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■オープニング本文 山間の青い空に、今日も鳥が舞う。 その高い視点が、人々の暮らしを見下ろしていたのかは定かではない。 だが、そんな鳥が舞う大きな大きな空に抱かれた、大きな大きな島‥‥天儀。 ここは、その天儀で『志士』と呼ばれる朝廷直属の人々が、140年ほど前に興した国だ。名を『北面』と言う。 とは言え、そこに済む人々の暮らしは、他の国々とさほど変わらない。都である仁生からは、各地への街道が伸び、その先には、四季折々の景色に囲まれた、人々の暮らしがある。 その村は、都への脇街道にあった。本街道ではないので、行き来する者はさほど多くない。だがそれでも、交易の町として名高い仁生をめざし、商人達はやってくる。 「そろそろ雨の季節かなぁ」 「田植えが終わったばかりだからねぇ。もう少し先かもしれないよ」 つぎの当てられた野良袴に、袖のない胴衣を身につけた村人が、青く広がる田の畦で、そんな話をしていた。遠く、その端には瓦を葺いた屋敷があり、周囲には小さな家々が立ち並んでいる。そこからは、きゃっきゃと楽しげな声が聞こえて来た。共に聞こえる規則正しい木を揺らすような音色は、この辺りで盛んな織機を動かすものだ。 とんとんからり、とんからり。 とんとんからり、とんからり。 都の風には、闇の音。 流れまぎれるアヤカシの、悪しき欲望聞こえるる。 受け継ぎし血よ導いて。 とんとんからり、とんからり。 とんとんからり、とんからり。 その名は天儀。 空に浮かぶ島。 「あー、そうか。今日は市の日か」 「妹が、この日の為にって、気合入れて機を織ってたよ。俺も今回、首都から珍しいくいもんが来るって楽しみでさ」 その織機の音色に乗って流れてきた声に、そう話す村人達。と、上空を、大きな飛空船が通過し、道筋にある森からは、驚いた鳥が飛び立っていく。 どこにでもある光景だった。そんなどこにでもある村の森から、がさがさと下草を揺らす音がして、弓矢を持った青年が顔を見せる。 「おう、義助の旦那。今日はどうだったい?」 「こんなもんだな‥‥」 その狩人の腰には、しとめたらしき野兎と鳥。今から持ち帰って、市に並べるとの事だ。今日、村に立ち寄る商人は、神楽の都がある海から来たそうだから、魚や塩等も持って来ているだろう。それは、山にあるこの村では、貴重なものだ。 「よーし。もふらさま、お願いしますよー」 「もふー」 商人に言われ、こくんと頷いてくれるもふらさま。それら物々交換の市で集まった品を、他の場所に運ぶ商人がいる。彼らは、小型の飛空船を操り、現地のもふらさまに協力を仰ぎ、離れた市に荷物を届けていた。こうして、物流が成立し、人々の交流が生まれていく。だが、そんな荷卸しの最中だった。 「大変だ。さっき、獲物を追っていたら、村の石碑が壊れて、瘴気が噴出していた。すぐにアヤカシ達が来るぞ」 先ほど、獲物を届けに来た猟師義助が、顔色を青くして、商人達に知らせに来る。見れば、森の向こうに、妖しく立ち上る黒い霧があった。慌てて逃げようとする鳥が瘴気に捕まり、森のほうへと落ちていく。その領域は次第に広がり、街道の方へとあふれ出しそうだ。 「よし、急いで荷をまとめて出発だ。って、もふらさまがいねぇ!?」 危急を告げられた商人は、被害を最小に抑えようと、運んできた荷物に縄をかけ、荷車に乗せようとする。が、その荷車を運んでいたはずのもふら様の姿が、忽然と消えていた 「もふもふもふっ!」 足跡が、瘴気の森と反対側に点々と続いている所を見ると、逃げちゃったらしい。見れば、遥か彼方に白い姿が少しだけ見えた。 「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃーーーー!」 と、その時だった。瘴気の中心部分から、巨大な鳥のようなものが、何匹か飛び出してきた。それは、人々の市を目指し、一直線に進んでくる。 「鴉‥‥?」 「いや、鴉にしてはでかすぎる! アヤカシだ!!」 当然、人々の集う市は、大騒ぎとなる。アヤカシは人を食うのが慣わし。急降下してきた鳥達は、先を争うように人々へと襲い掛かった。 「うわぁぁっ!!」 「ぎゃぎゃぎゃっ! ぐぎゃーー!」 狙われるのは、肉の柔らかい女子供。特産品である綺麗な織物が、鳥達によって泥まみれになっている。時間をかけておったその苦労を台無しにされて、思わず立ち止まってしまった女性へ、鳥達がそれっとばかりに襲い掛かる。子をかばった親が空中からの一撃を受けて倒れてしまう。助けようとした男を、返り討ちにしてしまうアヤカシ鳥。血なまぐさい匂いが漂い、娘達を可憐に彩るはずの反物に、血の花が舞った。 「村長の家まで走れ! あそこなら、壁も強いから、どうにかなる!」 逃げ惑った人々が駆け込んだのは、村でもっとも立派な屋敷である村長宅。貴重品など持ち出せるわけもなく、身につけた衣装そのままで、村長宅へと駆け込む。一方、あぶれた者達は、田んぼの中にある、土地の神様を祭った堂へと駆け込んでいた。 「ぎゃぎゃぎゃっ」 「ぐぎゃぎゃっ」 小半時もすると、アレだけにぎやかだった市には、取り残され、哀れ餌食になってしまった牛や、犠牲者の遺体が転がり、踏み荒らされた商品が散乱する、散々な状況になっていた。 「落ち着け。今、神楽の都に連絡を取った。逃げ出したもふらさまは気がかりだが、何とかなるだろう」 逃げ込んだ中には、巻き込まれた商人もいた。あちこちを回っているという彼らは、こう言った事象も伝え聞いているらしく、対処法を教えてくれる。彼らは、連絡用に持っていたらしい風進術の機械を使い、神楽の都に在籍している開拓者達に頼んでくれた。 「村の市場を襲った鳥形のアヤカシを、退治してください!」 数はさほど多くない。市に出すはずだった品で、数日は篭城できるだろう。だが、それでも村人にとって、アヤカシは恐ろしい脅威なのだった。 |
■参加者一覧
焔雷(ia0264)
23歳・男・サ
空絡(ia0266)
22歳・男・泰
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
真田空也(ia0777)
18歳・男・泰
司摩六 烈火(ia1022)
26歳・男・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
柏木 万騎(ia1100)
25歳・女・志 |
■リプレイ本文 「少しは、飛空船が見れるのかな‥‥」 相手は商人だという。飛空船乗りを目指す天河 ふしぎ(ia1037)が、ほんの少し期待しながら、村の入り口へ差し掛かると、空中を、黒い影が舞い飛んでいた。 「酷いな」 司摩六 烈火(ia1022)が、そう呟く。その下には、逃げ遅れた家畜の死体。内臓とおめめは早々に食べてしまったらしく、かなり酷い残骸になっている。小さな村だ。中心となるとおりに、むしろが敷かれ、商品になるはずだった織物が散乱していた。 「くかぁ!」 しつこく肉をむさぼり食う鴉の大きさは、普通の鴉とほぼ同じだが、目が赤く染まり、くちばしがかなり大きい。まるで、ザンニ・A・クラン(ia0541)が持っている槍のようだ。普通のからすならば、絶対に入り込むことのないもふらさまの舎にも、入り込んでいく。そこには、逃げ込んだ数人の村人がいた。アヤカシ鴉が狙っているのは、奥に入り込んだ彼らの‥‥目。 「こっち向くのみゃ!」 ダイフク・チャン(ia0634)がみゃーっと全身の産毛を逆立てんばかりにして、後ろから飛び掛かる。しかし、相手の鴉はかなり素早く、すんでの所で避けられてしまった。 「くきゃあ!」 ダイフクの一撃を裂け、くぱっと開いた鴉のくちばしには、ずらりと生えた歯。そこには、嫌な血糊の跡がついている。 「折角市を楽しもうと思ってたのに、無粋なアヤカシ連中だぜ」 はき捨てるようにそういう焔雷(ia0264)が、村人の前に立ちはだかる。 「護るは戦士が努め。殺させはせぬ」 空絡(ia0266)もそう言った。口調は起伏が少なく淡々としており、仮面のせいで表情も読めないが、人々を心配している言葉から、決して無感情ではないようだ。 「さぁ、急いで家の中へ。大丈夫、一匹たりともここから先へは通さないから」 にこりと笑顔でそう言った天河、抱えていたお嬢さんを、かばうようにそっと降ろした。 「危ない真似はしないでくれよ。お嬢さん」 この手の光景を、女性大好きなザンニが何を黙って見ているかと思えば、そう言った相手は‥‥天河だ。 「僕は男だっ!」 むすっとして答えた天河‥‥少年。 「くきゃあ!」 と、アヤカシがひと鳴きした。その凶悪な姿に、焔雷が自身の刀を突きつける。 「見てな、俺が全部刀の錆にしてやっからよぉ! 紅蓮の暴走侍・焔雷、見参! アヤカシ退治にいざ参る!」 「くかあ」 が、化け鴉は、バカにしたように鳴くと、天高く上って行ってしまう。屋根よりも高い場所へ。 「まずは、村人からどういう敵がいるかを再度聞くことにしてみるみゃ」 それを見て、ダイフクがそう言った。ひとまずの脅威を退けた彼らは、避難所となっていた村長宅を訪れていた。庭先には、商品が散乱し、雨戸は厚く閉ざされている。中で息を潜めているであろう村人達を思い、沈痛な面持ちをしたダイフクが、玄関の扉を叩く。 「シユウ族の戦士、空絡と言う。依頼を出したのはこちらか」 「神楽の都から来たサムライみゃ。皆、大丈夫かみゃ?」 空絡が身元を伝え、ダイフクが自己紹介と心配している旨を告げると、ややあって、閂を外す音が聞こえ、出入り用の小さな扉が、きいぃっと重い音を立てて開く。案内される一行。 「俺達が遭遇したのは3匹だが、他にもいるのか? ねぐら等がわかるなら教えて欲しい。何か、特徴があれば、それもだ」 真田空也(ia0777)が質問の内容を告げた。鴉はどこにでもいる。もしかしたら、人肉の味を覚えただけなのかもしれない。それでなくても、迷惑かけるなら、数をきちんと把握しておきたかった。 「と、言われましても‥‥」 その内容に村人は困惑しているようだ。もしかしたら、自身の姿形に、畏怖を抱いているのかもしれない‥‥と、空絡は思う。鉤爪付きの篭手を付け顔には鴉を模した仮面。図らずも今回倒すべき大鴉をイメージさせるものだったから。 「村長、俺から話そう」 と、ジルベリア風の細い袴と上着、村人とは違う袂のある服を着た、商人らしき男が進み出た。彼によると、アヤカシは『眼突鴉』という名前で、人の目玉が好物と聞く。見たのが3匹なら、あと3匹いる。そのうち1匹は鳶か鷹と間違える位だったそうな。森の方から来たのを覚えているとの事である。 その情報を手に、彼らが村の周囲にある森へと向かったのは、言うまでもない。 村では、林業も収入の一端を担う。その為、普段村人が使用している道があり、迷うような場所ではなかった。 「石碑も、この奥にあると言っていたな‥‥」 気に掛かるらしい烈火。ご丁寧にも、森の道には『石碑の祠』と書き記されており、村人も時折赴いては、掃除などの手入れをしていたそうだ。 「もふらさまは‥‥いませんね‥‥」 ぽやんとした声で、周囲を見回す柏木 万騎(ia1100)。アヤカシを探す為に来たのだが、彼女の捜索項目には、アヤカシより、白いもふもふが優先されているようだ。 「村が落ち着けば戻ってくると思うぜ」 そう答える烈火。何でも食べるというし、避難した先で草でも食んでいるのかもしれない。頷く万騎。村人の話では、小さな泉もあるとの事。清流を求めて、そこにいるのかもしれない。 「危なっかしいなぁ。嬢ちゃん、襲われねぇかなぁ」 あまり警戒していなさそうな言動に、心配するザンニ。元々、天儀の女性が好きで、ジルベリアからわざわざ渡ってきた御仁だ。たとえ開拓者だったとしても、あまり危険な真似はさせたくない。 「彼女もギルドに所属する者だ。心配する必要はないだろうさ」 「あまり感心はしねぇがな」 そう言った烈火に、首を横に振るザンニ。年は関係ない。女性は、女性。 「ちょっと登ってみるぜ」 要するに、先にアヤカシを見つければ良い話だ。そう思った真田は、ひょいひょいっと、木に登っていく。元々、武装は自らの拳で賄う泰拳士だ。身軽な彼は、高い所も苦にはならない。屋根に登る要領で、樹冠にたどり着くと、森の周囲を見回した。 「くかぁ」「くかぁ」 一番深い部分。ちょうど石碑のあたりに、鴉の鳴き声。 「見つけたぜ!」 下に向かって叫ぶ真田。場所を告げ、そのまま木々を飛び渡りながら、アヤカシ達の所へと向かう。 「ふむ、あれか…」 同じく泰拳士の彼、群れ飛ぶ5匹にそう呟く。と、そこへぽてぽてと追いついてきた万騎が、子首を傾げつつ、こう訪ねた。 「あー。あのー。つかぬ事をお伺いしますが、この辺に白いもふもふした丸いものを見かけませんでしたか?」 「くかぁぁぁぁ!」 くちばしをかぱっと開けて、木の上から威嚇するアヤカシ鴉。どうやら、知らないようだ。 「やっつけるみゃ! こっちむくみゃ!」 ダイフクが牙を向く。突き立てる変わりに、持って来た弓を番え、引き絞った。が、弧を描いたそれは、鴉に掠めもしない。 「中々あたらんなー」 「下だから駄目みゃ。登って上から攻撃みゃー」 同じ様に短い弓を放つは空絡。しかし、それもあたってはくれない。逆に馬鹿にされたように、化け鴉がかあと鳴く。 「こっちまで襲ってくれりゃ、何とかなるんだが、さすがにそこまでバカじゃないか‥‥」 真田には取って起きの秘策があった。が、獣同然の鴉達も危険感知能力がないわけではない。身構え、近づけば撃つと言わんばかりに、拳を突き上げている真田。その周囲には闘気にも似た気合が立上り、森の木々を揺らしている。そんなところにわざわざ突っ込んでいくほど、鳥達も馬鹿ではないようだ。 「んなちんたらやってられるか! 待ちやがれ!」 しかし、焔雷はそこまで我慢できなかったらしい。鴉のいる空目指して、走り去ってしまう。 「こいつで墜落させるっ!」 烈火もまた、あやかし達を射落とそうと、矢をいかけるが、かすっただけだった。 「さすがに、バランス崩したくらいでは駄目かなっ。おうわぁっと」 逆に反撃を食らい、その表面に傷をつけてしまった。空絡が疾風脚を使い、いっきに距離をつめる。が、それはアヤカシの真下に過ぎない。 「横槍を入れたくても、当てられなければ意味はないか‥‥。」 「そう簡単にはいかないさ」 ザンニが悔しげに弓をにぎりしめる。彼の矢もまた、狙いを外れた一本だ。諦めにも似た空気が、周囲を支配するなか、天河がこう叫ぶ。 「諦めちゃだめだっ! この素晴らしい大空に、お前達の居場所なんてないっ!」 その手から放たれた矢は、直撃とは行かないまでも、その翼へと命中する。 「よし、よくやった。わずかでも翼を傷つければ、折れずとも飛び辛くはなるはず!」 「見たところ、まだまだ元気だけどな‥‥」 褒める空絡。たが烈火の言う通り、高度こそ下がったが、まだその勢いは衰えていない。チャンスとばかりに、真田がその拳を振り上げる。拳圧が鴉のバランスを崩し、高度をさらに下げる。そこへ空絡が留めをさしていた。 「このままじゃ、長期戦確定だぞ」 悔しげに呟く烈火。倒したとは言え、まだ1匹。後4匹は、まだまだ血気盛んに、森の上を飛び回っている。やはり、うかつに仕掛ければ、自身に被害が及ぶ事を知っているのだ。 「アヤカシはずるがしこい‥‥って、あの人も言ってた‥‥。そうだ!」 それを見た天河、自身のゴーグルに手をかける。そして、一度目を閉じると、精神を集中させ、かっと開いた。 「見つけた! あの茂ってる木の上!」 心眼。心の目と称される力を使った彼にとって、森の木々は障害ではない。目隠しとして機能している木々を見通し、その上で様子を見ている、巨大な化け鴉を発見していた。 「このゴーグルが、全てを見通すんだからなっ!」 ひゅんっと天河の矢が飛んで行き、その大鴉をあぶりだす。 「ぐがぁ!」 木から羽ばたく大鴉。その声は、他の鴉達より遥かに大きい。衝撃で、森にいた他の生き物が逃げ出すほどに。 「でかい割に、速度は変わらないようだな。まだ修練が足りぬか‥‥」 動きそのものは、他の鴉達と変わらないが、まるで従者のように鴉達を従え、空中を舞う。やはり、降りてはこない。と、その時だった。 「待ちやがれいっ!」 木の上から響く怒号。ひときわ高い枝の上で、雄たけびを響かせている。焔雷だった。 「かかってきな鳥頭共! 一羽残らず叩き落してやるぜぇ! この黒炎丸は、ただ長ぇんじゃねぇんだぜ!」 その雄叫びは、力ある咆哮。響き渡るその声に、鴉達がいっせいにそちらへ向かう。梢で5匹に囲まれた彼を見て、ザンニが「歯止めの聞かねー奴だ」と呟いていた。が、彼自身は、とにかく戦うことしか考えていないらしく、楽しげに声を張り上げる。 「久々にでけぇ喧嘩が出来るってもんだ。行くぜ行くぜ行くぜーーー!」 「だが、囮にはちょうど良い」 ザンニ、そう判断する。そして、自身の武器に力を込めた。 「槍が通じ難いとは若干不本意ではあるが、なら帝国の武具で仕留めて見せるも一興かな」 天儀とは違う作法で鍛えられた槍の穂先を、首領格のアヤカす向けて突き上げる。1度目はフェイント。本命は二度目。避けた場所を狙い、確実に当てようとする。羽が舞い飛ぶ中、大鴉が狙いを定めたのは、自分に近づこうとする女性。 「‥‥っ」 ぱっと、鮮血が散った。その傷跡は、足元の地面を地に染めるほど。だが、彼女はきっと大鴉を見かけると、自らの刀に力を込める。 「巻き打ち。ちゃんとこっち見て」 振り下ろされる。ずきりと走った痛みに、顔が歪む。その姿に、ザンニが声を上げた。 「ちぃ‥‥許さんぞ。槍先で抉り抜いてやる!」 その瞳は、大切な者を傷つけられた怒りで、朱に染まっていた。嫌悪を露にし、彼女と同じ技を放つ。しつこく、槍を繰り出すのは、好みのタイプと語る天儀の女性を傷つけられたからだろう。 「こいつは俺の獲物だ! 捕まえて焼き鳥にしてやる! 今夜の酒の肴にしてやるぜ!」 4体が同時に降りかかった。それを、何とか交わしたものの、その数は無謀すぎる。それでも彼は、アヤカシ達を挑発していた。 「ほらどうした! もっと俺様を楽しませてくれよ!!」 「ぐがぁ!」 ザンニにしつこく小突かれていた大鴉まで、そちらに行った。完全にひきつけたと判断したダイフク、持っていた弓を背中にしまい、腰の刀へと持ち変えた。 「弓より刀のほうが得意だみゃ! がんばるみゃ!」 もともと、サムライの彼女。地をかけるものに対する攻撃を主に習得している。が、振り下ろすような攻撃も心得てはいた。ジルベリア仕様の着物を着こなした彼女、その袂がふわりと舞う。それが元に戻らぬうちに、力いっぱい刀を振り下ろす。自らの力をこめて。 「4発しかない空気撃をくれてやるんだ。ありがたく頂戴しやがれっ!」 真田も、親玉に空気撃を集中させる。限られた回数ながら、大鴉を地面近くまで落とそうと、ぎりぎりの範囲で、攻撃を食らわせていた。 「えんこんばくふ‥‥。ひときわおっきいアヤカシ」 その間に、万騎が刀に炎の力を込めた。狙うは大鴉。しかし、そのままでは逃げられる可能性もある。あわせるように、烈火が陰陽師本来の武器である符をつまみ出す。 「…『式』よ! 奴等を切り裂け…!」 彼の扱う式は白き蛇だ。伝説では、幸運を運ぶと言われている蛇が、大鴉に絡みつく。同時に使用したのは、斬撃符。かまいたちが、大鴉へくらいつく。 「貰ったッ!」 そこへ、空絡が疾風脚で距離をつめ、翼を狙って、骨法起承拳を叩き込んだ。その隙に、今度は天河が、両腰にさした2ふりのショートソードでもって、万騎と同じ様に、炎をまとわせる。 「炎精招来…大空を汚すものよ、燃え尽きろっ!」 その太刀筋の炎が、十字の形を描き、跳ねるように大鴉の身を貫いた。 「がぁあああー!」 絶叫をあげ、落ちていく鴉。その遺体は、地面に落ちる前に、黒い瘴気の塊となり、風に吹かれて消えて行った。ボスを失った鴉達が、村の外へと散って行ったのは、それから程なくしての事である。 「もっと早くあたい達が着ていれば、もふら様も行方不明にならずに、こういう事にならなかったみゃけどね‥‥」 しょんぼりと肩を落とし、犠牲となった者達の手伝いをしているダイフク。 「石碑は、なぜ壊れたんだろうな。修復は可能なのか?」 商人の話では、一応直す事は出来るらしい。ただし、直すだけだが。 「もふー」 「怖かったのでしょうね。ああ、なんてふわふわでもふもふの手触りっ」 一方で、戻ってきたもふらさまをなでなでしている万騎。いや、なでてるなんて勢いじゃない。ぎゅっと抱きしめて、今にも神楽の都までお持ち帰りしちゃいそうな勢いだ。ゴーグルの位置を直していた天河は、その光景を見て、口元に微笑を浮かべ、眩しそうに大空を見上げるのだった。 |