満開の桜の木の下に
マスター名:へいず
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/16 20:09



■オープニング本文

 濁った薄青色と、夕焼けの燃えるような赤がどこか寂しさを感じさせる夕方。
 足下には新緑が萌え、川岸に植えられた満開の桜の木から花びらが散る。そんな景色を見ながら安兵衛は上機嫌で歩いていた。手には酒をいれた容器が握られている。
 つい先ほど、行商人の彼は、遙か彼方の村から、はるばる徒歩で名匠の手による茶碗を運んできたのだった。繊細な作りを旨とする名匠の細工は、衝撃を与えないよう慎重に運ぶ必要がある。長い旅路の間、転んだり衝撃を与えぬよう、気を張り詰めて道中を歩いてきた彼の苦労を考えれば、荷物の引き渡しが終わり、代金を受け取ったところで気が緩むことを責めるものは居ないだろう。ましてや、村につく少し前に渡った橋の上から、川の両岸にきれいに並んだ、穏やかな春の風の中、満開に咲く桜の花を見てしまえば。

 旅の疲れを取るための宿を探すのも後回しに、彼は近くの店で酒を買い、気もそぞろに川岸に繰り出してきたのである。川岸への道中、早々に酒を飲み、既に酔っていたのも彼の不幸だった。そうでなければ、彼とて違和感を覚えたことだろう。これだけ桜がきれいなのに、人っ子ひとり花見に来ていないことの異様さに。
 ――そう、村人は知っていたのだ。桜が満開の川岸にアヤカシが居ることを。とはいえ、別に村人たちは安兵衛に悪意があったわけではない。ただ、村人たちにとっては、運良く犠牲者が出なかったし、既に開拓者ギルドに退治の依頼を出したという安心感もあり、他所から来た男にアヤカシのことを注意する必要性が頭の中からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 鼻歌まじりに川岸を歩いていると、桜吹雪の中、こちらに歩いてくる3つの人影がある。1人で飲むよりは仲間と騒ぐことが好きで、誰も居ないことを酔っぱらいながらも漠然と気にしていた彼は、半ば歌うような調子で、
「おーい、誰だか知らんが、一緒に飲まんかー」
 と叫んだのだった。だが、その声を聞きつけ、こちらへ走ってきた人影を見て、流石の彼も一瞬で酔いが醒めた。既にあたりが少し暗くなっていた上、鎧を着ていたため遠目には普通の人間に見えたが、近づいてくるそれは動く骸骨だったのだ。しかも手にはどす黒い汚れのついた刀を持っている。
「う、うわあああああ!」
 悲鳴をあげながら回れ右をしつつ、彼は一目散に反対方向に駆け出す。ふらつく脚を懸命に動かすことだけを考え、後ろからガシャガシャと鎧の当たる音が近づいてくる音が否応無しにかき立てる恐怖を必至にこらえながら、彼は必至に走っていた。それ故、目の前に広がる淡い桜色の霧が、桜吹雪とは異質の存在であることに気がつかなかったのだ。

 夕日の最後の光芒を受けながら風に舞う桜の花びらのいくつかに、赤い彩りが加わった。


■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
ハイドランジア(ia8642
21歳・女・弓
周十(ia8748
25歳・男・志
煌夜(ia9065
24歳・女・志
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎


■リプレイ本文

●花は咲き誇り
 川岸には新緑が萌え、菜の花らしき黄色い点がまばらに彩りを添えている。墨のようにも見える桜の木の、頭上に大きく広がる枝に咲く花はまさに満開。
 そしてゆっくりと流れる川には、くっきりと映った青い空と日光の破片、そして上に散った桜の花びらが、絶えず変わり続ける模様を作り出していた。
 そろそろ散り始めている満開の桜であるからこそ、見頃はせいぜい明日ぐらいまでだろう。アヤカシから川岸を奪い返すためにやってきたのは6人の開拓者。
 周囲のどこかにアヤカシが居ること、そしてこれから真剣勝負が待っていることは皆承知だが、それでも心を奪われそうになるような景色が、まさに目の前に広がっていた。
「ふみ‥‥。アヤカシが出なければ、素敵なお花見場所なのに‥‥」
 秋霜夜(ia0979)が手甲の紐をしっかりと締めながら呟く。
「桜にアヤカシ、っちゃあ風情もあったもんじゃねェな」
「花見という美しい風習を守りましょう」
 周十(ia8748)とアーシャ・エルダー(ib0054)がそれに同調する。北面出身の周十とジルベリア出身のアーシャ。出身地や生まれ育った文化は違えど、桜の美しさは同じように心の琴線に触れるようだ。
「桜の辺りをうろつくなんて、アヤカシもお花見がしたいの?」
 ハイドランジア(ia8642)が問いかけるように言う。その視線が見据える先には、開拓者達の存在に気がついたらしい3体の黒い影が、踊るような不思議なステップで走ってくる。
 同じく近づいてくるアヤカシをみとめた篠田 紅雪(ia0704)は、新緑とはやや異なる趣の、深みのある緑色の刀を無言で抜き放つ。
「骨と花見なんて気が滅入るばっかりだし、早々に退場願いましょう」
 美しい装飾の鞘から細身の長脇差を抜きながら煌夜(ia9065)が周囲を見回しながら言う。今のところ霧状のアヤカシは目につく範囲には居ないようだ。
「よっしゃ、叩っ斬ってやるよ」
 一歩踏み出す周十と霜夜。紅雪とアーシャがそれに続く。一方、煌夜は周囲の警戒のために一歩下がった位置に、ハイドランジアは距離を取って弓を射るために少し後ろに下がる。
 迎え撃つ体勢を整えた開拓者のすぐ近くまで、アヤカシは迫ってきていた。


●春風に舞い
 紅雪の体がゆらり、と動いたかと思うと、吸い込まれるように骨のアヤカシのうちの1体に近づく。アヤカシが反応する間もなく、緑色の残像を引いて通り抜けた刀は生身の人間であれば脇腹にあたる場所を通り過ぎていた。
 ‥‥が、紅雪の手元に残るのは僅かな手応えのみ。切れたのか、あるいは砕かれたのかすら判然としないような小さな骨の欠片と、錆びた鎧の破片が地面に落ちただけだった。
 滑るような脚捌きで振り向きつつ、同じく俊敏な動作で振り向くアヤカシを見据えたまま、彼は呟いた。
「骨、だな‥‥」
 言わずものかな。だが、それ故に人間との戦いとは勝手が違い、難しいのかもしれない。
 生者ではない彼らに呼吸のリズムや、あるいは疲労などはない。ただ、単調に攻撃を繰り返してくるのだ。良くも悪くも、攻防が噛み合いにくくなる。
 横薙ぎに振るわれたアヤカシの斬撃を刀で受けつつ、紅雪は反撃の機会を窺うのだった。
 眼窩には闇しかない骸骨が、紅雪を睨みつける。一般人ならそれだけで逃げ出すのに十分な恐怖を感じるだろうが、強い意志を持った彼はものともせず、更なる一撃を加えるため、軸足を踏みしめた。


 一方、別のアヤカシを嘲るかのような調子の、それでいて朗らかな声が周囲に響く。
「お前の相手はこの私です、かかってきなさい!」
 単純に声に反応したのか、あるいは挑発に乗ったのかは判らないが、素早いけれども単調な動きで、アヤカシの1体がアーシャに向かって来る。
 だが、それこそがまさに彼女の狙いなのだ。守備の弱い仲間を守ること。彼女は、騎士としての基本に忠実に、正面から相手の攻撃を受け止めることでそれを為そうとしていた。
 鈍い輝きを撒き散らしながら、刃こぼれした太刀が正面から無造作に振り下ろされる。受け止めるために斧を構えるアーシャ。
 擦った2つの刃が、川に反射する太陽の光にも似た、眼に焼き付くような火花を一瞬散らす。
 が、勢いを受け止めきることはかなわず、ほとんどそのままの勢いの太刀が彼女の肩当てに当たり、鈍い音を立てる。
 身につけていたのはあまり頑丈でない皮鎧だったとはいえ、それでも防御に長けた彼女の技量ゆえか、アヤカシの攻撃はアーシャの身体まで傷つけるには至らない。
 否、むしろ窮地に追い込まれたのはアヤカシのほうだった。革鎧に中途半端にめり込んだ太刀を抜こうとしたアヤカシの隙を見逃さず、連携のためにアーシャが鋭く口笛を吹く。


 その瞬間に霜夜は飛び出していた。春風のように駆け抜け、一瞬で間を詰めた彼女の後ろには、純白のたすきがなびいている。
 一気に懐に飛び込んだ彼女は、そのまま軸足を踏みしめて、辛うじて体勢を立て直しかけていたアヤカシのがら空きの胴体に必殺の回し蹴りを放ったのだ。
 唸りをあげて襲いかかる蹴りに、まったく反応できないアヤカシ。
 やや小柄な彼女の脚はアヤカシの腰のあたりに当たり、大きく骨を砕くとともに、もともと傷んで壊れかけていた胴当てを真っ二つに砕いた。
 はじき飛ばされて空中に舞った胴当ての半分が桜の木の枝に当たり、鈍い音を立てる。
 周囲に大量の花吹雪が降ってくるが、その中に居るのは既に、更なるダメージに耐えつつ、やっと反撃の準備を整えたアヤカシだけだった。
 そう、間合いを詰めた時と同じような速さで、彼女は一瞬のうちに既に後ろに飛び退いていた。そして、アヤカシを中心に舞い降る大量の花吹雪を見て、
「ちょっと勿体ないかも」
 などと考えつつも、次の攻撃に備えて手のひらに気を集めるのだった。


「そううまくはいかない、か」
 桜色をした霧状のアヤカシが戦場にやってきたのは、皆が戦いはじめて本当にすぐだった。
 煌夜が気がついたときには、桜色の霧はもう、少し離れた所に浮かび、ゆっくりと開拓者達に近づいてきているところだった。とはいえ、手遅れになるほど発見が遅かったわけではない。
 軽く息を吐いて、一歩を踏み出す煌夜。昼間、それも晴天の空の下なので判りにくいが、霧を誘導すべく近づく彼女の刀は、確かにうっすらと青白い光を帯び始めている。
 軽く周囲を見回す。前衛の4名は既にアヤカシと交戦中、押されてはいないがすぐに倒せそう、というわけでもない。
 ――であれば、当初の作戦に則って、霧状のアヤカシの注意を引いておこう。そう考えた彼女は、
「霧状のアヤカシを押さえます」
 と剣戟を繰り広げている皆に伝える。そのままアヤカシに近づき、まずは様子見とばかり、長脇差を横薙ぎに振るう。見た目は確かにアヤカシを切り裂いているのだが、手応えは全くない。
「厄介そうね‥‥」
 攻撃がどれ程効いているのかも判らないものの、霧状のアヤカシを引きつけることには成功している。‥‥それに、彼女は一人だけで戦っているのではないのだ。
 その直後、背後から飛来した矢が、アヤカシの中心を穿っていった。


「弓で戦うには、向いてないのかもしれないけど‥‥」
 ――でも、やるしかないよね。
 彼女の素性を知らない人が見たら、年端もいかない女の子が、遊び半分でやたら大きな弓を持ち出している、という風にすら見えるかもしれない。
 だが、ハイドランジアはそんな無力な存在ではなかった。志体を持つ開拓者である彼女は、弓を専門としているのだから。
 その彼女の持つ弓の長さは身の丈の2倍以上、そして常人なら弦を張るのに5人は必要であるという。
 そんな弓を丁寧に、そしてしっかりとした動作で彼女は引いていった。幸い、戦場に居る4体のアヤカシ、全てが誰かと戦っているので、彼女を狙うものは居ない。
「外さないように、真ん中を狙うよ」
 自分に言い聞かせるように呟く彼女の眼は、少し離れた所で、つかず離れずの距離を保ちながら戦うアヤカシと煌夜に向けられていた。仲間の行動に呼吸をあわせ、アヤカシを狙い‥‥。
 すっと息を吸い込んだ彼女の動きがぴたりと一瞬止まり、そして僅かな動作で矢が放たれる。
 放たれた矢の風を切る音は、何故か戦場によく響いた。少し高い所からアヤカシを射抜いた矢は、そのまま川に飛び込み、派手な水しぶきをあげる。
 太陽の光を受けて一瞬だけ生じた虹をも、極限まで高められた彼女の集中力は見逃さなかった。


 目の前に振り下ろされた斬撃を、軽いバックステップで周十がかわす。更に繰り出された横薙ぎの攻撃を、彼は肉厚な太刀であっさりとはじき返した。
 刀と刀がぶつかり合う、澄んだよく響く音があたりに響き渡る。
「アヤカシ相手も飽きてきてたが‥‥こういう場所なら、悪くねェ」
 他の仲間の邪魔にならないよう、少しアヤカシの攻撃を誘い、避けながら距離を取った彼は、そろそろ反撃にうつることに決めたようだ。
「よぅし、こいつを試してみるか」
 その言葉とともに、彼の持つ太刀がほのかに赤い光を帯びる。桜の色よりも更に赤い光は、どこか寂しさと暖かさの両方を感じさせるような色合いだ。
 気合いとともに繰り出される周十の、袈裟懸けの一撃。だが、アヤカシはまるで先ほどの彼の動きを真似るかのように後ろに跳んで避ける。
「面白ぇ」
 そのまま更に踏み込み、やや斜め下に構えた太刀をいっきに振り切る。まるで紅葉のような光の破片を散らしたその軌跡は、骸骨の左肩を鮮やかに両断し、胴体から切り離す。
 だが、痛覚すら持たないのだろうか。骸骨は周十が近づいてきたのを奇貨とばかりに、まさに周十の顔面を狙った必殺の突きを繰り出してくる。
 とっさに体の軸をずらし、間一髪で避けた周十の頬には、細い傷が少しだけついていた。突きを避けられたために、周十と骸骨は、人間同士であれば互いの呼吸すら感じられる距離まで近づいていた。
 間合いを取ろうとするアヤカシ。だが、周十はその隙を見逃さない。ニヤリと笑った彼の必殺の流し斬りはアヤカシの胴体を捉え、確かに上半身と下半身を見事に切り裂いていた。


●そして散りゆく
 周十が骸骨のうち1体を両断したのと、アーシャと霜夜の連携により別の骸骨の頭部が砕かれ、その場に崩れ落ちたのがほぼ同時だった。
 確実に止めを刺そうと考えた霜夜だったが、倒れた骸骨がそのまま黒い灰のようになって消えていくのを見て、その必要すらないことを悟る。
 周囲を見れば紅雪が相手にしている骸骨も、既に鎧の至る所に傷がつき、既にボロボロだ。
 特に言い合わせたわけでもないが、紅雪の援護に霜夜が、霧状のアヤカシと戦っているハイドランジアと煌夜の援護にアーシャと周十がそのまま向かう。


 そして、戦いに決着がつくのに、それから長い時間はかからなかった。
 紅雪の振り下ろした碧色の剣閃が、頭から見事なまでに、鎧ごと真っ二つにした。
 ほぼ同時に、4人の開拓者の集中攻撃を受け、最後は飛び込んだアーシャに中核を両断された霧状のアヤカシは、まるでそれが本物の桜吹雪でできていたかのように、空中で細かく千切れ、風の中に消えていく。
 ――その美しさを、戦いに勝利した開拓者達をアヤカシが賞賛しているかのように見えた、とするのはいささか、感傷的すぎるだろうか。


「終わりましたね‥‥」
「終わったね‥‥」
 ほぼ同時にぽつりと呟くハイドランジアとアーシャ。
 戦闘直後、普段なら勝利の喜びと安堵を噛みしめるところなのだろうが、それ以上に、あらためて見ると圧倒的な眼前の景色に皆、やや飲まれたかのようだ。あるいは、アヤカシの存在という緊張が解けたため、というのもあるだろう。
「‥‥犠牲になってしまった人は、きちんと弔ってあげないと、ね」
 先ほどアヤカシをあしらいながら移動していた時に、煌夜はやや離れた対岸に寝そべる、中年の男らしき亡骸を見かけていた。アヤカシが居ると知らずに入ったのか、どういう事情かは判らないが、そのままにしておくわけにもいかない、と。


 村人に報告がてら、犠牲者を弔えそうな場所を聞きに行った開拓者達は、その足で川岸から少し離れた、川岸の桜がよく見える小高い丘に亡骸を埋めに行った。
 そしてそれが済むと、既に依頼を達成したこともあり、そのまま解散することになったのは自然な流れだった。そう、これだけ桜がきれいなのだから。
「さぁて、こんだけ見事に満開じゃあ、眠くもなるぜ。さっさと片付けて昼寝だ、昼寝」
 そう言って周十は寝転がって花見ができそうな場所を探しに歩き出す。
 夜桜を楽しむつもりである霜夜とアーシャは、それまでの時間を利用して開拓者ギルドに報告に行くことにしたようだ。まだ昼前である。報告だけでなく、夜桜を楽しむ準備をする時間も十分あるだろう。
 煌夜とハイドランジアも、改めて先ほど戦った場所に花見に行くことにしたようだ。どこか急ぐような、そして楽しげな足取りで川岸に向かっていく。


「不運、ではあるのだろうな‥‥」
 その場から立ち去る仲間の背中を見ながら、口から出かかった言葉を紅雪は飲み込んだ。一人、犠牲者埋めた丘に残っていた彼の近くを、春風に乗った桜の花びらが駆け抜けてゆく。
 高くのぼった太陽の光は、もう冬が終わったことを強く主張するかのように眩しい。彼は少し眼を細めて、川岸に咲き誇り、惜しげもなく花びらを散らし続ける桜を眺めるのだった。