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■オープニング本文 嵐の壁が開かれ、その向こうには新たな儀が現れたのは、開拓者達も良く知る所だ。そこには、天儀とはまた違う風習の人々が住むと伝えられている。天儀で獣人と呼ばれている者達もその1種。 しかし、人が住めば物流がある。そして、物が流れれば、商売が成り立つ。そこで、目端の聞く商売人達は、早速その人々を相手に小金を稼ぐ準備を始めていた。 「定期航路だぁ? またずいぶんと気の早い‥‥」 「そうでもないですよ。既に、他の商人も動き出しているのですから」 とある、商館で打ち合わせをしている御仁が2人。片方はノイ・リー。もう1人は商人風だ。2人の間には、鬼咲島を中心した空の地図がある。その、鬼咲島の側に、小さな船の模型が置かれ、墨でノの字が書かれていた。 「一番乗りってわけじゃないが、交渉はなるべく早いほうがいいからなぁ。相手の窓口は決まってるのか?」 「いや、まったく」 首を横に振る商人。準備はしているらしいのだが、やはり危ない博打は打ちたくないようだ。その商人の手がするりと伸びて、ノの字が書かれた模型を、鬼咲島の側へと移動させていた。 「っておい」 「今、鬼咲に港が作られています。そこの話では、もし新たな儀が、ジルベリアや泰国と同じならば、渡月島のような島が、もう1つあるはずなのです。そこを押さえれば、2つの儀は安心して通過できるはずです」 突き刺さるような視線をものともせず、そう言い出す承認。細い指でなぞった先には、開門されたばかりの嵐の門があった。 「ふむ。つまり、その島を探してこいと」 「そう言う事になりますね。もっとも、その途中で出たアヤカシにやられないとも限りませんし、引き返すはめになるやもしれません。そこで、これを」 まだ、空にはアヤカシ達が舞う。それを憂慮し、商人が差し出したのは、足元に転がった浮きのようなものだった。ちょうど、釣りに使う浮きのようなものである。天儀王朝から提供されたのか、しっかりと紋章が記されていた。 「俺らは捨て駒ってかい」 「いいえ。必要な生贄ですよ」 くくっと笑う相手の商人。が、それは船長とてお互い様だった。 それから、数日後。 「だぁぁっ! ぷらぁと! お雪! 出力が落ちてる! ふっとばされっぞ!」 轟風が耳元で吹き荒れ、あちこちの部品が零れ落ちていく。中には、天儀王朝の紋章が記された、あの大きな浮きもあった。 「もふ〜〜〜っ」 「わ、わかってるのにゃーーー」 がたがたと盛大に揺れる船のうえで、ぷらぁとと雪姫が吹き飛ばされそうになっている。悪い事は重なるもので、その風の隙間には、特殊な姿のアヤカシが、まるで衛兵と言わんばかりに、十数匹出てきたのだ。 それは半裸の女性の形をしていた。ふよふよと浮く姿は、幽霊に似ている。だが、衣装は天儀にいるどの文化とも違っていた。ゆったりとしたズボンのようなものに、羽衣のような布、そして首を何重にも巻く飾りがついている。それらが、風を舞い、船へと迫る。 「って、こんな時にアヤカシかよっ」 くっそぉぉぉっと、舵を大きく切る船長。その度に、ずざっとアヤカシ達が追いすがり、その風を遮っていた。その為、船長の船は、大きく高度を落とす羽目になる。その間に、彼らは次々に攻撃を仕掛けてきた。魔術師の使う技に似た雷撃をお見舞いしてくる。中には、剣らしきものを生やしているものもいる。それらは、船長の船を至る所からばらしに掛かった。 「お、親方どうするのにゃ?」 「ぶっ倒さなきゃ、仕事になんねーだろ!」 船長が、腰に下げたサーベルを抜く。ジルベリア風にあつらえられたその剣は、めったに抜かないが手入れはされているようだった。 「みゃーーー!」 が、反撃もそこまで。風の通路と化した嵐の門の向こう側で、突風が吹き、船長の船にトドメの一撃を与えてしまう。そのまま、鬼咲島海域まで押し戻されてしまった船が不時着したのは、つくりかけの鬼咲島集落だった。 「ひ、酷い目にあったにゃ」 「もふ〜」 のそのそと、半壊した船から這い出してくる雪姫とぷらぁと。不時着した船は、嵐にやられ、かなり無残な状態になっていた。 「やっぱり、この船じゃ無理なんだろうか‥‥」 「親方?」 ふうっと深刻な顔でため息をついているノイ・リー。心配そうに覗きこむ雪姫に、彼はこう言った。 「ちょっと一人にしてくれ」 「もふ‥‥」 ぷらぁとがつついて、港の方へと誘導する。半壊した船の側で、船長はずっと厳しい表情を浮かべていた。 そして。 「ああ、船長さん。もう、いいんですか?」 ギルドで呼び出された担当は、船が半壊した事を聞き、気を使うように言った。 『よくねぇけどな。仕事はしなきゃいけねーだろ。ちっとばかし手伝ってくれる奴を集めにな』 「そうですか‥‥」 声だけは判断できないが、どうも空元気のような気がする。それでも、極力表情を出さず、彼はこう告げてきた。 『宝珠と材料、それに船大工は用意した。が、今の船じゃ、鬼咲島を出て、渡月島の先あたりで、押し戻されちまう。その先に行く船になるよう、強化が要るんだ』 「それでしたら、船ギルドの方が良いのでは?」 『実際俺の船に乗る奴ぁ、志体持ちの奴らだろ。だったら、もういっそやつらの好みに船を改造して、そのまま反対側まで一気に突き抜けちまおうと思ってな』 開拓者にも、手に職を持つ者たちは多い。どうせなら、開拓者用に特化した船に改造しようと言う試みらしい。 『それに、あの船はもう寿命だしな‥‥』 「え?」 ぼそりと言った一言が気に掛かったが、それはそれだ。 『なんでもねぇよ。とにかく、頼んだぜ』 唐突に、風信器が切れた。ともかく、人を集める事が重要だ。そう判断した報告官は、すらすらと依頼を書きつづる。 【船を強化し、渡月島までのガイドブイを設置します。ただし、船は飛行試験をしていないので、龍を持ち込む方がよろしかろうと思われます。途中、新しい儀のエリアから流れてきたであろうアヤカシと遭遇する可能性があるため、身を守る手段をお持ちの方を募集します】 平たく言うと、渡りの勇者サマを大募集と言う話である。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
深凪 悠里(ia5376)
19歳・男・シ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
久悠(ib2432)
28歳・女・弓
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 船が収められているのは、鬼咲島だった。その中で、資金を出すらしい他の商人達と話しているノイ・リー(iz0007)。その彼に、親しく声をかけてきた者があった。 「よぅ、久しぶりじゃの。偽者騒動の時以来か」 朱鳳院 龍影(ib3148)である。相変わらず目立つ胸と衣装だったが、既に旦那と慕う雲母(ia6295)もおり、小隊仲間のプレシア・ベルティーニ(ib3541)と天河 ふしぎ(ia1037)も居る為、船長は既知の友を見る表情で、軽く手を上げただけだ。と、その小隊仲間の1人、プレシアはのほほんとブイをつついてくる。 「新しいとこに行くんだね〜。ちゃんと道しるべを置いてくるの〜」 「その前に、航路を開発しないとね」 雪切・透夜(ib0135)がそんなプレシアを、いつものようにスケッチしている。足元に転がったブイは、天儀の印が刻まれていた。 「こいつがブイか。投下すれば良いんだっけ」 「固定させるんだよ〜」 渡された手引書によれば、現場空域で、等間隔に落とせば良いようだ。興味深そうに覗きこむ柚乃(ia0638)と葛切 カズラ(ia0725)に、ふしぎがこう話す。 「嵐の壁を越えて新たな世界に旅立つ、そんな冒険ずっと夢だったんだ‥‥みんな、頑張ろうね!」 相手がアヤカシだろうが嵐だろうが、邪魔なんかされたくない。柚乃も、愛龍のヒムカをなでなでしながら、にぱっと笑って答える。 「うん。ヒムカと一緒、心強い‥‥柚乃頑張る‥‥」 「ふうん。道が開いたからってすぐに歩いて行ける訳じゃないのよね〜〜。ともあれ、まあ面白い事もやるみたいだし、やってみましょう」 手引書を見ていたカズラが言った。そりゃあ、新たな儀の前には、いつもの通り空がある。歩いていけるわけじゃない。 「向こう側の島までいけるのは楽しみじゃが、その前には改造かの」 「船の強化案? へー‥‥船長の船、大改造するのか」 龍影がそう言い出すと、深凪 悠里(ia5376)は怪訝そうに首をかしげた。渡月島・乙(仮)までは、船長の船では、さすがに厳しいらしい。少し、寂しそうな表情を浮かべつつ、船長は遠い目をして「このままだと、こいつがバラバラになっちまうからな」と、ボロボロの外壁を撫でる。 「乱気流の中をこんな小型艇でねぇ‥‥まぁ、落ちるのだけは勘弁したい。そんな事になったら。ある意味で鉄の棺桶だな」 「そうならないようにするんだろ」 口の減らない雲母は容赦がない。そんな一言をさっくりと受け流す船長に、久悠(ib2432)は古めかしい口調で、空の彼方を見詰めている。 「好奇心が招くものは時として恐ろしいものだが、すでに賽は投げたのだから、進むのみ」 「新たな世界への道標、アヤカシや嵐なんかに邪魔なんてさせないんだからなっ!」 何しろ、新たな世界への道しるべだ。だが、それとは逆に、雪姫はちょっと心配そうに、「大丈夫かにゃあ‥‥」と呟く。 「大丈夫だよ、ちゃんと守るからね」 ぽふりと、その頭を撫でる透夜。その手には、お土産のお結びが握られている。久しく会っていなかったが、元気にしているようだ。 だが、その飼い主の船長は、硬い表情のままである。気付いたふしぎがふしぎそうな表情を浮かべていた。 「きっと凄い船になるよ、楽しみだね‥‥。あれっノイ船長、どうかしたの?」 少し影があるような気がする。手伝いを申し出た彼に、船長は首を横に振る。 「いや、ちょっとな‥‥・」 「ぷらーと、船長元気ないみたいだけどどうしたの?」 本人に聞いても、答えてくれそうにないので、ふしぎは側を走り回っていたもふらさまのぷらぁとを捕まえて、わしゃわしゃとなで回した。が、ぷらぁとは「もふ〜」と言うだけで、首をかしげている。と、そんなコロコロ転がっているミニサイズのもふらさまに、柚乃のおめめがきらんと輝いた。 「‥‥ぷらぁと‥‥もふら‥‥?‥‥もふ」 おててが伸びてきて、抱き上げられている。相変わらず奪われる率の高いぷらぁと、もふもふと撫でられている。 「まぁ、こいつとも長いしな。改造したら、全く別の船になっちまいそうだし」 そんな2人が、船で転がっているのを見て、船長はぼそりとそんな事を言っていた。それを聞いたプレシア、ほんわりと首をかしげて、工房の内部を見回す。 「ほみ〜、きょうかにかいぞう〜‥狂化魔改造?」 「違ぁう!」 どこの本を見たのか、使用後と書かれた絵草子が『これ?』と差し出されていた。しかも、プレシアはそれでは飽き足らず、こう続けてくる。 「やっぱりー、ぱぁぁぁわぁぁぁ」 「わーー、ちょっとまったぁぁぁ」 なんだかあり得ない事を言いそうなので、ふしぎが思わず口をふさいでしまっている。「〜〜〜〜もがもが」とじたばたするプレシアに、各務原 義視(ia4917)が大きな布を広げて見せた。 「まぁ良いじゃないですか。強化改造用に図面を引いてみたんですよ。こんな形でどうですかね」 机の上に広げられたそれには、大きく船が描かれ、所々に注釈を入れる場所がある。その先頭には、大きな衝角が描かれていた。 「こいつは?」 「避雷針ですよ。雷なら、必要でしょう?」 そう言った各務原の書いた船は、普段目にする船よりも、魚に近い。そのラインをなぞり、併記された風の速さらしき数値を見て、久悠がこう言い出した。 「高速飛行する生物の形状を参考にするのもよさそう」 避雷針と、流線型の船は、彼女も考えていたことだ。しかし、雲母は首を横に振る。 「そうかぁ? 流体系の装甲は水の抵抗ではないので意味はないだろ。乱気流内での安定性を確保できるようにして、耐久性の上昇は最低限って所じゃないのか」 「でも、風を物ともしない船体強度とか推進力が欲しかったりするなぁ。龍やグライダーを複数休憩させたりできるポイントも欲しいし」 カズラが後方にぐぐっと台を書き足した。天儀の飛空船には、たいてい緊急脱出用の船が仕込まれている。それを、カズラは複数持てるよう。要望を出してきた。 「あとは、動力部周辺を、絶縁出来るように工夫をしたい所だね。‥‥俺はこういうのの構造、余り詳しくないからちょっと助言はし辛いんだけど、船体を流線型にするのは、悪くないんじゃないかな」 もし、雷を食らっても、動力部さえ無事なら、航行できるだろうと思ったのだろう。と、透夜も先頭部分から、後方へと指をなぞって続けた。 「後は、避雷針とそれを逃がす放電索を設置かな。こう、艦首の他に横に突き出す形で」 「ふむ。纏めるとこうかのう?」 龍影がしゅるしゅると図面の端っこに【船の改造・変更点】と書き記す。 ・形は流線形で風を受け流す形 ・龍やグライダーを複数休ませる場所の確保(後方あたり) ・避雷針を3〜4箇所に設置 ・電気を放出させる場所をつくる うんうんと頷く悠里。皆の意見は一致しているらしい。が、そこに1つだけ違和感があった。 「って言うか、このでかい砲塔はなんだ」 「エレキャ‥‥」 精霊砲。柚乃の使える術と同じ名前だ。大きな台が置かれ、城砦に設置されているような貴重品が、正面に設置されている。 「えぇい、こんなものいらんっ。巨大兵器も浪漫も、詰めるだけ無駄だっ。こうしろ」 がしがしとその砲塔を消す雲母。代わりに、金属片をかき集めている。それを、船べりに置くよう指示すると、ついでと言わんばかりに、修理用の道具を積み込ませた。 「まずはこれからでしょう」 透夜がそう言って、船を図面通りに組み上げるため、材木置き場を指し示す。細かい所は専門の作業員がやってくれるが、大きな部分は開拓者達でも手伝えそうだ。 そうして、解体された船長の船は、開拓者の図面通りにくみ上げられ、外装が整えられていく。と、そんな船の姿を見て、龍影は感慨深げにこう口にする。 「うむ、今日からお前はヴァンダーフォーゲルじゃ」 「違うよー。ドラゴンフライ改だよう」 が、ふしぎがそれに意を唱えている。渡り鳥と蜻蛉の意味を持つ名に、頭を抱える船長。 「ようし、発進!!」 だがそれでもふしぎは、旗を掲げ、新たな世界へ向って、出航の合図を高らかに宣言するのだった。 新品ぴかぴかの床に上った一行だが、まだ決める事は山ほどあった。 「ローテーションはこれでいいかな」 3〜4名の班分けをし、定期時間ごとの組み合わせを行っていた。透夜が、その表を壁に張り、各自に確認を促している。その席で、彼は船長に人数分のゴーグルを用意してもらい、各位に渡している。 「夜の見張りはぁ、透夜さんと、悠里さん、柚乃さんと一緒だね〜☆ ねむねむだけどー、頑張るよ〜」 おめめをこすりながら、外を凝視するプレシア。その様子を、雲母は嫁の龍影を抱き寄せつつ、煙管をのんびりと燻らせていた。そうして、夜営の様相を呈してくる中、ぼそりと久悠が言った。 「ところで‥‥操縦者には交代要員いるんだろうか‥‥」 彼女の班は、ふしぎ、カズラと同じだが、船を操る船長には、交代が居るようには見えなかった。 「そうだな。見張りともどもそれも交代で良いんじゃねぇ?」 船の操縦そのものは、さほど難しくはない。船長には、肝心の嵐の壁を突破する時に、操舵してもらえば良いだろう。ふしぎがおめめを輝かせながら「僕変わるよー」と言っていた。 「んじゃあ、こっちは寝るとしようか」 「武器の手入れでもしようかと思ってたのじゃが」 外の様子を気にしながら、自分の用事を済ませようとした龍影、旦那に抱えられて、苦笑している。 「良いじゃないですか。進路を妨害してくるのだけ相手にすれば問題ないでしょう」 「空か‥‥私はそこまで興味はないのだが、な」 各務原が言う中、煙管を深し、ぼんやりと空を眺める雲母。そこへ、びゅうっと突然の突風が吹き荒れる。プレシアが嬉しそうに目を瞑った。 「わぁ〜っ、風がすごいのぉぉぉっ☆」 そのまま、ころころと飛ばされかける彼女。その襟首を、ふしぎがぱしっと受け止める。 「わわ、ぷらーとが飛ばされた‥‥って、プレシアも危ない、危ないから」 が、そのままふしぎごところころと転がってしまった。どんっと縁にぶつかった二人を、ぷらぁとが咥えてずりずりと真ん中へと引きずり戻す。小さくとももふらさまなので、力はとても強い。そんな姿を見た各務原は、左肩に乗っている小梅を気遣った。 「小梅も、風強いけど大丈夫?」 「大丈夫です! 指定席ですから」 服の襟を、飛ばされないように捕まる小梅さん。と、その空気の中、ふしぎが興味深そうに尋ねてきた。 「そうそう。船長、アヤカシってどんなのだったの?」 「ん? 聞いてなかったのか」 報告書にあった通りの姿を告げると、ふしぎの顔が見る見る真っ赤になる。気付いて、「‥‥べっ、別に恥ずかしくなんて無いんだからなっ」と横を向くが、後の祭だ。 「んんー。なら、今のうちに試しておいた方が良さそう」 柚乃がそう言って、あまよみの術式を唱え始めた。 「嵐の中‥‥乱気流では効果がないかもしれないけど‥‥どうなるか気になって‥‥」 すでに、休んでいる者達もいる。終わるまでは寝ないと言っていたが、邪魔はしたくない。結構な身振りを使うので、戦闘中には使えない。予め、使っておこうと思ったようだ。 「どうです?」 「雷が多いみたい」 早送りで見える空には、あちこちで稲光が舞う。連れている炎龍のヒムカでも、継続して超えるのは厳しそうだ。プレシアが、愛龍イストリアの首を抱き、すりすりとなでなでして、その心をなだめている。 「イストリアは飛びたいと思うけど〜、ちょっと我慢しててね」 そして、飛んで行かないように、腰の辺りに命綱をつけていた。他の面々も、見張りではないが、なぜか甲板でくつろいでいる。班は3つにわかれていたが、異常があればすぐに知らせるよう、悠里は通達していた。 「さて、さて遭遇するのはアヤカシか魔獣獣かはたまた別口か‥‥」 久悠が、響弦と鷲の目を使いながら、警戒を行い始める。そうして、開拓者達は壁に書かれた予定表の通りに起き、休み、それぞれの手段で見張りをこなしていた。手の開いているものはブイを落とし、通った船の後には、船が海を渡るのと同じように軌跡が描かれ、時折鳴く龍やそれぞれの朋友達の『声』が、周囲にそのラインを気付かせていた。 そうして、班が一巡し、ちょうど参班の担当になった時である。強風の吹き荒れる中、連れていた龍達が、警戒をするように鋭く鳴いた。各務原の小梅が、指定席の左肩で、ぎゅっとその顔を寄せ、土偶のマスターが危険だといわんばかりににやりと笑う。 「来たみたいだよっ。わぁっ、ほ、ほんとに裸‥‥」 ふしぎの顔は、まだ赤い。彼が、船長と操舵を交代している間、カズラが呼笛を吹き鳴らし、全員をたたき起こす。 「船長、避けれますか? 気流の都合上、先頭は避けたいんですが」 見かけこそ色っぽいおねいさんだが、操る雷は強力そうだ。嵐の門を抜けてすぐのそこでは、こちらが不利である。そう考えた透夜は、船長にそう申し出た。が、船の速度は思ったほど上がっていない。 「ならば、それなりに対応をしなきゃなるまいっ」 悠里が、一釵の速度を上げる。ふしぎと龍影は、台に置いていた虎の子のグライダーへ飛び乗り、やはり速度を上げていた。久悠が白月と自分を命綱で結ぶ中、カズラ離れすぎないように注意しつつ、龍へと跨ると、その手に残撃の符を握る。 「急ぎて律令の如く成し、万物悉くを斬刻め!」 呪を唱えた刹那、符が触手となり、鏃状に変化し、雷の乙女へ向ってしゅるりと伸びた。突き刺さったそれが、雷で弾かれる。その射程に入った刹那、呪縛符が触手へと変じ、乙女へと絡みついた。 「仕方ない。出るよっ」 ふしぎが飛び立つ。続く龍影。久悠も脇差を手に、白月で飛び立った。 「秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」 下に回りこんだ乙女に、カズラが蛇神を発動させている。呪と共に解放された式が、触手を絡めたような巨体となる。その巨体が、乙女達に特攻する中、悠里の水流刃がお見舞いされた。風に半分が流されているのを見て、方向を変える。 「上手く風に乗せらればいいんだけど‥‥。上手く行かない者もあるな」 風は向かい風、どうやら、風上に回る事が必要そうだ。そうすれば、乙女の後ろへ回りこめる。確信した彼は、一釵を急かし、さらにスピードを上げさせた。 「これ以上、好き勝手にはやらせないんだからなっ、僕らの旗に賭けてっ!」 ふしぎのグライダーに取り付けられた大紋旗が、強風にばさりとたなびく。その厳しい嵐は、風を受け流すようにして、力を引き出して押さえ込む。この辺は、かつて習った技術だ。 「後ろががら空きじゃ。 ぬぅん!」 船から20mくらいの所で、龍影が雷撃を打たせないように、最適な位置を使って回りこみ、炎陰で攻撃していた。が、数が多いので、らちがあかない。そこへおいついてきたふしぎが。こう声をかける。 「何とかなるかもしれない。やろう龍影、嵐のツインストライクだっ!」 「よかろう」 なにしろ、グライダーを持っているのは自分達だけだ。錬力が切れるまでは、まだもう少しある。弐式加速で急反転を使ったふしぎと共に、乙女達の間へと急襲する。 「今の場面、自分のすべきことをするだけですよ!」 甲板を担当する透夜がオーラショットを乙女に向けて放った。それさえも抜けてきた雷は、薙ぎ払いで受け流す。と、船にとどまっていた柚乃も、ヒムカへとかけ寄った。 「わかったの。ヒムカ、お願いするのっ」 その唱えた技は、精霊砲。船長が図面に書き記したのと同じ技。ごうんっと風を切り裂く音がして、乙女の幾匹かが生贄になる。 「ノイ殿、貴殿の手腕に掛かってる。しっかりなされよ」 「んなこたぁわかってるっ。くそう、雷が邪魔だっ」 ぱりぱりと行きかう雷は、久悠が撒いた金属片によって避けられている。しかし、スピードは若干落ちており、このまま突破できる保証はない。それでも、矢を放つ久悠。既に、一部は船のすぐ側までやってきている。 「だが、ここでは止まれません。前進あるのみです」 それでも、突破しなければならない。と、プレシアが悲鳴じみたひと事を上げた。 「お化け来たようっ!」 「南斗北斗三台玉女、左青龍避万兵、右白虎避不詳、前朱雀避口舌、後玄武避万鬼、前後輔翼、急々如律令」 各務原が符を取り出す。肩の小梅がまぶしそうに目を瞑るなか、白く神々しい光と共に現れる狐。甲板から霊魂砲を撃っていたが、それでは足りないと感じたのだろう。召還されたのは、白狐だった。民話にも時折出てくる式は、同じ伝承の乙女へとその爪で斬り付け、爆砕させる。 「まわりの瘴気をコストに使って〜、特殊しょーかーん☆ 式神ごーごー♪」 硬質化を使い、盾役となったイストリアの側で、霊魂砲を唱えるプレシア。多少謎な言い回しもあったが、その効果はしっかりしたものだ。 「よーし! いっくよぉぉ! プレシアぁすまっしゃぁぁぁっ!!」 ちゅどぉぉぉんっと、乙女達の一部が飲み込まれる。その先に、晴れた空へと続く道が見えた。 「空いた!?」 「出力最大! お前等、舌ぁ噛むなよ!」 刹那、船長が前触れもなく、ギアを最大速に入れる。動力部の宝珠が唸り、その速度が格段に跳ね上がった。 「うわぁぁぁぁっ」 命綱を引っ張られた開拓者達が、悲鳴と共にその空へと飲み込まれたのは、そのすぐ後の事である。 そして。 「おい、大丈夫か?」 気がついたら、船長に起こされるところだった。先に目の覚めたらしいプレシアが、引っ張られて怪我をした場所に「痛いの痛いの飛んでけ〜♪」と、治癒符を張ってくれる。 「あー、驚いた。ここは‥‥?」 「壁の向こうだな」 船長に言われ、久悠が「これが‥‥」と目を見張った。真っ青な空の下、泉も川もないが、草原が続く。そして、その中央に、天儀側の渡月島と同じように、遺跡の入り口らしき石組みがあった。 「ここが新世界‥‥今度は必ずその大地に、一歩を踏んでやるんだからなっ」 とんっと軽く跳ねるふしぎ。だが今は、ガイドブイを設置してくる事が大切だ。手段は、貰った手引書に載っているらしい。安定させる方法は、しばらく調査が必要だろうが、ともあれ他の船のガイドになる分は、持ってきたもので充分なようだ。 「伝承だと遺跡があるらしいから、調査とかもしたいんだけどなぁ‥‥」 各務原が、ブイを投下しながら、少し残念そうに言う。と、船長が頭を抱えながら、自身の船を指し示した。 「無理じゃねェか。急ごしらえで、船がこんなだよ」 振り返れば、船は先ほど強化した部分が、ごっそり抜け落ちていた。耐久力をある程度まで抑えたのがまずかったらしい。 「か、帰れるかな?」 「なんとかならぁな。こいつがあるし」 久悠が聞く中、彼は雲母が船に積み込んだ修理用具と、ガイドブイを確かめていた。それは、今まで通って来た嵐の壁へと吸い込まれており、それを伝ってくる船の姿が、ちらりと見えたような気がした。 「でもまずは、周囲の安全を確認する方が先だよ。ここの様子を手土産にするのは、悪くないと思うしさ」 どうやら、迎えの足はありそうだ。それを確かめた透夜は、渡月島・乙(仮)の風景を、携えたスケッチブックに大雑把ながら描き止めるのだった。 後にそれが、開拓者達が帰りの足を確保するのに、大変役に立った事を追記しておく。 |