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■オープニング本文 ●とても寂しがりやには見えないアイツ 春の日差しが眩しい。足下には若草が萌え、もう結構成長してきている。そんな中を若い2人の男が歩いていた。どちらも木こりらしく、大きな斧を肩に担いでいる。 「もうすっかり春だべ」 「温かくなってきたなぁ、木を切りに行くのも楽になったもんさ」 新鮮な草の匂いを嗅ぎながら歩いている彼らは、ふと足を止める。 「おい、田悟作、何か今、物音がしなかったか?」 「ああ‥‥お前も聞いたか」 いぶかしげな表情で周囲を確認する二人。またしても彼らの近くでガサリ、という音がする。そしてその直後。 「うおっ!?」 草むらから茶色い何かが飛び出してきたかと思うと、したたかに男のうちの1人の胸を打った。思わず転倒する男。何か動物のようだったが、あまり大きくない上に素早くて姿をきちんと確認することすらできない。 だが、2人ともやるべきことは瞬時に理解していた。伊達に長い間、山で仕事をしていたわけではない。 手に持っていた斧を投げ捨てて一目散に逃げ帰る男2人の背中を、草むらの中からつぶらな紅い瞳が眺めていた。 ●依頼 「ケモノの退治をお願いします。あまり攻撃的ではなく、積極的に人間を襲いに来ることはないそうですが、ナワバリに入れば攻撃してくるそうなので、不慮の事故が起きる前に退治してしまおう、ということになりました」 ケモノというと、オオカミやらクマ、あるいはイノシシといったどう猛な動物であることが多い。今回は何だろう、という目で見る開拓者達に、開拓者ギルドの担当者はこう言った。 「‥‥ケモノの種類ですが、ウサギが4匹、です」 「うさぎぃ!?」 何人かの開拓者がオウム返しに答える。無理もない、ウサギというと、一般的には耳が長くて可愛い、ひ弱な動物。そんなイメージは、ほぼ万人に共通だろう。 「‥‥ウサギです。普通のウサギよりは一回り大きいのが4匹。茶色と白いのが居るそうです」 何で自分が呆れられなければいけないのか、と言いたげな開拓者ギルドの担当者は、やや苛立ちながら説明を続ける。 「一回り大きいと言っても、犬よりも小さいのですが‥‥。彼らはナワバリに入った人を襲ってくるようです。人間を食べるわけではないので、逃げ出せれば殺されることはないようですが、やはり危険は危険です」 「で、どんな攻撃を?」 聞き返す開拓者に、開拓者ギルドの担当者は更に微妙な表情をしながら、こう言った。 「主に体当たりと鋭い歯による噛みつき、なのですが‥‥。それ以外に、つぶらな瞳で見つめてきます。直視してしまうと魅了されてしまい、暫くの間、攻撃ができなくなります」 普通のウサギより長生きした故に会得した技‥‥かどうかは判らないが、それは既に不思議な魔力とでも言うべき威力を発揮するらしい。常にクールな策士だろうが、強敵との戦闘が好きな熱血漢だろうが、目があってしまえばキュンとなってしまう、とのことだ。 何とも言えない敵の存在に絶句する開拓者を無視して、説明は以上です、と半ば強引に話を終わらせる開拓者ギルドの担当者。 実は既に、彼も、直接見たわけでもないのに想像だけでウサギのケモノに魅了されたことに、勘の良い一部の開拓者達は気づいていた、かもしれない。 |
■参加者一覧
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ランファード(ib0579)
19歳・男・騎
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
倭文(ib1748)
18歳・女・陰
なつみ(ib1752)
10歳・女・巫
ミアン(ib1930)
25歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●うさぎ追いし ここちよい春風が吹き、草はざわざわという音を立てている。 新緑で埋め尽くされた足下をよく見れば、雑草は花を咲かせ、小さな蝶が何匹か空中で踊るように舞っている。 咲き誇っていた桜はいつのまにか若葉だけになり、晩春にさしかかろうという季節のある日、開拓者たちは山を登っていた。 「もうちょっと行ったところのはずですね〜」 倭文(ib1748)が広げて持つ大きな地図を見ながらミアン(ib1930)が言う。2人で事前に村長に協力を仰いだ結果、彼女たちは逃げ帰ってきた木こりに話を聞くことができ、事前に地図を作ることができたのだ。 「大きな兎か。余りピリッとはしないけど、怪我人が出る前に退治しないとね」 五十君 晴臣(ib1730)が周囲を見回しながら応じる。まだこの辺はウサギたちの縄張りではないようだが、だとしても念のために警戒をしておくことに損はないだろう。 「自分は退治まではいらないような気もしますが、依頼として来ている以上、倒さないとですね」 ランファード(ib0579)にとっては、肉食でもない獣なので若干、退治することに気が引けるらしい。とはいえ、だから退治しない、という選択をするつもりもないようだ。 「害意がなければ共存できたかもしれませんのに、残念ですね」 和奏(ia8807)もそれに同調する。今回行く場所は以前から、ケモノのナワバリだったのだろうか、と彼は思いを巡らす。もしそうだとしたら、ちょっと悪いことをするな、と。とはいえ、それを知るのはおそらく、ウサギのケモノたちだけだろう。 「書物で読んだ事があります。見た目はとても可愛らしいのに、鋭い前歯の攻撃で人の首を一撃で切り飛ばす兎のようなアヤカシの事を。今回は違うようで、よかったです」 橘 天花(ia1196)が、安心した、とばかり溜息をつきながら言う。確かに、油断は禁物とはいえ、人間に対して積極的に殺意を持ってくるような敵ではない分、今回の敵は安全と言えるだろう。 「みなさま、力を合わせてがんばりましょうっ」 本来、ウサギが好きな拾(ia3527)は、それでも心を鬼にして、と自分に言い聞かせるのだった。 「初めての任務‥‥。皆さんの足引っ張らないようにしなきゃ」 なつみ(ib1752)にとっては、開拓者として、ギルドから請け負ったはじめての仕事になる。彼女はやや緊張した面持ちで歩いていた。 さえずる鳥の声を聞きながら、山を登っていく開拓者たち。気がつけば、問題のウサギたちが出てくるという場所はもう、かなり近くになっていた。 「そろそろ、でしょうか」 和奏が周囲を見回しながら言う。なるほど、地図が正しければ木こりたちがウサギに遭ったのはこの辺のはずだ。 その瞬間。 ――ガサリ。 草むらが音を立てた。間髪を置かず、白い塊が開拓者たちに向かって飛び出す。なるほど、普通のウサギより一回りも二回りも大きいが、確かにそれは長い二本の耳を持ったウサギだった。 ウサギの体当たりを受けてよろめきながらも、和奏がとっさに、飛び退こうとするウサギに居合いの一撃を放つ。雪折だ。だがその一撃はウサギの白い背中に、少しだけ紅い飛沫を散らし、あとは周囲の草を風に舞わせただけだった。 天花が加護法により仲間の護りを強化していく。ミアンの霊鎧の歌が周囲に響き渡り、更に防御力を高める。既にランファードや拾は、他の仲間を守るように武器を構えて散開していた。 晴臣が皆に、 「あちらに居ます!」 と注意を促す。成る程、草の動きをよく見ると、こちらに向かって居る『何か』が居ることは明白だった。それが何かは、言うまでもない。 唐突に、茶色のウサギが2匹と白いウサギが1匹、草むらから同時に飛び出してきた。たまたま狙われた倭文が、とっさに身を躱す。奇襲に失敗したウサギたちは、また草むらの中に消えていった。 開拓者とウサギの本格的な戦いの火蓋は、ここに切って落とされたのである。 ●つぶらな瞳の 戦いは、有利か不利か、で言えば、圧倒的に開拓者が有利な状況だった。 多少かじられたり転ばされたりして負傷しても、天花となつみの神風恩寵や、晴臣の治癒符で即座に傷は癒されていく。 そもそも負傷の度合いも、志体を持つ開拓者にとっては大した問題ではない。余程、当たり所が悪くもない限りは2度や3度の攻撃で倒れるようなことはないだろう。 そして、単純に数で言ってもウサギたちの2倍。単純な力の勝負なら、戦闘にすらならないような差である。 ――にもかかわらず。開拓者たちは大混乱だった。理由は簡単。ウサギたちが、開拓者との戦い方に慣れてきたから、だ。 「みなさんっ、ウサギさんはここですっ! ‥‥こっ、こんなかわゆいのをたおすなんて‥‥っ‥‥」 前半部分こそ仲間への警告になっているものの、途中で目があってしまったのか、後半は完全にメロメロになっている。 がくりと地面に膝をついたまま、ぼーっとした顔で兎を眺める拾。 警告を聞いてやってきた和奏を見て、一心不乱に眺めていたウサギが草むらの中に逃げていった後も、彼女の視線はそのまま草むらに釘付けになっていた。 そして、その横では鍛え上げられた体躯を持つ長身の騎士、ランファードが、 「違うんです、あれは私じゃないんです、兎は魔物だったのです」 と半ば混乱しながらぶつぶつと呟いている。つい先ほどまで、ウサギの瞳に魅了されつつ、それと同時に幸か不幸か白いウサギを捕まえることに成功した彼は、そのまま顔を蹴られるのをものともせず、ひたすら頬ずりしていたという。 その場でとどめを刺しておけば、とは誰も言わない。その時点で既に、皆、1度は魅了され、それがどんなものか判っていたのだから。 ‥‥この場合、魅了されている間のことを覚えているのは、覚えていないより僅かに不幸なのかもしれない。ある意味、罪作りなウサギたちだった。 「かわいいですね〜どうしましょう。でも皆さんへの応援はしないとですね〜」 応援しないと、と思いつつ何をするべきか、やや混乱気味なミアン。心なしか頬が少し紅くなっているようにも見える。 応援をしなくては、という発言とは裏腹に、足を狙って体当たりしてくるウサギを、それはもう幸せそうに眺めている。 「‥‥真正面か!」 心眼でウサギの位置を探ることに成功した和奏は、だが、それ故に一瞬狼狽する。そしてその直後には、彼の心は、温かいような甘酸っぱいような感情で埋め尽くされていた。 どこからか聞こえてくる拾の、 「も、戻ってきてくださーいっ!」 という声をぼんやりと聞き流しながら、彼は恋物語の主人公たちのような目でウサギを見つめ続けていた。恋人(?)のウサギはというと、容赦なく彼の足首を囓っていたけども。 「ケモノは退治しなければ!」 どこか自分に言い聞かせるように叫びながら、何とか立ち直ったランファードが黒い刀身を振り下ろすが、軽やかに飛び跳ねたウサギは草むらの中に消えていく。 その横では天花が、ぽーっとした顔で立っている。どうやら完全に魅了されてしまったらしい。その姿だけを見た者が居たとしたら、おそらく開拓者よりも、若い男に恋をした普通のうら若き乙女に見える、と言うだろう。 だが、開拓者たちも一方的にやられているわけではなかった。 「悪いけど、逃がす訳にはいかないよ」 先ほどまで、まるで弟か妹のようにウサギを撫でくりまわしていた晴臣が、ばつの悪さを隠すかのように放った呪縛符は確実に茶色のウサギを捉える。 その直後にウサギの体が捻られ、動かなくなった。なつみの放った力の歪みにより、まずは1匹、開拓者たちを混乱に陥れていたウサギが倒れた瞬間だった。 普通の戦いならそこから一気に畳みかけるようなところではあるのだが‥‥、 「う〜さぎ、うさぎ♪」 ぽわ〜んとした顔でふらふらと白いウサギを追いかけていく倭文。皆が皆、こんな調子で、とても畳みかけるどころの話ではない。 そんな大混乱の中、戦いはその後も暫く続いたのだった。 ●うさぎ美味しい? 「‥‥い、色々な意味で、手強い敵でしたっ‥‥」 溜息をつきながら、最後の一匹にとどめを刺した拾が言う。あたりには先程まで、開拓者たちをさんざん翻弄し、苦しめていた4匹のウサギが倒れていた。 皆、溜息をつきながら脱力したかのように、立ちつくしたり、あるいは座り込んだりしている。命の危険こそないものの、確かにこのウサギたちは強敵だった。 そんなウサギたちに、思うところがあるのか、 「野に生まれしものよ、野に帰りて憩うべし。人の手のとどかぬ野にて、永久に‥‥」 と、即興の鎮魂歌を演奏するミアン。仕方がなかったとはいえ、命を奪ったのもまた事実だ。 その歌が届いたのかどうかは判らないが、あらためて見ると、ウサギたちの表情は安らかに眠っているようにも見える。 「帰りましょうか」 和奏がぽつりと言う。皆、黙って頷くのだった。 天花が失った斧を見つけてきたこともあり、ウサギたちの死体を担いで村に戻ってきた開拓者たちに、村人は皆、感謝の意を表するのだった。 そして。仕留めたばかりの大きなウサギが、それも4匹ある。 誰とはなしに、食べようか、という話になった。 「うさぎのお肉は美味しいんですよっ!」 と、なつみが楽しそうに言う。 「う、ウサギさんを食べるのですかっ‥‥!? ‥‥あの、後でひろいもひとくち‥‥」 一方、拾にとっては驚きより、食べてみたいという好奇心が勝ったようだ。 「これだけ大きいと大味な気がするけどね、食べるか否かは皆に任せるよ」 と言う晴臣。確かに言われてみれば、そんな気もするかもしれない。あるいは、大味でもたいして気にならないかもしれない。何しろ、特に開拓者たちは激しい(?)戦いを終えたばかりだ。空腹は最大の調味料、とは誰の言葉だったか。 「こうなったらもう安心ですね」 慣れた手つきでウサギを調理していく村人たちを見ながら、ランファードがぽつりと呟く。先程の皆、それぞれお互いのことを思い出して笑い出す開拓者たち。 日が傾き、夕焼け色に染まりはじめた空に、しばらくの間、開拓者たちの笑い声は響いていた。 |