【砂輝】女神の遺洞
マスター名:姫野里美
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/29 00:20



■オープニング本文

●小さな依頼
 アル=カマルの開拓者ギルドは、仮設とはいえ大盛況だった
 これまでこの地では、開拓者がおらず、何か難事を持ち込むとすれば伝手を頼って傭兵を探さねばならなかったので、大変効率が悪かったのだ。
 だが、そこにジン‥‥つまり志体が多勢登録されていて、依頼と人が集中しているとあればこれを利用しない手は無い。料金は多少割高ではあるが、客人たちに対する好奇心もあって、多勢の人が訪れていた。
 とはいえ、物珍しさが先にたって、ギルドには冷やかしも多い。
 興味本位の依頼が増える傾向もあって、やはり、本当の意味で「信頼」は得られていないのだな、と実感するばかりだ。
「‥‥それで、こうした依頼から先に解決をなさる、と」
「さようです」
 三成の前に決済を求めて差し出された書類には、信頼獲得に向けての方策が記されていた。
「ふむ‥‥」
 まず第一に、重要性の高い依頼について、依頼者から徴収する依頼料を割り引く。第二に、開拓者たちに積極的に働きかけ、そうした依頼から優先的に解決して廻る。これを通じて、ギルドが頼れる存在であることをアピールしよう、ということだった。

●2つの女神像
 しかし、始めたばかりの場所と言うのは、とかくばたばたしているもの。天儀本島ですら、未整理の依頼が山積みになっていると言うのに、アル=カマルギルドにそれが追いついているとは言い難い。
「ふむ。新大陸で、龍の演習‥‥か」
 船長が、珍しく真面目な顔をして、神楽の都にある方の開拓者ギルドに通されていた。
「あるかまるは砂漠の国、と聞いております。しかし、まだまだ立ち上がったばかりで、龍の扱い方を心得ているかどうか不安な部分がありまして」
 すっかり出遅れた感はあるが、それでも砂漠での仕事はてんこもりである。人はいくらあっても足りない。そこで、船長にもお鉢が回ってきたようだ。
「それで、こっちから龍と乗り手を箱んで、演習と言うわけか。だが、開拓者達が持っているのは、龍ばかりではないぞ」
 もふらに蝦蟇、オロチに人妖。グライダーに管狐。最近は同化まで可能である。
「わかっております。場所は、砂漠と言っても岩壁の洞窟などがある場所なので、龍以外も活用出来るかと思われます」
 ギルドの職員が紹介してくれた所によると、砂漠の両側に、洞の開いた崖がそそり立っている、岸壁タイプの砂漠らしい。砂ばかりではない為、人が住んでいた形跡もあるそうだ。
「その輸送というわけか。しかし、それでは面白くないだろう」
 そこへ、船長の船に、龍などの大型相棒の止まれる場所を設置し、輸送した先で何か行うと言うところらしい。と、ギルド職員は「そうでもないんですよ、これが」と、1枚の絵を見せた。
「遺跡?」
「部屋は1つしかないのですが、ここに面白い女性像と宝珠、祭壇がありましてね」
 両側の岸壁に、一際大きな入り口の洞が1つずつある。龍達も入れそうな広い空間になっていて、一番奥に、女性を象ったレリーフが彫り込まれていた。レリーフ中央、ちょうど胸の辺りを飾るように、宝珠がはめ込まれているが、そのふくらみは双方が対照的に違っている。
「片方は胸が大きくて、片方が小さいか。何の謎賭けだ?」
「さぁ。絵を見る限り、かなり前のものだと言う話ですが」
 赤い宝珠を捧げ持つほうの女性像は、一般的な女性と比べても、かなり豊かな胸をしており、逆に青い宝珠を持った方は、思春期前の女性かと思えるような胸のサイズだった。両方とも、子供と言うわけではなく、脚は綺麗な女性である。
「まぁ、これならチームわけも難しくなさそうだな。それで、どれだけ運ぶ?」
「最大で15人程度となります」
 半々にわかれて、相手側の宝珠を確保するような形になるとのこと。ちなみに、宝珠は割と簡単に外せるらしい。
「‥‥わかった。それなりに改造が必要だが、準備が終わるまでには、人数が揃ってそうだな」
「よろしくお願いします。工事の手配はこちらで済ませて起きますので」
 いわば遺跡を舞台にした演習である。それならば‥‥と、船長は契約書に花押を記すのだった。

【アルカマルにて、龍の演習を行う。現場は女神像のある広場と、間が砂漠になっており、赤い宝珠の豊満な女神像と、青い宝珠の細身な女神像の2チームに分かれての模擬戦となる。移動までは船で行うが、現地での対応には、充分留意されたし】

 ギルドにそんな告知が乗ったのは、船の改造工事が始まった頃の事である。


■参加者一覧
白拍子青楼(ia0730
19歳・女・巫
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
ワイズ・ナルター(ib0991
30歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
沖田 嵐(ib5196
17歳・女・サ
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂


■リプレイ本文

「よろしくおねがいします〜」
 何はともあれ、ご挨拶。ほのぼのと挨拶してくるワイズ・ナルター(ib0991)に、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)もまた「よろしく頼むのじゃ」と答えていたのだが、それどころじゃない面々もいるようで。
「ところで、アレはなんじゃ?」
「ああ、ちょっと取り込んでいて‥‥」
 興味深そうに覗きこんだ先では、白拍子青楼(ia0730)が、おめめをうるうるさせながら、わんこを抱えて、船長に訴えていた。
「ノイ様〜、小太郎だって頑張ったらできる子ですもん‥‥。小太郎もご一緒でもいいでしょう‥‥?」
 ほっぺが膨らんでいる。が、船長はちょっと困った顔をして、頭を抱えている。
「いや別に、わんこだろうが人妖だろうが、止める権利は俺にはないんだが‥‥えぇい、涙目になるなっつーのー!」
「えうえうー」
 だってだってだって〜と、言葉になってない青楼に、ああもうっと駄々こねる子供をもてあましたおかん状態になった船長、がうがうと牙を向く。
「持ってって良いから! 別にペットの持込とか禁止しないから! 泣かないでチョーダイッ」
「わーい」
 どうやら、別に龍でなくてもよかったようだ。しかし、ヘルゥには大事な大事な相棒さんの1人。たとえ、あんまり懐いてなくても。
「剣は刃引き品を。ヤークートの爪には布を巻いて‥‥っと。いたい!」
 怪我をしないように、布を巻いていたところ、口の先で頭をつつかれてしまう。その後、折角巻いた布を口の先で器用にはがされてしまった所を見ると、嫌だったらしい。
「えぇい、嫌じゃからって頭を叩くでないっ」
 もう一度巻きなおすヘルゥちゃん。そんな地元住民ともいえる彼女の姿に、全身から汗をだくだく流しながら、剣桜花(ia1851)さんはけだるそうにしていた。
「ふう。それにしても、ここは暑いですねぇ」
「お水飲んどいてくださいよ。だいたい、何でそんな格好しているんです?」
 日差しがかなり強いにも関わらず、動き回っている彼女。おかげで、元々激しい露出が、かなりエロい事になっている。
「胸が見えてしまうし・・・・。あと、砂漠で演習すれば、ダイエットになりますよねー」
「ううむ、そうかの? 全然痩せてないと思うがの」
 ヘルゥさん、怪訝そうな顔。むしろ、お水飲まないと痩せる前に死ねそうだが、桜花サンは「だ、だいじょうぶちま。たえるちま・・・・」と、ひたすら我慢の子。
「ふふ‥‥」
「どうしたんですか? マハさん」
 その光景を見て、くすりと笑うマハ シャンク(ib6351)。ピー‥‥と、相棒のピーがよりそう中、彼女はワイズの問いにこう答えていた。
「いや、こう言うのも、悪くない‥‥と思ってな。これから先戦うだけの生活だけはごめんだし」
「ええ、可愛がってあげたいですしね」
 こうして、集まった面々は、豊かな胸チームが、桜花・ワイズ・笹倉 靖(ib6125)・ヘルゥ・沖田 嵐(ib5196)の5名、ぺったん胸チームが白拍子・バロン(ia6062)・将門(ib1770)・マハの4名となった。
「まぁ、俺も赤紅も赤好きだし、がんばって宝珠まもりましょーね?」
 笹倉の炎龍『赤紅』が、グルルと低く鳴いている。
「まぁ、こっちの腕はまだ未熟だし、胸を借りるつもりで行けば良いんじゃない?」
 一方で、嵐は並んだ面々の中に、経験の多いバロンが入るのを見て、礼を取っていた。修練場では、そうして強い人に当たるのもまた、立派な技術を磨く術となっている。
「だそうですよ、一緒に宝珠を守りましょうね? 小太郎」
「わう」
 ようやく機嫌の直った青楼が、小太郎をつれてとことこと洞穴の奥へと向かう。やたらと荷物が多いのは気のせいだろうか、それでも砂漠の中央に、陣地を示すラインが引かれ、立会人の船長が、スタンドアップの合図を送る。
「はじめっ!」
 青楼と小太郎の頭上を、GO! とばかりに龍達が飛び立って行った。

●前衛2人vs3人
 まず向かったのは、ぺったん胸チームのマハと将門だ。
「よし、こっちの方が早いな。行くぜ、マハ」
「心得た」
 相棒のピーと妙見に乗り、豊かな胸チームの陣地へと向かう。その様子に、演習開始前から念入りに作戦を説明していた桜花が、予想通りと繰り返す。
「やはり、将門殿とマハ殿が前衛ですか。まぁ、バロン殿が後衛でしょうね」
「どうするのじゃ?」
 首をかしげ、ちょっぴりおでこのあたりを傷だらけにしたヘルゥが、爪に布を巻いたヤークートに乗って、首をかしげてくる。
「では、将門殿はヘルゥ殿とワイズ殿で抑えてください。後衛のバロン殿には沖田殿が突撃してください。弓術師相手ですから距離を詰めれば少しは楽になるはずです」
「わかったのじゃ。行くぞ、ワイズ姉ぇ」
 頷いたヘルゥが、ワイズと共に将門の所へぶっ飛んで行った。いや、実際羽ばたいているのは、ヤークートとプファイルなのだが。
「他はどうするんだ?」
「マハ殿は私が相手をします。私の方が有利なはずなので、マハ殿を早めに無力化して他の支援に向かいます。白拍子殿はここに突撃でもしてこない限り気にしなくて良いでしょう」
 桜花がそう答えるなら、嵐は残ったバロンの相手をするべく、後方へと回り込む。が、それを受けるべきバロンは、余裕の表情で、嵐のほうへと龍の向きを変えた。
「まぁ、いつもの通りやるだけじゃな。いくぞ、ミストラル」
「グルゥ」
 鏃を外し、布を巻いた弓矢を取り出せば、相棒ミストラルは命令通り距離を取ってくれる。そんな様子に気付いているのかいないのか、大真面目に桜花がベティの速度を調節し、他の面々と足並みをそろえながら、マハまで突撃してくる。
「では‥‥嵩山流門下剣桜花推して参る」
 ベティの上から、素早く蹴り入れる桜花。だが、それよりマハのピーの方が早かった。
「まずは‥‥ピー、炎だ!」
「ピー」
 主の素早く距離を取ったピーが、主の指示を受け、火炎を放つ。近付くつもりだった桜花が、引き離されて慌てている。
「わわわっ。前衛なのに遠距離ってどう言う事ですかぁ!」
「悪いな。距離を取る作戦なんだ」
 マハが時々高速飛行を織り込みながら。駿龍の速度で持って、距離を引き剥がす。桜花が「ま、まちなさぁい!」と追い掛け回す
「追い込まれるわけにはいかん。避けろ、ピー」
 が、さすがに龍達の中で、もっとも速い龍である。ましてやある程度訓練されたピーに、殆ど訓練を受けていない炎龍が追いつける筈がない。
「ああんっ、やっぱりお手入れしてなかったからかしらっ」
 どんどん引き剥がされていくベティと桜花に、ピーが主の命を受けて、上空で翼を折りたたんだ。
「いまだ、やれ!」
「ああん‥‥っ」
 がつんっと大きく衝撃が走った。怪我をしないようにしているだが、どうやら攻撃を食らってしまったらしい。
「ほら、おぬしの出番はここで終了だ」
 そう言って、速度を落とすマハ。と、そこへ桜花がここぞとばかりに近付いてくる。
「あら、そうも行きませんわよっ」
「なにっ」
 まだ息が合ったつもりらしい。ぐぉんっと風を切るようにして、破軍を使う桜花。
「いきますわよー。絶破昇竜脚!」
「くうっ。速さではピーの方が速いのに」
 相手を掴んでひきづり落とすようなタイミングはなさそうだ。錬力がなくなったら接近戦をやるつもりでいたのだが、一気に女神像へ近づいた方が得策かもしれない。
「行かせませんわ!」
「だが抜けさせて貰う!」
 そのまま、追う者と追われる者になる2人だった。

●囮を抜けて
 そんな追いかけっこをしている姿を、もう1人のぺったん胸チーム前衛‥‥将門は、のんびりとそう言っていた。もし、ピンチならば守ろうとはしていたが、その必要は無かったかもしれない。
「うん、あれは降りなきゃマハの勝ちだったんだがな。まぁ、桜花のベティじゃ追いつけないだろうし。さて、もう一方は、と」
 今は逆に、残りのメンバーを引き寄せるのが先だ。そう思った将門は、囮として充分機能するべく、咆哮を上げる。
「マハ! 俺が時間を稼ぐ! 今のうちに宝珠を!」
「振り切ってからにします!」
 本来なら、普通のボリュームで用が足りるのだが、相手の片方は魔術師だ。その咆哮が精神に届く自信がない。案の定、「そうはさせるかちまー」と、ピーを追いかける桜花と、タイミングを見計らうワイズを他所に、ヘルゥだけがこっちへと向かってくる。
「兄ぃは歴戦の勇士じゃな‥‥じゃが、騎乗線や共闘戦術は、我らベドウィンが優れていると信じておる! 並の炎龍と思うて侮ると、痛い目をみるぞっ」
 まだ未熟者の自覚はあるが、アル=カマルのベドウィンたる者、その誇りを穢すような戦い方は出来ない。かと言って、正面にも回れない。しばらく考えた後、ヘルゥは迷わず宝珠銃「皇帝」の銃を向けた。
「ワイズ姉、参るのじゃ!」
「はいっ。いきます!」
 そんなヘルゥに声をかけられて、ワイズもまたサンダーをお見舞いしていた。しかし、将門はそれなりに心の力が強く、さらに妙見の速さは、プファイルとほぼ互角。
「えぇいっ」
「ぐあっ。流石に魔法は厳しいなっ」
 それでも、プファイルの力に助けられる形で、なんとか一進一退を繰り返すワイズ。将門もまた。なんとか妙見と共に引き寄せたいが、向かってくる様子はなさそうだ。もっとも、ヘルゥの攻撃も、将門には避けられてしまうのだが。
「むうう。何故当たらんのじゃー!」
「年季が違うって奴だよ。ほら、食らえー」
 逆に、将門に攻撃を食らってしまうワイズ。近くまで寄られては勝ち目はない。慌てて彼女はこう命じていた。
「きゃっ、プファイル、硬質化よ!」
 がっきんとプファイルの鎧が硬くなる。しかし、将門自身の膂力が龍並以上に強く、その防御が破られてしまう。
「さすが兄ぃの剣。我らの龍でもダメージが通るのう」
「勉強にはなりますけど、痛そうです〜」
 鞘に入れたままとは言え、真っ赤になっちゃっているプファイトのお肌を、申し訳なさそうになでなでするワイズ。と、それを見たヤークートが、指示も受けずに、将門の真正面へと回りこんでいた。
「わわっ。ヤークート何をしておるっ」
「危険です。将門さんの攻撃範囲に接近しない用にしないと‥‥」
 ヘルゥとワイズが止めるものの、聞きやしない。どうやら、真正面から挑みたいようで、さり気にチャージの構えを取っている。
「むぅぅ。こうなったら仕方がない。わかった。いくのじゃっ! ワイズ姉ぇ、もう一度魔法を頼むのじゃ!」
「わかりました。プファイル、行くわよ!」
 ワイズがそう言いながら、サンダーの詠唱に入った。そんな彼女の動きを隠すように、ヤークートとヘルゥが前に出る。
「こんのぉぉぉぉ!」
 駆け抜ける龍と人。妙見も負けてはいない。魔法を食らってたまらぬと、彼女を止めにかかる。が、その直後だった。
「えぇいっ」
 空に煌く稲妻が、将門へとヒットする。気を失ってこそいないが、明らかな攻撃当たり判定に、将門はスピードを落としてくれたように見えた。
「くっ、まさかそう来るとはな。だが、見てみろ」
 が、その切っ先は、マハの方を向いている。
「ああっ。しまったぁ! ひょっとして兄ィ、こっちは‥‥」
「囮だよ」
 どうやら、桜花の作戦は、完全に逆に作用してしまったようだ。

●女神様と一緒
 その頃、青い宝珠のぺったん胸さんチームの陣地では、お舟の旅をたっぷりと楽しんだ青楼が、洞穴の中に茣蓙を広げていた。
「よいしょっと。小太郎、これが我らが守る女神像ですのよ?」
 その正面には、スレンダーなボディを持つ女神の像がある。微笑を携えた綺麗な女性の像を見せ、小太郎に説明すると、頭の良い子なこたくんは、なんとなくこれを守るんだと理解したのか、「くうん」と鼻を鳴らしてくれた。
「よしよし。いい子に話を聞いてくれる子ですね」
「わう」
 そう答えたこたが、持ってきた水筒とお菓子を、器用に並べてくれる。お茶会仕様となった茣蓙の上に、お尻ぺったんした青楼は、並んだ水筒を、小太郎につけてあげた。
「喉が乾きましたら、飲みますのよ?」
「わう。くうん‥‥」
 離れて行動するのがわかったのだろう。悲しそうに聞こえる声に、逆に不安になってしまう青楼。しかし、ここは主としてじっと我慢の子だ。と、そんな彼女に、こたくんが小さな玉を咥えてきた。
「これは、お手玉?」
「わう」
 どうやら、心配してくれているらしい。保護者のつもりでいるのか、ぺろりと頬を舐めてくれた。
「ありがとう、心配してくれるのですね。小太郎、がんばりますのよっ」
「わうーーん」
 そう言って励ますと、彼女は洞窟の外へと、小太郎の向きを変えた。送り出すのは、青楼ではない。彼女はここで女神像を守るほうだ。
「ああ、小太郎は大丈夫でしょうか‥‥。ちゃんと麦茶を飲んでくれると良いのですけど‥‥。女神様、どうか小太郎をお守りくださいな‥‥」
 だが、はらはらうろうろと、洞穴内をいったりきたりする姿は、どっちが守っているのかわからない。

●弓と拳
 さて、一方では後衛の戦いが始まっていた。
「他の2人は任せておいたほうがよさそうだな。行くぜパロンのおっさん」
 とは言え、その後衛に挑むのは、どうみたって前衛な嵐である。
「低空飛行の技術も向上させねばなるまい」
 一方のバロンはと言うと、地面と並行するようにミストラルを飛ばし、カザークショットで嵐を狙う。
「く、さすがに撃ってきたな。けど、集団戦は回りもみないと」
 自分もダメージを追いながら、周囲を気遣う嵐。しかしバロン翁は、そんな暇など与えてくれない。
「遅い。そこはわしの距離じゃ。油断しておると、あっという間に蜂の巣になるぞ」
 命中を上げたそれで、目を離した者から容赦なく撃つ。が、その対象に、嵐の姿がなかった。
「そうでもない奴もいるみたいだけどねっ」
 声は、真下から聞こえてきた。
「噛み付け! 赤雷!」
 そう言うと、脚が地面を蹴り飛ばした。その反動で速度を速めた赤雷は、螺旋の軌道で急上昇する。この角度なら、バロンはミストラルの体が邪魔になって弓を打てないだろう。
「ほう。下から突っ込んできたか。だが、当たらん!」
 確かに、バロンは矢を撃たなかった。が、かわりにミストラルはその身をさらに高く飛ばさせる。赤雷の牙は空中を噛み、嵐の薙刀は、何もない場所を薙ぐ。
「ぐあーーー、とどかねぇぇぇ!」
「わざわざそちらの間合いで戦ってやるほど、わしは人がよくはない」
 接近戦が弱点である事は、バロンもよく知っている。なので、ミストラルには距離を取らせる事を優先させたようだ。元々、龍は下から上に攻撃する行動にはあまり向いていない。加えて、全力移動だった。
「近付けばどうにかなると思ったか?当然こちらも警戒しておる、甘いのだよ」
 相手が警戒している事を計算に入れていなかった嵐に、今度はバロンのショットが遅いかかったのは、言うまでもなかった。
「やっぱ完敗かぁ。もう少しどうにかなると思ったけどなぁ」
「そうじゃなー、力量差のある場合、相手の弱点をうまく突くようにしないと、勝てんものじゃしの。今回は、それがうまくいかんかっただけの話じゃ。あれが下からではなく、上からいった場合は、また話は違うし、螺旋の軌道は撹乱にはなるが、こう言った場合では、入れずに当てた方が良かったかも知れぬ。まぁ、いずれにしろ、こう上手くは行っておらなんじゃろうな」
 予想通りかぁと残念そうな嵐に、バロン翁はきちんと原因と対処方を教えてくれた。あくまでも技術向上のための演習。相手憎しというわけではないから。
 ただ、その2人から、宝珠を取りに行くと言う概念がすっぽ抜けていたのは、見るだに明らかである。

●抜けた先には
 それぞれの演習が経験になって行く一方、赤い宝珠の女神像の付近では、赤紅に乗った笹倉が様子を見に来ていた。
「さすがに声をかけとく余裕がなかったかー。そりゃあ、連携取るわけじゃないしなぁ」
 回復を優先させようとしていた彼、嵐とバロンの戦闘風景に声をかけに行ったものの、それどころじゃなかったようだ。おまけに、そこへ現れたのは、ぺったん胸チームの包囲網を抜けてきたマハの姿だ。
「余所見をしてる暇なんかあるの?」
「やはり来たなー。って、何くっつけてるんだよ」
 しかも、その後ろには、未だに桜花が「待つぉー!」と、しつこく追い掛け回している。
「ひょっとして止めきれなかったんか」
 呆れる笹倉。もっとも、マハは最初から止める気なんぞない。抜ける気ではいたけど。
「あー‥‥そう言うことか‥‥。まぁ、それなら足止めしましょうかね」
「出来ると思うな」
 ずいっと前に出る笹倉だが、マハの方が力量も龍も格上なのは承知している。と言うか、相手は泰拳士でこっちは巫女。
「さすがに1人では無理があるかもしれんなー。こりゃ」
 そう判断した笹倉は、くるりと踵を返すと、女神像の洞穴へと潜り込んでいた。洞穴に龍が入れるほどの大きさは1つしかない。しかし、その他の洞穴はいくつも開いているいる。
「何、どこへ消えた?」
「こっちだよっ」
 あっかんべーと窓から顔を覗かせる笹倉。中でどうなっているのか分からないが、少なくともマハのピーでは入れない。
「えぇい出て来い。そんなところに潜むなー!」
 まるで縁日の光景のように、ひょこひょこと顔を出す笹倉と赤紅を、マハはきょろきょろと目で追っている。決して確認出来ない動きではないのだが、記憶が曖昧になっていく。
 と、そうしていた直後だった。
「‥‥わう」
 聞き覚えのあるわんこの声。気付けば、青楼の小太郎が、とことこと女神像へ向かっているところだ。
「あっ。待て小太郎! そっちいくんじゃない!」
「‥‥わうわう、わうっ」
 慌てて追いかける笹倉だったが、結構な速さで、置いてけぼりを食らってしまう。
「だぁぁっ。赤紅でも追いつけないだと? 天井が低いせいかっ」
 抜き足を使ったせいで、気付かずにいたようだ。元々、龍とさほど素早さの変わらない忍犬は、あっさりと女神像にじゃれ付く。
「‥‥わぉーん」
 ドヤ顔した小太郎は、しっかりと赤い宝珠をくわえ込んでいるのだった。

●訓練の結果
 で、結果。ぺったん胸チームの勝利だった。まぁ、龍や相棒の力を存分に引き出せるか否かの他、自分自身と相棒の力を認知しているか否かも、勝負の分かれ目だったのだろう。
「お疲れ様でしたー」
 勝ち負けに関わらず、元気良く挨拶する桜花サン。しかし、約2名は、既に相棒を労っている状態。
「こた〜。無事だったのですね〜。しかも宝珠まで取ってきてくれるなんて〜。偉い子ですわぁぁ」
「プファイル〜よく頑張ってね〜もっともっと強くなろね〜〜」
 周りがどん引きするほど、なで回されて、小太郎もプファイルもちょっとくすぐったそうだ。マハも、「うん、よく頑張った。しかし、この調子で他の龍達も訓練させてやらないとな」と、ピーと絆を深めている。
「しっかし、結局この女神像と宝珠ってなんなんだろうな?」
 が、中には、その旗印となった女神像に興味がある嵐のようなタイプもいるようだ。
「この前星の宝珠を見たが、あの宝珠も対になっておったな。…何か関係あるのかの?」
 ヘルゥもしげしげと女神像を観察しているが、彼女の耳からはぷしゅうっと知恵熱らしき湯気が出ている。
「やはりこの遺跡は古代からきょぬーとひんぬーの争いが綿々と続いてきたことを意味するのでしょう…」
 その様子に、桜花が彼女達も納得しそうだと思える回答を用意してくるのだった。
 ただし、真贋のほどは定かではない。