴人だが‥‥時折、二人の間の空気は、何とも微妙なものとなる。
 少なからず、事情には鈴音も巻き込んでいる部分もある。自分の過去について何時か言おう、何時か言おうと思っていた晴人であったが、中々、切り出すタイミングを掴めずにいたのだった。
 所謂ヘタレである。
 しかし、事の至りと背景、自分の過去については、自分から鈴音に言う。そう開拓者と約束していた手前、いずれは、『何時か』を『今日』にしなくてはいけない。
「す、鈴音っ」
 晴人の声に振り向く鈴音。
「‥‥‥」
 何故かそこから、言葉が続かない晴人。
「‥‥、何です?」
 変な間が、二人の間で広がる。
 晴人は、声をかけたは良いが、話の切り出しに困っていると言う按配だ。
「さっきの話だけどよ、な――」
「うわっはっはっはっはー! ついに見つけたぞ鰓手晴人ォ、今日こそお主の命運も尽きるのであるぞォーー!」
 塀の上で、何かポーズをとっている変なおじさんがいる。
 うわ、何あれ‥‥雰囲気ブチ壊し。
 シノビ‥‥かと思われる黒装束を身に纏っているが、真っ赤なマントを背につけている所為で、カムフラ率は低そうだ。鉢金のデザインも、意匠を凝らしている様だが客観的に見てダサい。
「闇に紛れ隠れ潜もうとも、天照らすお天道様の光、そして拙者のこの心眼! それらから隠れ果せられる道理も無し! さぁ観念致せィ!」
 全体的にバカっぽいと言うか、暑苦しいと言うか、そんなシノビらしからぬ雰囲気漂うその男に、晴人は心当たりがあった。

「いきなり刺客を全く無くすと、幾ら何でも他の上忍達に不審がられるだろうね」
「じゃあその度その度、迎え撃てばいいのか」
「いや――あれだ、そういう雰囲気じゃな奴を、送り込ませるようにするのさ」
「どういう事だ?」
「じきに分かるよ」

 晴人は、別れ際の旧友の言葉を思い出した。なるほど、つまりはシノビ里きってのギャグ担当の人間を刺客に送り出してくる訳か。
 どんな判断だ。
「さぁ、正義のシノビである拙者が成敗してくれる! 覚悟!」
「ま、待て!」
「いざ尋常に――どわぁ!」
 何か踏み込み誤り、自称正義のシノビは塀から落っこちた。恐らく志体持ちであろうが打ち所が悪かったらしく、足首を押さえて痛そうに悶えている。
「大丈夫ですか」
「か、かたじけない」
 自称正義のシノビに鈴音が駆け寄り、包帯やら何やらで手当てを施さんとす。
「こいつもしかして‥‥凄く駄目なシノビなんじゃ――」
「何と申した鰓手晴人! 拙者の侮辱とは聞き捨てならぬぞ! 今のは、ちょっと強い日差しでクラっとしちゃっただけである!」
「お、おう‥‥」
 晴人は、先程とはまた別の意味で、出す言葉に困っていた。何て言うかコレ、どうすればいいの?
「なるほど、それでは貴方が練達のシノビ様である証明に、私共雑貨屋丁稚の晴人さんと障害物競争で雌雄を決しては如何でしょう?」
「む、しかし何故徒競走を?」
「屋根上を用いれば、そこはシノビの腕を競い合うに相当する場になるかと思います。察して及ぶに、貴方は晴人さんと何か争いに来た様子ですが、この白昼に抜刀事も物騒ですからね。晴人さんに貶められたそのシノビの腕を振うに、相応の場と考えられます」
 幾ら相手がアレでもそれを快諾する程の馬鹿でもなかろう。晴人はそう思うと同時に、最悪、相手が何か鈴音に仕掛けて来た場合の事を考え、胸中、冷や汗で濡らしながら身構えていた。
「うむ、それは名案なり! では然るべき手段にて、拙者が奴を下すとしよう。ふ‥‥晴人よ、拙者を見くびった事を後悔させてやるぞ!」
 相手が馬鹿で助かった!


●依頼内容はここから
「‥‥商店街屋根上障害物レース?」
「はい。雑貨店『保浦屋』が主催致します、徒競争です。既に商店街の方々にはお話しておりますので、ご安心を。あからさまにワザと屋根を壊したり穴を開けたりしなければ大丈夫だそうです」
 ギルドにて、係員に依頼の申請をしているのは、保浦鈴音と名乗る少女だった。名前の通りの『保浦屋』と言う雑貨屋を経営している。
 どんな背景かは良く分からないが、彼女の店にて丁稚をしている志体持ちの男と、とある里からやってきた謎の正義の熟練(以下略)のシノビとの、熱いレースを企画しているのだと言う。
 商店街の屋根の上を、二人が駆け抜けてその順位を争う訳だが、野郎2人がただ走っても面白くないので、開拓者の手を借りたいとの事。
 障害物の用意、もしくは開拓者自身が障害になっても良し。開拓者が参加者になっても良し。
 また、商店街の方々はどうやらレースの順位に幾らかの小銭を賭けるらしい。
「どうでも良いけど、余り派手な事したり、他の人に迷惑かけたりしないようにな」
「ええ、勿論です。それでは、開拓者の皆様には、宜しくお伝え願いますわ」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
春風 たんぽぽ(ib6888
16歳・女・魔
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟


■リプレイ本文

「これで?」
「良い具合です」
 舞台周辺に、広告の幕が張られている。
「それでは、私は再び工作作業に戻ります。また何か仕事がございましたら、仰って下さい」
「はい。感謝致します」
「この程度、謝辞を受けるに及びません」
 肩車していた鈴音を下ろしながら、メグレズ・ファウンテン(ia9696)は言う。彼女は一礼の後に、再び罠の設置へ戻る姿は誠に精勤。
 かと言ってそれに甘え続けるのは気が引ける、次の仕事は‥‥とそんな鈴音の眼前に現れた丸い物体。
「パン‥‥美味しそうですね」
「事実、美味しいわよ」
 それを鈴音に差し出したのは川那辺 由愛(ia0068)。
「ありがとうございます。しかし、まだ仕事を――」
「メグレズの分で罠は最後。あと、味見だって歴とした仕事よ〜」
「はーい」
 向こうから女子が一人、パタパタと走ってくる。春風 たんぽぽ(ib6888)だ。
「数は沢山ありますから、どうぞ味見なさってくださいね」
「では、頂きます‥‥む、此れは素晴らしい」
 頬張る鈴音もご満悦。それを見て、たんぽぽも柔らかく微笑みながら。
「本番はこれにアタリという名のハズレが混じりますよ〜」
「ふふ、それは恐ろしいです」
 さて、準備の方だが‥‥襷や鉢巻等の準備は既に完了。
「皆様の広告のアイディアには、商店街の方々も快諾致しましたわ。幾らか広告料も頂けましたし」
「パンの材料費は、そこから賄えそうですか」
「諸準備の費用を差し引いても、お釣りが出ます」
「なら――」
 たんぽぽと鈴音、小柄な少女二人に声をかけて来たのは、彼女らより二回りも三回りも大柄の男。
「それを賭けに使うってのが、粋な遊び方ってもんだろ」
 恵皇(ia0150)。
「気っ風が宜しいですわね。恵皇さんはどのチームに賭けまして?」
「無論、自分達に決まっているさ」
 自身の厚い胸に、トンと拳を当てる。成程この身に自信ありと言った所か。
「うーん、ボクはどうしようかなぁ」
 細い唇に指を当てながら野乃原・那美(ia5377)が言う。
「そうだ、ボクは晴人さんチームに賭けよう♪」
 声にビクリ、背中を揺らす鰓手 晴人(iz0177)。
「何でそうなる。恵皇みたいに自分達に賭けろ」
「こうした方が、きっと面白いんじゃないかな。それに、晴人さんだってそれなりの実力者なんでしょ? だったらそっちに賭けるのも道理だよ♪」
 つまりは損する可能性を減らす賭け方。無邪気な笑顔で言う那美だが其の実、打算的である。
「ね、鈴音さんもそう思うでしょ?」
 言われると、鈴音は曖昧に頷きながら言葉を漏らす。
「それなりの実力者さん‥‥なのでしょうね」
 晴人は無言のまま踵を返した。
「晴人、どこに行くのよ?」
「作戦会議だ。あっちで由樹が待っているらしい」
 由愛にも何処か無愛想に返す。那美が鈴音に晴人の事を聞くが、彼女からも鮮明な応えは帰ってこない。
(あの碌で無しは、しょーがないわね。世話が焼けるんだから‥‥全く)

「やるからには勝つつもりで行かせて貰う」
 晴人とチームの央 由樹(ib2477)。作戦‥‥と言っても晴人としては専ら、場を離れる口実に過ぎなかったらしい。
「悪いな、こんな事に付き合わせるなんてよ」
「‥‥明日、雪でも降らせるつもりか」
「な、何だと!?」
 自分にここまで下手に出る晴人も珍しい、と由樹は思う。
「まぁ、こんなんで黙らせられるんやったらそれに越した事ないしな」
「そうだな‥‥」
 由樹は違和感さえ覚えていた。
 何か晴人に活力が無いというか、覇気がないというか‥‥
(‥‥いや、それ何時もの事やしなぁ。何か――)
「ハッハッハッハ!」
 ジャーン! そんなまさかの時に悪魔的(?)笑いが聞こえてきた。
「戦う前に臆しているとはァ! この勝負、既に我が方の勝ちは見えているな鰓手晴人!」
 小高い塀の上に、何かポージングしている二人が居る。一人は、謎の正義の熟練(以下略)のシノビ。
 そして隣にもう一人。
「あれは村――」
「否っ! 私は村雨ではないっ! 敢えて言おう、私は仮面の紳士『ミスターリビドー』だ!!」
 Mr.リビドーと名乗る謎の仮面の男。い、いったいかれはなにものなんだ。
「こやつこそ今の我が盟友。さぁ、リビドー。お主も奴らに布告を――」
「興が乗らん」
「何と!?」
「ふん、無粋な男に用はないっ、私は女子の拝見に行くとする。私は我慢弱く、落ち着きのない男なのさ」
 まぁ粋には聞こえない台詞を放ち、ミスターリビドーは立ち去る。
「ま、待つのだリビドー!」
 謎の正義の(以下略)も、それを追おうとする、が――
「ぬわーーっっ!!」
 また塀から落ちた。何か騒々しい音を立てながら叫び、そして暫くして遠くへ行った様だ。
「しかし晴人‥‥お前の里ってあんなんばっかか?」
 神妙な顔でそう言う由樹に、晴人は返せる言葉も無かった。
「お、おい。何だ今の音は!?」
「お前は‥‥ナキ、か。微妙に危ないタイミングだったな」
 騒音を聞いて駆けつけたナキ=シャラーラ(ib7034)に、晴人はそう答える。
「危ないって‥‥まさかあの、謎の正義の(以下略)野朗、レースの前に闇討ちでもかけて来やがったのか!!」
「イヤそういう事やない、第一そんな事はさせんし‥‥多分あれや。晴人が言わんとしているのは、つまりその、もう一人の方の‥‥」
 由樹が何を言わんとしているかは、分からないが‥‥しかしまぁ、あのミスターリビドー、只ならぬ紳士香を漂わせていた。ここでナキと巡り合わせていたら‥‥。
「お前に限った事じゃ無いがよ、障害側も怪我しない様に注意しろよ」
「大丈夫だ、心配には‥‥及ばねーぜ?」
 ナキの不敵な笑みと、その背中に抱えている――ヤケに厳重に何重にも梱包された――荷物に、晴人と由樹は嫌な予感がしたが敢えて何も言わないでおいた。


 さてやって参りました屋根上障害物レース。コースは二周、二人一チーム編成‥‥解説にお越し頂いたのは、お手透きの様子でした開拓者の春風たんぽぽさんです。宜しくお願いします。
 よろしくお願いします。いやぁなんだか運動会を観戦するみたいで、ワクワクしますね!!
 一番人気は、恵皇選手と野乃原那美選手チーム。二番人気は央由樹選手と鰓手晴人選手チーム。そしてこちらは大穴、謎のシノビ選手と、ミスターリビドー選手のチーム。
 第一走者の恵皇さん、由樹さん、謎のシノビさんが現在横並びで――おっと彼が何か、恰好良いポーズを取りながら晴人さんに何か言っていますよ?
「ハッハッハ、晴人よ! 拙者の実力、思い知らせてやるわ!」
「でもコレ順番的にはあいつと晴人、当たらん気ぃするんやけど‥‥」
「今更、ツッコミ入れる気にもならねぇ」
 乗じて第二走者のリビドー選手も何か言っていますが、わたくしにはなにをいっているかよくきこえませんわ。
 皆さん気合充分ですね。
 はい。
 只今、由愛さんが最後の白壁設置が終わった模様。スタート地点の方向へ合図を送るとメグレズさんが片腕を掲げ‥‥降ろされました!
 一斉にスタート!!
 まず頭一つ抜き出たのが恵皇選手、流石に瞬発力、体力共に高い歴戦の猛者! 続いて由樹選手、謎のシノビ選手、これは僅差! 由樹選手が一歩前に出ているか!?
 第一の障害は的当て、この的が結構小さいのですが――っと、恵皇選手外してしまった!
 屋根上には風があるのかも?
「くっ、こんなところでロスを‥‥」
 二投目準備中の恵皇選手の横、由樹選手が投擲――、一発必中! 謎のシノビ選手も命中。
 ほぼ、同時ですね。
 両者の競り合いが続いたまま第一コーナー、インコースを通りたい所ですが‥‥そこには由愛さんが設置した壁がある! それを避けたうえで内側を通りたい所‥‥謎のシノビ選手、由樹選手に肩を当てて強引にインを確保!
 さて的を命中させ、続く恵皇さんも、この壁を避けて――
「障害はこの拳で切り拓く!」
 屋根上に響く破砕音!! 一撃粉砕です!
 豪気な性格がよく出ていますね。観客さん達も声をあげています。
 さて先頭を走る謎のシノビ選手。第二コーナーには身丈程の大きな木箱があるが、そのままインコースへ。障害を踏み越えんと、跳躍し――
「ふ、この程度――ぬわーーっっ!!」
 おおっと箱が破れ体半分埋まってしまった!?
 箱の一部は上面が薄くなっています。今回は、インコースの箱がそれだったみたいです。
 よく考えられて設置されている様ですね。おおっと、由樹選手、外側の一番小さい木箱を飛び越える! 現在一位、由樹選手は疾駆して一気に差を作ります! そしてやっと脱出したシノビの横を恵皇が通過。やはり木箱も粉砕して直進していった!
 さて次にあるのは横一列に並ぶパン。しかしたんぽぽさん、これも障害なのですよね?
 はい、見た目はどれも一緒ですが‥‥おいしいパン、激辛パン、そして苦ぱんが並んでいます!
 ‥‥苦パン?
 は、はい。苦パン、です。
 何と言う恐ろしい名前でしょう。聞くだけで恐ろしさがこみ上げてきます。さて、先頭の由樹選手、無造作に中央のパンを掴んで‥‥一気に食べたー!
 どうでしょう!?
 由樹選手、顔色一つ変えずに食べています。ハズレですかね?
 でも、気のせいでしょうか? 由樹さん凄く額に汗を浮かべていますが‥‥スピードも落ちている気がします。
(ごっつ苦い‥‥でも食べ物を残したらバチが当たるって、おばばが言うとったし‥‥)
 続く恵皇選手もパンを食す‥‥おーっと今度は激辛の様です! 彼の名は恵皇、通称・甘見社の祝福、拳法の天才だ。武帝だってブン殴ってみせらぁ。でも、激辛だけは勘弁な!
 でも、速度を落とさないのは流石、卓越した精神力ですね。
 そして謎のシノビが美味しいパンを食べながら2人を抜きます。そして置き箱を飛び越えて第三コーナー通過! 足払いのロープ、それを飛び避けた直後に迫る胸丈程のロープを――避ける!
 謎のシノビさん、実はちゃんとした人なのかもしれませんね。
 そして最終コーナー前にあるのは風船付き帽子。これを被り妨害員から風船を守りながら通過するこの障害。風船を割られたらスベらない一発芸、もしくは時間経過のペナルティがあります!
 個人的には、皆さんの一発芸が気になり‥‥あ、謎のシノビさん突進!
 謎のシノビ選手、妨害役の攻撃を避ける、避ける! 軽やかな身のこなしで通過! 最終コーナーの白壁をかわし今、一週目を一位でゴール! 第二走者のリビドー選手にタッチ。
 すぐ次に来たのは恵皇さんです。那美さんに襷を渡します。そして大分遅れて‥‥由樹さん。どうやら風船を割られてしまった様です。妨害役は由愛さんと‥‥そしてメグレズさんは流石に何事にも真面目ですね。
「すまん‥‥えらい時間食った」
「気にするな、じゃ行ってくるぜ!」
「後頼む‥‥勝てよ」

 さて二週目、一位はリビドー選手、何かを叫びながら疾走中。なかなか紳士的な台詞を連呼しています。
 二位の那美さんは‥‥おおっと、これは!
「んー、何か下からの視線がとっても熱い様な? 様な??」
 那美さん‥‥ちょっとこれは、リビドーさんと別の意味で際どい格好の様な、き、気がしますっ。
 しかし裾は風に靡き、鉄壁の防御。やはり今日は風が強いです。あ、三位は晴人選手‥‥特に変わった様子もなく地味ですね。
 そうですね。
「聞こえてっぞー! 誰が地味だー!」
 さて先頭の様子を見ましょう。
 はい。
 さてリビドー選手、もう第二コーナー通過。その先には横並びのパンが待ち構えています! そしてパンを掴み頬張る!
 あの顔は‥‥激辛を引いた様です。
「望む所だと言わせて貰おう!」
 しかしリビドー選手、これを気合で飲み込んで一位独走。さて、続く那美選手は‥‥苦パンの様です。何時も笑顔を絶やさない那美選手もこれには文字通り苦い表情!
 これではリビドーさんに詰め寄るのは難しいでしょうか。
 ええ、それにリビドー選手から漂う紳士的雰囲気‥‥これではどの道、彼に近付き辛いでしょう。さて、リビドー選手が最後の障害へ‥‥おおっと?
 二週目は、風船割り妨害員にナキさんが加わります。
 手に持っている物は褌、に見えますが‥‥。
 しかも何だか‥‥色味が嫌ですね。これは流石に、走者も躊躇します。
 さぁ、リビドー選手、どう出るか‥‥。
「ナキ=シャラーラ! 私は君に心奪われた男だーーっ!」
 い、行ったーーー!!
「こいつはよ、ガチムチ兄貴や親父さん達の汗やら何やらが染み込んで芳しい香りの漂う褌だぜ! たっぷり堪能してくれよな!」
 リビドー選手、迫り来るそれの軌道を見切り、避け――
「このチャンス、見逃す訳にはいかないんだな♪」
 あーっと!?
 こっそり後ろに居た那美さんが跳躍、リビドーさんの肩を踏み台にして妨害員ごと飛び越える! 空中でクルリ宙返りを決めて綺麗に着地、そのままゴォォール!! そして、リビドーさんは‥‥嗚呼!
「おいアレ、大丈夫かよ。おい、メグレズ救護班を――」
『パチン』
「なん、だと‥‥」
「余所見なんて、油断大敵ね〜晴人」
 あ。晴人さん、風船割られましたね。
 リビドー選手は自力で立ち上がり二位でゴール! そしてその大分後に晴人選手ゴール。最後が地味です。
 はい。
 以上で、屋根上障害物競走は終了致しました。はい、賭け負けた方々、その場で券を破り捨てない様にして下さい。それでは、お疲れさまでした。


 レースは大いに盛り上がった。商業的に見ても、成功と言える。
 後は撤収作業。
 ナキは走者全員に詫び回った後、後片付けに務めた所を見るに根は真面目に思える。
 着替えをすましたミスターリビドーの正体は、なんと村雨 紫狼(ia9073)。な、なんだってーぜんぜんわからなかった。
 片付けでも一際の働きを見せるメグレズ。レース前の雑事を含め、諸作業を厭わぬその姿勢、今回一の働き者と言える。
 全てが終った後に鈴音は茶を、たんぽぽはおいしいパンを皆に差し出す。その味の出来から、数があったパンは全て食べ切り。中でも、恵皇が特に多くを平らげたとかナントカ‥‥。
「ハッハッハ! 一位は逃したものの順位は拙者達の方が上‥‥格の違いを思い知ったかァ!」
「‥‥あァ、そうだな」
 刺客のシノビは晴人へ、そう得意げに言い放ち高笑いをしながら帰って行く。多分、何しに来たか既に忘れているのだろう。晴人は、最早投げやりな言葉しか言わなくなった。


・余談
「何となく勘付いてはいました、以前の襲撃者も得物は忍刀でしたし」
「な、何ィ!?」
「保浦屋には刃物も並んどるから‥‥まぁ、分かるやろうなぁ」
 やってみれば言ってみれば、存外大した事無い。往々にして悩みの種なんてそういうものだ。
「貴方、鈴音の『家族』なんだから畏まらなくても良いでしょ。世話が焼けるんだから」
「さあそれじゃあ、ぱーっと行こうなのだ♪ 記念という事で、晴人さんの奢りで♪」
(何か、複雑だ‥‥)
 酒は、何を濁して何を澄ますのか。