熱線上のホライゾン
マスター名:はんた。
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/04 06:51



■オープニング本文

 保浦屋、と書かれたその看板が立つのは町のとある雑貨屋。
 品揃えの豊富さと、親切丁寧で器量良しの店員によって店はいつでも大繁盛――
「――って言うのが、保浦屋ご自慢の謳い文句じゃなかったのか? 今日はまだ、一人の客も来ていないが」
 呟いたのは店の用心棒、鰓手晴人。額に汗を浮かべているのは、ぼさぼさ頭に無精髭と言う、彼自身の暑苦しい容姿のせい‥‥だけではない。
「辛いところでは有りますが、保浦屋と言えど、天下の道理には敵いません‥‥」
 返すのは町の雑貨屋さん、保浦鈴音。彼女の声が苦しげなのは、何も客足だけが要因ではない。
 暑い。
 暑過ぎる。
 今日だけたまたまなのか今年は例年よりも暑いのか、時刻は昼前だと言うのに、照り付ける太陽は既に真夏のそれ。ここまで暑いと外出する人そのものが少なくなる。これでは商売にならない。
「風鈴や団扇を、去年よりも多く並べてみますか。晴人さん、ぼうっとしていないで陳列手伝って頂けますか」
「この暑さだ、どうせ客は来ないって」
「夕方、陽が落ちた頃には暑さも落ち着き、夕飯などの用事で買い物に来るお客様がいるはずですわ。食材ついでに防暑雑貨一つでも購入頂ければ儲けものなのです」
「ぐぐ‥‥」
 当初、用心棒として雇われた晴人が、雑用一般にも従事するようになったのはいつからだったか。始めは小さな頼み事であった気がするが‥‥気が付けば丁稚(でっち)扱い。
「ちくしょう‥‥こんな日は仕事なんざ、ほっぽりだして海でも行って涼みたいもんだぜ」
 こうして、いつも愚痴りながら仕事を手伝い、その愚痴は適当に相槌を打つ鈴音に聞き流されて終わる‥‥そんな風景がお決まりのパターンであった。
「――晴人さん。今、なんと?」
「え?」
 しかし、この日は違った。
「晴人さん今なんとおっしゃいました!?」
「あ、イヤイヤ仕事をほっぽりだす‥‥ってのはモノの例えで、別に本当に投げだすって訳じゃあ――」
「そうじゃなくって。その次ですよ」
「え? う、海にでも、行きたい‥‥なぁなんて、思ったり、して‥‥」
「そう、それです! 海に行きましょう! 海に!」
「何だと!?」


 鈴音の話は、こうだ。
 避暑の為、行楽の為、人が集う海辺に天幕を用いて簡素な出店を仮設し、そこで海水浴客をターゲットにして商いを行おうと言うのだ。
「夏の短期間での商売になりますので、店は天幕張りの簡単な作りになります。そうなると、店の大きさも限られますね‥‥」
「‥‥」
「晴人さん、心配は御無用ですよ。複雑な機構をしているものではありませんので、簡単に建てられます。でも、さすがに一人でやれ‥‥などという酷い事を申し上げるつもりも有りません。出品物、及び提供奉仕について、アイディアを募る意味でも開拓者様にもお力添えを頼みましょう」
「‥‥なぁ」
「はい?」
「‥‥やっぱり俺も、労働者として既に数えられているのか?」
「え?」
「え?」
 鈴音は、当たり前の事に対して問われる事に驚嘆を覚え、晴人は疑問詞に疑問詞で返された事に驚嘆を覚えたのだった。


■参加者一覧
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
浅葱 恋華(ib3116
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118
16歳・女・陰


■リプレイ本文

 夏だ!
 海だ!
「水難事故だー!」
 がばごぼごぼ‥‥。
「ナイーーーーーっ!!」
 リーザ・ブランディス(ib0236)は叫びながら海に走って行く。近くにいたルンルン・パムポップン(ib0234)も助けに入り、間もなくしてナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)が水揚げされた。
「大丈夫ですか? ナイピリカさんっ」
「‥‥‥ううぅ」
「どうしました?」
「もう休憩は終わりなのじゃー! ワシは真面目に仕事をしてくるのじゃー!」
 ルンルンの手から離れ、ナイピリカは何か泣き散らしながら走って行く。
「一体‥‥どうしたんでしょう?」
「まぁ‥‥何かと繊細な年頃の娘なんだ。ルンルン、決してあんたを嫌っている訳じゃあない」
「ナイピリカさん、私の事を凄い目で見ていましたが‥‥彼女は、一体どこへ」
「仕事‥‥そう、客引きに行った、という事にしておこう。仕事と言えば‥‥」
 リーザは店の方へ目を向ける。そこには無愛想で無精髭‥‥を生やしていない鰓手晴人がいた。
 彼はトレードマーク(?)の無精髭も切り落とされ、そして彼が知りえない理由によって褌姿になっていた。
「サボるなよ、晴人」
「‥‥その前に。一ついいかリーザ」
「駄目だ」
「!?」
 何か聞こうとした晴人だったが、リーザはそもそも晴人の意見は聞く気がない。仕方無いから晴人は近くで一緒に店建てをしていた央 由樹(ib2477)に問う事にした。
「何で俺は、髭を剃り落とされたんだ?」
 因みに彼の無精髭は、浅葱 恋華(ib3116)が丁寧に剃り彼の顎は今やツルツル。
「そりゃあ、その方が男前だからやろ」
「それじゃあ何で俺は‥‥、店名入りの褌を履かされているんだ?」
「そりゃあ、その方が男前だからやろ」
「‥‥」
「‥‥大丈夫や、めっちゃ似合うとる」
 晴人は嫌味か由樹なりのユーモアか判断に悩んだが、いずれにせよ真顔のまま言う彼からはその真偽を測りかねるので判断は諦めた。
「おい恋華、これもお前が――」
「やっぱり私の見立て通り♪」
「ん。似合っている、のかな‥‥?」
 だが恋華は綺咲・桜狐(ib3118)と楽しくお話中である。
「似合っているも何も‥‥凄く可愛いわよ、桜狐っ」
 桜狐の着る水着は露出こそ控えめだが黄緑の鮮やかな配色と、巻きつける形のスカートとの組み合わせが何とも可愛らしい。
 対照的に、恋華のそれはかなり肌を出すデザイン。水着の面積は少なく、腰の辺りともなれば布は細く‥‥というか、殆ど紐じゃあないか。もっとじっくり見ていれば何か悟りが開けそうだ――等と馬鹿な事ばかり述べていると何かと問題なので、観察はこの辺に留めておこう。
「ん? ついでに晴人、あなたも似合っているわ」
「あ、晴人さんはずっとソレ着ておいてくださいね」
「‥‥‥」
 鰓手晴人。彼の者に異議異論此れ一切の権利無し。
 彼の肩に手を置きながら、諭す口調でリーザは言った。
「まっ、ここにいる時点で諦めな」
「畜生! やりゃイイんだろ、やりゃあ!」
「宜しい」
「で、今回の仕事は? どうせまた雑用か」
「それに加えて、客引きを頼む」
「この格好でか!?」
「見返りは用意してある」
「見返りだと!? どうせまたインチキまがいの――」
 何かにつけて文句を言う晴人の背中に、とッッても素晴らしい感覚が! 絹の触感にも似た柔らかさに加え、この弾力ゥ! 晴人の鼓動は高鳴らざるを得ない!
「あ〜ら、晴人様って引き締まったお体をされているんですね‥‥」
 晴人の背中を抱きながら言うアッピン(ib0840)は、口調さえ艶やかに。
「そんな殿方が汗を流す姿と言うのは、それは素敵なものなのでしょうね。わたくし、イロイロとお・ね・が・い☆ したくなってきちゃいます」
「ま、任せておけ!」
 胸の感触に負けて――いやいや鰓手晴人さんは自発的な労働意欲に駆られたようで何よりです。
「おやおや鈴音‥‥何か顔色優れない様子なのは気のせいかい?」
「‥‥気のせいです」
 彼の雇い主、保浦鈴音が何やら不機嫌そうなのは、多分リーザの気のせい‥‥そういう事にしておこう。
「この暑さで‥‥良くも元気なものだ」
 何やら騒がしく問答している一連の流れを見て、琥龍 蒼羅(ib0214)は、誰に言うとも無く呟いた。ちなみに彼の水着は袴を裾まるごと切った様な造形。決して店名入りのフンドシ等では、断じて無い。


 端的に言えば氷柱はあくまでも対象物への冷気攻撃が目的の術。効果、及び効果時間を鑑みるにこれでは製氷し得ない。
「と言うわけで、氷柱を氷菓に用いる事は諦めざるを得ませんわ」
「長々としたご高説の割に、代替案は無いのかよー!」
 説明口調の鈴音に、晴人は野次の様に言う。勿論、彼自身に案など無い。
「ですが、折角の皆様の意見を無碍にするのは心苦しいです。なので、保浦屋の予算で氷を買い付けましたの」
 鈴音の指差す先は、日陰の大八車。いつの間にか置いてあるそれには木箱が積んである。中には氷‥‥しかもそれなりの量。氷は布で包まれ、更にその周りには大鋸屑が詰められている。
 これだけの量、相当の値が‥‥アッピンは言葉に憂慮を込めるが、鈴音は不安を不安とも思わない口調のまま。
「ここで売り捌けば無駄金にはなりませんし、普通なら値段は米と同額程度の所を、相当量一括払いで二割値引かせましたの」
「その巧緻な算勘、商人としての才気あってのものですね。羨ましい限りですわ」
「私も私で、アッピンさんが非常に羨ましいところでありますが‥‥」
「‥‥? 何か、仰いました?」
「な、何でもありませんわっ」
 何やら小声で言っていた鈴音は、ここの女性陣の中で唯一水着に着替えていない。
「‥‥氷の用意が出来たのなら、それでいい」
 そう静かに言って蒼羅は立ち上がると、彼は女性陣に向けて一つ要望を伝える。
「出来るだけ、人を集めてくれないか?」
「人を集めれば良いのね。任せて頂戴っ」
「えっ‥‥」
 恋華はぴこーんと耳を立てながら挙手、桜狐の手を握りながら。
「恋華、桜狐‥‥宜しく頼む」
 そうして二人は引きだかりの中に行く。桜狐は恋華のバイタリティに押され気味ではあるが‥‥悪い気はしていないらしい。
「ま、彼女たちなら大丈夫やろ。きっと客を集めてきてくれる」
「由樹。疑問が一つある」
「何や?」
「女性の水着というのは、褒めるべきものなのか?」
「‥‥何を突拍子も無しに」
「いや、何でもない。由樹もすまないが客引きを頼む」
 蒼羅の知人によれば、範例としてはそういうものらしいのだが、今は気にしない事にしておいた。
「滅多にお目にかかれん剣の妙技、見とかんと後悔するでー」
「って訳で寄ってらっしゃい見てらっしゃーい」
 由樹と晴人が客寄せ口上をうつと、何事かと幾人かの男達が足を止める。
「ほら、桜狐。ここで声をかけなきゃ」
「ど、どう言えば良いんです? 私、こう言う時よく分からなくて‥‥」
「あ〜ら困ったわぁ。私も緊張しちゃって、こう言う時に何て言い出せばいいか分からないの♪」
(ええ〜〜‥‥)
「でも桜狐。あなたなら多分、甘える様に誘う声をかければ大抵の殿方は心奪われる筈よ。可愛いから」
(ええぇーー!?)
 恋華の助言によって、更に困惑する桜狐。どこをどうみても、恋華は緊張など微塵もしていない。
「あの人達、もう離れて行っちゃう〜」
「あ、そこ行くお兄さんっ」
 意を決して声をかけた桜狐だが、頭の中では未だに台詞の整理など出来ていない。
 彼女は頬を染めながら、まるで困り果てた様子で耳をぺたりと伏せながら‥‥もじもじと手先を弄りながら‥‥
「‥‥うちのお店で休憩していきません? ――きゃ!?」
「寄って見て行って、損はさせないわよ。飲食の他にも色々なお楽しみを用意しているの」
 恋華は桜狐に抱きつきながら尻尾を振り、扇情的な笑みを男性達に向ける。
 集客力は、期待して良さそうだ。

「見よ、これで完成じゃ」
 店から少し離れた波打ち際で、ナイピリカが作っているのは、モダンなデザインの‥‥砂のお城。
 何やら子供達が集まって、楽しそうにしている。
「ふっふっふ。皆の者よ、驚くが良い。これがゼッペロン家――」
「わー、波だー大きいぞー!」
 自然の力とは、何と強大で残酷なのだろうか。哀れゼッペロン城も今や落城。
「うう‥‥」
「ホラお嬢ちゃん、これあげるから泣かない泣かない」
「泣いてなどおらぬ! 飴ちゃんとかも要らぬ! あ、おいし‥‥」
「お嬢ちゃん、お父さんやお母さんはどこだい? 迷子ならおばさんが捜すの手伝ってあげる」
「は‥‥っ、そうじゃった!」
 客引きの仕事の事をすっかり忘れていなかったナイピリカは、その婦人の手を引く。
「ちょっと、どこへ行こうっていうんだい?」
「砂城よりも見応えのあるものをお見せするのじゃっ。ほれ、童達もついてくるのだ」
 彼女が招いた先‥‥そこには、今まさに柄に手を伸ばす蒼羅がいた。目の前には大き目の氷。
 銀光、刹那――破砕音。
「な、何が起こったんだ!?」
「俺には見えた、あの剣士が抜刀術で氷を砕いた!」
「馬鹿言うな、あの開拓者、納刀したままだぜ?」
「確かに。どういう事だってばよ?」
 瞬速の抜刀術――そして瞬速の納刀術。常人の目には凡そ捉えられない速さ。二つの剣撃は、刃の照り返しだけを観衆の知覚に残し、氷塊を砕いたのだ。
 ルンルンは手持ちの手裏剣で更に氷を細かくし、その上から絞った果汁をかける。
「ハイ、これでカキ氷の完成です! 冷たくて美味しくて、癖になっちゃいますよ!」
 蒼羅の剣技の映えに加え、この暑さ。氷菓の受けが悪いわけが無い。
「皆様、物事には順番がありましてよ。ご所望の方は注文はこちらになりまぁす♪」
 お客へ向けて、笑顔でそう言うアッピンは注文票を谷間に挟み込みながら。なんという巨乳の有効利用。
「おーい、胸‥‥じゃなくて、注文票こっちにも下さーい!」
「はぁい、どおぞ♪」
 アッピンは『あくまでも注文票を取り易くする為に』、胸を付き出す様にして声主の男に近付く。この男、何より胸を注目しているがそれはまだまだ素人の視点。玄人はこう言う時には臍、そして脚を観るものだ。
「ん〜、サービスサービス♪」
「ぐぬぬ、愚民共め、胸に容易くも惑わされおって!」
「あら、ナイピリカ様。その子供達は?」
「客じゃ、わしが連れてきた」
 エッヘンと、アッピンに向け自慢げに無いそれを張るナイピリカ。
「可愛らしいお客様ですわね」
「珍しい玩具、何かない?」
「海でも遊べるのがいい!」
 由樹は膝を追って、子供と目線を合わせながら話す。
「水に浮く毬や竹製の水鉄砲‥‥店の方にはもっと色々とあるで」
「わぁ! この船の玩具、恰好良い!」
「お前達。そんなにお金を持ってきていないんだから、無闇に触るんじゃありません!」
「まぁまぁご婦人、それでしたら貸し出しでも構わへんよ」
「あら、そうですの? それなら‥‥」
「ほい、おおきに」
 さて、太陽の位置は段々と真上に近付いている。昼頃になれば需要は食事に移行するだろう。由樹は子供に手を振って離れると、調理の場へ向かった。
 果汁を利用してカクテルを作るリーザは、手際良く調理をしている男性陣を眺めながら‥‥
(少しは花嫁修業もしておくべきだったかねぇ)
 そんな事をそこはかとなく思うリーザであった。大丈夫、達観する程に熟れてはいるが、悲観する程に老いてはいない。

 炭火に鉄板、その場の蒼羅は相当暑いと思われるが、彼はいつも通りの涼しい顔のまま。
「‥‥出来上がりだ」
「それでは、海で楽しんでいる方にも出前サービスです。ルンルン忍法笑顔でお届けの術!」
 水蜘蛛で水面を走り、遊泳者の所にも飲食物を届けるルンルン。他にも、超越聴覚で注文を聞き、早駆でお客の所へ――
 どぱぁっ!
「な、何だ!?」
 巻き上がる砂に遠くから驚きの声が上がる。早駆を使うのは、今の様に近くに人がいない時にした方が良さそうだ。
「只今お届けしてきました。次の注文、承っちゃいますよ」
「まだ、焼き終わっていない。それにしても‥‥よく動くな」
 出前から帰ってきたルンルンに、蒼羅は鉄板上の腸詰を転がしながら。
「やる気があるのは良いが‥‥それにしても、何か特別の意気込みさえ感じる奮戦具合だ。何かあるのか?」
「夏の海と言えば素敵な出会いです!」
「‥‥?」
「店のお手伝いをバッチリすれば、素敵な王子様に出会えるかもしれないもの‥‥」
「察しがたいな」
 うっとりして言うルンルンであるが、蒼羅にはそういう事はいまいち良く分からない。
 だが、彼の知人が言う『範例』に、少しだけ理解を向けるべきかとも思った。
「出会えるんじゃないか?」
「え?」
「‥‥水着が似合っている。きっと王子様の目にも留まり易い」
「あ‥‥ありがとうございます」
「しかし、疑問が一つある」
「はい?」
 蒼羅は、一つ咳払いをする。
「何故水着の上に、エプロンを?」
「ぇと、この方が可愛いかなって思いまして!」
「‥‥察しがたい」

「昼も過ぎて客足落ち着いてきたし。俺らに任せて休憩いっとき」
「‥‥俺は、鉄板の片付けがある」
「わ、私もお手伝いします!」
 由樹、蒼羅、ルンルンにそう言われ、店は任せ休憩に入ったがどこか落ち着きがない桜狐。
(やっぱり、私ももう少し手伝っ――)
 彼女の思考を遮ったものは顔に吹き当てられた海水。
「桜狐〜、隙アリよぉ〜」
 顔にやにや耳ぴこぴこ。水鉄砲を持っている恋華がそこにはいた。
「‥‥店の宣伝も兼ねてますので、私も真面目に成らざるを得ません」
「きゃー♪」
 水を掛けても掛けられても、恋華は楽しそうである。
(ふぅー、気持ち良い‥‥やっぱり海は良いものですわ)
 泳いでいたアッピンは海から顔を出すと、うなじをかき上げて露を払う。滴が曲線を這いながら肢体を輝かせて魅せる様子は官能的であり‥‥芸術的でさえある。
「疑問が一つ有るのじゃ‥‥」
「何だい、ナイ」
 波打ち際、全く海に入ろうとせず膝を抱えているナイピリカは、予てからの疑問をリーザに問う。
「何故彼女らは、胸の抵抗をものともせず泳げるのか」
「うーん‥‥」
「大人のそれに疑いを持つのは良くないな」
「む、晴人‥‥偽開拓者が喋る事かっ!」
「ちゃんと今の俺は働いていただろ」
「それだって、蒼羅や由樹と比べればただの褌男だったであろう!」
 言われれば言い返すナイピリカ。晴人も晴人で、大人げが無い。
「何だと、このイカっ腹娘!」
「まぁ晴人、これでも飲んで落ち着きな」
「え?」
「報酬さ。但し、飲んだら泳ぐなよ。お前が溺れても救助してやらないぞ」
 微笑を浮かべ冗談っぽくいいながら、リーザは晴人にカクテルを渡す。
「結構な客が入ったから、これから夏の名物になりそうだねぇ。たまにはこういう仕事もいいもんだ」
「どうせ採算もとれてねーさ‥‥第一日焼けで肌が痛い。俺はもう御免だ」
 そんな彼の願いは叶わないかもしれない。

 水平線の先に太陽が沈んだ後、算盤を弾く鈴音の顔は喜悦で満ちていたのだから。