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■オープニング本文 夏と言って、人々はなにを思い出すだろうか。 西瓜にお盆に花火に浴衣。おおむね風情のある光景だろう。 だが、夏に出没するのは、そればかりではなかったのだった。 天儀の一画にある港。場所は、食料輸入の都合から、港の整備が著しい東房王国だ。その南端に位置するそこは、天輪宗の末端に連ねる小さな寺町だった。 「よし、納品完了だ。帰るぞ、ぷらぁと」 「もふっ」 木箱に『修行用黒猫褌』と墨で記されたそれを、中心部の小さな寺に納品したリー船長とぷらぁと。用件は済んだとばかりに、回れ右をして、港へと戻ろうとする。 その刹那、港のほうから、耳に残る嫌な羽音が聞こえて来た。 プィィィィィィィィン 「‥‥蚊か?」 怪訝そうに周囲を見回す船長。ぷらぁとは、そんな嫌な音は聞こえていないようで、もふもふと首の後ろ辺りを前足でかきかきしている。 しかし、その周囲では、「ここのところ、蚊が増えたと思わないか?」とか言いながら、夏に必須の蚊帳の中で、藁細工を作成している村人AB。その内側では、強い匂いを発する野草が煙を上げている。 と、その時だった。 「大変だ! 村の倉庫が燃えている!」 駆け込んでくる村人C。 「なにぃぃ!」 あわてて外に飛び出す村人。船長も釣られておいかける。と、遠くの小屋が炎をあげており、周囲に強烈な匂いをまき散らしていた。どうやら、虫除けの草も一緒に燃えちゃっているらしい。 「ったく、どうしてこうも面倒に巻き込まれるかな。おい、ぷらぁと。こいつ乗せてけっ」 「も、もふー?」 いきなり大きな天水桶を担がされ、驚くぷらぁと。が、漂っている煙に、ただならぬものを感じたのか、わたわたと船長についてくる。 「おう、大丈夫だったかい?」 ばしゅうっと水をかけ、何とか消火するものの、燃えやすい草や木が黒こげになっている。倉庫に収められていたのは、どうやら夏に特有の虫をいぶす草木だったらしく、周囲には強烈な匂いが立ち込めていた。 プゥゥゥゥゥゥン‥‥ 「なんだあれ‥‥」 直後、まるで、狙い済ましたかのように、あのいやな羽音が聞こえてきた。しかも、盛大な音量で。 「って、あの蚊、大きいぞ!?」 まるで雲のようにと言ったほうが適切だろう。その1匹1匹は、そろそろ山の方から下りてきそうなトンボくらいの大きさがあった。人の皮膚を突き刺しそうな鋭い口も、ぎょろりとした複眼も、足元のぎざぎざの足も、しっかりばっちり見えている。 プゥゥゥゥゥゥン‥‥ その蚊は、大きな羽音を立てたまま、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。その途中で、鼠が1匹、群を横切ったのだが。 プゥゥゥゥゥゥン‥‥! 羽音と速度が一段階上がり、その鼠に追いつく。直後、鼠はききっと短く声を上げて、転がってしまった。見れば、まるで干からびたようになっている。代わりに、蚊がちょっと膨れた。 「まずいな。逃げろ! そいつはアヤカシだ!」 船長が呆然としている村人達に叫んだ。蚊は既に、村人達に向かってきてしまっている。慌てて蚊帳の中に駆け込む村人だが、集団となったアヤカシ蚊に、安全が保てるかというのは微妙である。 かくして、人々はこの暑いにも関わらず、家にこもる羽目になるのだった。 数日後、船長の船に、村を束ねる寺の住職さんがいた。 「だーーーかーーーらーーー。なーーーんで俺んところに、除虫菊の代用が回ってくるんだよ!」 ぎゃんぎゃんもふもふと騒ぎ立てる船長に、「うるさいよ。面倒だから、とっとと退治しといで」とか言いながら、支度金を渡している。 「俺ぁこんなことしたいわけじゃねぇんだよ。とっとと何とかしてくれ!」 「はぁ‥‥」 船長が、その金を持って開拓者ギルドへかけこんだのは、その直後のことだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
赤城 京也(ia0123)
22歳・男・サ
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
縁(ia3208)
19歳・女・陰
ジンベエ(ia3656)
26歳・男・サ |
■リプレイ本文 東房王国の南端。村のある場所は、小さな寺町がいくつも存在するうちの一画だ。網の目の用に張り巡らされた小さな街道を、僧侶達が編傘を片手に行き来する。そんな中、件の村へと急ぐ開拓者達の荷物には、こんもりと積み上げられた蚊帳があった。 「蚊は結構侮れない素早さを持っているからねぇ」 そう語る俳沢折々(ia0401)。普通の蚊でも、退治するのには、それなりの素早さを要する。まずは逃げられないように網を張る事が必要だった。文字通りの意味で。 「多少古臭いけどな」 「我慢我慢。アヤカシ退治のためだもの」 酒々井 統真(ia0893)にそう答える彼女。手荒に扱う可能性がある。使い古しならば、そちらの方が好都合と言うものだ。見た目にそれほど力があるとも思えない。 「大きさはこれくらいでいいか?」 「たぶんね」 その統真、一人用の蚊帳に縄をくくりつけている。投げやすいようにまとめられたそれは、まるで投網のように、細かい錘がくくりつけられていた。 「近所で調達出来てよかったね。都からわざわざ運ぼうかと思ってたよ」 安心したように蚊帳を運ぶ縁(ia3208)。ギルドで借りる事を考えたが、どうやらこの近くでも手に入ったようだ。 「目の細かいものは、都の方が良いみたいだけどね」 「破られないといいけどな」 もちろん、ふんわりとした高級品は、都や他の国のほうが手に入りやすいだろう。だが今回は、あくまでもアヤカシ退治。なので柚乃(ia0638)は、港で使われなくなった細かい網を用意してきた。流石に魚用なので、蚊からは破られないだろうが、油断は禁物だ。 「相手がそれほど力があるとは思えないけどねぇ、集団になるとやっかいだし、逃げ道くらいはふさいで起きましょ」 折々の手には、折々が結びつけた紐が覗いている。これで固定するそうだ。 「こうしとけば、破られ難いやろうしな」 広げてみせる八十神 蔵人(ia1422)。何枚も重ねられた蚊帳は、ちょっと引っ張ったくらいでは貫けそうにない。時期が時期なので、さほど労せずして手に入れる事が出来た。 「後は‥‥虫刺されの薬と虫除けでも買っておこか?」 この村にある虫除けは燃えてしまったようだが、近隣の村にはまだ残っているだろう。そう言う蔵人に、ジンベエ(ia3656)が白い粉のようなものの入った皮袋を投げてよこした。 「こいつでも塗っておけばよかろう」 よく見れば塩だ。げんなりしている蔵人に、横から香草の浸かった小瓶を、柚乃が差し出した。 「これどうぞ。香草を煎じたモノです」 確かに、肌につけると少しスースーする。夏のほてった体にはちょうどいいかもしれないと思った彼ら、一通り肌に塗る事にする。 「対策はこれでよしですね。住職は設置場所、なんとおっしゃってました?」 それが終わった縁が、首をかしげた。と、折々は村の奥を指し、そこにある寺を示す。 「寺の敷地を使えってさ。あそこなら、村の迷惑もさほどかからないだろうし」 建物は長い年数に耐えられるよう、丈夫に出来ている上、意外と広い。村人に迷惑が掛かる事も少ないだろうと言うことで、一行はそこへ向かうのだった。 プィィィィンっと、独特な風切り音が、村のあちこちで聞こえてくる。足元には干からびた家畜の死骸がいくつも転がり、通りには雨戸を閉め切って人っ子一人いなかった。 「村の人、困ってる‥‥。だから‥‥殲滅あるのみ」 柚乃が、そんな蚊を警戒し、様子を伺いながら言う。手には既に呪符が細い隙間から、何とか入り込もうとしているのか、雨戸に止まっている蚊の姿もあった。 「あれを全部撃破するのが、今回の役目か‥‥」 結構な数の蚊に、多少げんなりしている赤城 京也(ia0123)。反面、ちょっとばかり興味津々なのは折々だ。 「うわー、本当に全部丸見えだよ。ぐろいなー。1匹捕まえて解剖しても良いかなー」 何しろ、普通の蚊を拡大したようなものである。ひょろりとした長い口も、触覚も、ぎざぎざの足も、全てしっかりはっきりと表示されてしまっている。 「クカカカカカ…。この晩夏に無粋なことよ。気軽に夕涼みも愉しめんのは、いささか困りものだろう」 仮面の向こう側で、笑い飛ばすジンベエ。見れば、人々が集っていたであろう縁側では、ネコの死体に集る巨大蚊の姿。 「いくら何でも、大きすぎな気がしますしね」 「この間やったのは、人の頭くらいあったぜ。ま、数が多い分、よっぽど厄介だけどよ」 トンボくらいの大きさに、朝比奈 空(ia0086)がそう言うと、統真は以前退治したアヤカシ蚊を引き合いに出している。それよりは小さいが、やはり迷惑な生き物である事は確かだ。 「暑くて辛いのに、アヤカシの恐怖‥‥。早く開放してあげないとね。班分けはこれでいい?」 縁が言って、墨で記した班分け表を渡してきた。窓をあけることも出来ない苦労が、縁の心配に変わっている。 「おう。数が多い分、よっぽど厄介だけどよ‥‥。蚊トンボは蚊トンボ。全部叩き落してやるぜ」 その表には、それぞれの名前が記され、統真と縁の項目には、しっかりと【囮】の文字が書かれているのだった。 船長の話では、住民が家にたどり着いてから、既に数日たっているようだ。 「そろそろあいつら飢えてるころだろうしな。目標地点は狼煙ででも合図してくれ」 今まではその辺にいる小動物や家畜を襲っているにしても、人の血が恋しくなっているのは、今までの村の様子を見ても分かると言うもの。そう言って、中央の通りに飛び出して行く統真。 「…まぁしっかりこなすとしましょう」 その後に、京也が続く。得物は両手でしっかりと構えた太刀だった。 「おりゃ、こっちきやがれ!」 飛手がびゅんっと風を切り、手近な蚊に殴りかかる統真。蚊がぷぃんと羽音を立てて避ける。中々当たらない。返す刀で蚊が統真を刺そうとするが、背拳と八極門で何とか避けている。と、そこへアヤカシ蚊は数で押してきた。避けきれず、手甲と着物の間が赤く腫れ上がってしまう。 「こんおぉぉっ」 大降りの蹴りでそれを振り払い、距離を取る統真。代わりに、京也がその太刀を振るう。 「一匹一匹は弱いが数が多い…。まったく虫だろうがアヤカシだろうが、蚊という奴は厄介なものです」 とは言え、振り下ろすわけではなく、突きと斬りに終始している。と、蚊達はそんな小ぶりな攻撃をかいくぐり、京也の単衣の隙間を狙う。 「私の血は旨くは無いぞ…っと」 強力で、強引に引き剥がす京也。ぶちゅっと嫌な音がして、腹に溜まった血が飛び散る。それにすら群がる蚊に、京也は距離を取る。 「少しぐらいは数を減らしておきますか…喰らえ!」 逃げ回るだけでは意味がない。そう思った彼は、太刀で集っていた蚊へ切りかかった。やはりすばやいので、なかなか散らせる事は出来なかったが。 「統真、京也。こっちこっち!」 そこへ、縁がそう言いながら、符を放つ。まだ何の力も乗せられていないが、蚊の注意をひきつけるには充分だ。 「大丈夫?」 「ああ、これくらいはな。後で痒くならないといいのだが」 近寄って、治癒符を貼り付ける縁。すっと赤くなった腕が元に戻る。 「その前におびき寄せちゃってください」 「わかってる。最大速でにげまわれっ」 「はいっ」 待ち受ける寺へはまだ距離がある。再び、囮になる3人だった。 その頃、蚊帳を手に寺で待ち受ける準備組はと言うと。 「大丈夫かなぁ」 寺の入り口にくくりつけた蚊帳の向こう側から、壁ごしに囮の方を見ている柚乃。 「心配なん?」 「囮の人の数が足りないなら、そっちに回っても良いよ」 蔵人が尋ねると、彼女は首を横に振りながら、必要そうな品を確かめている。 「策が成ろうが成るまいが、逃れるものは出てくるだろうよ。その前に待ち構えるのが我らの役目と言ったところかね」 仮面の下からそう言ってくるジンベエ。囮を除く5人は、寺の敷地で、蚊を待ち受けていた。寺を支える太い柱は、身を隠すのには最適だ。が、蔵人は面倒そうに頬をぽりぽり。 「あー思った以上にだるい…はよ終わらせよか…」 「ここはまだましだろうさ。隠れる場所も多いしな」 周囲を見回して、ジンベエが言う。ひんやりとした土の床。石畳。冬は厳しそうだが、今はそれが心地良い。そこから繋がる本堂も、修行の場として設置されているせいか、結構な広さを誇っている。この奥なら、刀を振り回しても問題はなさそうだ。イザとなれば、転がる巨大な木魚も障害物だ。 「蚊といえば、お酒を飲んだり汗をかいたりすると刺され易いって聞くけど…アヤカシは違う?」 「よいせっと。じゃあこうしておくかね」 首をかしげる柚乃に、蔵人はそう言って、桶に水を組んでおく。最初に倉庫で火事があった現場は確認してある。蚊が起こす可能性もあると、彼は考えていた。 「それで足りる?」 「いやーさすがに、炎天下で走り回るほど、わし若くないからのー」 ただし、数は少ない。持って走り回るのに、ちょうどいい数だ。そう言って、柱の影に腰を下ろすと、井戸の水をがぶ飲みする。 「大丈夫なら、こいつを炊くが」 「おう、頼むでー」 ジンベエが狼煙用の草に火をつける。もくもくと高く上る煙は、遠くからでも良く見えた。 「準備はできたか…よし!こっちだ、虫けら共!」 一番それをひつ等としていたのは京也だ。彼は、寺から立ち上った煙を確かめると、力ある咆哮を叫ぶ。あまり知性のあるようには見えない蚊は、ぷぃんと羽音を立てて、後を追いかけてくる。 「情報で把握していましたが、改めて見ると大きい物です」 こちらへ向かってくるのを確かめた準備班の一人、空がそう呟きながら、追ってきた蚊に気付かれない位置へと移動する。 「刺されたら、痒い・・では流石に済まないのでしょうね」 きっと、痒いを通り越して痛いと言ったところだろう。全員が配置に付いた直後、蚊の群が寺の入り口をくぐる。 「いまだ。蚊帳を落とせぃ!」 ジンベエが合図をする。直後、くくりつけられた縄が断ち切られ、ばさりといくつもの蚊帳は落ちた。 「よーし暑い中ごくろうさーん、ばっちこーい」 中でもぞもぞと脱出しようとしている蚊。それを蔵人は炎魂縛武を使用すると、上からがしがしと踏み潰していた。ぷちぷちと真っ赤な血が広がって行く。しかし、何匹かは蚊帳の外へと逃げ出してしまった。 「逃げるな!こっちに来い!」 そこへ、京也が再び咆哮する。囲まれる蚊を見て、蔵人がげんなりしたように呟く。 「……武器を新しくしたのに、最初に使う相手が蚊なのもなあ」 「クカカ。蜻蛉斬りならぬ蚊トンボ斬りか、面白い」 その一方で、示現流の槍がきらめき、蚊の一団がずんばらりんと切り裂かれた。 「さぁ、ネチネチと痛めつけてくれた礼だ!」 彼の嘆きを他所に、気力を上へる京也。その力で持って、外さないように、剣を突きたてる。 「あいにくと除虫菊はないが、火ならあるぞっと」 そこへ、柚乃が力の歪みを使う。錬力に捻り上げられた蚊が、ぶちっと潰れている。そこへに、折々が火の輪を模した式を召還していた。さらに、それでも逃れようとする蚊には、縁が斬撃符でもってトドメをさしている。 「死した後は、三途の川辺で存分に飛ぶが良い」 本堂の中で切り裂かれ、燃え尽きる蚊に、ジンベエがそう言ったとか言わないとか。 討伐後。 「終わりましたか‥‥中々面倒な相手でした」 アヤカシ蚊の死骸は間を置かずして風に消えた。京也が残りの蚊がいないか、寺の中を見回っているが、今のところ生き残りは発見できない。 「見回りで蚊に刺されちゃったよー」 同じ様に見回っていた蔵人、アヤカシではなく普通の蚊に食われている。 「食われたところにはこいつを擦り付けると良い。赤みも痒みもすぐに引く」 「‥‥おう、悪いねぇ」 ぱしっと皮袋を差し出すジンベエ。が、中に入ってるのはやっぱり塩だ。傷だらけの腕につけるのをためらっている蔵人、話をそらすように寺の住職に尋ねた。 「なぁなぁ、火事の原因って、なんだか分かるん?」 「いや、ただ、火のないところに煙はたたないと思うし、誰かが火ぃつけたのは確かだなー」 住職の話では、落雷や不始末と言った感じではなかったようだ。もしかしたらアヤカシの仕業かもしれないと、蔵人は頭を抱える。 「さすがに、この暑い中、火を使う奴の相手はしたないけどな…」 「脱いでも大丈夫なモンなら、その辺にあるけどな。そう言えば、嬢ちゃんは水着きるんかい?」 住職が積み上げられた黒猫褌の木箱を指し示すと、柚乃は首をふるふると横に振る。 「……着ない。着たことないし、絶対着ない」 まぁ、無理に着せる事はないだろう。そんな締めくくりの光景に、折々はぼそりと一句ひねるのだった。 「ボウフラも 巨大なのかな アヤカシ蚊」 調べてみないと、わからない。 |