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■オープニング本文 ●和議に向けて 見渡せば角、角、角。 形や数に差異はあれど、彼らの頭には角が備わっていた。彼らを前にして、大伴能宗が一歩踏み出し、深々とこうべを垂れた。 「大伴能宗と申します」 修羅の隠れ里。 訪れた能宗、そして護衛を担当した開拓者たちを見て、里の鬼――いや、里の修羅たちは眼を丸くした。 「羅生丸‥‥おぬし、これはどういう了見じゃ」 「しかも、開拓者はまだしも‥‥こやつは朝廷の者。この里を露見させて何とする」 「酒天様の封印が弱まっておると見た故に、おぬしと茨木を送り出したというのに‥‥」 彼らの中央、ひときわ背の低い三人の老人――老婆とも老翁とも判別定かならぬ――は、しわくちゃの顔をさらにしかめて羅生丸を問い詰めた。対する羅生丸も、居心地が悪そうに頭をかきむしる。 「ばっちゃ、そんな事言ってもよ。酒天様が連れてけって‥‥」 「何だと‥‥?」 空気が凝固する。ある者は顎が外れんばかりに口を空け、ある者は目玉が転がり落ちそうなほど眼を見開き、手にした武器を取り落とす。皆茫然自失といった体で、しんと辺りが静まり返る。 「まぁ‥‥そういう事なのです」 能宗が苦笑いを浮かべた。 逢都。 その一画に、避難所と化したエリアがあった。簡易な小屋があちこちに立てられ、村ごとに集まっている。衛視や町の顔役によって、町の一画になっている部分もあるが、外輪部に関しては、スラムになっている一画もあった。 そんな一画に、避難民街にはそぐわぬ、朝廷の衛視の姿があった。1人2人なら、まだわかるものの、その数は十数人。何らかの任務を帯びて、スラム街を捜索しているのは明らかだ。 「一体何を探しているんだろうね」 「さぁ‥‥」 村人達が顔を見合わせている中、その兵士達はとある村の避難村までやってきた。そして、村長を呼び出してなにやら聞き込むと、いっせいに顔色を変える。 「本当に、その男装の少女を見たのだな?」 「はい。報告書によれば、うちの廟の封印をといたのは、もしかしたらその少女ではないかと‥‥」 それは、とある村で起きた動く死体騒動の事だった。他にも、酒天を捕まえるきっかけとなったあの祭で、その姿が目撃されている。 「よし、関係者を呼び出せ」 正直な村人が、村で起きた出来事を、洗いざらい話し、その結果呼び出されたのは、『関係者』の1人である船長だった。 「しらねぇよ。そんな白拍子のおじょーちゃんなんて」 が、船長は思いっきりばっくれる。 「だが、この報告にはそうあるが‥‥」 「俺がやってたのは、動く死体からの避難誘導とバリケード作りだ。もし、その白拍子の姉ちゃんとやらがいるなら、その村に行って確かめたらどうだい?」 実際、彼はその少女には会っていない。ただ、村人の手助けをして、被害が及ばないようにしていただけだ。直接会った事があるとすれば、開拓者だけだろうが、報告書にはそんな事一寸も書いていないように見受けられた。 「それも一理だな。だが、避難が終わった今では、そこにはもういるまい」 その村も、既に魔の森から追われ、都近くに避難しているそうだ。少女はアヤカシではないそうなので、もはや村にはいないだろうと類推された。 「で、ここにいるかもしれないと。しっかし、大の大人が、なんだってそんなお嬢ちゃん1人を追い掛け回しているんだよ」 「詳しくは知らん。だが、朝廷の命令で、その子が必要なんだそうだ。おまけにその娘は、とてつもない錬力を秘めていて、アヤカシに利用されているらしい」 下っ端に細かい説明は周知されていない。ただ、酒天と同じ修羅の一族である彼女は、アヤカシに狙われている。彼女を保護する事で、修羅との交渉を有利にしたいのかもしれない。ともあれ、少女を保護する事が必要なのだと言われているそうだ。 「文句があるなら上の方に言え。ともかく、そう言う娘を探してほしいんだ」 「高いぜ?」 にやりと、おぜぜのマークに指を丸めて見せる船長。 「無論。探索に協力してくれるのであれば、依頼料は出す」 「ちょっとした賞金首か。わかった、ならどこにいそうか情報寄越せ。仕事にするなら、それくらいのネタぁ必要だろう?」 ぐりぐりと首ねっこを押さえつける用につつく船長に、その衛視は「‥‥俺らが出したって言うなよ」と言いながら、少女‥‥茨木の容姿と大雑把な捜索場所を教えてくれるのだった。 その頃、当の白拍子は。 「みつかっちゃ、だめ? みつからない? 童子は居ないし、困ったな。困ったかな?」 困ったようには見えない場所で、とある廃屋に隠れていた。と、奥の闇から現れたのは、長い射程を持ちそうな弓を持った女性だ。 「困る事はない。我らの力になれば、何れ童子と会える。何も心配はしなくて良いのだ」 「弓使い、人間? アヤカシ? どっちかな。どっちでもないかな?」 首をかしげる少女に、弓使いの女性は、くしゃりと頭を撫でる。その姿は、手配書にある弓使いの樋そっくりだった。 「今は、貴女の味方。動機は違えども、目的は同じ。手を組む為には、案内しなさい」 ぐる‥‥と、足元で闇がうめいた。見れば、羽根を休めるように、大きな蜻蛉が鎮座している。 「弓、蜻蛉、童子。どれが本当? 朝廷は嫌い。嫌いなものには手を貸さない。それだけ」 自分に言い聞かせるように、少女の白い衣装が、闇へと消えた。 再び、船長。今度は、ギルドで雪姫と共に、大雑把な依頼を伝えていた。 「つーわけで、白拍子の格好をしたお嬢ちゃんとかくれんぼらしい。どうやら祭の時から、ちらほら見ていたらしいんだ」 不思議な喋り方をする14歳くらいの少女で、白拍子と呼ばれる男子の服を着ている。それを始めとして、衛視から聞き出した『大雑把な位置』を担当官と雪姫に告げていた。 「あれ? この子、お祭で見たのニャ」 「こいつが親玉で、こいつのパワーを引き出すために必要とか言ってたな」 酒天と茨木の絵姿を見た雪姫が、そう声を出す。 「この子、何かやったの?」 「さぁな。こいつの部下で、朝廷が気に入らないらしいんだが。ともかく、事情を聞くために、こいつをこの中から探し出すのが、今回の仕事だ。それならお前にも出来るよな?」 「あいあいさー」 かくれんぼの鬼ごっこなら子供の領分だ。元気にお返事する雪姫の頭を撫でながら、船長は依頼を張り出すのだった。 【白拍子の少女・茨木を探す。スラム地域に逃げ込んだらしい。何だかアヤカシに利用されてるらしいので、探して保護するのが依頼だ。裏になんか事情があるらしいが、まずは確保してからだ】 可愛い女の子が巻き込まれるのはごめんだとは、言わなかった。ロリ疑惑は払拭したいのだろう。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔 |
■リプレイ本文 依頼を受けた開拓者は、それぞれ手分けして、茨木の行方を追う事になった。かなーり小っちゃな坊主姿の秋桜(ia2482)が周辺の地図を手に入れ、船長から潜伏に適した場所や、往来の激しい場所を聞きだしたそこへ、竜哉(ia8037)が似姿を配っている。例特徴が凄くあるので、人々の口に上れば見つかるだろうと言うのは、鈴木 透子(ia5664)。 「さて、大伴殿への根回しはこれで大丈夫ですね。ギルド預かりになれば、酒天とも会えるでしょうし‥‥」 ギルドへの連絡を終えた雪切・透夜(ib0135)も聞き込みを開始していた。行き先は、自分の絵に興味を示しそうな人々のいる場所だ。その為に絵を覚えたわけではないのだが、今回はそれが役に立ちそうだった。 「さて、用意する食べ物はこの辺りで良いか‥‥」 それら打ち合わせを終えたオラース・カノーヴァ(ib0141)が手に入れたのは、この界隈で美味しいと評判のお団子だった。酒天の仲間だから、食い物には弱いだろうと言うのが、仲間の霧崎 灯華(ia1054)の弁。 そんなわけで、一行は散らばって捜索に赴いていた。うち、無月 幻十郎(ia0102)と柚乃(ia0638)は、廃屋となった神社に向かい、見つけてきた茨木を待つ算段だ。 順を追って行けば、捜索の物語は、秋桜のもとより始まる。 深すぎる編み笠を被り、申し訳程度の茣蓙を敷いて、旅の僧侶の姿となった彼女は、カモフラージュの為の小銭入れを置き、行き交う人々を監視していた。 人々も、衛視が動いているのは知っているのだろう。避難所のあちこちにある食堂兼集会所へとたどり着くと、裏へ回り、そのままシノビの隠密技を利用して、ひょいと天井へ上がっていた。屋根裏に坊主という、バレたら言い訳できないスタイルだが、幸いここにいるのは一般人。どこぞの屋敷というわけではないので、気付かれる心配はなさそうだった。 (ふむ。他にも探している方が要るのかしら‥‥) 数こそ少ないが、衛視もいるようだ。開拓者達とは違い、やみくもに聞いて回っているだけの様子。 (ああもう。これじゃ、邪魔にしかならないですわ) そのやり方では、相手方に気付かれ、隠れてしまうかもしれない。そう判断した彼女は、天井裏から撤収し、仲間へ伝達する事にした。 「まずは探しているのを、雪切様にお伝えしなければね」 僧侶の身分で、茶屋に向かうというのはありなんだろうか‥‥と言う心配は、せずとも良かった。食堂に併設された茶屋には、彼女のような偽僧侶だけではなく、普通の旅坊主が休憩中だったり、易者風のおっさんが、何やら宣伝活動中だったりしていたから。 「ああ、いたいた。雪切様、今日も大盛況ですわ」 その中心にいたのは、絵を書いていた雪切だ。茶屋の女性に、お団子を頼み、彼女はその横に座って、情報の交換をはじめる。 「それで、噂話を流すのはどうなったのですか?」 「お団子を奢ったら、協力してくれたよ。さっき、会わなかった?」 確かに見回してみれば、おしゃべりをしている面々の殆どには、みたらし団子が各2本づつか、大福が1個サービスされている。耳を傾けてみれば、その大半は、先ほどの食堂で聞いた話と同じものだ。 「その白拍子が探してるのが、例の酒天って奴だろ」 「なんでも、朝廷にいて、お上の出方を伺っているらしいぞ。どうするかは知らないけど」 そんなセリフが、あちこちで聞かれている。村人に演技力なんぞ欠片もないので‥‥いや、たまには、とても演技過剰な人もいるが‥‥、ちょっとわざとらしい感もあったが、何やらそう言う話が口に昇っている‥‥と言うのは、公開出来たようだった。 「衛視は食堂等人の多いところばかり探しているようなので、それ以外の所にいる可能性はありますわ」 秋桜が居なかったとした所を、地図に書き込んで行く透夜。残りは、あまり人の寄り付かない所だ。 「だとしたら、幻十郎さんのいる神社に現れるのも、そう遠いことではなさそうですね。見に行って見ましょうか」 「他の神社かもしれませんしね」 2人はそう確かめると、違う廃屋に向かおうとする。と、そこへ店の女性がお代を求めて呼び止めた。 「では、ノイ・リー船長に請求して下さいましな。港にいるはずですので」 にっこりと笑顔で、淀みなく答える秋桜だった。 その頃、竜哉は似姿を持って、聞き込みに回っていた。 「この子の頼みで、はぐれてしまった友達を探しているんだ。誰か、似た子を見た人がいないかな」 「うーん。こっちの奴は知らないけど、白い衣装を見た奴なら、わかると思う‥‥」 空振りが7割、目撃者が3割と言ったところだろう。衛視はその空振りに振り回されてしまい、美味く情報を集められていないようだ。 「目撃情報が、これとこれ‥‥と。ああそうだ。天儀とは違う羽織を着てそうだし、その辺からつついて行くか‥‥」 貰った地図に、目撃情報を書き込んで行く竜哉。興味深そうに覗き込んできた人に、その天儀のものとは違う服を尋ねれば、やはり人の少ない方にいった茨木らしき少女を目撃したそうだ。村人は、開拓者かと思ったそうだが。 「まずいな。避難民の少ない方。それに、あっちは治安のよろしくない方だ」 その地図を見返してみれば、彼女が目撃されたのは、人通りの少なくなる方向だ。避難している村人達は、人攫いが多いと言う噂を信じて、あまり近付かない区画だそうで、そのあと目撃証言はぷっつりと途絶えている。 「心無いことを考える輩がいるとも限らないな‥‥」 もしかしたら‥‥と言う考えがよぎる。戦乱が人心を荒ませると言うのは、何も今に限った話ではないのだ。そこまで考えた時、嫌な予感が現実になっていた。 「コラァ! そっちは俺の村の水場だ!」 井戸をめぐる騒動。天儀に限らず、少し資源の乏しい村では、まれによくある揉め事だ。 「まぁ待て。ここに避難をしている者は、皆平等だ。井戸が誰の、というわけでもあるまい」 そんな揉め事を、捨てて置けない竜哉は、思わず割って入る。だが、村人はそれぞれ違う村の出身らしく、異なる『取り決め』を持ち出して、言い争いを収める気配が無かった。 (争いごとは、当人だけではなく、周りにも被害を及ぼすと言うのに‥‥) こんな姿を、人に懐疑的な少女が見たら、失望するかもしれない。茨木が、人に絶望する顔は見たくはなかった。 「だいたい、お前の所のが、うちの水場や配給場所で、勝手に持って行ったんだろうが」 言い争いが、掴みかけた手で喧嘩に発展してしまっているのを見かね、思わず引き止める竜哉。そこへ、もう1人の開拓者が乱入してくる。 「ふむ。その話、少し詳しく聞かせてくれないか?」 その彼‥‥オラースが集めてきた情報を尋ねると、あまり人の来ない場所野生動物も多く、見知らぬ子供がまぎれても、問題ない場所を見つけてきてくれた。 「隠れられそうな場所の近くで、食い物の被害が多発してる。ひょっとして、その泥棒と言うのは、こんな子ではなかったか?」 オラースが、竜哉からひょいと似姿を取り、村人達に見せると、彼らは一様に刻々と頷く。詳しく聞くと、3日ほど前にここに現れたそうだ。 「ピックアップした所によると、その少女はだいたいこう言った木に現れるようだ。確かに、隠れ家があると考えるのが、妥当だな」 そう言うと、彼は集めた情報を見直していた。それによれば、確かに隠れられそうな場所が多くある。それに気付いた二人は、他の開拓者にもそれを教える為、集合場所と決めた廃屋の神社へと戻っていた。 「あ、おかえりなさーい」 柚乃が、神を後ろで束ね、打ち掛けをかぶった姿で、そう言ってきた。派手過ぎない少年の衣装は、とても動きやすそうである。 「こう言う場合、迷子になって困ってる子供になって、誘い出してみた方が良いかと思ってね」 「避難所で聞いてきたところ、やっぱりあちこちの隠れられそうな場所にいるそうです」 透子もそう聞いてきたようだ。衛視が見つけられなかったのは、その後の行方を追わなかったからだったらしい。いや、その直前に船長に引き渡したからだろうか。 「ここは、1つ誘い出して見るのが得策じゃないかねぇ」 そう言った幻十郎の回りには、ささやかな宴を提供する為の楽器やお菓子が置いてあるのだった。 その日、茨木の耳に届いてきたのは、楽しそうな音楽だった。 「野暮な事は言いなさんな。今は踊れぇ、歌ぇ」 横笛の音を響かせ、楽しげな歌や踊りが流れて行く。雪姫が旅一座と母から習った舞いを披露し、柚乃の相棒が、ふわふわとした尻尾を華を添える。その飼い主たる柚乃もまた。旅芸人のように笛を披露して、人を集めていた。 「おぉ。上手い上手い」 雪姫、船長と共に暮らすようになっていても、踊りは好きだったらしく、軽やかに踊っている。それは、柚乃も同じだった。 「いた‥‥」 周りを取り囲んでいた一人‥‥オラースが、その気配に気付いた。直観力の高い彼が見上げたのは、人々の目があまり向かない、高い梢だった。 「いいですか? 嘘や、隠し事はいけないと思います」 透子もまた、梢を見上げている。側に居た灯華が頷いて、じっと歌舞音曲を見つめている白拍子姿の彼女の後ろへと回り込む。 「あれ? 見つかった? 開拓者? 朝廷?」 途中で気付いた茨木が、その梢から、隣の屋根へと舞い降りる。そのまま、屋根伝いに逃げようとする彼女だが、その前に灯華は声をかけていた。 「お嬢ちゃん、どうしたのかしら?」 (かくれんぼの後に鬼ごっこってのは、面倒だしね‥‥) それに、動く死体の一件は、彼女の冒険心を満たすのに充分だったから。びくっと止まる彼女の前に回り込み、幻十郎が容易した焼き菓子を差し出す。 「ここで会ったのも何かの縁みたいだし、これ、一緒に食べない?」 「‥‥誰?」 そう聞きながらも、茨木の目は、手にした焼き菓子に釘付けだ。見れば、かなり痩せている。良いものは、食べていないように見えた。 「悩んでる事があるなら聞くけど?」 ほら、と差し出された焼き菓子。茨木は、少し躊躇っていたが、そっとそれを手に取った。 「いたいた。なぁ、少しの間だけ、俺たちの話を聞いてもらえないか?」 屋根に上ってきた幻十郎に、お菓子を持ったまま、首を傾げる茨木。その様子に、自分の名を名乗る幻十郎。 「俺は無月幻十郎。酒飲みだ」 と、茨木は、周囲を見回すと、観念したように、屋根から下りてきた。 「やっと会えたね。えぇと、なんて呼んだらいいのかな。‥‥茨ちゃん?」 「‥‥らき。里の子は、そう呼ぶ」 まっすぐ自分を見つめる柚乃に、彼女は少し照れたように、自身の愛称を口にする。 「らきちゃんか。羅生丸から聞いてるよ。里の事とかだけどね。それに、…本当に酒天の力を引き出せるの? 今のままだと、自身で身を守る術に乏しくて…」 心配そうにする柚乃に、茨木は少し心を許したようだ。だが、自信なさそうに『そう、言われてる』と視線を落とした。その先には、まだ手付かずの焼き菓子がある。オラースが『食べて良いぞ。たくさんあるから』と、団子と大福を差し出していた。堰切ったようにかぶりつく茨木に、灯華がくすりと笑う。 「その食べっぷり、どっかの角生やした糞ガキみたいね」 「童子の、こと?」 「そうだと思うよ。今彼は、ギルドにいるんだ。開拓者ギルド。わかる?」 透夜がそう尋ねると、こくんと頷く茨木。 「そうか。じゃあ、アヤカシが修羅を語り、暴れているのは知ってる? 確かに調停も関わるけど、酒天も関われる所に来て、彼を手助けして欲しいんだ」 「逢いたいなら、あたしと一緒にくる?」 開拓者が、自分達のギルドに、自らの主を保護している。それは分かったのだろう。茨木は、悩んでいるようだった。なので、今度は年の近そうな透子が、詳しい話を聞かせる事になる。横に座り、一緒に甘酒を飲んでいる姿は、ただ祭を楽しみにきた少女達にしか見えない。 「修羅は道理の通じる相手だって事は、他の人にも言ったの。理解してくれましたよ?」 ここに来るまで、透子は避難所で修羅に関する話を聞かせてみた。アヤカシと修羅との区別が、見た目で付かないと言われていたが、修羅が『誤解や筋違いの敵意を向けられることを少なくとも嫌う』と言う事は、理解してもらえたようだ。確かに、茨木に打ち市目笠をかぶせ、角を隠せば、人の子と変わらない。 「それに、もう開拓者と、協力的な朝廷の人を中心に修羅の里への行き来が始まっています」 「そう言えば、ばばさまから、そう聞いた‥‥」 羅生丸と同じように、里には戻っているらしい。そう彼女は、最後にこう締めくくる。 「それで、それを聞いた酒天は朝廷内で、朝廷の出方を見ているの。都で迷子になっている茨木を心配していましたよ?」 「童子が、私を?」 以外そうに、首をかしげる茨木。頷く透子。 「だから、こちらに来てもらえませんか? なるべく貴方の望むようにします」 ちょっと、考え込む仕草。彼女が、何らかの『答え』を出そうとした刹那だった。オラースが、何かに気付いて警戒した表情を見せる。 「ちょっと待て。何か、いる‥‥!」 言われた方向に耳を済ませてみれば、聞こえてくるのは羽音。直後、避難所の人々に悲鳴が上がる。 「アヤカシのようだな。こちらからは、あまり手を出さない方が無難だと思うが‥‥」 竜哉もそれに気付いたらしい。避難民をまるごと人質に取られているような状態に、うっかり手を出せない状況だ。確かに、人の多い場所で、広範囲魔法はぶっ放せない‥‥。 「ならば、お任せを。私がひきつけます」 一番素早い秋桜が、僧服を脱いだ。小さな背格好は、白い上着を真似れば、遠目にはどちらだかわからない。 「さぁ。こっちですよっ」 きしゃああっと追いかけるように現れたのは、報告書にあった通りの蟷螂型。 「あたしは優しいから、殲滅で勘弁してあげるわね」 その刃から避けながら、灯華はいつものように、にやりと笑うのだった。 そして、数時間後。茨木の姿は、開拓者ギルドにあった。彼女が身につけているのは、柚乃が用意した女性用の着物だ。 「これ、どうぞ。この先機会もあるでしょうし、そのときまた僕とお話しましょう」 透夜が、修羅に茶会のシーンを描いた1枚の絵を差し出している。不思議そうな茨木に、幻十郎が近いの代わりに小さなお猪口を差し出した。 「約束は守る。俺の刀‥‥。いや、酒に誓う」 「監視役の人達もいい人多かったし…大丈夫だと思うな」 酒を命の水と信じる彼にとっては、何よりも重い言葉。そこに柚乃が太鼓判を押す。 「‥‥いいのかな?」 「あたしは気にいった奴にしか手を貸さない、それだけよ♪」 申し訳なさそうな茨木に、灯華がなんでもないように言って、彼女をギルドへと送り出していた‥‥。 |