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■オープニング本文 開拓者達にとっては、神楽の都の方が馴染み深いが、一般の人々にとって、天儀の中心部と言えば、遭都である。船長はその都にある『里』へ、とある少女を『運ぶ』羽目になっていた。そう、神威族の少女『雪姫』を保護した為である。 「親方〜、ぷらぁと〜。ご飯出来たにゃー」 雪姫ちゃん、元々旅芸人の1人だったので、移動生活には慣れているらしく、3日もすると落ち着いて、雑用を手伝ってくれるようになっていた。 少女にしては美味しいご飯を作ってくれる。ややぶっかけ飯系が多い事が気になったが、作ってくれるのに文句は言えないし、母親が死んだ事をうすうす理解しているようなので、船長もとやかく言わなくなった。 遭都に着いたのは、それから出発してから一週間程たった頃。行き先は、遭都の一画に構える、森の人々‥‥神威族の領だ。一応閉鎖しているわけではないので、窓口も存在する。旅人の相手をする専用の場所で、事情を聞いた担当は、少し難しい表情をしていた。 「どうかしたのか?」 「ええ。これが普段なら、部族長達に連絡を求めるのですが、王朝の方から、難しい相談を受けていて、それどころじゃないんですよ‥‥」 もっとも、それ以上の事は聞かされていないのか、他の諸問題さえ後回しにされる不平不満を散々愚痴られてしまった。ともあれ、担当さんと船長は、雪姫を連れ、その村の寄り合いへと加わる事になったのだが。 「すげぇな」 さすがに、神威族の寄り合いともなると、耳と尻尾の団体さんである。わさわさと揺れる尻尾と耳に驚いたのか、雪姫がぷらぁと抱っこしたまま、着物のすそにひしっとしがみついていた。 ところが、である。 「その娘は‥‥。もしや白の子ではないのか?」 長老‥‥おそらくは部族の長か代表者と言ったところだろうか。ざわめく人々の視線は、雪姫に注がれている。怯えた少女を庇いつつ、船長は口を開く。 「落ち着けでかにゃんこども。なんだかしらねェが、子供怯えさすんじゃねぇよ」 びしっと言い放つ事にかけては、慣れているらしい。しんと、静まり返った中、比較的若い長の1人が、こう言い出した。 「すまない。今、その娘の行き先を探していた所だ。娘、お前は護符を持ってはいないか?」 「迷子札の事にゃ?」 頷いた若長に、雪姫は首から提げていた護符を見せる。それを確かめた若長、他の長達と何やら相談中。時折『流れ者』やら『一三成様が‥‥』とか『朝廷のご意向に‥‥』とか聞こえてくる。それがしばらく続いた後、さっきの若長がこう切り出した。 「おぬしは、運搬屋だと言っていたな。では、各方面の物事にも詳しいだろう。少し、相談に乗ってもらいたい」 「そいつはかまわねぇけど‥‥」 事情を話す若長。何でも、昨今話題になっている開拓について、天儀王朝から貴族の使者が来ていた模様。 「なるほどな。その一三成って奴が持ってきた古文書に、かつてこいつのおかんが持ってた護符が記されてってわけか」 「でもこれは、かかさまの形見にゃ‥‥」 「俺もこんな子供から、無体にとりあげたかねぇさ。だが、天儀には領を預かっていると言う恩義がある。それに、あの三成って子の顔を曇らすのもよろしくない。そこで、その娘と一緒に、開門の宝珠のあるらしい遺跡へ向って欲しいんだ」 「何をやらせようってんだ?」 「遺跡っつったら大体やる事ぁ決まってんだろ。一三成さんと合流して、その子を開門に役立てて欲しい。その後の事は、それから考えよう」 中身は現在調査中で、詳しい事はわからないらしい。だが、三成はその護符に描かれた文字と同じ文字を遺跡で見つけたと言っていた。行けば、何故その護符が里に会ったのかの謎も、解けるかもしれない。 「‥‥お雪、お前どうする?」 船長、どちらでも構わない様子。行き先を決めるのはお姫様の御意思と言わんばかりで、彼女に尋ねた。 「‥‥親方といっしょにいくにゃ‥‥」 どうやら、ずいぶんと懐かれてしまったようである。 さて、その頃一三成は。 「護符に記されていたのは、この辺りでしょうか‥‥。入り口は複数あるようですから、わかりませんね」 可憐、と言われる外見で、見回すのはうっそうとした森だ。その周囲には、黒衣の調査員兼護衛が膝を付く。いずれもシノビだろう。彼らは、遺跡の入り口らしき場所を調べていた。 「ここは護符がないと開かないのね」 「ふむ。やはり強引にあけるわけには行かないか‥‥。しかも、時限式と来てる。それに、不思議な材質の岩だ」 どうやら、入り方を調べているようだ。しかし、ぴったりと合わさったその岩は、びくともしない。そこへ、一人のシノビが、近付いてきて、伝言があると頭を垂れた。 「里の者が、護符を見つけ、護衛と共にこちらへ向わせたとの事にございます」 と、それを聞いた一三成は興味を失ったかのように、くるりと踵を返した。 「ふぅん、最初はないと言っていたのに。じゃあ、引き上げましょう」 「よろしいので?」 確かめたシノビに、一三成はこう答える。 「その方が楽しそうじゃないか。開門の宝珠に挑もうってんだ。これくらいの試練は乗り越えてくれないと困る」 「かしこまりました」 それ以上、異論は唱えない。そうして彼は、乗ってきた天儀専用船に乗り、遺跡を離れるのだった。 (攻略出来なかったら、尻拭いはさせるけどさ) ふと、その口元に笑みが浮かぶのだった。 遺跡は、ところどころに白い岩に見える塊が見え隠れしている森だった。ところが、船長の船が向うと、その浜辺で、見慣れない小型船が浮上するところだ。 「って、おい。あれぁ天儀の船じゃねぇか? 待ち合わせしてるんじゃなかったのかよ」 (‥‥頑張ってね) 甲板に、一三成の姿。流れる風に紛れ、声こそ聞こえないが、その唇はそう物語る。直後、その船から放たれたのは、宝珠の風だった。 「おわっ。なにしやがるっ!」 「もふ〜!」 バランスを崩し、思いっきり降下を早めてしまう。落ちていくとも言うが。 「どうするのにゃ?」 「手伝って貰うしかあるまい‥‥。ったく。いつもこうだよ‥‥」 何とか無事に着水したものの、その周囲には不気味な瘴気が漂う。ひょっとすると、野良アヤカシがいるかもしれない。 「親方、これ‥‥」 「お前さんの護符と同じ印だな」 雪姫が葉っぱの影に隠された壁を指し示すと、そこには彼女の迷子札と同じマークが刻まれ‥‥見ている間に木の板に閉ざされてしまう。 「あの船、どうやらこいつを探索させたいらしいな」 空の上に小さく見える天儀船を見上げ、船長はギルドへと連絡するのだった。 『遺跡に放り出された。どうも天儀は、人に遺跡踏破をやらせたいらしい。鍵の少女はこっちにいるが、護衛と回収メンバーを頼む』 風神器が壊れていなかったのが、せめてもの幸いである。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
氷(ia1083)
29歳・男・陰
柏木 万騎(ia1100)
25歳・女・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 遺跡に潜るには、様々な品がいる。 「さて、目的は遺跡を調査して、可能であれば宝珠を確保なんだけど‥‥今回は最下層まで行き着けずとも良いらしいんで、まず遺跡の全景を把握したい、かなぁ」 カンタータ(ia0489)が大きな紙を広げて、入り口を書き記していた。話し合いの結果、各階層の部屋割りや、アヤカシの配置等の確認を優先する事になったらしい。 「私は皆さんが大きな怪我もなく、無事に帰還で切ればそれで結構です‥‥」 その様子を覗いた柊沢 霞澄(ia0067)が、片隅で控えめにそう言いながら、精霊達への祈りを捧げている。周囲を包んだひんやりとした空気が、心なしか暖かくなったような気がした。他に、時間のわかる蝋燭、松明と白墨が一杯。各自の武器防具。それと、護符。 「それじゃ、これを3本と、白墨2セットで、10分潜って戻る、外側で10分休憩して交代ね」 カンタータが紙の隅っこに班分けを書き記す。霞澄、煌夜(ia9065)、ブローディア・F・H(ib0334)、カンタータ、それに入る班を指定していなかった氷(ia1083)が甲班に参加、それ以外の面々が乙班に参加する事になった。 「先に、キャンプ張って休める場所をつくっとくわ」 乙班の八十神 蔵人(ia1422)が、遺跡の前に休憩所を作り始める。緊張した空気が流れる中、遺跡に入る事になったのだが。 「これ、やはり何か意味があるんでしょうね」 護符の入り口で、ぴったりと閉じた入り口を、上から下まで眺めるブローディア。霞澄が、護符を持った雪姫の手をずっと握っている。必要がなければ、危険な遺跡になどつれて行きたくはない。それでも、雪姫は気丈に首をかしげている。 「この先は危険かもしれないから、気をつけて‥‥」 こくんと頷いて、霞澄の後ろにぎゅっと抱きつく雪姫。ブローディア、持ち込んだ松明3本の1つを、いつでも点火できるようにしていた。そして、彼女達後衛組みの前にカンタータがやはり松明と白墨を持って並ぶ。 「この護符、ここにぴったりはまりますよ‥‥?」 霞澄が、雪姫の護符と、壁を交互に見比べてそう言った。と、ブローディアが、記録用の紙を用意し、入り口のくぼみを示した。 「やってみましょうか。記録は準備したし、符はいつでも使えますし」 こくんと頷いた霞澄、雪姫の護符を受け取って、そのくぼみへとはめ込んだ。氷が符を構え、煌夜が蒼天花の柄に手を置き、カンタータがショートソードを構える中、護符はかちりとくぼみにはまる。 「やはり、鍵やったか‥‥」 蔵人がその様子を見て、呟いた。見ている間に、そのくぼみから、四方八方に光の帯が伸びていく。それは、草に覆われた地面へとたどり着き、消えて行った。その後、蝋燭の目盛りが15を指し示したが、扉は開いたままだ。雪姫は何も聞いていないようだが、明らかに護符は鍵として機能しており、外しても明滅は鳴り止まない。 「これ、借りて行って良いかなぁ」 氷が尋ねると、暫し考えた後、雪姫は頷く。大事な護符。だけど、開拓者達は命の恩人でもある。だから、大切な物を託しても良いと思ったようだ。 「まだ日が差しますが‥‥。ここからが松明スタートですね」 ブローディアが松明に火を灯した。蔵人と優羽華達が見送る中、階段を下り、その先に続く長く暗い通路を下る。急な坂道になっており、途中幾度も折り返した。茶の葉が開くほどの時間を、3回程繰り返し、たどり着いた平地で、道は2つに別れていた。 「ここから分岐してるから、目印を付けておくね」 カンタータがその分岐に、進行方向を示す矢印をつけていた。少し広くなった通路は、しぃんと静まり返っている。それが返って不気味で、霞澄は後ろから周囲に気を配り、こう言い出す。 「アヤカシが、いるかもしれない‥‥。ちょっと、調べて見ます‥‥」 使ったのは、瘴索結界だった。敵意を持つ者を探るその結界にあぶりだされるのは、この遺跡においてはアヤカシの可能性が高いだろう。 「マッピング道具は持ってきたんだけど、任せた方が良さそうだね」 いつでも符を使えるよう手に持った氷、面倒くさそうにそう言った。とは言え、やる気がないわけではなく、松明を掲げている。 「この先に、います‥‥」 アヤカシは、間違いなく迷宮で待ち構えているそうだ。具体的にどう、と言うわけではないが、少なくとも術が届く範囲にこの手勢では倒せるかどうかギリギリの数が居るそうだ。 「こっちは、こう‥‥」 ともあれ、まだ奇襲は行われていない。その間に、ブローディアが、魔術師らしく探索した道を書き記している。数多くの扉があるが、道は1つだった。同じ様に部屋が並ぶ。そして、床は入り口と同じ岩とも地面とも付かない不思議な物体。ぴったりとしていて、継ぎ目も見当たらない。 「完全踏破が無理なのはわかってるけど、古文書の文字に繋がるような何かはないかな」 煌夜が、その壁を観察する。壁に並んだ部屋には、ひとつひとつ違う文字があった。同じ文字が規則的に変化していく。古文書を思い出すに、おそらく数字や番号と言ったところだろう。 「そこ、触らないで下さい。罠ですよ?」 と、その番号が一際大きく振られた部屋の前で、ブローディアがそう言った。 「え、あ。ほんとだ」 見れば、がたがたと大きな音がする。何かがうごめくような音に、霞澄が再び結界を使ってみれば、敵意を持って扉を開こうとしている所だ。 「アヤカシ、来ます」 松明を捨て、ショートソードを構えるカンタータ。石畳の床に落ちた炎が、扉を橙色に染め上げる。刹那、扉がばたりと開いて、出てきたのはひと抱えもある大きなケモノのアヤカシだった。元は四つ足の動物だったであろうそのアヤカシは硬質な虫めいた外殻を供えている。そんなアヤカシが、扉の向こうにあった通路から、続々とやってきていた。 「夜光虫、相手を」 カンタータが符を虫に変化させた。だが、彼らは光源にこそなるが、さほど攻撃力があるわけではない。あっという間に噛み砕かれ光の粉と化す。そうして突っ込んできたケモノアヤカシを、煌夜が相手していた。 「見えない位置に、敵はなし。上からなだれ込んできたって所かしら。ともあれ、相手は私よ。いまのうちに皆は先に」 蒼天花をすらりと抜き、その甲虫獣に切りかかる煌夜。回りにいるだけで6匹だが、その後に見えるだけで3匹。辛いが1匹づつ相手するしかない。流し切りの術でもって、目の前の甲虫獣に切りつける。がつんっとした手ごたえは、硬い木を殴っているようだ。きしゃあっと牙を向いた甲虫獣が素早い動きで、喉を狙ってくる。何とか体をそらした煌夜の服に、虫の腕で引っかかれたような傷跡が出来る。 「まぁまぁ。1人でやらないで、こっちでもなんとかするさ」 そう言うと、氷が符を出した。その符は、氷の練力を受けて、壁となり、煌夜との間に炸裂する。甲虫獣が分断され、残りのアヤカシは、ブローディアがホーリーアローで止めを刺した。 「時間もかけてらんないし、雑魚はパス」 結界呪符『白』。通称『ヌリカベ』で、扉の代わりを作った氷、そう言って奥を指し示した。こんなところでもたもたしているわけにはいかないと。 「松明が切れました」 だが、その扉だらけの通路を抜けた所で、松明が尽きた。二本目の松明に火を灯して見ると、扉のない通路が続いた向こう側に、両開きの扉がある。その上に、古文書と同じ文字が6文字書かれ、護符のマークが両側に記されていた。 「ここから先は戻った方が良いと思います」 淡々と告げるブローディア。どうやらこれが彼女の口調らしい。 「地図は出来た?」 「ええ。ここから先はB班に任せた方が良いでしょうね」 どうみても、ボスはこの先だ。そう判断した彼女は、3本目の松明を用意しながら、来た道を戻るのだった。 戻ってきた甲班と交代で、乙班が調査に向かう事になった。さっきの大きな部屋が最深部や難所である場合を考えて、蔵人は雪姫の頭を撫でる。 「船長と雪姫は外で待っててな、必要が来たら呼ぶわ」 ゴロゴロと猫の子供そのままで喉を鳴らしている雪姫。それを船長に預けると、蔵人は既に踏破された区画を、順路の矢印に従って歩いていく事になる。 「うちは探知系にしときますえ。‥‥ま、アテ外れてしもたら、足手まといなだけになってまうんどすが‥‥」 雲母坂 優羽華(ia0792)の手元には、途中まで書き記された地図もあった。それを片手に、小部屋のある通路まで進む。 「左側のアヤカシは、既にどこかへ移動したようどす」 「なるほど、と言う事は、回りこむ通路があると言う事やな」 ヌリカベの向こう側は静まり返っていた。こんこんっと軽く叩いてみても、物音ひとつせず、響くような気配。安全を確認した二人は、その先にある大きな扉へと進む。 「少し、見てみるどすぇ。うちには何でもお見通しどす‥‥」 そう言って、術視を使う優羽華。扉が思いうえに、通常の手段では開かない鍵がかかっているらしい事がわかる。 「護符の出番やな。ほないくで」 蔵人が、扉の脇に四角い箱を見つけた。巧妙に壁に埋め込まれた箱は、蓋がついており、それを開けると護符と同じくぼみが見える。がこんっとはめ込むと、入り口と同じ様に、扉に光の筋が走って消えた。 ただし、入り口の色が青かったのに対して、今度は赤い色の光だった。それは、扉の4つ端にたどり着き、そこに設置された宝珠を灯す。赤い、色に。 「開きそうどすぇ」 優羽華が、少しだけ押して見ると、横開きに半寸程動いた。 「しかしただの迷子札かと思いきや、きな臭い」 友だちと書かれた珠を用意し、開きざまに放り込む。ぼんっと音がして、何個かはじけた。見れば、暗闇にぼんやりと浮かび上がる目玉のようなモノが、珠を犠牲にしている。 「皆の力をあわせないと、この先には進ませてもらえへんっちゅーことやな」 そぉっと覗いてみれば、目玉は全部で3つ。ふよふよと行き来し、珠の主を探している。扉からは決して出てこないところを見ると、闇目玉と言うアヤカシだろう。 「そのようどすなぁ。一度戻りましょうか?」 頷く蔵人。どうやらここは重要な部屋のようだ。皆で当たった方が正解だろう。そう思い、踵を返そうとした刹那だった。 「ちょい待ち、なんか聞こえるで」 耳を澄ませば、部屋の奥から、がっきょんがっきょんと、巨大な重量物が動く音が聞こえてくる。まるで、ジルベリアのゴーレムが動き出すような音だ。 「本当どすぇ」 振り返って、術をかけようとした刹那。扉からぬうっと顔を出したのは、牛の頭と筋骨隆々の胴体を持つ、巨大なアヤカシだった。ジルベリアではミノタウロスと呼ばれ、遺跡で恐怖の対象と知られるアヤカシ‥‥阿傍鬼である。 「前のアヤカシといい、何かに追われてとは考えとったが‥‥。まさかこんなでかい代物とはおもわへんかったな」 顔を引きつらせる蔵人。女性を好むと言われる牛頭の魔神は、その狙いを優羽華に注いでいる。特に‥‥豊かな胸の辺りを。 「戻りまへん? あれは、2人では厳しいどす」 じりじりと後ろに下がる優羽華。その動きにあわせて、ミノもじりじりと迫ってくる。人でない言葉でもって、呪詛と思しきものを唱えてくる。 「そうやな。こんなモン、何も用意せんと相手にするなんて、正気の沙汰やあらへん」 顔を引きつらせて、恐怖の表情を浮かべる蔵人が、ようやく法螺貝を手にしたのは、それから程なくしての事だった。 その頃、地上では。 「やはりここは迷宮。古の伝説にあるような状態に見えます。ただ、どうみても2階以上ありそうですけど」 ブローディアが遺跡の側に蔵人が設置していた野営地を利用して、情報整理をしていた。戻ってくる情報を加えて、再び探索にいけるように、である。 「ん〜、やっぱり魔の森ほど濃くはないかな?」 瘴気回復の符を使い、式達の補充を済ませていた氷が首をかしげる。ただ、遺跡に近付くと、瘴気は濃くなっているので、外にこぼれて居るのが少ないだけなのかもしれない。 そうして、思考を巡らされている時だった、遺跡から響く法螺貝の音。救援を呼ぶ合図に駆けつけてみれば、上り坂を全力疾走してきたらしい蔵人が、荒い息をつきながら、遺跡を指し示す。 「阿傍鬼や。護符で入り口開けたら出てきおった。すぐ来るで!」 ちょうど、優羽華も出てきたところだ。そこへ、巨大な体躯を持つミノタウロスが姿を現す。お供に、闇目玉が3匹ついていた。 「一気に片付けるよ!」 長引けば長引くほど消耗する。そう考えた煌夜が、そのお供の闇目玉向って、白梅香を使う。その一撃で、闇目玉の1匹が霧散したが、残りがすうっと闇に潜んだ。霞澄が雪姫を庇いつつ、後ろへ下がる。入れ替わるように、霊魂砲がぶっとんで来る。吸心符では対応しきれまい。 「この!」 それを皮切りに、全員でミノに跳びかかる。が、相手はさすがに遺跡の番人。中々傷がつかない。逆に、こちらの面々が、次々と傷ついていく。 「精霊はん、うちらみんなの傷を癒したってなぁ」 胸をぷるるんっと揺らしつつ一回転し、閃癒を放つ優羽華。その横で、やはり霞澄が「精霊さん達‥‥皆さんの怪我を癒して‥‥」と癒しの技を使っている。そんな激戦に、下がっていた雪姫が怯えたように船長へしがみついた。 「‥‥お雪、どうした?」 「雪を捕まえた悪い人の仲間‥‥見た事ある‥‥」 どうやら、彼女はミノを知っているようだ。物の良し悪しはきちんとわきまえて居る。大丈夫、と確信した蔵人は、シザーフィンを携え、精霊剣を使って、その牛頭に攻撃していた。見れば、煌夜も同じ様に攻撃しており、ざしゅっと強い手ごたえが感じられる。 こくんと頷く彼女。 「あれ? あいつ、もしかして遺跡から出る気なさそう?」 が、そこまで戦った時、牛頭は何故かくるりと踵を返した。氷が指摘するのを見れば、野営地近くまで戻っていたらしく、ミノはそこまでこないつもりらしい。鼻息を荒くしながらも、元の遺跡に戻っていく。 「結界がはられとるわけではなさそうどすけど‥‥」 入り口は、護符が離れた事で、再び閉じていく。しばらく様子を見ていたが、ミノの出てくる気配はなかった。おそらく、奥に戻ったんだろうと、優羽華は告げる。 「船長ー。雪姫の事は依頼主に伏せとき。札も依頼主が渡せ言うとらん、とりあえずがめてまいな」 「わかった。この先にあるモンはどうする?」 護符を大切そうにしまう雪姫を見て、蔵人がそう提案してくる。と、剣をしまった煌夜もこう言った。 「依頼では、入手そのものは明記されていないから、場所と地図を添えて、提出すればいいんじゃないかしら」 もう一度、ここに来るのも悪くない。雪姫の落ち着き先は、それからでも良いのだから。 |