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■オープニング本文 ●罠と障害と とある一団が、松明の光だけを頼りに遺跡の中を探索していた。遺跡は地下に作られていて、入り口にある碑文に嘘がなければ2層構造になっているという。 壁も天井も石垣で作られた、非常に高度な技術によるものと思われる。そして、その遺跡は侵入者を拒むかのごとく、多数の罠が張り巡らされていた。 特定の石を踏むと両側の壁が一瞬で飛び出してきて、人間などはあっさり押しつぶされる。 首の高さに張られた、黒く塗られた細い金属の糸で怪我をしそうになる。 転びやすい段差と、思わず手をつきそうな場所にある、毒の塗ってある針。 場所を知っていれば避けることができる。あるいは用心深く進めば何とかなる。だが、少しでも気を抜いた瞬間に致命的なことになりかねない。そんな遺跡だった。 しかも、悪いことは続くものである。彼らが少し進んだところで、奥の方から浮かび上がってきた光が見えてきたのだ。 入り口の周辺の土には足跡などはなかった。つまり、こんな場所に人が住んでいるわけはない。だとすれば‥‥。 「あ、アヤカシだ‥‥!」 彼らは今まで来た道を全力で走り出した。来るときは辛うじて避けることができた罠も、アヤカシから逃げながら意識することは難しい。結局、無事に逃げ出すことができたのは1人だけだった。 ●依頼 「依頼です」 真剣な顔つきで開拓者ギルドの担当者が口を開く。 「要は遺跡の探索の護衛、です。何でも、遺跡の入り口の碑文には宝物庫があることが記されていた、とのことです。ですが中は罠だらけの上、アヤカシも目撃されています。もちろんアヤカシも、1体とは限りません」 中にアヤカシが居ることと、性格の悪い罠が張り巡らされていること。前者は倒せば良いが、後者は細心の注意が必要だろう。 「危険な依頼ではありますが、無事達成できれば報酬は期待できるでしょう。どなたか、参加なさいますか?」 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●闇へと誘われ 遺跡の入り口の前に、6人の開拓者と、1人の探検家が立っていた。遺跡は無機質とも言えるぐらいのっぺりと、そして綺麗に切り出された四角形の石だけでできている。 遺跡の中の通路も造りは同じようだが、夜の闇とはまた異質の、入ったら二度と出てこられないのではないか、という恐怖を呼び起こすような漆黒が、入ってすぐの所に見てとれる。 「‥‥半兵衛殿にとっては良い記憶が無い場かと思いますけれど‥‥。戻っても、大丈夫ですか?」 志野宮 鳴瀬(ia0009)が遺跡の入り口を見上げながら、傍らに立つ半兵衛に話しかけた。 「お心遣い感謝します。この生業である以上、覚悟はしていました。今はここの宝を見つけ出し、遺族へ分配することが私にできる最大の仲間への供養、と考えています」 「なるほど。アヤカシと罠‥‥か。慎重に事をすすめねばな」 半兵衛に応じた、というよりは半ば独り言のように御凪 祥(ia5285)が呟く。 「遺跡探索とはなんとも浪漫に溢れておるなぁ」 浪漫が溢れるだけの類なら問題はないのだが、と続けながら松明の用意をする紬 柳斎(ia1231)の声に、雲母(ia6295)が応じる。彼女はというと、鎧の隙間にさらしを巻くことで罠にそなえるようだ。 「洞窟攻略とは懐かしいな‥‥よく潜った物だ」 煙管を吹かし、入り口の横に立つ碑文を眺めながら楽しそうに言う彼女は、かつて各地を転々としていたという。その時のことを思い出しているのだろうか。 もっとも、碑文はかなり掠れている。辛うじて読めるのは成る程、誰かが子孫のために宝を残そうと2層の迷宮を作った、という部分だけであった。おそらく罠の解き方などは別口で子孫に伝承されたのだろうが、果たしてどこに居るのか、現存するのかも判らない。 「‥‥命を落とした人もいる。そこだけは忘れず、浮かれはせずにいきましょう」 楽しみではあるけれども、気を抜くわけにはいかない。そんな決意をこめて、煌夜(ia9065)は遺跡の奥に続く闇を見据える。 「では、行きましょうか」 多めの道具を持ってきたため準備にやや時間をかけていた長渡 昴(ib0310)が準備を終え、立ち上がる。開拓者たちは頷きあい、遺跡の中に足を進める。 ●闇に囲まれ 複数の松明に照らされた遺跡の中を、開拓者たちは進んでいく。念入りに罠を探しながら歩くため、普通に歩くよりも時間がかかるのだ。 だが、それでも。まだあまり奥には入っていないにもかかわらず、最初の角を曲がった時点で、既にどちらを向いても、壁と闇しか見えなくなっていた。或いは、この暗闇まで計算してこの遺跡は作られているのかもしれない。 7人が歩く音だけが壁に響き、消えていく。外の世界から隔離されたような感覚は、否応なしに好奇心と不安感を呼び起こす。仲間との注意喚起や気がついたことの相談などがだんだん増えてくるのは当然か。 ふと、先頭を歩いていた柳斎が足を止める。他の皆もつられて足を止める。が、罠ではないことにすぐに気がつく。前方、少し先の壁に何かの影を見つけたからだ。目を凝らして見れば、それは人間が横たわっているものと判る。 ――そう、半兵衛の仲間の冒険家の亡骸だ。 「近くにアヤカシは居ない‥‥ようですが」 心眼を使った煌夜が、やや固い声で呟くように言う。 「罠が近くにあるかもしれませんね‥‥」 昴が周囲の壁などを、先程までよりも更に念入りに棒でつつくようにして確認をはじめる。特に怪しい点は見あたらない、と判断し、ゆっくり進みはじめる一行。 さらに近づくにつれて、開拓者たちはあまり気分の良くない臭いを感じはじめる。半兵衛の話では彼がここから辛うじて脱出した日から、もう幾日かは経っているというのだ。当然といえば当然で、むしろ、この程度の臭いですんでいるのは、外よりは幾分か冷たい空気のお陰かもしれない。 「あれは‥‥。罠、でしょうか」 最後尾に居た祥が、同じく後方を歩く半兵衛に尋ねる。判らないが可能性はある、という半兵衛。 更に近づいた開拓者たちの顔に緊張の色が浮かぶ。うつ伏せに倒れた死体の背中に、細い矢が1本刺さっていたからだ。――この近くに、罠がある。 傷はあまり深くないところを見ると、毒だろうか。だとすれば、尚更危険だ。 「‥‥これか」 柳斎が見つけた罠はごく簡単なものだった。とあるブロックを踏むと、近くの壁から矢が飛び出してくるもののようだ。既に先程の犠牲者が踏んだからか、作動する気配はない。 ‥‥だが、その罠自体に危険がないことが判ったとはいえ、皆にとって気分の良い物ではなかったのもまた、事実である。少し凹んだブロックの周囲は精巧な作りで、周囲と見た目はほとんど同じである。 ――そう、仕掛けられているのはおそらく、これと同じように見つけるのが非常に困難で、しかもまだ動作していない罠であることを改めて痛感したのだから。 雲母が念のため、と罠の周囲に目立つよう印をつける。一方、半兵衛は持ってきた布をかけ、仲間の遺体に最低限の弔いを済ませていた。 そして開拓者たちは先程よりもさらにゆっくり、丁寧に確認しながら前進を再開するのだった。 ●姿のある敵 「‥‥アヤカシだ」 煌夜が低い声で呟く。その時には、皆、前方に浮かぶ複数の火の玉をみとめていた。アヤカシがこちらに向かってこないのであれば交戦は避けたい、という方針ではあったが、アヤカシは既にこちらに気がついているのか、さほど速くない速度とはいえ一直線に向かってくるようだ。 柳斎が煌夜と並ぶように最前列を固め、その後ろには雲母と昴がつく。煌夜がすらりと抜いた長脇差の刃が松明の光を浴びて周囲に光芒を撒き散らし、柳斎の構える緑色の刀は赤みを帯びた光に照らされて、普段とは違う色合いを見せている。 後方では鳴瀬が半兵衛の前に壁になるよう立ち、また、半兵衛も己がどうするべきかは心得ているようで一歩後ろに下がる。そして最後尾では祥が万が一にも挟撃されないように警戒をはじめる。開拓者たちの戦闘の準備は一瞬だった。 戦闘の口火を切ったのは雲母だった。彼女の放った強射はびゅう、という音を立ててアヤカシに吸い込まれ、そしてそのうちの1体を霧散させる。矢の軌跡に黄金の光が一瞬、残って消えたように見えたのは気のせいだろうか。 「行けるわ!」 続けて放たれた第二射もまた、別の火の玉を穿つ。倒すことこそかなわなかったようだが、それでも痛撃を与えたことは確かだろう。 敵が少し離れた場所に居るとはいえ、戦闘中に迂闊に前進すれば罠にかかる危険があるため、前に出ることはできない。一方、アヤカシの側にも弓に対抗できる射程を持つ攻撃は無いようで、被害を無視するかのようにただ進んでくる。 結局、前衛が本格的にアヤカシと切り結ぶようになった時には、既にアヤカシの数は半分ほどになっていた。 「思っていたより、弱い‥‥?」 煌夜がアヤカシの攻撃を受け流しながら呟く。厄介な場所ではあるが、アヤカシの強さはさほどでもなかったのだ。 通路があまり太くなかったこともあり、前衛2人の後ろにいる昴にとっては若干戦いにくい状態だ。また、鳴瀬や祥は半兵衛を守るためあまり積極的に戦闘に参加はできないが、それでも十分、開拓者たちはアヤカシを圧倒していた。 「強い敵に出会うよりはやりやすい、とは思いますが‥‥」 後方には敵は居ない、とみた祥が黒いクナイをアヤカシに投げ、痛撃を与えながら応じる。 そして、柳斎の刀がアヤカシの最後の一匹を真っ二つに割き、アヤカシはそのまま、まるで何もなかったかのように消えてなくなる。戦闘の喧騒がやみ、再びあたりは開拓者たちの軽い息づかいと、松明の燃えるパチパチという音だけになった。 全てのアヤカシを討ったかどうかは判らず、むしろまだ残っている可能性は十分にある。とはいえ、先ずは目の前の敵を無事に片付けたことに皆、安堵しつつ軽く休憩を取るのだった。 ●感情なき殺意 一行は遺跡の奥に見つけた階段を降り、さらなる深部を目指していた。 当初こそ落とし穴に落ちかけたり、あるいは足下に張られた糸に躓き怪我をしたり、と傷が耐えなかった一行だったが、階段の段差に仕掛けられた、体重をかけると階段から外れ、下にすべり落ちる石で多少の被害を被ったあとは見事にすべての罠を回避することに成功していたのだ。 「‥‥っ、罠だ!」 柳斎が緊張を含んだつぶやきとともに立ち止まる。他の開拓者たちもあわてて足を止める。成る程、まさに人間の首か、それより少し上の高さに、1本の細い金属の糸が張られている。気がつかずに通り過ぎようとすれば、良くても切り傷、悪ければ致命傷になりかねない。 「また黒い糸、ですか」 暗い遺跡の中、見えにくいように糸が黒く塗られていることを、煌夜が確かめながら言う。 そして、事前に半兵衛から罠の種類を聞いていた鳴瀬や、罠の種類などを記録していた祥は、1つの事実に気がついていた。罠は巧妙であり危険度も高いが、種類はそこまで多くはない、と。 だが、それ自体が1つの罠だったことを、彼はその直後に知ることになる。そう、慣れてきた罠と思い、無造作に鳴瀬が糸を切った瞬間、ピシッという音が周囲に響き渡ったのだ。 どうやら、黒い糸はそれを切ることで何かが起きる罠だったらしい。とはいえ、それを看過できなかったことを責めるのは酷であろう。既に開拓者たちは半兵衛たちがたどり着いた場所よりも遙かに奥に入っており、事前の情報などはまったくなかったのだから。 「うわっ!?」 他の罠との違いを感じ、天井や床などに動きがないか、と身構えていた開拓者達を嘲笑うかのように、無数の細い矢のようなものが飛来する。 それでも咄嗟に飛び退く開拓者達だったが、一瞬、反応が遅れた者が3人居た。鎧の隙間にさらしを巻いていたため、身動きに若干の制限ができていた煌夜と、急激な運動には向いていないハイヒールを履いていた雲母、そして志体を持たない半兵衛である。 動きに若干の支障が出るほどに防具を固めていた煌夜は兎も角、雲母と半兵衛の傷は浅くはなかった。 「危なかった、ですね」 慌てて駆け寄った昴が言う。浅い傷ではないが、二人とも致命傷には至っていない。幸い、矢に毒は塗られていなかったようでもある。 「階層が浅いのが残念だ、と思っていたが‥‥なかなかどうして、歯ごたえがあるな」 多少、無理しているように見えなくもないが、雲母がニヤリと笑う。 「いやはや、この稼業をしていて10年以上になりますが、ここまで手の込んだものははじめてです」 苦しそうな息づかいではあるが、しっかりした声で半兵衛が応じる。 「しかし宝とは一体何であろうな?」 半ば独り言のように呟く柳斎。誰にも判らないことではあるが、だからこそ彼は楽しい、と思っていたようだ。得てして大したものがなかった、などというのはよくある話だが、それも含めて探索なのだ。 「さて、行きましょうか」 煌夜が立ち上がりながら言う。深手だった2人の傷も、昴の応急手当と鳴瀬の神風恩寵により行動に支障がない程度には回復していた。欲を言えば完全に回復しておきたいところだが、唯一と言っていい回復役である鳴瀬の練力が既に心許ないことを考えると、贅沢は言えないようだ。 宝が眠るであろう最深部に近づいてきているという実感と、それに伴う危険を実感しながら、開拓者たちはゆっくりと、そして確実に前進を再開するのだった。 ●遺跡の奥に眠る それが最後の罠だったのであろうか。 もはや疑いすぎと言えなくもないような慎重さで、遺跡の奥にあった扉を、取っ手を使わずに祥が扉を押し開ける。ふと見れば扉の取っ手の内側に、尖った針が見える。握っていたら傷を負っていたことに間違いはなかった。あながち、間違いではなかったか。 だが、それ以上に開拓者たちは目の前の光景に息を呑んだ。そもそも部屋自体が、今までの灰色一色の壁ではなく、壁が白く塗られている。そして、部屋の中央には台座が置かれ、一振りの剣らしきものがその上に横たわっていた。 「宝剣、というものでしょうか‥‥」 昴が口を開く。 「そのようですね‥‥」 周囲に罠が仕掛けられていないか、鳴瀬と雲母が確認して回る。が、剣そのものも含めて、罠が仕掛けられているような痕跡は見られない。 そっと気をつけながら剣を手に取ってみる柳斎。確かな手応えが伝わってくる。そのまま持ち上げるが、特に罠にかかったような感じはない。 「他に何もないようです。アヤカシも居ますし、はやく外に出ましょう」 周囲を探っていた半兵衛の提案に、皆は頷きあうのだった。 「わぁ‥‥」 遺跡から出てすぐ、夕焼けの光の中、煌夜が嘆息する。 「これは、なかなかに‥‥」 柳斎の視線も半兵衛の持つ剣に釘付けになっていた。暗い洞窟の中、松明の光では判りにくかったが、日の光にかざしてみると、剣の刃が反射する光がまるで虹のように、複雑なグラデーションを描いていたのだ。 「凄いねぇ」 昴は周囲を回るように歩いて様々な角度から眺めている。 「確かに、宝と呼ぶには相応しいかもしれませんね‥‥」 という鳴瀬に、半兵衛が答える。 「多くの仲間が犠牲になったことを考えれば手放しで喜べるものではありませんが‥‥。これは売り飛ばさずに、大切に保存させてもらいます。さて、開拓者ギルドに戻りましょうか。報酬もお渡ししなければなりませんし」 雲母は煙管を吹かし、祥は今さっきまで居た遺跡の構造に思いを巡らせながら、そんな会話を聴いていた。 いつの間にか、半兵衛を含む何人かは宝剣を肴に酒盛りでもしようか、という話までしていた。それも悪くないかもしれない。やたら神経をつかったあとは、何も考えずに酒を飲んで騒ぐのもまた、いいリフレッシュになるのだから。 |