鉄拳令嬢と大掃除
マスター名:一二三四五六
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 易しい
参加人数: 33人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/10 22:09



■オープニング本文

 御真坂 鳴梨(iz0070)は、お嬢様である。彼女の生家である御真坂家は交易で大成した大商家であり、本来なら危険な仕事などせずとも何一つ不自由無く生きていけるくらいにはお嬢様である。ただ彼女には溢れんばかりの、過剰な程の正義感があり、それゆえに半ば家を飛び出すような形で開拓者となった。だが、開拓者であっても彼女がお金持ちの娘である事に代わりはない。
 そこで、開拓者として神楽の都で生活するにあたって適当に宿を借りて生活していた愛娘のために、彼女の父親は都に屋敷を用意した。そこは彼の友人が所有していた物であり、今は使われていない為、鳴梨を住ませるために買い取ったのである。
 ところが、そこで問題が生じた。
 本来その屋敷には、住み込みの使用人達がおり、掃除などを行っている筈だったのだが、連絡に手違いがあり、使用人達が全員辞めてしまっていた。そのため、誰も住んでいない屋敷は、掃除などがされぬままに月日が経ってしまったのである。

「と、言うわけで。皆様に、我が家を掃除して欲しいんですの」
 そんな事情で開拓者ギルド。用意した依頼料を手に、鳴梨はにっこりと微笑んだ。
「箒や雑巾をかけたり、布団を干したり‥‥何分広いお屋敷ですから、わたくし一人ではとても手が回りませんのよ」
 他にも、掃除中の炊き出し作りとか、そういった物も含めて開拓者に頼みたいとの事。
 労働のお礼に、掃除が終わったら、かなり広めのお風呂場で入浴していっても良いらしい。もちろん、そこも掃除する必要があるが。
「そういう事で依頼の方、よろしくお願いしますわね」
 ぺこりと頭を下げる鳴梨。そうして、そんな依頼書がギルドに貼り出された。


■参加者一覧
/ 葛葉・アキラ(ia0255) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 剣桜花(ia1851) / 天水・紗夜(ia2276) / 平野 譲治(ia5226) / 設楽 万理(ia5443) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 木下 由花(ia9509) / クララ(ia9800) / アレン・シュタイナー(ib0038) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 不破 颯(ib0495) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 志姫(ib1520) / 白梟(ib1664) / 志宝(ib1898) / 豊姫(ib1933) / 佐屋上ミサ子(ib1934) / 月川 悠妃(ib2074) / 建御雷(ib2695) / 紅蒼碧(ib2701) / 黒虎(ib2812) / 小雪(ib2822) / taya(ib2828) / 狼炎(ib2835) / 雨音(ib2844) / 未樹(ib2845) / 杜々猫(ib2848) / ヴィヴィオ(ib2849) / 土桜 灯悟(ib2854


■リプレイ本文

●大改造?
 御真坂邸は開拓者で溢れかえっていた。広すぎる屋敷内は、三十名以上もの人間が出入りしてもまだ余裕がある。
「んっ! 遊びにきっ‥‥」
 大きな大きなお屋敷の、立派な立派な玄関前で、平野 譲治(ia5226)は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 人が多い。
 しかも皆、掃除をしていた。依頼人一人を除いては。
「鳴梨っ! 鳴梨の好きなお花ってなんぜよっ!?」
 通りかかった依頼人を捕まえて応えを聞き出した譲治は、いの一番に探し出そうと元気に駆け出した。
 御真坂 鳴梨(iz0070)の好む花を集めて、庭を整えて――鳴梨の住みやすい環境を作る為に。
 放置屋敷が広いというのは、手を掛けなければならない場所も多いという事だ。
 荒れ放題の庭を前に、不破 颯(ib0495)がにやり。
「凄まじく荒れてるなぁ‥‥改造しがいがあるねぇ」
 何考えてる。
 ともあれ、剪定鋏を握り締めた颯の、鼻歌混じり大改造が始まった。

 屋内では既に大掃除が始まっている。
「よっし、いっちょやってやるか!」
 自身に気合を入れて、土桜 灯悟(ib2854)は屋敷内を調べ始めた。
 まずは下調べ、どこに何があってどんなものが壊れているのか。必要に応じて修理か破棄か判断するのがまず先だ。
「お掃除、お掃除たっのしいなぁ〜♪」
 納戸に向かうと、妙ちきりんな歌を口ずさんでいる木下 由花(ia9509)に遭遇した。
 長い月日を放置され続けていた納戸は埃まみれ、由花は手拭二本で姐さん被りと口元を覆って納戸に残された雑多な日用品を整理している。
 納戸に仕舞うのは使いそうなものだけ、それ以外は――
「御真坂さん、要らないものは売っちゃっていいですかね〜?」
「お好きになさって」
 鳴梨が腕に手を当てて鷹揚に言うと、ただでさえ豊満な胸元が更に強調された。
 少々目のやり場に困りつつ、灯悟は納戸整理の手伝いを始めた。重そうなものは由花の代わりに移動してやり、使えそうなものは由花から受け取った張り紙を付けて納戸に戻す。
(今回の依頼は簡単そうだし、頑張ろう)
 生きてゆくには銭がかかる、貧乏であれば稼ぐしかない。
 自分は依頼を受けて稼ぐ者なのだと己に言い聞かせ、灯悟は初依頼を地道にこなしていった。

「うわぁ‥‥」
 便所で誰かが情けない声を出した。
 大抵の家では水周りが汚れやすい。それが便所であれば尚更で、家の中でも最も汚れが酷い場所である事が多い。
「‥‥掃除のし甲斐がありますわ」
 にっこりと。
 頼もしい笑みを浮かべた佐屋上ミサ子(ib1934)は悪臭に臆する事無く言った。
「これから毎日使う場所ですもの、入念に掃除をしておいた方がいいでしょうね」
 徹底的にやりますわよと、水桶と雑巾を手に便器の洗浄を始めた。
 空桶に水を汲んでくるよう頼みながら、ミサ子は笑顔で鼓舞する。
「ここまで汚れていると大変ですけど、その分キレイになったときはスッキリしますよ!」
 誰よりも率先して、最も大変な場所に精を出す。うら若い鳴梨が、この先この屋敷に気持ちよく住めるようにとの願いを込めて、ミサ子は力強く汚れをこそげ落とし、壁も磨き上げ床も掃き清めた。
「お風呂場の様子はどうでしょうか」
 大変な重労働だったのに疲れた様子も見せずに、ミサ子は風呂場の応援に向かった。
「浴槽は終わったよ」
 然程時間は要しなかったと、大人びた口調で淡々と出迎えた黒虎(ib2812)の向こうには、家族で清掃中の明王院一家がいる。
「では浴槽の傷みを埋めるか」
 手桶の修理をしていた明王院 浄炎(ib0347)が立ち上がると、黒虎と交代して浴槽に入ると傷んだ箇所を調べ始めた。
「我は窓を拭く」
 雑巾を洗い直し、黒虎は窓辺へ。高い所の掃除は椅子を使ってと考えていた黒虎だが、優に七尺はある大黒柱の浄炎をはじめ、浄炎の妻・明王院 未楡(ib0349)も娘の明王院 月与(ib0343)も揃って高身長の持ち主だったから分担している。
 束子片手に床を磨く母と娘。未楡には主婦の、月与には普段から家事を手伝っている孝行娘の手際の良さが伺える。やがて浴槽の穴を見つけた浄炎が黙々と漆喰で穴を埋め始めると、誰も言葉を発しなくなった。だが、言葉はなくとも風呂場を包み込む温かい雰囲気は協力する家族が齎しているものだ。
「お湯は張れそうですかしら?」
 様子を見にやって来た鳴梨は、小さく頷くと軽やかに風呂場を立ち去って行った。
(あの娘は笑顔だった、我は‥‥?)
 鳴梨の後姿を見送りながら、黒虎は小さな身体を真っ直ぐに伸ばしたまま考えている。

 アレン・シュタイナー(ib0038)は掃除が苦手だ。しかし怠け者ではない。
 仕事の後で風呂を沸かすのなら薪が要るだろうと、彼が手斧を借りると庭へと回ったところ――緑色のもふらがいた。
 否、庭創りの匠・颯の最高傑作、樹木のもふらカットであった。
「何やってんだ‥‥」
 見渡せば、整えられた池の周囲には玉石と鹿威し。そこにもちんまい緑もふらが鎮座している。
「なに、ちょっとしたお茶目だよぉ」
「ま、まぁ良くってよ」
 へらりと笑う颯だが、鳴梨の反応は悪くないようだ。
 鳴梨が好きな花を集めてきた譲治の優しさ、心安らぐ庭にしたいという颯の想い――素直に喜ばない高飛車な依頼人にも、しっかりと伝わっているようだった。

●料理の基礎は厨から
 生きていく上で食事は欠かせない。住居内でも厨の整備は重要だ――が。
「あらまあ‥‥これは大変そう‥‥」
 小雪(ib2822)が呟いたのも無理はない。食卓や椅子、食器類‥‥その悉くに埃が積もり蜘蛛が糸を渡している。水周りの物は朽ちていたり錆びていたり。
「掃除をするにも一息つくにも、井戸と台所の掃除は必須ですから‥‥」
 頑張りましょうと慈母の微笑みを浮かべた未楡に励まされ、小雪は気配を感じて食卓の下を覗き込んだ。
 油虫――黒い害虫でGと呼ばれる事もあるアレ――がいた。
 一瞬驚いたものの、気丈に追い払って箒を手にする。雑巾掛けだけでは足りやしない、まずは埃を掃き出さなくては。
 小雪がせっせと掃き出している間に、未楡は修繕できるものと処分するものを選り分ける。修繕できるものは夫に補修を頼もう、今は庭先から物音が聞こえるから浄炎は庭にいるはずだ。
「ナァム、いいですよ、運びましょう」
 モハメド・アルハムディ(ib1210)が運搬の手伝いを買って出た。氏族の戒律に触れてしまうので酒と豚には触れられないがと断って、大きな陶器を抱え上げた。
「あら、それは‥‥」
「ハサナン、置物等でしたら大丈夫ですよ」
 陶器の豚は大丈夫。これは何処へ運びましょうと居合わせた鳴梨にも尋ねて、居間へと運んでいった。
(‥‥‥‥)
 無言で雑巾で椅子を磨いている杜々猫(ib2848)。疲れているのだろうか、明らかに気合が入ってない。
(‥‥本当にゴミばっかりじゃん)
 ギルドで『御真坂家のお嬢様が住まう屋敷の掃除』と聞いて、お宝頂戴の目論見でやって来たのだが、来てみれば長期間放置されていた荒れ家、屋敷内にあるものと言えば――
(‥‥何時代から置いてあるんだろ、この残飯)
 古道具と食料の成れの果て。
「うえぇ‥‥」
 同じ場所ばかり磨いていた杜々猫は、やって来る依頼人の姿を認めて慌てて食卓も拭き始めた。

「えーっと‥‥生まれたときに生き別れた双子の姉とかに心当たりはありません?」
「いいえ、べつに」
 剣桜花(ia1851)にいきなり問われて一瞬面食らった鳴梨は、すぐに我侭お嬢様の顔を取り戻した。
 さらりと気のない応えを返したのに、桜花は気にする様子もない。
「とりあえず女の子スキーとか‥‥服は露出度多いのが好きーとか‥‥スタイルは見せ付けてなんぼーとか‥‥ちょっとS入ってるとか‥‥無いですよね?」
「美しさは見せ付けてこそ輝くものですわ」
 女の子スキーかどうかは判明しなかったが、着衣といい先程の反応といい、露出の高い衣服を好みキツい性格なのは間違いなさそうだ。
 桜花の嗜好と被っていた。それはもう殆ど同じに。
 そう言えば、見た目まで似ているような気がする。
「いやいや‥‥ここまで似てるとやはり魂レベルで姉妹としか‥‥特別におねーさんと呼ぶことを許す!」
「わ、わたくしの方が年下ですのよ!? 双子ではありませんわっ」
「‥‥なんか自分を抱きしめてるようで非常に不思議な感じがするわー」
 桜花に抱き締められた鳴梨、頬をほんのり赤らめて最後の抵抗をしているが、桜花はお構いなしだ。アルネイス(ia6104)が擬似双子(?)を胡乱な目で見つめていた。
「桜花殿、ご自分の分まで私に押し付けて‥‥後で覚えてるですよ〜」
「はい皆、清掃再開」
 妙な雰囲気になって来た桜花達の様子に皆の視線が向いて手が止まっていたのを、ミニスカートのメイドさんが空気を変えた。からす(ia6525)だ。
 小雪と手分けして水屋から食器を取り出していると――油虫。
「おや、出たか」
 素早く水屋の隙間に隠れようとした黒い害虫に、からすが放った竹串が刺さった。その気配に生き別れの妹(?)と感動の再開中だった桜花が振り返る。
 からすからG教信者・桜花に牽制が入った!
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 無言の対話。
 一匹いれば三十匹はいるという油虫だ、物を除けるだけでもわしわし現れる。桜花の視線など気付かぬかのように、からすは淡々と駆除を続ける。遠くにおれば串を投げ、近くにおればスリッパで叩き。
「標本のようだろう」
 貫かれ、しぶとく脚を動かしている油虫の標本もどきは、桜花にしてみれば磔刑のように見える。
 ――と、一匹が無謀にもからすの側を駆け抜けようとした!
 慌てず騒がず、でも道具を手に取る余裕がなかったからすは手で潰した!
「!! なんてことを‥‥!!」
 からすは体液に塗れた掌、手の下の感触に不快感を表すでもなく平然としている。
「汚れたら洗えばいいのだよ」
 間違ってはいないが、ちょっと違うような気がする。

 出した食器は綺麗に洗って、刃物は再び使えるように砥いでおく。
「危ないから近付かないほうが良いぞ」
 お嬢様育ちの鳴梨が怪我しないように一声掛けて、からすは刃物を研いでいる。鍋薬缶を磨いて、食器類の水気を綺麗な布で拭き取る小雪の作業も丁寧だ。
「終わったらお茶を淹れてあげよう」
 掃除が済めば湯を沸かしたり調理もできるだろう。
 井戸端で、礼野 真夢紀(ia1144)が大量の米を研いでいる。
「まゆちゃん、お疲れ様。手伝うよ」
 月与に声を掛けられて真夢紀は顔を上げた。ちょっぴり恥ずかしそうに「まゆは掃除苦手ですから‥‥」だから炊き出し係に志願したのだと語る。
「なんの、掃除の後で皆きっとお腹を空かせてるよ。あたいも楽しみだ」
「暑いので、お素麺も茹でて出汁も作ろうかと‥‥」
 元気に笑う姉の友人は昔とちっとも変わらない。幼馴染でもある月与は料理上手だから、真夢紀は献立の相談をする。
 素麺の薬味は何にしよう、少し精の付くものも出そうか‥‥等々。
 未楡が甘味を作るつもりだと月与から聞いて、真夢紀は嬉しそうに笑った。
「姉様とちぃ姉様に羨ましがられそうです」
 竈に火が入った。厨から飯が炊ける匂いが漂うのも間もなくだろう。

●雑巾掛けりれー
 廊下が何やら賑やかだ。
「うおおぉぉぉおお! 泰拳士の真の脚力見せたらぁぁぁあああ!!」
 えらい勢いで廊下を白銀が突進して行った‥‥と思ったら、すぐ戻って来て止まりきれずにぶつかった。
「痛ってぇー!! けどウチが1番やな!」
 おデコを撫でつつ、得意げに笑うのは豊姫(ib1933)だ。遅れて到着した葛葉・アキラ(ia0255)が本気で悔しがっている。
「やるからには真剣勝負やん!」
 勿論、ピカピカに磨きつつ勝利を攫むのがアキラの本気だ。
 負けず嫌いの同い年を、にこにこと楽しそうに眺めつつ、天水・紗夜(ia2276)は鏡台を磨いている。
「それにしても本当に大きなお屋敷‥‥鳴梨さんって本当にお嬢様でいらっしゃるのねぇ‥‥」
 今磨いている鏡台も年季の入った立派な品だ。装飾の細かい彫りの溝ひとつ埃を残すまいと丹念に拭き上げている。
「雑巾がけりれーで負けました‥‥」
「みんな速いね〜」
 がっくり項垂れる白梟(ib1664)は発案者、勝ち負けには拘らないのか志宝(ib1898)は足腰の鍛錬になるよと笑っている。
「ぴかぴかにしましょう!楽しみながら、ね」
 さあもう一回。
 紅蒼碧(ib2701)の誘いに乗らぬ者はない。廊下の端っこに一列に並んで――一斉に‥‥よーい、どん!
 何往復かするうちに廊下はすっかり輝きを取り戻した。
「ほなうち天井の煤払いして来よかな。豊姫ちゃん手伝ってくれへん?」
 アキラが豊姫に肩車の助力を請う。快諾した豊姫と共にアキラは室内へ入って行った。
 使用人が使っていたとおぼしき部屋では、志姫(ib1520)が黴臭い煎餅布団を干し終えた所だ。厭う事なく楽しげに、くるくるとよく立ち働いている。
「布団干しの次は‥‥棚を拭きましょう。少し動かしますね‥‥あら?」
 背伸びして棚の上にあったものを移動させた志姫は、行李の下敷きになっていた紙切れを見つけた。
 たたまれたそれを何気なく開いてみると、この部屋の住人だった者が家族へ宛てたもののようだ。
(羨ましいな‥‥)
 生まれてこのかた一度も見た事のない両親の姿は、志姫にとっていつも陽炎のように定まらぬ。
 今、この手紙を書きかけていた人は、家族の許に帰っているのだろうか――
「どうなさったの?」
「‥‥御真坂鳴梨様!?」
 慌てて志姫は鳴梨に手紙を押し付けた。

 御真坂邸は広い。部屋数も多い。
「疲れちゃったぁ」
 雨音(ib2844)は骨休め中――の割に、骨休め時間や気晴らし時間の方が多いようなのはどういう事か。
(めんどくさ〜い)
 とりあえず埃は掃き出した畳の上にごろーんと寝そべっている。
 そんな初夏の惰眠を満喫中の雨音の周りが、どんどん綺麗になってゆく。建御雷(ib2695)は苦笑しながらも手際よく片付けていった。
「よく働くねぇ」
「掃除するのは好きなので」
 言葉少なく応えを返しつつ、手の動きはとまらない。
 あっという間に心地よい空間に変えて、雷は部屋を出て行った。残された雨音は昼寝の続きを楽しんでいる。
 居間へ豚の置物を運んできたモハメドは、まだ手付かずだった居間の掃除を始めた。程なく雷もやって来て、二人で寛ぎの部屋になるよう清める。
「‥‥タアーラウ・ハー・フナー‥‥ハーリ‥‥」
 軽快に口ずさんでいるのは祖国語の童謡。リズムに乗って手際よく調度品を磨き上げてゆく。
「不思議な曲ですね、でも何だか心地よい」
「ショクラン、ありがとうございます」
 畳を拭き上げていた雷が耳慣れない調べに微笑むと、モハメドは微笑み返した。
 歌に合わせて手を動かすと、単調なはずの掃除も楽しい作業になるのだった。

 庭では、薪割りを終えたアレンが何処からともなくリンゴを取り出して、いつものように剥いている。
「良ければ食べるか? 俺一人じゃ食えん」
「ありがとうなのだっ!」
「おい譲治、手ぇ洗えよぉ?」
 譲治に差し出したリンゴは兎型。剪定鋏を研いでいた颯が声を掛けて、兎型も良かったななどと緑もふらを眺めている。
 通りがかったついでに兎リンゴを貰った鳴梨が尋ねた。
「器用ですのね。でもどうして兎型ですの?」
「うん? ああ、理由か? 母がこうやって剥いてくれた。それだけさね」
「母ちゃんの思い出なりねっ!」
「そうかね」
 気のない相槌を打ちつつ、アレンは次々リンゴを剥いてゆく、兎型に。

 庭を抜けて玄関に回ってみると、月川 悠妃(ib2074)が掃き掃除していた。
「‥‥脆いわね」
 皿が。
 洗い物を任されて食器を大量破壊した悠妃は、周囲から食器も洗い桶も取り上げられた末に玄関先の掃き掃除をしているのだ‥‥が。
 箒の柄にヒビが入っていた。力が入りすぎているのかもしれない。
 その近くで設楽 万理(ia5443)が、とてかんとてかんと玄関周りの補習をしていた。何気に万能な女性である。
「悠妃さん、そこの釘箱を取ってくれませんか?」
 柄が折れる前に手伝いを頼むもので、箒の寿命が延びているようだ。悠妃から釘箱を受け取った万理は玄関の廂の補強に余念がない。
 庭からやってきた鳴梨を見つけて手招きすると、万理は立てていた板を表替えした。
 『御真坂 鳴梨』
 ばばんと。身の丈程もある板に、墨で黒々と大書された己の名。
「‥‥なんですの、これは?」
「表札がありませんでしたから」
 幾分か身構えて鳴梨が尋ねると、万理は立派な板でしょうと大作に満足そうだ。
「り、立派過ぎますわっ! まるで、わたくしが道場を開くみたいではなくて!?」
「一部の泰拳士の方は道場を持って一人前になると噂に聞きます。大丈夫ですわ、愛と正義の鉄拳令嬢の名を世に知らしめるのです」
「そういうものかしら‥‥そうですわね、わたくしの屋敷ですものね!」
 何だか上手いこと丸め込まれた鳴梨は、意気揚々と巨大な表札を玄関先に挙げていた。

●最後は身も清めて
 屋敷内の掃除が終わって、疲れた身体に嬉しい刻がやって来た。
「風呂は良いな、広いのが特に良い」
「混浴もいいねぇ」
 浴槽の端に持たれて、酒を酌み交わしているアレンと颯。
 広い風呂場内では男女混浴で開拓者達が風呂を使っている。恥ずかしい等の理由で何名かの開拓者は風呂を断っていたものの、それでも大所帯。御真坂邸の風呂場は大勢で入ってもゆったりした大浴場だ。
 混浴にあたり、褌や湯文字、水着などを着用する事が義務付けられてはいたが、女性陣の整った体つきは湯文字では隠しきれない。寧ろ着衣独特の風情があるというものだ。
 由花は持ち込んだ酒をちびりちびり。仕事で疲れた体を心身ともに労わっている。
 ――と、杜々猫が浴槽の縁に躓いてすっ転んだ。
「大丈夫かいな!?」
 湯に体を任せてのんびりしていた豊姫がびっくりして立ち上がる。杜々猫は顔を赤らめながらそそくさと洗い場へ消えた。
『服脱いでもやっぱり双子にしか見えないわよねー』
 衝立の向こうから桜花の声が聞こえて来た。
 脱いでるらしい、桜花と鳴梨が。
 さすがに着衣のまま身体を洗う訳にはいかないから、洗い場は衝立で二つに仕切られている。
『服の時も勿論だけれども、鳴梨さん本当にスタイル抜群ね』
『当然ですわ』
 紗夜に褒められて高笑いする鳴梨の姿を、一部の男性は衝立越しに想像したとかしないとか。

 口には出さないけれど、志姫も鳴梨に羨望の眼差しを送っている。
(もう少しあれば良いのに‥‥)
 自身の胸元をこそっと見、志姫は未樹(ib2845)の背を流してやっている月与にも目を遣った。
 ぼん、きゅっ、ぼんっ。
 出る所は出て、くびれもしっかり。嗚呼なんて羨ましい。
 その近くでは万理が肘を軽石で擦っている。
(軽石なんて、おばあちゃんの使うものだと思っていたのにね)
 などと考えている万理の思いなどいざ知らず。
「こまめなお手入れが万理さんの美肌を作るんだね」
 今度は鳴梨の背を流しながら月与が感心していたり。
 アルネイスが鼻歌混じりで体を洗っている。持ち込んだお風呂用品は石鹸から玩具に至るまで全てカエルだ。
「お掃除した後はゆっくりお風呂に入るのが良いですよね〜」
 ご機嫌だ。
 念入りに体を洗った後は、ぺたんな胸にタオルを巻いて浴槽へ。
「今日は疲れましたからたっぷり入るですよ〜」
 縁に腕乗せて湯船をばしゃばしゃ波立たせる彼女は、とても二十歳の人妻には見えない――が、現実は不思議なものである。
 現実は厳しくもある。
 アキラは風呂に入ってきた桜花と鳴梨を見て、次に自分の胸を見た。
「うわっ‥‥鳴梨ちゃんの胸、おっきーなァ‥‥うちは‥‥」
 哀しいかな、どう見ても大きいとは言えなかった――
 未楡は湯船に浸かって恵まれた肢体を寛がせていた。側には浄炎がいる。
 言葉はなかった。
 そっと身を寄せてきた妻に浄炎は応え、未楡の肩を抱く。
 会話はなくとも、夫婦は二人だけのゆったりとした時間を過ごしている。

「ふぅ〜、やっぱお風呂だね♪」
 風呂好き湯船好きの志宝、寛ぎすぎてだんだんのぼせてきたような‥‥
「志宝さん!?」
 志宝の異変に、近くでまったりしていた白梟が気付いた!
「ふあ〜ゆっくりしすぎちゃった〜」
 慌てて志宝を担ぎ出した白梟を、からすが厨で出迎える。
「やあ、お茶は如何?」
「助かるよ!」
 ふらふらの志宝に冷茶を飲ませ、自分もお茶を一気飲み。
 少年達に茶菓子も勧めつつ、大人達には酒も振る舞い、からすは後でゆっくり入浴しようと考えていた。

「お疲れ様でした」
 風呂から上がった雷が最後まで礼儀正しく挨拶して御真坂邸を辞そうとしたところ、井戸の辺りから水を使う音がした。
「モハメドさん?」
 清掃時に汚れてしまったターバンやガラビアを洗濯しているモハメドだった。
 出身氏族に混浴や裸浴の習慣がない彼は、薄衣一枚での混浴を丁重に断る代わりに、井戸の拝借許可を得ていたのだった。
 汚れた衣服を綺麗に洗ったモハメドは用意していた着替えを身に纏った。この流れで礼拝も済ませてしまおう。そろそろアスルの時間だ。
 雷はそっと目礼すると御真坂邸を後にした。

(代筆:周利 芽乃香)