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■オープニング本文 天儀は広い。 何しろ、国が6個も収まるような、だだ広い島である。 しかし、町へ出れば、人々の営みは、さほど大差なかった。ごく一般的な村や町ならば、萱と板、時折瓦の混じった家々が立ち並び、農業を中心とするならば田畑が、その他の産業を中心とするならば、それ相応の施設がある。 今回、舞台となったのは、いつもの森に面した村々ではなかった。道に立ち並ぶ家は、皆瓦葺き。入り口には大きく格子窓が張られ、小さな土間と、その横の畳張りの部屋が透けて見える。そこには、着飾った女性達が、愛嬌を振りまいている。だがそこにはどこか影がある女性達。そう、いわゆる花街だった。 「きゃー。このもふらさま可愛いー☆」 「いやーん。私にもなでさせてー」 「こらこら、お客様のもふらさまでしょ。きちんと預かっておかないと」 その花街の一角で、女性達の人垣が出来ていた。中心にいるのは、直径1尺ほど‥‥ジルベリアの測量法で言うと30cmくらいの、両腕で抱えやすい大きさのもふらさまだ。一般的なもふらさまより、かなり小さいそのもふらさまが、きゃいきゃいと相手されているのを見て、手前で頭を抱えている青年が1人。 「って言うか、お前ら客の相手しろよ」 この辺りでは珍しい銀髪をお持ちの青年である。船乗りらしく、袖を切った着物を見につけていた。が、決して漁師には見えない。その証拠に、持っている武器は、船乗りには手に入らないジルベリア製だ。女性達に「えーん、船長のいぢわるぅ」と訴えられている所を見ると、何らかの船に関わる御仁であろう事は予想できるのだが。 「お前らへの手土産じゃねぇんだよ。ほらぷらぁと、お前もこっちきな」 「もふ」 ぶうぶうと女性達から文句が上がる中、もふられていた小さいもふらさまは、ひょいっとその『船長』の腕へ収まってしまった。そこへ、奥から少し年配の女性が出てくる。品の良さそうな奥方と言った風情の女将さんは、女性達を一瞥すると、こう言った。 「ああ、リーさん。ちょっと頼みたい事があるんだけど、ええかね?」 「えー」 きゃっと悲鳴を上げた女性達が、小言を恐れて背後に隠れる中、船長は不満そうに口を尖らせた。が、女将はおめめの片方だけ器用に吊り上げ、「断るなら、店のツケ、今払って貰うけど」と、大福帳を見せる。 「‥‥仕方ねぇなぁ。で、頼みってなんだよ」 「きな。こっちさ」 やはり、溜まったツケは重そうだ。そう思いながら、リー船長は女将の後へ付いていき、店の奥へと向かう。裏の土蔵。店で使う酒や季節外れの品がしまわれているその一画には、格子で囲まれた座敷牢とも言うべきスペースがあった。 「うううううっ」 その中に、女性が1人。髪を振り乱し、乱れた着物もそのままに、四つんばいになり、まるで牙を向く狼のように、うなりを上げている。もちろん、瞳に光は宿っていない。 「ここ数日、こんな調子でねぇ。店に出せないんだよ」 困ったようにそう言う女将。店どころか、人としての心を持ち合わせているかも分からない。格子には小窓がついており、水や食事が差し入れられるようになっており、膳も用意されていたが、人が箸をつけたようには見えなかった。 「食事を運んだら、腕を噛まれちまってね。結構な強さで、この通りなんだが‥‥。問題はその時の血や肉を美味そうに食ってたんだよ‥‥」 着物を捲り上げた女将の腕は、包帯が何重にも巻かれ、血が滲んでいる。そして、その時を境に、土蔵の周囲から動物の姿が消えたと。 「こいつは‥‥。この子だけなのかい?」 さっきまでの色町を楽しみに来た若旦那‥‥と言った風情は欠片もなりを潜め、厳しい顔つきをしている船長。怯えた腕のぷらぁとが、もふと鳴く。そしてそれに反応して、座敷牢の女性が狼の吼え声を上げた。 「それが、他の店でもちょこちょこ出ててね」 何でも、女将の話では、近隣の店でも、店の従業員に似たような症状が出ているそうな。そして、寄り合いで確かめた所、生きた血肉を求めているとの事だった。 「心当たりはないのかい?」 「人の出入りは多いさね。アヤカシを見つけられないくらいにさ」 何でも、この子がおかしくなった日に、船でアヤカシの潜入騒動があり、店まで検査の役人が押し寄せてきたそうだ。その時は、何も見つからなかったのだが、騒ぎに乗じて、華やかな町に紛れ込んだアヤカシがいてもおかしくないとのこと。 「俺の船が入港した時期か‥‥」 船長も、港でそんな騒動を目撃した事を覚えていた。その時、ぷらぁとが何か怯えた様子を見せ、港の外れに、黒い煙が上がっていた事を記憶している。今思えばそれは、アヤカシの瘴気だったのかもしれない。 「悪いんだけど、頼めるかい?」 女将がそう言って座敷牢の鍵を渡す。そして、土蔵の裏に止めた箱車を指し示した。どうやら、人知れずどうにかしろと言いたいらしい。 「今人手が足りねえんだよな。他に何人か雇う事になる。構わないか?」 手段も、結果も伝えられない。ただ女将は『店に迷惑が掛からなければ』と言うのみだ。代わりに、彼女は懐から皮袋をとんっと置く。 「こいつは礼金だ。いつものように頼むよ」 全ての判断は船長に任されていた。皮の匂いに反応する女性に、憐憫の視線を落とした彼は、静かに「わかった」と頷くのだった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
紅(ia0165)
20歳・女・志
水火神・未央(ia0331)
21歳・女・志
黒鳶丸(ia0499)
30歳・男・サ
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
霧葉紫蓮(ia0982)
19歳・男・志
柏木 万騎(ia1100)
25歳・女・志
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ |
■リプレイ本文 花街。 にぎやかな外見とは裏腹に、その裏には闇が潜む。 「原因を突き止めて、何とか元に戻したいですね」 町の陰を感じさせない赤い提灯と雪洞。その光景を見回しながら、水火神・未央(ia0331)が呟く。今回、依頼を受けた志体の持ち主達は、2班に分かれて、原因の調査に当たっていた。 すなわち、大門周辺:紅(ia0165)、霧葉紫蓮(ia0982)、未央、柏木 万騎(ia1100)。花街:北條 黯羽(ia0072)、黒鳶丸(ia0499)、蘭 志狼(ia0805)、鬼灯 仄(ia1257)である。 「商売の邪魔にならねぇ時間っつーと、これくらいだよなぁ・・・・」 そう言う北條。眠らぬ町と称される地域なので、営業の終わった朝を狙い、聞き込みを開始する。 「この種の絡め手は気に入らん‥‥」 「そう言うない。まさか営業真っ最中に、アヤカシ捜して怒鳴り込むわけにも以下ねーだろ?」 強者どもが夢の跡・・・・とはよく言ったもので、飲み過ぎてダウンして店から放り出されてる奴もいる。蘭がそんな光景に敬遠している中、北條は勝手しったるなんとやらといった風情で、店ののれんをくぐった。 「今日は遊びにきたんじゃねぇんだ。ちょっくら聞きたい事があってなー」 常連なので、気軽なものだ。時折揶揄されながら、仄は店の実質的な管理責任者であるやり手婆を呼び出す。どうやら、そちらは仄に任せて安心そうだ。それを見て取った北條は、裏に回って女性達の世話係であり、見習い勤務中の少女・・・・かむろを呼び出す。 「嬢ちゃん、姉さんの事、ちょっくら俺に話しちゃくれないかい?」 言動こそ厳しい口調だが、それでも女性である。その為、警戒なんぞかけらも抱かず、かむろは聞かれた事を答えてくれる。 「数日前なんだが、変なものを見たら、教えてほしいんだ」 かむろ、そう言えば・・・・と、教えてくれた。何でも、裏通りにあたる狛犬通りで、狼の鳴き声が聞こえて、あわててお店に逃げ帰り、怒られた事があるとか。暗くて、瘴気が出ていたかどうかはわからないそうだ。 「ふむ、狛犬通りか‥‥」 本来、狛犬とは守護役のはずなのだが・・・・と、考え込む蘭。 「女将さんは、けがの具合はどうや? この時期、化膿するとえらいことになるからな。悪くせんように注意してな」 一方、鳶丸は仄が呼び出したやり手婆に、症状を訪ねていた。なお、誤解のないように言うと、やり手婆は役職名なので、実際は仄とあまり変わらない。 「優しい人やねぇ。そこの唐変木どもとは偉い違いだよ」 「ダレが唐変木じゃいっ。俺はリーの野郎とは違うわな」 おかげで、こんな憎まれ口もたたきあう。 「まぁまぁ、んで、けがをしたのは女将さんだけなのかい?」 間に割って入るふりをして、必要な事を聞き出す。それによると、皆どこかをかじられたらしい。 「怪我した人、偉いことになってへん?」 女将自身は普通の怪我だが、その後寄り合いが起きていないので、それ以上の大変なことになっているかは、わからないそうだ。 「そういえば、その症状のでた奴って、実際何人なん?」 正確な人数が知りたいが、女将は5人と言い、かむろは4人と聞く。 「どうも言い分が食い違うな。大門組にも聞いてみるか・・・・」 さてその頃、華やかな中心部とは離れて、もう半分の班は、大門へ向かっていた。文字通り巨大な門があり、女性は身元を保証するモノを提示する必要があるらしい。ギルドから渡された依頼受領証を見せ、彼らは大門での調査を開始していた。 「で、船長。事件当時にいた船に、話を聞けないだろうか?」 その1人、紅がリー船長にそう尋ねている。それによると、半分くらいの船は、すでに出港してしまったが、残り半分はまだ残ってるそうだ。早速、その残りの船にアプローチしに行く紅。 「なるほど‥‥。やはり狼の鳴き声が聞こえたようだな」 その船の乗組員の話では、ちょうど荷を下ろしていた辺りから、倉庫に沿うようにして、狼の目撃情報が続く。 「ふむ。出入りが多いところばかりだな。そうだ、ぷらぁとを借りても良いか?」 怪訝そうに首をかしげているもふらさまのぷらぁと。なんでだ? と、同じ様に首をかしげる船長に、彼女はこう告げた。 「いや、アヤカシに反応していたようなのでなー」 「ああ、それか。たぶん、ただのびびりだ。昨日なんか、大雨でメソメソしてたぜ」 黒雲と瘴気の区別なんてついていないのだろう。 「大丈夫ですよ。雨の神様は、ぷらぁとちゃんをいじめたりしませんー」 そんなぷらぁとをなでなでしている万騎。ぷらぁとはと言うと、慣れているのか大人しくしていた。 「当時いた船の連中も、まだこの界隈にいそうだな・・・・」 そう言って、周囲を見回す紅。しかし、どれが船員で、どれが町人なのかは、今ひとつわからない。と、紫蓮が大門の内側を指し示して、こう言った。 「別に船員じゃなくてもかまわんさ。たとえば・・・・あいつとかな」 入り口には、足抜けした者や、代金を踏み倒す者がいないように、見張りの役人達が交代で詰める小屋がある。そこをじーっと見つめていた紫蓮に、向こうが気付いて声をかけてきた。 「いや、実は神楽の都から来たんだが・・・・」 事情を話す紫蓮。潜入騒動があった日に、変わった事がなかったか聞くと、やはり狼の鳴き声が、大門のすぐ外にある木立から聞こえ、その直後に騒動が起きたそうだ。鳴き声がしたのは夜なので、その前に瘴気が噴出していたかどうかは、わからないとのこと。 「結構、大がかりな騒動だったようだな」 何でも、何人か不審なものを番屋へ連れて行き、一通り氏素性と事情を尋ねて回ったらしい。が、どれもこれも、アヤカシとは無縁だったそうだ。役人の話では、今頃は憂さ晴らしにおねえちゃんをくどいている最中だろうとの事。近所の市で、紫蓮が甘味と鶏を手に入れた時にも、そんな話を聞かされたので、確かなのだろう。 「何かおかしな事ねぇ・・・・。狼の鳴き声がしてたってのは確かに聞いたけど・・・・」 その容疑者となった者を、紅が聞き出して尋ねに行く。それによれば、やはり狼の鳴き声が、花町のあちこちで聞かれたようだ。しかし、証言は港の入り口、大門のあたり、関所小屋と、バラバラである。その証言を一つ一つ地図に書き込んで行った紫蓮が、こう口にした。 「どうやら、狼達は、港の積み荷に紛れるなりして入り込み、そのまま花街まで匂いを追っていったようだな」 そこで、アヤカシに憑依されたか、病を撒き散らしたか。いずれにしろ、きらびやかな花街の実が虚構であり、生きる心の闇に付け込まれたのではないかと、彼は思う。 「で、そのあとぷっつりか」 「狼ですから、外側のお堀から入り込んでも、誰も文句言いませんね」 花街には、ぐるりと深い堀が掘られている。逃亡を防ぐ為の手段だそうだが、獣が泳いでいるだけなら、気にも止めないだろう。 「ただ、聞こえたのは1匹だったそうだ。もし複数だったら、とっくの昔に討伐隊を出しているってさ」 紅が聞いていた所によると、複数で連絡を取り合っているようには見えなかったようだ。 「とにかく、足取りを追ってみましょう」 未央が、その場所を優先的に調べてみようと言い出す。その意見に従い、一向は最後に狼の鳴き声が聞こえた辺りへと向かった。 「えぇと、聞こえたのがこの辺りですから‥‥」 高い塀。それを見上げた未央が見たのは、塀の上にも見える、赤い格子戸。そこに、紫蓮は見覚えがあった。 「この店は‥‥」 路地から表に回る。 「依頼のあった店、だな」 怪訝そうにしている女将は、最初に依頼をしてきた御仁だ。 「どうやら、このあたりを花街組と照らしあわせてみる必要があるようですね」 そう促す未央。頷いた開拓者達は、店の暖簾をくぐり、花街組の到着を待つのだった。 店の作りは、どこも似ている。 表はそれぞれの趣向をこらしているようだったが、裏を返せばすべて同じだった。 花街の華やかさを象徴するのが、格子戸なら、その影を象徴するのは、地下の仕置き部屋と言ったところだろう。 「やはり、ここにいる娘がアヤカシの本体みたいだな」 窓すらない暗い部屋。壁には仕置き用の道具だろう竹刀から、何に使うかわからない道具までいろいろある。その片隅に、目指す牢はあった。 「他の子は、影響を受けてるだけでしょうね」 念のため、ほかの店の娘の様子を確かめに行った未央が、そう報告してくる。みてきた限り、娘達はおびえたように片隅でふるえていた。その様子は、まるで狂犬病にかかった犬のようだった。 「ううううう‥‥」 威嚇し、牙を剥く女性。そんな彼女に、万騎がぷらぁとをぎゅっと抱えながら訴える。 「かわいそうです・・・・」 「ああ。早く何とかしてやらんとな」 そう答える仄。店の女将が「旦那、危ないですよ」と注意する中、彼は構わず鍵を開けて、中へと入り込んでしまう。 「大丈夫だ。ほら、こっちにおいで」 じりじりと距離を詰める鳶丸。が、女性は目をぎらりと輝かせ、吼えながら鳶丸へと踊りかかる。 「がうがうがうっ」 ぱしんっとはたき、まるで伝え聞く闘牛のように、扉を閉める。牢の格子ギリギリまで迫った彼女を見て、鳶丸は一言。 「噛み跡があるわけではなさそうだな」 どうやら憑依で間違いなさそうだ。蘭が「女将、数日前の行動なんだが‥‥」と確かめると、確かに騒動のあった日、狼の声が聞こえた狛犬どおりのとある座敷まで、お勤めに行っている。 「ふむ、姉の回復術が試せればよかったのだがな‥‥」 残念そうに言う紫蓮。聞き込みに、思いの他時間がかかってしまったが故の結果だ。医者に診て貰うのは既にやっているそうで、意味がない模様。 「どうする。憑依された可能性もあると思うが、5人じゃちぃと手にあまらぁな」 仄がそう言った。と、万騎がこう尋ねてくる。 「船長さん、このあたりで、騒ぎが起きても目立たなかったり、うまく外に出られる場所とかありませんか?」 この界隈は、周囲に堀が張り巡らせてある。主に逃亡を防ぐ為だそうで、出入りは大門を身分証提示の上くぐるか、死体になるしかない。 「ただ、それは人の姿をした奴だけの話で、狼とかアヤカシとかこいつにはあんまり関わりはねぇなー」 にやりと笑う船長。どうやら、餅は餅屋と言ったところか。 「何とか、討伐やなしに、ケリつけたいもんや。それに、こいつを振り回せんで済むなら、それが良いやろ」 「‥‥そうだなぁ、この状況だと、死体になってるのもかわらねぇし、何とかなるだろ。こっちだ」 その証拠に、鳶丸が深々と嘆息し、刀の柄に手をかける。予想通り、花街の中ではなく、外へと案内される。 「これは‥‥」 裏口においてあるのは、丈夫そうな棺おけだ。誰も、葬列には関わりたくないと言うところか。 「うううう」 「だ、大丈夫ですよ。苛めたりしませんから。ただ、ちょっと我慢して下さいね」 威嚇する女性に、万騎がそう言って、近づく 「がうううっ!」 しかし、その刹那、吼えながらかじりつこうとする女性。なんとか拘束させようとするが、下手をすれば傷つけてしまう。 「多少怪我は残るかもしれないが、仕方がないっ」 蘭がそう言いながら、縄をかけた。引きちぎろうとするそれを、強力発動で押さえつける。その間に、北條が呪縛符で拘束し、棺おけの中に入れていた。そこへ蓋をする仄。あんまり気が進まないが、仕方がない。 「く、思ったより力が‥‥っ」 だが、中の娘は、外に出ようと暴れている。丈夫なはずの棺おけが、みしりと軋んだ。その刹那、リー船長、が通りの裏で叫ぶ。 「お前ら、こっちだ!」 「ああっ。待ってくださいましぃ」 慌てて飛び出した彼女が見たのは、堀の先にある川へ横付けした小型船の姿だった。どうやら、無理やり乗り上げてきたらしく、周囲に川の魚がびちびちと跳ねている。そこへ、棺おけごと叩き込む仄と蘭。 「これで、出てきてくれればいいのですが‥‥」 囮の準備を始める未央。中では、うめき声と共に、女性が引っかく音が聞こえてきた。 「これ以上閉じ込めておくと、女性を傷つけそうです。紫蓮さん、おねがいします」 「相手は、単純なおおかみのようだからな‥‥」 未央の指示を受け、紫蓮は離れた場所に、鶏をつるした。そして、持っていた刀で、首を切り落とす。それと同時に、仄が棺おけの蓋を開け、血の匂いを直接吸わせる。 「がぁぁぁっ!!」 にゅるり、と。まるで首が抜け出るかのように、その中から、黒い狼の形をしたものが抜け出てくる。残された女性は、ばさりと棺おけの中に崩れ落ちた。 「正体を現しやがったな‥‥」 どうやら、囮になる必要は無かったようだ。鶏を食いちぎり、腹の中に収めたアヤカシは、まだ足りないと言いたげに、くるりとこちらを振り返った。その目は、餌を求めて、ぎらりと輝いている。 「これが元凶のようですね。皆さん、女性を巻き込まないように!」 「再憑依なんて、されたくもないわなっ」 未央の指示に、北條が答えた刹那、狼はそこへ向かって突進していた。あわてて回避した北條に、紫蓮が、預かっていた長脇差を投げてよこす。彼がそれをぱしっと受け取った時、反対側で吼える蘭。 「貴様らの相手は此処だ! 蘭志狼、参るッ!」 それは力ある咆哮。その声に引かれ、振り返る狼。突進してきたが、蘭はそれを受け止める構えだ。 「人を狂わすアヤカシ。黙って済むとは思わない事だ」 代わりに刀となったのは、紅。獣同然の相手だ。爪と牙に気をつけながら、足を狙う。活性化させた技がうなり、神速の居合いで切りつける。それと同時に、万騎が巻き撃ちを打ち込み、最後に北條が呪縛符で足元を固めたところに、姉の蓮華もかけつけ、皆で成敗とあいなっていた。あっという間に、狼はもとの瘴気に戻されていく。 「女性は‥‥!」 姉への挨拶もそこそこに、駆け寄る紫蓮。しかし、残されたのは、魂のないうつろな表情。いきてはいるけれど。 「駄目です。抜け殻にしかなってません」 未央が首を横に振った。 「かわいそうにな。抜け出る時に食われちまったみたいだ」 船長の話では、完全に乗っ取られてしまうと、心や魂を食われてしまうらしい。悔しげな表情の中、紫蓮がこう尋ねてきた。 「船長、この子達、しかるべき場所に連れて行くわけにはいかないか?」 「かまわねぇさ。元々、そう言う商売だしな」 養生所を兼ねた神社なら、近くにあるそうだ。と、それを聞いた彼、市で買ってきた飴玉を、彼女達の口に含ませる。 「疲れたときには、甘味がいいって言うしな。見た目だけでも、元に戻してやろう」 「どうにも、女は鬼門だ…」 その光景を、つらそうに見る蘭。そんな彼の横で、仄がしんみりと弔い酒を捧げているのだった。 |