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■オープニング本文 吸い込まれそうになるほどの青。どこまでも広がるような高い空の下、河川敷にポツンと膝を抱え座り込んでいる一人の青年がいた。 名を大五郎。熊のような人より大きな体躯に短く刈りあげた黒い髪。子供には泣いて逃げられるようないかつい顔が、今はぼんやりとしまりない。秋空に浮かぶ布のような薄い雲を眺めては、溜息を繰り返している。 目を閉じるとある女性が姿がまぶたの裏に浮かんでは消えていく。 彼女と出会ったのは、勤め先の屋敷で垣根の修繕をしていた時だった。三日ほど前、アヤカシが突然襲撃してきたのだ。たまたま近くを通った開拓者たちにアヤカシは討伐され、大きな被害はなくけが人もいなかった。大五郎が丹念に手入れをしていた生垣が壊されていたこと以外は。 仕方がないことだったとはわかっている。開拓者がいなければ、おそらく被害はもっと大きくなっていたことだろう。ただ、残念だった。もう少しで咲きそうだったサザンカのつぼみを見つめ、大五郎は小さくため息をついた。 アヤカシの襲撃の翌日、屋敷の主人は垣根の修理を大五郎に任せるといそいそと宴の準備を始めた。先日アヤカシから救ってくれた開拓者の一団を招いて、お礼の宴会を開くつもりのようだ。 夕闇が迫ってきたころ、大方の片付けを終えると、屋敷の中から管弦の音色が聞こえてきた。黙々と残りの作業しながら、大五郎はたまに聞こえてくる笑い声にどこか釈然としない気持ちを抱えていた。 庭師仲間が大五郎を宥めるように肩をたたく。それに疲れた笑顔で答えながら、大五郎は引きちぎられた枝を集めサザンカの生垣を整えた。 何とか生垣が形になってきたころには空に月が昇り、明りにしていた松明も燃え尽きそうだった。一緒に作業していた同僚は、最後の仕上げを大五郎に任せ帰ってしまった。 あともう少しだ。 額ににじんだ汗を首に掛けた布でぬぐい、大五郎は持っていた荒縄で生垣の下方部をぐるりと巻き固定した。 これで以前よりも幾分丈夫になったはずだ。 アヤカシの襲撃にあったとしても、今回のようにすべてがなぎ倒されることはないだろう。 屋敷の方を見るとまだ宴会は続いているようだった。開かれた扉から煌々と明かりがもれている。 ふと、大五郎は近づいてくる人影に気付いた。背丈は自分よりも一回り小さく、細い。開拓者の中の一人のようだ。 何かあったのだろうか? 生来、お人好しの彼は、歩んできた女性が何か自分に頼みたいことがあってここまで来たのだろうと思った。 月明かりに照らされたおかっぱの黒い髪、優しげな漆黒の瞳。一般的な巫女装束を着ているその女性は、手に持ったかごを持ちあげ、いたずらっ子のように小さくほほ笑む。 「お疲れ様です。これ、どうぞ」 サザンカの花が刺しゅうされた竹かごの中には、宴会で出されたであろう干菓子が綺麗に並べてある。 驚いた大五郎が女性の顔を見つめると、女性は困ったように苦笑いを浮かべた。白く細い手が整えられたサザンカに触れる。 「仲間が、申し訳ありませんでした。もう少しで花咲きそうだったのに‥‥。丹念に手入れをされていたのに、がっかりしたでしょう?」 「いえ、その」 うまく言えない。もともと女性と話す機会などない仕事だ。それに、自分はいつもこの外見で避けられていたから、こんな風にまっすぐ見つめてくる瞳なんて知らない。知らず顔が赤くなる。 少しだけうれしかった。サザンカのことを考えてくれる人が仲間以外にもいたことが。こうして慰めの言葉を伝えてくれることが。 「弔いには足りないかもしれませんが、こんなきれいな月夜です。少しお月見でもしませんか?」 近くにあった手頃な石に腰かけ、女性はポンポンと隣をたたく。誘われたままに座り込むと、彼女は人差し指を立て自分の口にそっとあて、ニコリと笑った。 「内緒、ですよ?」 大五郎の心臓にしびれるような電撃が走った瞬間だった。 それから彼は仕事が終わると河原でぼーっと日々を過ごすようになってしまったのだ。一日中空を見上げ考えるのは、あの黒髪の巫女のことだけ。 彼女が持っていたサザンカの竹かご。唯一の手掛かり。翌日屋敷の女中にその竹かごのことを聞いてみたが、どこにでもあるようなありふれたものではないようだ。なかなか見かけない特別な刺繍は繁華街のとある小物屋の特別製らしい。 もう一度会いたい。そうは思っても意気地のない自分には、最初の一歩が踏み出せない。 彼女が神楽の都にまだ停留していることは主人の話から想像がついた。手当たり次第に宿場を探せば、必ずどこかにいるだろう。 開拓者の話を聞くたび、彼女の頬笑みを思い出す。大した話もしなかった。けれど、心にずっと彼女が住み着いている。 無事だったサザンカが今はポツリポツリと花を咲かせている。 あまりにも腑抜けになってしまった大五郎を心配し、庭師仲間がこっそり依頼を出した。 黒髪の巫女様を探しています。 なんとも具体性に欠けた人探しが始まったのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
御神楽・月(ia0627)
24歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
天弓 ナダ(ia8261)
28歳・男・弓
秋月 紅夜(ia8314)
16歳・女・陰 |
■リプレイ本文 どこまでも続く青い空の下、薄い雲が風に流されゆっくりと進んでいる。 水津(ia2177)は太陽の光に目を細めた。今日は秋晴れ。夜には美しい月が出るだろう。 天津疾也(ia0019)は伸びをしながら、楽しそうに表情を緩ませる。 「今回は恋の始まりの開拓かいな。まあうまくいくよう頑張らせてもらうとするわ」 けらけらと笑う疾也に秋月 紅夜(ia8314)がニコリと笑う。 「恋の開拓‥‥、面白いこと言うのね」 どこか冷たい印象を与える彼女だが、疾也の言葉に笑みを返した。 「ま、楽しくできたらそれが一番やし、なぁ?」 疾也に声を掛けられる天弓 ナダ(ia8261)。高い背に白銀の髪が映える。 「そうさな、だがまずは依頼人と話してみなければ」 彼の言葉に野々宮・涼霞(ia0176)が頷く。お節介だとは分かっているが、どうか大五郎に勇気を持ってほしい。 それは陽月(ia0627)も同じだった。恋や愛は分からない。けれど力になれたら、と。 それぞれの思いを抱えつつ、一行は屋敷へと足を向けた。 屋敷に着く。依頼人が門の前で手を振っていた。隣に男がいる。大五郎だ。 「今日はよろしくお願いします!こいつが大五郎っていって、巫女様を探してる張本人なんですよ」 男の言葉に大五郎が小さく頭を下げる。どうやら依頼人は巫女探しを依頼したことを、すでに本人へと伝えていたようだった。 「‥‥瀬崎なの。よろしくお願いします」 ぺこりと瀬崎 静乃(ia4468)が頭を下げる。それにならうように鳳・月夜(ia0919)もお辞儀をした。 「志士、鳳・月夜。よろ‥‥」 恋愛事は苦手だ。‥‥でも、興味はある。月夜は似顔絵を描いてその巫女を探すつもりだった。 「えと、じゃあいきなりだけど、その巫女さんのことについて覚えてることとかあったら教えてくれる?」 静乃が問いかけると、大五郎は頷いた後少し困ったように眉をひそめた。出会ったとき、すでに松明は燃え尽きそうだった。光源は月明かりだけ。覚えているのは、華奢な体と優しげな笑顔だけだ。 静乃は大五郎の言葉を聞き終わると、小さく礼を言った。続けてぽつりと言葉をもらす。 「‥‥本当に逢いたいならば、自分から動かないと何も得られないよ。貴方も僕たちと探す?」 大五郎に一歩を踏み出させる言葉。少し迷った表情を見せたものの、彼は静乃の提案にゆっくりと頷いた。 一方、涼霞と陽月は依頼人に案内され、屋敷の主人と顔を合わせていた。依頼人の言葉添えもあり、二人は難なく屋敷の主人から開拓者たちの情報を聞き出す。 巫女の名前は凛花。仲間と共に世界を旅している開拓者だった。後一カ月ほどは神楽の都に滞在する予定のようだが、詳しい宿場の場所は分からない。ちょうど大五郎の話を聞き終え、後から合流した月夜が加わる。 「‥‥気合い入れて描く‥‥」 巫女の似顔絵を主人の言葉から描きおこす。少し垂れ下がった眉に、黒目がちの瞳。 月夜に特徴を伝え終わった屋敷の主人に涼霞が今夜の舞台の場を借りれるかどうか尋ねた。 「あの、夜に庭を少し借りたいのですが、よろしいですか?」 「えぇ、いいですよ。‥‥大五郎が会いたがっているのでしょう?」 屋敷の主人は全てを知っていたようだった。今回の依頼人は相当のお節介焼きのようだ。 女中に小物屋の話を聞いているのは疾也だ。明るい語り口に女中たちも心を許し、いろいろと面白い話を教えてくれる。その中にもちろん小物屋の話もあった。場所を聞き出し、疾也は仲間のもとへ戻った。 開拓者ギルドでは水津が自分の人脈を頼りに巫女探しに奔走していた。なかなか手掛かりは見つからない。紅夜も先日依頼を受けたギルドに赴き、情報を集める。 「最近の依頼の参加者に、黒髪の巫女はいなかったかしら?」 花が好きであること、また、籠を持っていることなども合わせて担当職員に聞き込む。大まかな居場所はわかるものの具体的な住所となるとなかなか調べることができなかった。 「‥‥残念ですけど、これ以上は調べられないみたいですね‥‥」 水津が肩を落とし溜息をつく。 「しょうがないわ。一旦合流しましょう」 落ち込む水津に紅夜はそう声をかけると、ギルドを後にした。 繁華街から少し外れた小物屋。籠以外にも陶器の皿や食器などが置いてある。店にいたのは丸い顔をした恵比須顔の主人だった。 「サザンカの刺繍入りの籠ですか?えぇ、覚えていますよ。わざわざ特注で頼まれたお客様がいらっしゃいましたから」 凛花はわざわざここでサザンカの籠を頼んだようだった。完成品を凛花が停留している宿場へ届けに行ったこともあり、小物屋は凛花の居場所を知っていた。会いたい旨を伝えると少し戸惑ったような顔をしたものの、皆の真剣な瞳にきちんと主人は彼女の居場所を教えてくれた。 教えられた宿の前に一人の女性がいる。切りそろえられた黒髪に簡単な巫女服。こちらには背を向けており、近くにある植木鉢に水をやっているようだった。その姿が目に入った瞬間、何故か大五郎は踵を返し脱兎のごとく逃げ出した。 「え!?ちょお、待ってや!」 慌てて疾也が大五郎を追いかける。 「必ず、連れ戻す。巫女に話を聞いていてくれ」 ナダは仲間にそう声をかけると、同じように大五郎の後ろ姿を追った。 「‥‥大丈夫でしょうか?」 心配そうに陽月が声を上げると、月夜は小さく首を傾げた後、多分、と呟いた。とりあえず、話を聞くのが先決だ。 「突然、失礼いたします。‥‥凛花さんでいらっしゃいますか?」 涼霞がそう問いかけると、巫女服の女性、凛花は振り向き頷いた。それにほっと息をつき、聞きたかったことを簡潔に尋ねていく。 彼女に恋人はおらず、祖国で出会った仲間と世界を旅しているようだった。 先日、庭で出会った男を覚えているかという問いに、凛花は少しだけ顔を曇らせる。 「もちろん覚えてます。でも、私たちは彼がとても大切にしていたものを壊してしまったのです。きっと、怒っていることでしょう」 視線を落とし、残念そうに凛花は言葉を紡ぐ。 「サザンカが咲き始めているそうです。今夜、見に行ってはどうですか?」 陽月の優しげな言葉に凛花は表情を和らげた。本当はあれからずっと気になっていたのだ。屋敷の主人には招待を受けていたが、負い目のために断ってしまっていた。せっかくまた誘ってもらったのだ。今夜見に行くのもいいだろう。 「わざわざすみません。そうですね、今夜見に行ってみます。お屋敷の御主人にはよろしくお伝えください」 凛花の言葉に安心したように息をつく面々。あとは逃げ出した大五郎に勇気を持ってもらうだけだ。 大男といっても、所詮は一般人である。大五郎はあっさりと疾也に追いつかれていた。勢いよく肩をたたかれ、大五郎は体勢を崩す。 「‥‥逃げ出してどうする。会いたかったのではないか?」 同じく追いついたナダにそう問われ、大五郎は自分の意気地のなさに俯いた。女性と話すことはできる。だが、彼女の姿を見ると頭が真っ白になってしまうのだ。恥ずかしい。 「会話自体を練習した方がいいかもしれぬな」 ナダが呆れたようにそう言うと、疾也もそうやそうやと頷いた。水津がわざわざ立候補してくれている。それを逃す手はないだろう。 「黒髪黒目、髪型はちょっと違いますが、十分お役にたてると思うのですよ‥‥」 仲間と合流した水津は緊張した大五郎に勇気づけるように声をかける。ナダも同じように言葉を渡す。 「男は、ここぞと言うときに勇気を出さねば一生後悔するものだぞ。肩の力を抜いて胸を張れ」 「会えて嬉しいという簡単なものでもいいのです。勇気を出してください」 涼霞も大五郎にほほ笑む。ありのままの気持ちを伝えるだけでも十分だと、彼に伝えたかった。 皆に励まされ、一生懸命それにこたえようとしている大五郎の姿に、紅夜は小さく頷く。 よからぬことを考えるような余裕はないようね。気にかかっていたことも、実際に本人を見て解消される。 志体を持つ開拓者と普通の人間。対等な関係はあり得ない。彼女はそう考えていた。けれど、恋愛においてそれがどう作用するのか。それに興味はあった。 「あ、そやそや。これ、渡しとくわ」 疾也が差し出したのは先ほどの小物屋で買った竹かごだった。中には菓子が入っている。 「サザンカの花言葉はひたむきな愛らしいで。それをどうするかはお前さん次第やけどな」 そう言ってニカリと笑う。静乃も自らさしていた真珠の簪を大五郎に手渡した。 「‥‥これ、お守り。話のネタにでも使って。彼女に渡してもいいから」 温かな皆の思いに、大五郎はいかつい顔をくしゃりと歪ませる。依頼人がそんな大五郎を軽くたたいた。 「もうすぐ日も落ちる。俺たちは近くで様子見てるから、頑張ってこいよ!」 不器用な笑顔でそれにこたえると、大五郎は空を見上げた。橙色の空が紫に染まり始めていた。 舞台となるサザンカの生垣は、屋敷の主人の好意もあってか、幻想的な空間になっていた。松明に照らされた紅の花が緑の中にポツリポツリと映えている。凛花はいとおしむようにその一つ一つをなでていた。 「り、凛花さん」 小さくかけられた声に振り向くと、そこには顔を赤くした大男が立っていた。小さな竹かごを両手で包みこむように持ち、顔を俯かせている。 大五郎は静乃にもらった簪を握りしめ、お話しませんか、とだけ言った。告白という行為と言うには余りにも遠い。だが、それが今の彼の精一杯だった。 「喜んで」 嬉しそうに凛花は答えた。また話をしたいと思っていたのは、大五郎だけではないのだ。 水津との練習の成果もあり、ぽつぽつと話は進んでいく。しかしはたで聞いているとなんとも歩みの遅い会話だ。沈黙が落ちることもしばしばある。 「なんだか、なかなか進まないね」 月夜がぽつりと言葉をこぼす。涼霞も困ったようにほほ笑んだ。 「‥‥奥手な方だとは分かっていましたが、ここまでとは‥‥」 「このままだと‥‥、夜中になってしまうのです‥‥」 水津が心配そうに二人を見つめる。 静かに二人の話を聞いていた依頼人が急に立ち上がった。そのまま二人のもとへと歩いていく。しびれを切らしたようだ。突然の行動に誰も止める者がいない。 「よぉ、大五郎!あと、巫女さん」 そう声をかける依頼人。大五郎は急に現れた同僚に驚いたものの、凛花に庭師仲間だと紹介する。あくまで偶然出会った風を装う依頼人。 「実はそこで一杯やってたんだ。なぁ、開拓者さんたち!」 依頼人にそう声をかけれ、皆、苦笑しながら二人の前に姿を現す。ナダが依頼人を手助けするようにニコリと笑う。 「近くの居酒屋で一席、用意してある。このまま外にいては体も冷えるだろう」 移動した居酒屋は明るい喧騒が漂うところだった。がやがやとした雰囲気が逆に大五郎の緊張をほどいていた。先ほどよりも和やかに会話が進んでいく。依頼人の相の手が入ったりして、甘い雰囲気にはほど遠いが少しずつ二人の距離は縮まっているようだった。 「依頼の範囲をこえた手助けのような気もするけど」 そう杯を傾けながら言うのは紅夜だ。冷たい言葉にも聞こえる。だが、続けて彼女は、存外悪くもなかったわね、とひとり呟いた。内心二人の行く末に興味があるのだろう。 「まぁ、これからうまくいこうがいくまいが、それはそれ。男女の仲は月の満ち欠けのように移り変わるものやろ」 疾也はそう言いつつおつまみに舌鼓を打つ。 飲みなれない酒に顔を赤くしつつ、陽月は少しだけうらやましそうに会話を交わす二人を見つめた。 「一点に注ぐ情熱。私にも、みつかる時がくるのでしょうか?」 ぽつりと呟いた言葉は喧騒の中へと消えていく。明るい夜はまだ続きそうだった。 |