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■オープニング本文 開拓者ギルドのある神楽の都。 そこから、一度精霊門を通った先にある、中規模の村が、今回の舞台だった。 「ここが、その村? 村じゃない? 町?」 少年の格好をした少女が1人、村を見下ろす高台の上に立っていた。いわゆる『白拍子』のように、白の仮衣を身につけた彼女の傍らには、フードをかぶった黒い装束の人らしき者が数人、少女を見守っている。 「正確には、いくつかの村が共同戦線を張っている様にございます」 黒服が、節くれだった手で指し示した先には、煮炊きをしているのだろう。幾つかの家の煙突から、細い煙が上がっている。その奥には、村長の家と思しき屋敷も多かった。 「興味ないかな。それで? どこの符をはがせば良いの?」 「あれでございます」 その村長の家に囲まれた先。裏山の中腹に、目立つ黒い色をした建物があった。ところどころ、金色の字が見える。どうやら、ご先祖を祀る廟のようだ。 「余り気が進まないけれど。これも童子の為? 為ならしょうがないね?」 ふわりと、相変わらず不思議な言いかたをして、少女が森の中へと消える。だが、その姿が見えなくなった後、黒フードの御仁は、わずかに覗いた口元をニヤリと歪ませる。 「‥‥単純」 その背後には、黒い瘴気がこんこんと吹き出していたと言う‥‥。 さて、一方。 「っと、そろそろ昼飯なわけだが‥‥あの辺りがいいかな」 修理中の船代を稼ぐ為、船長はとある村を訪れていた。そこでは、村人が火の見櫓から、裏手の山に目を凝らしていた。 「おぉーい。何やってんだぁ?」 「ああ、旅の方ですかな。いやー、最近は山に魔の森が拡大しとりましてー」 答える村人。1人は少し年配の、もう1人は青年会の1人と言った様子の村人だ。その村では、魔の森が、日々拡大を続けおり、交代で監視の役を追っているそうだ。。 「昨日はまだ緑の部分が見えたのですが‥‥。今日はすっかり飲まれてるのですよ‥‥」 「それ、はよ避難した方が良くないか?」 「そりゃあ、わかってるんですがねー」 住み慣れた場所を離れるのは辛い。と、事情説明を受けていると、もう1人の村人がかけよってくる。今度は女性だ。 「村長! 村の反対側に、動く死体が〜!」 いわゆる『ゾンビ』と言う奴である。ちょうど、山の麓にある辺りだ。山には、村の共同墓地があり、魔の森に侵されたその中身が、アヤカシと化した模様。 「って、大事じゃねぇか! 避難はどうなってる!?」 「近所の者は全て村長の家と、住職の所に避難させているんで、大丈夫と言えば、大丈夫なんですが‥‥。このままだと、何れ村ごと引っ越さないと‥‥」 幸い、魔の森の瘴気=アヤカシ準備と言う認識があり、墓地近くに住んでいる者達は、村長の家に避難している。だが、この状態では、いずれ村ごと飲み込まれてしまう事だろう。 「むうう。やはり考えないとダメか‥‥」 「ったりめーだ。とりあえず、元村人で、それほど力は強くないだろうから、バリケードと溝掘って、足止めしとけ。手伝ってやらぁな」 肩を落とす村長に、船長はそうアドバイス。力仕事くらいは請け負おうと言う彼に、村人も荷物をまとめるよう呼びかけてくれると言ってきた。こうして、なんとなく話がまとまりかける中、尊重だけはため息ひとつ。 「祖霊様を捨てるのは、のう‥‥」 顔を上げたその視線の先には、すでに瘴気に飲まれかけた精霊の住処を示す鳥居がある。その先の階段は、裏山の中腹まで延びていた。 「何かあんのか?」 「いやー、実は村の伝説に、こうありまして」 村長曰く。 『村に有事ありし時には、祭壇の扉より黄泉の国へと赴き、祖霊の守りし宝珠にて、魔を祓うべし』と言い伝えられているそうだ。 「って、そんなもん頼りにしてんのかよ‥‥」 船長も、それなりに各地を旅して来た御仁である。村の成り立ちとして、精霊の子孫である若者が、黄泉の国とやらへと赴き、祖霊の試練を越えて、宝珠を手にしてアヤカシを追い払い、村の王となったとか言う伝説は、なんどか耳にした事があった。 「村の伝説の祖霊様が復活してくれれば‥‥とは思うんだけどねぇ」 「あの状態で復活したら、ただのアヤカシじゃねぇか‥‥」 荷物をまとめている村人達には、そう言う者もいる。それには、船長も激しく同意と言う奴だ。 だが、そうして準備が始まった刹那である。 「おやじー。これ、なんだ?」 家の片づけをしていた息子さんが持って来たのは、何やら古びた紙の書付。なんでも、村長宅の襖の中から発見されたそうだ。 「ん? いや、見た事はないが‥‥。これは、じいちゃんの字じゃな‥‥」 「ひいじいちゃんの? うわ、古そう‥‥」 それは、村の菩提寺の裏に、地下へと潜る洞窟がある事を示していた。ちょうど、村の墓地の真下にあたり、何か曰くがありそうな雰囲気である。 「確かに、菩提寺の裏には、入り口をふさぐような大岩に、注連縄がかけられておるんじゃが‥‥」 「住職の話じゃ、掛け軸になっている村長のひいじいさまの書き付けと同じ字体らしいですよ」 「住職までそう言うと言う事は、見間違いじゃないと言うことか。それがあれば、ここから逃げなくても済む話なんじゃが」 何しろ、信用性がまるでない話である。だが、出来るなら、村を捨てたくはない村人達は、相談の上、その菩提寺裏の洞窟があると思しき辺りを、開拓者に調べて貰う事にした。費用が潤沢な方ではないが、宝珠以外のアイテムが見つかれば、好きにしてかまわないと言う条件である。もし、何も見つからなければ、1日で終わるような依頼だ。 だが、その直後。 「た、大変だ! 村長、裏の共同墓地から、また動く死体が現れた!」 風信器のダイヤルを回そうとしていた所、ぜぇはぁと駆け込んでくる村人1号。何でも、墓地が上の墓石をふっ飛ばし、村まで下って来てしまったようだ。 「むう。もう墓地が侵されちゃったのか‥‥」 「しかも、中には明らかに、伝説の勇者サマっぽいのがいるんですよ!」 その上、もう少し上にある廟からも出撃しているらしく、既に骨になった兵士が、主を守りながら、侵攻を開始中。幸い、夜か魔の森に侵された所しか進んでこないので、時間はまだ少しだけ余力があるようだが。 「ギルドに連絡取りやがれ。魔の森に動く死体に蘇った勇者サマなんて、もう村の手には負えないだろ」 「仕方ありませんなぁ‥‥」 船長に促され、諦めて連絡を取る船長だった。 【村に迫る魔の森と動く死体から身を守るため、菩提寺の裏にあると言う洞窟を調べ、瘴気に侵された墓地のご先祖を何とかして下さい】 ギルドにそんな依頼が乗ったのは、間もなくの事である。 だが、その頃。 「あれれ? あれ? 動く死体? 骨っ子? そんなつもりなかったのになぁ。どうしようかな」 裏山の入り口に、白拍子の少女が居たとかいないとか。 |
■参加者一覧
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
音影蜜葉(ib0950)
19歳・女・騎
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
海神池瑠(ib3309)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 瘴気の迫る村。避難の急がれるその村の周囲は寂れた空気が漂っていた。 「とにかく、宝珠ってのを使えば死体をどうにか出来るかも知れないんだな? それなら試すまでだ」 ルーディ・ガーランド(ib0966)が、依頼書を確かめている。記載されている事象と、周囲に漂う雰囲気からすると、急がねばなるまい。避難所では、船長がバリケードの設置を手伝っている姿が見える。廟と言うのは、そのバリケードの向こうにある、砂利敷きの向こう側にあるようだ。もっとも、そこは放置されて、かなり草ぼうぼうになっている。 村長の館で、情報収集の後、一行はその廟へ向かう事になった。だが、木々が増え、山に入ったなと思われるあたり‥‥昼なお薄暗いその界隈では、まだ日の昇る時間にも関わらず、半ば以上が崩れた骨と腐った肉を持つアヤカシが姿を見せていた。 「さて、まずはお手並み拝見って所かしら?」 ニヤリと笑って、鎌を手にする霧崎灯華(ia1054)。幸い、動きはさほど早くはない。ここらへんにいるのは、所詮村人Aと言ったところだろう。そんな折、暗くなってきたところで、松明を掲げようとするウィンストン・エリニー(ib0024)を、音影蜜葉(ib0950)が止めた。 「最初はあえて歩を緩め、目を慣れさせておくのが最良です。全く道が見えないのではない限り、控えてください」 「ふむ。それも一理ある。心得た」 警戒の為だけに松明をつけていたウィンストンは、そう言うと灯りを消した。気を配っているのは相変わらずだが、パーティに従わない理由はない。その為、周辺の『音』へと耳を傾ける。 「この先に群れておるようだな」 這いずる音も、骨を鳴らす音も聞こえてくる。ただ、あまり感知する力は高くないらしく、こちらへは向かってこない。 「えぇと、ついて行けばいいんだよね? 人魂さん、ちょっと見てきて」 「はぐれるなよ」 海神江流(ia0800)の忠告に頷いた海神池瑠(ib3309)が、先行するウィンストンの足跡を慎重に踏みながら、符を取り出した。大人と子供ほどの身長差があるため、陰陽師の池瑠とは歩幅が合わないが、ウィンストンが慎重に進んでくれたおかげで、なんとか符を人魂へと変える事が出来た。 「ここにいるのは、元・村人さんだけみたい。奥の方には居ないよ」 漂う瘴気の影響で、墓場から蘇ってきたのだろう。安らかな眠りを邪魔されてはいるが、どうして良いかわからないと言った所か。 「だが、左からもくるようだ。はいずってくる音が聞こえるぞ」 「ふむ。相手は宝探しの後の方が良さそうだな。まずは、一丸となって進むか‥‥」 「む、こちらに来たようだ」 と、江流が歩みを進めた時である。前衛のウィンストンがそれを押し止めた。見れば、元・村人が村の方へと方向を変えた‥‥すなわち、自分達の方向へと。 「動きは遅い‥‥。なら、群がってきた所を叩いて」 ニヤリと、やる気満々で前に出る灯華。だが、ルーディはそんな彼女を押し止めるように、杖で遮っていた。 「強行突破を視野に入れた方が良いのでは?」 「どのみち、鎌でぶん殴るだけよ」 多少取りこぼした所で、影響はないだろう。ならば、自らの身を餌に、彼女は動く死体の群れへと突っ込んで行く。人の言葉を発する事のなくなった死体達が、活きの良過ぎる生の香りにひきつけられる。そんな死者達を刈り取る鎌には、皮肉な事に死神の銘がついていた。 「お前等の相手は宝探しの後だ。いくぞ」 「こんのぉぉ。邪魔だっ!」 江流と将門も、そしてウィンストンも、それぞれの剣と刀で、灯華が取りこぼした死体を牽制する。その向こう側に、半ば崩れた廟が見えた。 「今のうちにっ」 蜜葉がその入り口へと走り出す。かつては葬儀か何かをやっていたのだろう。扉は厚く、結構な広さを持っている。食堂程もありそうな広場に駆け込めば、何とかやり過ごせそうだ。 「ルーディさん、ストーンウォールを!」 「わかってるっ!」 その蜜葉に言われ、全員がこちらに向かっているのを確かめたルーディは、ストーンウォールの詠唱を開始する。追いかけてくる死体の動きが遅い為、魔法が発動すると同時に、一行は廟の内側へと滑り込む。 「どうやら、隠密行動をする必要はなくなったようですね」 「最悪突破されるにしても、時間は稼げるはずだ。有効に使おう」 これで、地下への侵入はある程度防げる筈だ。大して強くはないので、後は船長と村人でも何とかなるだろう。 「俺が前に行く。後ろは任せた」 「わかりました。殿は私がやりますね」 それでも、時間はかけられない。そう思い、蜜葉はルーディと共に、後ろへと警戒を強めながら下がる。前には将門(ib1770)とウィンストンが出て、残りはその間を進む事になるのだった。 長いこと放置されていた廟は、半ば洞窟化していた。手入れしていない壁が崩れ、足元を悪くしている。入り込んだ雨水は既にしみこみ、ぬかるんではいないのが、せめてもの救いだった。 「さて、鬼が出るか蛇が出るか。…動く死体は確実に出るんだろうけど」 最後尾を進むルーディが、周囲を見回す。後ろの死体達は来る気配がないが、すぐ横から来ないとも限らなかった。 「ここならつけて良いか?」 「ええ、見えませんしね」 前方を警戒する将門が、蜜葉にそう尋ねていた。頷いた彼女は、代わりにロープを渡す。最前列を行く彼らが、もし罠に引っかかっても、すぐ助けられるようにだ。そしてそれは、その後ろにいた池瑠にも渡されている。 「妹さんと宝珠はお任せ下さい・・この身に変えても」 「よろしく頼みます。頼りない妹なので‥‥。絶対ドジを踏む子ですから」 頭を垂れる蜜葉に、そう答える江流。真剣な表情を浮かべ、お姫様扱いの蜜葉に対し、あくまでも『手のかかる妹』扱いの江流。 「お兄ひどいっ!大丈夫だもん、落っことしたりしないよぅ」 「その前に、ここを突破しないとね。池瑠、人魂を」 文句言ってくる池瑠だったが、その前に江流が符を使うように告げた。合わせて、心眼を使い、中の様子を探っている。村人の話では、人が入っている形跡はない筈。反応があれば警戒すべきだろう。 「‥‥足跡‥‥?」 誰もいないはずの廟に、明らかに人の物が印されていた。大きさと形からして、動く死体のものではない。池瑠の人魂も、奥に人型の存在を知らしていた。 「注意した方がよさそうだね」 焙烙玉を握り締める江流。願わくば、これを使うような状況には、なってほしくないものだが。 「床の影にも注意した方が良い」 「あ、この先に何かある」 松明に照らされる影や、足音に気をつけていたウィンストンの忠告を受けつつ、池瑠の人魂が戻ってくる。どうやら、その正体に気付いたようだ。 「どうやら、衛兵に見つかったようだな。横からも来るようだ」 「こっちは邪魔そうね。符にした方が良いかしら」 鎌から符と短刀に持ち替えた灯華が、古文書の記憶を呼び起こす。それによれば、下った先に、少し大きな広間があり、そこからまた昇って扉と小さな部屋がある。いわゆる、玄室と副葬品の部屋と言う奴だ。 「狭いしな。おいでなすったぜ」 オラース・カノーヴァ(ib0141)がそう言った。将門が一歩前に出て、蜜葉が後ろに下がる。周囲を警戒すれば、まるで囲い込むように、天井と床からわらわらと蘇る死体達。 「お約束をご苦労様ね」 にやりと笑う灯華。池瑠が斬撃符を取り出し、江流が剣を構える。ここにいるのは、いわゆる殉葬者の類だろうか。村人よりも動きは早い。 「腐臭は毒の証。攻撃などさせぬ」 それでもウィンストンは先んじてその身へと斬りつけた。ぶしゅっと嫌な匂いの汁が、血の様に撒き散らされる。 「く、この先にもいるようだな」 ざしゅりと将門もその刃を振り下ろす。灯華も短刀を知りたくない汁に染め、後衛担当の池瑠を中心に、兵達の相手をしていた。 「とにかく数が多い‥‥。こうなったらら、こいつを使うか‥‥」 江流が焙烙玉を手にする。だが、通路の壁は丈夫そうだ。跳ね返ってくるのは目に見えた。 「そこまでしなくても良いわよ。こいつで薙ぎ払うのが先!」 それを押し止める灯華。呪縛符で動きを鈍らせたそこへ、池瑠の斬撃符が舞い込む。次々と元の死体へ戻る兵達。囲まれると言う状況ではなさそうだが、気は抜けない。何しろ、後ろから前から続々と現れるのだから。 「少し下がってください。まとめてふっ飛ばしますから!」 「わかりました。生を終えた者よ・・汝等の住まう世界に戻れ!」 蜜葉がそう言いながら、死体の足を払い、押しのける。 「多少、眩しいですよっ」 ぽいっと放り投げられた焙烙玉にあてるは、錬力を倍増しにした雷鳴剣だ。雷の力をまとったその刃で、玉はぱかりと斬られたが、雷鳴剣は物理攻撃と言うわけではないので、焙烙玉は割れるだけだ。 「不発みたいね。危ないから回収しておいて頂戴!」 灯華がすり抜け様に言い切った。そうして、何とかゾンビの護衛をやり過ごした一行は、続く玄室へとなだれ込むのだった。 玄室、と一口に言っても、前に扉があり、重厚な応接間と言った雰囲気を残していた‥‥。 「伝説の真偽を確かめるには、もってこいの環境だな」 松明が掲げられる。古文書によれば、鍵は掛かっていないようだ。もっとも、かかっていたとしても、土の扉は半ば崩れ、扉の用を成さなくなっている。 「ふむ。中に飛び切り大きい反応がある。おそらく、例の勇者サマだろうな」 「ねぇお兄。ここ‥‥小さく開いてるよ?」 江流の心眼に続き、人魂を這わせていた池瑠が首をかしげた。見れば、大扉の下の方が崩れており、人ひとりが通れるだけの隙間が開いている。 「既に、誰かが通ったあとだと言うのでしょうか?」 「とにかく、開けて見ないことには、な」 警戒する一行。ウィンストンが耳をそばだて、刀の柄をを握り締める将門。大扉は、軽く手を当てると、ぎぎっと刺して労力もなく開いた。 そこに居たのは。 「うぉぉぉぉん‥‥」 唸り声とも、鳴き声ともつかない声が響く。既に、周囲には様々な副葬品が散乱しており、眠りについていた筈の遺体は、部屋の中をいらついた様に動き回っていた。 「あいつが元・勇者サマって所か」 「そのようですね。知能は、ある方でしょうか‥‥」 将門に頷く蜜葉。部屋の中を動く遺体は、一際立派な鎧を身につけている。剣は持っていないが、その腕は今死んだばかりのように太い。本来ならば、村の自慢のご先祖様の筈なのだが、今はずいぶんと禍々しい。まるで、瘴気に染め上げられたかのように。 「勇者サマが来るぞ! 新陰流‥‥参る!」 将門の新陰流の技が煌いた。刀に錬力をまとうその技には、通常の倍の力を乗せてある。だが、相手もまた『元・勇者』と呼ばれる存在。そう簡単にはダメージを与えられない。 「腐臭の漂うものは、毒をもっていると見て間違いないでしょうな」 「分かっております。不浄なる生に神の裁きを!」 盾とその体躯、そしてガードの技をもって、防衛に回っていたウィンストンが、そう言うと、その後ろからオーラをまとった蜜葉が、大声を上げた。咆哮の技こそ持っていないが、何とか目立てば、陽動にはなる筈だ。 「妹君、符を!」 「うんっ」 その間に、援護を頼む彼女。と、池瑠の手から、斬撃符が飛んで行く。ウィンストンが「それは違うと思いますぞ、嬢‥‥」と突っ込んだが、本人には聞こえていない。なので彼は、注意を引きつけるため、わざとその刃を前に出す。 「ふふふ、勇者を倒せば、あたしはさしずめ魔王って所かしらね?」 短刀を符に変える灯華。その笑みを見る限り、どっちが敵だかわからない。 「だが、このままじゃ埒があかねぇ。一気に決めるぞ!」 「心得ました。英霊の魂を穢す事なきよう、ここで眠りを与えます‥‥」 将門の刃から放たれたのは、焔陰。だが、それでも流石に勇者サマ。一撃程度ではおちやしない。逆に、将門へと向かってくる。そこへ、雑魚を相手にする必要のなくなった蜜葉が、その拳を受け止める。膂力に自信のない彼女は、徐々に後ろへと追いやられていくが、その信心からか、気合いでこらえていた。 「トドメをさしたら、箔がつくかしらっ?」 「このぉぉぉ、いい加減、倒れやがれェェ!」 そこへ、灯華が斬撃符を放ち、将門が叫び声と共に、戦塵烈波を使う。こうして、元勇者サマは、開拓者達の手で鎮められるのだった。 崩された死体を脇に避け、開拓者達は玄室を詳しく探ったが、副葬品の殆どは、既に奪われた後だった。玄室の規模から考えると、誰かが持ち去った可能性が高い。残ったのは、価値のわからぬものばかりで、灯華の望んだ剣もないが、船長に言えば、それなりの価格で売りさばいてくれるだろう。 「宝珠ってどうやって使うんだろ?やっぱり、こう、天に向かって掲げたりしたらぺっかーって光って瘴気がはれたりアヤカシやなんかが近寄れなくなったりするのかなぁ」 その墓泥棒は、どういうわけか宝珠を持ち去ってはいなかった。玄室を見守るように、台座に据えられていた宝玉。だが、その表面には大きくひびが入り、池瑠のいうようにはならないようだ。と、その周囲を調べている彼女に、ウィンストンがこう警告してくる。 「どうやら先に外へ出た方が良さそうですぞ。崩れてきたようですしな」 気付けば、足元が細かく振動しており、玄室を中心に、次々と壁に亀裂が入っている。それは、宝珠の壊された台座のあたりを発生源にしているようだ。 「どうしよう‥‥。これ、持って行ったほうが良いのかな?」 割れた宝珠を不安そうに持ち上げる池瑠。そんな彼女に、蜜葉は精霊の加護が宿ると言うエレメンタラーリングを祈りの形に握り締め、遥か遠い神々に捧げている。 「心配は要りません、我が身には神の御力。我が背には貴方がいますから」 「蜜葉らしいな。だが、それは実験してみなければわかるまい」 重度の信教者らしい発言に、その友人であるルーディは、入り口のストーンウォールをマジックキャンセルで排除しながら、そう答えている。 「よぉし、ゾンビ達、退けーー!」 池瑠が割れた宝珠を掲げた刹那、その宝珠が一瞬光り輝き、大きく割れる。ぱりんと降り注ぐ宝珠の欠片。それは、村の中を明るく照らし、薄暗かった森を光で満たす。 「どうやら、死体に必要なのは、魔力を持った光と言うところか‥‥」 ルーディがそう言った。村で、古文書を確かめなおすと、宝珠の光で照らしたとある。だが、どうやらそれで宝珠は力を使い果たしたらしく、宿す光を鈍らせていた。 「どうやら、長い間に宝珠のパワーが落ちてたみたいだな。やはり、伝説はアテにならねーって所か」 「強行突破になってしまいましたがね」 古文書と、砕けた破片を拾い集めながら、そう感想を述べる船長に、ブリザーストームで最後の一体を吹き飛ばしたルーディは、深くため息をつくのだった。 |