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■オープニング本文 天儀には、日々様々な依頼がある。今回、船長のところにきたのも、そんな仕事だった。 「いきなり呼びつけといて何かと思ったら、俺の船を実験台にしてぇだとぉ?」 ギルドの一角に呼び出されたノイ・リーの前にいるのは、にこにこと不自然すぎる営業スマイルを浮かべた暁だ。 「そうだよーん。船長だって、前から大きなの欲しがってたんだし、悪い話じゃないと思うんだ☆」 喉を鳴らしているように見えるが、おめめは決して笑っていない。そこが船長の気に障るらしく、ちくりとやり込める。 「思うんだ☆ じゃねぇよ。んな上手い話が早々あってたまるかってんだ。どうせまた無理難題ふっかける気だろ」 「大・正・解☆ 船長さえてるねー」 もっとも、暁のツラの皮は厚い。とっても厚い。 「それほどでも‥‥って、誤魔化されるかいっ」 「簡単な仕事だよ。ちょっと東房のあるお寺に行って、様子を見に行ってくれれば良いんだ」 しかも、話なんざ聞きいれやしない。そう言って、問答無用で地図と紹介状を渡されてしまう。 「ただの船じゃないけど。人相手じゃないんだから、やれるよね? じゃ、よろしく」 しかも、用件が済むと、さっさといつもの万商店へと向ってしまった。船長が引き止めようとするが、どこ吹く風である。 「もふ〜」 「んな顔するんじゃねぇよ。アイツいつかシメてやる」 心配そうに肩に乗ってきたぷらぁとの頭を撫でつつ、船長は気の進まなそうに、ふかぁぁぁいため息をつくのだった。 ともあれ、おぜぜのためにはなる仕事なので、仕方なしに向った船長。場所は、冥越にも近い、東房の寺町だった。海辺の寺で、海と空の精霊に祈り、その加護を願うその寺は、周囲の村々から逃げてきた人々の避難所にもなっているらしく、寺の割には町の規模が大きかった。 「えーと、何々。海の女神様のお寺だっけか?」 「もふ〜」 それでも、一番大きな建物は、波の文様がいくつもあしらわれた寺だった。そこで、本堂へと通された船長は、よく船のへさきにあしらわれているのと同じタイプの女性像に見張られつつ、相談に応じていた。 「冥越の、亡霊?」 「と、言われている。だが、実態はただのアヤカシだろう。ただ、瘴気があるだけで、アヤカしそのもの姿を見てきたわけじゃないんだがな」 住職の息子だと言う御仁が語る所によると、この港は避難民受け入れ地域の1つなのだが、それが気に食わないのか、それとも漂う死の気配をかぎつけてか、沖合いに亡霊船が出るようになったと言うのだ。 「寺町だが、その大半は他所から流れてきて、ようやく仮小屋に済める用になった者達ばかりだ。海岸には手を出してこないが、このままでは別のアヤカシも呼んできかねない‥‥」 ため息をつく息子さん。この辺りには、各国の定期大型船も航行する事があり、なおかつ避難用の小型船も多く行きかう。うかつに手を出すわけに行かないので、側まで近寄った事はないが、、襲い易い小型船には、食いつきに来るらしい。その証拠に、夜になると、嫌がらせのように悲鳴を空の風に乗せて、港まで届けてくるので、避難民達はおちおち眠れやしない。そこで、討伐する事にしたらしい。 「やっぱりあの野郎、面倒ごと押し付けやがったな」 頭を抱える船長に、息子さんが怪訝そうな顔をして「何の話だ?」と問うてきた。 「いや、船の実験だって聞いていたんでな」 「そうか。どこかで捻じ曲がってしまったのかもしれん。確かに、何らかの手を打つべきかもしれないと、話はしたからな」 隠し立てする話でもないので、暁に頼まれた事を話すと、どうやら船の話がどこかで紛れ込んでいたらしい。 「でかい船作ってぶつけるとかか?」 「いや、そんな無茶は出来ないさ。ただ、我々としても手をこまねいているわけには行かないので、貴君を呼んだわけだ」 しかし、いかに大きいとは言え、所詮は寺。陸で面と向ってなら、ドツキあえる僧侶もいるそうだが、空となると手出しが出来ないらしい。 「んで? どんな対応を」 「いわゆる祓い屋作業だ。だが、何分にも時間がかかる。おまけに、本体は遠いし。遠征をお願いしたい」 精霊の加護を祈るとか手当てをするとか、その程度しか出来ない。それでは、不安すぎるので、船長に仕事を依頼したようだ。 「俺はギルド所属って訳じゃねぇんだがなぁ‥‥」 あんまりやる気のなさそうな船長。確かに志体持ちの身分だが、本業は運搬である。開拓者というわけではないのだ。と、そんな船長に息子さんはそれなら、と前置きしてこう告げた。 「あの船には、船の効率をあげる宝珠が隠されているらしい。うちの書庫にある資料に、古い似たような船の絵図が載っている」 そう言って、坊主が見せてくれた古文書には、嵐の壁に挑む為に、船を改良している姿が書かれていた。その中心部に設置された宝珠は、アヤカシ達の船から強奪してきたとある。そんな危ない物を利用しているとはとても思えないが、何らかの強化手段にはなりそうだ。 「‥‥わかった。暁の思惑通りになるのは気に食わないが、船を安定させたいのは俺も同じだからな」 それ相応の礼があれば、それは仕事になる。宝珠の二文字に、船長はしぶしぶと言った調子で、OKを出すのだった。 |
■参加者一覧
貉(ia0585)
15歳・男・陰
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 船は結構広かった。不気味な瘴気は漂うが、まだアヤカシの姿は無い。階段が2つあったので、一行は、男女で別れて進む事にした。 「そちらも頑張ってです〜」 アルネイス(ia6104)が、甲板の反対に行く男性陣に、手を振っている。その傍らには、青い顔をした江崎・美鈴(ia0838)の姿があった。 「おばけこわい!」 「ああ。皆、離れるないようにね?」 朱麓(ia8390)が皆の先頭に位置し、周囲を警戒しながら、階段を下っている。いつでもアヤカシの相手が出来るよう、朱槍の穂は抜き身の状態にしてある。びくびくと怯えながらもその後ろからとてとて付いてくる美鈴のおててを、アルネイスがこう言いながらぎゅっと握り締めた。 「大丈夫ですよ。おばけなんていないです。いるとしてもアヤカシですし」 「あたしもアルネイスもいるんだから」 朱麓も、そう言って頭を撫でていた。しばし、気分良く撫でられていた美鈴、アルネイスが「そうそう。何かあったら、ルンルンさんが気付いてくれますよ」と言って、朱麓のすぐ側に居たルンルン・パムポップン(ib0234)を指し示す。と、彼女も先の様子を偵察するように手を耳にかざしてこう言った。 「探索はニンジャの技にお任せです…ルンルン忍法ジゴクイヤー」 「そっか。探検はちゃんとしないといけないな」 怖がっているだけじゃだめだ。と思いなおした美鈴だったが、そこに朱麓、ぼそっといぢわるな事を言う。 「しっかし、本当に何か出てきそうだなぁ。例えばあの角曲がったら…」 ふーっと耳に息が吹きかけられ、美鈴ちゃん「ぴぎゃー!」と悲鳴を上げて出口まで逃げ帰ってしまった。柱の影から様子を見ている彼女に、アルネイスがカエルのぬいぐるみを取り出す。 「美鈴殿、大丈夫ですよ。私が一緒に居てあげますから」 だから怖がらずにおいでおいで。と手招きする彼女。うーっと警戒していた美鈴だったが、朱麓が何もしないので、そぉっと階段を下りてきた。 「と、とりあえず探検道具は用意してきた」 そう言って彼女が取り出したのは、竹槍に手鏡を縄でくくりつけたものだ。縄の部分が3間程余っている。 「なんだこれ?」 「床が腐ってたら、困る。とても、困る」 朱麓が尋ねると、彼女はピンっと背中を伸ばしてそう言った。床は木なので、腐食していないとも限らない。が、そこへアルネイスが符を取り出した。 「この子に頼みますから」 ふよふよと人魂となる符。その姿に、美鈴さん少し怯えたようで、ひしっと朱麓にしがみついていた。 「これ私の式ですよう。そうだ。せっかくですから、これを使いましょうか」 アルネイス、そう言って南瓜提灯を取り出すと、美鈴の『探検道具』の先にくくりつけてしまう。その南瓜提灯を掲げつつ、階段を慎重に下った先には、幾つかの小部屋が並んでいた。乗組員の居室らしきそこを、半分ほど過ぎた頃、前の方を歩いていたルンルンの歩みがぴたりと止まる。 「おや、ルンルン殿、何か聴こえましたか?」 「ニンジャ感覚に感有りなのです!」 部屋の一番奥。少し広い部屋から物音がする。何かを齧る様な音が、複数だと彼女は告げていた。 「朱麓殿、気をつけてください! 正面の扉の向こう、アヤカシかいるです!」 アルネイスが人魂を操りながらそう警告していた。扉に開いた小窓から見てみれば、そこにいるのは凶悪な赤い光を宿した大きな鼠の‥‥群れだった。 「あの鼠‥‥。人みたいな頭してる‥‥」 アヤカシならば、美鈴も怖がらないようだ。しかも、その人頭鼠は前進がぬめぬめと鱗のようになっている。しばし、がりがりと扉をかじっていたが、船の仕切りはそこまで厚くない。数十匹の大鼠にのしかかられて、あっという間に降参してしまう。 「きましたっ!」 たたっと下がるルンルン。沈みかけた船に流れる水のごとく、波うってきた魚燐鼠が、現れた新鮮な餌に食らい付いてくる。 「寄らせるかっ!」 朱麓が朱槍を振るう。鼠の波が切り裂かれ、動きが止まる。しかし、不定形の生き物に似た動きで、まずは柔らかそうなルンルンを狙ってきた。 「下がれっ。ここは、止めるっ」 この状態では、横踏は使えない。代わりに朱麓は、雷鳴剣を使い、魚燐鼠の一画を潰す。体術にも自信はあったが、練力が惜しい。ここは雷鳴剣に絞るのが上策だろう。 「ふにゃっ!!」 魚燐鼠は、物理が聞かない敵というわけではないようだ。幽霊の類でなければ、美鈴も思いっきり殴れる。戦場は狭いが、上手く扉や転がっていた樽や箱を利用して、天井へ駆け上がり、蛇拳で応じていた。 「ったく、何時までたっても雑魚雑魚雑魚…そろそろ親玉辺りが出てきても良いんじゃないのかい?」 そうして、群れの半分ほどは削ったが、ボスと言うべきアヤカシがいない。船にいた鼠がアヤカシ化した事は考えられたが、そうするには頭の良いアヤカシがいる。そいつを、朱麓は探していた。 「もしかしたら、こっちはハズレルートかもしれません」 「そうでもないですよ」 ルンルンに首を横に振るアルネイス。治癒符を使う練力を温存する為、状況の把握に勤めていた彼女は、鼠達が出てきた扉の向こう側だ。そこは、乗組員達の食堂だったらしく、大きな座卓がある。その正面に、板前の衣装を見にまとったアヤカシの姿があった。 「このフロアのボスみたいですね。鼠の親玉と行ったところでしょうか」 「鼠板前‥‥」 アルネイスと美鈴が交互にそう言った。そのアヤカシの頭は、大きな二足歩行の鼠。おそらく、逃げ遅れた料理人がアヤカシになってしまったのだろう。既に、人の意思らしきものは欠片も見えないが、朱麓には、挑戦的に映った様だ。 「ほう。こりゃまたなかなか良い目をした奴のご登場で…さあさあ、どーんとかかって来な!そしてこの朱槍の使い手を楽しませとくれや!」 くすり、と挑発的に笑う朱麓。そして、鼠の雑魚を飛び越え、朱槍を思いっきり突き出す。そこには、炎魂縛武の技がかけられていた。 「ジュゲームジュゲームパムポップン…ルンルン忍法ファイヤーフラワー!」 そこへ、奔刃術で駆け抜けたルンルンが、横合いから切りかかる。応戦した鼠が、その汚い牙を剥く間に、横踏で距離を詰める朱麓。両脇から攻撃され、鼠が戸惑った所に、ルンルンは火遁で消毒していた。 「考えてみれば、そも奴らに宝珠なんて必要あるのか? ってところだね。そぉれっ!」 トドメとばかりに、朱槍が煌く。ずぶり、と肉を貫く音がして、鼠人間が倒された。親玉が倒されると、魚燐鼠達は、沈む船から脱出せよとばかりに、一行を避けて甲板から海へと逃げていく‥‥。 「あとは、宝珠ですね。使い道は、船の強化だけでは無いはずですけど」 「見つけてから、考えればいいと思いますよ」 アルネイスのセリフに、ルンルンはにこっと笑顔で先を示すのだった。 さて、その頃男子組もまた船内の捜索に赴いていた。女性陣と違い、あまり騒ぐタイプではない面々の為、捜索の方法は事務的に進んでいた。 「よっと、こいつをつけて‥‥っと」 央 由樹(ib2477)がそう言いながら、自身は利き手以外の手に松明を持っている。女性陣とは反対側の階段は、かなり深くまで続いており、暗く湿っていた。 「暗い、な。もう一本、必要か」 明るさを確かめていたハイネル(ia9965)が松明をもう一本持ち出してきた。盾はすぐ構えられるように腰の辺りへと治め、階段を下りていく。 「なんや、薄気味わるいな‥‥。申し訳ないけど、他の方にお任せするわ」 超越聴覚の使えない央、一行の後ろに回り、背後を突かれないようにしている。いわゆる殿と言う奴だが、心配がもう1つあった。 「宝珠、見つかるとええがな。骨折り損は勘弁や」 ここまでやって、手ぶらで戻りたくは無い。それは貉(ia0585)も同じだったらしく、船長から古文書を見せてもらい、くるくる回したりして、何とか解読しようとしている。必要なところを写しながら、狢はぼそりと今回の思いを語った。 「ふーん、亡霊ねぇ、今のご時勢珍しくもなんともねーだろ、死人はあふれて、未練は多い、気がつかねぇのは、耳を傾けねぇからさ」 少し気取って見るものの、周囲に男性陣ばかりなので、答える者はない。 「しかしどっからきたんかねぇ、あれは、ま、知ったところでどうでもいいけどな」 敵対するのなら、殲滅するだけである。 「人間様とは限りませんよ。閉じ込められた哀れな動物かもしれません」 宿奈 芳純(ia9695)がそう言って、人魂を乱打していた。それを先行させ、長く続く階段の先へと様子を見にやる。途中で折り返した階段は、船底へ続いているようだ。途中でどたどた音がしたから、女性陣が向った階の、さらに下へと続いているのだろう。むこうはどうやら戦闘になったようだが、階を照らし合わせると、船に元々居た鼠が、アヤカシになったと言ったところか。 「単独行動は、控えねば、ならんかな。ここを、見ろ」 それを報告した芳純に、ハイネルが独特の口調で足元を指し示す。不用意に踏み抜く事がないよう気をつけていた結果だが、まるで何かにおいたてられるように、人が走り抜けた跡があった。 「足跡か‥‥」 「思った、より、外壁も床も、丈夫そうだが、何やら、この先に敵が居るようだ」 おそらく、それに追い立てられ逃げた後なのだろう。それほど古い跡ではない。腐っている心配は志なくてもいいかもしれないが、用心するに越した事はなかった。 「どなたか、鏡を持っていないか?」 ハイネルに首を横に振る一同。持ってきた荷物を確かめたが、そんな上品なモンを持ち合わせる男子は、ここにはいなかった。 「ならば仕方がない。宝珠と言うならば、脆弱な場所には置かれないだろうし、多少暴れても問題ないだろう」 「練力は節約したいところだがねぇ……ま、ケチってくたばるなんて無様な真似はできんわな……んじゃ、行くぜ」 瘴刃と符をいつでも出せるよう袖に隠し、狢はハイネルと共に前衛に立った。目当ての宝珠があると思しき場所は、船長の知識を借りるなら、船尾の方にあるとの事。推進力となる場所は、大きくても小さくても変わらないそうだ。 「だんだん瘴気が濃くなって来ましたね‥‥。少し薄くしましょうか」 芳純が、瘴気回収の術を使うが、それも余り効果が無い。狢の人魂がふよふよと進み、階段をおりきると、狢が一行を制し、人魂を先に向わせた。 「……まぁ、おばけより怖いもんがいちゃ、何かとまずいからなぁ」 もし、図面通りならば、宝珠があるのはこの先だ。何か仕掛けられている可能性は高い。 「この先は怖いから行ってないそうです。どうやら、ルートはこっちで間違いないようですね」 その間に、芳純が鼠の足に手紙をくくりつけていた。反対側の女性陣に連絡を取ったが、果たして間に合うかどうか。わからないのは、狢の人魂が何かに当たって消滅していた事が物語る。 「おいでなすったようだねェ」 「下がれ。壁になる」 がしょん、がしょんと木がこすれるような音が響き、暗闇の中から現れたもの。それは、哀れな犠牲者を土台とした巨漢のアヤカシだった。申し訳程度に付いている前掛けと、その隆々とした筋骨は、おそらく宝珠の制御を任されていた者達の長だろう。配下を逃がして、自分はアヤカシに取り付かれたものと思われる。 「ここは、狭い。上まで、引き寄せたいが‥‥無理か」 周囲の広さを気にするハイネル。 「やって見るけどな。あんまり期待するな」 彼が、壁をやっている間に、狢が闇へと回りこむ。元親方らしきアヤカシの動きを見極め、息を殺す。見つかっては奇襲もへったくれも無い。 「門番が追いかけてくるわけあらへんやろ。…嫌な予感はしとったが…。こっち来んなや…とっ」 その間に、央は表情を変えないまま、クナイを投げつけていた。打剣を使い、応戦している彼。ぶうんと唸った太い腕から、ハイネルが庇ってくれた。 「助太刀、頼むわっ…俺そんな丈夫とちゃうねん…っ」 後ろにいる芳純や、隠れて機会を伺う狢に怪我をさせるわけにはいかないし、盾になるつもりも満々だが、さりとて痛い思いは遠慮したい。 「心得た。盾は、私がやる」 ハイネルがポイントアタックで、人の急所と思しき場所に、グレイヴソードを絡めて行く。シールドノックで押し、何とか狢の位置まで連れて行く。 「いまだ」 狢が、その首筋へ、瘴刃をお見舞いする。さすがに巨体とは言え、急所は人と同じだったらしい。足をやられてぐらりと傾いた。 「この位置からなら‥‥! 瘴気よ、我が手元に!」 そこへ、芳純がアヤカシだけを喰らう様、魂食の符をお見舞いしていた。船は傷つけたくない。無生物には影響の無いその技は、アヤカシの魂だけを、闇の彼方へと堕としていく。 「宝珠って、あれだな?」 何とか倒し終わった彼らの松明に照らされたのは、アヤカシの死体が背負うように倒れこんだ、大きな緑色の宝珠だった。 女性陣が、鼠の群れを退治し終え、合流してきたのはそれからまもなくの事である。 危険が排除されたと確認した狢は、まずその宝珠の周囲の探索を済ませていた。 「……宝石や宝珠とはいわんが、価値のある書物やそういうのとかはなんかねーもんかねぇ……」 あちこちに、部品の放置された部屋。船長いわく、自分の船にもある場所だ。もし何かあるとすれば、宝珠の近辺に、何かメモのような形で残っているだろうとの事である。 「こんな物を見つけましたよ」 ルンルンが、片隅に落ちていた日誌を見つけてきた。価値があるかどうかは人によるが、中にはここまでの経緯が記されてあった。どうやら船内にアヤカシが発生し、逃げるハメになったらしい。途中で手に入れた食料から出てきたそうだ。宝珠を手に入れたタイミングと同じらしいが、日誌は途中で途切れている。おそらく、そこで襲われてしまったのだろう。 「なんや、宝珠は初めて見るけど、思ってたよりキレイやな…」 眉間に皺を寄せて監察する央。ここで起きた惨劇なぞ、見なかったかのように、美しく輝いている。 「この状態だったら、船長に渡しても仕方がないかもしれませんねェ」 黒い笑みを浮かべるアルネイス。ただ船長に渡すのは、少し面白くないようだ。がっきょんとルンルンの手に寄って外された宝珠を、船長に見えないように箱に収める。 「いえ、私もこの中身について知りたいんですよ。船長に渡すよりは、詳しい事がわかるかもしれませんねェ」 「なんにせよ、見つかってよかったわ。さ、帰るか」 暁と船長。どっちに渡るにしても、長居は無用。そう言って、央は無愛想に引き上げを提案するのだった。 |