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■オープニング本文 ●余談(別に読まなくても依頼の成否に関係しない部分) 飛行船を駆る、ハジメ(iz0161)は一冊の本を読んでいる。古書の様なそれは、性格には本では無く、宝の地図であった。そこに、彼女の冒険の舞台が、仰々しい説明と共に書かれていた。 彼女は何時ものように、解読しながらページを一枚一枚めくっていく。次は、果たしてどんな宝が―― 「ん?」 「あれ〜? おっかしいなぁ……」 空欄。めくるもめくるも数ページに及ぶ、空のページ。 今まで読んで来たページは、頁一杯に文字や図が書かれていた。だと言うのに。正真正銘、何も書いていない空頁。数ページ、真っ白なページが続き、暫くページを進めて行くとまた再び一面に文字と図が書かれた『いつものページ』が現れた。 良かった、地図が途中で終わっていた訳ではなかった……と安心すると同時にハジメの頭に疑問が浮かび上がってくる。 では、この数ページは一体、何故空欄なのか? 別に、本の中央だったりとか、何か仕様の便宜上でその頁を空欄にしていると言う訳でもなさそうだ。 では、何故? 何か意味があるのではないか。別に頁に欠損があったり染みがあったりして使えないと言うわけでも無さそうだ。何だかこのスペース、勿体無い気もする。紙の触り心地……良い紙質で、むしろ筆の乗りも良さそう―― 「――そうか、これはきっと書くスペースなんだ!」 空白は自由スペース。今までは読むだけだったそれは今度、ハジメに『自らの冒険を書く事』を要求してきたのだ。 ●白い妖精はどこに? 寒い季節に現れるという「白い妖精」の話は、開拓者ギルドでも評判となった。 開拓者ギルドに勤める若い女性は、特に「素敵な出会い」がお目当てである。彼女たちもまた、妖精発見の報告を待ち望んでいた。 ギルドには、知恵と工夫を凝らした依頼がいくつも貼り出される。美しい景色を探すもの、楽しい雰囲気を演出するもの……内容はさまざまだ。 さらに貼り出される場所もさまざまなので、偶然にも新しい何かが見つかるかもしれない。そんな期待までもが膨らむ「白い妖精」の探索となった。 ●求め彼の地へ 朝廷、修羅、アヤカシ、浪志組……そうした世情の大事に揺れるギルドの片隅において一つ、小さな別の波が起こっていた。 それは、一人の賑やかしが持ちこんだ些細なお願いごと。 曰く、『白い妖精』の探索。 「私にもその妖精の探索、任せてくれないかな!?」 受付卓から、乗り出して言うハジメ。自身の冒険を求め、資料を漁って見つけた妖精伝承。そしてギルドにて耳朶に触れた『白い妖精』の話。そこに何か運命的なそれを感じた彼女は、普段よりも一段と快活な様子であった。 だからこそ、ギルドの係員は辟易としながらそれに言葉を返す。 「現状、情報は漠然としたものなんだぞ。何か、手前での用意はあるのか?」 「大丈夫! これでも、色々と調べているんだよ!」 ハジメが語るに、件の妖精が求めるものの一つに『美しい風景』がある事が調べて分かったと言う。そして白の妖精と言う触れ込みだ、純白の雪景色が美しい場所に行けば出会える可能性が高いのではないか? そうして彼女が調べに調べて見つけた場所が……広げた地図上で指差される。 「おいおい冥越北部……それも、殆ど拓けていない場所じゃないか」 「でも寧ろ、拓けていないがゆえに自然景色の綺麗さは折り紙つきだと思うよ」 冥越の北端に近い氷原。この周辺地域は既に、氷柱が出来、上天から雪が落ちる気候になっている。もしかしたら、もうそれなりの量の降雪があるかもしれない。雪景色に妖精が惹かれるとしたら、確かにこの場所も考えられなくは無い。 だが、場所は冥越。そうそう気軽に行ける場所でもない。 「この地域は途中までは飛行船で行けるだろうが……そこから先の森は、木々の密集具合がみて飛行船では無理だぞ。この辺では、狼のアヤカシも出ると聞いている。おまけに、あまり人も近付かない場所ゆえに森の中の地図も不確か――」 「だから、開拓者のみんなの力を借りたいんだ!」 乗り出した身を更に近づけ、ハジメの顔が係員に近付く。 「それに、その森内部の地図が不確かだって言うなら、それを確かめに行くだけでも意味があるでしょ?」 「……まぁ、それもそうか。最悪、その妖精を見られなくても、周辺地域の地図を整理してくるだけでも価値はあるしな」 ギルドや朝廷も、いつまでも冥越を見捨てておくつもりではないだろう。問題を先送りにしているきらいはあるが、それにしてもいつか魔の森を切り拓く為に、地理情報があるに越した事は無い。 「わかった、依頼を受け付けよう。魔の森の調査やアヤカシ退治って銘打っておけば、朝廷側から報奨金を頂戴する事も出来るだろ。それをこの依頼の報酬に割り当てれば、お前も自腹を切らずに済む」 係員の思わぬ厚意に、ハジメも思わず破顔する。 「ありがとう! でも、妖精もきっと見つけてくるからね!」 「分かった分かった。それじゃあ、ちゃっちゃと具体的な内容を依頼書に書くんだな」 ●依頼内容はここから 空賊、ハジメが書いた依頼内容は下記の通りだ。 依頼は大雑把に言うと、冥越北部にて魔の森を突破し氷原へ出る事。 ハジメの小型飛行船で行ける所まで行き、森の前で降りてあとは自分達の足で森を突破する。 森にはそれなりの密度で信用受信が並んでいるとの事。 狼のアヤカシが、森に多数存在する。白い毛並みで、俊敏性に富み、得物を見かけると集団で襲いかかってくる危険な存在である。 単純な距離の計算で言えば、森はまっすぐ半日ほど歩けば突破できる。しかしながら、道も整理されていない森を、アヤカシと戦闘しながら、果たして正確に真っ直ぐ進める保証がどこにあるだろうか。 森を抜けた先にある氷原は、名勝と謳われる絶景スポットとの伝承がある。ハジメは、そこの雪景色に件の『白い妖精』が出ると信じているが、これについても保証はない。 「まぁ最低限、森を抜けるルートさえ持って来てくれれば報酬は出せるから、妖精云々の心配は不要だと伝えておくんだな」 依頼書を受理しながら、係員は念を押す様に言うが、当のハジメはすっかり妖精を見つける気で張り切っている。 「白い妖精、か……見つけられたら色々書こうっと。ページ的には結構余裕あるし、森の地図とか……あ、私も風景とか描いてみようかな!」 係員が溜息をつきながら、かくしてまた一つ白き妖精を追う依頼が張り出されたのだった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
クロック(ib5571)
21歳・女・砲 |
■リプレイ本文 吐く息が白い。当たり前だった、今日は晴れているので冷えている。これ程までに冷えているだ、白くならない方がおかしい。 只、久しく感じるこの寒冷の感覚に、鞍馬 雪斗(ia5470)は望郷の念を募らせた。 「ここまで寒いのも久々だな……」 「だね、こりゃあ重ね着してきて正解だったね。ジルベリアに居た頃を思い出すよ」 頷きながらクロック(ib5571)が言うと、雪斗と、かの雪国の話題で盛り上がる。 「きみも、ジルベリア出身なのかい?」 「いや、まぁ修業時代ってヤツでね……お嬢ちゃんはジルベリアの生まれって訳かい」 「お嬢ちゃん、って……」 曰く、機械の国。曰く、皇帝の国。 そして、曰く雪の国。 「きっとジルベリアみたいな雪景色が見れるんですの〜」 くるくるーと回りながら、胸をときめかせているのはケロリーナ(ib2037)。 「それと妖精さんも……ふぁぁ、けろりーなもみてみたいですの〜〜〜ふぁっ!?」 寒さで霜が降りていたらしく、彼女は足を滑らせて転倒した――かと思った所でハジメ(iz0161)が彼女を抱きかかえる様にしてナイスキャッチ。 「っとと、大丈夫? ケロちゃん」 「……えへへ〜、ハジメおねえさまともご一緒できてうれしいですの♪」 ぎゅっと抱き返して、ケロリーナは言う。ハジメは何やら、嬉しいのやら照れくさいのやら。 「ハジメ、久し振り! 妖精の事、例の古文書にのってたの?」 天河 ふしぎ(ia1037)に聞かれて、ハジメは首を横に振りながら説明する。本の中ほどでの空白、そして妖精の話。 「いや、実は今回は――」 ハジメが返す言葉を途中で切ったのは、三笠 三四郎(ia0163)が、唇の近くで人差し指を立てたから。 「いるかもしれませんね、近くに」 三四郎がそう言うのは、近くで『それ』の足跡を見たから。 『それ』が何であるか、とは今更誰も聞くまい。件のアヤカシ―― 「ツンデレ狼、ですね」 ――雷華 愛弓(ia1901)、ちょっと違う。 「ツンドラ狼、ですね。ふしぎさん、どれ位の数か分かりますか?」 「5、いや6体……かな、でもなかなか上手く足音を忍ばせている。ちょっと厄介だね」 三四郎の問いに、応えるふしぎの顔は険しい。足並み・歩幅を揃えて集団で固まる敵の動きは巧みなもので、音だけではその全容を探らせようとさせなかった。 「7体程度、と見積もっておきましょうか」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は、説く。 「判断に迷った時は、物事を厳しく見ておきましょう。侮るよりは宜しいでしょうし……こちらの出方をうかがっている様子から、相手も無知と言う訳ではなさそうです」 「迎え撃つ準備は、出来ているわよ」 符を構える葛切 カズラ(ia0725)。後の先取りは何も格闘技だけの心得ではない。 冷えた空気は、まるで時が止まった様な沈黙を纏う。 吐く息が、白い。制止された空間。息の塊、吐き出され、浮かんでは消え、浮かんでは消え……時は、止まってなどいない。 哮り。 周囲の空気を振わせる、三四郎の咆哮が戦いの合図となった。 木々の隙間を掻い潜り、迫る白の軌道は三四郎に向かい疾駆する。そうだ、自分だけを狙え……迫る飢狼の牙、爪への恐怖をおくびにも出さず、三四郎は自らも踏み込み距離を詰める。 「木々の隙間を掻い潜ってくるって事は……木々の隙間に撃ち込めば当たるって事でしょう?」 距離があるうちに少しでも数を減らす。風の刃に前足を持っていかれた狼は、前のめりに転倒――する前に更にもう一撃、放たれた斬撃符に切り裂かれ動かなくなる。カズラ、まずは一つ。 敵はまだいる。と、そのカズラの横には既に構えられた二装の火砲。 身丈以上の砲身を構えるや、雪斗は魔槍砲の射撃を対象へ撃ち放つ。轟音二発の後に狼は鳴き声をあげ、身を捩る。その身を更に、本物の弾丸が貫く。森に響く炸裂音と、流れる白煙……狼は、散り散りの瘴気となって消える。 「見えているなら当たる…みたいか……けど、まだ居る」 「次弾装填、ちゃっちゃと行くよ!」 漆黒の筒先から、音、白煙、そして銃弾が飛ぶ。それが敵につき刺さった時、既に間合いにその影があった。ふしぎだ。クロックが撃つよりも早く駆け出していた彼は、既に剣の間合いに居る。一刃、二刃。 「これで3体……残り、そっちに行ったよ!」 ふしぎの声にコクリ、頷いて応えると三四郎はゆらり、楽な姿勢のまま柄を握る手に力を込める。狼達の軌道――飛び掛る白影、風と共に走る一筋の銀閃――それらは一振りの戟のもとに斬られた。 致命に至らなかったうちの一体が、まるで怨嗟の様な唸り声をあげながら三四郎へ向かう。怨敵の血を求める牙……だが、それは仲間を守る盾に遮られる。 メグレズはベイルで攻撃を捌き、瞬きの間にもう片手の刀を相手へ刺突を繰り出す。正しく剣士のお手本の様な太刀筋、更に刀身を振り切ると、瘴気は寒気の中に溶けて消えた。 これにて。敵の攻勢は瞬時に始まり、そして瞬時に終ったのだった。 「……三つ、四つ、五つ。これで……あれ? 確か、現れた狼さん達は全部で7匹くらいに見えたのに」 指を折りながら数えるケロリーナ。確かに、メグレズの予想通り、敵は7いた、では残りは? 「あ、あっちに敵が逃げていっている!」 ふしぎが逸早くそれを見つける。敵の後方にいた狼は、即座に屠られていった同胞を目の当たりにし、戦意を喪失したらしい。二体が戦う前に逃走を図っており、既に白兵戦の間合いの外。 が、逃がさない。 「煌け閃光…空穿つは雷帝の蹄……!」 雷閃。 走るその光は確実に相手を捉え、その身を焦がす。間断なくもう一撃が放たれ、狼は瘴気を漏らしながら、成す術も無く消えていった。 雪斗のアークブラストだ。はやり今の彼なら、その魔法の方が強い。 「やった。でも、もう一体が――」 雪斗の語尾がかき消されたのは、まずその狼が、足を空刃に斬られ更に続けざま大蛇の式に丸呑みにされて只の塵屑になった風景を見たから。 「うーん……」 己が唇に人差し指を当てながら、カズラは色香を溜め込んだ様な声色で言葉を漏らす。 「どうか、しましたか?」 「私も、考えたんだけど、良いのが思いつかなかったから結局普通にしちゃった」 「……?」 「いえ、その詠唱とか、術の謳いとか……私も何か考えていたのよ」 なるほど、それで追撃の一手目を雪斗に譲る形になったか。 「す、凄い……」 楽器を構えた所で、まるで出番が無かったハジメ。 愛弓も、構えていた短筒は結局使わずじまい。 「一応、私も自衛の用意はしてきたのですが、使わず済むに越した事はないですね……おおっとハジメさん大丈夫ですか」 「大丈夫、私も特に戦っていないからっ」 「イヤきっと何処か、ドコかに怪我を負っている筈ですので私が探し当てます」 無傷のハジメに何か手当てを施すべく、ハジメの身体をイロイロと触って調べる愛弓。ちなみに、別に恋慈手では無い。 「うわわわわ」 「今日お持ちの楽器は、リュートなんですね」 「え、あ……そ、そうそう、そうなんだよ!」 助け舟、かどうか分らないがメグレズがそう話を振るとハジメは持ってきたリュートを掲げて見せる。 「もう戦闘は終っちゃったけど、折角だから此処で一曲、練習した歌をお披露目しちゃうよ!」 と、何か強引に演奏を始める。愛弓も流石にそれを邪魔する訳にも行かずに手を引く。 彼女の弾くリュートの旋律、多少荒っぽいがその分情熱的で、それでいて派手さは無く、寧ろ郷愁的と言える程に素朴だった。 (良い歌、だな) どこか聞き心地が良く、ふしぎは目を閉じてその演奏に耳を傾けていた。 ――と、そんなふしぎが何かに気が付いてギョっとした表情を浮かべ、それを見たクロックが何事かと聞く。 「……ちょっと、聞きたくない音が」 「どうしたのさ、この音のハズレは私としては気にならないけどな」 「い、いや、そうじゃなくって……」 「………?」 「沢山の、狼アヤカシの足音と思われる音が……」 「………!」 「皆さん狼の群れが向かってきます、注意を!」 10体程の狼が視界の先に見え、三四郎が叫ぶ。 「く、この狼……全然デレてくれない!?」 「あれ? あの中に一回り大き目の狼さんがいるみたいですの〜」 「自分は、回り込まれない様に木々の間を警戒しながら撃つ。カズラさん、敵の頭を抑えるのを任せていいかな」 「抑える、ね……勢い余って潰しちゃうかも。まっ、寄られる前にちゃんと撃ち落すつもりでいくわ」 戦闘の喧騒と、その声々。ハジメの顔に、だーらだらと嫌な汗が流れていた。 集まった狼アヤカシの数に多少の傷を負うも、開拓者達は連携してこれを倒す。偶然集まったメンバーだと言うのに、前衛・中衛・後衛が整っており連携も出来ている為、敵の殲滅にはそう苦労しなかった。 戦闘後、ハジメは「自分の演奏が敵を呼び込んだみたい」と言う事で何か物凄い勢いで謝りだしたが、咆哮の範囲内に別の群れがいたのかもしれないし、銃の音を聞きつけてこちら集まってきたのかもしれないし、もしかしたら実は一匹見逃していて仲間を呼ばれたのかもしれないし、そもそも心の旋律には敵を呼ぶ効果は無いだろうし……と、お互いに言い合って暫く賑やかになるのであった。 その戦闘後も、開拓者達は森を進む。多少曲がる事もあったりしたが、大きな迂回もせずにすみ、順調に進んでいく。 カズラ、愛弓で地図と現在位置の照らし合わせや整理、書き足し等を行い、余白が多かった頁も大分賑やかになってきた。 そして―― 「これで、最後ですかね」 メグレズが、確実に最後の一匹を仕留める。狼とも大分戦ったが、いずれも卒なく倒している。集団行動をしてくる相手だが、複数を攻撃できる三四郎と、防衛力の高いメグレズ、この二人の咆哮で敵の連携を大分削ぐ事が出来たのも大きい。 話の順序を飛ばす事を憚らずに事の顛末を述べるとすれば、この時にアヤカシを全て倒している為、帰り道で一行が戦闘する事もなかった。更に言うと、道に迷う事もなかった。地図書きもそうだが、これは愛弓の功績が大きい。彼女は目印を常に意識し、また定期的に木々の枝に赤い布を括り付けるなどして自分自身でも目印を残しながら歩いていたのだ。 「……終ったみたいですの、ハジメおねえさま?」 そそ、っとハジメの袖を強く握りながら、彼女の後ろから顔を出すケロリーナ。 「うん、もう大丈夫だよ。ケロちゃんも、手伝ってくれてありがとう」 言われ、ケロリーナは背中からハジメに抱きつき、頬ずりをする。ちょっと厚めのコートだから触り心地がいいのかなぁ、なんて事をハジメは思っていた。 「森も、これで終わりみたいですね」 前方を見通しながら、三四郎。確かにもう木々の密度も減ってきている。もう少し歩けば、目的地の―― 「これで、目的地へ到着って訳だね」 クロックの言葉。そして、最後の、針葉樹林の葉をのけて森を抜ける。 ――氷原。 誰かが、そう言葉を漏らした。 「ここが……」 そこには、何も無かった。 ただ白く、ただ広かった。 そこには本当に何も無く、 ただ、美しいだけだった。 「…こういう景色を見ていると自分が如何に小さいか思い知らされるな」 自分から言葉を走らせる性格じゃない、そう自身の性格を分っていたつもりであっただけに、言ってから雪斗は自分に対して少し驚いた。……だが、悪い気はしない。 「本当に、美しいです」 メグレズは言葉短く言う。それ以上に言うつもりもないし、言う必要もないだろう。いや、言う事が出来ない。それは、綺麗な風景、なのだ。『そういうもの』である。故にこれ以上は語るに術が無い。 「妖精さんは、見当たりませんね……っと?」 「うわあああぁぁぁぁ!!」 愛弓が、周囲を見渡している最中の事だった。ハジメは何か叫んでそして、積もっている雪の中にダイブ。すぼっと埋まって雪に人型の穴が出来る。そこにケロリーナがトテトテ歩き近付いてはハジメを引っ張り上げて……その手を握ったまま二人で踊り出し、歌いだした。 「綺麗な風景と、楽しそうな所に現れると言うなら、そのうち現れるのかもしれませんね」 二人の様子を見ながら、三四郎は微笑を浮かべながらそう言う。 きゃっきゃとハジメとケロリーナが手を繋ぎ、くるくるくるーと勢い良く回って、二人ですってん転んでみると何かおかしくて二人で笑った。 「この風景は例の地図にも、載ってなかったんでしょ」 聞こえた声にハジメが見上げると、ふしぎの顔が見えた。 「何だかあの宝の地図に、私自身が試されている気がしてさ。『そろそろ、たまには自力で何か見つけてみろ』って」 「確かに、古文書だけに頼っていたら、その中から飛び出す事は出来ないもんね。時には……不安を感じるかもしれないけど」 「でも今まで皆と色々な所に行ったから、慣れと言うか……きっと今回も大丈夫かな、何とかなるかなって思っちゃうんだよね」 転んで仰向けのままに言うハジメに、ふしぎが手を差し出した。 「今までもこれからも、僕は応援したいな。そう言う気持ちを」 「ありがとう!」 ぐっと握手を交わす、空賊二人。 「さて、ケロリーナに折角用意して貰った訳だし……」 石造りの風除け、ストーンウォールで作った簡易テントの中でカズラは敷物を広げると持参した酒の栓を開ける。 「乙なもんじゃないか。で、何か肴は持ってきているの?」 クロックに聞かれると、カズラはクスっと柔らかく笑って見せる。 「肴? あるじゃない、目の前に」 「乙なもんじゃないか!」 「味が分る様なら、貴女も一口如何かしら?」 カズラはお猪口をもう一つ出す。 「私は、探し物を見つけました」 愛弓の言葉が聞こえると、雪斗は彼女の方を向く。 「私はハジメさんの地図に描かれるものを探しに此処へ来たんです。だから、私が探していたものはここで見つかったのです」 例え、件の妖精が見当たらなくても……。 雪斗は、近くの立ち木に背中を預けて独白の様にして。 「探し物…自分は見つけられたんだろうか……」 あなたはなにをさがしているの? 「何だろう。開拓者になったのも、自分は何を……っえ?」 きっとみつけられるよ。なにをさがしているのか、いまはわからなくても。 「……え? 愛弓、さん」 「…? どうかしました?」 「あれ? ……じゃあ何処から」 雪斗は周囲を見渡す。確か声が聞こえたのは、こっちから―― 「――これは」 彼が見たのは光の粒…いや、違う。 「雪…か」 晴れ空の下だと言うのに、雪が舞っている。 そして雪斗以外の開拓者も、ほんの一瞬ではあるがその姿を見た。 依頼を終えたハジメは船に戻ると、空の頁にスケッチをする。 表情は見えなかったけど、きっと笑顔だったと思う。小柄な体、背中に広がる薄い羽根、まるで宝石の様な澄んだ瞳…… 出来上がったその絵、見た者はそれをこう言い表すだろう。 妖精、と。 |