【雑貨屋の一存】刀奪還
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/02 06:50



■オープニング本文

●疾走する雑貨屋
 無精髭と、中途半端な長さの毛髪、下唇に左側に残る切り傷‥‥男の風貌は、まるでろくでなしであった。
「あー‥‥腹減った」
 真昼間から働きもせず鍛えもせず、そんな間抜けな台詞をぼやくだけ。
 事実、ろくでなしであった。
 男には、鰓手晴人(エラテ・ハレヒト)と言う名があるのだが、晴れ空の清明さなどは微塵も感じられない。これなら『曇人』の方がお似合いである。
(本当に腹減った‥‥お、あそこの八百屋の婆、寝てんじゃねぇか? もしかして、タケノコ一つぐらいくすねても、バレないんじゃあ‥‥)
 本当に、疑いようも無く、男はろくでなしであった。
 周りを見渡し、抜き足、差し脚、忍び足‥‥。
(‥‥そーっと、そーっと――)
「ドロボー!!」
 耳に入ってきた大声に、男は思わず肩を揺らした。八百屋の婆が気が付き大声を上げた‥‥訳では無い。
 声はもっと若い女性の声で、遠方から。
 何だ何だ、と晴人は声の方向を見てみると‥‥人をかき分けて走ってくる男と、それを追いかける女‥‥こちらが、先程の声の主か。
「待つんですのー!」
 彼女は、長い白髪を揺らしながら喚いていた。小奇麗な格好に、切りそろえられた前髪等から、育ちが良さそうで、世間知らずな‥‥晴人はそんな印象を持った。
(お嬢様、待てて言われて待つ泥棒がいると思っているのか)
「うちの商品、今返してくれれば許してあげますのー! だから、待ちなさーい!」
 彼女は商人か何かだろうか、泥棒に遭うとは気の毒そうだが知った事じゃない‥‥晴人は全く他人事にそう思い、無関心を決め込むつもりでいた。
 だから、まさかそれらが自分がいる路の方向へ来るとは思っておらず、喧騒が近づいてきてから慌てだしたのだ。
「‥‥お、おい、まさかっ」
 如何にも荒事慣れした風貌のその男は、泥棒というより強盗の面だった。
「おわぁぁぁ! こ、こっちに来るんじゃない!」
 来るな、と言われてどこかへ行く強盗がいるか。
 目の前を塞ぐなら斬り伏せる、無言だったが抜刀して走る勢いを止めない男はそう言わんばかりだった。
 銀光は刹那の間を奔り――
「あ、あぶねぇッ」
「‥‥ッチ」
 ――空を斬るに終わった。
 咄嗟に身をひるがえした晴人は間一髪、凶刃を避けている。
 強盗は、舌打ちだけを残し狭い路地の彼方へと消えていった。
「全く、ろくでもねェな」
「そこの殿方、大丈夫ですか? 先程は――」
 白長髪の娘は、尻餅をついている晴人に声を掛け‥‥言葉を途中で止めて晴人に顔を近づけてじっと見つめた。その言葉や態度の比べ、顔はまだ少女に見える娘であった。
「な、何だよ‥‥」
「いえ‥‥何もございませんことよ。決して、殿方ならばああ言ったシーンでは勇ましく泥棒に戦いを挑みこの哀れな小女めを救ってくれるものかと思ったり、それが事もあろうに尻餅ついて転げながらスルーしてしまうなんてなんて情けない‥‥と、そんな事は全く思っていませんですの」
「‥‥」
 童顔からサラッと毒を吐かれ、晴人も流石に口をへの字にする。
「まあ、そんな事はどうでもいいとして‥‥もしかして貴方、先程の泥棒のお仲間ですの?」
「な、なんでそうなる!?」
「だって、いかにもロクデナシな面容なのですもの」
 そう思われても仕方が無い。晴人の身だしなみは、先程の悪漢と変わりない位に小汚い。
 しかし晴人本人は甚く心外だったらしい。
「あんなのと一緒にするんじゃねぇよ!」
 怒鳴るが娘の方は詫びを入れる様子は無い。それどころか、単純に浮かび上がってきた疑問を晴人へ投げる。
「それなら貴方は何者ですの?」
「え? お、俺は‥‥あれだよ、ホラ――」
 目を泳がせる晴人が選んだ言葉、それは‥‥。
「――か、開拓者」
 言うに欠いて。
 この男、一応、志体持ちらしいがこのヘタレっぷりに無職っぷり。腕自慢とは到底思えない。
「え! 貴方、開拓者様ですの!?」 
 しかし、彼女は晴人の両手をガっと包むように掴み、また顔を近づける。
「なら、貴方に依頼しますの! 泥棒さんを退治して、私の店の看板を守ってほしいのです!」
「‥‥カンバン?」


●説明する雑貨屋
 彼女は、自らの名を保浦鈴音(ホウラ・スズネ)と名乗り、『町の雑貨屋さん』を自称した。
「そう、泥棒さんが盗って行ったのは我が保浦屋に並んでいた業物なのです。店の刀が盗まれただけに飽き足らず、ロクデナシ達の手に渡り人様を傷付ける様な迷惑を起こしてしまっては、もうお天道様の下を歩けなくなりますわ」
「そいつはチト、大袈裟な話じゃねぇか?」
「いいえ、小事と見縊り大事に嵌ってからでは遅いのです。さぁ、前報酬としてご飯を奢ったのですから、あとはしっかり仕事をして頂きますの」
 言われ、何とも言えない顔をする。面倒事に巻き込まれるのは御免‥‥だが、これは餓死しない為には致し方が無い選択なのだ。
「宜しくて?」
「‥‥分かった。他にも開拓者も雇うんだろ? 手伝う、手伝うよ。確か腕っぷしに自信があって刀剣類をよく盗む成らず者の集団ってのは、聞いた事がある。宛が当たっていれば、場所も知っている」
「おやや、流石開拓者様は何でもご存じなのですね。てっきり同業者だからアジトも知っているのでは、なんて全く思っていませんですの」
「そ、そんな訳無ぇだろ!?」
 晴人も、少し前にゴロツキ紛いの装いで場末の店々を歩いていた事がある。尤も、強盗する程の度胸は無かった様だが。


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
向井・奏(ia9817
18歳・女・シ
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎


■リプレイ本文

「本当にこっちであってるの?」
「あのなぁ‥‥お前まだ疑っているのか」
「だ、だからあれは勘違いだって言ったはずだぞっ」
 天河 ふしぎ(ia1037)に疑われる鰓手晴人。何故か? 理由は明白である。
「連中の仲間だと思われて当然のナリってこったよ、おっさん」
 遠慮無い銀雨(ia2691)の言葉だが、その通り。くたくたの着物に、無精髭の面‥‥晴人の姿は成らず者のそれだ。
「おっさんだと、俺ぁまだ二十代なのによくも!」
「ほら、そこの碌で無し。敵地に近くでいつまでもお喋りしているんじゃないわよ〜」
「ろ、ロクデナシだと――」
 更に言われ、食ってかかろうと構えた晴人であった。
「あはは、これで敵に見つかったら二度と無駄話なんて出来なくしてしてあげるわよ〜」
「ふふふ、滑らかな口先って、何故か不思議と斬り心地を試してみたくなるんだよねー」
(ヒィ!)
 相手が悪かった。川那辺 由愛(ia0068)、野乃原・那美(ia5377)。どちらも顔の形こそ笑みを作っているが、それは成らず者一人を気圧すに易い冷笑。
「怖い、こいつら怖い‥‥」
「あのぅ‥‥、髭剃ったりすればきっと若く見えるはずだよっ」
 ヘタれている晴人に、煌夜(ia9065)がフォローする。
「悪いお手本の様な男だ、若い子達にはあまり見せたく無いねぇ」
「‥‥どうした?」
「何でも無い。で、こちらは準備OK?」
 ぽん、と景倉 恭冶(ia6030)の肩に触れるリーザ・ブランディス(ib0236)。直後、恭冶が何やら身震いする様子に、彼女は首を傾げる。
「どうした?」
「な、何でも無いさ。準備は出来てるからまぁ、とりあえず肩から手を離して頂けるかな‥‥」
 アレルギーの話はとりあえず置いておき、恭冶は事前に取り決めた内容を反芻する様に述べる。
「偵察後、包囲して一斉に叩く。もし、人手が薄い様なら裏手に回り敵の退路を防ぎながら突入‥‥って所か」
「概ねそんなモンさ」
 紫煙を吹き出しながら、リーザは頷いた。
「ただいまーでゴザル」
「あ、奏。お帰りなさい」
 ふしぎに名を呼ばれたのは、シノビの向井・奏(ia9817)。抜き足・差し足・シノビ足で、先行視察していた彼女は、知り得た情報を仲間へ伝える。
「屋外正面に幾人か置いている様であるが、周囲を囲む草木に身を潜めれば有る程度近付く事は難しくは無さそうでゴザル」
「ん〜結構、結構。下手に散らばっていない分、探り易そうで」
「もしかして術を使おうっての? 『人魂』か何か?」
 符を取り出す由愛に、晴人が意外にも知った口をきく。
「あら、昨今碌で無しにも物知りがいるのね。さて、蚤でも創り出して屋内の敵を――」
「の、蚤だと! 止めろ!」
「?」
「想像しただけでも鳥肌が立ってくるゥ!」
「あんたもしかして‥‥虫とか苦手?」
「あんなもの、得意な奴がこの世にいるのかよ? あ、蚤程の大きさって上手く具現出来ないかもっ。練力の無駄遣いになるから止めた方が良い!」
「滅茶苦茶あんた個人の問題に聞こえるわ」
「で、でも一理あるだろう?」
 一理有ろうが無かろうが此れ以上喚かれては状況に障る。別に偵察が出来れば他の形でも問題は無い。じゃあ適当に小鳥でもはためかせようかしら。それがいい、それが一番だ!
「‥‥確かにこの貫禄の無さ、おっさんってトシでもなさそうだ」
「せめて身嗜みを整えれば‥‥元は決して悪くないと思うんだけどなぁ」
 などと呟く銀雨や煌夜にビシっと指差し晴人は言う。
「聞こえてるぞソコ。俺だって、銭が有れば床屋に行く」
「晴人殿も、金欠気味なのであるなぁ。その気持ち分かる、分かるゴザルよ。だらけ好きの拙者としては、何だか他人と思えないでゴザル」
 性格の所為でしばしば貧乏な思いをしたのだろうか、奏は晴人に共感を覚える様子。
「どっかにボーっと突っ立っているだけとか、楽な仕事は無ぇかなぁ」
「あるよ♪」
 簡潔明朗なその言葉は、那美から。
「そこにいるだけでお金がもらえる仕事、ボク知っているんだけどなぁ〜」
「何、教えてくれ!」
「でもその為にも今回ちゃんと働いてもらう必要があるんだ」
「くっ‥‥そんな餌に俺は釣られないぜ」
 と、言いながら何やら袖を捲ってみせている晴人。フィーッシュ!!
「リーザさん、その『仕事』ってまさか‥‥」
「煌夜、察しが良いね。まぁ馬の前には人参ぶら下げてやるもんさ」
 


「おいアレ、見ろよ」
「小鳥のコマドリか、この辺じゃあ珍しいな」
 男がもう一人を呼び、指をさした先にあるのは一羽の、空駆ける橙色の小鳥だった。
「試し投げでもしてみるかな」
「良く狙えよ」
 懐から苦無を取り出し、それを盗んだ時の事を自慢げに話した後に男は鳥の姿を追った。
「どこに行ったか?」
「屋根へ飛んで行った様に見えた」
 舌打ちしながら、男は見渡す。
「‥‥いねぇ」
 穴開き屋根の舎に、柴に囲まれた境内。それが、男達の巣であった。見張りは二人だが、中には仲間達がうじゃうじゃいる。
「へ、逃げられてや――」
 水柱に打ち付けられ、言葉は言い終えられる前に消えた。
 直後、甲高い笛音。
「なんだ!」
 戸惑いと言うより怒りから、男は声を放つ。
 疾駆する影は、那美。彼女の顔に広がるのは、笑み。それは幼ささえ残す表情。
 しかし両の手に握られているのは短刀。
「――開拓者か!」
 叫ぶなり男は苦無を投げるが、空を切るのみ。舌打ちしながら男が抜刀して身構える。
 遅い。
 刃を振るう前に、肉薄した那美の短刀が既に男の肩を刺していた。間髪入れずに引き抜くと、更に一閃見舞い男を血溜まりに沈める。
「刻み足りないし斬り足りないー‥‥次は誰がボクの遊び相手になってくれるのかな?」
「来きやがった! 敵だ!」
 もう一人の見張りが屋内の仲間に知らせたとほぼ同時、戸を蹴破る派手な音。
 中に入ってきたのは銀雨。とりあえず近くにいた手短な男の顔面を、殴り飛ばした。
「馬鹿が! 一人でくるとはな!」
「馬鹿か? 一人で来る訳無いだろ」
「よいしょっと」
「ふしぎ殿に続き、のりこめーでゴザル」
 開拓者達が次々と舎内へ入ってくる。
「女ばかりじゃねえか、ナメやがって!」
「ぼっ、僕は男だっ!」
「ふしぎ殿が年頃の女子に見えてしまうので仕方が無いのでゴザルよ」
 ふしぎは顔を赤らめながら、奏はうんうんと頷きながら、二人で足並みを揃えて斬りこんでいく。
「ガキ共が!」
「子供も女性もお嫌いなら、俺がお相手仕るぜ」
 男が声に振り向くとそこには両の手それぞれに刀を持つ、どこの道場の流派にも見えない構えの剣士。
 恭冶は、肩幅程に開いた足を半歩だけ、進め――
 吠えながら、先に成らず者が仕掛けて来た。
 槍、直線的な突き。
 身体を前に押し出し上半身を捻りながら恭冶は踏み込み、敵の刺突を避ける。槍を突き出した腕を戻す間隙を許さず、その空いた脇腹へ二筋の剣閃が奔った。
 軋み。
 恭冶は刀背越しに、相手の骨の折れる感触を感じていた。
「今まで好き勝手に力を振りかざしていたんならよ、力を振りかざされる事だって覚悟してたんだろ?」
 痛みにむせび泣く男を見る恭冶の目線に、同情は無い。
(どれが件の刀か分からない以上、刀で打ち合うのは戴けないよね)
 思いつつ、煌夜は眼前の相手に対して攻勢に出た。右手の長脇差を上段から袈裟に振るう。
 が、動作が大き過ぎる。
「見えてんだよ! そんな動き」
「見えているわ! そちらの動きは」
「何?」
 斬撃は、囮。
 煌夜は空の左手を握り固め、フック気味に相手の頭部を打つ。拳打は彼女の畑ではないが、それでも体術で相手を圧倒できる。
「女、泰拳士でもなかろうに何故拳でのみ戦おうとする」
「ぇと、秘密‥‥でも、拳のみって訳でもないけどね」
 泰拳士風貌の男に言われ、相手の構えを見るや煌夜は長脇差を正面に構えた。直感だが、彼は志体持ち‥‥両手にあるのは鉄甲なので、件の業物への考慮は必要無いのがまぁ救いと言えば救い。
「囲え、まだ数はこちらが上だ!」
 煌夜から視線を外さないまま男が叫ぶ。
 もう一人の、見張り役だった男を沈めた那美が入ってはきたが、数の劣勢は変わりない。
「わー、中には斬りがいがありそうな人が一杯♪ 選り取りみどりだね♪」
 しかし、それに悲観する性格でもないらしい。
「大事な親友に、汚い手で触るなっ!」
「む‥‥忝い。ふしぎ殿の背は、拙者が守る! ‥‥秘奥義――もはや細い鉄の塊っぽい何かアタック!!」
 ふしぎと奏はお互いに背を預け、敵を向かえ撃つ。因みに、上記の奏の秘奥儀は、至ってノーマルな峰打ちである。
「さぁて、ちゃちゃっと終わらせちまおうか」
 恭冶は言いながら、敵と切り結んで‥‥いなかった。敵影と交差した際、切り結ぶまでも無く相手を斬り伏せていたかるからだ。
「数なら、すぐに減らしてやる!」
 銀雨は、叫びながら相手に拳を繰り出す――だが、
「――何ッ!?」
 目の端に映った煌きに、銀雨は反射的に身を翻した。
「つッ」
「チ、避けたか」
「お前‥‥、今、俺が『お前の仲間を殴る前』じゃなくて『お前の仲間を殴った後』に仕掛けてきやがったな」
「その言葉、誤りがある」
「何ぃ?」
「俺は、お前が『男を殴った後』に仕掛けたに過ぎんよ」
「‥‥分かり易い悪党め」
 恐らくこのサムライも志体持ち。深くはないと言え銀雨に刀で一太刀浴びせている‥‥油断できない力量だ。
 後方に位置する陰陽師の由愛としては、どちらかに加勢したい。
 しかし、彼女の前で前線を張っているのは‥‥晴人。志体持ちだけあって、丸腰にしては避けて当ててと善戦しているが、パワー不足は否めない。由愛の斬撃符は彼の力不足を補う役に回さざるを得ない状況。
「キリがねぇぜ」
「つべこべ言わず、働きなさいな」
「だがよぉ、数が多いし‥‥せめて志体無しの雑魚をどうにか」
 ぼやくが腹案が無いのが鰓手晴人だ。
「だったら晴人、出番だよッ。身のこなしはそれなりみたいなんだし、囮とかさ!」
 隣で戦闘しながら、叫ぶ様に言うリーザに、晴人はどきりと肩を揺らしながら敵の刃を避ける。
「何ィ! じゃあ由愛の前衛は誰が!」
「あたしに任せろ!」
「囮なんて、そんな辛い役を俺が!?」
「煌夜は優しい女子だし、銀雨だって口はああだがいいヤツだ。二人を救うつもりだと思って、頼むよ」
 諭すような色でリーザに言われ‥‥晴人は躊躇う仕草をみせながら、
「く、‥‥くっそおお!!」
 叫んで敵陣へ突っ込んでいった。そして敵に囲まれ危なっかしくも攻撃を避けながら敵を集めている。
「言ってみるものね」
「なに、年の功年の功っ」
 リーザは豪快に笑って言ってみせながら、由愛に近付く敵に目を向ける。
 相手が踏み込み、斬撃を斜めに振るう――前にリーザ自身が一歩距離を詰め、まるでタックルの様に迫り力が乗り切る前の刀を皮鎧の肩部で止める。
 その体勢から腰を半身捻りながら彼女は、袈裟の一撃を繰り出す。峰で右手を強打された男、その手から刀を落とし蹲った。
「リーザ、助かったわ。これで加勢できる」
 由愛を自由にさせた時、勝敗は決していた。完全に不意の距離からの斬撃符、泰拳士の男が、その痛みを理解するに要した一瞬の隙を見逃す煌夜では無い。
 長脇差は、黎明の月色を刃に浮かべて男に急迫する。一撃、いや、二撃。精霊剣を付与した煌夜の連撃に男はいよいよ膝を折る事となった。
(さて)
 銀雨の方は、回避しているものの、決定打を打てずに防戦状態。彼女の身体の端々には薄ら掠り傷が見える様になってきた。いずれは、もう一撃もらってしまうかもしれない。サムライ側もそれに気づいてか、攻勢の手をより激しくする。
(雑魚が晴人に向かっている今なら)
 後退し続ける銀雨。
「そろそろ、終いさぁ!」
(来た!)
 男の叫びと共に放たれた横薙ぎの刃は、深々と刺さった。
 屋内の、柱に。
 銀雨自身は、まるで地を這う位の低い体勢に伏せている。銀髪が、幾本か宙を舞っていた。
「今だ、ふしぎィィイ!!」
 銀雨も、考え無しに引き身を続けた訳ではない。屋内の配置、彼我の配置、見通しながら回避していた。
「炎精招来‥‥太・陽・剣、日輪!」
 男には、悪態をつく寸暇も、その攻撃に身構える寸暇も、その剣閃の美しさを感じる寸暇も無い。
 繊月は炎尾を牽きながら男へ奔り、そして勝負を決着させた。
 志体持ちの二人が、首魁だったらしい。二人がやられると、途端、元より荒かった陣形は更に形を崩す。中には逃げ腰の者さえいた。恭冶は咆哮で、自分へ相手の意識を集める。
 しかし、完全に敵意を失い既に逃走していた者は、止めるに至らず。
「何処へ逃げようとしてるのかなー? 逃げないで‥‥ボクともっと遊ぼうよ♪」
 ぞっとしない声は、那美。銀雨や奏も、持ち前の敏捷性でそれらの背に食らい付くが‥‥一人だけ、どうしても人数を洩らしてしまう。
「いいのか、追わなくて」
 晴人に問われ、由愛は無表情に言う。
「もう懲りただろうから、見逃してあげるわ」
「そうだな。これ以上――」
「なーんてね」

 ギャァァー!!

「な、何だ!?」
 声は外から。晴人が慌てて出ていくと其処には‥‥逃走者が大百足型の地縛霊に嵌っていた。
「そう簡単に見逃してあげる訳がないでしょう、まさかあんた達みたいのでもお情けを期待しちゃうの? あははは、ホント滑稽さ位しか取り柄がないのね!」
「あは、倒れてるー。背中がら空きなんだな、これが♪」
 この時晴人は「開拓者は成らず者の17倍怖い」と思った。



「まさか数で劣っているのに包囲戦をするなんて信じられませんわ〜」
「刀持ってきたのに、その言い方はないだろ」
「それだけ、開拓者の皆様が強さに驚嘆しているって事ですわ。皆様、どうもありがとうございますの」 
 連中を一掃した後、件の業物は盗品の中から見つかった。刃毀れや汚れも無い。
「残りの刀はギルドに置いて、持ち主が分かる様なら返す様してもらうつもりやけど」
「素晴らしいですわ。でも、もし持ち主がいなかった場合は保浦屋が格安で御引き取りする事も可能ですの」
 笑顔の鈴音。なんとがめつい、等とは思っても恭冶は口にしないでおいた。
「さて教えて貰うぜ。さっきの仕事の話」
 鼻息荒くする晴人に、那美はにこやかに笑いながら。
「こ・こ・の。用心棒♪ 何もなければ、いるだけでお金入るし楽じゃない♪」
「何ィ!?」
「え‥‥?」
 これには流石に、晴人と共に鈴音も驚いている様子。
「鈴音さん、今回の依頼では晴人さんの活躍が、私達に成功の活路見出したんだよ(って言っても嘘にはならないハズっ)」
「あんな連中だ。いつ、報復に来るか分からない。用心棒を置いてもいいんじゃないか?」
「煌夜さんやリーザさんがそこまで言うなら‥‥」
「オイコラ、勝手に話をするな!」
「あははは、その性根を鍛え直す良い機会にもなりそうね〜」
「由愛お前まで、他人事だと思いやがって〜‥‥ッ」
「う〜む残念。晴人殿、これでは堕落道を極める事は当分無理っぽいでゴザルな〜」