|
■オープニング本文 ●アヤカシの暗躍 報告書を読み終えた大伴は、深いため息をついた。 「ふむ‥‥困ったことになったのう」 補佐役のギルド職員らも眉を寄せ、渋い表情で互いに顔を見合わせる。 交渉役を務めていた朝廷と修羅の使者が殺された。しかも、会場の護衛役によって。現地は互いに刃を向けつつの解散となり、修羅たちが逗留する寺の周囲は一触即発の空気が漂っている。 だが、希望はまだ失われていない。 「酒天殿からの連絡――随行員であった修羅の少女がアヤカシの姿を見たとの報告は、確かなのじゃな?」 「はい。調べによれば上級アヤカシ『惰良毒丸』ではないかと‥‥」 その言葉に、大伴は強く頷いた。 「あい解った。和議をアヤカシの妨害によって頓挫させてはならぬ。直ちに依頼を準備するのじゃ」 ●茨木の不運 茨木は困っていた。 主である酒天は、天儀王朝と和を結ぶ事を選んだ。 茨木も、人の心に触れ、彼らもまた自分達に好意的だと思っていた。 だが、物事はそう上手く行かないもので、彼女が使者へと立った修羅の里 では、王朝に起きた仲たがいのせいで、雰囲気が悪くなっていた‥‥。 「やはり人は信用出来ない」 「しかし、あれは朝廷の送り込んだ間者だと言うぞ」 神楽の都から遠く離れた廃寺。ここには今、魔の森に追われた、修羅の人々が身を寄せ合っている。その護衛と先導者となった茨木は、言い合う修羅達に、困惑の表情を隠せずにいた。 「姫様、どうなされるのです。このまま、何もせず里に帰ると言う手段もありますが」 「酒天様と合流し、手を打つべきかと」 様々な村人に言われ、茨木はその村人達から距離を置く。 「ごめん、なさい。今は、考えるとき。私は、考えるの」 独特の言いまわしで、寺を出る彼女。そのまま、近くにある里が見下ろせる丘の上へと向かう。里では、煮炊きの煙が立ち昇り、修羅の里と何らかわりはない。 「どうするの? どうもしないの? でも、人は好き。朝廷は、嫌い? 里の皆も好き。だから、どうしよう」 朝廷と修羅達の間に、確執のある事は知っていた。元々、後ろ向きで始まった和睦。藤原家を説得する人々と、修羅達を説得する人々と。そこまでして、自分達は関わりを持たなければならないのだろうか。いっそ里で大人しく暮らす方が良いのじゃないか。 少女の脳裏に、様々な思いが浮かび、消えて行く。首を左右交互に傾けながら、彼女が解決策を模索していた時だった。 「あれは。何?」 皆が避難しているのは、郊外の廃寺だった。かなりの広さを持っているそこは、幾つかの寺が集まっていた場所である。その一角に、見慣れない『鬼』の姿。 「アレは、人の子じゃない。修羅‥‥違う。ケモノ、違う。ケモノは寺には来ない‥‥」 茨木の記憶の中で、開拓者ギルドで見た1枚の絵姿と重なる。確か‥‥弓弦童子。アヤカシの頭領。彼女がそう思い、近付いて行った。その木陰から、しゅるりと抜け出るもう一体。 「そうか。惰良毒丸は‥‥。上手くやった‥‥」 切れ切れにそう聞こえる。何者だろうと気にした直後、だった。 「おや。いい手土産がおりまするな」 真後ろで、そう聞こえた。はっと振り返ると、自分の影から姿を見せる鬼の姿。あ、と思ったときには遅く、気がついた時には、アヤカシのヌラリとした腕の中。 「お館様に良い食事が」 「運べそう、かな」 気を失った彼女を運ぶ影の鬼達。その先には、里へ進む弓弦童子の姿があった。 ●童子の『食事』 そして、その寺の麓にある里で、事件は起きた。 「村はずれの荒れ寺に、鬼がいる?」 「それが、不思議なんだ。集まっているのは俺らに角生えた奴ばっかで、中には凄く可愛い貧乳の娘っ子までいるし」 廃寺にいる修羅達の事を、そう評する村人達。と、その1人‥‥村長であろうか。村人とは少し違う衣服を身につけた青年が言う。 「落ち着け。修羅と言うのは、華国の猫族さんや、ジルベリアのエルフさんと同じように、人間とは違う種族ってだけらしい。廃寺にいるのは、たぶん魔の森から逃げてきた修羅さんなんだろう」 「じゃあ、何とかしなきゃいけないんじゃねーの? 可愛そうだろ」 基本的に良い人な村人さんは、困っている人は助けなければ精神で、どうしようと相談しはじめる。 「でも、里には大事な精霊像があるし‥‥。無理は出来ないよなぁ」 「だから、修羅さん達は獣やアヤカシと違うって!」 あまり余裕はないし、向こうから言われているわけでもないから‥‥と言うのが主だが、若い衆の中には茨木に惹かれて、お近づきに行きたい者達もいたり。 だが、そんな話をしていた直後だった。 「ならば、あわせてやろうか」 どこからとも鳴くそんな声が聞こえたと童子に、影と言う影から現れる、アヤカシの群れ。彼らは、悲鳴を上げる人々を浚い、影の中へと消えて行く。時には、手に余る者を殺し、その生き血をすする様に食らう。 「美味よのう。久方ぶりの食事は」 影から影へと渡るアヤカシは、弓弦童子の元へと集まっていく。その傍らには、非常食とも言いたげに、人の意思を失った茨木が座らせられていた。 「大変だ‥‥。あんな可愛い子まで捕まってるなんて‥‥」 開拓者ギルドに、救出と討伐の命が下った事は言うまでもない。 「弓弦童子がとある寺に滞在しているようです。近くには修羅の滞在する寺があり、その1人が囚われて居ます。他にも多数の村人が食事に供されている可能性があり、一刻も早い救助が必要です。討伐まではしなくても構いませんが、周辺の里を襲う可能性があるので、出来れば追い払って下さい」 中々難易度の高い依頼である。 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
月酌 幻鬼(ia4931)
30歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 それぞれの思いはあれど、目的はひとつ。弓弦童子と相対し、茨木の救出及び里の被害を防ぐ事。 「それで、いったいどうすんだ?」 緋那岐(ib5664)の問いに、答えたのは鈴木 透子(ia5664)だ。 「まずは救出を第一に。無用な戦いは避けた方が無難かと」 彼女が解説するには、影鬼対策に、影が出来難い廃寺の屋根を伝い、救出する案だそうだ。 「にしても、修羅の事となると、必ずといっていいくらいに、弓弦童子の陰があるようですが、やはり何かあるのでしょうか」 「修羅という媒体は、悲しみを引き起こすのに格好の餌食なのかもしれませんね」 秋桜(ia2482)の疑問に、そう答える透子。策謀は色々めぐらせるが、その目的はひとつ。食事であり侵食。その侵食に対抗する為、足音の目立つ屋根班と、それを囮に潜入する班に分ける事にした。身長の高い月酌 幻鬼(ia4931)とその相棒の鬼灯 恵那(ia6686)、そして身長も胸囲も高いセシリア=L=モルゲン(ib5665)が地上組に回る。 その最中、透子にはやる事があったようで、仲間達がそれぞれ準備と用意をする中、彼女は村へと向かっていた。 「という訳なので、ご協力をお願いします。まずは、廃寺の構造を教えていただきたく」 村人によると、寺の構造はごく簡単なものらしい。確かに広さはあるが、迷うほどの事ではないようだ。 「ありがとうございます。そうすると、見取り図はこのような所でしょうか」 「うん。だいたいあってる」 すらすらと地図を書き記す透子に頷く村人さん。と、そこにセシリアが地爆霊の符を設置した事を告げてくる。 「地縛霊、設置してきたわよぉ。場所はここね」 「ありがとうございます。皆にも教えて上げてくださいな」 地の利については、霧崎 灯華(ia1054)も調べている筈だ。そう言われ、セシリアは地図を片手に村の市へ赴いた灯華と合流している。 「はぁい。地図は覚えた?」 「それほど難しくない地理だしね。都でお菓子買っておいてよかったわ」 村の店はさほど多くない。その為、彼女の懐には、神楽の都で手に入れた、動き回っても壊れないと評判の飴がある。ふつうの飴よりも柔らかいと評判のそれは、直撃を受けたとて砕ける心配はないだろう。 「まともに相手できるような敵ではないからねぇ。下手に手間取ってらんないし。便利に使ってくれればいいわよぉ」 んふ。と色っぽく符をひらひらさせるセシリアさん。見た目は違った意味でごついが、透子の作戦を正しく理解してくれているようだ。 「同意です。では、次は修羅のみなさまですね。話を聞いてくれればいいのですが‥‥」 ため息が漏れてしまうのは、昨今の情勢上、仕方がないと言うものだろう。 修羅達のいる場所へたどり着いた透子は、早速彼らに説得を試みていた。 「姫様に開拓者の友人がいることは聞いていたが‥‥また個性的な方々が集まりましたな‥‥」 見るからに開拓者と言った風体の彼女達に、応対に出た修羅が、唸り声を上げている。 「姫様を助ける為にも、協力をお願いします。バラバラでは無理です」 その声は、警戒の意味ではないだろう。そう思った透子は、かねてより考えていた作戦を告げた。 「危険なのは承知の上です。でも、私たちは止めても助けにいくと思います。だから」 開拓者達が屋根の上に進むのより、少し遅れて侵入して貰う。ただそれだけ。 「わかった。姫様の友人ならば、仕方がない」 「ありがとうございます。では、私たちの少し後で進入するようお願いします。それと、村人のことも」 揉めているのは承知だ。里の事や、あまり良い雰囲気ではない事を考慮しているのだろう。また唸り始めてしまった修羅達に、彼女はこう続けた。 「あちらは、修羅と人が信頼しあっている空気が、たぶん一番嫌いでしょうから」 共通の仲間を助ける為に修羅と人が共に戦った噂が広がれば、それは弓弦童子にとってはきっと不利益になる。上手くすれば諦めて去るかもしれないから。 しばらく沈黙の時が流れた後、彼らはこう言った。 「人の子と仲良くなれるかはわからないけど、姫様なら知らないふりは出来ないかもしれんな」 修羅もまた、村人達と同じように、良き人々なのだろう。 そして、準備を終えた一行は二手に分かれる事になった。 「では行ってきます。あとはよしなに」 潜入組になった玲璃(ia1114)が、深々と頭を下げる。その姿は、市女笠と外套で身を包み、装備を隠して、一般人に見えるようにしてある。 「承りました。陰のある場所には、霊を配置しました。皆様、よろしくお願いします」 透子は屋根上班となり、影鬼が上ってきそうな位置に、地爆霊を撒いて行く。 「さぁて。そんじゃ始めますかね」 屋根の上によじ登る緋那岐。桜もまた、同じようによじ登った。だが、同じ場所にいる事はない。それぞれ別の位置に陣取り、囮作戦が開始される。 「現れましたわね。落ちないように願います」 シノビの技は、機敏さを旨とする。様子を見に来たのか、ぽつぽつと姿を見せた影鬼を相手に、秋桜は早駆を使う。それを見て、緋那岐もまた屋根の上で盛大に足元を踏みしめる。盛大な屋根瓦の音が鳴り響く中、緋那岐は人魂を飛ばして周囲の様子を探る。と、程なくして、様子を見に来た影鬼が、その影に潜む姿が目撃されたり。 「幼少時からよく屋敷を抜け出してたんだ。これくらい…でも落ちたら痛そうだなぁ」 村の平屋は、さほど高さはない。秋桜なら、なんの被害も受けないだろう。現に彼女は、屋根の上で三角跳びを使っている。 「当たらないようにするのが囮ですわよ」 「そりゃそうだ。って、おわぁっ」 もっとも、陰陽師の緋那岐に、そこまでの素早さはない。屋根上を駆け回り、影鬼に攻撃を仕掛ける。 が、2人とも防御を考えていなかった。囮なので、ある意味仕方がないのだが、影鬼はそこを許すほど甘くはない。 「危ないっ」 「このぉ! 止まれっつーの!」 ざしゅりと影鬼の一撃が飛んだ。緋那岐の呪縛符が動きを止め、火炎獣が襲うも、影に入られる。地爆霊がしかけられている場所は、気付いているのかいないのか、ひっかからない。おまけに、釣られてくるのは雑魚ばかりだ。 「やっぱり釣れませんよね。何とかして引き止めたい所なんですが」 「この状況じゃ無理だろ」 ぜぇはぁと息を整える秋桜。まだ、合図の狼煙は上がっていない。そんな彼らの耳に届いたのは、鍬や金鉢を打ち鳴らす村人と修羅の姿だ。 「どうやら、我々の思いは通じたようですわ」 ほっとしたように、透子が言う。彼らは、自分達の頼みを聞いてくれたらしい。 「ならば、出て来るまで押し留めるだけです」 「違いないっ」 それは、秋桜と緋那岐にとっても、充分な戦う理由になるのだった。 屋根の上で行動を開始した囮班を見て、潜入班も行動を開始していた。 「向こうも始まったようね。じゃ、久々に手数重視で行くわよ」 潜入班が敵に出会うまでには、まだ時間がある。斬撃符を用意する。 「それは良いが、童子はどこかしらね」 鬼灯が周囲を見回しながら、目的を探す。だが、外の喧騒と違い、影も多く、また沈黙が支配する空間には、緊張だけが漂っていた。 「こっちの動きに対して、ボスがどう動くか読みきれないしねぇ」 「でも、いるのは確かなんでしょ。影鬼とかも、まだいるだろうし」 表に出た影鬼が全てだとは思えない鬼灯。見つからないように、慎重に進もうとする。問題は、彼女の技術ではシノビほど上手くはならなかったのだが。 「こっちだと思うんですが‥‥」 一方で、、瘴索結界「念」でアヤカシの位置や数、動きを探査する玲璃。やはり潜入組のセシリアが、茨木の場所を確かめるべく、「どんなかんじかしら?」と尋ねてくる。 「一部は囮班に向かったようです。もう1つは村人の法へ向かいましたが‥‥あまり気にしている風ではありませんね。残りの半数はまだ本堂です」 その様子を報告してくれる玲璃さん。アヤカシ達の警戒網のほころびを縫うべく、彼らが出来るだけいない所を探って行く。と、しばらくして、緩やかな弦の音が聞こえて来た。 「それじゃ行こう、鬼さん。ふふ、楽しみだなぁ…」 「狙うは童子ただ1人ぞ。他の人質に興味はない」 その音色の袂へ向かう鬼2人。 「人質の方は、こちらで何とかします」 「そーね。後ろはあたし任せて、一気に行しましょ♪」 するりと玲璃が人質達の方へ向かうような素振りを見せた。入れ替わるようにして、灯華が符を出して、攻撃を開始する。 「騒々しい。何の騒ぎだ。おや?」 「弓弦、覚悟!」 音が止まった刹那、まず切り込んで行く鬼。その傍らには、うつつのままの茨木。その切っ先が、自身ではなく茨木との間に向いている事を見抜き、弓弦は鼻で笑い飛ばした。 「ふん。これだから人の子は血気盛んで困るねぇ」 刹那、彼の影から現れるアヤカシ。茨木はその後ろだ。 「早く逃がしてあげてね。斬るのに邪魔だし」 「はいはい。援護はしますよ」 鬼灯に言われ、玲璃は精霊の唄を奏でる。しかし、弓弦は奏でる手を休めなかった。 「甘いな。その程度では斬ることなどできんよ。ほうれ」 「うあぁぁぁっ」 弦の動きが変わる。直後、その場にいた面々の頭を強烈な頭痛が襲う。が、玲璃の口元に、笑みが浮かんだ。 「援護を、頼みます‥‥!」 弓弦に、外套が投げつけられる。一瞬視界を遮ったそこを、宝珠銃「エア・スティーラー」の銃口が、彼の弦に撃ち放たれた。 「こっちが後衛だと思いましたか? 残念でした。違うんですよね」 「そうか。それはよかったな」 奏でる指先は止まらない。だが、旋律は変わる。それでも、玲璃は茨木に飛びついていた。 「くうっ。弦は貰って行きますよ! あと、姫ぎみもね!」 そのまま抱え込み、彼女を保護しようとする。が、そこまで相手も甘くない。近づいた刹那、思いっきり蹴り飛ばされる。 「代償は高いぞ」 「ぐあぁっ」 離れた地面に転がる玲璃。その続く一撃を受け止めたのは、鬼の1人。援護で間合いを詰めた彼は、鬼灯と共に、弓弦へとその刃を撃ち下ろす。 「別に救うというわではない。ただ戦闘で邪魔なだけなんだからな!!」 「救出の為にやるしかないわよねぇ♪ うふふ、あははは、楽しいなぁ! すごいすごい!」 ここで弓弦を倒せるとは思っていない。だが、相手は強大だ。いくら打ち込んでも、打ち過ぎると言う事はない。 「はいはい。皆さんそう言われますよ。大丈夫ですか?」 その間に、抱えた茨木に、解術の法を試みる玲璃。ほどなくして、彼女の瞳に、意思の光が宿る。 「私‥‥?」 「完全にと言うわけではないようですね。これで何とか解呪出来れば良いのですが‥‥」 どうやら、かけられて日が浅い為か、それほど重傷な事にはなっていなかったらしい。はたと見回して、戦闘中である事を認識し、手を伸ばす。 「だめ‥‥!」 「ダメなのはそっちよ。雑魚は雑魚らしく、引っ込んでなさい!」 その盾となったのは灯華。今回は悲恋姫は使えない。変わりに、斬撃符が血の花を降らすように舞う。 「ふふ、あはは♪楽しいなぁ…すごいすごい!」 「修羅が憎い、人が憎い。我、人に為らざる鬼であれたしと。黒き鬼であれたしと、まつろわぬ者であれたしと、アヤカシを喰え、修羅を斬れ、人を里を焼き尽くせと。憎い憎い憎い、こうしてる俺が憎い、人に生まれた俺が憎い!!!」 その花を浴びながら、がしがしと刃を振り下ろす鬼灯と鬼。背後に上る黒い焔は、人の子でありながら人でなき扱いを受けた者達の悲しみなのだろうか。 弓弦、喰わせロ‥‥! 「あたしのダチに手を出したこと後悔する間もあげないわよ!」 双刃の煌きに、血の契約。それは、代償の行為。 「無謀だな」 ぎぃんっと弦が鳴り響いた。その音源は、彼ら前衛班を容赦なく切り裂く。悲鳴の強弱こそあったが、床に転がる3人。 「なるほど。まぁいい。ちょっとした土産にするつもりだったが、ここは返してあげよう。囮も追いついてきたようだしね」 たたたっと屋根の上から音がする。伽藍の窓からかけつけたのは緋那岐。 「しかし、なんでこうも修羅絡みに干渉するかね? 弓弦ちゃんて修羅大好き?」 既に彼は、堂の扉に手を欠けたところだ。その手に、茨木が握られていない事を見て取った秋桜は反転し、手裏剣を足元へと投げつける。 「折角ですもの。メイドの土産に教えてくれません? 因縁を」 祭の大戦の折同じ戦場で合間見えたとはいえ、一介の開拓者如きを覚えている訳もないだろう。そう思い、尋ねる彼女。 「おぬしらぬ話す事でもあるまい。さて、そろそろ行くとしようか」 「皆、避けて頂戴っ」 弦に手を欠けた刹那、セシリアの影がよぎった。直後、周囲を覆い隠す煙の山。 「皆さん、今のうちに!」 今のうちにと、自身の体を盾にして、茨木と他の開拓者達を逃そうとする玲璃。 「そうはいかないわよぉん。妨害くらい、させてもらうわぁ」 だが、かばうのは彼ばかりではない。煙幕を浸かったセシリアも、符を投げつけて、戻る道を確保するのだった。 時間がさほどたっていなかったせいか、茨木は程なくして正気を取り戻していた。意識を取り戻した彼女は、覗きこんだ秋桜始め、何れも血の跡が残る姿な事に気付き、申し訳なさそうにうなだれる。 「ごめん、なさい」 既に、透子の手によって、修羅も人も一緒に、犠牲者が弔われている。それもまた、心に深く突き刺さったらしい。 「ほらほら。あんたは悪くないんだから。それより、お腹すいたでしょ?」 そんな彼女に、灯華は持っていた柔らか飴を差し出す。 「ありが、とう。甘い‥‥」 「食欲はあるみたいだけど、体は大丈夫?」 受け取って口に含む茨木。聞かれて、頷いて。そして立ち上がってみせる。 「元気じゃない? ううん、大丈夫。ちゃんと、踊れる」 「…お前が茨木?妹から話は聞いてる。まぁよろしく」 そんな彼女に、緋那岐がにかっと笑顔で手を差し出した。一瞬、戸惑ったものの、その手を取る茨木に、彼は頼まれていた手紙を渡す。 『らきちゃんへ。神楽で美味しい甘味のお店見つけました。今度一緒に食べにいこうね♪』 彼自身は初対面だったが、じぃっとその手紙と緋那岐を見比べ、わかったように言った。 「ああ、同じ顔、女の子? 違う。男の子」 「大丈夫です? 混乱してはいませんね? 怖かったのでしょう」 それが、独特の言い回しだと気付き、秋桜がそっと頭を撫でる。怖かったのだろう。ぽろぽろと涙をこぼす茨木を抱き寄せ、妹をそうするように、ぎゅっと抱き締める。 「前に言ったでしょ? あたしは気に入った奴には手を貸すって。それにあたし達友達じゃない♪」 そんな2人に、灯華はそう言ってくれるのだった。 |