|
■オープニング本文 ●足りない、兵力 まずは、理穴周辺の地図を見て欲しい。 中央に理穴の女王、重音を総大将とする陣が敷かれており、海原砦を中心として、魔の森からあふれ出してくるであろうアヤカシの主力軍と対峙している。 また、その後方部隊に当たる緑茂の軍は、里長である諌左率いる一団が、援軍の要請に従って、別働隊の警戒に当たっていた。 だが、アヤカシの中にも頭が回るものがいるらしい。布陣を敷きつつある理穴の重臣達の元に、こんな報告が届いてきた。 理穴主力隊の背後、小船原地域と運船の森に、アヤカシ出没せり‥‥と。 確かに、今までは魔の森とは離れて「た。また、人の地域である大船原にも近く、大規模な隊を送るまでには至らない‥‥と言った判断だった。その報告がくるまでは、だが。 この地域には、他の村から逃げ出してきた人々が避難している。また、そこを落とされては、理穴の本体を挟み撃ちされる格好となり、もし防ぎきったとしても、緑茂の里になだれ込む可能性があることから、油断は出来ない。 「兵はまだ集まらんのか!」 「有能な者達は、主力と緑茂の防衛に当たっています。これ以上は、他国の助力が必要かと‥‥」 重臣達も頭を抱えていた。会議は難航し、結論は中々でない。そんな中、一人がこう言い出した。 「その守り、まるまる開拓者達に任せてはどうだろうか‥‥」 常人の何倍もの力を持つ志体の持ち主。うまく使えば、兵力は10倍になると。 「ふむ、ではギルドに使いを出せ。費用はこちらで負担するゆえ、急ぎかき集めてくれと」 こうして、小船原の地図と各種避難村の場所を記された地図と共に、依頼書が作成された。それには、こう書いてある。 【理穴王の殿を依頼。他国よりの増援が届くまで、小船原平原の守護を任せ候】 文章が上から目線なのは、王族ゆえ致し方なき事なのだろう。 ●金髪と舞姫 そして、その頃の小船原平原。 ここには、3つの砦がある。いずれも理穴本体が詰める砦に比べれば、ずいぶんと小さく出来ており、少し大きめの屋敷と言った趣がある3階建てと、その周囲に漆喰の壁が3重に張り巡らされ、その回りに堀が3つ掘られていると言った状況だ。 それぞれには、昼夜交代で見張りがつく。しかし、既に疲労は蓄積されており、見張り台となる屋敷の上では、監視がないのをいい事に、寝落ちしている人々も居た。 砦の中は、複雑に入り組んだ迷路になっており、弓を得意とする理穴の人々らしく、発射用の小窓がいくつも開いた作りとなっている。 「もうすぐ、舞姫さんが慰問にくるんだっけ」 「ああ。なんでもすごい別嬪だって話だ」 「どうせなら、かっこいい男の楽師でもつけばいいのに」 その内側では、人々が掲げられた高札の前で、ぼそぼそと話していた。それには、不自由な生活を強いられる人々の為に、緑茂の里から舞姫の一行が慰安に訪れると書いてある。 だが。 「敵襲〜っ!」 砦の1つから、半鐘が鳴り響く。寝落ちしていた見張りが飛び起き、1つしかない遠眼鏡を覗くと、運船の森に湧く漆黒の瘴気と、それをまとう骨だらけの武者達が、すぐ近くの高台から、こちらを見下ろしていた。率いているのは、見慣れない服を着た金髪の青年だ。 「バカばかりではないと言うことか。狐妖姫殿の話では、この先に良い狩場があると聞いたが」 いや、骨ばかりではない。そう言った彼の後ろには、どこかの色町で見かけるような、肌の白い者達達が控えていた。いずれも、戦装束ではあるのだが、兜は被っていない。反面、その見目麗しい素顔を、舞の時のように髪を高く結い上げ、化粧を施して控えている。女性と少年。そんな構成だったが、中には20代後半の男性も居た。 「者ども、狩の時間だ。目的はあの砦。中には妖姫殿の手先もいる筈だ。小賢しい人間どもばかりだろうが、好きにしていい。ただし、俺の目にかなうと思う者は連れて来い。いいな?」 頷く背後の者達。その口元に、獲物を前にした狩人の笑みが浮かぶ。 「行け!」 しゅっとその姿が闇にまぎれたように見えた。いや、よく見れば、常人には追いつかない速度で、砦へと向っているようだ。骨の武者達と共に。 「も、門を閉めろ! ギルドの人達にも風神術の応援を!」 農民が農機具を武器がわりにした程度の攻撃力しかない彼らは、慌てて扉を閉ざす。幸い、篭城できるだけの備えはあるが、そこに気にかかる報告が飛び交っていた。 「避難した村の者達が、このままでは囲われて死を待つだけだと、村長連から鑑札をとりあげて、砦の倉庫に向ってます!」 「ああもう。誰だそんな不穏当な事言ってるのは! えぇい、追い返して間の門も閉めろ。誰一人通すな!」 砦を護衛についている者も気が立っていた。そんな砦の桟橋ともいえる川に、船を横付けした男が一人。 「まいったなぁ。せっかく舞姫さんが慰安に来たってのに、これじゃ中に入れねぇよ」 「もふー」 運び屋ノイ・リー。今回の仕事は、緑茂の里から、陣中見舞いに訪れたとある舞姫を送り届ける事だった。 「中に入れないのですか?」 鈴を転がすような声で答えたのは、彼岸花の着物を着て、赤い袋帯を締めた、白い肌に銀髪の女性。唇が、色っぽく艶めいている。すらりとした足で舞えば、大半の男性人はイチコロだろう。舞の道具らしく、般若の面を携えている。後ろには、楽器らしき袋を持った黒い着物の男性達が数人、扉が開くのを待っていた。 「ああ。ちょっと大変そうだ」 頷く船長。見上げた砦の見張り台は、下から見ても混乱していて、声なんぞ聞こえなくとも、「誰でも良い! この状況を何とかしてくれ!」と思っているのが、明々白々だ。 「ちょっくら、ここにいてくれ。ちょっと交渉してくる」 「もふー」 船長が、ぷらぁとを預けたまま、桟橋を登って行く。残された舞姫は、すうっと笑みを浮かべてこう言った。 「予定通り」 と。 |
■参加者一覧 / 紅鶸(ia0006) / 鷺ノ宮 月夜(ia0073) / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 三笠 三四郎(ia0163) / 儀助(ia0334) / 佐久間 一(ia0503) / 鬼御門 麗那(ia0570) / 藍祥龍(ia0576) / 天青 晶(ia0657) / 埴生 総一郎(ia1105) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御剣 詠子(ia1193) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 吉田伊也(ia2045) / 斉藤晃(ia3071) / 伊集院 玄眞(ia3303) / 赤(ia3522) / 月(ia4887) / 月酌 幻鬼(ia4931) / 平野 譲治(ia5226) / 小野 灯(ia5284) / アムシア・ティレット(ia5364) / 佐々木 絵馬(ia5368) / 一宮 朱莉(ia5391) / 三条 荷葉(ia5408) / セレア(ia5420) / 風間 悠姫(ia5434) / 信道(ia5503) / えりす嬢(ia5834) / 闘破 獅子王丸(ia5880) / 准(ia5918) / 夜叉丸(ia6067) / 和久津智(ia6148) / 山(ia6172) / 大友義元(ia6233) / 後月(ia6271) / 深月咲夜(ia6321) / 東雲かいと(ia6336) / ノブナリ(ia6337) / 華奈(ia6383) / ぷらね(ia6406) / 萄弥淳(ia6429) / 炎湖(ia6446) / 白鋼(ia6492) / 陛上 魔夜(ia6514) / 朝月 晴(ia6541) / カラマツ(ia6622) / 大上大(ia6634) / 早野麻美(ia6680) / 瑠兎(ia6693) |
■リプレイ本文 物語は、警備に当たっている者達が赴いた、砦の外側より始まる。向かいの岬に現れた金髪の青年。闘破 獅子王丸(ia5880)率いる偵察隊は、彼らが率いていたアヤカシが、砦に向ったと言う報告を聞き、混乱する砦の中を他の開拓者達に任せると、外へと出向いていた。 「見た目は美麗かもしれませんが、中身が薄汚れていますか‥‥」 そんな事を言いながら、敵陣へと忍び寄る信道(ia5503)。シノビ独特の技である抜足を使い、アヤカシの軍が目撃されたと言う場所まで向かっている。目的は、敵の正確な位置を知ること。 「この辺りか‥‥。なるほど、瘴気がぷんぷんするな‥‥」 見回した信道がそう言った。足元には、人の形をしていない足跡が幾つも転がっている。それを追いかければ、木々の向こうにちらちらと白い物が見えた。おそらくそれがアヤカシ達だろう。もっとよく見ようと、足を踏み出した所を、後月(ia6271)が手で制していた。 「まて。相手は数が多い。ここは、慎重に進めるんだ」 軽い緊張と興奮に心を委ねながらも、そう進言する後月。特に理由もなく、日々の生計の為、引き受けた依頼だったが、だからこそ、敵の情報を生きて持ち帰りたかった。 「シノビと、他の者3名で散開。潜んだ敵を確かめよう」 獅子王丸が頷いた所を見ると、その案で問題ないようだ。後月は手裏剣を持ち、短刀を携えながら、慎重に距離を詰める。 「ちっ、無駄に数だけは多いわね‥‥」 忌々しげにそう呟く風間 悠姫(ia5434)。うろうろしていたのは、既に骨と化したアヤカシ達だ。鉄甲を装備したアヤカシもいる。その数は、二本松に向かったアヤカシ達とほぼ同じ構成だった。違うのは、所々に、人にしか見えない姿のアヤカシがいる事だが。 「だ、誰か助けて‥‥!」 不意に、女の声が響いた。骨ががしゃがしゃと音を立てる中、こちらへ走ってくる姿がある。どうやら、逃げ遅れた一人のようだ。そう判断した風間は、それまで抜足で気配を抑えていたのを脱ぎ捨てて、早駆へと切り替える。周囲の骨が、がしゃがしゃとこちらへ敵意を向けるのを、持った刀で切り捨て、彼女は女性から切り離す用に回り込んだ。 「走って! この先に皆避難している!」 「は、はい‥‥」 しかし、今まで全速力で走ってきたせいか、それとも森の中で足元が不安定なせいか、その直後に転んでしまった。 「く‥‥」 骨を相手にしている風間、間に会わない。後月が手裏剣でひるませようとするが、不死の者なので、そもそも怯むと言う意識がなかった。 「奇襲は、通用しないか‥‥」 そう思った後月は、錆びた刀を振るう骨鬼から逃れると、木々の枝へと飛び移る。追いかける骨鬼が、木々の根元に近づいた直後、その影から符が飛んできて、その骨を切り裂いていた。 「我が名はレイナ‥‥。何れはこの世界を統べる者」 鬼御門 麗那(ia0570)は野心家らしく、そう宣言している。それが骨鬼達に理解出来たかどうかは、彼らが喋れないのでわからない。だが、突然現れた陰陽師に、語月を追いかけていた骨鬼達が、くるりと踵を返して向ってきた。 「ふん。符だけではないのよ」 仕込み刀が煌く。それでも、骨の方が若干早かった。勢い、受け止める彼女。骨の顔がずずいと迫る中、何とか呪縛符を炸裂させようと、懐に手を伸ばした直後、その骨が足から落ちた。 「今です!」 信道が足払いをかけたようだ。行動力をそがれた骨の注意が信道へと向く。背中をむいた骨に、麗那が刀を振り下ろした。がしゃんと7割が崩れた所に、木の上から後月が振ってくる。その間に、風間が女性を抱え、森の外まで走り出していた。 「退け」 獅子王丸が撤退を指示している。それを合図に、他の3人も森の外へと離脱して行った。 「大丈夫か?」 「ええ、何とか‥‥。ありがとう」 礼を言う女性。そのまま、避難所の方へと歩いて行く。だが、その後姿に、風間は少し嫌な予感を覚えていた。 「なんだろ‥‥よく分からないけど‥‥」 天儀では、男の3歩後ろを歩くものと教えられている地域もあり、物静かな女性も多い。大人しい女性もいるだろうが、風間には目の前を歩く女性に、ちらりと見えた舞姫と同じ香を感じ取っていた。 「あの女‥‥気に入らない‥‥」 はっきりと口に出す風間に、麗那がこう告げた。 「何も難しい事ではない。今やれる事をする。それだけです」 たとえ、相手が誰であろうとも。 「でも、かなう事なら、舞姫のほうに行った子達に、その思い、伝えられるといいわね」 「そうね‥‥。でも、もう少し偵察してからにするわ」 こくんと頷き、今やれる事‥‥すなわち、偵察を繰り返しに行く風間だった。 さて、その頃砦では。 「おぉう、ちっとばかしトンでもねぇっすね」 大友義元(ia6233)、砦の塀から、外堀にかかる桟橋を見下ろして、そう言った。偵察部隊からの報告では、もうすぐ側にまで、アヤカシ達が来ているようだ。そう言えば、雇われた開拓者達のうち、ほぼ7割が外へ出払っている。 「まだ外に逃げ遅れた子がいるわ。保護してあげて」 風間が、外で保護してきた女性を、赤(ia3522)へと手渡している。が、そのすぐ後には、やはりアヤカシの骨が数人ほど迫っていた。 「おお、それはそれは。大丈夫ですか? 娘さん」 「ありがとう」 赤は、背中にかくまうようにして、両手の太刀を振るう。少しでも頭数を減らし、これ以上近づかせないようにする為だ。 『仲間、そして避難民を守るために、自分の命にかえても守り通す』 ただし、その手段を具体的に思い付いているわけではないらしく、やたらと拳を振るうだけなのだが。 (皆に迷惑をかけず、自分の全力を出し切って、出来ることは、何事もするようにします! 共に頑張りましょう!) そう言って微笑む赤。自分の力を信じているようだ。 「しかし、個性的な面々ばかりだな‥‥」 そんな彼を見て、まぶしそうに目を細めている平野 譲治(ia5226)。ここには、個性的な面々が多いようだ。 「もうすぐ増援が来る。今しばらく耐えろ‥‥」 砦の内側で、避難してきた人々を元気付けている月酌 幻鬼(ia4931)。その間に、吉田伊也(ia2045)が周囲の瘴気を探っている。しかし、兵の中には、陰陽具を持ち合わせている者もいるし、周囲に迫る瘴気とアヤカシのせいか、足早に探るだけでは、今ひとつどれがどれやら‥‥と言った風情だ。 「まいひめ、きれーかな?」 「どんな人かなぁ」 反応を示した中には、小野 灯(ia5284)や、アムシア・ティレット(ia5364)の姿もある。まだ子供らしさを残すその対応に、伊也を待っていた譲治が、自前の賽子を転がして、相手をしてくれていた。そこだけ見ていると、まるで寺子屋の片隅である。と、そこへ外の偵察から戻ってきた麗那が顔を出した。彼女にも、術は反応している。敵ではないはずなのだが。 「なるほど。それほど便利な結界でもないと言う事ですか‥‥」 もう一工夫、しなければならないと言ったところだろう。アヤカシとて、一枚岩ではないようだ。 「どうやら、舞姫が到着したようだな」 と、何やら橋の見張りが騒がしい。桟橋で、銀髪の青年が、見張りとひと悶着起こしている。舞姫到着と聞き、迎えに行く人々がいた。登場を心待ちにしていた人々ではない。砦の増援として雇われた開拓者達の一団である 「おーい、舞姫やーい。迎えに来たぞー」 橋の下に腕を振る幻鬼と、下に居たノイ・リーが手を振り返してくれた。 「おう、こっちだ。早かったな。表、騒動になってるみたいだけど、大丈夫なのか?」 「今手を打ってる」 下りてきた彼はそう言っていた。確かに、迎えに来た開拓者達は、聞いていたよりもだいぶ少ない。その1人、義元は値踏みでもするように、じろじろと舞姫達に無言の圧力をかけている。 「ふうん、あんたが舞姫さんですかい」 「やっぱり、きれーなひとだねー」 でも、ちょっとこわい、かも。と口にする灯。子供は遠慮がない。 「失礼な子じゃ」 舞姫も、やっぱり遠慮はないわけだが。そんな彼女が、砦に上がろうとするのを制しつつ、義元がこう言う。 「まぁ、お待ちくだせぇ。お連れの方々は、ここでちょっと一服と行きやしょうぜ」 弓と短刀をちらつかせる彼。常人の身ならば、これで充分怯むはずである。が、世の中には、そんなものではビビらない相手もいるようで、船長なんぞは、自分に向けられているとは思わず、「休憩もいいけどよー。さっさと通してくれねーか?」なんぞと言っている。 「いや、そっちは関係者以外はご遠慮いただいてるんっスわ」 舞姫も、もしかしたらその類の者なのかもしれない。さほど驚いた様子も見せず、後ろの楽隊ともども、砦へ上がろうとしていた。 「‥‥この気配は‥‥。気をつけてください」 結界で様子を見ていた伊也が呟く。誰がどう‥‥と言う事まではわからなかったが、近くに敵意を持った瘴気が膨れ上がっている。 「まぁそうは言うな。橋の上までで構わない」 「何の用があって‥‥」 一方、何とか、桟橋まで押し戻そうとする幻鬼。本当は、誰も傷つけたくないが、勢い、すごむ様な表情になる。 「せんちょうさん。おねがい☆」 「ガキの言う事に従う気はねェんだが‥‥なぁ」 拒まれたと思った灯が、船長に頼んでいる。が、ノイ・リー(iz0007)、灯が子供なせいか、あまりの力ではないようだ。 「えぇい、面倒くさい。ちょいと失礼しますよっ」 中々動かない舞姫に、業を煮やした彼は、がしっとその手を掴むと、担いででも引っ張りあげようとした。 が。 「無礼者ッ」 「うわぁっ」 ぐるんと、天地が回る。 「あら、あたくしとした事が‥‥つい」 微笑む舞姫が、泰拳士に似た体術を使ったんだと分かったのは、背中をしたたかに打ち付けた直後だ。 「やはり、アヤカシかっ」 顔色を変える義元と譲治。敵意を向けられているとわかった舞姫は、面白くなさそうな表情で、こう答える。 「どうかな。確かに妖しい舞を踊る事はあるぞぇ」 巫女にも似たような技はある。 「えっと、それは、あやしい‥‥おとなの‥‥いろけ?」 「いや、違うと思う」 灯がのほほんと言ったのを聞きとがめ、思わずツッコミを入れる譲治。 「お前さん、俺と来ないか? それか‥‥いっそ一思いに,痛みを感じずに死ぬか?」 幻鬼が、刀の届くギリギリの範囲から、そう言いつつ、その柄に手をかける。いつでも抜けるぞと言わんばかりの表情に、舞姫は深く嘆息する。 「まったく、失礼だ事。はなからわらわを疑ってかかっておるか」 「だったら‥‥どうする」 義元もまた、強行突破させるつもりはないようだ。と、舞姫はそんな彼らに、くるりと回れ右をする。 「‥‥不愉快じゃ。帰る。ノイ・リーとやら、船を引き返させてたもれ」 あちゃあと頭を抱える船長。「おまいら‥‥。あとで言い訳考えとけよ」とぶつぶつ言っているところを見ると、中まで届けるのが仕事だったようだ。 「いっちゃった」 船を見送るアムシアが、顔を見上げてくる。 「術も、ただ使えばいいと言う話ではないと言う事か‥‥」 「酒でも、どうっスかね」 がっくりと肩を落とす幻鬼に、義元が天儀酒の入ったひょうたんを差し出す。 と、その時である。 「敵襲!!」 かんかんかんと、半鐘が鳴り、舞姫がアヤカシであると言う確証を掴みきれなかった面々は、慌てて持ち場の戦場へと戻るのだった。 まず反応したのは、壱番隊を名乗るアヤカシ対応班だった。 「いやはや、今回の敵はややこしいねぇ」 1の堀で避難の誘導を行う間、待機していた儀助(ia0334)がそう言うと、橋の袂へ向って走り出す。その後ろでは、既に避難民の誘導が始まっていた。 「弓兵は見張り台へ! 火矢の準備と、火計のわら束を準備してください」 指示を飛ばす三笠 三四郎(ia0163)。偵察部隊の報告から数時間、こんなにも早く敵勢力が訪れるのは予想外だったが、相手の中身が、骨に代表される不死の軍団だとわかっていた。 「ん。敵の状況は!?」 「偵察隊の話では、森を下ってきているようです。橋を中心に、弓隊を組織してください。橋に寄せてー!」 弓術師の佐々木 絵馬(ia5368)が確かめると、三笠はそう答えた。頷いた彼女は、他の弓を持った面々を引き連れると、砦側の端の出口へと向う。 「ん。敵ならいくら射っても怒られない」 日頃の弓撃ちたい気分を晴らすかのように、まきびしをありったけばら撒く佐々木嬢。 「ん。これ以上被害は出させない」 それが終わると、今度は、一番近いアヤカシに狙いを定めている。避難民は、まだ中で右往左往しているようだ。今のうちに距離が出来れば、前衛と連携が取れる。 「現状の事を考えると、無理は出来ませんからね‥‥。こっちですよ!」 三笠が吼えた。力ある咆哮だ。避難民が後退している間に、敵の正面に向うべく、橋の中央へと布陣する。 「討って出るよ! 死角に注意して」 一歩引いた後ろから、藍祥龍(ia0576)の斬撃符が『飛んでくる。時折、呪縛符をまぜ、最前線で剣を振るう味方‥‥この場合は三笠‥‥に助力をしている状況だ。 「了解した! 一匹たりとも、通しはせんよ」 最初の橋を、避難民が後退するまで後数分。それまで持たせたい儀助。もし、引き返すとしても、橋の出口までのつもりで、敵を倒して行く。 「ん、気分爽快」 同じ様に足止めをしながら、好きな用に矢をバラまく絵馬。手早く装填された矢が、次々と骨を貫いていく。 「こっちだ!」 そんな彼らと同じく、壱番隊に参加している月(ia4887)は、その彼らの指示に従い、刀で応戦していた。弓と符は、距離が離れている。その間を埋めるように、円月輪が舞う。 「アヤカシの集団発見。いくぞ!」 自分に気合を入れた白鋼(ia6492)が、一塊になった骨に向って走り出す。1匹1匹を丁寧に斬って行き、自分の刀が続くかぎり斬って行く。都合5匹までは数えた。8匹位斬った所で、門の近くへ戻って斬った。そしてまた他のアヤカシを斬りに行く。 「えいっ!」 華奈(ia6383)の掛け声は、少しばかり頼りない。敵の攻撃をひたすら避けまくり、たまぁに持っている巫女扇子でぺしぺしと叩いているが、あまり効いてはいないようだ。 「中々壮絶な戦いですね‥‥。がんばりましょう」 だが、それでもあまり数は減らない。周囲に、放った火矢がくすぶっている。橋に群がる相手を、仲間と共に迎撃しながら、三笠は長丁場に気を引き締めた直後。 「あれは‥‥。そんな‥‥!」 驚愕する華奈。弐の堀で、火の手が上がっていた。 「く。こちらは囮か‥‥。壱番隊、2の堀まで下がれ! このままじゃ、避難している人たちが危ない!」 即座にそう決断する三笠。時間は充分に稼いだ。後は、火矢を放ち、砦の奥で篭城戦に持ち込もうと言うのが、脳裏に浮かんだ作戦だった。 その頃、襲撃を受けたエリアには、弐番隊の面々が陣取っていた。 「足手まといにならなければ良いのですが‥‥」 今回が初陣らしい陛上 魔夜(ia6514)がそう呟く。既に鑑札を受け取っており、今は仲間の佐久間 一(ia0503)達と共に、隠し扉の内側へと周り込んでいる最中だった。 「こっちに来ているのは、どうやら不死の軍団でも、精鋭と言ったところでしょうか‥‥。金髪の青年はまだいないみたいですね」 隠し扉の内側では、避難民達が右往左往していた。えりす嬢(ia5834)が、侵入してきた敵を迎え撃ちながら、人々を誘導している。彼らが砦の内側へと退避する間、アヤカシを迎え撃つのが、彼女達の仕事だ。 「之──迅速禍断!」 そこへ、そんな声が響いた。力ある咆哮ではない。振り向かないアヤカシ達に、アルティア・L・ナイン(ia1273)が、両の手で握り締めた大薙刀を、大上段から振り下ろす。 「我が名はアルティア・L・ナイン。風のように疾き者なり! いくぞアヤカシ、我が一撃は容赦がないぞ!!」 柄の中ほどを握り締め、その切っ先についたアヤカシの瘴気を払うアルティア。その言葉どおり、見かけはまっとうだが、生気のない目をした人型のアヤカシを、問答無用で斬りつけている。もっとも、相手も囮の骨ほど弱くはないらしく、2撃目を避けられ、塀の上へ登られてしまった。 「ここを通すわけには行きません!」 刹那、刀をしっかりと握り締めた佐久間が、アヤカシの少年へと刀を付き上げる。バランスを取りながら、塀の上を進むアヤカシを追いかける佐久間。 「く。あの先には3の堀が‥‥」 越えられてはまずい。そう判断した佐久間、何とか橋の方まで誘導しようとするのだが、隠し扉の事を考えると、中々前には出られない。 「簡単に通すわけにはいかないものね」 そんな彼を援護するように、セレア(ia5420)が矢を放つ。このまま塀の上を走られて、避難民のいるもっとも内側へ忍び込まれては、元も子もない。 「えぇいっ」 矢が兵に突き刺さり、アヤカシの歩みを止める。アヤカシはそのとたん、塀から飛び降りる。慌てて退くセレア。その手には、小さなクナイが握られていたから。 そんな戦いが、あちこちで繰り広げられていた。己の名と家紋を描いた旗を掲げ、同じ様に刀を振るう雪ノ下・悪食丸(ia0074)。なんとなく女性の前に出る機会が多いのは、血筋だろうか。内に貯めた力を温存しながら、刀を振るう彼。アヤカシを1匹倒すと、素早く次のアヤカシへと挑みかかっている。 だが。 「まだ金髪の頭目は出てきていない‥‥。まさか!」 周囲の敵は、だいたい100程度と言ったところだった。計算が合わない。そう気付いた魔夜は、隠し扉から飛び出していた。勢い、奇襲となった為か、今まさに大門を打ち壊そうとしていたアヤカシの注意が、魔夜へと向く。その中に、見張りが目撃した青年はいない。 「いいから、こいつを押し留めますよ!」 佐久間がそう言って、振り返ったアヤカシを袈裟懸けに切る。その倒れた体を蹴り飛ばすと、ぶつかったアヤカシが、3匹ほどまとめて堀に落ちた。 「まだ敵は多いです! 援軍が来るまで時間を稼いで!」 3の塀まで戻ったアルティアが、薙刀から弓へと切り替えている。本当は、一撃離脱を繰り返したかったが、避難が完了するまでは、それどころではなかったのだった。何故なら。 「あれがリーダーですか‥‥」 どこかの花街からさらってきたような細い身に、鉄の鎧を纏わせたようなアヤカシが、何やら指示を飛ばしている様に見える。言葉は喋っていないが、配下と思しき骨が二手に分かれた。どうやら、アヤカシの小隊長と言ったところだろう。 「泰練気法・壱‥‥疾風牙狼拳!」 懐に飛び込むようにして、神速の拳がお見舞いされる。ごふっと言う手ごたえがあった。だが。相手はまだ倒れない。 「中々、手ごわい‥‥ですね」 やはり、まだ気は抜けない。避難民もまた、退避しきれてはいないのだから。 避難していた人々の群は、アヤカシが攻めてきたとの報に、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。そんなアヤカシ達に怯え惑う人々は、先を争って奥へ奥へと走っていこうとする。他の者を押しのけてまで逃げようとする彼らに言い聞かせるよう、炎湖(ia6446)が力ある咆哮を響かせた。 「今は、人間同士で争っている時ではありません!」 びくうっと固まる避難民達、その後、身を寄せ合うようにしている人々。そんな彼らを、炎湖は門の前まで誘導していく。 「信道さん、見落としはありませんか?」 「敵は1の堀を迂回して、2の堀を攻めているらしい。それ以外はこれからだ」 偵察隊の信道に確かめると、彼はそう答えた。そのまま、姿を消す彼を見送りつつ、避難民達の所へ戻ってきた炎湖は、混乱が起きないよう、こう諭した。 「周りをよく見て! 危ないことなんて、何もないでしょう?」 確かに、3の堀の内側、砦の中央までは、まだアヤカシは来ていない。が、時折聞こえる戦の音は、危機感を募らせるには充分なものだ。 「だ、大丈夫ですよ。だだだ誰も死にはしません」 華奈が声をかけているが、不安を増すばかりだ。 「落ち着いて行動してください! 「落ち着いて進んで下さい」 そんな中、御剣 詠子(ia1193)と礼野 真夢紀(ia1144)がそう言いながら、戦闘区域から離れた所に、人々をかき集めている。慌てて逃げたせいか、怪我人もいるし、人が多いせいで具合を悪くした人もいた。 「手当て、必要ですよね」 「ええ、治療の必要な方はいませんか?」 そんな人々に、声をかけては、何とか場を和ませようとする御剣。転んで泣いている子供を立たせ、付いた埃をはらうと、ぎゅっと抱きしめる。 「よく頑張ったわね。お姉ちゃん達が居るからもう大丈夫よ」 なきやんだ子供を、礼野が連れて行く。そして、その間に、アヤカシが潜んでいないか見回りに行く御剣。と、壁を乗り越えてこようとするアヤカシの姿が。 「いけない‥‥!」 しかも、その周囲には避難民。たたたっと駆け寄って、その前に回りこむ御剣。 「私は、あなた方には負けません! アヤカシとの間に割り込む彼女、アヤカシが振ってこようとした刹那、埴生 総一郎(ia1105)が走りこんできて、両の手に持っていた刀で、巻き打ちを炸裂させていた。周囲に炎の粉が舞飛ぶ所を見ると、炎魂縛武も使っているようだ。どたりと、地面に落ちる骨が崩れ去った。 「大丈夫か?」 「私は平気。それよりも、他の人を」 頷いた御剣が、避難所の方を指し示す。 「‥‥治療、完了しました。もう、痛くは、無いですか?」 そこでは、怪我をした避難民に、待機していた准(ia5918)が手当てをしていた。汗がポタリと落ちる。思った以上に治療の仕事はきついらしい。 と、そんな騒ぎが続いていた頃、さらに不穏にさせる事件が起きた。 「ちょっと、何するの!?」 三の壁際で、女の金切り声がする。見れば、数人の開拓者と避難民の一部が揉めていた。中心にいるのは、鷺ノ宮 月夜(ia0073)。鑑札は持っている。どうやら、潜んでいるアヤカシを見つけようとして、騒ぎになっているらしい。 「落ち着いて。アヤカシの識別と、安全確認をしているだけですから。各村長さんは、部外者がいないか、確かめてくれます?」 「いや、うちの村は結構広いから‥‥」 鷺ノ宮がそう申し出るが、村長と思しき年配の男性は、ちょっと渋い顔だ。身なりもそれなりに整っているので、おそらく村というよりは『町』の長なのだろう。そこまで大きくなると、全ては把握しきれないのかもしれない。 「だいたいで構いません。点呼を取っていただければと思います」 それでも、村の名前でくくれるだろう。部外者を調べようとする鷺ノ宮。と、そこへ同じく避難誘導に当たっていた天青 晶(ia0657)が町長に申し出る。 「あと、あちらで揉めている方を、説得していただけませんか」 晶の見る限り、村人達は、瘴索結界を使う際、術者の体が激しく光るので、怯えているようだ。鷺ノ宮が、「何も怖い事はないので‥‥。これは、皆さんの安全を確認する術なんですよ」と言っていても、疑われていると思ったせいか、あまり協力的ではない。 「うむむむむ」 町長の顔が難しくしかめっ面になる。と、紅鶸が深々と頭を下げた。 「急な事、もうしわけありません。ですが、ここは我々に任せていただけないでしょうか」 見かけはやんちゃだが、古くは王朝の重臣であった旧家の出身。こういう時の対応は礼節を心得ているらしい。町長、そんな彼の申し出に、「わかった。そんなに言うなら、皆、並んでくれ」と、うなずいてくれる。 「皆さんを死なせるつもりはありません。この命に代えても」 「よろしくお願いします。では‥‥」 紅鶸(ia0006)が警戒している中、鷺ノ宮は一団に向って結界を使う。村毎にまとめられた数人にかけてみるが、やはり反応は芳しくない。 「ここには、いない?」 周囲を見回す晶。何しろ、気に食わないと思っている者まで反応してしまうのだ。どうやら、人間の負の感情に左右されている模様。 「いや、全員いるわけじゃない。まさか‥‥」 だが、舞姫の時と違い、今回はそもそもその検査に加わっていない者も多かった。それに気付いた鷺ノ宮が、とことこと近づいて行く。 「そこの方、検査を受けてくださいな」 刹那、無言で警戒の刀が飛んできた。慌てて距離を取る鷺ノ宮。周囲の避難民が悲鳴を上げ、それを聞きつけて、晶と朝月 晴(ia6541)、紅鶸が駆けつけてくる。 「やはり、アヤカシ!?」 「舞姫の時は、だめだったのに‥‥」 「もしかしたら、その時々によって違うのかもしれませんっ。お待ちなさい!」 が、その人にみえるアヤカシは、3人がそう言って立ちふさがる中、既に移動を開始している。走り出した彼らを追いかける晶。 「人に危害を加えようと言うなら、容赦はしません!」 わぁきゃあと騒ぎ立てる避難民の流れに逆らいながら、アヤカシに突っ込んで行く晶。弾き飛ばすように薙ぎ払う。が、届かない。 「私が守ります!」 そんなアヤカシの一団から、避難民をかばっている朝月。犠牲が出るのは嫌だったのか、爽やかな風でもって人々を回復させている。が、やはり子供をかばって傷ついていた。 「大丈夫、大丈夫ですから、落ち着いて!」 混乱した避難民に声を張り上げる紅鶸。咆哮が響き、何人もの注目を集める中、アヤカシの注意まで引いてしまったらしく、怪我をしているようだ。もっとも、本人は全く気にしちゃいないが。 「そこのお嬢さん、ここお願いします!」 その証拠に、誘導をしていた早野麻美(ia6680)を呼びつける。慌てて「は、はいっ」と駆け寄り、怪我をしていた子供を抱え上げるが、彼女の脳裏には別の考えが浮かんでいた。 (私が、幼いから?) 年齢の割に、身長の低い彼女。年下に見られる事も多いらしく、その事が気に掛かっているらしい。そう思っていると、斉藤晃(ia3071)と伊集院 玄眞(ia3303)が何やら話しているのが目に付いた。 「これだけ混乱してると、頭を抑えないと駄目だな」 「よし、いくかいの」 どうやら、目指すは指揮を取る金髪のアヤカシらしい。それを聞いた早野は、ぐっと手にした片手棍を握り締める。 (首領格? そうか‥‥。なら、私も‥‥) 思い立ったが吉日とばかりに、彼女は2人を追いかけていた。そこなら、活躍出来る。姉に認められるくらいと信じて。 中央の避難所から、外の峠までは離れていた。 「炎龍が使えればよかったのに‥‥。何で使えないの‥‥」 本当は乗機で行きたかった早野だが、今回の戦に龍はつれてこれない。仕方なく、徒歩で向う彼女。 「いた‥‥!」 遠くに、目立つ金髪が見下ろしているのがみえる。その前に、玄眞と斉藤の姿があるのを見て、彼女は足を速めた。 「ふん。小物ばかりだな。まぁいい。中には使えそうな者もいる」 砦を見下ろす高台にいる彼。周囲には、鎧姿の死者もいる。そんな彼の元に、駆け抜ける斉藤の姿があった。 「てめぇ、どこのもんじゃい!」 足元から怒鳴りつける彼。怒号に、彼は見下す位置で、眉根を潜ませる。 「むさくるしい奴だ。お前に語る名は無いな」 「この渋さがわからんとは、経験が足りないな」 後から現れたのは玄眞だ。齢70を越えようと言う老師は、飄々としたもの言いで、ぷかりと煙管をくゆらせる。 「どうかな。好みと言う者もあろうし」 「まぁ、美形と言う点では、私と良い勝負だな」 どこをどう取ったら、そうなるんだろうと、聞いていた早野は思ったが、それを皮切りに、斉藤が持っていた巨大な斧‥‥塵風うぃ振り上げる。 「命令してるだけの腰抜けだけどな。どぅりゃあああ!」 袈裟懸けに、全てを塵と化す物量が襲い掛かった。意外と頭は回るらしく、挑発に乗ってくる気配はなさそうだ。 「腰抜け、ねぇ。総大将は簡単には出ないものだよ」 「ぬかせ。てめぇはあの妖しい舞姫にでも誘われたか?」 勢い、接近戦になる。が、相手は結構な速さを持っており、振り回す大斧が相手を捕らえ切れていない。のらりくらりと逃げ回る彼は、少し首をかしげて、こう言った。 「狐妖姫殿の事かな。さて、姫殿がこの砦に目をつけたとは、聞いていないが」 その名前だけは、聞いた事があった。確か、人の心を惑わすと噂される伝説の大アヤカシだ。 「ともあれ、客人は手厚くもてなすのが、流儀であろう。そちら流でな!」 玄眞が、自身の刀に炎の力を纏わせる。狙うは、青年ではなく、その周囲にいる見た目の綺麗なアヤカシだ。 「せめて、一体位は倒したいものだがな」 「心得た!」 斉藤が、標的を切り替える。お気に入りと思しき子達だ。きっとその青年も動くはず‥‥だろうと。 「どうしても、私を引っ張り出したいか」 目論見は、向こうに通じてしまっているらしい。手に持ったのはジルベリア風の意匠が施された短剣だった。この界隈では珍しい部類に入るだろう。 「お二方、援護します!」 と、そこへようやく駆けつけた早野が、呪縛符を放り投げる。その姿を見て、青年はこう命じた。 「だが、お前達を相手にするのは、美学に反する。‥‥退け」 やはり、相手をするなら若い子が良いと言った風情だろうか。親衛隊も、近くの骨鎧を突き飛ばして盾にすると、同じ様に森の奥へと消えて行く。 「逃げやがったか。やっぱり腰抜けだな」 腰のヴォトカを喉に流し込みながら、そう呟く斉藤だった。 こうして、砦の攻防戦は、日暮れを迎える頃には、何とか収める事が出来た。が。敵の部隊もまたその半数以上が残ったまま撤収していたのだった‥‥。 |